●リプレイ本文
ラストホープにあるUPC本部の硬質な廊下。そこを俯き、痛みをこらえた様な苦渋の顔で七人、大曽根櫻(
ga0005)藤田あやこ(
ga0204)フェブ・ル・アール(
ga0655)青山 凍綺(
ga3259)瓜生 巴(
ga5119)玖堂 鷹秀(
ga5346)呉葉(
ga5503)は歩いていた。
空洞の様な空間に無機質な足音はよく響く。その足音が、ふと止まる。
―――辺りに固く温かみの無い沈黙がおりた。
「よお」
沈黙を破ったのは七人の前に立っている男である。壁に身体を預け、腕を組み、嘲るように口元を綻ばせている。
「‥‥‥」
一瞬、フェブが伏せた眼で男の顔を一瞥したが、相手にする事無く歩を進めると、後ろに続く六人もそれに倣う。が、
「よおよお、どうだった? 勇者様方よぉ。やっすい仕事引き受けて、僕は戦争したくありませ〜んってか? あ? 同じ能力者として恥ずかしいぜ全くよ」
男は絡みつく様に六人の周りを吐き纏った。
再度、七人の足が止まる。ピタリと。
「……っ!」
フェブの身体から電光が発する。右目の下には梅の花の文様が浮かび、深く吐いた息はまるで猫の威嚇の様な音を鳴らす。―――覚醒だ。
そしてファイターの力でもって男を締め上げ、そのまま壁に押し付け、やるせないような悔しいような、いわく言い難い顔をしながら怒鳴りつけた。
「―――貴様! 貴様に何が解る! 敵を侮り大した理由もなく任務を放りだしたお前にっ! 何が『やってらんねー』だ!! やってらんねーのは私達だ!! お前がそのセリフを言うなっ!!」
「フェブさん! 止めて下さい!」
止めに入ったのは櫻である。
「その人には解りません。敵を過小評価し、相対する事もせず逃げ出したその人には」
清楚なその顔を床に伏せ、小さく唇を噛む。悲哀に満ちたその表情に、フェブはくっと息を詰まらせた。
「‥‥‥フェブネコねぇさん、泣いてる?」
尋ねたのは呉葉だ。それに帯電しながらフェブは力一杯応える。
「泣いてないのにゃー!!」
「ねぇさん、そこでいつもの口調に戻られても‥‥‥」
―――事の起こりは数時間前。
●悪臭放つ空き家前
何処にでもある一軒家である。そして何処にでもある空き家である。ただ、それが人智を超えた悪臭を放っている事以外は。
その空き家の前にズラリと七人。奇抜な服装をした七人がズラリ。その服装が所謂ゴスロリであるとか何かの仮装であるとか言うのなら、目立とうと奇抜だろうとやりたい事は解る、が。
右から準に、丈の際どいセーラー服に白衣を纏った女、それに付き合わされたであろう黒髪の清楚な少女が同じ恰好で立ち、その横には取り敢えず水中メガネを掛けた女が悠然と黒い髪を風に靡かせ、同じく十歳の少女がマスクにゴーグル、鼻に洗濯バサミを付けゴミ袋を持っている。その隣では三人の男女が「ったく、本部もケチいぜ」「足元見やがって、防護服くらい出しやがれ」「密閉容器じゃなくて空き瓶を使えってどういうことだ?」といった内容の事をブツブツと喋りながら各々コンビニで調達してきたマスクとゴム手袋を装着している。
意味不明である。
謎である。
十歳の少女、呉葉がの大人三人組の愚痴を耳にするなり「ぼ、防護服? そこまですんのかよ!」と突っ込んでいたが、いい大人達は「お子様には解らんのよ」といわんばかりに憂い気に首を振った。
そしてセーラー服に白衣を纏った女、藤田綾子が同じ恰好をした櫻の手を取り高らかに宣言する。
「ここに松戸才媛テスト研究所を組織する!(ユニット名)」
謎は深まるばかりである。
そこに、すっと、ゴーグルの女、凍綺が片手を上げて発言する。
「‥‥‥余計な御世話かもしれませんが藤田さん、丈が少々際どすぎるかと、冬ですから寒いですし」
「これはオレンジ色の水着だ。無問題! 何故? 今は仮説の段階だ」
「ああ、水着」
成程それなら問題ありませんね、と凍綺が寛大すぎる反応をみせた。
そんな不毛なやり取りをしり目に、巴は「はぁ」とため息を吐くと何やらごそごそと動き回っている。こんな時でも真面目な巴は、現場の空き家周囲にコーションテープを張り巡らせ、一般人の立入りを禁止。既にこの辺りには消毒液も散布している。
その様子を六人は感嘆した様子で眺めていた。
巴は一人黙々と作業を終えると、
「封鎖、完了しましたけど?」
おーー‥‥‥
ぱちぱちぱちぱち
自然と、拍手と感嘆の吐息が漏れる。何だいい仕事するじゃないかと手際の良い能力者になんとなく場が和んだ、その時である。
「うわーーんママーー! 能力者が訳解んない恰好してるよー、訳解んない恰好してるよー!」
「―――っ! 見るんじゃありません!」
近所の子供が泣きながら母親に引き摺られて行った。
「‥‥‥」
それを巴は遠い目で見送ると、
「私だってこんなバカバカ‥‥じゃない、物々しい装備をしたくはありません」
彼女の本音が垣間見えた気がした瞬間だった。
「と、取り敢えず中入るかにゃー?」
しどろもどろにフェブが呟くと、巴が「全く」と言いながら歩き出す。
そしてあるものは淡々と、あるものは渋々、あるものはノリノリで中に入り、
―――中は
●空き家の中
「さて」
「待て」
同じ二文字で綴られる言葉を発しながらも、二人の意思は相反していた。
「何です何です、臭いがきついのは聞いていた事でしょう?」
しれっと言ってのけるのは鷹秀である。無防備にさくさくと歩を進めようとする彼を止めているのは呉葉だ。
「聞いてないよそんなの! あたしはただ強敵がいる、お前にしか倒せないって言われたから!」
「それはそれは、まあ、でもどんなに臭いがきつくともジャーは襲っては来ませんよ。然し自分も、臭いにやられてこのチャンスは逃したくありません。それにこういうのはそうそうお目にかかれる物ではありませんから、念には念を押す事にしまして防護服や防塵マスクを用意したかったのですが‥‥‥。何にせよ取る物は取らせて貰いますね」
空き家の中は六人が踏み込んだ瞬間からえも言われぬ恐ろしい匂いで充満していた。表現するならばファンタスティックな溝川の臭いと言ったところだろうか。呉葉の顔が苦悶に歪む。
「う、おぇ゛ぇぇぇぇ、中身が、中身が出るゥゥゥ」
「ほらほらしっかりして下さい。此処にノリノリの人もいるじゃないですか」
指をさされたのはフェブである。フェブは仁王立ちし、ふうむと腕を組むと、
「確かに生理的嫌悪感は拭い難い物がある、でも、私はやれる」
「何で?」
ふふん、得意気に胸を張っている。
「なぜなら私は、片付けられない女!!」
―――威張るな!!
その場にいた鷹秀以外の全員から喝を入れられるが、彼女は気にせず続ける。
「もー、お掃除お片付け嫌いにゃー。冷蔵庫で野菜を栽培しちゃうのは日常茶飯事‥‥とは言え、炊飯ジャーを此処まで放置した事は無いな。そもそも日常的に炊飯しない食文化だしな。じゃあどうして参加したのか、と言えば‥‥知的好奇心? かにゃ?」
「ね、ノリノリでしょう?」
鷹秀のみが喝采を送る。
「この調子でいいサンプルが取れれば言う事無しです。さ、さ、行きますよ皆さん」
鷹秀がうながすと、一行は炊事場へと出た。
そこに、それはあった。
そして同時に―――
―――壊滅的な悪臭が七人を襲った。
そんな中、すっと前に出てきたのはあやこだ。
「これは有機物の発する臭いだ。我々の五感は物理現象に頼っている。仮に人知を超えた非物理現象ならばあの物体と我々は干渉しあう事すら不可能! しかしあれは実在するっ!」
白衣をはためかせ意気揚々という綾子に対し、
「5年ですか‥‥中身は腐敗してるか、乾燥してるかそれとも‥‥どちらにしてもなかなか大変な事になってそうですねぇ」
と、苦笑しながらコメントするのは櫻である。
‥‥‥みんな、臭いでテンションがおかしくなり始めているようだ。
「落ち着いて下さい皆さん。まずは目標を見極めないと」
幾分機嫌の好さそうな鷹秀が、微妙にテンションの上がった二人を制し、カメラ片手に自ら進みでてジャーを眺める。その様子を六人は「何であいつは大丈夫なんだ?」とヒソヒソと話し合う。
と、鷹秀の雰囲気が変わった。眼が、武器や機器のエキスパートであるサイエンティストとしての知性を帯びて行く。その雰囲気に、六人の口が自然と閉じる。
「‥‥これは」
玖堂がすっと立ち上がった。
「1980年から1990年にかけて出たマイコン式のタイマーが付いた炊飯ジャー! 特にこれは好みの炊き加減柔らかい、普通、固い、も選べるようになった頃の‥‥」
「落ち着いて下さい玖堂さん」
突っ込んだのは何気に臭いに強い凍綺である。この場で一番落ち着いているのは恐らく彼女だろう。だが強いとはいっても、ゴーグル越しに目にきているらしく、しきりに瞬きしている。
「まずはこの臭いをどうにかしなきゃ駄目ね、よし皆!」
そこに、力強く言葉を発したのは今回限定で松戸才媛テスト研究所を組織した創始者、あやこだった。
「みかん集めましょう!」
みかん、その言葉に、只一人背後で地道に真面目に、UPCにすら断られ、何とか町内会と掛け合い入手した消毒液を撒いていた巴がピクリと反応する。前言撤回、この中で一番落ち着いているのは彼女である。
「もちろんあなたもね♪」
がっと肩を掴まれ、巴が諦めたような覚悟して居た様な、いわく言い難い溜息を一つついた。
「d−リモネン」みかんやオレンジなどの皮に含まれる成分である。この成分には消臭力があり、抗菌力もある。又、柑橘類の香りは人々に大変親しまれており、嫌いだという人はあまりいない無難な香りである。
だからって‥‥‥
「未婚の母をバグアに殺されミネソタでみかん売りして学費を稼いだんです」
「ああ、そうかいそうかい」
「それから、苦労して通った大学が侵略され卒論が未完に終わっちゃてぇ」
「ああ、それは大変だったねぇ」
「というわけでみかん下さい」
此方は白衣を翻し街中を奔走するあやこ。
その周囲あちこちで能力者達の「みかん」集めが行われている。
「すいません、私UPCの大曽根櫻と申します。作戦行動の為みかんを頂きたいのですが」
「ごめん、みかんがいるのだが、わけて欲しいのにゃ」
「青山ともうします。その、作戦の為みかんを募っておりまして」
「‥‥‥その、み、みかんを頂きたいのですが、わ、私? 瓜生と、いいます。ああはい、そうです、そのみかんです」
「はい、みかんはこちらへ、はい、有難う御座います。はい、能力者の玖堂と申します。ああ、瓶には触らないで下さいね、採取物が入ってますから」
「みかんはこっちね、はーい、ください、ん? あたし? 呉葉だよ」
みかん?
住民は皆不審そうな顔をしながら何度も「みかんって、みかんかよ?」と聞き返しながら自宅のみかんを集め、手渡してくれた。冬のみかんシーズンが功を奏したようである。
そして集まった。
みかん。
それを全員で「私はミネソタのみかん売り」と歌いながら踵で踏み、出来た―――
みかん汁。
つるりと長いホースが出され、バケツに入った水鉄砲が無造作に置かれた。
剣はホース! 水鉄砲の弾丸はみかん汁、(双方町内会からの借り物)いざゆかん!
「ビームソードにビームアサルトよ」
あやこの声がこだまする。
この時点でみかん汁でベタベタになる事を予測した鷹秀と巴は近くの民家に上げて貰い緑茶を飲みながら待機。「気体とかも採取したいんじゃなかったんですか?」と巴が問うが、「もうすでに頂いてますよ」と鷹秀が答える。フェブもすぐに察知し安全な場所に退避、あやこはばっとセーラーを脱ぎオレンジのビキニ姿になる。この為の水着だったのか、これであやこは濡れてもOKだ。だが、この時点で気が付いた櫻と凍綺と呉葉はもう後の祭りである。
そして、高らかにあやこの声が響く。
―――ご近所の英知を結集して今、必殺のッ愛媛剣ビタミンおとし!
‥‥‥ちなみに此処で残ったみかん汁は裏ごしして皮を分けた後、みかんジュースとして能力者各々飲む予定だ。
食べ物は大切に。
●いざ、ジャーへ
みかんの海に洗い流され、臭いの「嫌な部分」が緩和されていた。それでも悪臭が完全に断たれているわけではないので、やっと近寄れる様になった位だが。
「長かった、ですね」
誠実な眼差しで櫻が呟く。全員がそれに「ああ」と感慨深げに頷いた。
呉葉は台所の隅から双眼鏡で目標を視認している。どうやら近寄るのが嫌らしい。
「だれが、開けるんですか?」
静かに凍綺が言うと、フェブと鷹秀がふっと笑う。
私に
自分に
任せろ!
さわやかに笑顔を浮かべ、二人がジャーへと向かって行く。その後ろ姿はやけに儚く眩しく、光に包まれている気がした。そして―――
「―――っ」
呉葉が堪らず駈け出して、フェブネコねぇさん! と叫びその手に取りすがる。その後は口を開けると悪臭が入る為、何も言えず怯えた様子で首を振り必死の形相で恐怖を訴えかけるが、思いも虚しく、「私の事は心配するな」と大誤解をうけ、鷹秀は「さて、地獄のジャーがその口を開きますよ‥‥‥」と手を伸ばし、それはフェブ、鷹秀、二人の手で―――
ぱかっ
悲鳴。
●事後処理
その後鷹秀と何時の間にやら空き瓶に色々な物を採取していた巴から、本部を経由してULTに採取物が渡された。その採取物を取る為、蓋を開けた能力者のコメントをここに記載する。
「しょ、小宇宙の中で進化が起こってたにゃ!」
「これは‥‥‥悪名高いゴキメラですら逃げ出しそうですね‥‥」
*ゴキメラ、虫の形態をしたキメラの俗称と思われる。
「バグアにゃ、バグアが居たにゃ! もうバグアとしか思えないにゃ!」
「ううむ、寄生生物バグア、恐るべしです」
「あれはこの世のものじゃないにゃ! うんにゃ、地球のものじゃない!」
「まさかあれが正体不明のバグアの正体? いや、しかし‥‥‥」
*バグアという証言から、早急に調査が開始されたが、吐き気に催される研究員が多数、調査は難航。が、調査結果は、当然のことながらそうした事実は一切確認されなかった。
ただ、サンプルを調べた者達から「バグアに襲われたような気分」とのコメントがあった為、バグアではないにしろ、人類にとってバグアと張れるほど精神衛生上大変よろしくないものだという事が伺える。
之だけ強烈ならば、毒物として対キメラ、バグア(特にバグアは知的能力が高いので)に応用できないかとの意見もあったが、衛生観と倫理観と常識からこれを却下。内容物は焼却処分されジャーも廃棄処分に出された。
此方は余談だが―――
受付嬢の元に、ある能力者が密閉容器を抱えてやってきた。不思議そうな顔をする彼女の前で、それは開けられ―――
そこでも、大きな悲鳴がこだましたという。