●リプレイ本文
RUNNER
都市を中心に囁かれる噂話。地方都市から出始めあっというまに日本全国に伝播した謎の言葉。しかしその正体は一向に謎であり、噂だけが独り歩きした奇妙な言葉である。
そこに現れたのが、若者の間で広まった薬「RUNNER」
「RUNNER――シーヴにゃ傭兵みてぇだとも思うです‥‥立ち止まったら、傭兵は傭兵でなくなりやがるから」
赤い髪を揺らし、シーヴ・フェルセン(
ga5638)が呟いた。
―――まぁ、待てよ。煙草どうだ? 今じゃ珍しい高級モノだぞ?
―――マスター、最近RUNNERなんてのが流行ってるらしいが‥‥知ってるか?
うらぶれた、あまり健全とは言い難いバーの中に低い声がこだまする。レールズ(
ga5293)がグラサンをずらし、カウンター越しにマスターに冷えた視線を向けた。無表情、無愛想のマスターの目が、目ざとくトレンチコートの中の小銃に向けられる。すかさず、レールズが眉をひそめ口を開いた。
「勘違いするなよ? お互い堅気じゃないんだ。護身の武器くらい用意してるもんだろ?」
無表情なマスターの顔に気味の悪い笑顔が浮かびあがる。レールズも合わせる様に口元を釣り上げた。
と同時に、レールズの隣に座って酒を飲んでいた客の男の首筋に音もなく拳銃が突き付けられる。
―――マスターは、気味の悪い笑みを浮かべたまま何も言わない。
「蛇の道は蛇‥‥だったかな、確か」
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が小さく呟く。銃を突き付けられた男は動じる事無くグラスを手にしたまま鷹揚に口を開いた。
「俺に何の用だ?」
「俺は能力者‥‥傭兵だ。殺り合うにも騙すにも、いささかあんたに分が悪い‥‥少しサシで話そうか」
ホアキンが耳元で冷やかに囁く。その隣では南雲 莞爾(
ga4272)が部下と思われる男の背後に立ち両手を封じ、他の客に悟られぬよう確認する。
「さっき携帯で警察に確認は取った。あんたが島田だな? あらかた事情は聞いた。用件は一つ。RUNNERについてだ」
更にホアキンが横目で辺りを確認し、人払いすべく周囲に告げた。
「昔のツレだ。話がしたい」
―――えーRUNNER?
―――あれでしょ? 安いドラッグでしょ? 何おねーさん欲しいの? やめときなよ危ないって。
―――「情報だけでも」って‥‥え? あぁごめん、お兄さんだったの。あれねぇ、スゴイ安いっていうんで話題にはなってるけど実は中々手に入らないんだよね。どうすれば手に入るのかあんま知られてないんだもん。え? じゃあ何で広まったのかって? 入手方法知ってる子が安い値段でそれを買って、それを友達に売るっていう方が多いみたい。
―――そうそう、その薬を売ってる人達だって、ごく最近出たって話だし。その人達も得体が知れなくて
―――暴力団でもなければ、それに似たような組織でもないみたい。それに薬だって薬を売るって言うよりまるで話題になることが目的みたいで
―――バグアでも絡んでんじゃない? ていう話だよ。
「‥‥‥」
無機質な印象を与える繁華街の路地裏、御影・朔夜(
ga0240)が酷く退屈そうに、そしてどこか物淋しそうに空を仰いだ。
―――知らねーよ。RUNNERって、噂じゃ一杯あんだろ? 何でおれの持ってる薬がイコール「バグア」になるんだよ。
―――俺が言ってるのは、何でこのRUNNERがあんたらの言うバグア絡みのRUNNERになるんだって事だよ。たまたまこれの名前がRUNNERってだけだろ? 関係ねえよ。
どこまでも冷たく無機質な留置場の取調室、パイプ椅子に座る若い青年にオリガ(
ga4562)が深い溜息を一つ吐いた。そして諭す様に告げる。
「もう一度聞きます。売人への接触方法は? あなたはどうやってそれを知ったんですか?」
「うぜぇ」
「‥‥‥」
目の前の若い男に、脈なし、とばかりにオリガが首を振ると、シーヴ・フェルセン(
ga5638)に視線をやる。目が合い、お互い納得すると、
―――シーヴが青年の前の机の上に飛び乗った。
そして覚醒し、片手で青年の腕をつかみ逆で胸倉を掴みきりきりと吊るしあげる。
「!?」
突然の出来事に息を呑む青年に、シーヴが畳みかける様に口を開く。一つしかない電灯がゆらゆら揺れ、部屋の光が不安定に揺れた。
「傭兵が居る意味、分かりやがるですか?」
青年の顔が歪む。そんなもの、一つしかない。
ちなみにこうした行為に出ても警察が何も言わないのは事前に「怪我は絶対にさせない」と約束しているからである。
「‥‥人外の狩られるモン――例えばキメラ化するかもしれねぇ薬、やって大丈夫です? 狩られたくなけりゃ、売人への合図教えるが良し」
「んなっ‥‥!」
青年の目にみるみる恐怖が浮かび上がる。得体のしれない薬、能力者、そして、バグア―――
そこにオリガの言葉が追い打ちをかける。
「体内に長期的に潜伏するタイプなので、何がトリガーで変異するか分かりません」
嘘である。
だが、青年の顔は凍りついた。
「い、言うよ、合図だろ!? 言うって!」
慌てふためく青年を横目で見やりながら、伊佐美 希明(
ga0214)が警察に訪ねる。
「薬の成分は? それから依存性は?」
「成分はいわゆるアッパー系のドラッグと同じ。興奮して超越感が得られるやつ。でもこれ精神的な依存が高いから」
「そっか‥‥でも密売ルートって、そう簡単に構築できるものかな。既存の密売組織も何か関与しているかも。心当たりは?」
警察の情報を纏めると、希明は携帯を取り出し先に街に出て警察の情報を待っている莞爾達に連絡をとった。
「それじゃ、一応戦時中だしあとは軍関係も疑っとくか」
―――「RUNNER」あるレストランの隠しメニュー
―――ランニングマシーンの新製品
ULTのパソコン端末を借りて行ったネットワーク検索の結果、今回のRUNNERに関する情報に目ぼしいものはなかった。
元々こうしたネットワーク自体極めて治安のいい所しか敷かれておらず、どうしても内容は充実みに欠けるのである。玖珂・円(
ga9340)は小さく嘆息した。
解ったことと言えば、それでも「まだ貧弱とはいえネットワーク上で詳しく話題になるほど時間がたっていない」という事位である。
今彼女がいるのは繁華街の路地裏。お世辞にも綺麗とは言い難い場所をうろついている。
言葉の端々に「バグア」というキーワードをのせながら。
―――RUNNERか、それは俺達じゃねえよ
―――最初は邪魔かとも思ったんだが、今は放っておいてる。
―――何でかってか? 気付いてると思うが、あれは儲けが目的じゃねえ。やり方も杜撰、長くやっていこうなんていう気配は微塵もない。あれは「RUNNER」を広めること自体が目的だな。だがもう十分話題にはなっただろ? だからヤバくなる前にそろそろ消えるんじゃねえか?
―――あ? 何でそんな事をするかって? 別の何かを通すために「RUNNER」ってえのを広めておく必要でもあるんじゃねえか?
「RUNNERは、あんたのところで捌いているのか?」
ホアキンのその質問に対しての答えである。その答えを受け、莞爾が冷静に呟いた。
「‥‥嘘を付いているようには見えないな、すると既存の組織は関係なし、か」
莞爾は携帯を取り出すと得た情報をシーヴ達のグループ、それから朔夜と円達に連絡する。そして携帯を閉じると、
「尋問のグループが売人への合図を聞き出したそうだ。俺達もそっちへ向かうぞ」
―――駅前の街路樹のベンチに座って、右足で三、左で二、右足で一、それから左右一回ずつ。たんたんたん、たんたん、たん、たんたんたんたんのリズムで
―――ニットの帽子を目深に被ったぼーーっとした奴が来たら「最近走ってる?」って聞いて。
それが合図だ。
駅前の街路樹のベンチに座り、つま先でリズムを刻むのはレールズである。
その周りを一般人に紛れ、または物陰に隠れながら能力者達が現場を見はる。各々携帯を持ち連絡を取り合いながら、視線は全員一点を見つめていた。
―――路地裏で聞いた情報だが、RUNNERは入手方法を知ってる者が安い値段でそれを買って、友人に売るっていうのが多いらしい。
朔夜が受話器越しに口を開く。
―――まあ、こうもつまらなければ興味の一つも湧きそうなものだが
それにオリガが答える。
―――麻薬はいけません、本当に
―――警察で聞きましたがRUNNERは精神的な依存が高いそうですよ。例え治したとしても使用時の記憶はいつまでも消えません。要は一生治らないという事です
―――解っているさ。それから、薬を売るというよりまるで話題になることが目的みたいな売り方をしていることから「バグアでも絡んでんじゃない?」 ていう話になってるそうだ。おっと、来たかな?
レールズの前にニット帽を被った若い男が足を止めた。すかさずレールズが言う。
「最近走ってる?」
男はものも言わず踵を返し歩きだした。レールズも何も言わず腰を上げる。
―――尋問した結果、あの青年は最初「バグア」の事を口にしながら繁華街をうろつきやがっていたそうです
シーヴがそう言うと、ホアキンの声が返ってくる。
―――どこへ走っていくにしろ‥‥食い止めたい
―――俺の故郷南米には、薬が蔓延していた。俺も薬は大嫌いだ
―――‥‥そうでありやがりますか、ちなみにそん時青年は、さも退屈そうに街を歩いていやがったそうです。それでバグアが何か面白い事しやがらねぇか、ってな事を言ったらニット帽の男に声を掛けられたと言いやがりました。
―――バグア‥‥か
そこでホアキンの声が止まる。レールズとニット帽の男が足を止めたのだ。
―――0・1グラムだけだ‥‥質を調べなきゃな
男が何かを言っている。
―――〜〜円だと? お前‥‥偽物を掴ませるつもりか!?
レールズが激昂してみせるが、男は無反応だ。様子のおかしな男にレールズが出方を変える。
―――煙草吸うか? っと、俺は吸わない主義だ。‥‥健康に悪いからな
高級煙草をちらつかせてみるが、男はそれでも無反応だ。ただ、まるで機械のようにレールズの顔形を憶えようとしている。
結局、交渉は決裂し売人は去って行った。
―――こっからが本番だよ
希明が低く呟く。
―――一応戦中なわけだし、『高揚剤』ってのがあるかもと思って軍関係も調べたけど、そっちは関係なかった。
それに莞爾が答える。
―――こっちも、連絡してもらった既存のグループに当たってみたが、そいつらは関係なかった。しかも放置してるらしい。その理由が「あれは儲けが目的じゃない。やり方も杜撰、長くやっていこうなんていう気配は微塵もない」からだそうだ
―――そっか、結局目的は掴めないか。ならやっぱここはこのまま追い詰めないとな!
―――逃がす訳には、いかないからな。猟犬がその爪牙を以って獲物を追い詰める以上は
―――上等!
そこに、別行動をとっていた円から連絡が入る。
―――もしもし? 円です。まず調査結果を報告すると
―――普及率から考えても、ネットワーク上ではまだそれ程話題になってないよ。上がったのは全部薬とは関係ないRUNNERの噂ばっかり。それからジャンキーを装って「バグアが何か面白い事を」って言う事をを仄めかしながら街を歩いていた時なんだけど‥‥
―――急にひょろっとした男が寄ってきて、「ランナー、いる?」と声を掛けられたわ。
―――捕まえようと思っても、こっちが薬を受け取るとまるで付きものが落ちたみたいになって「?」ていう感じで町に消えていきました。薬はULTに渡しておいた。私もこれから合流します。
その連絡を受けた時の能力者達の頭によぎった言葉は
―――RUNNER? 人類洗脳プログラムじゃないの? という、街の根拠のない噂話だった。
円が合流し、追跡していた男が入ったのは何の変哲もない雑居ビルだった。
ここの一室を借りているらしい。だが、ポストにはそれらしい名前もない。
一同はそのまま男が消えた階へと上がり、
包囲。
希明、莞爾、レールズ、円で包囲、
朔夜、ホアキン、シーヴ、オリガで突入。
突入の四人が男の入って行った部屋の扉を勢い良く開ける。
「人間相手など興味もないが――まぁ、少しは楽しませてくれ」
朔夜が不敵に言い放つ。
ここまで追い詰めてしまえば相手は普通の人間である。捕縛はあっという間だった。自害しないように口にタオルを詰めておく。レールズが捕らえられた売人の男に微笑を浮かべて言った。
「驚きました? ULTです。って口が塞がってちゃ話せませんね」
「さて‥裏にゃ何が‥‥」
シーヴが幹部とみられる男のタオルを取る。すると男はせきを切ったように捲し立てた。
「知らない! 俺は知らない! あいつらが! あいつらがそれを広めろって!」
「あいつらって誰です?」
オリガが尋ねる。
「あいつらは‥‥沖縄から俺達を送り込んで‥‥」
「沖縄!?」
円が声を上げる。
「沖縄といったら、今はバグア占領地区だな。あんたそこから来たのか」
ホアキンが付け足すと、莞爾が頷く。
「これで決まりだな」
「やはりバグアか!」
レールズが声を上げた。
「それで? 今回この薬を広めた目的は?」
希明が尋ねると、男は首を横に振った。
「知らない」
へ? と希明がまの抜けた声を上げる。
「俺達は、ただRUNNERを広めろと言われて、それで色々やってきただけだ。これの前はスポーツドリンクを配った。根も葉もない噂も流した。言われるままにやっただけだ。逆らったら、何をされるか‥‥」
震えだす男に希明があー解った解った、と宥める。
「『薬』を広める事が目的ではない? RUNNERを広めろ? 薬は只の手段であって、目的は『RUNNER』を広める事。では、RUNNERって何ですか?」
オリガが言うと、男は「知らない!」と首を振った。
「実態はなくRUNNERという言葉に意味があるのかもしれない。聞くものが聞けば、ピンと来るような合言葉のようなもの、とかな」
莞爾が呟く。そこに、朔夜が頷いた。
「だが、進展はあったな。RUNNERにはバグアが関与している。これで決まりだ」
「何にせよ、これで能力者が動けるようになる事は確かでありやがります」
シーヴも頷いた。
その後男たちはUPCに引き渡され、薬物RUNNERも押収された。
そして事情聴取の際に判明した事だが、噂話のRUNNERはこの男達が殆ど流したもので、他のものはそれに尾ひれがついていったものだと判明。男達の中には条件に反応する催眠状態により半強制的に協力させられていた者もおり、その為自覚が薄く、それも発覚を遅らせるのに一役買っていたという。
そしてULTは今回の一軒によりRUNNERに対し本格的に捜査をしていくことを決定した。