タイトル:黒霧の領域マスター:無名新人

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/09/21 23:33

●オープニング本文


 ――競合エリアの市街地。
 度重なる戦闘でいびつな形となり、今にも朽ち果てそうな高層ビル。かつては無数の人々が行き交っていた交差点には、乾いた風が通り過ぎていくばかり。そこはすでに廃墟と化して久しい。

「こちら異常なし、と」
 事務的に報告する少尉。
 今日も変わらず、何もない。ただ風が吹き抜けていくだけだ。
「このコースをあと1周するんだ」
 少尉は長身の男に話しかける。
「‥‥‥‥」
 だが、返事は返ってこない。その傭兵の男は、突っ立ったまま無表情にあたりを見回している‥‥ように見えた。うっそうと伸びた髪で、目は隠れていてわからない。
 このエリアのUPC軍は次々と前線へ人員を割かれ、いまや見回りは傭兵に依頼を出して行うまでにすらなっていた。そうして、少尉はこの男と警戒に当たることになったのだが。
(「返事すらしないし、何を考えているのかさっぱりわからない‥‥」)
 溜め息をつき、歩きはじめる少尉。この傭兵の男と半日行動を共にしたが、終始この調子だった。
「‥‥さあ、行こう」
 しかし、男はぴくりとも動かない。少尉はまたひとつ大きく溜め息をつき、立ち止まったまま動かない男の肩に手を置く。
「なあ、いい加減に」
「これはいつもどおりなのか」
 傭兵が口を開いた――そう認識しただけで、少尉は男がなにをいっているのかわからなかった。
「この風、そしてこの空気の違い。耳を澄ませばわずかな異音がある」
 いつの間にか蒸し暑く、風が止んでいた。かすかに上からなにか聞こえる気がする。
「なぜ気付かない」
 廃ビルの屋上、蠢くものが視界に過ぎる。

 ――キメラだ! あそこにも、そこにも、あのビルにも!!

 だが、声は出ない。驚愕で見開かれた目には、灰色の蜥蜴がそろそろと壁を這い下りる姿が映し出されていた。
「おまえのその目は、いったい今までなにを見てきたのか」
 傭兵の言葉が右から左へ流れていく。尾を振りながらキメラが目前に迫る。吼え、唸り、2体のキメラが獰猛に顎を開き飛びかかった。
「ふん」
 白刃が閃く。灰色の体が四つに分かたれ、転がっていく。
「そこで神にでも祈ってろ」
 傭兵の男の手に大剣が鈍い光を放つ。男はキメラの群れに飛び込んでいった。
 へたり込んでいた少尉はふと我に返り、そして疑問が湧き起こる。この男はなぜ、キメラに気付いているのにただ突っ立っていたのか、と。
 攻撃を受けながらも、次々とキメラを薙ぎ倒していく傭兵の男。
 その姿に少尉は戦慄する。
 少尉には、男が笑いながらキメラを倒しているように見えた。

●参加者一覧

シーヴ・王(ga5638
19歳・♀・AA
月島 瑞希(gb1411
18歳・♀・SN
ジン・レイカー(gb5813
19歳・♂・AA
布野 橘(gb8011
19歳・♂・GP
ゼンラー(gb8572
27歳・♂・ER
凍月・氷刃(gb8992
16歳・♀・GP
八尾師 命(gb9785
18歳・♀・ER
天空橋 雅(gc0864
20歳・♀・ER

●リプレイ本文

●一点突破
 倒れた電柱を飛び越え、シーヴ・王(ga5638)は廃墟を駆け抜ける。
「あっちは人数も少ねぇですし、急いで合流しねぇとです」
 少尉たちからやや西で哨戒任務についていた傭兵たち。
 ひどく怯えた少尉からの無線連絡を受け、彼女たちはまっすぐに東へと急行していた。
「ぬ‥‥? 包囲されたようだねぃ」
 地図を片手に周囲を警戒しながら進んでいたゼンラー(gb8572)は、いち早くその存在に気付く。ビルの上、交差点の物陰、後方の車の脇――いたるところからキメラが灰色の体を覗かせていた。
「また随分と大量に‥‥こりゃ、大変な大掃除になりそうだな」
 覚醒。前を行くジン・レイカー(gb5813)がやや楽しげにつぶやく。蠢くキメラたちが集まりはじめ、前方を塞いでいく。それはまるで、灰色の壁。
「こちらA班、敵キメラに包囲された」
 最後方、無線で連絡を取る天空橋 雅(gc0864)。後ろを振り向く彼女の瞳には、遠方から迫る蜥蜴の群れが映し出されていた。
「‥‥一点突破する!」
 雅は無線を切り、前へ向き直った。
 シーヴ、そして大剣が地を縫うように走り抜けていく。撥ね上げる大振りの剣撃。複数の蜥蜴たちが斬り、跳ね飛ばされていく。さらにその周囲の蜥蜴をジンの槍が突き抜ける。キメラたちは足を貫かれてもがく。
 が、蜥蜴の壁は崩れない。大口を開け、飛びかかろうとする灰色の蜥蜴たち。
 と、キメラたちが不自然にもがき苦しみはじめる。超機械が、行く手を阻む蜥蜴たちに強烈な電磁波を放っていた。
 蜥蜴の壁に隙間ができる。
「さぁ、天空橋さん先にっ!」
 ゼンラーにうながされ、シーヴとジンの脇を走りぬけて蜥蜴の壁を通過する。雅は全力で前へと突っ走る。
「――ッ!」
 斜に構えた大剣が灰色の爪を受ける。下に、上に。次々と襲いかかる蜥蜴の大爪をシーヴは受けきった。
 そして、大剣が蜥蜴たちを薙ぎ払い、槍が穴を空けていく。ジン、シーヴ、ゼンラーは包囲を抜け、追いすがるキメラに電磁波が浴びせられる。
 一行は蜥蜴の壁を突破した。


 広い交差点に差しかかる。
「少尉! どこにいる!」
 左右を見回し、トランシーバに問いかける雅。このあたりに少尉がいるはずだ。
「こ、こっち! こっちだ! はやく!!」
 廃ビルの隙間から顔だけを覗かせる男――非能力者であり実戦の経験もない、少尉とは名ばかりのUPC軍兵士。
 4人は少尉の元へと駆け寄る。
「またせたねぃ! 怪我は無いかぃ?」
 恐怖で震えてはいるものの、どこにも傷らしきものはなさそうだ。
「‥‥うむ。拙僧の影に隠れて、盾として使うといいよぅ!」
 そろそろと物陰から周囲を窺いながらゼンラーの後ろに回る少尉。
「一緒にいた男はどうした?」
 ジンの言葉に、少尉は首を竦ませた。
「あ、あの男なら‥‥向こうへ行った」
 薄笑いを浮かべながらキメラを倒すんだ、と少尉が指差す先はデパートらしき廃墟。その進路上にはいくつもの蜥蜴の残骸が散らばる。
 視界の端、四方から蜥蜴たちが向かってきている。後方にはキメラの大群が見えていた。
「‥‥急ごう」
 頷く3人。小動物のようにきょろきょろとあたりを見回しながらついていく少尉。
 一行は廃墟へと急ぐ。


●黒い霧
 やや南方、北上していた別働班は少尉保護の連絡を受ける。
「一般人を放置だなんて‥‥その傭兵、何を考えてるんだ?」
 少尉と一緒にいた傭兵の話を聞き、月島 瑞希(gb1411)は不快感を露にした。
「気に入らない。が、全員で生きて帰る。‥‥そいつも含めて」
 瑞希はキッと前を見据える。
「相当な数ですね〜。何処かに穴があればいいのですが〜‥‥」
 間延びするような八尾師 命(gb9785)の声。前方には灰色の蜥蜴たちの姿が見え始めていた。
「ぞろぞろと出てきやがって! 急ぐぞ!」
 AU−KVを装着し、布野 橘(gb8011)は拳銃を構える。
「では。壁を何とか崩しますよ〜」
 命たちは臨戦態勢に入った。
 刹那――突然、水無月・氷刃(gb8992)が蜥蜴の眼前に現れる。
「我が刃にて凍てつき氷れ」
 奇襲。冷気を纏う刃が連続して突き刺さった。一瞬のことに蜥蜴は声を上げることもない。水無月は元いた瓦礫へと跳び退る。
 水無月が離れた瞬間、橘の銃弾でキメラに穴が空いていく。
 さらにその隣。瑞希の小銃から発射された弾丸が蜥蜴に命中、立て続けに命の超機械から放たれた電磁波でのたうち、絶命する。
 2体のキメラを瞬く間に撃退した一行。蜥蜴たちが一斉に動き始めた。
「あれはなんでしょ〜?」
 指差す命。右前方の瓦礫に巨大な2つの人影がゆらめいている。と次の瞬間、蜥蜴たちの頭上を黒い球が突き進んだ。そして瑞希の足元に衝突、はじける。周囲に黒い霧のようなものが広がり、瑞希、命、橘を包みこんでいく。
「――っ!」
 喉がひりつき、体からしゅうしゅうと煙が上がる。
「これは‥‥強酸!」
 瑞希は黒い球の射出された方角を確かめる。数mはゆうにありそうな巨人が2体。その間にはさまれるように、気味の悪い軟体生物のような人型のもの。
 おそらくあのキメラだ、と瑞希は狙いを定めた途端、目にも止まらぬ早さで銃撃する。
 弾丸が吸い込まれた。大きく広げられた腕。強酸を放つ小さなキメラをかばい、機械化された巨人が攻撃を阻む。
「くそっ! 全く厄介だな‥‥!」
 壁のようなキメラの群れがじわじわと迫る。左右には廃ビルから壁を伝い下りてくる蜥蜴たち。
 傭兵たちの歩みは、完全に止まった。


●不可解な傭兵
 廃墟となったデパート。薄暗い中、足元にはガラスと埃に紛れてキメラの足や頭が散見される。一行は中へと慎重に進んでいく。
 最後方、後ろからのかすかな風に振り向く雅。
「はっ――」
 頭上に刃が鈍い光を放っていた。
「‥‥何をしにきた」
 眼前で止まる剣。長髪の傭兵だった。
「拙僧達は少尉を送っていくよぅ」
「ベースキャンプまで一緒に行動してくれないかな」
 ゼンラーとジンの説得。傭兵は大剣を下ろし、ゼンラーの背後に縮こまる少尉へと顔を向ける。
「そいつを連れてさっさと行け」
 言い放つ男。
「無茶だ、そんなに安い命でもないだろう」
 説得を続ける雅。廃屋の外にぼとり、ぼとり、と蜥蜴が着地する。
「引き際くれぇ心得てやがるだろうですから、死なねぇ程度に、です」
 ここで手間取っていては全員が危険にさらされる。シーヴは傭兵の脇を通りすぎ、外へと向かう。
「一人だと、危険だとおもうよぅ?」
 ジン、名残惜しげにゼンラーも少尉を連れ、ちらちらと傭兵を見ながら雅もシーヴに続いた。

「しっかりついて来やがれですよ」
 蜥蜴を斬り払い、突き進む。
「さて、これは」
 立ち回りながら包囲網を見渡すジン。南側のUPC軍ベースキャンプへと向かう大通りはとりわけ分厚く、蜥蜴の群れが遠方まで続いていた。キメラたちは南方へ進軍している。
 北側では、長髪の男が薄笑みを浮かべながら蜥蜴たちと戦闘を繰り広げていた。
「そこの長髪、援護するぞ」
 傭兵の傷が癒え、大剣が淡い光を放つ。動きを止め、長髪の男は雅に顔を向ける。笑みが消えたその表情は余計なことをするなと言わんばかりだ。
「状況を考えろ! 文句は後で聞く」
 毅然と言い放つ雅。
 すると突然、傭兵の男は向きを変えて近寄り、シーヴの背後に迫る蜥蜴を斬り捨てた。
「‥‥来い。気が変わった」
 と、そのまま西へと足を向けキメラを薙ぎ払う傭兵。
「薬局の角を曲がって路地裏を進む」
 ゼンラーは急いで地図を確認するが、細すぎる道のためかそれらしきものは載っていない。
 勝手に先導し始めた男は、なぜか苛立っているように見えた。


●合流
 淡く光る脚。水無月はキメラの大爪をかろうじて避ける。が、立て続けに飛びかかる蜥蜴をかわすことはできない。肩を、足を、切り裂かれる水無月。
 その傷を後方から命が塞いでいく。続き、橘、瑞希にも練成治療を施す。だが間に合っていない。
「うぅ〜‥‥」
 黒い霧が広がる。後衛の命、瑞希を狙った強酸の攻撃。着実に生命を削られていく。
「くそ‥‥」
 キメラの大群に押され、B班はじりじりと後退していた。
 そのとき――
「どきやがれ、です!」
 キメラの群れのど真ん中に飛び込む。叩きつけた大剣から衝撃波がほとばしる。シーヴの剣風が周囲のすべてを薙ぎ払う。
「お前らの顔も見飽きた」
 蜥蜴の頭を刺し貫く槍。
「そろそろご退場願おうか」
 ジンの渾身の一撃がキメラを粉砕する。
「ふぬん!」
 気合。浮かぶ紋章の配列が変わる。ゼンラーの超機械から強烈な電磁波が発せられ、蜥蜴たちに浴びせられていく。
 北西の細い路地から現れた救援は、一気に戦況を変え始めた。
「いくぞ」
 橘は灰色の蜥蜴に突き進む。アームに走る電流。赤い剣が斜めに蜥蜴を断ち斬り、熱気が軌跡を辿った。さらに、その傷跡に凍てつく弾丸が撃ち込まれた。水無月の放った銃撃がトドメを刺す。
 手負いの蜥蜴たちが立ち上がり、飛びかかろうと姿勢を低くする。が、次々と瑞希が頭を撃ち抜き、命の超機械が再びキメラを地に沈めていく。
 蜥蜴の壁に穴が空き、A班とB班をつなぐ道ができた。

「これは‥‥」
 突如、少尉と雅、ゼンラーを黒い霧が覆う。
「く、くるしい‥‥助け――」
 首を押さえ、もがきはじめる少尉。雅は自らを後回しに、練成治療を全て少尉に施す。と、ゼンラーと雅を輝く線が結ぶ。
「拙僧は練力に余裕があるからねぃ」
「助かります、僧正」
 魂の共有。ゼンラーは雅の練力消費を半分肩代わりしていた。
「うぐっ‥‥あ‥‥」
 なおも呻きながら少尉は後退り、キメラと傭兵たちから離れようとする。
 が、長髪の傭兵に頭を掴まれた。ぎりぎりと締め付けられる頭。
「このまま楽にしてやろうか」
 底冷えする傭兵の声に血の気が引いていく。
「しっかりなさい、軍人でしょう!」
 雅の叱咤が飛んだ。

 シーヴとジンが駆け抜ける。蜥蜴の爪をかわし、頭を踏みつけ、群れの中を掻き分けていく。目指すは黒い霧の発生源。シーヴは大剣を振り下ろす。
「なかなか硬ぇ」
 剣撃を機械化された巨人が阻んだ。その腕を断ち切れない。
 シーヴは大剣を引いた、瞬間銀の大剣が淡い赤に変化していく。
「ですが‥‥斬れねぇ程じゃねぇです!」
 軋む音を立て、巨人の肩から先がごとりと落ちる。
 肩を押さえる巨人の目にさらなる赤い光。勢いを乗せ、ジンの投げつけるような槍が分厚い胸に突き刺さった。
 ゆっくりと仰向けに倒れる。土煙を上げて巨人が沈む。
「逃がすかっ!」
 瑞希がスナイパーライフルを構える。映り込むのは巨人の影に隠れていた小さな軟体生物。黒い霧を放っていたキメラがよたよたと背を向けた姿。
 長距離射撃。命中したキメラの体が四散する。
「今です、先へ!」
 シーヴの合図で少尉たちはB班の元へと走る。迫る蜥蜴を水無月の氷弾が牽制。
「よし」 
 B班に合流する少尉、雅、長髪の男。そしてB班全員に練成治療を施すゼンラー。
「乗りな」
 少尉を護送するため、橘はAU−KVをバイク形態にする。が、少尉は躊躇して動かない。
「大丈夫。貴方は絶対生きて帰す。橘を信じて」
 瑞希にうながされ、少尉は恐る恐る後部に座った。途端、バイクが猛スピードで走り出した。
「ふぅ〜‥‥」
 見送り、安堵の溜め息を吐く命。キメラの大群に向き直る。
「おっと」
 もう1体の巨人の打ち付けるような攻撃をかわすジン。
「さて」
 にじり寄るキメラたち。
 傭兵たちの迎撃が始まった。


●単騎
 軽快に道を進んでいたバイクが急停止する。
「降りろ」
 まだベースキャンプへは着いていない。この傭兵は何を言ってるのか、と少尉は橘の背後から顔を出す。
「ひっ」
 前方にキメラがいた。あの灰色の蜥蜴だ。すでにこちらに気付き、這い寄って来ている。
 少尉は慌ててバイクを降り、逃げるように距離を取っていく。
 すでにベースキャンプは見えている。
「いくぞ‥‥!」
 AU−KVを装着。橘は3体のキメラを相手にすることを選択した。
 腕に流れる電流。構えた拳銃から4発の弾丸が発射され、最前列の蜥蜴に3発が命中、沈黙する。
(「まずは1体」)
 猛然と這い寄る2体の蜥蜴、1体が橘に飛びかかる。
「ちっ!」
 大爪が肩に食い込む。組み伏される橘。
「う、ぁぁぁっぁぁぁ!」
 金切り声をあげて逃げる少尉をもう1体が尾を振りながら追い立てる。
「させるか!」
 蜥蜴の背に4発の銃弾が襲う。
(「これで2体」)
 キメラの動きが止まった。
「ぐぁ!」
 爪が肩を抉り、蜥蜴が首に食いつく。
「‥‥ラスト」
 炎剣がキメラの腹を突き抜ける。刺し、貫き、首を撥ねた。
 圧し掛かるキメラの体を跳ね退け、橘は救急セットで応急処置を済ませる。
 そろそろと木の影から少尉は橘の元へと戻った。
「乗れ」
 再び橘は少尉を乗せてベースキャンプへと向かう。


●迎撃
 群れから離れたキメラを水無月の氷爪が切り裂く。雅が水無月、ジンの傷を塞ぐ。
 そして、前に歩み出た命が練成弱体を巨人にかけ、シーヴとジンが切り倒す。防壁をなくした霧のキメラを瑞希が撃ち抜いていく。
 さらに、ゼンラーが他方に現れた巨人を全力で攻撃し、長距離射程の超機械で黒い霧を完全に封じる。
 ――安定した迎撃。
 数を減らし始めたキメラの大群。それは包囲網ではなくなっている。
 だが、すでに十数分が経過していた。
 命は雅の様子を横目にする。もうそろそろ、頭にそう過ぎった。
「撤収しましょ〜」
 雅が消耗している。命は撤退の判断を下した。
 前に出ていた者たちが少しずつ下がっていく。と、命がころころと閃光手榴弾を転がす。
 蜥蜴を斬り伏せ、走る。
 閃光。まばゆい光とともに傭兵たちは姿を消した。


●盲目の男
 慌しくキメラの迎撃準備をはじめる。前線に戦力のほとんどを割かれ、手薄になったUPC軍ベースキャンプ。キメラたちはまっすぐここを目指している。
「あまり無理をしてはだめですよ〜。命は1つしかないですから〜」
 橘を治療する命。少尉はベースキャンプまで無事に護送された。
 片隅ではゼンラーが命を奪ったキメラたちの供養をしている。
 その反対側には、ぼんやりと廃墟に顔を向けている長髪の傭兵がいた。
「おい長髪」
 背後からの声。男が振り向くと、雅がいた。
「名前を聞いてなかったな。私は天空橋 雅だ」
 手を差し出す。この男はただの戦闘狂ではない、雅はそう感じていた。あの廃墟も何か関係があるのではないだろうか。
 風でふわりと男の髪がなびく。その両目は閉じられていた。
「おい」
 長髪の男に、乱暴に声がかけられる。
「適材適所って言葉がある‥‥次からは依頼を選んだらどうだ」
 兵士とはいえ一般人を放置したこと――瑞希はなにか言わずにはいられなかった。
「覚えておこう」
 雅の名か、瑞希の忠告か。男はきびすを返し、通り過ぎていく。
 長髪の傭兵は名乗ることなく去っていった。