●リプレイ本文
●集結
川に架かる橋の中央に、8人の傭兵たちがいた。
「ここが例の河川敷かぁ‥‥」
月明里 光輝(
gb8936)は河川を見渡す。
「‥‥光輝」
呼びかけに振り返ると、奏歌 アルベレヒト(
gb9003)が何か差し出していた。
「‥‥サンドイッチ‥‥光輝の分も作ってきたので‥‥、良ければ‥‥後で食べて下さい」
「ありがと〜!」
嬉々として受け取る。
「さてと、じゃあさっさとキメラを何とかして皆を安心させなくちゃね!」
2人はそれぞれ同じチームの傭兵へと歩み寄って行く。
「おや、エメルトさん。奇遇ですねぇ」
声をかけるレイド・ベルキャット(
gb7773)。
エメルト・ヴェンツェル(
gc4185)は頷き、返す。
「既に何人もの人が被害に遭っているようですね‥‥可能なら斃したいものです」
そう今回の依頼について話すエメルト。
「同じ東側の警護のようです。頼りにしてますよ」
光輝と奏歌が2人に近寄ってくる。
こうして4人は持ち場である橋の東側へと向かった。
「水棲キメラねぇ」
ジャック・ジェリア(
gc0672)は川を見下ろしていた。
やがて視線を戻し、面々の顔を眺めて言う。
「あまり水の中には入りたくないし、引っ張り上げるのと逃がさないことに重点を置こうか」
西側の警戒にあたる3人に異論はない。
「バークライドさんと常に2人で行動しまーす!」
和泉譜琶(
gc1967)が元気よく答え、長身の男に顔を向ける。
が、反応がない。
イレイズ・バークライド(
gc4038)は電話に目を落としたまま、何か難しい表情を浮かべていた。
その様子に、譜琶が顔を覗きこむ。
「‥‥あぁ、すまない」
はっと譜琶に気付き、イレイズは電話をしまい、面を上げた。
「よろしく頼む」
「はーい! よろしくお願いしまーす!」
譜琶はきびすを返し、西側へと歩いていく。
しかし、イレイズの来る気配がない。
振り返るとイレイズは立ち止まり――刀を手にしていた。
「え?‥‥えぇ!?」
そしてイレイズは刀を逆手に持ち、自らの腕に傷をつける。
じわりと溢れ出す鮮血。
「なにしてるんですか!?」
駆け寄る譜琶には構わず、血を布にしみこませて川へと放り投げた。
「‥‥撒き餌だ」
止血を済ませるイレイズ。
そのまま持ち場へと向かう。
「あ! ちょっと待って下さい!」
譜琶はイレイズの後を追った。
「今日は暑いから、娘達にアイスでも買って帰ろう‥‥」
刀足軽(
gc4125)は夏の日差しに目を細める。
「マイペースというのか、落ち着いてるというのか」
嘆息するジャック。
「ま、よろしく頼むよ」
「こちらこそ‥‥よろしくね、ジャック」
そのとき、橋上に一際強い風が吹いた。
足軽はテンガロンハットを直し、ジャックと共に橋の西側へと向かう。
今回の依頼はUPC軍が到着する深夜0時までの間、キメラを食い止めること。
彼らは2人ずつのチームを組み、交代で警備にあたることにした。
●逢魔ヶ辻
「――話によると、彼らに『しりこだま』なる物を抜かれてしまうと死んでしまうそうです」
おそろしいですねぇ、とレッドカレーをひとくち。
「ところで、『しりこだま』って何なんでしょう?」
向かいの光輝に問いかけるレイド。
「え〜と、確か――」
奏歌にもらったサンドイッチを頬張りながら答える光輝。
夜に備え、レイドと光輝は橋の上で休憩をとっていた。
「よろしかったらいかがですか?」
味の方はノーコメントですが。そう付け加え、レイドはレーションと水筒をすすめる。
「それじゃあ水筒の方を」
にこやかに水筒を差し出すと、青年は一足先に軽食の後始末を済ませた。
そして、双眼鏡で目下に広がる河川の様子を見る。
あたりはすでに茜色に染まり始めていた。
「東側は異常ありませんか?」
無線機から譜琶の声が響く。
「こっちも異常なし‥‥なかなか現れないね〜」
「いやぁこうも暇ですと、釣りでもしたくなりますねぇ。きゅうりを餌にしたら、食いついてきたりしませんかねぇ‥‥」
冗談まじりにレイドも応答する。
「河童‥‥きゅうりで釣れない‥‥ですよね」
少し残念そうに譜琶。
「おや‥‥? 大変です、釣れましたよ!」
突然、双眼鏡を覗くレイドが声を荒げた。
「えぇ! きゅうりでですか!?」
すでに無線機の問いかけに答える者はいない。
レイドは双眼鏡を下ろして拳銃を構え、光輝は走り出していた。
「‥‥目標発見しました‥‥橋から南へおよそ30m‥‥戦闘準備を」
堤防のやや後方、無線連絡する奏歌。
その視線の先には、黒い影にしがみつかれるエメルトの姿があった。
黒い影――全身が汚れて黒ずみ、異臭を放つキメラ。
突然川から現れたそれは、長身のエメルトよりもなお大きい。
その巨体にのしかかられ羽交い絞めにされたエメルトは、ただ耐えていた。
もしこのまま倒れ込めば、エメルトは無防備に背を抉られるだろう。
「ぐっ‥‥くっ!」
キメラを振り落とそうと、エメルトは全力で身をよじる。
その間にもキメラの強靭な腕がきりきりと絞めあげていく。
エメルトの顔がゆがみ、苦痛の声が漏れた。
もはや、エメルトが力尽きるのも時間の問題だった。
キメラに狙いを定めたまま、レイドも奏歌も攻めあぐねる。
こうも密着していては攻撃がエメルトに当たる可能性があった。
と、そのとき。
「ブレイバーガン!」
可変銃がハンドガンの形態をとる。橋上に足をかけ、光輝は川岸へ銃口を向けた。
――銃声。
2発の弾丸が突き進み、キメラの頭上を大きく逸れて河川敷のコンクリートに穴を空ける。
続けて2発、今度はエメルトの足元に弾痕。
キメラが橋上の光輝を向いた。
光輝のそれはただの威嚇射撃。
だが――ほんの一瞬、キメラに隙ができる。
「おぉぉ!」
エメルトはそれを逃さなかった。
わずかに動いた手。拳銃を引き抜き、脇から後方に銃口を覗かせる。
轟音が鳴り響いた。
零距離からの銃撃。キメラの脇腹に穴が空く。
そしてエメルトがゆるんだ腕を振りほどき、距離を取った――瞬間。
キメラの顔、膝、足。赤い血がほとばしる。
そのまま仰向けに、ゆっくりとキメラは川へ落ちた。
「やりましたかねぇ」
橋の上、黒い銃から立ち昇る硝煙。
レイドの眼鏡が夕日を映していた。
「いきなり手が伸びたんです」
エメルトは無用心に川へ近づいたわけではなかった。
キメラの腕が細長く伸びてエメルトを岸まで引き寄せたのだ。
「でも‥‥これでもう安心だね」
無線機の向こう、足軽が声を漏らす。
「いえ‥‥キメラは2体以上いるのではないでしょうか」
報告の目撃証言は2つあり、キメラの大きさが2mと4mと大きく食い違っている。
そのあまりの違いに、エメルトは2体以上いる可能性が高いと考えていた。
「いまのうちに川岸に明かりを灯していくとか、どうでしょうか?」
譜琶の提案に、しばらく思案するエメルト。
「残念ですが、それをできる道具がなさそうです」
「そうですか、うーん」
仲間の無事を最優先とする譜琶は、昼間のうちにキメラを仕留めておきたかった。
沈みゆく太陽。
日の光は遠く、河川の先に沈んでいく。
「夜の川岸‥‥うぅ‥‥」
あたりが闇に包まれる。
夜がはじまった。
●囮
ランタンを持ち橋の周囲を往復するジャック。
武器は服の中に隠し、あくまで偵察のように見せかける。
そして、川から見えない位置に残りが待機していた。
報告にあった行方不明者はすべて成人男性。くわえてキメラが見逃したのは老人と女性。
つまり成人男性のジャックは囮である。
(「思っていたより利口なのかな」)
さすがに何度も行き来していれば怪しいのかもしれない。
あれからなにも起きないまま深夜を迎えようとしていた。
「交代だよ」
「バークライドさん、気をつけて!」
譜琶の激励にうなずく。
イレイズは河川敷に降り立ち、おもむろにハンカチを取り出した。
刀でかるく腕を切って血をしみこませていく。
それは昼間に行った『撒き餌』。
イレイズは赤く染まったハンカチを手に川辺へと近付く。
「なに!」
ハンカチを投げ入れようとした刹那、何かが川から飛び出た。
――そう認識した頃には、イレイズの体は宙を舞っていた。
不自然に川が隆起していく。
大量の濁った水とともにキメラが姿を現した。
「‥‥光輝‥‥対岸へ救援です‥‥足を貸して下さい」
無線を受けた奏歌が光輝に駆け寄った。
「しっかりつかまっててね‥‥すっ飛ばすから!!」
AUKVバイクの駆動音が河川に響き渡る。
「うわぁ‥‥河童さん、気持ち悪い‥‥っていうか、大きすぎますよ!」
暗視スコープをつけた譜琶が、無線機に感嘆の声を上げる。
巨大。
まさしくそれは、巨大なキメラだった。
隆々とした樽のような足。丸太よりも太い腕。ずらりと生えた牙と背を覆うような甲羅。
丸い両眼が、闇夜に怪しく黄の光を放つ。
その視線が譜琶を射抜くように向けられる。
声に反応したのだ。
「〜〜!」
1、2、3。反射的に譜琶は引き金を引いた。
が、発射された弾丸は甲高い跳弾音へと変わる。
キメラは譜琶に甲羅を向け、弾丸を弾き返していた。
振り向いたキメラは――にやりと笑った気がした。
顔を上げたイレイズ。その眼前に鈍く光るもの。
「う‥‥!」
火花が飛び散る。
イレイズはかろうじて牙を刀で受け止めた。
なおもイレイズの腹に食いつこうと、キメラが大口を開けて襲い来る。
「ちぃっ!」
受け流す。だが、跳ね飛ばされるような衝撃を殺しきれない。
顔をゆがめ、イレイズは肩肘をついてあとずさる。
続けざまに譜琶の放った弾丸を足に受けるが、キメラの歩みは止まらない。
平然とイレイズに迫っていく。
もうすぐ好物が喰える――たかぶるキメラ。
その呼吸は荒く、奇妙な音を立てていた。
獲物を川へ引きずりこもうと腕を伸ばす。
「やはり本能には勝てなかったようだな」
ふいに、イレイズが面を上げた。
テンガロンハットがふわりと舞う。伸ばしたキメラの腕は、十字の盾に阻まれていた。
続けて蘇生術でイレイズの傷が癒えていく。
橋から飛び出した足軽が、イレイズの前に立ちふさがっていた。
ここは河川敷でも堤防にほど近い場所。街灯がキメラの姿を浮かび上がらせている。
そう、イレイズは劣勢の振りをして、おびき寄せていたのだった。
動きを止めたキメラに譜琶の銃弾が突き刺さる。
「足‥‥大丈夫なのかな」
ささやく足軽。譜琶の弾丸は、またしてもすべて足に命中していた。
「さぁここからが本番だよ――Show time!!!!」
足軽が防御陣形をしく。
一瞬たじろぎ、撤退しようとするキメラだったが、その抗いがたい本能が勝る。
目の前の獲物、イレイズにふたたび腕を伸ばした。
が、体全体で滑らせるように流されていく。
そして次の瞬間、キメラの視界からイレイズの姿が消えていた。
ごとり
なにかが転がる。
揺らぐ体。キメラは膝をついて支える。
いまだ、転がったのが自らの足だと気付いていなかった。
さらに。
「グガ‥‥ァァァァッ!」
キメラが頭を抱え、つんざくような咆哮を上げる。
橋上から見下ろす奏歌の手に、タクトのような超機械。
なおもキメラに強力な電磁波が襲う。
4mを越す巨体も弾丸を弾く硬い甲羅も、超機械の前には無意味だった。
キメラは堪らずその身をひるがえす。
だが、その前方には立ちふさがる者――まわりこんでいたジャックだった。
向けられた銃に反応し、キメラは背を向ける。
「逃がす気は全くないんでね」
ジャックは銃口をキメラの進路へと滑らせる。
「悪いがそこで死んでいけ」
制圧射撃でばら撒かれる弾丸。キメラは完全に退路を断たれた。
紅い瞳はその一瞬を見逃さない。
譜琶はジャックに甲羅を向けたキメラを見据える。
そして、立て続けに3発の銃弾がキメラの胸に吸い込まれていった。
地響きを起こして沈む巨体に、ゆらりと近付く足軽。
「あのね‥‥早く帰って、子供達にお土産買ってあげたいの‥‥」
銃口がキメラの頭に突きつけられる。
「だから早く‥‥‥‥‥死ね」
足軽は引き金を引いた。
「‥‥随分‥‥無茶をしましたね」
足軽とイレイズに練成治療を施す奏歌。
と、かすかな音に気付く。
「‥‥これは‥‥、呼び笛の音‥‥」
奏歌は東へ顔を向けた。
●急襲
やや、時を戻して。
バイクの駆動音と共に奏歌と光輝が対岸へ向かうのを見送るレイドとエメルト。
だが、それは2人だけではなかった。
待っていた。
川から頭を出し、じっとこのときを待っていた。
ゆらり、ゆらり。
川底の汚濁を掻き分け、突き進む。
ひたり、ひたり。
岸に上がる。
「1人で様子を見に行くのって、何でしたっけ、死亡フラグ?‥‥ってやつですよねぇ」
男の持つ明かり。ぼんやりと浮かび上がる男の姿。
背後に音も無く忍び寄る。
対岸のけたたましい銃撃音に、男は顔を向けた。
片目を奪った男の顔。
静かに、するりと腕を伸ばす。
男の手を掴んだ。
そして、手繰り寄せて川へと――
「まぁ1人ではないんですけどね」
男は横目に見る。
伸ばした腕が動かない。
突然暗闇から突き出た手が、伸ばした腕を掴んでいた。
赤い光が闇に浮かぶ。
大剣の形をしたそれは、振り子のように弧を描いた。
「キェェェェ!」
絶叫を上げるキメラ。切断された腕から、ぼたぼたと止めどなく血が流れる。
キメラの腕を切り落としたエメルトは呼び笛を鳴らす。
片腕を押さえ、振り返るキメラ。
その目に入るまぶしい光。
キメラの眼前に迫るのは――黄土色のAUKV。
堤防からバイクが飛び出していた。
体当たりの直撃を受け、キメラはもんどり打って河川敷に転がる。
「重光‥‥覚醒!」
キメラに向き直る光輝。
「悪のキメラから河川敷と成人男性を守る――サナギオン!」
AUKVがアーマー形態に変形。
地を蹴り、光輝は一直線にキメラへ駆ける。
腕に流れる電流。
蒼銀の拳が闇夜に閃き、炸裂する。
めり込み、折れ曲がるキメラの体。光輝の連打で弾け跳んでいく。
堤防に張り付けられたようなキメラ。その耳に銃声が響いた。
レイドの銃撃で足が、肩が、欠けていく。
街灯で浮かぶのは、エメルトが両の手で剣を振りかぶる姿。
赤い光を纏う大剣が振り下ろされた。
●濁り川
「ふぃ〜‥‥なんとか片付いたね」
覚醒を解いた光輝をいくつもの光条が照らす。
時刻は深夜0時を過ぎていた。
「軍の到着ですね‥‥皆さんお疲れ様でした」
無線機から譜琶の声。
「私は‥‥娘達にアイスでも買って帰るよ‥‥」
そう言い残し、足軽はひとり姿を消した。
「ま、これでここが平和になったとは限らないけどね‥‥一応の危険は去ったわけだ」
ジャックは暗い川を見下ろす。
もしこの川が澄んでいたなら――被害はもっと少なかっただろうか?
「次がない事を祈るのみかな」
傭兵たちは濁った川を後にした。