タイトル:【BD】堕ちた戦場―急―マスター:無名新人

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 12 人
サポート人数: 2 人
リプレイ完成日時:
2010/11/03 14:28

●オープニング本文


●新勢力
 ――ビッグフィッシュ艦内。
「はぁっ‥‥。はっ‥‥。はっ――」
 荒い息。響き渡る靴音。ぼんやりと足元から照らし出す照明。大きな影が、広大な通路に長く伸びていく。
「緊急事態! 緊急事態!!」
 大柄な男が、トランシーバに向かって怒鳴りつけるように声をぶつける。

「新しい敵戦力! バグアと、とんでもないキメラだ!」

 額に汗が滲む。何度も後ろを振り返りながら、エースアサルトの男は先を急いでいた。
 彼はさっき、ひとりで後方の部屋へと向かっていった。
 ――さきほどまで開いていなかった扉が開いていたからだ。
 彼は今、ひとりで来てしまったことを後悔している。
 ――もし、奥にバグアとアレがいるなんて知っていたら‥‥。
(「あんなもん、生身で戦ってられるか‥‥!」)

 遠くに人影が浮かび上がった。安堵の息を吐き、駆け寄っていく。
「おいあんた、すぐに逃げるんだ!」
 声をかけてから、AAの男はなにか違和感を感じた。
(「‥‥こいつ、傭兵か?」)
 彼にはこの男を見た記憶がない。
「どうかしましたか?」
 男が振り返る。場違いな、薄く笑みを浮かべる黒髪の男だった。
「ヤバイ敵がいる! 早くここから――」
 言いかけ、止まる。視界の隅に銀の翼がふわりと浮かび上がった。巨大な銀の竜がうなりをあげて去っていく。次から次へと、後から、後から‥‥。

「逃げなくていいのかな?」
 はっと視線を黒髪の男に戻す。相変わらず薄笑みを浮かべたまま、微動だにしていない。
(「こいつは‥‥もしや――」)
 AAの男は背の大剣へと手を伸ばす。剣が赤い光を放ちはじめる。
「ん。そうだよ」
 すっと、黒髪の口の端が持ち上がった。
 瞬間、弾かれたように動く。大剣に剣の紋章が浮かぶ。
「はあぁぁ!!」
 残像を残し、大剣が薄闇に閃く。バグアをも粉砕する渾身の一撃を打ち下ろした。
「あぶないあぶない」
 剣圧が髪を揺らす。わずかに身をひねり、あっさりと剣撃をかわした黒髪の男。
 その口が凶悪なまでに吊り上る。見開かれた目が赤く輝きだした。
 縦に――斜めに――幾重もの衝撃が駆け抜ける。
「おまえは、いったい‥‥」
 AAの男は力無く膝から崩れ落ちた。
「じゃあね」
 黒髪はにこやかに、倒れた傭兵の上を通り過ぎていく。


「お待たせ」
 操舵室へ入った黒髪の男に、いくつもの目が向けられる。
「後始末はしておくよ」
 機械化されたキメラが先導し、艦内にいたバグアたちがゆったりとした足取りで外へ向かう。
「さて、とりあえず皆殺しに」
 見送った男はうっすらと笑みを浮かべる。
「時間は‥‥ないか」
 表情を戻し、作業を始めた。




●予感
 ビッグフィッシュ内にて救出作戦を展開していた傭兵たち。そんな中、ミリアとターニャの2人は、さきほどまで壁だったはずの場所に道を発見する。
 長い通路を進んだ先――
「なんなのよ、これ‥‥」
 恐ろしい咆哮。遠く、通路を次々と銀の竜が走り抜けていく。
 それはいつか遭遇したキメラとそっくりだった。ただ違うのは、頭が2つに増えていること。
「艦内北東部に大量のキメラを視認、退却します」
 手早く無線を終えるターニャ。
「ミリア、引き返しましょう」
 強大な竜のキメラの大群。たった2人で明らかに手に負えるものではない。
(「もしかすると、その根源が」)
 嫌な予感が止まらない。
「? あれは‥‥」
 キメラの過ぎ去った通路へ顔を向けたままのミリアが、何かを見つける。
「――ッ!」
 突然ミリアは駆け出した。竜のいた方へ走り去っていく。
「あ、待ってください!」
 慌ててターニャがその後を追いかける。

「これは‥‥」
 角を曲がると、床に伏す大柄な男。ターニャは立ち止まって声をかけ体を揺するが、返事はない。
「北東部、男性が倒れています、至急応援を」
 ターニャは男の脇を通り抜けていく。
(「今は一刻も早くミリアを連れ戻さなければ」)
 頭の中、警鐘が鳴り止まない。
 通路の先に光が漏れている。ミリアが部屋の中へと入っていった。
 やや遅れてターニャも足を踏み入れる。



●すべてのはじまり
 広い部屋、天井までそびえる柱のような機械。
 ミリアの後を追い、ターニャは柱の影から顔を出す。そこには1人の男とミリア――
(「なんですか、これは‥‥」)
 そして、とてつもないキメラがいた。

「久しぶりだね」
 にこにこと後ろ手にした黒髪の青年が、ミリアに親しげに声をかけている。
「‥‥」
 覚醒。口を閉ざしたまま、ミリアの髪が黒く変わっていく。いつもとは異なる変化。ミリアの赤い瞳が射抜くように青年を見つめる。
 異様な雰囲気を纏い、剣を構えて対峙するミリア。
「口もきいてくれないのか」
 残念だね、と男は下を向いた。
 刹那、青年に横薙ぎの剣風が突き進む。
「ふん」
 かざした青年の手が衝撃波を掻き消す。
 距離を詰めていたミリア。青年の眼前には、赤い光を放つ剣。
「ダメじゃないか」
 剣を素手で受け止める。青年はまるで子供を咎めるように右手を振り上げた。
(「まずい」)
 くるくると背のライフルがターニャの手に収まる。
「っ!」
 速射。5発の弾丸が一斉に黒髪の頭を狙う。
 しかし、すべてフォースフィールドに阻まれていく。ターニャの銃撃は、この男に届かない。
「はっ」
 側面から、風。
「うっ‥‥」
 壁に肩を強打、無線機とライフルが転がっていく。突然現れた巨人の殴打で、部屋の隅まで跳ね飛ばされた。
「こんにちは」
 ターニャに笑顔を向ける黒髪の青年。
「そしてさようなら」
 その手に光が収束。瞬間、まぶしい光が広がる。ターニャの視界を光が埋め尽くしていく――。

 破片が舞い上がる。壁がごっそり抉れ、ターニャのいたあたりは瓦礫の山と化した。
 すっと首を動かす青年。後を追い、ミリアの剣が空を切る。
「――ッ!」
 赤い瞳が強く輝き、ミリアの黒髪がなびく。男の胸を狙い、連続で刺突を放つ。
 目の前にいるのは、すべてのはじまり。すべてを奪ったもの。
「ふふふ、そんなんじゃダメだよ」
 怪しく光る赤い瞳、男の黒髪が揺れる。
 半身をわずかにひねって剣をかわす。
「その声で」
 剣を引き、強く握り直した。
「話しかけるな‥‥!」
 足を、頭を狙う。兄の姿をしたバグアに剣を振るう。
「くどい」
 軽くいなされる。ミリアの剣は、届かない。
「時間だ。ここまでにしよう」
 背を向ける男。
「あ‥‥――」
 突如、音もなくミリアの胸を2本の漆黒の矢が突き抜けた。胸から頭に駆け上る激痛。ミリアの視界が黒く染まる。停止していく思考。目まぐるしく脳内が書き換えられていく。
 ミリアの首が垂れ下がった。
 黒髪の男は作業に戻る。
「さあ行っておいで」
 面を上げたミリア。無表情に男の横を通り過ぎ、部屋の外へと向かう。

 ミリアの周囲に銀の竜たちが集まっていく。背後には漆黒の巨人と弓を携える黒い翼の天使。
 強大なキメラを引き連れ、ミリアが傭兵たちを待ち受ける。

●参加者一覧

セシリア・D・篠畑(ga0475
20歳・♀・ER
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
漸 王零(ga2930
20歳・♂・AA
六堂源治(ga8154
30歳・♂・AA
レティ・クリムゾン(ga8679
21歳・♀・GD
シャーリィ・アッシュ(gb1884
21歳・♀・HD
シン・ブラウ・シュッツ(gb2155
23歳・♂・ER
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA
天宮(gb4665
22歳・♂・HD
レイド・ベルキャット(gb7773
24歳・♂・EP
相澤 真夜(gb8203
24歳・♀・JG
和泉譜琶(gc1967
14歳・♀・JG

●リプレイ本文

●救援
 薄闇の通路を傭兵たちが駆け抜ける。
「トカゲ男を斬りまくったけど‥‥まだ大物が残ってそうッスね」
 ときおり木霊する咆哮が通路全体を揺らす。すでに外の敵戦力は壊滅させていたものの、ただならぬ不穏な空気が艦内に流れている。
 救援を聞きつけ、急行した六堂源治(ga8154)は油断なく前を行く。
「共に行動するのは初めてだな‥‥よろしく頼むぞ」
 源治に並び、漸 王零(ga2930)も先を急ぐ。
「あそこ」
 前方およそ40m。いち早くケイ・リヒャルト(ga0598)の暗視スコープがうつ伏せに倒れた人物を映し出していた。おそらくはあれが、連絡にあった男だろう。
 王零は後ろに目を向ける。
「上位クラスが3人‥‥頼もしい限りだ」
 最後尾にはセシリア・D・篠畑(ga0475)。
 4人の傭兵たちが西側の通路を突っ切っていく。


 ――同時刻、東側通路。
 こじ開けた大穴からビッグフィッシュ内に侵入する傭兵たち。突然現れたキメラの大群に、無線機からは様々な情報が忙しなく飛び交っている。
『2人と連絡が取れないんです‥‥』
 その中に混じり、消え入りそうな和泉譜琶(gc1967)の声。救援連絡をしてきたターニャからは一切の応答がない。そして一緒にいるはずのミリア・ハイロゥ(gz0365)も。

 地鳴り。ぼんやりと足元から照らされる通路に銀の頭が浮かび上がる。南、さらに北からも2頭を持つ銀の竜が迫っていた。
「‥南は私が」
 覚醒。シャーリィ・アッシュ(gb1884)の背に赤い翼が現れる。
「目的はあくまで生還することです」
 シン・ブラウ・シュッツ(gb2155)はそれを横目にする。
「可能なら撃破しますが、強敵がいたら即時撤退戦に切り替えましょう」
 シンはやや険しい表情のままシャーリィに投げかけた。
「大丈夫、増援が来るまで抑え込みます‥‥!」
 純白のAUKVの脚部に電流が流れた。赤竜の翼をはためかせ、南へと飛び出していく。ひとり、シャーリィが聖剣を手に銀の竜を迎え撃つ。
 北へと目を向ける傭兵たち。
 竜斬斧を前にする。鳳覚羅(gb3095)にすでに言葉はない。白銀の焔を纏い、金の右目が目前の敵を鋭く射抜いている。
「あれは‥‥」
 レイド・ベルキャット(gb7773)が前方になにかを見つけた。
「ミリア、さん?」
 銀の竜たちの後方に浮かぶ人影。黒髪だが、身に着けているもの、身体的特徴、すべてがミリアそのものだ。
 あれは別人なのか、それともミリアなのか。だとすれば、なぜキメラのただ中にいるのか――状況が把握できず、レイドはしばし困惑する。
「ともかくあの竜を」
 シンが一気に間合いを詰める。両手にSeele、Lichtとそれぞれ名を彫られたエネルギーガンを携え、竜の2頭に狙いを定める。



●耳を傾ける者
『北東部、連絡にあった男性を発見しました‥‥傷が酷く、練成治療では手に負えません‥‥これより――』
 ぶら下げた無線機からセシリアの声が流れている。
「かかったか」
 手を止めず、ぽつりとつぶやく。
 倒れた男にはトドメを刺さず、キメラたちにも手を出させずにおいた。生きているならば助け出そうとするであろう、と。
 操舵室のそばまで傭兵たちが近付いている。
「まだもう少しかかるな」
 ふっと黒髪の男が顔を横へする。と、視線の先にいた銀の竜たちが通路へと向かう。
 黒髪の男の外套がなびく。足元から湧き出す紫黒の光の奔流。
 あたりが異界へと塗り変えられていく――。



●交戦
 闇に伸びる光の線。その全てが銀の巨頭に結ばれる。
 次々とエネルギーガンが銀の竜を貫いていく。
(「‥‥倒せていない?」)
 シンのセーレによる7回攻撃に耐えている。頭を砕かれながら、なおも向かい来る1頭になった竜。
 薙ぎ払う刃。全てを巻き込むような竜斬斧の一撃が残った竜の頭を叩き潰した。
 勢いを殺さず覚羅は次の竜へと突き進む。身を低く、竜斬斧を地面すれすれに構える。
 大口を開けた竜の銀牙が覚羅を頭上から襲う。
「侮らないで貰いたいね」
 竜の牙を、巨斧の刃が受け止める。
「鳳凰のはばたきは止められない」
 覚羅が斧とともに飛翔。竜を斬り、その首が跳ね上がる。勢いのまま、覚羅は頭上の斧を握り直して振りかぶる。
 覚羅の全体重を乗せ、超重量の竜斬斧が銀の巨体に振り下ろされた。
 たたきつけられ、地にめり込む竜。その口に炎が収束する。
 至近距離から火炎弾が放たれた。
「ぐぅ‥‥!」
 覚羅の防具を突き破り、炎が皮膚を焼く。
 矢継ぎ早に2頭から吐き出される鮮烈な火炎。着弾の衝撃でじりじりと後ろに下がる覚羅。
 通路のいたるところが爆ぜ、あたりが炎で照らし出される。
(「あのキメラは‥‥」)
 ミリアと思しき人物の後方には、機械の巨人と漆黒の天使がいる。レイドには見覚えがあった。
 走りこみながらの銃撃。
 ――あれは確かに、廃墟となった研究所で姿を見せたキメラたち。
「嫌な予感がしますねぇ‥‥」
 跳弾、銀の鱗が跳ね返す。
 ――そして、銀の竜。すべてがあの研究所と符合する。
「あの人はどうしますか?」
 水属性の外套がシンに向けられた竜の炎をかき消す。
 地に伏している竜の先には、黒髪の女。何をするでもなく、赤い瞳が傭兵たちを無表情に見つめる。
「ミリアさん‥‥いえ、知り合いかもしれません」
 まだ強化人間やバグアではないという確証はなかった。しかし、もしミリアであったなら――
「私が接触してみます」
 レイドは竜の脇をすり抜け、前方の人物へと向かう。
 が、黒髪の女はきびすを返し、通路の奥へ歩きはじめる。
「ミリアさん!」
 後を追うレイド。だが――
「‥‥!」
 フッとなにかがレイドの胸を突き抜けた。頭に駆け上る激痛。レイドの目には弓を下ろす漆黒の天使が映る。黒く染まる視界。思考が停止していく。
 巨人と共に後ろへ下がりながら、天使の左手の先がくるくると、まるでなにかを操るかのように動きはじめる。
「よし」
 エネルギーガンの一斉掃射、さらに振り下ろされた覚羅の斧が竜の首を断ち切った。
 シンは前方へ目を向ける。唐突に立ち止まったレイド。その先にいる黒髪の女、天使や巨人のキメラが連絡路から西へ向かおうとしていた。
「させない」
 レイドの様子を不審に思いながらも、シンはセーレとリヒトを天使の翼に狙いを定めた。
 二連射。2条の光が突き進む。あさっての方角の壁を抉っていく。
 表情のないレイドがシンのエネルギーガンをそらしていた。
「なっ――」
 シンの頭に突きつけられた銃口。躊躇なくレイドは引き金を引く。
「くっ!」
 シンの髪を焦がす。首をひねりかわすが、次々と近距離から頭に銃弾が撃ちだされる。
「洗脳か」
 背後からレイドを羽交い絞めにする覚羅。
「これで治れば良いんだけどね」
 覚羅から赤い輝きがレイドを包み込む。
「うっ‥‥」
 顔をしかめ、頭を押さえるレイド。洗脳が解け、体の制御が戻る。「申し訳ありません‥‥」つぶやき、銃を下ろした。

 後方からは絶え間なく爆発音、そして竜の獰猛な唸り声が聞こえている。ひとりで複数の竜を相手にしているシャーリィ。
 前へキメラを追うべきか、後ろへ加勢すべきか――。
 傭兵たちは選択を迫られる。



●挟撃
「なんだ、これは‥‥」
 連絡路から東側へ加勢に向かおうとしていた王零と源治。だが、通路が一瞬にして暗い紫の色に変色する。
「北から敵――1、2‥‥4体」
 ケイの前方から4体の銀の竜が地響きを起こしながら向かってきている。いずれも、足元からなにか異様な黒い光が溢れ、粒子のように纏わりついていた。
「‥やはりダメです‥‥意識が戻りません」
 身をかがめて引き続きAAの男に練成治療をしていたセシリア。
「医療施設で治療する必要があります‥‥この場では手の施しようがありません」
 首を横にする。
「こっちからも、妙なのが来たッスね」
 王零と源治が後退、ケイたちの元へと戻る。
 紫闇に浮かぶ赤い瞳の輝き。黒の粒子を纏う機械の巨人、漆黒の天使を引き連れた黒髪の女が接近する。
 と、一行の背後から慌しく駆け寄る者。
「救援にきましたー!」
 味方の増援。息を弾ませながら、明るい声が響き渡る。相澤 真夜(gb8203)が瞬天速で一気に合流した。
 さらに遠くからバイクの駆動音。傭兵たちの前で停車する。
「話は聞いています。その方をこちらへ」
 バイクにまたがる天宮(gb4665)。後部座席へと重傷の男を乗せて運ぼうとしていた。
「‥‥いえ、その方は衝撃を与えないようにしてください」
「そうですか、了解いたしました――相澤さん」
 AUKVを装着し、天宮が真夜に合図する。2人は倒れている男のそばに駆け寄った。
「ああ‥‥こんな、酷い‥‥」
 AAの男の傷に、思わずついて出た真夜の声。
「すぐに運びますから‥‥!」
 涙を浮かべる真夜。ゆっくりと持ち上げ、天宮と慎重に、しかし急いで搬送を始める。
「頼んだぞ」
 後ろ目に見送り、王零は魔剣を構える。
 見据える先には黒いオーラの立ち昇る4体の銀竜。右方からは得体の知れない敵。
「ここから先は‥‥我らが一歩たりとも通さん」
 銃声。渦を巻きながら一斉に向かい来る火炎弾と交錯する。
 戦いの火蓋が切って落とされた。



●竜殺し
 ぞろりと生えた銀牙が鈍い光を放つ。
 甲高い音。大剣の剣身が重い竜の噛みつきを受けきる。
「紛い物の竜が――」
 聖剣の刃を返す。
「私の前に立つな!」
 銀の刃が閃いた。聖剣が銀の鱗を断ち切っていく。竜の首がずれ落ち、盛大な音が上がる。
「はぁ‥‥くっ‥‥――」
 息が荒い。汗が流れていく。絶え間なく身を焦がす炎。傷だらけの純白のAUKVは火炎に包まれている。
 正眼に聖剣を構えるシャーリィ。竜の紋章が緑に輝く。
「ぐぅぅぅっ‥‥!」
 側面からの強烈な尾の横薙ぎを聖剣で受ける。膨大な竜の質量がシャーリィの体を壁まで跳ね飛ばす。
 視界の端、もう1体の竜の口に集まる高温の橙。灼熱の火炎弾が2頭から撃ち出される。
「う、あぁ‥‥」
 次から次へと吐き出される超熱。不可避の炎を浴び続ける。
 火炎弾の雨が止む。崩れ落ち、シャーリィは力なく、だらりと仰向けに転がっていく。限界はすでに超えていた。
「通す、ものか‥‥」
 壁を頼りに立ち上がるシャーリィ。確かめるように聖剣を握り締める。
 だが、もてあそぶような竜の尾が直撃。壁に背を強打、ずるずると滑り落ちていく。
 白む視界。追い撃ちをかけるかのように、奥からさらに2体の竜の姿が見え始めていた。
「私は‥‥」
 力が入らない。紛い物の竜が大口を開く。みるみる大きくなる炎。目の前を火球が覆いつくしていく。
 シャーリィはきつく目を閉じた。





 ――竜の呻き声が聞こえる。断末魔。大音響の、巨体が崩れる音。

 目を開けて見上げた先には、シンの背があった。
「間に合ったようで何よりです」
 前を向いたまま、シンはつぶやく。瞬く間に駆けつけ、火炎弾からシャーリィをかばい、銀の竜を討ち倒していた。
 2丁のエネルギーガンが残りの竜を刺し貫いていく。
 それでもなお、勢いが止まらない銀の竜。唸りを上げてシャーリィに向かい来る。
 そのとき、人影が飛び込んだ。
「そらあっ!」
 真正面から、大太刀の袈裟斬りが銀の竜を両断する。さらに続けて、光る2本の矢が竜の頭を貫いた。仰向けに倒れていく銀の竜。
「待たせたかな」
 レティ・クリムゾン(ga8679)が後ろのシャーリィに振り向く。
「お待たせしました!」
 後方からは雷上動を携えた譜琶が駆け寄ってくる。
「ハイドラグーンの貴方に言うのも変な話ですが、竜殺しは得意分野なんですよ」
 安心してください、と振り向き一瞬だけシャーリィに微笑するシン。
「前衛はしばらく私と交代だ」
 シャーリィの前に救急セットを置くレティ。
「傷の手当てが済んだら加勢するといい」
 迫り来る敵に小銃を向け、前へと歩み出る。
「はじめから全力です! 手加減なんてしません!」
 なにか決意じみたものすら感じさせる、紅い瞳になった譜琶。見据えるのはうなりを上げる2頭の竜。
 飛び交う光線、弾丸、矢、火炎――。
 通路が爆ぜ、揺れる。



●異界
 薬莢が落ち、リボルバーが回転する。ケイから放たれた6発の銃弾が突き進む。
 ガラスのひび割れるような音。銀の鱗に当たる直前、立ち昇る黒い光が弾丸を遮り、わずかな傷しか与えられない。
 竜の口から吐き出される火炎。そのまわりを黒の粒子がまとわり付き、黒い光の尾を引く。
「くっ」
 火炎弾が腕を掠め、後方の通路が爆発。体全体を持っていかれそうな衝撃が突き抜けていった。
(「まずいわね」)
 拳銃に弾丸を装填しながらじりじりと後退。
 突如、噴射音が広がる。傭兵たちの周囲を黒い霧が包み込んでいく。
「これは‥‥」
 ちりちりと焼け付く痛み。
「強酸か」
 連絡路を横目にする王零。機械の巨人の両肩から球状の黒い塊が射出、放物線を描いて飛来する。
「くそ!」
 足元に黒炎が着弾、身を低くする王零。爆発で舞う塵、そして強酸の霧雨が浮遊する。
 さらに漆黒の天使が矢を番えた。源治に狙いを定める。
「そうはいきませんよ!」
 東側から走り込んでいたレイド。天使に2発の銃弾を発射。
 瞬間、シールドが展開。巨人がその半身を覆うような盾で、レイドの弾丸を跳ね返す。
「いくよ」
 超大な斧が振り下ろされる。巨人の膝関節を狙った覚羅の一撃。しかし――
「まったく‥‥」
 巨人の足元から立ち昇る黒の粒子、そしてシールドが覚羅の竜斬斧を阻んだ。
「面倒な相手だね」
 水平に薙ぐ。なおも続く覚羅の攻撃が少しずつ巨人に傷をつけ、押していく。
 天使の指先がくるくると円を描く。黒髪の女が駆け寄るレイドへと進路を変え、天高く剣を掲げる。
 十字を切る剣。二重の衝撃波がほとばしっていく。
「痛いつっこみですねぇ‥‥」
 自身障壁。身を固めて剣風を受ける。彼は、目の前の女が天使に操られているミリアだと考えていた。
 牽制しながらレイドはミリアへと突っ込む。
「うぐ‥‥」
 レイドの肩を突き抜ける刃。引き抜かれた後から血が滴る。
「‥‥」
 無表情のまま、ミリアの剣が赤い光を帯びはじめる。
 レイドに剣が振り下ろされた。



●その身を盾に
 通路の壁に丸く差し込む光。出口は見えていた。
「天宮さん」
 真夜は前方に目配せする。頷く天宮。
「ごめんなさい‥‥ちょっとだけ、降ろしますね」
 返事はない。そっと、意識のない男を通路へ降ろす真夜と天宮。
 外の光がまばゆい銀色を反射する。そびえるのは、2体の竜。
「さて参りましょうか‥‥」
 天宮のAUKVの脚部、そして鎌を持つ手に電流がはじけた。風のように銀の竜の脇をすり抜け背後に回る。
「いけぇー!」
 真夜から放たれた矢が竜の火炎弾と交差。鱗にあたり、甲高い音とともに矢は軌道を変えていく。
「うっ! あ、ついっ‥‥」
 真夜の身を焼き、火の手があがる。
「容赦はしませんよ」
 鎌が鈍い光を放つ。銀竜の翼が四散していく。
「ぐ‥‥あぁ」
 強烈な竜の体当たりが天宮を壁にめり込ませる。
 爆烈。追い撃ちをかけ2発の火炎弾が天宮に着弾した。


 王零の魔剣が2頭を両断する。黒い粒子を纏う竜が沈んでいく。
 ぎりぎりと銀の牙を太刀で受け、源治が竜を切り裂いた。
(「あれは」)
 後方を気にかけていたケイ。遠目に倒れている天宮、AAの男の前で弓を番える真夜。そして――
「セシリア!」
 今まさに火炎を吐き出す銀の竜がいた。


「行かせは、しませんよ‥‥」
 竜の足に傷をつける。這い進む天宮が鎌で切り裂いた。
「お、ぐ‥‥」
 尾が振り下ろされる。のしかかる超重量が天宮を沈黙する。
「いけない!」
 全力で走り、リボルバーとエネルギーガンを目にもとまらぬ速さで連射するケイ。銃弾と光線が竜の体を欠けさせていく。
 併走するセシリアの紋章配列が変わった。黒のエネルギー弾が2体の竜に浴びせられる。
 1体の竜がなおも立ち上がる。
 真夜の矢は鱗に跳ね返され、力なく地に落ちていく。
 竜の口に収束していく炎。
 攻撃は通じない。真夜にできることはたった、ひとつだけ。
「この人だけは、絶対に、守るんだから‥‥!」
 吐き出される灼熱。大きく手を広げその身を盾にする。見開かれた瞳から涙が零れた。
「ああああああああああ!」
 着弾。金属片とともに吹き飛ぶ。通路を真夜が転がっていく。やがて止まり、ぴくりとも動かない。
 光線と銃弾が交互に銀の竜を貫いた。
「間に、合わなかった‥‥」
 うなだれるケイ。煙の後には倒れた男、天宮、そして真夜。
「‥‥みなさん無事です」
 練成治療を施し続けるセシリア。ゆっくりと体を起こす天宮。
「‥‥でも、真夜さんも運び出さなければ‥‥」
 目を閉じたままの真夜も命に別状はないらしい。
 そのとき、すっと外から人影が差し込む。
「大丈夫‥‥ではないようですね」
「ひとまず手当てを」
 王 憐華(ga4039)、そしてアリステア・ラムゼイ(gb6304)の拡張練成治療で全員の傷が癒えていく。
「お2人は私たちが必ず送り届けますから」
「‥‥いえ、私も運びます」
 AUKVをバイク形態に、意識のない真夜を後部座席に固定する天宮。
「お願いね」
 見送るケイ。
 AAの男を運び出す2人。天宮がバイクで走り去っていく。
 北方から響く交戦の音。いまだ仲間たちが戦っている。
 今は振り返る暇はなかった。

 艦外でふいに振り返る憐華。鳴り止まない爆発音。揺れるビッグフィッシュ。
(「零‥‥いえ、皆様無事だといいのですけれど‥‥」)
 前へ向き直る。2人は救護部隊へと搬送を急いだ。



●後にする者
「そろそろ潮時か」
 作業はまだいくらか残っている。だが、ビッグフィッシュ内に囚われていた人間がすでに救出されたことは無線で知っていた。
 操舵室の前方の何もない壁に亀裂、扉が開く。黒髪の男はさきほどのバグアたちと同じように、外へと向かう。
 ふと立ち止まる男。
「‥‥醜いな」
 機械の柱を見上げ、つぶやく。
「不完全なものなど神ではない、か」
 やや自嘲気味に。やがて視線を前に戻す。
「いずれ完成させてやろう」
 黒髪の男はビッグフィッシュを後にした。

 機械の柱が軋むような音を立て始める――。



●合流
 浮かび上がる刃の軌跡。黒い光を突き破り、銀の鱗を魔剣が切り刻む。
「あと1体!」
 同時に、源治の太刀が竜を沈める。通路を塞ぐように竜たちが倒れていた。
 と、そのとき。
「消えた‥‥?」
 紫に染め上がっていた辺りが、仄暗い通路へと戻っていく。キメラたちを覆っていた黒い粒子が消え去った。
 黒のエネルギー弾、そして立て続けに銃弾が竜の頭を射抜いていく。
「これで終わりッス!」
 太刀の一閃。銀の竜を両断した。
「よし」
 合流するケイとセシリア。練成治療で王零と源治の傷を治していく。
 4人は残りのキメラがいる連絡路へと急ぐ。


「さすがに、それは遠慮したいですねぇ」
 顔を引きつらせ、ミリアの剣を短刀で受けるレイド。
 次の瞬間、はっとミリアの表情が戻る。だが、背後にはミリアに矢尻を向ける天使。漆黒の矢が放たれた。
「う‥‥――」
 レイドを突き抜ける洗脳矢。ミリアを突き飛ばし、身代わりとなったレイド。表情がなくなっていく。
「ふっ」
 陥没する地面。覚羅が巨人の拳をかわす。
 巨人の後ろに見えはじめた源治と王零。そして後ろ目に洗脳されたレイド。
 覚羅は巨人から離れ、レイドの元へ向かう。


 黒い霧が広がる。接近する源治と王零に黒い霧が放射された。
「こんなもん」
 気にも留めず、駆け抜ける。
 セシリアの練成超強化。虹色の光が源治に飛んでいく。
 ケイは小銃「ルナ」に持ち替える。照準は漆黒の天使。
 瞬時にシールドを展開する巨人。しかし――
「バリアを飛ばす余裕なんざ‥‥」
 剣の紋章が吸収、輝く刀身。
「一切与えてやんねーッスよ!」
 源治から衝撃波が走った。
 軋む。機械の左足、左腕がぼとりと落ちる。シールドごとすっぱりと切断。巨人がバランスを崩して倒れゆく。
 源治の胸を狙い、天使が矢を番えた。瞬間、手元から弓が弾け飛ぶ。
 ケイの構えたルナから瞬く間に弾丸が発射されていた。
「これが――最期ッス!」
 剣の紋章。崩れ落ちた巨人に、逆手した太刀が打ち下ろされた。
 機械の体に激しく電流が弾ける。刀を手に、巨人から距離を取る源治。
 ――爆発。金属片と黒い強酸を撒き散らして巨人がくず鉄に変わっていく。覚羅と長きに渡り戦闘を繰り広げていた機械の巨人が討ち倒された。
 残された漆黒の天使は落ちた弓を拾おうとする。が、弓はさらに跳ね飛んでいく。
「それは危険ですからねぇ」
 レイドの銃から立ち昇る硝煙。自身のレジスト、そして覚羅のキュアで洗脳から即座に回復していた。
「汝らの援護‥‥無駄にはしないよ」
 疾風迅雷。一瞬にして天使と交錯。王零の魔剣が撥ね上がる。
 天使の羽が舞い落ちた。


 セシリアが一同に練成治療を施していく。
「ごめん‥‥」
 うなだれレイドに謝るミリア。洗脳を受けていた間の記憶はあるようだった。すでに黒髪は普段の金髪に戻っている。
 微笑を浮かべ首を振るレイド。
「あ。ミリアさーん!」
 遠くからぶんぶん手を振る譜琶。安堵の表情を浮かべ駆け寄ってくる。
「こちらはあらかた片がついた、がまだまだいそうだな」
 キリがない、とレティが合流する。
「搬送した方はもう心配ありません」
 真夜を送り終えた天宮はレティたちと行動を共にしていた。後方を警戒しながらシャーリィとシンもその後に続く。
「‥‥? ターニャさん、は‥‥」
 譜琶の笑顔が曇り始める。ターニャの姿が見当たらない。
「この先」
 ミリアの視線の先に、光が漏れる操舵室。 
「急がないと」
 ターニャは瓦礫に埋もれている。足早にひとりで向かおうとするミリア。
「待ちなさい」
 ケイがその腕を掴み、止める。レイドも首を横にしていた。
「冷静さを失うのはいけないね?」
 覚羅は静かに諭す。練成治療を続けるセシリア。まだ万全の状態とは言えなかった。
「そう、よね‥‥」
 ミリアは足を止めた。
 が、その瞬間。
「今度はなんだ‥‥?」
 通路の足元の明かりが赤く、明滅を繰り返し始めた。
 地面に伝わる振動。遠くから竜の咆哮が聞こえる。
「準備をしている時間はないみたいだね」
 覚羅が竜斬斧を構える。
「後ろは任せてください」
 今度こそ、とシャーリィが聖剣を前にする。
「‥‥私もここに残ります」
 セシリアも一行の背後を守ることにした。
「すぐ戻るわ」
 ケイがセシリアに声をかけ、先へと進む。

 まぶしい光が差し込む。中まで見えない部屋。
「鬼が出るか蛇が出るか‥‥そのどっちよりも危険そうなのが出てきそうッスけど」
 赤く明滅する通路を9人の傭兵たちが走り抜けていく。
「やるしかねーな!」
 源治を先頭に操舵室へと飛び込む。



●突入
「うお‥‥」
 突入した途端、源治と天宮を突き抜ける漆黒の矢。視界が黒く染まっていく。
「ぐ‥‥――」
 思考が停止する直前、天宮はAUKVをパージ。そのまま鎌を振り上げ、ミリアに襲いかかる。
「洗脳矢の話は聞いている」
 レティが源治に触れ、連続でキュアをかけた。瞬時に解除される洗脳。
「どけぇっ!」
 小銃から弾丸がばら撒かれ、銀の体に穴が開いていく。真っ先に倒すべきは漆黒の天使――レティが前を塞ぐ4体の竜を掃討する。
「ややっこしい黒いのがなけりゃ、敵じゃないッスよ」
 甲高いSESの排気音。薄光を纏い、源治の太刀が瞬く間に銀の竜を葬り去った。
 ふいに源治の脇から疾風のように王零が駆け抜けた。銀の首がずれ落ちる。
「ゆけ!」
 さらに回転。振り抜いた魔剣から衝撃波が突き進む。鮮烈な一撃が銀の巨体を跳ね飛ばす。
 ケイから交互に撃ち出される弾丸と光線が、竜たちの足を撃ち抜く。
「後は任せたわ」
 盛大に崩れ落ちる銀の竜。6体すべての竜が倒れ、道ができる。その先には機械の巨人と漆黒の天使。
「ええ」
 短く応えるシン。その両手から幾重にも光線が射出される。巨人と天使を同時に狙うエネルギーガンの攻撃。
 残像。ひらりとかわす漆黒の天使。だが、天使がかわせなかった光線を身代わりに受けた巨人。
 機械の体が軋み、傾く。爆発、巨人の破片が飛び散っていく。
 黒い霧が広がり、巻き込まれる天使。
「いまです! やっちゃってください!」
 天使のまわりに矢が放たれる。譜琶の援護射撃が霞むような動きの天使を追い詰めていく。
 天宮を盾にする――漆黒の天使はくるくると指先を動かした。が、何も起きない。
「残念でしたね‥‥」
 背後から冷ややかな声。天使が振り向いた先には電流の流れるAUKV。ミリアのキュアが天宮の洗脳を解除していた。
 天使に振り下ろされる鎌。
 はらはらと羽が落ちる。弾き飛ばされ、地に体を打ちつける漆黒の天使。這いながら後退っていく。
 その頭に、銃口が突きつけられた。
「終わりにしましょう」
 レイドは引き金を引いた。


「僕は先に援護へ向かいます」
 まだ立ち上がる竜はいるものの、大勢は決している。シンはひとり、爆発音の聞こえる操舵室の外へと急ぐ。
 遠く、譜琶は床に転がるライフルを発見する。
(「これは、ターニャさんの‥‥?」)
 駆け寄り、拾い上げた。
 その先には崩れた瓦礫。
「私の声、聞こえますか!?」
 声を張り上げる譜琶。呼び続けるが、返事はない。
「‥‥ターニャさん、今助けますから!」
 譜琶は瓦礫を掻き分ける。
「私も手伝おう」
 一足先にレティが近寄っていた。譜琶とともに崩れた壁面をよけていく。
 向こうでは竜の苦悶の咆哮が上がる。最後の竜が地に伏した。
「よし、体が見えてきたぞ」
 ターニャの救出を急ぐ2人。

 その頭上に影が差し込んだ。



●模神
 見上げる譜琶。上に、上に、上に‥‥首が痛くなるほど見上げる。
 譜琶は声が、出ない。

 ただ純粋に、ただただ、巨大――。
 淀んだ黒いモノが、広い操舵室の天井に首を曲げて佇んでいる。

 気付いていなかったのではない。
 傭兵たちは、これが生きているとは思いもしなかっただけだ。

 機械の柱に縫い付けられたモノ。
 それは人のようでいて、だが、形は安定していない。常に表面がゆらゆらと変形し、腕も足も見当たらなかった。背からは先のとがった翼のようなものが生えている。
 その先端が、一斉に譜琶を向いた。
「あぶない!」
 レティは譜琶を突き飛ばす。ほんの一瞬、細いレーザーが譜琶のいた足元に走った。
「おお、おお‥‥おおおおぉ!!」
 爆発、広がる黒炎。バラバラにされそうな衝撃が駆け抜ける。
 しゅんしゅんと次々に射出されていく黒い光線。
 やがて黒の閃光が収まる。
 起き上がり、レティは膝立ちになる。
「救出を、続けてくれ」
 膝をついたまま傷を塞いでいくレティ。すでに体が言うことをきかない。
「は、はい! 急ぎます!」
 残りわずかな瓦礫を取り除く譜琶。
 立て続けに銃声が響いた。
「なんですか、これは‥‥」
 レイドの放った貫通弾は当たる前に蒸発。
「ちっ!」
 源治が黒いモノに斬りかかった。その手にぐにょりとした感触が伝わる。傷からゲル状のものが伝い落ちるが、すぐに傷口から中に戻っていく。
 とてつもない巨体。まるで、手ごたえが感じられない。
 それを尻目に、譜琶たちはターニャを瓦礫から引きずり出し、搬送の準備をする。
 前に立ちふさがる王零。魔剣から剣風が黒いモノへと突き進む。が、やはりその効果は薄い。
「‥‥行ってくれ」
 後ろ目にレティ。
「もともと墜落機‥‥自爆の可能性もある」
 黒いモノを斬り刻む魔剣。
「急げ!!」
 後ろを向き、王零は言い放つ。
「わかりました、すぐ、後から来てください!」
 気圧され譜琶とミリアがターニャを運び出す。
「必ず、生きて帰るわ」
 見送り、翼を狙ってケイから弾丸と光線が撃ち出された。
 黒い光線。源治の周囲に黒炎が広がる。
「コイツぁ‥‥中々にタフな戦いになってきたッスね」
 だらりと垂れ下がる右腕。その手を太刀に添える。
「どんな敵だろうが、こちとら一歩たりとも退く気は無いッスよ!」
 大きく振りかぶった刀。剣の紋章、SESが甲高い音を立て始める。



●脱出
 手にした超機械。セシリアの紋章配列が変わる。
 竜の頭に向け、射出。黒いエネルギー波が広がっていく。
 苦しみ悶える銀の竜。さらに、シンが正確にその頭を撃ち抜いた。
「そろそろ引き時かな」
 猛撃。竜斬斧が連絡路の竜を薙ぎ払う。後ろ目に傭兵たちを確認した覚羅。
 襲い来る竜の牙を、聖剣が受け流す。
「前は私が切り開きます‥‥!」
 連続で流れる電流。シャーリィとともに竜の巨体がはるか前方まで押し出されていく。銀の竜と1対1で攻防を繰り広げる。
 慎重にターニャを搬送する譜琶とミリア。セシリアが練成治療を施し、その周囲をレイドと天宮が取り囲むように護衛へまわる。

 突如、操舵室からまばゆい閃光が走った。

 セシリアは操舵室へ視線を向ける。
 光が収まった後には王零。その肩を借りて足を引き摺る、傷だらけの源治。操舵室に小銃を向けながら下がるレティ。そして――ケイの姿があった。
「‥‥ケイさん」
 セシリアは治療に向かう。
「さあ、行きましょう」
 ケイは、セシリアが少しだけ微笑んだような気がした。



●炎上
 閃光とともに爆発。
 遠く離れた場所で、傭兵たちは頭を伏せる。
 密林を巻き込み、激しく燃え上がるビッグフィッシュ。
 余力のある傭兵たちを指揮し、レティは艦外へ漏れ出たキメラの掃討を始める。
 救護部隊と負傷者の搬送を行う憐華。その前に、王零が現れた。
 アリステアと共に、引き続き怪我人の治療を手伝い始めるシャーリィ。
「あ‥‥ぅ、ぶ、無事で‥‥皆さん無事で、よかった‥‥」
 腰が砕けそうになる譜琶。ずっと、張り詰めていたものが解け、涙を浮かべて安堵する。
 譜琶の頭をそっと撫でるミリア。

 燃え上がる炎。その赤い瞳でミリアは見つめ続ける。
 ――これは始まりに過ぎない。