●リプレイ本文
会議室
「これが、今回の依頼内容です」
控え目な感じのスーツを着込んだホゥラリア(
gb6032)が皆に資料を渡していく。
「しかし、よくよく変なキメラに好かれるな、この人は。診療所が、バグアに祟られているんじゃないか? 後で御祓いをすることをオススメするぞ」
と資料を見ながら御巫 雫(
ga8942)は、誰にと言うのではなく独白する。
「三度先生は、基本的にトラブル体質なんでしょう」
和泉 沙羅(
gb8652)が苦笑する。確かに、一人の人間がこう何度も災難に遭うなど通常では考え難く、ここに居る全員が、理屈では説明しきれない『何か』を感じていた。まあ、呪いとか、祟りとか、三度の運の悪さとか、そんなのだが。
「で、その先生は?」
「受付の猿渡さんの安否を確認しているそうね」
冴木氷狩(
gb6236)が尋ねると、月代・千沙夜(
ga8259)が短く答えた。
「このキメラ魚型って話だけど、食べられないんだって? ‥‥陸に上がってきたことを、後悔、させてやる」
「いや、食べられるかどうかは知らねぇけど。おまえなぁ、腹壊すぜぇ絶対。アレは幾らなんでも嫌だろ」
微妙にピントのズレた呟きを洩らす佐月彩佳(
gb6143)に対し、アルト・ハーニー(
ga8228)が即座に切り返す。
そして、
「まぁ、俺はこのキメラの叫んでいる内容が気になるけどね。ふ、こんな楽しそうな依頼でないわけにはいくまい!」
何やら100tハンマーと何かが入った大きな袋を手に、「今こそ埴輪軍団の出番だ」などと意気込みを述べていた。
「ワタシから見れば、どの道動きが機敏に感じられるバッタの方が、魚より優秀だと思えるけどね。‥‥そんなことより、三度先生が戻ってくるまでに大まかな作戦の内容を話し合いましょう」
キメラの主張に納得がいかないアンジェラ・ディック(
gb3967)は、軽く首を傾げつつも皆の注目を集め、呼び掛けた。
そして作戦の内容が決まる頃、三度 源成(gz0274)が疲れた顔をして会議室に入ってくる。
「やぁ、すまない皆遅くなってしまって‥‥」
「せんせぇ? えらいご無沙汰やったやんやなぁい? 今まで何してはってん? 出発前にウチが整体かましたろぉか?」
「い、いや。今はそれどころじゃ‥‥ははは」
青筋立てて微笑む冴木を何とか回避し、三度は頭を掻きつつ、火が消えた煙草を携帯灰皿にネジこんだ。
「猿渡さん、連絡つきましたか?」
ホゥラリアが心配そうに聞くと、三度は新しい煙草を咥えつつ、答える。
「ああ、無事だったよ」
「それぁよかった。作戦も決まったことだしあのキメラを退治しに行きますか」
三度の返事を聞いたアルトは笑みを浮かべながらそう言うと、巨大なハンマーをゆっくりと担ぎ上げ、歩き出した。
みたびカイロプロテックス
木造二階建てのみたびカイロプロテックスから断続的に叫び声がこだまする。
「バッタなんかより魚のほうが優秀なんだ! うひゃうひゃ」
キメラは建物内に立てこもったまま、よく通る声で喚き散らす。何とも珍妙な鳴き声であった。
すると、その大声をかき消すようにどこからともなくよく通る声が響く。
「正義とは強者の奢りし戯言。英雄とは、侵略者の偽りの仮面。光とは安息を暴く真理。故に悪の業を矜持にその戯言を打ち消し、怨嗟の大槌を持ってその仮面を打ち砕き、慟哭の闇を広げて光を遮らん。埴輪の理、ここにあり」
それは、祈るように歌い、宣託を告げるが如く朗々と響きわたる。
「ふははは、待たせたな。仮面スイマーよ!」
「うひゃ!?」
キメラが窓を開け驚きの声を上げる。
逆光でよくは見えないが平屋の廃屋の屋根の上に漆黒の外套を羽織った人物と、その人物の両脇に埴輪の焼き物を抱えてかしずく様な姿勢の黒子たちがいた。アルト・ハーニーと月代、御巫、冴木、和泉の四名である。
呆けたように口を開ける仮面スイマー。まあ当たり前の反応だろう。
「ならば、答えよう! 我こそは埴輪軍団総帥アルト・ハーニー!」
アルトは染み一つない手袋を着けた両手を広げ、高らかに宣言する。
「そして、この者らは、我が精鋭‥‥」
だが、仮面スイマーは大きく呼気を吸い込むと次の瞬間、必殺の水弾を発射していた。吸い込まれるようにアルト目掛けて飛翔する水弾。
轟!
叩きつけるような破裂音と共に立ち込める水蒸気。
仮面スイマーは確かに見た。その水弾が着弾するか否かという時、後光のように浮かび上がる埴輪のオーラを。
そして、立ち込めていた靄がゆっくりと拡散し視界が晴れると、そこには紫色の座布団の上に小槌を掲げた埴輪があった。しかもその後ろには、先ほどまで四人の黒子が抱えていた埴輪が、丁寧に畳まれた黒子衣装の上に置かれ並べられていた。
「うひゃひゃ!?」
呆然と叫び、敵の姿を探す仮面スイマー。
「ここよ」
落ち着いた応えを返したのは月代。
見れば、道路に覚醒した五人の姿があった。
包囲網
そのころアンジェラと三度は、現場に近いビルの屋上にいた。
そこは、アンチシペイアライフルの有効射程圏であり、みたびカイロプロテックスの建物がよく見える場所だった。アンジェラは素早くライフルを組立て細部の微調整をすませる。
三度は、アンジェラから借りた双眼鏡を覗き込みながら、約70m離れた現場の状況を彼女に的確に伝える。観測手の役割に徹しているのだ。
その機微は長い間、観測手として彼女とペアと組んでいるかのような息の合いようだった。
彼女は、そんな三度に舌を巻きつつ意外に有能な観測手を得た故の喜びに、笑みを浮かべそうになるのを堪えながらライフルのスコープを覗き込む。
「まぁ、壊れたら壊れたでキメラ対物保険の保険屋さんから、ガッチリリホーム代をせしめる積りだから」
と三度はさも面倒臭そうな口調で軽口を口にする。さすが、何度もキメラの襲撃に遭っているだけあって、備えは万全のようだ。
「建物の損壊は最小限に済むように最善をつくすわ」
アンジェラはトランシーバーを使って連絡を取る。
「こちら、ディムエンジェル。所定の位置についたわ」
数秒後、トランシーバーから返答が返ってきた。その返答は何か口に含んでいるような歯切れの悪いものだった。
「ぐもぐ、こちら、佐月です。ゴク。ホゥラリアと共に今所定の配置に着きました。どうぞ」
「えぇ、これで何時でもあれを後ろから押しだせますね。にしても酷く生臭いわ」
とホゥラリアの低く抑えた声も聞こえてくる。佐月とホゥラリアの二人は裏口から回り込んでいたのである。
「今は、まだ待機をしていて、建物を壊さずに目標を表に引きずり出せるかもしれないから。もしもの時はこちらから合図を送るわ」
そう答えてアンジェラはスコープから見える光景に意識を集中していく。その風景には総帥ことアルト・ハーニー率いる埴輪五人衆がキメラを引きずり出すための交渉人よろしく交渉と言う名の挑発を繰り広げつつある様だった。
仮面スイマー
挑発によって引きずりだそうという試みは長引きつつあった。いかな言葉を繰り出そうともキメラは相手にせず、ましてや罵詈雑言を浴びせて怒らせようとしても訪問販売員を相手にするかのごとく味気ない素振りで対応するだけだった。
なぜなら、彼は所詮キメラ。挑発の内容を理解するほどの知能も持ち合わせていない悲しい存在なのである。
冴木が苛立ちながら突入して建物ごと一切合切壊してしまいたい衝動にかられ始めた時、和泉が静かにやさしくキメラに声をかけた。
「なぜ、あなたはこの建物に居座っているの? 何か訳でもあるんじゃないかな?」
と整体師の店に居ついた理由を尋ねた。
「バッタなんかより魚のほうが優秀なんだーーーーー! バッタなんかより魚のほうが優秀なんだああああああああ!」
「いえ、あの、それはわかったから理由を」
「バッタなんかより魚のほうが優秀なんだああああああああ!」
埒があかない。
「バッタよr」
「うるせぇ生ものぉおおおおおおおお!!!」
悪いが、冴木は和泉ほど気長な性格ではなかった。
開けた窓からいきなり投げ込まれたデカい石が、ごいん、とキメラを直撃してFFを煌かせる。
「刺身が良いか? タタキが良いか? オラァ! かかって来いやぁあ! それとも‥‥俺達が怖ぇのか?」
イアリスをちらつかせ、物凄い剣幕で凄む冴木。
生ものの分際でヒーローぶってるのが気に食わない。生ものの分際で人間様に攻撃とかしてくるのが気に食わない。というか、この魚の全てが気に食わないのだろう。
「今時はカードとかケータイで変身するのが主流! 時代の流れに乗り遅れた、パクリ怪人如きが偉そうに吼えるな! スイマだかスイカだか知らんが、早々に三枚に下ろしてくれる!!」
「!!??」
製作者のバグアが時代遅れだったのだろうか。御巫の鋭い指摘を受け、知能が低いながらも何だかショックを受けたように立ち尽くす仮面スイマー。
「‥‥‥」
トランシーバー経由で聞いている三度は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
そして彼は、ふと、あることに気がついた。キメラが茫然自失している隙に、先程まで挑発に当たっていた御巫がその場を離れ、キメラ側から死角になるような場所を選んで屋根へと移動しているのである。
彼女は、おもむろに釣槍に三度の写真を括り付けてキメラの方へ垂らす。
するとどうだろう。そのゆらゆらと揺れる写真を見たキメラは、一瞬で固まった。そして次の瞬間、蛙のような舌を伸ばして三度の写真をもぎ取ってしまった。
「うひゃひゃひゃーーーー!!」
恍惚の表情を浮かべ悦に至るキメラには、その後ろであがったエンジンの唸りが届かなかった。キメラの背後を取った佐月が愛機リンドブルムで突撃し、竜の爪でキメラを吹き飛ばす。なす術なく木造の壁をぶち破り、外へと押し出されてしまう仮面スイマー。
今まで窓から覗かせる断片的な姿しか見ることが出来なかったが、白日の下に晒されたその姿は、魚型というようにマスクドヒーローのような人型でもなく、海底をよろよろと歩くアンコウの姿に似ている。その前屈みな姿勢と丸みの強い腹部、そして左右両方に大きく突き出た魚眼、頭から突き出た触手の先には青く発光する球体が付いている。生理的に受け付けない人が見れば宇宙的恐怖というものを感じるかもしれない。因みに強く膨らんだ腹部のためか、本来なら腰に装着されるであろうマスクドベルドが腰の位置では無くへそ(?)のあたりに装着されている。そして、なぜかドテラを着込んでいた。
「バッタなんかより魚のほうが優秀なんだーーーーー! バッタなんかより魚のほうが優秀なんだーーーーーー!」
「魚とかバッタとか言い出す前にそのシルエットを何とかしなさい。貴様の外観は仮面のヒーローではなくただの魚怪獣だ!」
この期に及んでまだ魚優秀論を繰り返すドテラ魚を半眼で見つめ、月代がキッパリと言い放つ。
ぴたり、と動きを止める仮面スイマー。
「――――ッッ!!」
彼は、ようやく気付いた。
なんだか、自分がとても馬鹿にされているという事に。
ずんぐりした魚体をフルフルと震わせ、腰(?)に巻いた最後のプライド(ベルト)を握り締めるスイマー。
「うひゃひゃひゃーーーーーーーッッ!!! 魚☆最高!!!!」
何かが吹っ切れたのだろうか。奇声を発したそれは、フグのように膨らむと爪先立ちで思い切りのけ反り始めたのであった。何かの効果音のように背骨が悲鳴を上げベルトの水流がけたたましく唸りを響かせる。ベルトがもたらす力と今までに無いほどに決まる決め台詞(?)がキメラの表情を法悦の域に導く。
だが、見よ、その姿は鯱鉾のような曲線形ではなく歪なラグビーボールを絶妙なバランスで縦に置きましたという様だった。
このぴくぴくと痙攣する姿は一瞬、世界が氷付いたかのような間を生み出していた。
刹那。
音もなく一発の銃弾が狂おしく動くベルトの水車を打ち壊した。
法悦の表情のまま口から噴水の如く水弾のなれの果てを炊き出しながら地面をバウンドするキメラ。
触手の先の球体が赤く点滅し始める。
宙を舞う壊れガラクタとなったベルト。
地面に張り付く涎まみれの写真。
はち切れるドテラ。
それら全てが刹那の間に起こり、そして、インカムに耳を打ち鳴らすようなアンジェラの合図と供に総ての喧噪が戻ってきた。
「ベルトの無いスイマーなんて、手足生えただけの気味悪い魚だし。バッタの方が優秀に決まってるだろこの雑魚」
迅雷を発動して迫り、斬り付ける和泉。ただの魚と成り果てたスイマーに、痛烈な一言を浴びせかける。
「タライの扱いにかけては、LHで私の右に出るものは居ない!」
起き上ろうとするキメラの頭上に御巫が金タライを落とし、ホゥラリアが赤く点滅する球体を強弾撃で打ち砕く。素早く索敵する月代と冴木に、転がりながら距離を取り逃走を図るキメラ。
「逃げ切れると思っているのか?」
アルト・ハーニーが夕日を背に告げ、100tハンマーを振り上げる。
「うひゃ‥‥!」
キメラは、そう呻くと逆光を避けながらアルトへと飛びかかって行った。迎え撃つアルト。交差する二つの影法師。
「我が埴輪軍団に勝負を挑んだ時点でお前の負けは決まっていたのだ!倒れろ!」
「ぐおおおおおーーーーーーーーッッ!!!」
キメラの断末魔が響き渡り、爆散する。
爆風が砂埃を舞い上げ、やがて静けさが戻った頃には――切り身と化したスイマーが、香ばしい匂いを漂わせているだけであった。
(代筆:鬼村武彦)