●リプレイ本文
●未知との遭遇。
街の中を淡い闇が包み始める頃、二人の男が肩を寄せ合いながら歩いていた。
「ひ、ひ、ひっくしゅん!! う〜さぶい‥‥水浴びなんかするんじゃなかったかな‥‥」
鼻水を垂らしながら呟いたのは巽 拓朗(
gb1143)。故郷の東北から出てきたばかりの彼は傭兵としての初めての仕事に気合を入れすぎて風邪を引いてしまったようだ。
「大丈夫ですか‥‥?」
ナナヤ・オスター(
ga8771)はそんな拓朗を心配そうに見ながら声をかけた。
「とはいえ私も目が霞むし痛みますねぇ‥‥おまけに近くの物がちょっと見えにくいし‥‥そろそろ病院にでも行った方が良いのでしょうか‥‥?」
不必要に目頭を押さえながらナナヤは辺りの気配をさりげなく探っていた。
今回の依頼は病人の、特に男に襲いかかってくるという謎のオカマたちを捕らえるというもの。そのために必要不可欠なもの―――それが囮であった。勿論仲間たちも待機しているため合図を出せばすぐに駆けつけてくれることになっている。しかし相手が相手であるためこの状況で頼れるのは自分しかいないことは二人とも何となく気付いていた。
「先輩‥‥俺たちは本当に無事に囮で終われるんでしょうか」
何となく感じていた不安を小声で問いかける拓朗にナナヤは力ない笑みを返す。
「あ、あはは。大丈夫ですよきっと‥‥終わった後には家族への手紙のネタになりそうですよ‥‥いや、手紙に書けるネタにしますよ、ええ」
そして奴らはやってきた。
不安を隠せない囮二人の前に突如巨大な影が道を塞ぐようにして現れる。
「あはぁん、どうもお身体の調子がよろしくない子がいるわねぇん♪」
最早言葉はいるまい。
月明かりに照らされた二メートルはあろうかという巨大な筋肉の城。その姿より先にナナヤと拓朗の視線は自然にその筋肉の両手に移された
―――葱だ。
更にゆっくりと影が近付いてくるにつれて顕わになるその姿。
月明かりにキラリと光るスキンヘッドに顎を覆ううっすらと生えた青い髭。さらにその全身を包んでいるのは今にも張り裂けんばかりにぴっちぴちのチアガール服。
「‥‥GINYAAAAAA!!」
「あぁっ! ちょっ‥‥拓朗さん!」
人としての何かを壊されかけたような悲鳴をあげてダッシュで逃亡を試みる拓朗に、被害が自分に集中することを恐れたナナヤが慌てて声を掛ける。
しかし敵はそのカマ一人ではない。
全力で走るナナヤの前に再び巨大な壁が立ちふさがる。
「うふっ♪ 嬉しさに悶えてアタシの胸に飛び込んできてっ♪」
ナナヤの行く先で両手を広げて唇を突き出しながら構えるオカマ。こちらは日本古来の着物をいたるところではだけさせていた。余りに夢中で走っていたため拓朗が気付いたときには既にカマの腕の中にいた。
「えっ‥‥ちょ、ちょっとまっ‥‥んんっ!?」
抗議の声を上げる拓朗の口は分厚い何かで塞がれる。
ちう〜‥‥‥‥
まるでバキュームのような快音が夜の闇に響き渡り、バタバタと動かしていた拓朗の手足は徐々にその動きを弱め―――途絶えた。そのとき拓朗の脳裏には田舎での楽しかった出来事が走馬灯のように流れていったという。
「むはぁ〜、なかなかおいしかったわぁん♪」
そう言いながら唇を拭うオカマ一匹。
拓朗は‥‥白目を剥いたままオカマに抱きしめられたままだった。
●さらば尊き犠牲者たちよ。
囮二人がオカマと遭遇している頃、他の傭兵たちはその様子を生温く見守っていた。
「うにゃ、カマ出たけど‥‥やっぱり美しくないにゃ‥‥とりあえずもう少しみていようにゃ」
少し気味悪そうな表情を浮かべたのは西村・千佳(
ga4714)。
「あ、あの〜‥‥助けにいかなくてもい、いいんですか‥‥?」
どもりながら尋ねたのは片桐 恵(
gb0875)。囮としてオカマを誘き寄せることには成功しているため、二人は既に役割を果たしているはず。しかし誰一人として助けに行こうと言い出すものはなかった。
「まだにゃ‥‥まだ刺されて‥‥違った、アレが噂のカマかどうかわからないにゃ!」
そう言って力説する千佳。彼女の望みはどうやら別の所にあるようだ。
「助けにいかなくてはならないとは思う‥‥思ってはいるのだがっ! 何故だかわからんがここは邪魔をしてはいけないと俺の五感がそう言っている!」
意味不明な電波を受信したのか、手にした鰹でビシッとポーズを取る九条・縁(
ga8248)。
「そうよ。それに相手はまだ葱を使っていないわ。だからまだ勝機じゃないのよ!」
何が通じたのか縁の言葉に頷きながら拳をぐっと握った天道 桃華(
gb0097)は、オカマたちの手にした葱の動きをじっと見つめていた。どうも彼女も目的が何か歪んだ方向に向かっている様子。
「ネ〜ギ、葱葱葱〜♪」
不気味な歌を歌いながらオカマを見つめている朔月(
gb1440)は既に別世界の住人になってしまっていた。
「あたしも見ようによってはあんな風に見られてるのかしら‥‥だとしたら心外極まりないわね」
眉間にしわを寄せて呟いたのはナレイン・フェルド(
ga0506)。他とは違うという意味では似通った部分もあるナレインだが、さすがに受け入れがたいその様子に少々お怒りのようである。しかしナレインの役割は近くにいるはずのキメラを倒すこと、その姿を確認するまで出るわけにもいかなかった。
一方拓朗をやられ一人になったナナヤの前には最後のオカマが姿を見せていた。
一際煌く舞台のヒロインのように、月明かりのライトに照らし出されたのは三つ編みおさげの無精髭、ぴちぴちチャイナドレスに身を包んだ巨大な筋肉の城。その足元には犬のような影がゆらりと蠢く。さらにナナヤを挟んでいたオカマ二人もいつの間にか隣に並ぶ。
「三人揃って‥‥筋肉妖女隊よぉん♪」
三つの濃すぎる顔が揃ってウインクと投げキッスを放つ。
「あぁ‥‥あぁぁぁ‥‥」
揃ったオカマの姿を目の当たりにしたナナヤは既に精神的なダメージを追って、その目には薄っすらと涙が浮かんでいた。オカマ三人は豪快に建物から跳躍して思い思いの位置に着地する。一人はナナヤの傍に、もう一人は倒れていた拓朗の傍に、そしてもう一人はそのちょうど中間辺りに。
「‥‥はっ!? 俺は一体ここで何を‥‥」
そこで倒れていた拓朗がちょうど意識を取り戻す。しかしそれは絶望とも呼べる最悪のタイミングだったに違いない。辺りを見回そうと振り返った拓朗の視界に飛び込んできたのははだけた着物の隙間から見えるもっさもさとした胸毛。さらにそのまま抱きしめらる形で宙に浮かされてしまう。更に反対側ではナナヤも同じようにつるし上げられていた。
「いっいけません! ネギは人を刺す物ではありません! 食べたり、巻いたり、片手で持って振りながら歌うものだと教わらなかったのですか!?」
必死に抵抗を続けるナナヤ。
「ちょっと‥‥もう‥‥勘弁‥‥」
先程の恐怖が甦ったのか涙声で訴える拓朗。
「病気の人にはこれがイ・チ・バ・ン・よ♪」
真ん中で構えるオカマの両手には新鮮そのものの葱が斜めの切っ先を二人のほうに向けていた。
そして二人を抱きしめたオカマがそのまま真ん中に向かって走り出す―――
ぷすっ。
―――あぁ‥‥田舎にいればよかったなぁ‥‥ by拓朗
―――お母さん‥‥僕は元気です‥‥ byナナヤ
●戦闘開始。〜VSキメラ〜
そんなやり取りを建物の上から観察するように見ていたのは先程姿を現した犬のような影。その姿は普通の犬とは程遠い奇妙な姿をしており、見るものが見ればすぐにキメラだということがわかるほどのものだった。
しばらくじっとしていたキメラだったが、ふと近付く気配に後ろを振り返った。
「街の中で悪さするのは許せないわ…悲しい事はもうやめて、眠って頂戴?」
呟くようにそう言ったナレインは何故かその顔に悲しげな表情を浮かべていた。
戦うために作られただけの存在であるキメラ―――その存在自体に罪はないはずである。しかし作り上げた存在は人類にとって敵だった、ただそれだけのこと。こちらが憂いてもキメラたちには伝わらない。わかっていてもやはり悲しいものだとナレインは小さく嘆息する。
「あ、あちらはあちらで‥‥も、盛り上がっているようですし‥‥こ、こちらも頑張りましょう」
ナレインの後方から盾を構えた恵がひょっこり顔を覗かせる。
「こんなのさっさと終わらせてあっち行こう!」
弓を構えながら何故かそわそわとする朔月。どうやらオカマのほうが気になって仕方がないようだ。
互いが相手の出方を待ち、妙な緊張感がピークに達しようかとしたとき、彼らの足元の更に下、つまりオカマたちの方向から断末魔のような耳障りな悲鳴が聞こえ、キメラの注意が一瞬そちらに向いた。
その隙にナレインが疾風脚で脚力を高めて一気にキメラとの間合いを詰める。
キメラがそれに気付いたときには既にナレインの足は宙を舞い、回転を交えてキメラの横面を強打する。
「グアァァァァッ!!」
耳障りな悲鳴と共に床に転がるキメラ。しかしすぐに体勢を立て直し、ナレイン目掛けて再び襲い掛かろうと構える。だが動こうとするキメラに数発の銃弾が飛来してその動きを止める。
「い、今です‥‥!」
盾の後ろから援護する恵の声とほぼ同時、ナレインはキメラの後ろに回りこんでいた。
「はあぁぁぁぁぁぁっ!」
ナレインの右足がキメラの腹部に吸い込まれるかのように命中。吹き飛ばされたキメラは軽い痙攣を起こした後静かにその活動を停止した。ナレインはゆっくりとキメラの傍に近寄ると片膝を付いて
「次に生まれてくる時は‥‥自由を感じる事が出来ればいいのにね‥‥おやすみ」
呟いたナレインはゆっくりとキメラの元を去っていく。その跡には一輪の青い薔薇が添えられていた。
●戦闘開始。〜VSオカマ〜
囮の二人が人として―――いや、男として何か大事なものを失ったような気がしていたちょうどその時、彼らの背後から三つの人影が踊りでた。
「そこまでにゃ!葱の間違った使いかたを世に広める悪の軍団‥‥筋肉妖女隊にはマジカル♪シスターズがお仕置きにゃ♪」
手にしていた山芋をビシッとオカマに突きつけた千佳の名乗りにオカマ三人が振り向いた。
「あたしたちマジカル♪シスターズの前でこれ以上好き勝手はさせないわ!」
同じようなポーズで宣言する桃華の手には美しいカーブラインを描いたネギが握り締められている。
「葱と言えば鴨と思われがちだが、鰹の存在も忘れてもらっちゃ困るぜ!」
両手に持った二匹の冷凍鰹を振り回しながらやはり電波を受信している縁がそれに続く。
「ふふっ‥‥アタシたちと癒し勝負をしようというのね‥‥いいわ、受けて立つわよ♪」
一体何がどうなってそうなったのか、よくわからないやり取りの後に対峙するマジカル♪シスターズ+1と筋肉妖女隊。
「皆、一人一殺にゃよー!」
千佳の言葉に頷く傭兵たち。
ちょうど人数は三対三―――
千佳の前には和服姿のオカマ。
桃華の前にはスキンヘッドのオカマ。
縁の前にはおさげのオカマ。
かくしてオカマ対傭兵の壮絶なバトルが幕を開けた。
「女子なんて‥‥あたしたちの敵以外の何物でもないわっ!」
憤怒の表情を浮かべる和服オカマに山芋を構える千佳。
「先手必勝‥‥ヤられる前にヤるのにゃ!」
叫んだ千佳の姿が瞬時にして消え失せる。
「なっ‥‥消えた!?」
驚異的な脚力で慌てるオカマの背後に一気に回りこんだ千佳は手にした山芋にぐっと力を入れる。
「蝶の様に舞い‥‥蜂の様に刺すのにゃっ!」
ぷすっ。
鈍い音と共に和服オカマの動きが止まる。
しばしの沈黙の後、オカマはゆっくりと自分の背後を振り返る。右手の山芋を突き出すような格好の千佳がにっこりと微笑んでいるのが見える。そしてその右手の先は‥‥そこは皆さんの想像に任せることにしよう。
「そんな‥‥女子に掘られるなんて‥‥オカマ失格‥‥ね。でも‥‥ちょっとイイかも‥‥」
そんな言葉を呟きながらどこか恍惚の表情を浮かべて地に沈む和服オカマ。
「マジカル♪シスターズは無敵なのにゃ♪」
誰とも為しに高らかに声をあげ、右手の山芋を天高く掲げてビシッとポーズを決める千佳であった。
「どっちがネギの癒し手を名乗るのにふさわしいか。女としての誇りと尊厳も賭けて、決闘を挑むわ! それともチキンなオカマ野郎にはそんなもの関係ないかしら!?」
かなり柄の悪い言葉で挑発する桃華に、何故か腰をくねらせながら向かい合うスキンオカマ。
「うふん♪ 可愛い女の子だわ♪ アタシちょっと興味あるのよねぇん♪」
不気味なウインクで応えるオカマに何となく嫌悪感を抱きつつも桃華は手にしたネギを構える。
緊張が走り、まさに一触即発の雰囲気。
先に動いたのは桃華。手にしたネギを振り上げて一気にオカマとの距離を詰める。
突然の突進にオカマの防御は間に合わない。
もらった―――そう確信した桃華の足元に何故かバナナの皮が。
まるで漫画のように綺麗に滑る桃華。その動きは何故かスローモーションのようにはっきりと見えたらしい。
しりもちをついた桃華がゆっくりと瞼を開けると、そこには迫り来る巨大な唇があった。
「‥‥いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
断末魔の叫びが夜の闇に木霊する。
何が起きたかはあえて語るまい。
後には満足そうなスキンオカマと白目を剥いてぴくぴくしてる桃華だけが残っていた。
残る一組である縁とおさげオカマは互いの武器で全力で叩きあっていた。激しくぶつかり合う縁の冷凍鰹二刀流とオカマのネギ二刀流。
「ふふ‥‥鰹もなかなかやるわね」
「ふっ‥‥そういうネギもな」
不敵な笑みを浮かべながら向かい合う二人にはある種友情めいた何かが生まれつつあった。
「でも‥‥アタシもオカマとして負けるわけにはいかないわっ!」
そう叫んだオカマの股間からにゅうっともう一本のネギが生えて―――いや、現れた。
「ばっバカな!? 三刀流だとっ!!」
驚愕の表情を浮かべる縁に向かい、オカマは大きく跳躍する。宙を舞い両手のネギを振り回しながら股間のネギをくねくねと動かして襲い来る筋肉のオカマの姿は縁の理性を飛ばすには十分だった。
その後二人の間で何が行われたか‥‥それは誰の口からも語られることはなかったという。
●その後。
キメラを倒されたことでオカマたちは正気に戻り、それぞれの生活へと帰っていった。
もちろん彼らのしたことは許されることではないのかもしれない。
しかし彼らもまたバグアの被害者なのだ。
これから先も彼らのような犠牲者を出さないためにも、また今回いろんな意味で深い傷を追った者たちを増やさないためにも、傭兵たちの戦いは続くのだ。
頑張れ傭兵たち。負けるな傭兵たち。
〜完〜