●リプレイ本文
●リリス
少女、リリス・グリンニルは飛んできた矢を余裕で避け、一気に間合いを詰めて胴を薙ぎ払う。それだけで盗賊の男は、血飛沫を上げながら倒れこんだ。
「小さい子の冷めた顔は見たくないなぁ‥」
巨大な剣を難なく一振りし、血糊を払いのけたリリスを見ながら、金城 エンタ(
ga4154)は呟いた。
確かに、リリスは元々感情表現が乏しい故、表現は殆ど変わっていない。内心はともかくとして、傍から見れば無感情に人を殺すキラーマシーンにも見えるのだろう。
あの年頃の女の子がそういう風に見えることを、金城は嘆いていた。
その傍らでは、以前リリスに出会ったことのある須佐 武流(
ga1461)は、壁に背を預けながら難しい顔でリリスを見つめていた。やる気が無いわけではない、彼女が邪魔される事を本当に嫌うのは分かっているからだ。
今、このリリスの近くにいるのは金城と須佐の二人だけだ。他の面子は人質の救助を優先し、別行動を取っている。リリスの実力を考え、組織を壊滅させるだけならば彼女一人で事足りると思ったからだ。
だったら何故彼女一人に行動させないのかと言うと、先程のように人質ごと賊を叩き切ったりすることを防ぐ為である。
「‥怪我‥無い?」
ずるずると大剣を引きずりながら、リリスは静観していた二人に近づいてくる。
無口で人間不信といっても、一応は人間らしい一面も持っているようだ。
「ああ、リリスは全て倒してくれたからな」
須佐は微笑みながらそう言い、彼女の頭に手を乗せようとして‥やめた。以前、下手な事を『零』に行い、思い切り殴られた経験があるからだ。迂闊な事は出来ない。
手を退いた後、彼は金城に横目で合図する。金城は無言で頷き、先程(オープニング)で渡されていたリリスの依頼文を取り出す。
「リリスさんの動機は、お姉ちゃんが『頑張ってこい』って言ったから、ですか?」
金城は、そう言いながらリリスに視線を合わせるように膝を曲げた。
その質問に、リリスは屈託の無い笑みを見せ。
「うん‥‥頑張ったらね‥お姉ちゃんが‥褒めてくれるの」
今から期待しているのか、嬉しそうに言う。
金城は若干その笑みに押されつつも、頑張って言葉を続ける。
「ん〜‥でもこの条件だと、貴女にとって『頑張らなくても』達成できる内容なんじゃない?」
しばしの沈黙。
リリスは小首を傾げ。
「‥そうなの‥?」
金城の目がキラリと光る。
彼は、リリスが『頑張る』という言葉に反応するのではないかと予想していたが、まさしくその通りだったのだ。
後一押しと、金城が再び口を開きかけた、その時。
「!!」
三人が一斉に前を向く。その理由は、自分達に向けられた殺気だ。須佐はその殺気の源を見つめ、舌打ちをした。
五人ほどの男が、手にそれぞれの得物を持ってこちらに走ってきていたのだ。だがその程度の戦力は能力者である三人にはさしたる問題ではない。
須佐が舌打ちした理由、それはその男達が、明らかに盗賊でない女二人を引っ張ってきていたからだ。
金城と須佐が、リリスを止めようと彼女の方に向き直った時。既にリリスは敵陣に突撃していた。
●捕虜
「初めましてだな、突然ですまないが牢屋の場所を教えてもらえるか?」
来栖 祐輝(
ga8839)は、たまたまそこを歩いていた賊の一人に槍を突きつけながら気軽に言った。
賊は驚いて大声を上げようとしたが、もう一本の槍が喉元に突きつけられた事によってそれは飲み込まれる。
「忠告だ。大人しく吐いた方が、ラクになれるぞ?」
ゴリ嶺汰(
gb0130)は来栖と違い、凄みのある声で賊をにらみつけた。
男は慌てて首を小刻みに縦に振り、左手の扉を指差した。
「わかりました、ありがとうございます」
その言葉と同時に、男の顔面が朱に染まる。血液ではない。
赤霧・連(
ga0668)が、非能力者鎮圧のために用意してあったペイント弾が命中したのであった。殺傷力が無いとは言え、かなり痛いだろう。
男は、半ば吹き飛ぶ形で気を失った。
「よし、じゃあ捕虜の場所も分かった事ですし。俺たちとは一旦お別れですね」
鴉(
gb0616)は、後ろに水葉・優樹(
ga8184)と鐘依 透(
ga6282)を引き連れながら、残りの三人に言った。
リリスを除いた後の六人。先にも述べたが、彼らは捕虜の救出と優先としている。だがそれとは別に、この組織を制圧させるべく行動する班に分かれていた。
救出班は、赤霧、ゴリ、来栖。
そして鎮圧班が、鴉、鐘依、水葉の三人である。
「あなた達と捕虜の方々の脱出が楽になるよう、敵の数を減らしておきますね」
ペイント弾を銃に込めながら、鐘依は自らの役割を再確認するように言う。
そして、制圧班三人は任務を全うする為に移動を開始した。
それを見届け、救出班の三人は、先ほど賊が指し示した部屋へと向かい、扉の前で陣取る。
「よし、じゃあ行くぞ? 極力人死には無しの方向で」
来栖の言葉に、他の二人は無言で頷く。そして、大きく扉を開いた。
まず最初に飛び込んだのは、素早く刹那で立ち回ることを心がけていた赤霧だ。隠密潜行も使用していただけあって、内部にいた賊たちの反応が僅かに遅れる。
賊の数は六。いずれも一般人のようだ。
捕虜の数は大体十、殆どが牢屋の中で静かにしていたが、数人は牢屋の外に転がされていた。
赤霧はすばやく一人に接近し、至近距離からペイント弾を発砲。距離が距離なので避けることも出来ず、賊の一人は先ほどの男と同じ末路を辿る。
次に飛び込んできたのは、ゴリ。
「同じ人間とて容赦はしない」
そう言い放つと同時に、得物であるフロスティアを横薙ぎにした。
それに巻き込まれた二人は壁際まで吹き飛び、全身を強打した後に静かになる。当たり前だが、峰打ちだ。
そこに至り、ようやく賊の一人が捕虜を人質に取ろうと、震えて蹲っている少年に腕を伸ばす。
「人質には手前等の指一本たりとも触れさせねえっ!!!!!」
その叫び声に思わず振り返ってしまった男の顔面に、来栖の石突きが見事に命中する。鼻腔から血を飛び散らせ仰け反る男に、来栖は容赦なく鳩尾に蹴りを入れた。そして、石突きを行った槍を引き戻し、背後に突き出す。その切っ先は、忍び寄っていた男の腕を捉え、得物を取り落とさせた。
残る賊は一人、その賊は壁際まで追い込まれ、赤霧が銃を突きつけていた。
「十秒待ちます、それまでに大人しく牢屋の鍵を出してください。言って置きますけど、今度は実弾ですよ?」
最後の一言に、慌てて賊は懐をまさぐり始めた。
「10、9、、、2、1‥てへへ、冗談です♪」
残り三秒辺りで鍵を差し出した男を見て、赤霧はニッコリと笑った。賊はホッとした様な顔でため息をつく。
だが、予想を裏切る銃声。銃弾は男の頬を掠め、壁に小さな穴を穿った。
銃声に驚いたのはゴリと来栖と賊、そして赤霧自身である。
「重くて引金を引いちゃいました‥‥(T口T)」
その言葉に、賊の男は弾が当たった訳でもないのに気を失ってしまった。
●説得
その一瞬の出来事は、その場にいる人間の目にはスローモーションのように写った。
リリスが大剣を振りかぶる。その刃は既に三人の命を刈り取っている。
目標はまだ生きている賊の一人、その腕の中には人質の女が悲鳴も出せずに固まっている。
だが、発せられる純粋な殺意に躊躇は存在しなかった。人質が存在しようとも、だ。
そこにリリスに突撃してきた男が一人、彼女は大剣を取り落としかけ、体勢を崩したが軸足を踏ん張り何とか踏みとどまる。
リリスは邪魔された事で殺意に怒気を含め、それを具現したかのような横薙ぎをその男に放った。
血飛沫が、舞う。
リリスを含めた皆が、息を呑む。
ゆっくり倒れる男。
「‥‥何‥で?」
大剣を振り切った状態で、リリスは、彼女にしては珍しく呆然と呟いた。
男、須佐は胸に一文字の決して浅くない傷を受け、よろめきつつ、その場に崩れ落ちる。エミタが生命の危機と判断したのか、自動覚醒した。
賊の男は、なにやら悲鳴を上げながら、人質を放り、逃走していた。金城はどうするべきか一瞬迷ったが、すぐにその賊を追いかけて走り始める、この状況で仲間を呼ばれては厄介だからだ。
それにリリスも気付いてるはずだが、須佐を凝視したまま動かない。どうやら彼女の中でも、仲間を傷つけると言うことは許容していないようだ。
須佐は、胸と口から血を吐き出しながらも、傷を抑えてリリスの灰色の瞳をキッとして睨みつける。
そして、叫んだ。
「ばっかやろう! 関係ない人間まで巻き込むんじゃねぇ!」
リリスはビクリと震え、大剣を地面に落とし、あとずさる。普段なら無反応なのだろうが、意外に罪悪感が大きいらしい。
須佐は、言葉を続ける。
「お前の言うお姉ちゃん達の全部は知らねぇが‥俺が知っている一人‥栄流は‥アイツだけはこんなやり方絶対にしねぇ!」
「栄流‥が‥?」
明らかに動揺しているリリス、そこへ親しい人物の名前まで出されて混乱しているようだ。
そこまで言うと、須佐は一声呻き、その場に倒れこむ。
一人残されたリリスは(捕虜二人を除く)、ただ沈黙し、立っているだけだった。
●決着
一方制圧班はと言うと、大きな両開きの扉の前に待機していた。
救出班と分かれて約十分。その僅かな時間で、彼らはこの最奥にある扉にたどり着く事が出来たのだった。
その理由は簡単明快。殆どの敵はリリスが倒した後だったからだ。
「あれだけ躊躇がないのは珍しい、のかな? ま、思うのは俺の前の稼業みたいだとか、絶対的なものが在るらしいといったところでしょうか」
元々、その手の仕事を行っていた鴉は、その気絶体や屍たちを見ても大して感銘を受けていないようだ。
「今は目の前のことに集中しましょう、行きますよ?」
そう言い、水葉は大きく扉を開く。
同時に、無数の銃弾が飛来してきた。
三人は慌てて扉の脇に飛び込む。
二十秒ほど経っただろうか、硝煙の匂いと薬莢の落ちる音と主に、銃声は止んだ。
そして、第二波が来る前に三人は部屋に飛び込む。
そこは今までの空間と違ってかなり広い、そして盗品と思われる代物が数多く飾られていた。
敵の人数は三人、内二人は非SESの機関銃を投げ捨て、腕の中の人質にナイフを突きつけていた。残りの一人、恐らくSES製であろう斧を持っている男が、この組織のボス(以後首領と明記)なのだろう。
「動くなよ、動いたら人質の喉にもう一つ口が出来‥」
鐘衣と水葉は立ち止まったが、鴉はその言葉を完全に無視し、瞬天速を発動させた。
そして、素早くその賊二人の顔面をぶん殴る。
喧嘩技の冥利とも言えるその拳を受けた二人は、鼻面から血を噴出しつつ吹き飛んで行った。
その勢いで、ナイフが軽く人質の首を抉っていたが、大事には至らないようだ。
「すみません。俺、功利主義なんですよ」
悪びれなく、人質だった二人にそう言った。
数を救うためなら少数の犠牲は厭わない、それが彼の思考である。
だが、救った命を見捨てるつもりは無い。
いつの間にか間合いを詰めていた首領が振り下ろした斧を避けるため、鴉は人質二人の襟首を引っつかみ、仲間の背後へと舞い戻る。そして、安全圏まで移動させる為に部屋から連れ出した。
その鴉を庇うように、鐘依と水葉は前に進み出る。
「‥行くよ、水葉さん」
鐘依の呟きと同時に、二人はそれぞれ、フォルトゥナ・マヨールーとデヴァステイターを構え、急所以外を狙い、発砲した。
だが、首領も流石に能力者だけ直ぐには倒れない、数発を掠らせながらも、素早く分厚い鋼の大きな置物を倒しその影に隠れた。そして、活性化を発動させたのがここからでも分かる。
「‥このままでは埒が明かないね‥」
銃に弾を込めながら、鐘依は言った。確かに、ちょびちょびダメージを与えても埒が明かないだろう。相手は腐っても能力者、無策で戦っては意味が無い。
と、ここで水葉が前に進み出た。そして、銃を左手に持ち替え、右手でイアリスを抜く。
「鐘依さんは援護を頼みます、俺が奴を仕留めるので」
その若干怒りを含んだ言葉に、鐘依は頷いた。どの道、鐘依は近接武器を持ってきていなかったので、水葉に任せるしかない。
ツカツカと歩み寄る水葉を見て、首領も物陰から現れ、斧を構える。
「お前が持つその力は、こんなことのために使っていい力じゃない!」
そう叫び、水葉は首領に肉薄した!
ダークファイター‥俺と同じ能力者。だからこそ余計許せない。
その思いと共に振りぬかれた刃は、受けるために構えられた斧を掻い潜り、左腕を深く切り裂く。
思わず後ずさりながらも、首領は振りぬいた体勢の水葉に斧を振り下ろした。
だが、一発の銃声と共に、斧を血の糸を引きながら吹き飛んだ。鐘依の的確な援護射撃が、首領の手首を撃ち抜いたのである。
そして、その隙に突き出されたイアリスは、首領の首を掻き切る寸前で停止する。
首領は悔しげに呻いた物の、ガクリと膝を付いた。
●その後
賊の生き残り、そして首領は然るべき場所に連行された。これでこの盗賊団は壊滅したと同様、仕事は大成功である。
だがリリスは、『須佐を背負ってアジトから抜け出し』て以来、元気が無い。やはり、罪悪感と彼の言った言葉が心に突き刺さっているのだろう。その須佐は、、既に意識を取り戻しているが、歩くのもやっとの状態だ。
と、そこへ来栖が水筒とチョコレートを持ってきた。
「お疲れ様よく頑張ったな、これは頑張った御褒美。おいしいよ?」
普段なら「いらない」と突き返すのだろうが、今はただ素直に受け取っていた。
それを見つめながら、ゴリはふと呟いた。
「リリスはあれで子供らしい一面もある。ただ、不器用で他人を信じられないだけだ」
以前、一瞬だけでも彼女と本当の意思疎通が出来たゴリは、それを理解していた。その言葉を今なら理解できるのか、他の面子も黙って頷く。
そして、元気を出させようと数人が彼女に近づこうとしたその時。
「大丈夫です、任せて下さいなッ♪」
何故か赤霧が自信満々に、代表してリリスに駆け寄っていった。そして顔を上げたリリスを見つめ、ニッコリと笑う。
「記念写真、撮ろっか」
困惑するリリスを他所に、赤霧はそう言って皆を呼んだ。
一応、須佐は重傷なのだが、彼も否定的では無いようだった。