タイトル:【紅獣】殺戮の氷人形マスター:中路 歩

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/07/20 19:55

●オープニング本文


 風は血の臭いを運び、人々の鼻を擽る。
 その女は積み重なった屍を踏みしめながら、静かにこちらを見つめている。
 いずれの屍も傷は一つか二つ。的確に急所が裂断されており、気持ち悪いほど、生々しい。
 
 だが、そのような屍の山など問題ではない。
 この気分が悪くなりそうな熱気の中、女の視線だけで世界が凍りついたように感じられる。
 血風より濃い、研ぎ澄まされた殺気。それこそが冷気の正体だ。

「‥‥あなた達は、誰ですか?」

 その声は決して大きくなかったが、その場にいた全員の耳に滑り込む。
 我に返ったように、能力者の一人が自分達のことを話し始めた。

 自分達はラストホープから派遣された能力者だということ。
 そして、この辺りに大量発生した獣人型キメラを掃討する仕事だったということ。
 現地で、もう一人協力者と合流するはずだったが既に姿はなく、仕方なく自分達だけで来たらこの有様‥‥ということ。

 その女は聞いているのかいないのか、ただ人形のようにじっとしていた。
 やがて口を開く。

「‥‥そう、あなた達が軍の犬ね‥‥私は残間 咲‥‥ついて来るのは勝手だけど、私の邪魔はしないでください」

 そう言い残し、さっさと先に言ってしまう。
 何処に行くのかは聞くまでも無い。自分達の仕事は大量発生したキメラを根絶することだ。咲によって倒されたキメラもかなりの数だが、拠点を叩いておかなければ依頼人も安心できないだろう。

 それよりも能力者たちが頭にきたのは、「軍の犬」という発言だった。これはどう考えても侮辱以外に考えられない。そして、一人の女能力者が先々進む咲の肩を掴む。

「ちょっと、そんな言い方は無‥‥い‥‥」

「‥‥私に触れないでください」

 いつの間にか抜いたのか、女能力者の首筋には小太刀が押し付けられていた。

「私は貴女方など必要ない、気に入らないなら帰ってください、報酬はちゃんと渡しますから」

 言い終わると同時に、小太刀を納め、何事もなかったかのように進んでしまった。


 そう、彼女の名は残間 咲。「虐殺者」の烙印を押された前科持ちであり、「殺戮の氷人形(アイスドール)」の異名をとる、裏の世界ではあまりにも有名な存在だと、彼らは知らなかった。

●参加者一覧

藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
フォビア(ga6553
18歳・♀・PN
狭霧 雷(ga6900
27歳・♂・BM
ティーダ(ga7172
22歳・♀・PN
八神零(ga7992
22歳・♂・FT
淡雪(ga9694
17歳・♀・ST
風見斗真(gb0908
20歳・♂・AA
風花 澪(gb1573
15歳・♀・FC

●リプレイ本文

●森の小道
「軍の犬、ですか・・・。あながち間違ってはいませんね」

 少し先を歩いている残間咲を見つめながら、ティーダ(ga7172)は誰にとも無く呟いた。その傍らを歩いている男、藤村 瑠亥(ga3862)も同意見だと肩をすくめる。

「確かに、そう言われるのも無理はないのかもな」

 もちろん、完全に納得しているわけではない。今まで、彼は彼の一分を守ってきたつもりなのだ‥‥と言っても咲には関係ない話だろう、それがわかった上で上記の発言を行ったのだった。
 
 咲を含めた九人は、現在森の中を歩いている。
 森と言っても、キメラ達の拠点は更に深い場所にあるので、この辺りは平和なものだ。だが、時折見つかる人間の変死体や動物が食い散らかされた痕を見る度に、彼らは再び緊張感を奮い起こす。
 
 中でも、戦闘系統の仕事が初めてな淡雪(ga9694)は、誰よりも緊張していた。その緊張をほぐすように、彼女の友人である風花 澪(gb1573)は、淡雪の肩をぽんと叩く。

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ〜、戦いになったらきっと楽しいからね♪」

 その言葉は風花にとって冗談でもなんでもない、それを熟知している淡雪は苦笑しながら頷いた。
 
 その少し後方では、以前咲と直接会っている狭霧 雷(ga6900)とフォビア(ga6553)、そして些か楽観的な風見トウマ(gb0908)が咲について話している。

「何やら冷たい感じのお姉さんだね。けど、何か面白そうだ!」

 風見の楽観的意見に、狭霧は苦笑いし、フォビアは一瞥しただけで何も言わなかった。
 狭霧は咲に対して若干の負い目がある。以前、彼女達を仕事上の事とはいえ、犯罪者ではないかと疑い(実際前科持ちなのだが)、一日中尾行した事があるのだ。そのことに関しては例え無視されようと謝罪するつもりなのである。
 負い目といえば、以前も狭霧と共に行動していたフォビアにもあるはずだが、彼女の内心では、一瞬とはいえ咲と手合わせした光景が蘇っていた。

「また、出会えた‥私、あの人にまだ名乗ってない」

 その呟きは、彼女以外誰にも聞こえていなかった。

 そして、咲に興味を持っている人物がもう一人。「黒焔の双月」の称号を持つ男、八神零(ga7992)は、以前のフォビアと同じく咲との戦いを望んでいた。


●誤算
 やがて、日光さえ木々に阻まれて行き、まだ昼間のはずなのにどんどん暗くなってきた。それだけ深く森に入ってきたのだ。それは同時に、戦場へと近づいているということ。

 咲を退いた八人は、当初の予定通り二組に分かれ始めた。戦闘が始まってから分かれたのでは手遅れになる可能性があるからだ。
 A班はティーダ、藤村、風見、風花。そしてB班に八神、フォビア、挟霧、淡雪。の振り分けである。
 以前咲に出会った人たちの情報と、彼女のクラスなどを照らし合わせ。彼女は真直ぐ敵陣に突っ込んでいくだろうと予想しているのだ。それを邪魔せず、二つの班がキメラたちを包囲し、殲滅するという作戦だ。

 この作戦に必要な条件は二つ。
 一つは咲が予想通りに突撃する事。
 もう一つは、こちらが先にキメラを発見する事だ。

 そして、今回はその両方の条件が揃わなかった。

 周囲に生じる殺意。それは紛れも無く自分達に向けられていた。
 能力者達がそれぞれ得物を抜き放つその眼前で、木立の間から毛深い獣の頭を持つ、人間の形をしたものが出現する、その手には棍棒が握られている。それも一匹ではない、ざっと数えただけで十匹はいるだろう。
 
 そして、もう一つ気がついたこと、咲がいつの間にか消えている。

 彼女の事なので、逃げるわけは無い。
 恐らく、誰よりも早く周囲のキメラを察知し、包囲されないように移動したのだろう。それを誰にも気付かせないとは、流石は元虐殺者である。

 それはさて置き、LHの能力者たちの作戦はほとんどオジャンとなった訳だが、この程度を切り抜けられなければ能力者の名が廃るだろう。

 各々は、自らの班員と共に、敵陣へと突き進んだ。


●A班
「さぁ、何匹倒せるかな?」

 先陣を切ったのは、刀を腰だめに構えて一体のキメラに突き進んでいる少女、風花だ。先ほど彼女が自ら明言した通り、戦いを心から楽しんでいるらしく、その顔には無邪気な笑顔があった。
 彼女はキメラとの間合いを詰めると、豪破斬撃を使用、刀が一瞬淡い赤色に輝き、その軌跡は真直ぐキメラの胸元に直進する。対するキメラも黙ってはいない、その軌跡を阻むかのように棍棒を振り下ろした。 
 だが、その棍棒が当たる事はない。更に流し斬り使用して側面に回りこんだ彼女をキメラは視認する事すら出来なかった。そして、そのまま首から大量の血液を噴出させながら崩れ落ちる。その血を浴びながらも風花は平然とし、次の敵に向き直った。
 
「風花さん! 下がってください」
 
 ティーダの叫び声に、風花は素直に従う。
 三匹のキメラが同時に風花に向けて襲いかかろうとしていたからだ。彼女一人で捌けない人数ではないものの、他にもキメラは残っている。
 一足飛びで距離を取る彼女とすれ違うように前に出たのは、ティーダと風見だ。
 覚醒したティーダは素早く、一匹の命を奪おうとルベウスを閃かせる。だが、それをさせまいと他二匹がティーダに立ちふさがる。
 それらを吹き飛ばしたのは、コンユクシオの軌跡だ。

「オラオラァ! 死にてぇ奴から前へ出ろ!」

 威勢の良い叫び声と同時に、吹き飛ばされて横転した一匹の脳天を大剣で叩き潰し、もう一匹は胴体を裂断させた。
 ティーダは味方を遠ざけられて孤立していたキメラの心臓を抉り、易々と仕留める。

 一方、そのティーダ達が包囲されないよう、少し遠巻きで戦っている藤村。
 彼の周りにはすでに二匹の屍が横たわっている。

「‥‥そこか」

 木の上から飛び掛ってきたキメラを逸早く察知し、キメラは奇襲の甲斐なく、月詠の一閃で屍と化した。


●B班
 フォビアの蛇剋は振り下ろされる棍棒を捌き、停滞無くそこへイアリスが空を断つ。
 急所を断たれたキメラは断末魔の悲鳴を上げながら崩れ落ちる。それを見届けもせず、素早く横手に蛇剋を突き出した。
 腹腔を抉ったその切っ先によろめきながらも、キメラは棍棒を横に叩きつけてくる。それをイアリスで咄嗟に受け止める。そのフォビアの背後にはキメラが迫っていた。
 彼女の背後を護るのは、八神。

「不意打ちとは、随分と無粋じゃないか」

 彼はその一声と同時に、二本の月詠を振りぬく。胸元に「クロス」の傷跡を刻み、キメラは息絶える。そのまま百八十度回転し、更に一閃。背後のキメラの腕を吹き飛ばし、返す刃で首を抉り取った。

「しかし、あの人は大丈夫なのか? ここだけでもこの量だぞ」

 先ほどのキメラを殺害したフォビアの傍らまで後退し、八神は彼女に話しかける。あの人とは勿論咲の事だ。
 その心配をよそに、フォビアは静かに呟く。

「あの人は‥‥強いから」

 その呟きは、猛々しい咆哮にかき消される。

 白い竜がいた。
 覚醒で白竜となった狭霧は、その存在感だけで効果がある。彼らを包囲しているキメラも襲い掛かるタイミングを計っているようだ。
 だが、狭霧にはそんな事関係ない。容赦なくヴィアで薙ぎ払い、牽制する。
 その近くでは、一生懸命淡雪がサポートを行っていた。
 スパークマシンで応戦し、味方に練成強化などを行っていた淡雪だが、流石に一人では限界が生じる。
 やっとタイミングを計れたのか、数匹のキメラが狭霧に群がり始めた、流石に彼一人で捌くのは難しいだろう。
 淡雪は意を決して、刀に持ち替えて一匹と距離を詰める。

「もう誰かが傷つくのは嫌‥っ、討舞 白鳳院流‥一の型、涼風っ」

 完成された動きで、滑らかに刃がキメラの首筋に吸い込まれる。だが、やはりサイエンティストで「斬首」は無理があったようだ。
 頚動脈から夥しい血を噴出させながらも、キメラは淡雪に組み付こうとした。 
 それを断ち切るのは、白龍の鉄槌。
 自らの周囲のキメラを一掃した狭霧は、淡雪に組み付こうとしたキメラに止めを刺さした。


●虐殺者
 どうにかキメラの包囲網を抜けた一行。
 彼らはとりあえず咲の行方を捜している。この深い森で逸れては面倒なので、全員が一つになって動く。非効率な事この上ないが、仕方ないだろう。
 だが、幸い咲を見つけるのに時間は掛からなかった。彼女の痕跡を見つけたわけではない。

 理由は、血臭だ。

 むせ返るような血の臭いがしたのは、少し開けた場所だった。
 そこには、十を軽く超える屍が転がっており、やはり、それぞれ最小限の傷跡しかなかった。
 そして、咲自身も交戦中だった。
 彼女の得物は腰の小太刀ではなく、ア−ミーナイフ二本だった。恐らく、あの小太刀は非SESだろう。

 咲は一匹の首を薙ぎ払った後、ふわりと跳躍、凄まじい平衡感覚でキメラの肩に乗り、その首周りをぐるりと一周切り裂く。屍が倒れふす前に素早く再跳躍し、三匹のキメラの中央に降り立つ。そして、旋風の様に回転、離脱。三匹のキメラはそれぞれ首と胸に一文字の傷をつけて崩れ落ちる。
 飛び離れた咲が着地すると同時に、一匹のキメラが棍棒を振り下ろしてくる。回避できるタイミングではない。だがその棍棒が彼女に触れることは無かった。
 避けられないと判断したと同時に、アーミーナイフがキメラの手首を切り落とす。そして痛みに腕を抱え込んだそのキメラの後頭部に、グッサリとナイフを突き刺した。
 それを見届けもせず、振り替えると同時に左手のナイフを投擲。それは逃亡を図ろうとした最後のキメラのアキレス腱を断ち切り、その場に転倒させた。そして素早く近づき、首を断つ。

 いつの間にかその場に立っているのは、咲一人となっていた。

 咲は一瞬辺りを見渡し、敵を一掃した事を確認すると。腰の小太刀の少し下にある小さな鞘にナイフを納めた。

「遅かったですね、もうキメラは残っていませんよ」

 咲はそう言いながら、LHの能力者達に近づいてきた。殆どのメンバーは唖然としており、聞こえているかも定かではない。
 だが、フォビアは、彼女の戦い方を自分の物にしようとしているかのように、咲の戦闘を頭に刻んでいた。


●対決:残間咲
「さっさと済ませましょう、私も疲れているのです」

 咲は、例の非SES小太刀を引き抜きつつ、言った。
 その彼女の前で武器を構えているのは、藤村と八神である。
 彼らは、森から出る前に咲に勝負を申し込んだのだった。ちなみに他の面子は、先に森から出て、外でキャンプを張っているはずだ。

「不躾ですまない‥‥よろしく頼む」

 八神はそう言い、武器を構えなおした。藤村はただ黙って、集中している。
 先に動いたのはどちらだったのか、そしてきっかけは何だったのか。
 
 風が、吹いた。
 

●キャンプ
 咲は仕事が終わるとすぐに消えると思っていたが、意外にも森の外に張ったキャンプに皆と一緒に留まっていた。

「コーヒーと紅茶どっちがいい?」

 黙々と小太刀を磨いていた咲に、風花がニッコリと笑いかける。咲は一瞬作業の手を止め、「紅茶」と一言呟き作業に戻る。
 風花は、彼女の傍らに紅茶を置き、そんなに嬉しかったのか笑顔で皆の下に戻って来た。

「ったく、咲が既にアーミーナイフを持っていたとはねぇ」

 風見は、焚き火を囲みながら新品のナイフを手で弄んでいた。咲の趣味が武器収集と知って用意したものなのだが、どうやら無駄に終わったようである。
 同じく、焚き火を囲んでいる狭霧は、少しだけ表情が明るい。と言うのも、先ほど前回の件について無事に謝る事が出来たからだ。案の定返答は素っ気無いものだったが、それでも罪悪感はいくらか消すことが出来た。
 
「もう、動いちゃだめですよ」

 一方、淡雪は新たに負傷した二人の治療を行っていた。
 その二人とは、藤村と八神だ。
 結局、あの戦いは結果的には咲の勝利で終わっていたが、それは決してこの二人が弱いという事では無い。
 咲は始まると同時に照明弾を撃ち込み、意外な攻撃に反応できずに目を眩ませた二人を適当に叩きのめして勝利を収めたのだ。

「言ったでしょう? 私は疲れているのです。それに試し合いなどで私の小太刀を汚したくありません」

 いけしゃあしゃあと、咲は言い放ったという。

 ティーダは、咲の個人行動を快く思っていないようだが、その個人の実力は本物な上に興味があるというのも否定できないようだ。それでも、戦闘は「個」の強さより組織力が重要だと言う考えは変わっておらず、いつかはそれに気付いてい欲しいと思っていた。

 皆がそれぞれ好きな事をしている中、フォビアは自分の紅茶を手に咲の方へと歩んでいた。既に小太刀の手入れが終わったのか、一人で紅茶を啜っていた咲はすぐに彼女に気付く。
 そして、一定の距離を保ち、咲に話しかけた。

「‥まだ、名乗ってなかった。私、フォビア。いずれ‥貴方を超える人‥」

 咲の紅茶を啜る手が止まり、冷たい双眸が細められる。
 相変わらずのその双眸に一瞬怯むも、強い意志の宿った金色の瞳で真直ぐ受け止めた。

「私は貴方みたいに‥『強く在る』為に強くなる‥もう、誰にも負けない‥」

 そして最後に一言。

「すぐに‥追いつく‥」

 言ったと同時に訪れる沈黙、いつの間にか他の面子もこちらを凝視していた。
 どれだけ時間が経ったのだろうか、もしかしたら数秒だったのかもしれないが、数時間にも感じられた。
 
 静寂を乱す、音。

 それが、咲の笑い声だと気付くのには時間を要した。笑い声といっても、声には出していない。ただ密やかに喉の奥で発しているだけだったが、確かに笑っていた。

「全く、不愉快な目ですね。『栄流』と同じじゃないですか、言う事も全て」

 言葉とは裏腹に、双眸は零度で無く、楽しげに細められる。
 少し呆気に取られていたフォビアの首筋にいつ抜かれたのか、小太刀が突きつけられる。

「しかし、嫌いではありません。それが戯言ならば話は別ですが」

 咲は、フォビアだけでなく‥いや、実際にはフォビアを中心にだが‥全員を一瞥する。
 そして、言う。

「死に塗れた奈落の泉、魂を絶やさず、自己を保ち、私と同じ深みにまで潜って来て見なさい。来れるものなら、ですけどね」

 そこで小太刀を引き、鞘に刃を収めた。