●リプレイ本文
「邪魔するわ、よ!」
鉄製の扉が蹴破られる軽い破砕音。
マンションから離れて遠巻きで見つめている野次馬、警備隊、そしてLHの能力者達の前で、キメラが立てこもっている正面入り口を思い切り蹴り破ったのだ。
そのありえない行動に一瞬呆気に取られていた、それは人質がいるという状況で堂々と正面から乗り込むのもそうだが、作戦を平気で無視出来るその神経にもだ。
今回の作戦は、上層と下層に分かれての挟撃だ。
俊敏性のある遠石 一千風(
ga3970)、夜坂桜(
ga7674)、比企岩十郎(
ga4886)がマンションの壁面を駆け上り、出来れば十階から、不可能ならば出来るだけ高い階層から潜入。それを確認した後下層からも潜入。敵を分散させ、人質を効率的に探すには妙案とも呼べる代物だった。
作戦の前に、周防 誠(
ga7131)と遠倉 雨音(
gb0338)が隠密潜行を使用してマンション付近の偵察(ただし、内部にはまだ入り込まない)を行い、その他のメンバーも双眼鏡を用いて出来るだけの情報を収集、以下の事を調査した。
・見張りの有無
・見張りの位置
・敵の飛行能力の有無
・監禁場所の状況
・人質の位置
流石に最下二つを知ることは出来なかったが、最上三つはある程度知ることが出来た。中でも『敵の飛行能力』については、『無し』と確信する。
そしていざ作戦を開始しようとした所で、今までどこに行っていたか分からない利奈が戻ってきて、上記の行動を取ったのだった。一応、彼女にも簡単に説明しているはずなのだが‥。
「あ〜、それとね。壁登りやるのは勝手だけど、アタシはオススメしないわよ。んじゃ、それぞれガンバローという事で」
そう言い残し、さっさと入ってしまった。
一行は若干の苛立ちを覚えつつも、作戦を失敗させない為、実行に移る事にした。
●不覚
「気合を入れるか、美人もおるしな」
上層潜入班の一人である比企は、自ら明言したとおり気合を入れなおす。
彼を含めた三人は、東側壁面の前に立っていた、そこは事前調査の結果最も窓が少なく、自然に警備も薄くなっているという絶好の潜入場所だ。屋上に見張りがいる事は確認しているが、相手が空を飛べないのも確認している為問題は無いだろう。
だが、気になることが全く無いわけではない、例えば、利奈が言い残したあの言葉だ。
オススメしない。
一能力者の戯言だと割り切ってしまえば良いのだが、なぜか心に引っ掛かっている。
人を見る目に長けていると自称している夜坂には、なんとなくその割り切れない理由が分かっていたのだが、行動前に士気を下げてはいけないと思い、あえて黙っていた。
「じゃあ、いくわよ」
遠石のその声と同時に三人は覚醒、スキルを発動させる。
そして、その場から消えた。
壁を駆け上るという行為は、能力者だからこそ出来る荒業だ。
当然、能力者でも緻密なバランス感覚が要求され、全神経をそれに傾けなければならない。そして、瞬天速や瞬速縮地を使用しているとしても、重力に逆らっているこの状況では若干速度が落ちる。
それら二つの要因が、仇となった。
質量ある物体が降って来たのは、地上7階の高みまで登ったときだ。
壁面を疾走する彼らの眼前に現れたのは、どこにでもある机、タンス、椅子。いずれもただの家具だが、この状況では凶悪な武器となる。
見ると、屋上の警備に当たっていたインプ似キメラが次々と家具を落としていた。
三人は慌てて対処しようとするが‥‥回避しようにも走るのを止めては落下するし、跳躍すれば壁から離れてしまう。窓が少ないので足がかりも少なく、回避は不可能。走りながら迎撃するにしても、少しでもバランスが崩れては、やはり落下してしまうだろう。
つまり、彼らは回避も迎撃も出来ず、ただ落下物に向かって走るしかなかった。
●誤報
何かが連続して落下したような音が、下層班の耳に入った。
凄まじい音に思わず後ろを振り返ってしまった守原有希(
ga8582)に、剣を交えていたキメラが持っていた剣を振り下ろしてきた。
そのキメラの頭を、遠倉 雨音(
gb0338)が正確無比の射撃でぶち抜く。血と脳漿をぶちまけながら、キメラは倒れて動かなくなる。
「すみません、助かりたばい」
守原は若干の長崎弁を混ぜ、遠倉に頭を下げる。遠倉は無言で頷き、少し離れた所で戦っている味方の元へと駆けて行った。
その離れた場所で戦っているのは、佐竹 優理(
ga4607)と鐘依 透(
ga6282)。佐竹が敵と直接斬り結び、鐘依は的確にその援護を行っている。
横なぎにされるキメラの剣を銃で受け止め、カウンター気味に蛍火を心臓があると思われる位置に突き入れる。
その横手から佐竹に襲い掛かろうとしていたキメラは、鐘依のフォルトナ・マヨールによる銃撃を受け、血の海に沈んでいる。
「さてさて、どうにも報告で聞いていた数とは比べ物にならないねぇ。分身の術でも使ったのかな?」
仕事中だというのに冗談を交えながら、佐竹は飄々と述べていた。
しかし、彼自身が言っているように、本当に報告を受けていた数と違いすぎる。
彼らは現在四階まで登ってきており、少し移動するたびにキメラ達と戦っていた。ざっと数えただけでも、十五は遥かに超えているのだ。
そのキメラ一匹一匹がそれほど強くないからよかったものの、体力はヤスリで削られているかのようにじわじわと減っている。あまり良い兆候ではない。
と、そこへ先行偵察に行っていた周防が戻ってきた。
「ダメですね、やはりキメラが待ち構えています。‥‥そして、利奈さんの姿もありません」
少し余談だが、周防が先行偵察員を担っているのは大した理由ではない。隠密潜行を使え、尚且つ利奈と面識がある彼ならば、敵の動向を探るのと彼女の捜索両方にうってつけの人物だったからというだけだ。
一応、彼は利奈に「独断専行しないように」と言っておいたのだが、無駄に終わったらしい。
「この際、彼女の事は忘れるしかありません。あなたの話によればかなりの実力者らしいですからね。それに、本心が見えない味方と言うのもあまり気分のいいものではありませんし」
少し離れた所から駆けて来た遠倉は、皆にそう提案する。
『紅の獣』と面識のある鐘依と周防は複雑な表情をしていたが、状況が状況だけに仕方が無いだろう。
四人は、またすぐに戦闘に突入する事を予期し、歩みを再開した。
●厳重
一方上層組。
彼らはあのような障害があったにも拘らず、無事に屋上に立っていた。その周りにはキメラの死体が散乱している。
三人が登って来た壁面には、無数の穴や傷が刻まれていた。足がかりが無いのならば作ってしまえば良いとばかりに、駆けていた勢いそのままに壁を踏み抜き、それを足がかりとしたのだった。
「なるほど、これはちょっとやっかいそうね」
自分達の周りの屍の数を数えながら、遠石は呟く。下層組と同じく、情報より遥かに敵の数が多い事を指しているのだろう。
夜坂も同じ見解らしく、改めてロエティシアの刃を拭う。
と、二人がそれぞれ思考に耽っている間に、比企がなにやら通風孔にガムテープを貼り付けていた。覚醒したままなので、雄獅子の状態で行っているから少し珍妙な光景だ。
何をしているのかと、夜坂が問うと比企は。
「今回の敵は賢いらしいからな、通風孔やダストシュートを使って移動されては面倒だ」
そう言い終えると、厳重に貼り付けたガムテープの上に、キメラの屍を積み上げる。
そして、満足気に頷いた。
「さてと、ちょっと敵が多そうですが、頑張りましょうか」
夜坂は二人にそう言い、先に進もうと促した。
●少数
そして、上層組三人は八階まで降りてきていた。
なぜかは知らないが、キメラは下層と比べ数が圧倒的に少なかった。頻度で言えば、一階層に遭遇が二回程度だ(それでも元の情報よりは遥かに多いのだが)。
「助けに来ました。誰かいませんか!?」
遠石はキメラの死体を踏みしめながら、周囲一帯に叫ぶ。この際敵に見つかる事に構って入られない。
だが、その努力むなしく、人質にされている人たちの声どころかキメラすら反応しなかった。まぁ、この階層のキメラを全滅させられたのは分かった訳だが。
夜坂と比企は、事前に業者から受け取っていた見取り図を参考に一部屋ずつ回る。だが、キメラに荒らされた跡はあっても、人質の姿はどこにも見られなかった。
「やはり、もう少し下にいるのでしょうか」
「そうと考えるのが妥当だな」
二人は一通り調べ終えた後、遠石の元へと戻って行った。
●意外
六層にたどり着いた時、既に下層の面子は疲労困憊状態だった。
鐘依は蛍火に持ち替え、キメラ二体と交戦しており、遠倉と周防は、連戦を前衛で戦い疲れきった佐竹と守原を背に庇い、4匹のキメラを銃で応戦していた。
「く‥‥スピード勝負なんだ、僕達の邪魔しないでくれ!」
そう言うと同時に、蛍火で一匹の急所を貫く。そして素早く刀から手を離し、フォルトナ・マヨール抜き放ち、発砲。
二匹のキメラは、ほぼ同時に崩れ落ちた。
しかし、周防達は上手く行かなかったらしい。
銃弾の嵐をかいくぐり、一匹のキメラが間合いに入ってきたのだ。
振り下ろされる剣、周防はそれを銃で受け止めようと身構える。
と、そのキメラが急に倒れこんできた、その背には深い傷が刻まれている。
「大丈夫、でしたか?」
瞬天速で瞬時に駆けつけてきた夜坂だった。彼の後ろからは、他の上層組もこちらに駆けてきている。どうやら、彼らと合流できたようだった。
それは良かったのだが、問題は人質がいないことである。
両者上と下から全て調べ、どこにもいなかったのは幾らなんでもおかしい。全員殺されているとしても、屍やら血などは残っているはずなのだ。
と、疲れと安心で窓際に寄りかかっていた守原が何気なく窓の外に目をやり‥‥大声を発した。
「ちょっと‥あれ‥あれ?」
不思議に思った他の面子も窓の外に目を向け‥‥全員が口をポカンと開けてしまった。
窓の外に見えた風景、それは『人質にされているはずの人々』が、友人や親族と抱き合っている所だった。
●処理
「ん、おかえり」
訳が分からずマンションの一階まで降りてきた一行を迎えたのは、自前の酒瓶を煽っている利奈だった。今まで何をしていたのかは知らないが、ロングコートに付着している血液を見る限り、サボっていたわけではないようだ。
「さて、後は残りを掃除するだけね」
利奈はそう言うと、酒瓶を腰に戻し、刀を抜き放つ。
相変わらず困惑していた一行だが、天井が砕ける音と共に身構える。
落下してきたのは、九匹のキメラと、一回り大きな一匹のキメラだった。どうやら、今の今まで眠っていたのか、全員偉くご立腹のようだった。
恐らく、この大きいのがキメラ達の親玉であり、その周囲のがその取巻きだろう。能力者達が突入した事により、今更ながら目を覚ましたようだ。
てっきり、全滅させたとばかり思っていた一行は一瞬驚くが、慌てて武器を抜いた。
それを利奈が手で制す。
「こいつら、通風孔の中にいたのよ。だから今の今まで姿を現さなかった。まぁ、ここで全員仕留めるから同じだけどね」
利奈は、刀を肩に担ぐようにして持ちながら、話している。そして、半身振り返り。
「アタシが全部殺っとくわよ。アンタら疲れてるでしょ?」
言うと同時に、走り出した。
手近な一体の頭を刺し貫き、そのままぶん投げる。
その亡骸に押し倒された二匹に素早く駆け寄り、人形の首でも切り落とすかのように安易に掻っ捌く。
刀を振りぬいた利奈の周囲には三匹、それぞれが絶妙のタイミングで剣を突き出す。普通ならばまず避けられない、だがその攻撃が来るのを知っているのならば話は別だ。
そして、利奈はその攻撃を『知っていた』。
振り返りもせずに踵を振り上げ、背後の剣を打ち落とし、左右のキメラは刀の一閃で肉塊と化す。そのまま振り返り、背後のキメラの首の切り落とした。
そこへ四匹のキメラが奇声を上げつつ突き進んでくる。だが、それにも冷静に対処した。
一匹目は剣を振り切る前に急所を断たれ、二匹目は一匹目の血で視界がふさがった所で首を切り落とされる。三匹目はなんとか攻撃するも、やはりその『知っていた』かの動きに翻弄され、アッサリ絶命。最後の一匹に限っては、逃げようとした所を頭から股下まで刺し貫かれた。
残りは、親玉一匹。思わず後ずさるキメラに利奈は‥‥。
「あ〜、なんかめんどくさ」
銃を抜き放ち、頭をぶち抜いた。
●駒
仕事が終わり、一行は手近な居酒屋で打ち上げをしていた。
「‥話してくれれば、最初から合わせたのに‥もっと上手く、出来たはず‥」
目の前のコップを突付き、鐘依は軽いため息と共に呟いた。
人質が何故脱出していたのか。手引きしたのは当然利奈である。
まず、先に入った利奈は適当にキメラを処分して人質の部屋まで到着。その後、人質を自分が通ってきた道に誘導、護衛をしていたのだ。
人質がいたと言う六階までには階段が三つある、スピードを重視して行動していた一行とは別の階段を通る事によって、密かに事を進めることができたのだと言う。
ちなみに、下層にばかり敵がいたのは、利奈が敵をちょっとずつ逃がしながら戦闘を行っていた為、マンション全体に広がっていた殆どの敵を下層に集める事ができたのだと言う。そして、集めたキメラはLHの一行に処分させる、完璧なシナリオだ。
遠石は利用された事に腹を立てているようだったが、結果が完璧だった為に言い返すことも出来ない。それは遠倉も同じだった。
夜桜は利奈を手当てしようとしたが、本当に傷一つ無かったので少し驚いていた。それでも、傷薬を渡したのは彼ならではの優しさだろう。
「本当に、そこまで有用な考えを持っていたのだと分かっていたら、彼女をもっと信頼出来、やがてはめくるめく恋の世界に‥‥」
相変わらずの冗談を言っているのは佐竹、彼もまた駒として扱われた事に腹は立てていないようだ。
「しっかし、アンタとは良く会うわねぇ。これはディスティニーってのを感じても良いかもね」
比企から分けてもらった日本酒を飲みながら、利奈は周防の背をバンバンと叩く。酔っている様に見えるが、全く酔っていないようだ。
「や、やはりお強いですね。おかげで助かりまし‥」
「アタシは何もしてないわよ、実際頑張ったのはアンタらなんだしね」
周防の心からの賛辞にも利奈はそっけなく(?)返す。
それらのやり取りを再び眺め、
「‥紅獣、か‥世界は広い、な‥」
鐘依は、疲れたような顔で、ポツリと言った。