タイトル:【紅獣】悪戯か親切かマスター:中路 歩

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/01/20 11:12

●オープニング本文


 街から少し離れた場所‥主に色々なイベントなどの用途に使われる広場があった。実際その場所は予約をしないと使えないのだが、誰も使用していないどころか殆どの人間が起きてもない早朝ならば使用しても問題は無い。
 この時期の朝は寒い‥地域によっては氷点下にまで及ぶ事もある。
 だが、氷にとって冷たさは無縁のモノ。【氷人形】の異名を持つ残間 咲(gz0126)に取ってはさして気になる温度でも‥無い事は無いだろうが、その辺はしっかりと耐え、彼女は一人広場の中央に立っていた。

「‥」

 咲は両手にをダラリと下げ、目を閉じたままジッとしている。完全に気配を絶っており、もしこの場を人が通りかかったとしても彼女を視界入れない限り気づく事はあるまい。

「‥」

 彼女はピクリとも動かない。既に三十分以上は経過している‥。

「っ!」

 唐突に、彼女の周りの地面からボコリと何かが現れた!
 その正体を誰何する前に、咲は行動を開始している。左足を軸足にその場を180度回転したとき、両手にはいつの間に握られていたのかナイフが収まっていた。そしてそれを体の回転運動に乗せるように『何か』に放つ!結果は確認しない。二本のナイフが空を裂いているときにはもう彼女の姿はその場に無い。『何か』の背後に回りこんだ咲は再びどこからか取り出したナイフで『何か』の喉を掻き切る!そしてその動きのまま左後方にナイフを投擲した。まだ動きは止まらない!掻き切った『何か』を踏み台にしてかなりの高さへ跳躍、そのまま両の腕を交差し‥放つ!都合十本の銀の煌きが朝靄と冷気を引き裂き、次々と『何か』に突き進んでいった。

「‥」

 地面におり立った彼女は息一つ乱していない‥だが、明らかに不満げな表情である一点を見つめた。最初は靄の影響で何も見えなかったのだが、誰かが駆けてくる足音とともに次第に輪郭がはっきりしていく。

「凄いよ咲〜♪ 本当に病み上がりなの〜?」

 キャピキャピと喜びながら走ってきたのは、紅獣の雑用係、零(gz0128)だった。
 そして周囲に転がっている『何か』は、零が開発した『戦闘訓練用ゴム人形(材質低価格)』である。相変わらず変な所に利点がある零なのだ。

「目標に全部命中しちゃってるし、完全殲滅時間もすっごい‥」

「いえ‥」

 その賞賛を退け、咲は一つのゴム人形へと向かう。そして、片手でそれを持ち上げた。

「見てください‥この標的に刺さったナイフは微妙に急所を外しています‥。それとあそこの二体‥心の臓の位置を破れてはいますが、あの程度の浅さでは死ぬまでにまだ十数秒かかります‥そしてこの人形‥一見喉を裂いているように見えますが‥」

 零からすると十分凄いのだが、咲に取っては大不満らしい。
 しかし、ここから先は戦闘能力に劣る零で如何ともしがたい‥他の紅獣メンバーは皆依頼で出かけてしまっており(非常に珍しい事に利奈も出ている)、今咲を手伝えるのは零だけなのだ。

 と、妙案でも浮かんだのか、零が急に嬉しそうに‥そして少し悪戯めいた表情になる。

「うーん‥だったらさ、普通じゃない訓練してみる〜?」

「普通じゃない‥?」

「そだよー、ちょっと待っててね、私に良い考えがあるから〜♪」


●当日午後

 紅獣から本部へ、なにやら変な依頼が提示された‥。
【私たちの仲間である『残間 咲』とデートしたい人はいるかなー? 勿論、恋愛目的じゃなくてぇ、普通のショッピングとか遊園地とかゲームセンターとか、つまり『遊びに行く』だねー。これは雑用係である私、『零』の依頼だから、勿論報酬はだしちゃうよー。
 あ、でも咲は普通の女の子の遊びとか知らない‥というより、知ってるけど経験はないと思うから。取り扱いには注意してねー。
 ‥えっと、追記追記。恋愛目的じゃないと書いたけど、狙っている人がいるなら‥むふふ〜♪ 性別問わずだよー】

 基本的に、犯罪に関与するとか変な依頼でない限り(これも十分変かもしれないが)承諾はしている本部である。一応、傭兵達に公開してみることにした。



 その日の夜、依頼の確認のために電話を掛けて来た本部の人間からこのことを聞いた咲は、大変驚いたそうな‥。

●参加者一覧

ベーオウルフ(ga3640
25歳・♂・PN
藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
カルマ・シュタット(ga6302
24歳・♂・AA
フォビア(ga6553
18歳・♀・PN
旭(ga6764
26歳・♂・AA
アンジェリナ・ルヴァン(ga6940
20歳・♀・AA
ヒューイ・焔(ga8434
28歳・♂・AA

●リプレイ本文

「‥なんだこの依頼は‥」

 本部でこの依頼を見つけたとき、そう呟いたのは藤村 瑠亥(ga3862)だけではあるまい。少なくとも、残間 咲(gz0126)と直接面識のある者は目を疑っただろう。
 残間と能力者達、それぞれがそれぞれの思いを秘めて、楽しい(?)一日が始まろうとしていた。


●集合場所:水族館の前
 八人の集合場所は水族館である。その理由は単純で、最初に水族館に行くからだ。
 集合時刻より少し早めに来ていたLH組は、今回の主賓が歩んでくるのを見つける。時刻はピッタリ、彼女らしいと言えば彼女らしい。

「あ、咲さん。こっちですよー」

 旭(ga6764)は素晴らしい笑顔で手を振る。『残間さんを楽しませてみたいっ!』と言う純粋な目的がある彼は、この依頼を精一杯楽しむつもりである。それに対し、咲は殆ど無感情に片手を挙げただけだ。
 やはり、この依頼自体が不満のようだ。それでも足は止めず、皆の集まっている所へと歩を進めてきた。
 まず声を掛けたのは、初対面となるベーオウルフ(ga3640)だ。

「はじめまして」

 簡潔な文章だが、それだけに当たり障りの無い無難なものだ。
 今の挨拶の通り咲とは初めて出会う彼だが、過去の報告書にはいくつも目を通しているらしい。今回は咲を楽しませる本来の目的とは別に、何かあるようだ。

「明けましておめでとう‥今年も宜しく」

 フォビア(ga6553)も新年の挨拶を述べる。
 彼女の場合、この挨拶は形式染みたものでは無いのかもしれない。咲と初めて会った時から始まり、今現在までさまざまな出来事を彼女は経験している。それらは彼女にも何らかの変化を与えているだろう。
 少なくとも、咲の背中を見て自然に綻んでいる顔を見るだけでも、親しみと言う変化は生じている。

 咲と同じく、遊びに行くと言う概念に慣れていない女性が一人。アンジェリナ(ga6940)である。

「怪我はもう治ったようだな。今回は気晴らし‥という奴か? 私にはよく判らないが」

「‥私にも判りません‥零にでも聞いてください‥」

 そっけない態度にも見えるが、咲自身も本当に判っていないのだろう。

 何はともあれ、面子は揃った。あらかじめ用意してあったチケットをそれぞれに配布し、八人は水族館の入り口に向かった。

●水族館
 そう巨大な水族館と言うわけでもなかったが、その規模は予想以上に立派だった。

「へぇ、すっげぇな」

 大水槽を覗き込みつつ、ヒューイ・焔(ga8434)は感嘆の声を漏らした。中には多種多様の魚が存在しており、通常ではお目にかかれないような種類まで泳いでいる。

「なぁ確か咲って魚が好きって情報があったよな。この中から美味そうな奴を譲ってもらうことは―」

「出来ないと思いますよ、さすがに」

 ヒューイのその言葉が本気か冗談かは定かでないが、恐らく冗談だろう。たぶん。
 その冗談だろう言葉に返答したのは、横に並んで魚を目で追っていたカルマ・シュタット(ga6302)だ。

「それにしても、水族館なんて何時以来でしょうか。昔は家族で来ていたものですが‥」

「まぁなぁ、ここ最近のご時勢じゃ中々来られないし。いい機会だったと思うぜ、今日は」

「えぇ、そうですね」

 カルマは答えながら、入り口で貰ったパンフレットを見ていた。ヒューイもそれに気づき、横から覗き込む。
 彼が見ていたのは『ショー』の項目だ。どうやら、一時間後に『イルカショー』があるらしい。

「イルカショーか‥咲たちを誘ってみるのも良いかも知れないな」

 更に後ろからそのパンフを覗き込んでいた藤村がつぶやいた。現在彼は重症状態で、療養も兼ねてこの依頼に参加している。だが、やはり彼もこういう経験が少ないらしく、移動速度も嫌が応に若干低下するため、少し後ろからゆっくりと見て回っていたのだ。
 その傍らには、付き添いとしてベーオウルフもいる。

「ん、そう言えば咲達はどうした?」

「あぁ、それならフォビア達の方に‥」

 ヒューイは苦笑しながら、今自分たちが立っているの位置から少し離れた、大水槽の隣にある大小の水槽が多数展示されてあるスペースを指差した。
 そこには、張り切っている旭と楽しんでいるフォビア。そして二人の雰囲気に引っ張られているアンジェリナと咲の姿があった。

「綺麗だな‥。アンジェリナさん、咲さん、こっち‥。‥この魚、とっても綺麗だよ」

 どこと無く美しさに魅了され周りが見えていない様子のフォビアである。
 言われるままに覗き込む低テンションの二人。確かに、美しい魚だ。
 そこへ、今度は背後から声が掛かる。

「うわぁ、見てくださいよ。大きな水槽だなぁ、昔は僕もよく水族館に来てたんですよ、実家の近くに水族館がありましてね」

「そ‥そうか、それは良かっ―」

「あ、マンボウだ。凄いなぁ、僕マンボウ見たかったんです」

 旭は嬉しそうにニコニコしながら大水槽を見上げている。こちらもこちらで若干周りが見えていないようだ。
 アンジェリナはどう行動すべきか迷い、とりあえず旭の方へ集中しようとする、が、またもや後ろから声がかかり、咲ともどもフォビアの指差す水槽へと歩いていく。

「‥この魚はね、ダイヤモンドレインボーって言って、名前の由来は黒い縁取りのある鱗の光沢をダイヤモンドのブリリアントカットになぞらえたもので―」

「博学だな、フォビアは。ところで―」

 アンジェリナの言葉は再び中途で途切れる。

「あ、三人とも見てくださいよ。ジンベエザメですよ。とても大きくて海獣みたいですけど、とっても温厚な―」

「‥二人とも、今度はこっちの―」

「大きなエイだなぁ、こんな大きいの―」

 もはや黙り込んで指差されるままに体を動かしている二人を遠目に見ているカルマたちは、少しおかしくて笑ってしまった。

「中々面白い光景だな、写真でも撮っておこうか」

 ベーオウルフはそう言いながら、皆に話を振る。

「いや、それは流石に不味いだろ」

 ヒューイはそう言いながらも、楽しそうだ。

「そろそろ、助けてあげましょうか」

 カルマはショーのパンフを持ちつつ、四人の下へ歩いていった。

●二時間後:町の公園
「いやぁ、中々に面白かったですね」

 先の四人についてではなく、つい先ほど終わったイルカショーについてのコメントだろう。カルマは満足げに頷き、皆で持ち寄った食料の一つであるベーオウルフの唐揚げを口に運んでいた。
 殆ど全員楽しめたとは思うのだが、アンジェリナと咲の二人はそれとなく疲れているようだ。

「あ、おい。あまり俺のを食べるなよ、みんなの分だからな」

 カルマの一番近くにおいてあった弁当がベーオウルフのもののせいか、結構な量の唐揚げが減っていた。カルマはすまなそうに苦笑しつつ、自らのチャーハンを差し出す。

「遠慮しないで、好きなだけどうぞ」

「あ‥あぁ、ありがとう」

 ちょっと複雑な表情だったが、一口目の後は無言で食していたため、おいしかったのだろう。

「で、どうだ咲。俺の持ってきた鯵の塩焼きは」

 ヒューイは咲が自らの弁当を摘んだことを確認し、様子を見る。
 弁当箱の下の段にまだ加熱処理のされていない石灰を少々と水の入った袋を入れ、食べる前に水と石灰を混ぜる事で石灰を発熱、その工夫のおかげで彼の弁当はとても温かい。
 咲は口に運び、租借して、嚥下した。

「‥普通です‥普通に食べられます」

 つまりはおいしいと言う意味だ。
 フォビアもその反応を見て、自らも口に入れる。おいしかったのは、その表情を見ただけで判るだろう。

「女の子が好みそうな場所って知らないからさ、せめてこれくらいはな」

 ヒューイは少し嬉しそうに言った。

 アンジェリナは知人から持たされた弁当を黙々と食べている。男性もいるので量は大目なのだが、皆が皆大量に持ち寄っているため余ってしまうかもしれない。
 それでは知人に申し訳が立たないため、黙々と実はがんばって食べていた。

「あ、咲さん。サンドイッチからトマト除きましたね!」

 旭の叱責(?)に、咲は一瞬停止する。が、すぐに何事も無かったかのように食事を再開した。彼女は、トマトが苦手である。何時の間に行ったのか、他のサンドイッチに除いた分のトマトが挟まっており、下手をすれば気づけなかったごまかし方だ。

 しばらく経ち、食事にひと段落着いたころ。藤村が咲に改めて向き直る。

「この前の依頼時は俺のやりかたが拙かったせいで気絶させてしまい、すまなかった」

 どうやら、この前の依頼の謝罪のようだ。だが、当の咲は食後のお茶を啜りながら、淡々と述べる。

「別に気にしてはいません‥。あの場合では、仕方が無かったでしょう‥」

 そのいつも通りの言葉に、藤村は苦笑した。そして、頭の包帯を撫でる。

「今回は逆の立場か」

 その後、食事を終えた一行は色々と買い物を回る事にした。
 咲に合わせての行動なので、自然と行く店は決まる。そう、武器屋だ。
 SES製の武器は置いていなかったが、咲は何を基準に決めているのか、かなりの量を購入していた。アンジェリナも今回は少しだけ積極的で、刀について自らの持てる限りの知識を話していた。
 旭は購入した武器を持つと進言したのは良いのだが‥量が半端なく、かなり苦労したと言う。

●温泉施設:風呂の前の運動
 日も大分落ち、彼らは温泉に入るためにその施設に到着していた。気温も下がってきたため、さっさと入るのが賢明なのだが‥咲、ベーオウルフ、カルマの3人だけ、庭先を借りて外にいた。
 その理由とは‥手合わせである。本来ならば最後に行いたかったのだが、天気予報にて雨が降るとのこと‥先にしておく事になったのだ。

「行きますよ‥!」

 カルマは槍に見立てた木の棒を操り、咲に攻撃を仕掛ける。片や咲もナイフに見立てた短い棒を持ち、打ち合わせる。流石に公共の施設内で武器を振り回すのは不味い‥との配慮である。

 付き出され、振り下ろされる長い棒。
 流し、隙を見出し襲い掛かる短い棒。

 互いに軽く流す程度の運動だったので、それはすぐに終わった。

「今のは‥栄流の‥?」

 今回カルマは、以前依頼に同行した紅獣メンバーの一人である『清総水 栄流』の槍術をまねていたのだ。流石に完全にまねることは難しいが、咲は判ったらしい。

「えぇ、少しこれを試してみたかったのですよ」

 カルマは満足したように棒を壁に立てかけ、「冷えますから早く戻るように」と言い残し、屋内に戻っていった。
 次は、ベーオウルフの番である。

「良く言えば効率的、悪く言えば単調」

 ぼそりと彼はつぶやく。

「攻撃が急所に集まり過ぎている、それゆえ攻撃の組み立てが読みやすい」

 木の棒を構え、ベーオウルフは過去の報告書から推測した咲の弱点を述べているのだ。

「戦闘は本来1手で終わるものではない、咲が強いために同格以上との戦闘経験が少ないことからくる欠点―」

 凄まじい光が、辺りを満たす。
 かつて、『【紅獣】殺戮の氷人形』で使用した不意打ち攻撃、閃光弾だ。
 これについては対処を行っていなかったので、彼の視界は塞がれる。

「生憎、私もナイフ一本でやっていけるとは思っていませんよ。それに、同格以上の戦闘経験が浅いと言うのも間違いです」

 そういい残し、彼女は一人で屋内に戻っていった。
 まだ晴れぬ視界で、彼はやれやれと呟いた。

「俺の見当違いだったか‥」

●温泉
「いやぁ、極楽極楽♪」

 ヒューイは露天風呂に浸かりながら、しみじみと言った。温泉の良さは人種を問わなく伝わるものだ。

「それにしても、今日は雨が降るそうですね‥花火用意したのですけど、ちょっと残念です」

 雲が濃くなり、星どころか月明かりまで遮ってしまっている。旭は残念そうに、温泉をチャプチャプと泳いだ。

「咲さんの笑顔、結局見れなかったなぁ」


●解散後:剣士の問い
 本来ならば、宴会のあと遅くまで花火で盛り上がる予定だった。しかし、生憎の雨‥それも大雨の影響で、少しだけ早い解散となってしまっていた。
 咲は零が車で迎えに来るらしく、一人施設に残る。他の面子は高速艇の便に乗るため、その場で別れる事になった。

去り際に、藤村は言った。

「俺は一人だが、お前には紅の獣という仲間が、友がいる。その仲間と、たまにこういうことをするのも、たとえ無価値なことでも、それは‥存外楽しいと思うぞ?」

 答えは期待していなかった彼だが、その背に咲は呼びかける。

「私は、無価値だとは思っていませんよ‥そして仲間の大切さに気づいているあなたならば‥すぐに、一人ではなくなるでしょうね」

 藤村は、振り返らなかった。

 どれだけ時間が過ぎたのだろう。何時になっても、零が来ない。
 仕方なく、走って帰ろうとして‥雨の帳の中、誰かが立っていることに気づく。
 アンジェリナだ‥しかも、覚醒している。傘もさしておらず、ただ咲を待っていたかのようだ。

「疲れは‥‥あるか?」

 咲と行った依頼は共にどちらかが負傷していた為に咲の実力を目にできないで居た。
 そのため自らの剣でそれを知りたい。

「‥いえ」

 咲もまた、覚醒する。

「私と真剣に一戦願いたい。フォビアの目指す者、強いと呼ばれる者、その実力を私はまだ知らない」

 アンジェリナは、二本の小太刀を抜いた。
 咲は周辺に誰もいないのを確認し、手品のようにナイフを手の中に出現させた。

 雨の帳を引き裂き、両者は激突する。
 お互い得意は速さ。実力は咲が上と知っていても、アンジェリナはスタンスを変えない。
 そして勝負のときは来た。
 咲がナイフを正面から投擲しつつ、一瞬で背後に回ってきたのだ。見事な手腕、華麗な動き。だが、アンジェリナは読んでいた。いや、この瞬間のみを待っていた。

 投擲されたナイフには目もくれず、素早く上半身を捻り、振り向きざま背後へ一閃!

 回避できるタイミングでは無かった。当然だ、アンジェリナもこの一瞬に賭けているのである。
 だが‥その答えは、顎下から突き出される切っ先だ。

「‥得意手段だからこそ‥読まれる事は常に想定済みです‥」

「‥なるほど」


●傍観者
「それで、結局零さんの真意は何?」

 迎えの車の中で、フォビアと零は一連の流れを見ていたところだった。

「精神的な意味での余裕が無さそうだったから、争いから一時的に避けたかったんだけど‥まぁ、結果オーライかな」

 零は笑いながら言って、車のキーを回した。

「だって咲、いつも通りの動きにちゃんと戻ってるもん。みんなのお陰だね」


●氷は温もりに包まれて
 後日、旭の下へ一枚の写真が届いた。
 送り主はヒューイ、この写真は全員に届けているものだと言う。

「あっ‥」

 光景は最後の宴会時。タイマーセットで、上手く全員を撮ったモノだ。
 そしてその写真の一番後ろで――カメラ以外、誰も咲に目を向けていない刹那の瞬間。
 
 小さく、本当に小さかったが。咲は、小さく笑っていた。