●リプレイ本文
「わざわざこんな時期じゃなくて、事情を話して来年の夏に回しても良かったんじゃないかね、コレ」
と言う恐らく誰しも思っているであろう言葉を呟いたのは御薙 詩音(
gb3528)だ。それでも、せっかくなので楽しもうと言う気持ちもまた皆同じだろう。
街の人々の歓迎姿勢は、それは凄いものだった。
街の入り口には『おいでませ、ラスト・ホープの傭兵様がたご一行!』とド派手かつ煌びやかな配色で書かれた文字にの周囲に金粉まで撒き散らした巨大な看板が立っており、街の皆さん老若男女総出で整列をしていた。その光景はありがたいと共に、少し不気味だったりする。
「っ‥!」
老若男女と言う事は勿論『男』も含まれる。事情により『男』に対する極端なトラウマのあるひなた(
gb3197)は義理の親である武藤 煉(
gb1042)の後ろに隠れた。それを苦笑しつつ見、頭を撫で様としたが‥やめる。そのトラウマは、武藤に対しても多少緩和されているくらいで例外ではないのだ。ただ、ひなた自身はそれを克服するため、あることを画策していた。
●寒き海での個々の思想
「海は本当に久しぶり‥たとえ冬でも楽しまなくちゃ!」
5mmの極圧ウエットスーツにグローブ&ブーツで防寒完備。そして今では珍しい9フィートのロングボードを引っつかみ、絶対に寒いであろう真冬の海に向かって椎野 のぞみ(
ga8736)躊躇なく駆け出した。
「よっしゃー! うみだぜー」
更にその後ろから同じく大はしゃぎのエミル・アティット(
gb3948)、クリム(
gb0187)、青海 流真(
gb3715)、が続いていた。
「‥いや、今海に入ると本気で危ないって‥」
というイスル・イェーガー(
gb0925)の慮った言葉は、彼女達に届かない。届いたとしても言う事を聞くとも思えないが‥。
イェーガーの傍らで、絵を描くために画材道具を広げつつあった美環 響(
gb2863)は、苦笑しつつ極寒の海にダイビングした三人を見つめた。内クリムは浅い所に飛び込んだらしく、少し痛そうにのたうっていた。
「季節外れの海水浴を、同じく季節外れの芸術で楽しむ‥ちょっと微妙ですかね」
と、一人苦笑。そして画板を持ちその場に座り込み、すぐ横で心配そうに‥主にアティットの暴走を心配しつつ海を見つめているイェーガーを見上げる。
「ですがどんな時期に描こうとも素晴らしい絵を完成させることは出来ます。だから、この時期でも海水浴が楽しいのはおかしいことでは無いでしょうね。健康関連を除き、ですが」
「‥そんな物なのかな‥?」
納得したわけでは無いだろうが、とりあえずは様子を見ておくことに留めるようで、彼自身もドッカリとその場に座り込んだ。
「そんな物そんな物。もうちっと肩の力抜きなって」
いつの間に背後に出現していたのか、流木などの薪を抱えてるまひる(
ga9244)が立っていた。彼女自身はクリム自身と行動を共にするつもりで、暖の為の薪を集め終わったらレッツダイビングする予定である。無論寒いのは承知の上だが、クリムはまひるの事を『中毒的病的に溺愛』しているので、彼女はそれに応えているのだ。
「ほら、なんだかんだで楽しそうじゃない。おねーさんも早く混じりたいよ」
ウキウキしているまひるの指し示す方向を向くと、波を探しに行った椎野を除き、三人揃ってワイワイ遊んでいた。
「いっくよー!」
レンタルしてきたビーチボールを、青海が緩く打ち上げる。少し風が強いので若干煽られたが、それでもアティットに向かった。
「よっし、行くぜクリム!」
大胆にもこの季節でビキニを着用している彼女、それでも尚大胆に大跳躍を行う。グラップラーならば多少の水の抵抗があってもそれなりに飛ぶ事は出来るのだろうが、寒くないのだろうか。とにかく彼女はそんな事を微塵も感じさせず、強烈なスマッシュを放つ。
「こ‥来い! っぁ!」
ボケ属性の面目躍如。
クリムは思いっきり顔面キャッチを行い、海下に沈む。
砂浜ギャラリー三人組の反応は多種多様だ。イェーガーはアティットの早速の行動にため息をつき、美環はポーカーフェイスを保ちつつもしっかりとその場を描写し、まひるは元々予想していたらしく「あらら」の一言で終わっている。
「ちょ‥大丈夫!?」
元より泳ぎの自信がある青海。迅速にクロールで沈んだ位置に到着し、抱き起こした。当の患者は既に慣れてるのか、苦笑いをしつつ自力で起き上がる。
「すまない‥アティットさんのすまっしゅとやらは強烈だな」
「ごめんごめん‥でも、ちょっとビーチボールやるには風が強いかな。ちょっと、あの岩場まで競争しようぜ」
切り替えの早い女性陣。
軽く水面下で脚を解しつつ、青海が自信ありげに言う。
「言っとくけどボクは結構速いからね。終わったら、まひるさんの焚き火で温まろうか」
それぞれが異論なしと首肯し、実際どの岩のことか判っているのかは定かではないが、一応同じ方向に三人は全力で泳いで行った。
もう一度言っておこう、今は冬だ。
少し離れて開けた場所。岩場も少なく砂ばかりで、動き回るには中々に適した場所と言えた。
その場所で、木が打ち合う音が何度も木霊する。
榊兵衛(
ga0388)と榊 刑部(
ga7524)の兄弟である。二人はさすがにこの海で泳ぐ気力は無かったが、折角誘われたのでと来ている面子だ。
「砂浜の上での鍛錬は足腰を鍛えるのにちょうど良いからな。休みを利用して稽古に来た上で宿泊費がただとなれば儲けモノと思えば、十分来た甲斐があるというものだ」
と、兵衛は話していた。
確かに、海に来たからと言って海に入る義務も無い。冬の海には冬の海なりの有効活用方法があるだろうし、この兄弟は正にそれを実践しているとも言える。
木製の槍と刀がぶつかり、離れる。再び鍔競り合い、互いに流し受け、避け反撃を試みる。一瞬の隙を見出し、一部の隙を与えない。鍛錬と言えど気を抜くわけには行かず、二人は半ば本気で打ち合っている。
と、そんな中に少し離れた位置のアティットや青海たちの楽しそうな声が聞こえてきた。仕方ないと言えば仕方ないのだが、互いに大きく相手の武器を打ち払い、距離を取った。
「他の仲間が遊んでいる最中に二人だけ鍛錬をしているのはものすごく浮いている気がしますが‥まあ、我々は共に武人ですからね」
「確かにそうとも言えるが‥武人と言えど休息は必要だぞ。無理に遊べとは言わないが、常に緊張状態でいると疲れないか?」
鍛錬には緩急つけることが必然‥そう思っている兵衛は苦笑交じりに述べる。だがそれに対し刑部は一瞬ムッとし、木刀を構えなおした。
「日常とは常に修行の場、気を抜いていては腕がなまってしまいますよ‥隙あり!」
言い終えるや否や大股で間合いを詰め、下段からの鋭い切り上げを行った。やれやれ、とため息をつき、兵衛をそれを受け、反撃を放った。
その二人や、クリムたちの空間が『動』の空間ならば、この場所は『静』の空間だろう。砂は少なく、向きだしの岩がゴロゴロしているある意味では危険地帯。しかし、ここ一帯は良く魚が集まるらしく、地元でも良く利用されている絶好の釣りスポットなのだ。
そしてその『静』の空間には、三人の男女がしっぽりと緩やかに流れる時間と潮風を満喫している。
「このような時もよいものだな、カララク‥」
冥姫=虚鐘=黒呂亜守(
ga4859)は釣竿片手に、傍らの恋人にもたれ掛かった。
「ん、そうだな。できるだけ長くこうして居たい‥」
その恋人、カララク(
gb1394)も微笑みつつその頭を優しく撫でる。
元々、この休暇依頼には冥姫が誘った物であり、カララクはないよう云々以前に即決している。だが、やはりこの場に来て呟いた一言は大抵決まっている。
「‥寒いな、やっぱり‥」
であった。その実、彼は結構寒がりであるし、泳ぎも苦手だ。その両方の負要素が加わっている『冬の海』には無縁な性質とも思えた。
一方冥姫は、『今回の旅行に関しては、冬の海も風情と言うものがあって悪くはない、か』程度の認識持ち合わせておらず、暑さ寒さに対してもかなりの耐性があるようだ。当たり前だが、誘った彼女に悪気は無いし悪い事もしていない。
それに、二人のラブパワー(?)のおかげか、次第に寒さも気にならなくなってくる。が、逆にそのラブパワーのおかげか魚も釣れていない。
両者のクーラーボックスは現在、ただの空き箱と化している。
それともう一つ、この場にはもう一人いる。
「風邪を引かなければ良いのですけど‥」
クリムや青海が泳いでいる場所を遠目に見つつ呟いたのは水無月 春奈(
gb4000)であった。
彼女のクーラーボックスはカップル組と反して、ちゃんと役目を全うしている。水無月が何気なくぽんと釣り糸をたらせば、大抵五分以内には引っかかり、夕食の食材となっている。
初めのうちは気にしていなかったカップル組だが、やはり気になってしまうのは必然だ。
と、急に冥姫が釣竿をその場に置き、トサリと服を脱いだ。無論変な意味ではなく、その下に来ていた水着を使用するためだろう。
とりあえず静観していたカララクと水無月。それを尻目に黙々と今度は『潜水タンク』の装着を始めた。そして軽く準備体操をし、一歩踏み出す。
「‥よし、ここからが本気だ」
「ま‥待ってください」
すぐにカララクが冥姫の肩を持って引きとめ、水無月が前に出た。
「幾ら能力者と言いましても、下手をすれば溺れてしまいますよ。今水温幾つだと思っているのですか」
「問題ない。彼女達も泳いでいるだろう?」
「止めてくれ。大丈夫なのかも知れないが俺が心臓に悪い‥」
「しかし‥‥‥わかった‥」
やっとの事で冥姫が諦めたとき、カップル二人の釣竿が大きく揺れた。
同時刻、少しはなれて露天風呂。
能力者達が泊まる施設は街の中では一等地に存在しており、露天から見える海が絶景だった。
「やはり、入るなら露天ですよね!」
まず銭湯で日ごろの疲れを癒やそうと、真っ先にこの場にやってきたのはファーリア・黒金(
gb4059)である。中々に広い湯船に浸かり、海側の景色が一望できる位置まで泳いでいく。その動きは実に軽快だ。
「いや、冬に銭湯というのは納得できるのだがな‥あとで皆と入ればよかろうに」
その後ろからやってきた御薙はぽりぽりと髪を掻きながら、ゆっくりと湯船に浸かる。
風呂に入るので当然服は脱いでいるのだが、それでもほぼ常に咥えている棒付きの飴はしっかりと保持していた。
実際、彼女はこの時間帯に風呂に入る予定ではなかったのだが、黒金が銭湯に向かう途中に出くわしてしまい、流れ流れて一緒に入る事となったのだった。面倒くさがりやだが同時にお人よしの彼女である。
「それより見てくださいよ! こんなに寒いのに皆海で泳いでいるんですよ! 凄いですけど、心臓麻痺にならないかが心配ですっ!」
「あー、どうだろうな。まぁ、その辺は自己調整でどうにかなるだろう」
アグレッシブな黒金にただ静かに湯に浸かる御薙。
ある意味では、凸凹コンビだ。
「やっぱり、ここは応援してあげるべきですよね! ね! 御薙も一緒にどうですっ!?」
「丁重に断らせてもらおうか」
と、やはりテンションの違う会話が繰り広げられている中、不穏な影がうごめく。
――‥行くぜ‥悠久のシャングリラへ‥――
コードネーム・HHはオペレーション第一ステージ『ゆりかご』からゆっくりと歩を進める。ターゲットは露天にいるのだから現在の位置で多少物音を立ててもバレはしないだろうが、万が一発見された命が危うい。これは、難易度の高いオペレーションなのだ。
フルフェイスガスマスクを装着しているHHの表情は伺えないが、恐らく緊迫し、切迫した表情なのは言うまでも無い。
内部銭湯に標的の姿は無い‥やはり、両者とも露天にいるらしい。マスクのレンズが曇るのに四苦八苦しつつ、遂に彼は露天への扉をゆっくり開いた。
丁度そのとき。
「皆さん! がんばってくださーーい♪」
黒金が、立ち上がり、身を乗り出したのだ。
無論、HHには予想外のラッk‥ではなく、予想外の事態だ。動揺を隠せず、足元の洗面器を蹴っ飛ばしてしまう。
「何者!」
よく分からないが一瞬真剣になる御薙。素早い動作で手近な桶を引っつかみ、躊躇無くHHのいる位置‥露天風呂と内部銭湯との境扉にぶん投げる。
だが、それは喧しい音を立てただけで、手ごたえは無い。
「どうしました?」
満足したのか、再び湯船に浸かって不思議そうに小首をかしげる黒金。御薙はそっけない返事をし、その扉に一瞥ををくれた後、再び湯に浸かった。
HH、一体何者なのだろう。
椎野 のぞみ。
彼女がこの極寒(?)の海でサーフィンをする理由‥それは‥。
「そりゃ人少なくて悠々波乗りできるから!」
というシンプルかつわかりやすい理由だった。
だが、その波を求める眼差しは真剣そのものであり、決して海を舐めてはいない。彼女漁師の娘であり、海の女とも言えるだろう。
かつては、地元にある低温の海に、友人と共に波を制覇していった物だと言う‥たかが寒いだけの海、冬に素潜りであわびなんか取っていた彼女にとっては普通の波乗りプールと同じ‥かもしれない。
波を求めて、既に何分経過しただろか。
一時間以上経った気がするし、まだ五分も経っていない気もする。海は、時間を狂わせる。
やがて‥彼女が待ち望んでいた波が来た。
波は彼女を飲み込まんと、彼女は波を押さえ込まんと。
両者は衝突した。
まず緒戦を制したは椎野だ、上手く波を抑え込み、我が物としている。だが波も黙ってはいない、海原の奥深くに引きずり込もうと波を荒立てる‥だが、ボードに守られた彼女にその手は届かない。
良い波だ‥椎野は海の声を感じていた。
そう、今ならいける。今なら、高度な技も成功する気がする!
彼女は意を決し‥その一歩を踏み出した!
スリーシックスティー。それが、彼女の成功した技である。
●達成感と疲労感
「うんうん、やっぱりボクが一番だったね」
まひるが持ってきた薪で作った焚き火を囲みつつ、青海は暖かい豚汁(地元の人たち提供)を誇らしげに啜っている。その少し離れた位置ではアティットが同じく豚汁を啜っている。ゴールの岩を明確に決めていなかったのもあるかもしれないが、青海の水泳速度は本当に速かった。
「本当ならスイカ割りもしたかったんだけど、流石に用意できなかったね」
青海はそれに関してはちょっと残念そうだが、すぐに思い直して豚汁のお代わりを頼んだ。
「それにしても、クリムはどこまで行ったんだ?」
アティットは傍らのイェーガーに(濡れたまま)もたれ掛かりながら海を見つめる。
やはり何か事を起こすのは彼女らしい。クリムは結局どこまで泳いで行ったかが判らないらしく、現在行方不明である。
まぁ、彼女も能力者だ。行き成りキメラに出くわしたりしない限りは大丈夫だろう。
と、そんな折にカララクと冥姫、水無月が帰ってきた。
「お疲れさん。魚は獲れた?」
友人であるまひるが一番に声を掛け、まずは水無月のボックスを覗く。そこには所狭しと、魚達が身をよじっている。
「へぇ、凄いですね‥」
同じく覗き込んでいた美環も感嘆の言葉を漏らし‥その流れでカララクたちの方を見る。しかし、カララクはともかく冥姫も少しだけ顔を背けていた。
なんと言えば良いのかわからない様子である。
「あぁ、釣れなかったのなら仕方ないって」
「あ‥いえ、最後に釣れた事には釣れたのですよ」
何故か半笑いで、水無月が変わりに答えた。
怪訝に思い、全員がクーラーボックスを覗きこむと‥。
「いや‥まぁ、見ての通り‥クリムが釣れた」
何故クーラーボックスに入れたのかは定かではないが、状況が状況だと言うのに幸せそうな寝息を立てつつ、クリムが入っていた。
●ボーリング大会
「煉‥? ルールはわかっている‥?」
「いや‥ん? ひなたが知ってるんじゃ無いのか?」
全員が海(或いは銭湯)から出て、食事や改めて身を清める前に一定メンバーは一汗を流す事となった。そして公平にくじ引きでチーム分けとなったのだが‥陰謀か偶然か、大抵のカップルがくっついてしまう結果となった。
そして武藤とひなたのペアなのだが‥なんと、両者ルールを知らないようなのだ。
「全く‥仕方が無いな、簡単に言うとだ。あの十本のピンを二回球を投げて‥」
心優しいカララク。決して、相手がルールを知らないからといって有利になったとよろこんだりはしない。そして、親切心でルールを解説していると、カララクの恋人で相棒である冥姫が球を持って戻ってきた。
「カララク、もう投げて良いのか?」
どうやら冥姫はルールを知っているようだ。そう思ったカララクは微笑みつつ、恋人の一投目を‥本当に一『投』目を見送った。
それはまさに大砲の如し。
超低空ながらも完全に床から浮いている砲弾のような球が、ピンの群れに突っ込んでいく。
そして凄まじい音を立て、ピンは爆砕したかのように当たりに飛び散った。
内一つが、冥姫の足元に転がる‥彼女は、それを何気なく拾い、無表情ながらも満足げに。
「よし」
と言った。
更にそれを見た先の両名が。
「煉、こんな重い球なんて投げれないわよ」
「そうだな‥俺、もう少し軽いの持ってくる」
「いや待て、ちょっと待て!」
ここにいたり、やっとカララクが流れ流れた状況を押しとどめる。何気なく助けを求めるためにまひるたちを見たが、あちらはあちらでクリムと水無月にルールを教えている所らしい。
カララクは根気強く、辛抱強く、懇切丁寧にルールを教える事にした。
一方、美環やクリム達。
チームわけはまひるとクリム、そして水無月と美環だ。この四人はどうにかルールを把握させる事に成功し、とりあえず投げてみる事にした。
ちなみに、まひるは浴衣を腰まで下げて上半身は下着オンリーである。それに便乗し、クリムも上半身はサラシ一本だ。
「えっと‥球の持ち方はこれでよろしいのですか?」
水無月は美環に最後の確認をしつつ、習ったとおり忠実に球を投げる。
結果は8本、上々だ。
二回目はガーターに落ちてしまい0本だったが、悪くない数字だろう。
「クリムさんは、ボーリングを良くなさるのですか?」
何故か胸を張ってすれ違ったクリムに、水無月は小首をかしげる。説明を聞いていた辺りどう見ても初心者なのだが‥。
クリムは一言。
「いや、初めてだ」
ここまでスパッと言うと逆に気持ちが良い。
そしてクリムは軽快なステップと共にボールを‥投げようとして指から離れなかった。体ごと、レーンに投げ出される。
「クリムー!」
やはりこうなるだろうと踏んでまひるは動く準備は出来ていたのだが、掴んだ位置が悪かった。手はさらしを掴んでしまい、ただレーンに突っ込むだけでなくたて回転まで生じさせてしまった。更にそれに引っ張られ、まひるまで絡み合いもつれ合い突っ込んでいく。
「‥ストライク」
美環が呟いたとおり、クリムとまひるは全身を用いて見事すべてのピンをなぎ倒したのであった。無論、反則なのだが‥。
ちなみに、二人とも上半身丸出し状態だったので、女性である水無月が頑張って介抱したのは言うまでも無いだろう。
しばらく時がたち、先に始めたまひる側は先に終わった。結果は見事クリムがオールガーターで敗北‥手堅く堅実に攻めていた水無月チームは中々良いスコアを叩き出していた。
と、唐突に隣が盛り上がる。ふと目を向けると、どうやらひなたがストライクを取ったようだった。
「どう? どう、姉! あんたにこれが出来る!?」
かなり嬉しそうである。
そして武藤とハイタッチ‥は出来なかったが、心で通じあい、賞賛していた。
「そういえば、さっき武藤さんもストライクを取っていましたね」
美環はそう呟き、何気なくスコアボードを見て‥硬直した。改めてみれば、冥姫とカララクの二人も開いた口がふさがらない状態らしい。
水無月は、改めてそのスコアを読み上げていた。
「300‥ですね。これは凄い数字なのですか?」
「そりゃあ‥パーフェクトだしね」
そう、全くルールを知らなかった武藤ひなたコンビは、パーフェクトスコアを達成していたのだった。
●花火大会
「ちょ‥ちょっとぉ!?」
ボーリング組が驚きの沈黙に包まれている同時刻、こちらはイェーガーがミサイルの嵐から必死に逃げている所だった。
当然だが、本物ではない。ロケット花火である。
「ふふふ、いくぞイスルん!」
一体、彼女は何をすればこのようなやる気スイッチが稼動するのだろうか。御薙は心底楽しそうに、まるで射的を楽しむかのようにイェーガーに向けて花火をはなっていた。本気で狙っている。
それだけならばまだしも、イェーガーが逃げるすぐ後ろに、アティットが追走し、やはり花火を放っているのだ。この距離は、当たる。
「それにげろー、もっと早く走らないと火傷するぜー」
滅茶苦茶楽しそうだ。
四面楚歌とはこの事なのだろうか、イェーガーはとにかく逃げた。
「エ‥エミル、はしゃぎすぎ‥わっ‥!」
なんとしても逃げようとして直角カーブで出くわしたのは、青海だった。彼はボーリングに参加しようと思っていたのだが、椎野や榊兄弟と共に豚汁の片づけを行っていたため間に合わなかったのだ。
「えっと、どうしたの? 何かボクでも楽しめそうな事かな」
少なくともイェーガーは必死だろう。
ヒットマン(?)がこれ以上増えないよう、た透けてもらいたかったのだが‥一歩ヒットマン組が速かった。やはり、こういう時の動作が素早い御薙である。
しかし、彼女は予想外に。
「男は的だ、だから逃げれば良い。判ったな」
「的‥? よく分からないけど、判った」
とりあえずルールを把握しようと傍らを振り返ると、既にイェーガーの姿が無い。的が増えたのを良いことに、出来るだけ遠くに避難したのだろう。
「え‥あれ? その‥」
背後で膨れ上がる殺気‥青海は振り返りもせず、全力で走った。
●食事時
「わっ‥だ‥大丈夫ですか?」
時刻は既に午後6時を過ぎ、食堂では寄るご飯の支度が完成していた。
黒金は、イェーガーと青海の焦げ目だらけの服装を見て思わず駆け寄る。ここは食堂なので医療器具や裁縫器具は無いが、とにかく一息つける場所が見つかり、二人は安堵しているようだった。
「なぁ刑部‥食事時くらい、その殺気というか闘気というか‥何とかならないのか?」
「この食事時もまた、修行です。いつ如何なるときに、臨戦態勢にならねばならないか判りませんから」
相変わらず弟は考えを曲げようとはしない。少しこめかみを押さえつつ、彼は食事を続行する。
ボーリングやら花火やら、各自ばらばらだったので食事時も自然と足並みは揃わなかった。しかし、各グループで盛り上がる事は出来たし、風呂は皆疲れているからゆっくりと浸かるだろう。最終的に足並みが揃えば、問題ない。
●銭湯(女)
「うんっ、やっぱり露天風呂ですよねっ!」
「それは先ほども聞いた気がするが」
黒金が二回目にも拘らず喜んでおり、御薙は苦笑している。
今回は彼女達だけではなく、凡そ全員がこの銭湯にいた。
「うえへへへ、女の園へようこそー♪」
そう言いつつまひるは、冥姫の元に擦り寄る。ちなみに、クリムは既にまひるの付属品よろしくコアラのようにくっついている。つい先ほどまでまひると体の洗いっこをしていたので、その顔はとても幸せそうだ。
冥姫も冥姫でそれなりに疲れていたらしく、まひるの怪しいアプローチも普通に受け入れている。
「ふむ、心地よい、か」
そう呟き、ほぉとため息をついた。
ちなみに、まひるの妹であるひなたの姿がどこにも見当たらなかったが‥現時点では、あまり深く気にしてはいなかった。
「‥まだ、成長過程ですから‥はぁ」
少し遠巻きにして皆を見つめているのは水無月だ。彼女は多少他人より小さい胸を気にしており、それに関してため息をついているのである。
椎野とアティット達の『体の話など(胸の話題など)をおおっぴろに話している』のもまた、ちょっとコンプレックスを刺激された感がある。
「お? 胸か? ‥んー‥毎日牛乳飲んでるからか?」
果たしてその言葉が真実かどうかは、定かではない。
「まぁ、気にするな。我など20でこの胸だ」
今度の声はすぐ傍らからだ。驚いて振り向くと、さっきのさっきまでまひるにくっついていたクリムが、しみじみと水無月の隣でお茶を啜っていた。
面白いほど様々な女性の思いが交錯する中、『彼』が再び動き出す。
――この作戦‥必ず成功させる!――
フルフェイスのマスクを被ったHHは、湯気を隠れ蓑に果敢に接近を試みる。
接近して何かしたいというわけではないのだ。ただ、彼らは証が欲しいのかもしれない
。
自分達が、越えてはいけない一線に踏み出した、その勇気の証を。
しかし、今回は本当に視界が悪かった。やはり、夜につれて気温は下がるし、湯気が増えるのはいた仕方ない事だ。
そんな時、彼が何か『柔らかい感触』に触れたのは唐突だった。不思議に思い、顔を挙げた先には‥不気味なほどにっこり笑った、アティットがいた。
その凄惨な光景は、興味本位で少し覗いた青海が、すぐに顔を引っ込め青ざめるほどだったと言う‥。
後でわかったことだが、そのHH(ハイメガ・ホムラ→訂正。変態・焔)
の名前は紅月・焔(
gb1386)と言うらしかった‥。
●ひなたの冒険?
「ちょっ、ひなっ‥!? ち、散れー! 手前等、散れー! こっち来んなー!」
女性風呂にいなかったひなたは‥なんと、武藤の所にいた。
男性に対する極度のトラウマがある彼女がここにくるのは、かなり危険に等しいと思うのだが‥。とにかく、武藤がすぐに彼女を隠したため、他のメンバーにはばれなくてすむことが出来た。
「いいから洗わせなさいよ‥何時も世話になっているんだから」
あも
彼女はゆっくりと、トラウマにあらがいならも、武藤の身体を清掃していった。
●兄弟・武士とは
「なぁ、刑部‥寝る前に、少しだけ手合わせしないか?」
それは皆が風呂から出てすぐの事だった。折角身を清めたのに、汗を流す‥兄の申し出に理解ができなかったが、常に修行と感じている彼に断る理由は無い。
刑部が承諾の意を表すと、兵衛はすぐにそれぞれの木製の武器をとりだした‥どうやら、元々からそのつもりだったらしい。
いずれにしろ、速く取り掛かれることに越した事は無い。いつもの通り、素早い初撃を加えようとして‥‥。
気が付いたら、その場に倒れ伏していた。本当に一瞬の出来事‥いや、兄の攻撃の軌跡が全く見えなかったのだ。
だが、兵衛は言った。
「俺が速いのではない。お前の身体能力の低下が原因だ‥常に張り詰めていれば、肉体的なことはともかく精神的な負担には気づけまい‥強力な弓とて、引いたまま置いておけば弦が緩んで使い物にはならなくなる‥休ませているからこそ、いざと言うときの強弓が放てるのではないか?」
●???
夜もすっかり更けた頃。
午前1時くらいを回った頃‥いまだに、物音がする部屋があった。
その部屋は真冬の夜だというのに生暖かい。
「ん‥」
布団の上には、ぐったりとしたクリムの姿があった。病ではない‥瞳は熱を帯び、頬は上気し、意識も混濁しているが‥それでも、幸せそうだった。
「まだよ、まだ終わらせないんだから‥」
妖艶な笑みを浮かべたまひるが、クリムに覆いかぶさった‥。
●その後
最後に椎野が市長に直接の挨拶を述べた後、能力者達の休暇は終わった。
この街からこのような褒章がもらえたのは、見返りを求めていたからではないだろう。
ただまっすぐ、自らが何と戦うべきか、どうして戦うべきか、少なくともそれを見失っていない‥ただそれだけが満たした純粋な結果論だ。
これからも、能力者達はどこまでまっすぐ歩き続けられるのだろうか。