●リプレイ本文
その日は生憎の雨だった。
決して弱い雨ではなく、視界もかなり狭められている。
雨は確かに人の行動の阻害となる時もある‥だが、傘やカッパさえ身に着ければある程度の行動は可能であり、むしろ雨を喜ぶ人も多々存在するだろう。
ついこの間までならば、こんな雨でも人通りは多く、傘を差しながらも歓談を楽しんだり、何処かに出かけるのか御揃いの傘で仲良く並んで歩いている男女もいただろう。
そんな光景が、今では様変わりだ。
大半の人間はこの場所を避け、急いでいる人間は仕方なく通っている物の顔を伏せて全力疾走‥。あるいは、肝試しのつもりかベンチなどで何かを待っている風な人もいる‥その視線は世話しなく辺りを彷徨っているのだが。
「そうか‥わざわざすまなかったな。ありがとう」
天(
ga9852)は、事前調査に協力してくれた地元警察の方々に頭を下げる。彼らもまた頭を下げ、「どうかこの事件を解決して欲しい」と言い残し、去って行った。地元警察はこの後、この公園の封鎖及び人民の避難誘導をしてくれるらしい。
彼が地元警察に依頼したのは被害者の死体やその周りの状況などの資料の要請だ。
しかし、資料を閲覧しても特に変わった外傷(ぶち抜かれた胸部は除き)は無く、これではたいした情報にはならない。
「‥何か見逃してることはないか、考えろ、俺‥」
カッパを着込んだ格好で雨に打たれながらも真剣に悩む天。そんな彼の無線機に連絡が入る。
それは森方面から辺りの監視を行っている大神 直人(
gb1865)からだった。
大神は迷彩色で塗装したAU−KVを傍らに隠し、辺りを見渡している。
人間は少なからずも公園内を歩いており、彼は慎重にそれぞれの行動や服装を観察しているのだ。
「今の所此方に異常は無い‥こう言う事を言うのは不謹慎かもしれないが、犯人はキメラであってほしいよな‥」
思わず、彼は自らの心情を無線越しに漏らす。
確かに街中にキメラがいて欲しい、と言う考えは見方によっては変かもしれないが、人間を手に掛けたくないと言う気持ちは全くおかしくない。自然な考えだ。
一呼吸置いた後、彼は公園中央の監視組に連絡を飛ばす。
「そちらの様子はどうだ?」
今度は平静に、仲間に聞く。
だがそれに反し、祈良(
gb1597)はガッチガチに緊張状態だった。
「は‥はい! すーはー、すーはー、すーはー、すー‥ケホッ!」
深呼吸をしようとして、失敗したらしい。
大神は咳払いをし、彼女が落ち着くのを待つ。
数秒後、大分落ち着いた様子の声で、祈良が報告を始める。
「今の所、囮役に反応した様子はないよ。付近の人たちも、情報の服装とは合致しないかな‥うん、合致しない」
と、報告している間に、今の今まで囮役を務めていた南雲 莞爾(
ga4272)が自然な動きで監視場所へと戻ってくる。
交代の時間であり、今度は祈良が囮を勤める番である。
「大丈夫か?」
南雲が祈良が緊張している様子を見て取り、心配している口調で話しかける。
だが、先の様子から比べると、意外にも逞しい様子を見せ、言う。
「‥キメラも怖いけど、誰かの命が奪われるのはもっと怖い、から。大丈夫、頑張るよ」
それを聞いて安心したのか、南雲は若干表情を緩め、「そうか」と呟いた。
彼女は力強く頷き、歩み始める。
しかし、6歩ほど進んだ所で急に立ち止まり、振り返った。
「えっと‥敵、見つけたらすぐ呼んでね」
本当は寂しがりやの甘えん坊。それが彼女である。
南雲は苦笑し、見送った。
そして、無線機のスイッチを入れる。
「南の森。様子はどうだ?」
当の南の森では、ニット坊とグローブでメタリック部分を隠し、一般人になりきった立浪 光佑(
gb2422)が当たり周辺を警戒していた。
出来るだけ相手に悟られぬよう、何食わぬ顔で散策を行っており、無線機にでる動作も携帯電話を使うか如く自然な動きだ。
「流石にこんな天気じゃあ、森に近づいてくる人はいないかも‥。逆に、こんな所をあるている人が怪しいかもしれないから、的は絞れるかもだけどね」
そう呟きながら、手に隠し持っていたショットガンの弾倉をチェックしている。
敵が人間でもキメラでも関係ない。人の体に大穴開けるような奴を人間扱いする必要はない。
ソレが彼の考えである。
先の大神のときの事もあるが、今回の事が人間によって起こされているのならば、大変な事だ。
猟奇的‥と言う言葉だけでは収まりきれない。
「見つけたらすぐに知らせるよ。もっと、人が集まりそうな所の人に連絡を取ってみて」
南雲は頷くように相槌を入れ、今度は公園西エリアを散策している御神・夕姫(
gb3754)に連絡を入れた。
「はい、こちら御神よ‥今の所変わった様子は無いけれど、この辺りの人たちは順調に非難が進んでいるわ」
地元警察の皆さんに感謝である。
少しだけ更に人気の無くなった公園を、彼女は警戒しながら歩いている。
「相手はキメラか人間か、どちらにしても何とかしないとね。でもなんで雨の日の公園だけなのかしら?」
確かに、公園と言うのは『縄張り』と言う理由で納得できない事も無いが、雨の日にしか現れないと言うのが腑に落ちない。
だが、ソレはキメラ自体を見つけられれば解決するだろうし、今は余分な事を考えている時ではない。
「‥あら?」
「どうした」
南雲の怪訝そうな言葉に、彼女は暫しの沈黙で返す。
そして3秒後、緊張が高められた言葉が返ってきた。
「見つけたわ」
いつの間にか現れたのか、彼女の目の前には人影が出現していた。
この雨の帳と雨音のせいで、接近に気付けなかったのは仕方が無いだろう。問題は、その現れた人物だ。
その人物以外にも、出口に向かっている歩行者は何人か存在する。
しかし、それでもその人物は異彩を放っていた。
「黒い傘」
「傘差しているのに黄色のカッパ着用」
「フードを目深に被っている」
完璧だ。
気持ち悪いほど、情報に合致していた。
通り魔犯人だ。
●犯人
雨脚は一層強くなり、雨のカーテンを濃くしていく。
退治している御神は相手の動きを観察しつつ、武器を引き抜いた。
しかし、その人物は彼女自身には気付いていないのか、全く別方向へと歩み始めた。
その方向には。
「っ!」
その方向には、若い男が詰まらなさそうに公園の出口に向かっている所だった。
犯人と思われる人物は、その男の進行方向を防ぐように動いている。
そして、その手には鈍く光る『何か』が‥。
「周りを巻き込ませはしないわ!」
そう叫び、瞬天速を発動させる。
一瞬で若い男に接近し、彼を押し倒す事に成功する。
間一髪。
その押し倒した御神のすぐ頭の上を、銀の軌跡が流れて行ったのだ。
その人物は攻撃が失敗したと悟ると、逃走に移る‥速い!
「犯人発見よ。武器の一つは鉤爪、もう一つの凄い攻撃とやらは判らないけど‥確保をお願い!」
「判った」
最も現場の近くにいた南雲はすぐに了承し、祈良にその旨を伝える。
彼女は緊張を高め、武器を抜いた。南雲もまた、武器を抜いて傍らに並ぶ。
犯人が出現するのにはそう時間は掛からなかった。雨の帳の向こうから、すぐにこちらに走ってくる影を見つけることが出来た。
「‥絶対に、逃がさないよ」
祈良は呟き、イアリスとポリカーボネートを携えて正面から犯人へと向かう。
相手はすぐに気付いたのか、もはや隠そうともせず鋭い鉤爪を大きく後ろに引いていた。
金属音。
キリキリと音を鳴らしながら、ポリカーボネートは見事に鉤爪を受け止めている。
そのまま押し返し、イアリスで牽制した後更に盾を構え接近。
彼女の目的は時間稼ぎ、自身一人より皆が集結するのを待つのが上策と考えたのである。
そして、彼女の頑張りによって生じた隙に、追い討ちを仕掛ける影が犯人の背後に現れる。
南雲だ。
彼は無言で瞬即撃+急所突きを発動、月詠を一閃させる。
犯人は鉤爪で受け止めたものの、大きく仰け反ってしまう。
そこへ南雲の更なる追撃が加わる。
低い体勢から一気に伸び上がるように繰り出された縦一閃の月詠の軌跡は、犯人のフードと傘を吹き飛ばす。
そして息を呑んだ。
その顔には人間で言う『目』や『鼻』が存在せず‥いや、もしかしたら別部位に存在するのかもしれないが‥空洞のような、ぽっかりとした穴が一つ存在するだけだった。
その穴が、顔が、小刻みに震え始める。
「伏せ‥」
「伏せろ!」
二人はほぼ同時に反応した。だが、取れた行動は全く違っていた。
良く判らないが、物理的な衝撃波を射出した犯人‥いや、キメラ。南雲は咄嗟に飛びのく事で回避したが、位置関係の問題で祈良はそう行かなかった。
盾で受け止めたものの、その盾ごと大きく後方へ吹き飛ばされていた。
南雲が駆け寄り、彼女を抱き起こした頃には、キメラは既に逃走を開始していた
どうにか南雲たちをやり過ごしたキメラだったが、新たな生涯が現れる。
北の森を担当していた、大神だ。
祈良の時間稼ぎのお蔭で、どうにかここでキメラと邂逅する事が出来たのである。
「キメラだったか‥今回は、感謝だな」
AU−KVを着込んだ大神は思わず呟いてしまったが、それ以上漏らす事はしない。
キメラが彼に顔を‥衝撃波の銃口を向けてきたからだ。
物理衝撃波が空を貫き、大神はとびずさる。
着地と同時に、反撃。
一気に接近し、両手に持った機械剣と爪を翻す。
機械剣は鉤爪を更に痛ませ、爪はキメラの顔の肉を抉る。
攻撃のタイミングがバッチリの、クリティカルヒットだ。
それでも、キメラは出鱈目に衝撃波を発射する。
仕方なく大神は再び回避行動に移り‥そしてキメラはまたもや逃走した。
先ほどからキメラはある一点へと向かっている。
大神は竜の翼を発動させながら、この先に待機しているはずの天と立狼にキメラが向かった胸を報告した。
●先読み
「何故雨の日にしか現れないのか、雨の日以外はどこにいるのか‥複雑に考えても無駄だったな。あまりにも単純な理由過ぎる」
噴水の前でキメラを待ち構えている天は、武器を構えながら淡々と言い放つ。
その傍らには、立狼もショットガンを構えていた。
「雨が降っていないとき、つまり水気が無い時。お前は長時間行動できないか、もしくは存分に力が振るえないのだろう? そして、雨の降っていない日はここにいたんだな」
天は自らの後ろにある噴水をチラリと見た。
殆ど常に水が湛えてあり、ここならば四六時中水分が補給できる。
「だが生憎だな‥地元警察に頼んで、既に下水は封鎖してもらっている。お前の帰る場所は無い‥まぁ、俺の言っている事が判っているかは知らないがな」
その『拠点』‥つまり噴水を取り返したいのか、キメラはジリジリとこちらの様子を伺っている。だが、先までの皆の攻撃でのダメージは小さくないのか、なんとも力弱い。
立狼もまた、キメラが水場を主にしていることは予想できていた。だからこそ、彼もこの場にいるのである。
「君はやりすぎた‥覚悟は出来てるね!」
そう言い放ち、彼はショットガンをぶっ放す。
回避しようと動くキメラだったが、ダメージのせいで思うように動けない。
散弾はキメラの顔面に直撃し、絶命させた。
●結果
若い男が一人泥まみれになった他、一般市民には何の害もなかった。
公園自体のダメージも、衝撃波に巻き込まれて木々が薙ぎ倒されていたりもしていたが、これも問題は無いだろう。
最後に能力者側も深刻なダメージを受けたものもおらず、依頼は完璧に遂行された。
言うまでも無く、成功である。