●オープニング本文
前回のリプレイを見る とある軍事施設。
規模もそれほど大きくなく、重要拠点でもないためバグアによる襲撃数も他所と比べ圧倒的に少ない。だがそれでも、対バグア・キメラ用の武装はしっかりとしており、能力者も常に十人以上が配備されている。
少なくとも、『気軽に沈めよう』と言うくらいの兵力が襲ってきてもちゃんと対応が出来るくらいの戦力は整っていた。
能力者の殺人未遂並びにバグアとの繋がりの容疑が掛かって収容されている中野 詩虎は、そんな施設にいる。
以前能力者がこの施設に彼を運びいれ、今日に至るまでほぼ連日尋問が続いていた。残間 咲(gz0126)に対する殺意や殺害未遂などはあっさり認めた物の、バグアとのつながりに関しては知らぬ存ぜぬの一点張りだ。
「もしかしたら、本当にあちらさんとの繋がりは無いのかも知れないな」
窓から外の景色が覗ける基地外郭の廊下を歩いている、基地の責任者ギルバート・ラザム 五十五歳男性は顎鬚をさすりながら呟いた。その傍らに控える護衛兼秘書の女ティカ・エラル 三十二歳女性は中野についての資料を捲りながら応対する。
「確かに、バグア側と関連のありそうな過去の事例は見当たりません。残間氏に対する恨みも極度の私怨から来るものだとすれば、本部が掛けたバグア内通という線は疑わしいでしょう。これも本部の方へご報告いたしましょうか?」
秘書がササッと取り出したメモ帳と万年筆を、やんわりと抑える。
「いや、飽くまで私の推測に過ぎない。これで本当にバグア側と内通しているのならば洒落にならない事態になる」
「‥判りました」
そうこう話しているうちに二人は基地の正面入り口に到着する。そこには、三人の女性と数人の男女が彼らを待っていた。三人の女性とは【紅の獣】の零(gz0128)、リリス・グリンニル(gz0125)、そして残間 咲の面子だ。そして後の男女数人とは、LHの能力者達のことである。
彼らは中野を本部へと移送するためにやって来ているのだ。一人とは言え敏腕の能力者、少しの油断が危険なのである。
と、ラサムらが到着したことに気づくと、急に零が怒ったような表情で歩み寄ってきた。そして腰に手を当てて一つ頭の高い位置にあるラサムをキッと睨む。
「もう! 警告射撃でも機関銃なんて撃ってこないでよ! こんなことに弾なんて使ってたら、いざって言うときに困っちゃうよ!」
何だかちょっとずれている所で怒っているようだが、事の顛末はこうである。
LH組例の如くLHの高速艇に乗ってやってきたのだが、あいにく紅獣組所有の(と言うより清総水 栄流所有)高速艇が現在メンテナンス中であり、使用ができなかったのだ。そこで、零の雷電に無理やり三人乗ってきたのだが‥コックピットは少し大混乱状態であり、基地からの『所属と目的を言え』と言う通信に答えられなかったのだ。よって警告射撃を受ける羽目になったのである。
ラサムが謝りつつ、エラルが理論的に説明しつつ、リリスがジィと非難的に無言で見上げつつ、咲は無関心に外の景色を見つつ、能力者達はそれを見て微笑んでいる。
滑稽な状況かもしれないが、微笑ましい状況には変わりない。
それは、すぐに打ち砕かれる。
警告のサイレンと、地を揺るがす轟音が、基地中に響く。
「な‥何だ!?」
すぐにエラルが無線機を起動させる。
「管制塔、なにかありましたか?‥はい、はい‥え!?」
「どうした、何があった!」
「襲撃です! バ‥バグア軍のヘルメットワームが、レーダーと防衛ラインを掻い潜ってこの基地を‥きゃ!」
再びの轟音。
あまり状況は好ましくないようだが、LH組はKVを持ってきていない‥悠長に行って帰ってくる時間はないだろう。
エラルはすぐさま、対空戦闘配備を敷いた。機会は少なかったとはいえ、この基地は今までバグア軍の襲撃を退けているのだ、そう簡単に墜ちはしない。それにレーダーに気づかせないようにする分、少数精鋭で攻めてきているようだが、こちらとて駐留している能力者達のKVと対空兵器がある。
だが問題は、何故バグア軍が急に襲ってきたかである。それもただの空襲ではなく、ギリギリまでこちらに気づかせなかったほどの慎重さで接近してきている。人間側を非難するわけではないが、このような一拠点など大部隊で本気で潰そうと思えば潰せるはずだ。これではまるで、『潰す』と言うより『何かをコッソリ持ち去ろうとした』とも思える。
そして、今回はそれに当てはまるであろう理由もある。
「狙いは‥中野‥」
リリスはぼそっと呟き、零を見上げた。彼女は力強く頷き、自らの雷電が駐留している場所へと走っていった。
「ここの対空配備は中々のモノのようですし‥零も出るならば、三十分弱で片は付きますね」
轟音や振動に微動だにせず、咲はマイペースに外の景色を眺めていた。
ところが、狙い済ましたように再び問題が発生する。
ヘルメットワームが放ったであろう、不発弾らしき巨大な『何か』が天井を破り、エラルと咲たちの目の前に落ちてきた。そしてそれは、中から喰い破られ、数多のキメラを吐き出したのだ。
「‥囮‥だね。こっちが‥本命」
呟きを後方に残しつつ、リリスは出現したキメラ軍に突撃した。それに呼応するかのように、他の皆も出現したキメラに攻撃を与える。
だが、あの『何か』が落ちてきたのはこの場所だけではないようで、多くの場所で悲鳴が上がるを、無線機越しに聞いていた。その合間から戦闘の音が聞こえてくるのを見ると、どうやらKV戦に参加しなかった能力者達がそれらと戦っているらしい。
「これではキリが無いですね‥エラルさん、速やかに生き残っている全員を司令室へ集めてください‥立て篭もった方が、生き延びやすい‥」
「判った」
すぐさま、エラルは無線機でそれを伝えた。それを確認し、すぐさま咲は状況を冷静に分析する。
「恐らく敵の狙いは詩虎‥ならばそれの阻止をしなければなりませんね‥。リリス、あなたはこの二人を連れて司令室へ、毛筋の傷もつけてはいけませんよ、治療費を請求されたら利奈に叱られます‥」
さらりと失礼極まりないことを言う。
リリスは頷き、エラルたちを連れて司令室の方へと走っていった。
それと入れ替わるように、また新たなキメラが咲と能力者達の前に立ちふさがる。
「さて‥さっさと終わらせるとしましょうか‥このくだらない因縁も‥」
●リプレイ本文
過去に置いてきた業は、忘れるつもりで置いてきた業は今になって私を揺さぶってくる。
今日こそ、ここで。
●先行突貫隊
「残間!」
「っ‥」
眼前に迫るのは、キメラのアギト。
残間 咲(gz0126)はすぐさま我に返り、前方に身を投げ出すように回避する。その上方でキメラは、散弾でズタズタに引き裂かれ、絶命した。
「何をやっている、ボーっとしていたら命を落とすぞ!」
「それは失礼‥」
たった今残間を救ったベーオウルフ(
ga3640)は、ショットガンの弾を再装填しつつも、走るのは止めない。残間もすぐに起き上がり、『先行部隊』に並んだ。
キメラがそこら中で這い回っている通路を疾走している面子は四人。脚の早いこの4人が先行して中野の確保に向かうことにしたのだ。
「邪魔だ、どけてもらう!」
藤村 瑠亥(
ga3862)が吼え、部隊の前に群がってきたキメラを対処すべく一時的にスピードを上げ、前に飛び出した。
ここぞとばかり撃ちこまれた数多の舌を掻い潜り、何本かを両断する。更に間合いに踏み込み、まるで踊るような殺陣でキメラの前足や後ろ足を切り裂いていった。機動力、及び攻撃意欲が衰退したキメラを無理やり切り飛ばして行き、敵陣に穴を開ける。
だが、進路上の敵を捌くだけとは言え彼一人では手に余る。それだけ、キメラそのものの数が異常なのだ。
そしてだからこそ、仲間が存在する。
藤村の開いた敵陣の隙を更に押し開くかのように、ベーオウルフは藤村に続いた。天井に張り付いている敵にショットガンを撃ち散らかし、舌による攻撃を起こさせない。そして藤村に追いつくと同時に、ショットガンを背中に引っ掛け、剣の柄に手を当て、引き抜く。だが不思議なことに、その剣は柄だけで刀身が存在しなかった。
いや、存在しないように見えた。少なくともキメラたちには。
覚醒効果により光を身に纏ったベーオウルフは、屠竜刀イルディザを一閃した。見えていないので当然何の対処も出来なかったキメラたちは、あっさり切り飛ばされ、道を開ける。恐らく、このキメラ程度の知能では最期の最期まで何が起きたか理解は出来なかっただろう。
血糊を振り払い、ベーオウルフは叫ぶ。
「さぁ、先に進むぞ!」
残間を先頭に藤村、ベーオウルフと続き‥殿は、フォビア(
ga6553)だ。
一応の敵陣を突破した部隊だが、当然キメラたちは黙って見送ったりはしない。しかし、彼らは部隊を追いかけることが出来なかった。
「‥ついて来ないで‥」
フォビアのショットガンが火を噴き、こちらへ向かおうとするキメラの出鼻を挫く。更に頑丈な内壁で跳弾と化した弾が、縦横無尽に跳ね回って自然と足止め効果となる。運よく接近できたキメラも、ショットガンの回避に気を取られている間に月詠によって切り伏せられていた。
既に第何波目の敵陣だったのかは数えていないが、倒しても倒してもキリが無い。倒してもどんどん補充されているので、実際数は減っているだろうが、全く実感が湧かないのだ。
とか考えているうちに、またもや敵陣だ。強行突破に備える皆だが、どこか様子が違う。
よく見ると、二人の能力者が一般人を庇って戦闘を行っていたのだ。
「急いでいるが‥無視するわけにもいかないな」
ベーオウルフとフォビアが敵陣に向かって銃を撃ち込み、残間と藤村が一気に間合いを詰める。
無論、全員を倒したりする時間はない。奮戦している彼らも能力者だ、それなりに倒せば何とかなるだろう。
突貫隊の如く敵陣を押し開いていく先行部隊。やがて、要救助者の下へとたどり着いた。フォビアが一般人の一人に駆け寄り、無線機を手渡す。
「‥これで、司令部の誘導を待ってて‥あと、もう少し頑張れば仲間が助けに来るから‥」
フォビアは優しげに、しかし力強く微笑み、手近なキメラの頭をショットガンで吹き飛ばした。それをキッカケとし、先行部隊は敵陣を突破し、抜けた。
だが、ここでトラブルが起きる。
先行部隊の目の前に、天井を砕きながら『何か』が落下したのだ。
このままでは挟撃となってしまうだけではなく、すぐ後方で奮戦している要救助者達にも危険が及ぶ。
だが、その心配はすぐに霧散した。
先行部隊の目の前で隔壁が持ち上がり、通路を塞いだのである。
そしてすぐに、無線機から声が響いた。司令官秘書、エラルの声だ。
『少し戻って脇の道に入ってください。少し遠回りとなりますが、キメラの数は比較的少ないはずです』
●後続殲滅隊
「さぁ、俺達は俺達の仕事をしよう」
先ほど先行隊が打ち散らかした敵の処理は、後続の仕事だ。放っておいては、司令部が窮地に立たされるだろうからだ。
ヒューイ・焔(
ga8434)は自身の発言通り、役目を果たすべく敵陣に真っ先に突撃した。それを迎え撃つべく口を開くキメラたちだったが、肝心の舌は既に切り飛ばされている。その口内にハミングバードを突き入れ、イアリスで心の臓を抉る。そのまま口内の剣も心臓を貫かせ、両腕を広げて上下に両断した。
「一体も逃がすわけにはいかないっ!」
伸ばされた舌を壁に縫いつけ、氷雨で止めを刺す。アンジェリナ(
ga6940)はたった今切り倒したキメラを一瞥もせず、次なる敵に向かう。だがその敵は爪を翻すべく跳躍してきており、回避は難しい。
それならば、攻撃が届く前に倒すだけのこと。
爪がアンジェリナの体に至る寸前に、紫電がキメラを襲った。正確には、紫電の如き強烈な一撃だ。十字に刻まれた顔面から血を噴出させつつ、キメラは力を失った。
順調にキメラを屠る二人だが、数だけはかなり多い。幾ら先行隊ではないと言え、次官を駆けすぎるのは理想的とはいえない。
それでも、今はひたすら倒すしかなかった。
「まったく、数だけは揃えているようね!」
前衛陣のために弾幕を張っていたアンジェラ・ディック(
gb3967)だったが、後衛だけに広い視野で見るため、改めて見る敵の多さに辟易していた。
「仕方ないですよ‥とは言いたくありませんけど、確実に数は減っているはずです」
その隣で天井の敵を撃ち落し続けているのは旭(
ga6764)である。上空からの攻撃と言うのはいかなる場合でも脅威となるので、彼は最優先で落としているのだ。
落とした敵は、前衛二人が蹂躙していく。
「それにしても‥今回の襲撃、妙だとは思いませんか?」
伸ばされた舌を横っ飛びで回避し、カウンター射撃でキメラを蜂の巣にする。旭は着地地点に運悪く立っていたキメラに止めを刺しつつ、アンジェラに問いかける。
「助けに来るにしては派手すぎます、本当に助けに来たのでしょうか」
「それは私も疑問に思っていたけど‥今の私達の任務はあの男を確保すること、それだけよ」
近寄る敵を弾幕で牽制しながら、アンジェラは言った。
と、その二人の間で、ぴょこぴょこと動くものがあった。
耳と尾である。いや訂正、終夜・朔(
ga9003)である。
「そ‥そうですっ! 今は任務を頑張らなくちゃ‥ですっ! 朔‥頑張るのですっ!」
猫耳をぴょこぴょこ揺らし、一人『えいえい、おー』と頑張っていた。
なんとなく、一瞬だけ時間がまったりと流れたような気がする。
そんな空間を形成したことに気付いたのか、キョロキョロと辺りを見回し。シュンと耳と尻尾をたれさせる‥判りやすいが、照れてしまったらしい。
「‥ごほんっ。えぇ、頑張りましょう。期待しているわよ」
アンジェリナがぽんぽんと朔の頭を撫でると、ピンと尻尾と耳を立て。
「はい、頑張りますっ」
そういい残し、前衛二人の援護をするべくロエティシア片手に突撃していった。
と、適度に周りの敵を捌いたアンジェラは、こちらに接近してくる気配を感じ取った。気配の塊は二つ‥片方が要救助者で、片方がキメラだろう。
一通り敵陣を片付けた後、殲滅隊は要救助者の下へと走った。ナビゲートは司令部がやってくれるので、道に迷う心配は無い。時折瓦礫などが崩れてきたが、常に上方は警戒しているので問題は無かった。
と、向こう側から逃げている一団を発見する。能力者が先頭と殿に一人ずつだが、大分疲弊しているようだ。
「助けに来ましたよ、早く司令部のほうへ撤退してください!」
旭は援護射撃を行いつつ、叫んだ。
「いや、俺達も力を貸そう―」
「お前達が守らないで、この人たちは誰が守るんだ! 良いから早く退け!」
ヒューイは叱責する。戦闘力を有しているもの、そしてこの拠点を守る一人として、キメラに好き放題暴れられるのは我慢なら無いだろう。しかし、それ以上に戦えない仲間達を助けるのが先決だ。
拠点の能力者達は頷き、その場から去ろうとした。
だが、二人の一般人が転倒してしまう。
勿論、その二人に群がろうとするキメラたち。
真っ先に動いたのは、優しき少女だった。
「ダメっ! ‥」
持ち前の身の軽さでその二人に取り付き、ずるずると引きずり後退させる。そして安全圏まで到達した所で、朔はロエティシアを閃かせた。
まるで獣の如き、激しい一撃。
人間の心を持った、心優しき獣の少女。
キメラたちは肉塊へと還った。
「さぁ‥、先行隊に追いつくように‥がんばるですっ‥」
●天より降りし災
中野は、轟然と牢獄の中で座っていた。
「よぉ‥また会ったな」
中野は当初出会ったときとは比べ物にならない位やつれていた。しかし、それ相応のことをしたのだから、それは仕方ないとも言える。しかし、傲慢な態度は以前と変わりなく、先行隊‥いや、残間を睨みつけていた。
念のため、ベーオウルフは残間を抑えていた。飽くまで中野の確保が目的であるし、残間が彼を手にかけようとする可能性は十二分にありすぎる。
警戒しつつ藤村が近づき、あらかじめ用意しておいた拘束具を取り出す。
「お前を本部へと移送する、選択権は無いぞ」
「あぁ、そうだろうな」
以外にもあっさり、中野は認めた。
しかし、藤村が詩虎の腕に触れた時、彼は急に笑い始める。
ベーオウルフが銃を向け、睨みつける。
「何がおかしい?」
「選択権は無いさ‥俺は死ぬが、貴様らも道連れだ!」
「いけない!」
フォビアが藤村の首根っこを掴み、無理やり引き寄せる。
ほぼ同時に、大質量の物体が独房の壁を破壊した。
そして、そこから飛び出した巨大なアギトが中野に喰らい付いた!
だが、寸前で残間が引き寄せたため、中野は腕一本奪われるだけで済む。しかし腕を千切られたため、痙攣を繰り返していた。
「退くぞ! 俺達の役目はこの男をなんとしても護送することだ!」
「その通りです! 後は任せてください!」
遅れてきた旭たちが、その巨大なキメラに一瞬驚きつつも、武器を構えた。先行隊は痙攣を繰り返す中野を担ぎ、急ぎ拘留所から脱出した。
「こんな滅茶苦茶な‥聞いてないぜ」
ヒューイはぼやきつつも、巨大な獣に向かってクルシフィクスを振り下ろす。しかし、分厚い毛皮に阻まれ内部にまで到達できない。
「丈夫ね‥だけどっ!」
アンジェリナは目に向かって銃撃を始める。だが、それを避けるようにキメラは大きく動き、こちらに突撃しながら巨大な爪を横なぎにした。見掛けとは裏腹にかなり素早いその一撃は、全員を吹き飛ばすに至る。
「っ‥中々の強さですね」
追撃で襲い掛かってきた振り下ろされる爪を寸前で避け、旭は床を転がった。それをいそいそと、朔が抱き起こす。
「えっと‥えっと‥きっと、弱点はあるはずですっ‥」
朔は小銃を撃ちながらちょこまかと動き回った。キメラはそれを邪魔だと判断したのか、攻撃を加えている。しかし、何とか全ての攻撃を回避していた。いわいる囮として十二分に役目を果たしている。
効果的な攻撃を加えるならば、今だろう。
「焔、もう一度だ」
アンジェリナは十字架を握り締め、夏落を鞘に仕舞った。
そして氷雨一本で、構える。
「これを放置しておくわけには行かない‥次の一撃で、決めよう」
「あぁ!」
ヒューイが跳ぶ。
能力者としての力をフルに活用した大ジャンプはキメラの体躯をも越え、そしてその背中にクルシフィクスを突き立てた。重力を乗せた一撃は毛皮を食い破り、刀身を半ばまで埋没させる。
身をよじるキメラ、ヒューイは咄嗟にキメラから飛び降りており、それに入れ替わるように朔がクルシフィクスに飛びついた。その衝撃で横に大きく抉れ、横腹まで傷口が広がる。手が届く所まで下がったその剣をヒューイは捻りを加えつつ、引き抜いた。
その間に旭とアンジェラが足先を中心に攻撃を加えていた。そこは神経が集中している部位であり、幾ら巨躯を誇ろうと、かなりの激痛が襲うはずだ。予想通り、キメラはその場から動けなくなった。
しかし、巨大な尻尾が打ち振るわれ、ほぼ全員が弾き飛ばされた。
だが、一人だけその難を逃れた戦士が一人。アンジェリナだ。彼女はこの最期の一瞬だけを狙っていた。確実に仕留めるために。
アンジェリナが、駆ける!
「お前を倒すと誓った‥誓いは、必ず果たす!」
紫電の一撃は腕ごと傷口から進入し、肉を貫き、心臓に到達する。
ビクンと大きく跳ねるキメラ。
アンジェリナは大きく抉り、心臓を確実に破壊させ、引き抜いた。右肩まで紅にぐっしょりと濡れているが、それは必殺の証でもある。
彼女の背後で、キメラはゆっくりと倒れた。
●残間の業
中野はもう助からない。それは誰の目にも明らかだった。
高速艇に備えられている椅子に、中野は腰掛けていた。その隣には警備兵が中野に銃を突きつけて監視している。
彼はこのような状態だというのに笑っていた。
「俺が死ぬ事をキッカケに過去と決別したいようだが。お前の体から血の臭いが消えることはあるまいよ。お前は死ぬまで暗殺者、いや、虐殺者だ」
身を乗り出す中野。隣の警備兵が銃で押さえつけ、藤村とベーオウルフが武器に手を掛ける。
「お前の業は消えない。永劫に苦しむといいさ、何度も俺の言葉を、俺を思い出せ! 永遠にお前の影を追いかけてやるよ! 残間ぁ!」
「っ!!」
中野が警備兵から銃を奪い取るのと、残間が短剣をとりだすのは同時だった。
だが、それらが血を生み出す前に殴打音が響く。
「‥あなたは敗者よ‥勝ったのは咲さん‥下らない因縁もこれで終わりね」
全力で中野を殴り飛ばしたフォビアは、ため息を付くように漏らした。そんな彼女を見て、残間を含む皆は一瞬驚いていたが、すぐに平静さを取り戻す。
だが、すぐに皆が緊張に包まれた。
中野が緊急避難用の扉を開けたのである。強風が機内を席巻し、それに中野の笑い声が響いた。
「俺は、自分で自分を殺す! お前達になど―」
中野の姿は宙へと消えた。
中野の屍が見つかることは無かった。
彼の言葉を、残間は忘れることは無いだろう。
だが、その言葉に何の意味がある?
自分には、友がいる。
それが過去と今の自分の、唯一明瞭とも言える、しかし十分誇れる、違いだ。