●リプレイ本文
「一日だけですが、お世話掛けます」
丁寧な物腰で旅館の女将に頭を下げている加賀 弓(
ga8749)。女将含め旅館の職員達も慌てて頭を下げた。
「いえいえ‥キメラを退治してくださった恩人方を御泊めするのです。歓迎こそすれ、世話が掛かるなどとは思っておりませんよ」
女将の丁寧な口調に、加賀はニコリと笑う。
そして再び一礼し、既に部屋に突入しているであろう他の面子の後を追った。
●安全確認
「またひとつ、夢が叶いましたー♪」
大喜びでトタトタと走り回っているのは、みんなとこういったお泊りがしたいと予てから思っていた淡雪(
ga9694)である。
その後ろには、淡雪大好きの風花 澪(
gb1573)が健気にも一緒に駆けていた。
この二人、ただ大喜びで騒いでいるだけに見えるかもしれないが、実はちゃんと避難経路の確認を行っているのだ。
「キメラの所為なので喜ばしくはないかもしれませんが‥静かで落ち着きますね」
そう呟きながら、目を細めつつその二人を見つめる蓮角(
ga9810)。
彼は宿内の散策のために歩いており、彼の隣には同じく宿内散策の為に歩いていた加賀も同行していた。
「でも、帰りで不幸中の幸いでしたね。これが行きで‥しかも急を要する依頼だったらと思うとゾッとしますし」
そう言いながら、彼女は時々庭先を見つめたりしている。
いくら辺り一帯のキメラを討伐したとはいえ、完全に駆逐したと保証できるものは何もない。よって、加賀は事後処理の意味も含め、散策していたのだ。
だが、見た感じや気配を探ってみても、それらしきものは見当たらないし感じられない。加賀は、警戒態勢を解き、自分もゆっくり休暇を過ごす事を決定した。
●清めと安らかな温泉
疲れを癒すには、温泉が一番だろう。
殆どの面子もその考えなのか、部屋に荷物を置いて早々に温泉に行く者が多かった。
上記での避難経路探索を続行している淡雪と風花が入らないのは仕方が無いが、パディ(
ga9639)も、皆と一緒に入浴する事を拒否していた。
彼は体に傷を抱えており、それを他人に見せることを嫌っているのである。
「これ、一度やってみたかったんですよね」
天狼 スザク(
ga9707)は温泉の端で、酒を飲みつつ天を仰いでいた。
今は普通に温泉に浸かっているのだが、彼はとある野望を内に秘めていた。今は日中の上、女性陣も少ないので行動には移さない。
そう、彼は夜に勇者となるのだ!
とまぁ、それはおいて置いて。
天狼から少しはなれた場所では、蓮角とM2(
ga8024)が純粋にまったりと過ごしていた。
「温泉‥何年ぶりでしょうかねぇ」
蓮角が、心底嬉しそうにしみじみと呟く。
それの言葉に対し‥と言うより、その思いにM2も心から頷いた。
「あぁ‥まったりできる内に、存分に休んでおこう」
一人が下心を内に秘めているのを除けば、穏やかな空気に包まれている空間であった。
一方女風呂。
こちらにはエイドリアン(
ga7785)と加賀の二人が、温泉を満喫していた。
加賀もエイドリアンはまだ露天風呂には行かず、戦闘で汚れ傷ついた自らの体を、清めている。
「あちこち傷にしみますが‥‥大丈夫っぽいですね♪」
頭の中の依頼モードを完全にOFFにし、緊張感の欠片も無い純粋な笑みをポワポワと浮かべた。
つい先ほどまで依頼モードの延長線だった加賀は、そのエイドリアンの純粋な笑顔に苦笑し、体の汚れを落としていく。
「今更ですけど、お仕事お疲れ様でした。お互いそれほど酷い怪我も無かったようで、安心しましたよ」
そう言いながら、加賀は桶にて自らにお湯を流し、石鹸を綺麗に洗い流した。
そして、先に湯船へと浸かる。
エイドリアンも、ちょっとピリピリと傷が痛むようだったが、続けて湯船に入った。
「はふ〜‥極楽だっぴょん」
思わず癖を口に出してしまったエイドリアンだが、本人はそのことに気付いていないらしかった。
そんな幸せそうなエイドリアンなのだが、実は現在ジリ貧状態であり、新品の下着や乾燥機代を払う金を持ち合わせていない。
浴衣を着ればいいと思っていた彼女だったが、下着をどうするかまでは考えていなかったようである‥。
●食事
皆が温泉から出て、淡雪と風花がなぜか超精密な避難経路の地図を完成させた頃。
傭兵達の、いや人間たちの力の源、夜の食事の時間がやってきた。
「こ、これは‥!」
一足先に食事の席に付いていた天狼が、カッと目を見開いた。
その様子を見て、真っ先にエビフライを頬張ろうとしていた風花の手が止まった。
「どうしたの? お兄ちゃん」
お兄ちゃんとは、無論天狼の事である。
風花だけでなく、みなの注目を集めながら、天狼は言葉を発した。
「まろやかさの中にもジューシーさを保ち、美味しさを完全に閉じこめている! 他にも‥」
と、感極まった物を放出するかのごとく語り始めた。
暫くその評論だけが辺りに響く。
やがて、エイドリアンが咳払い共に、話を進めるべく話題を変えた。
「赤くて、黒くて、毛の生えたキメラが厄介でしたね」
恐らく、天然故の天然なりの努力で編み出された結果の言葉なのだろうが‥。
言うまでも無く、数名が咳き込む。
「そ‥それは、あまり食事時に言う言葉ではないでしょう‥?」
パディは口元を拭いながら、そう嗜めておいた。
皆、出鼻をくじかれた物の、暫くすると普通の食事風景となる。人間の適応力とは、こういうときにはありがたいものである。
食事中は静かに、と言う原則を守りたかった加賀だったが、言うまでも無くこのメンバーでそのような事が敵うはずも無い。その証拠に、先ほど軽く天然言葉を披露したエイドリアンも、頬に米粒を付着させつつモリモリと食事を食べ、賑やかに談笑しているのだ。
風花は子供が好きなものが好きと言う分かりやすい好き嫌いで、的確に肉、エビフライ、秋刀魚などを狙っていた。
そして自然と、残った大人の食べ物(?)であるタコやイカは、隣に座っている淡雪が食べる事となる。
その淡雪は、実は苦い物が苦手なのだが、表情には出さず黙々と食べ続けている。元より寡黙ではない彼女だが、今は「帰ったら真似しよう」と思い、真剣に試食しているのだ。大切な友達である天狼も絶賛していたのだから、その思惑に拍車が掛かるのも仕方あるまい。
やがて、一通りの食事が終ると同時に、今度はデザートとお酒が運ばれてくる。
「む‥これは‥!」
先ほどの天狼と似たような発言を、M2は思わず漏らしてしまう。
だが、今はドンチャン騒ぎ状態なので、それに気付く者はいない。
彼が驚愕した理由、それは旅館特有の芸術的なデザートの数々だった。
彼自身もかなりの料理の腕前であり、人に食べてもらう事を幸せと感じている。
よって、先の料理でも「勉強」を兼ねて美味しく頂いていたのだが、このデザートの素晴らしさに思わず対抗心を宿してしまったのであった。
一方、先ほど料理に感激していた天狼は、主料理が終ったと見るや、厨房の方へ駆けて行っていた。恐らく、調理法などを学びに行ったのだろうが‥難しいだろう。
「淡雪ちゃん〜♪ チュー♪」
誤って少しお酒を飲んでしまった風花が、唐突に淡雪にくっつく。
いや、元々くっついていたのだが、顔にキスをしたまま動かないのだ。
ちょっと困っていた淡雪だったが、それでもまんざらでもない様子だった。
「御馳走様でした。どれも本当に美味しかったです」
蓮角がその言葉を発した時、奇しくも全員の食事が終了した時だった。
●卓球〜激闘〜
今宵も、旅館に集いし聖戦士たちの熱いバトルが始まった。
温泉と言う目的で来ながらも、更に汗を流さずにはいられない、魔性の決闘。
その名は‥!
「奥義『なかなか強めなスマッシュ』!」
天狼が覚醒して宙高く舞い、SF映画バリの一撃を「ピンボール」に叩き付けた!
「甘いです、俺も本気を出しますよ! 奥義『結構強めなリターン』!」
相対する蓮角もまた、覚醒して凄まじい一撃を叩き返す。
それらの勝負を見守るのは、エイドリアン、加賀、淡雪の三名である。その中の淡雪は先ほどまで参加していたのだが、疲れてしまってM2と交代して貰っている。
そのM2は現在、天狼とペアを組んでいる。
もはや常人の域を超えた玉速(能力者は常人を超えているのだが)に、一瞬躊躇いを覚えた物の、なんとかして打ち返す事に成功した。
それに対するは、風花。
「お兄ちゃんには絶対負けない!」
その言葉と同時に放たれた、痛烈のフルスイング!
かなりの速度だったが、天狼は打ち返そうと身構えた。
しかし、天狼はそれをあえて見逃す。
その理由は、風花が顔を抑えて蹲っているからだ。
フルスイングを放った後、そのラケットが見事自らの顔面を捉えたのであった。
●策謀と応報の温泉
「ふぅ‥生き返る」
皆が卓球で大騒ぎをしている頃、パディは一人で、温泉を堪能していた。
今ならば、この傷を見る人もいない上、この露天風呂からの絶景を独り占めできるのだ。
やがて、日中風呂に入って疲れを癒していないからか、少しずつ意識が遠のいていった。
「ふう。これは良いお湯です♪ 俺は、そろそろ出ますね」
聞き覚えのあるその声‥蓮角の声に、パディはハッとして起き上がった。
いつの間にか、縁にもたれて眠ってしまったようである‥そして、周囲には共に同行した男性人が全員集合していた‥蓮角は、既に湯船から上がっているが。
近くにいたM2はアルコール低めのフルーツ酎ハイを飲みつつ、やっと起きたか、という含みを込めた微笑で、酒を勧めてきた。
悪意は全く感じられなかった物の、傷を見られた事で若干の居心地の悪さを感じたパディ。苦笑いをしつつ、先に湯船から上がろうとした。
そのパディの肩を、M2がポンポンと叩いた。
そして、一点を指差す。
釣られて見たパディの目に、今にも女風呂を覗こうとしている天狼の姿を見つけた。
M2は「おー頑張れよ」程度にしか思っていなかったが、パディは慌てて止めに入った。
一方、女風呂。
こちらもまた、先ほどまで女性陣が勢ぞろいしていたのだが、エイドリアンはマッサージチェアをいち早く確保する為、先に上がっていた。
「これが胸が大きくなるかもしれない温泉‥」
そう呟きながら、淡雪の後ろにぴったりとくっつく風花。やはり、彼女は淡雪のことが大好きらしい。
その淡雪は、実際風花の言うとおりの「胸が大きくなる」という事を密かに期待しており、月明かりのした、その光を紡ぐが如く美しい歌声で歌を歌っていた。
しばらくして。
「なにやら、男湯の方が騒がしいようですが‥」
加賀が怪訝そうに立ち上がったその時だった。
覗こうとしていた天狼と、止めようとしたパディの二人分の体重を支えきれなかったのか、少し古くなっている木製衝立が音を立てて砕けた。
悲鳴と共に転がり込む両名、M2はすかさず後ろを向いて、酒の続きを楽しんでいる。
それに対しての女性陣の反応は、様々だった。
風花は咄嗟に持ち込んでいた月詠を手に持ったまま呆気に取られている。
淡雪は勇者(覗き)の出現にフリーズし、のぼせて沈んでいく。
そしてこの中では最年長者の加賀は、この状況では似つかわしくない笑みを浮かべ、鬼蛍を手に取った。
「これからする私のお願いに『はい』か『イエス』でお答えくださいね。一晩正座で反省してください!」
すかさず、パディは「ちょ!! 違います!」と弁明するも、通用するはずも無く大人しく正座した。
ところが天狼は、正座するどころか挑むように立ち上がり(タオル着用済み)。
「たとえ私を倒そうとも!第2、第3の私がまた現れぶるぁっ!!」
「ぷはっ! やっぱりこれに限りますねぇ。」
風呂上りといったら、やはりコーヒー牛乳。
蓮角は浴衣に着替え、その爽快感たっぷりの一気飲みを実行したばかりだった。
後は月でも見ながら、誰かと乾杯するかと思ったその時。
強打音、くぐもった悲鳴、別の男の悲鳴、湯船に誰かが激しく着水する音。
鬼蛍の峰打ちが天狼の顎を強打し、綺麗に天狼が空中半回転し、それを見たパディが思わず悲鳴をあげ、そのまま天狼が男風呂の湯船に頭から着水した音だとは、蓮角は知る由もなかった。
●本当の休息
一方エイドリアン。
彼女は今、幸福の絶頂の最中にあった。
エイドリアンは元よりこのマッサージチェアが一番の楽しみだったらしく、肩こりの酷い彼女にとってはまさに至高の幸せだった。
温泉+酒+マッサージで気持ち良く極楽天昇三昧。
贅沢の極みとはこのことだろう。
「ぅ〜〜、幸せだっぴょん〜♪」
またもやリラックス時の口癖が飛び出すが、やはりその事には頭が回らないほどふにゃふにゃ状態らしい。
身も心も、浴衣までもマッサージチェアで緩みきり‥やがては睡魔がやって来る‥。
「もぅ、このまま寝ちゃうんだっぴょん〜♪」
その決め、ゆっくりと幸せに包まれたまま、眠りに落ちていった。
最初の方に記載したと思うが、彼女は今下着が無い。
そして、今浴衣が緩みきってしまっている。
風呂から上がってきて、マッサージチェアを使用しに来た加賀がその緩みきったエイドリアンを見つけ、着衣を正し毛布をかけたから良いものの、エライコトになりかけていた事を、加賀以外知る由も無かった‥。
●その後
こうして、傭兵達の臨時休暇は終了した。
一名無事ではない者がいたものの、心身ともに安らかに休めた傭兵達。
また明日から、仲間の為、世界の為、戦場を駆ける日々が続くだろう。
そして、またこの様な平穏な一日が訪れる事を、心から、祈るであろう‥。