タイトル:月に群雲、花に風マスター:中畑みとも

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/04/13 00:04

●オープニング本文


 ある日、本部に一枚の文書が届いた。たった二行の文と、差出人らしき名前が書かれているだけのそれが何を意味しているのか判らず、そのときはただの悪戯として処分された。
 その数日後、ある場所に突然キメラが出現した。被害は出してしまったものの、何とかキメラを退治した本部だが、ふとあることに気がついた。

 数日前に悪戯として処分された文書が、キメラ出現の場所を示していたことに。


 そして再び、文書が届く。真っ白な紙に、たった二行の文と名前が書かれているだけの、キメラ出現の予告状が。



『 源の戦士は母の衣を纏い、美しき女神は島で靴を履く。
  翠の雪の中、風神の子は王子の忠実なる支援者として戦う。
                           クリュプトン・アントス 』

 差出人は何の目的でこれを届けたのか。
 判らないことはあれど、今やるべきは一つ。
 この予告状の謎を解き、被害が出る前にキメラを倒すことだ。

●参加者一覧

風巻 美澄(ga0932
27歳・♀・ST
西島 百白(ga2123
18歳・♂・PN
リゼット・ランドルフ(ga5171
19歳・♀・FT
シエラ・フルフレンド(ga5622
16歳・♀・SN
佐伯 (ga5657
35歳・♂・EL
ティーダ(ga7172
22歳・♀・PN

●リプレイ本文

 ざざぁっと、まるで波のような音を立てて、竹林が揺れる。緑色の竹の葉が降り落ちる中、現われたのは成人男性程の身長を持つ猿キメラだった。その目が、周囲を確認するように動く。足元には大きな扇形の葉を持ち、唇弁が袋のように膨らんでいる植物が沢山咲いていた。
 猿キメラは、その見た目からオンコットと呼ばれるものだった。オンコットとはインドの叙事詩に登場する、王配下の猿将軍のことで、ハヌマーンと同一視される存在である。
「‥‥来ないねぇ」
 ぽつりと呟いたのは、オンコットの後ろに突然現われた、一人の男性だった。真っ黒のフードローブに身を包み、顔は見えない。だが、オンコットがその男性に攻撃を開始しないばかりか、まるで指示を伺うかのように視線をやるのを見ると、その男性はキメラと味方関係にあると考えて、間違いはなかった。
「別の場所に行っちゃったかな? しょうがないねぇ」
 男性はそう言って苦笑すると、オンコットに対し、「行け」と手を振った。


「中国国内でキメラが出現!」
「詳しい場所は?」
「ここは‥‥絶滅危惧種であるクマガイソウの自生地として登録されている場所です! ポイントは−」
 UPC本部内で、緊迫した声がキメラの出現したポイントを告げる。それを聞いた上司らしき人物は、傍らにいた部下に振り返った。
「暗号を解読していた傭兵達は?」
「出現場所を兵庫県の煙島であると推測し、現在そちらで待機しています」
「すぐに連れ戻せ。‥‥全く‥‥詳しい場所はこちらで調べると言ってあった筈なんだが‥‥」
 敬礼し、急いで走っていく部下を見送り、上司は眉間に皺を寄せて溜息を吐いた。


「ええええ! ここじゃなかったんですか!?」
 本部からの連絡に、焦った声を上げたのはシエラ・フルフレンド(ga5622)だった。わたわたと仲間を呼ぶシエラの肩を、風巻美澄(ga0932)が押さえる。
「とりあえず落ち着け。で? どこに出たって?」
「中国の、クマガイソウ自生地だそうです。今、自生地近くの里を襲っているみたいで‥‥」
「急ぐぞ」
 風巻の言葉に、仲間が頷き、待機してあった高速移動艇に入り込む。運転手は既に本部から連絡を受けていたようで、迷いもなく中国へ向けて機体を出発させた。
「源の戦士は母の衣を纏い、美しき女神は島で靴を履く‥‥前半は熊谷直実、つまりは一の谷の合戦の舞台である兵庫県のことを、後半は弁天様が現われたとされる弁天島のことを指していて、その両者に関係するものとして煙島と推測したんやけど‥‥」
「だが、結果はクマガイソウの自生地だった。酷く単純な暗号だったものを、私たちは深読みしたわけか」
 高速移動艇の中で、暗号を振り返ったのは佐伯(ga5657)だった。それにティーダ(ga7172)が続けば、リゼット・ランドルフ(ga5171)が肩を落とす。
「暗号がクマガイソウそのものを指しているのだと判れば、確かに単純だったのだと判りますね。前半はクマガイソウの日本名の由来を。後半はクマガイソウの属名であるキプリペシジウムの由来、ビーナスの島キプロスと、ギリシャ語で上靴を意味するペディロンを指していたのですから」
「‥‥なるほど‥‥クリュプトン・アントス‥‥謎の花‥‥花そのものが暗号、というわけか‥‥」
 溜息を吐いて、「‥‥全然‥‥判らなかった‥‥」と呟くのは西島百白(ga2123)だ。どこか気落ちしたような皆の様子に、風巻が両手を叩く。
「とりあえず、だ。今はキメラを倒すことだけを考えようぜ」
「そうですね! 今の所、被害はまだ少ないそうですから、これ以上増えないようにさっさと倒してしまいましょう!」
 おーっ! と気合を込めて、シエラが拳を振り上げたとき、高速移動艇は目的地上空へと着いていた。


「お猿さん発見ですっ! 敵は一体みたいですね」
 竹林の中でオンコットを見つけたシエラの言葉に、ティーダが頷く。
「王子の忠実なる支援者、風神の子ハヌマーン‥‥猿型キメラか」
「どうやら、二行目の暗号は、わしらの考えで当たってたみたいやね」
「援護は任せとけ」
 ルベウスを構えるティーダに、佐伯がショットガンを、風巻はエネルギーガンを構え、リゼットと西島に視線を送った。それに頷き、二人が飛び出す。
「行くぞ‥‥風神の子!」
 ユンユンクシオを振り下ろす西島に、オンコットが飛び退った。その背中をリゼットのバスターソードが狙うが、オンコットは一足先に高く飛び上がり、避ける。
「逃がすか!」
 跳躍したオンコットに、風巻が銃口を向けた。空中にいて身動きの取れないオンコットに、エネルギーガンを撃ち込む。が、オンコットは素早く腕を伸ばし、近くにあった竹を掴んで位置を変え、回避した。
「くそっ! 当たらへん!」
 竹を盾に縦横無尽に移動するオンコットの素早さに、佐伯が舌打ちをする。打ち込んだ弾丸は竹に当たってしまい、オンコットまで届かない。
「私が動きを止めます。その隙に」
「私もやりますっ!」
 リゼットがバスターソードを構え直す。その後ろから援護するようにシエラがアサルトライフルを連射すると、オンコットの前にあった竹が弾丸によって幹を抉られ、メキメキと音を立ててオンコットへ倒れこんで来た。それを避けたオンコットの足を狙い、リゼットがバスターソードを薙ぎ払う。
 だが、今まさにオンコットの足に食い込まんとしていた刃の動きが止まる。倒れてくる竹に気をとられ、隙を見せたかと思われたオンコットが、その大きな手でリゼットの腕を掴み、バスターソードの動きを止めたのだった。ギリギリと腕を締め上げてくる力に、リゼットの顔が歪む。
「あかんっ!」
 佐伯がショットガンを撃とうと構えるが、オンコットが大きい体をしているとは言え、接近しているリゼットに当てない様に打つには難しかった。屈んだ状態にあるオンコットは、リゼットの真後ろにいる佐伯の位置からだと、急所が全てリゼットの身体で隠れていて、肩辺りを狙うしかない。しかし、もしオンコットがリゼットの腕を掴んだまま動けば、最悪、弾がリゼットの頭部に当たる可能性もある。
 移動するしかない。そう判断して、ショットガンの銃口をオンコットから外そうとした佐伯は、ふと動きを止めて、再び銃口をオンコットに向けた。目だけで、周囲を確認する。
 オンコットの背後に、ティーダが回り込もうとしていた。オンコットに気付かれないよう、大きく距離を取りつつ回りこむティーダに、佐伯の口角が上がる。
「リゼットを離せ、てめぇー! こらー! サルー!」
 それに気付き、風巻がオンコットの気を逸らそうと、大声を上げ始めた。風巻の声に足音を消されたリゼットは、オンコットの背後からルベウスを振り落とす。爪が肩に食い込み、オンコットが甲高い悲鳴を上げた。同時に、腕の締め付けが緩んだのに気付いたリゼットがバスターソードを払うと、オンコットの片足が切り飛んだ。
 足を切り飛ばされ、転げるオンコットから、風巻がリゼットの腰を掴み、引き離す。
「大丈夫か?」
「っ! ‥‥大丈夫です」
 風巻が慌ててリゼットの腕を確認すると、少し赤くなってはいるが骨までは傷ついてなさそうだった。ホッと息を吐く。
 痛みに悲鳴を上げるオンコットに、佐伯とシエラが弾丸を撃ち込む。片足で何とか逃げ出そうとするオンコットに、西島がユンユンクシオを振り回す。それを避け、竹を登って逃げようとするオンコットを、ティーダのルベウスが引き摺り倒した。
「‥‥もらった」
 体勢を崩し、隙だらけになったオンコットの背中に、西島のユンユンクシオが突き刺さる。口から血を吐き出しながら絶命していくのを確認し、西島が張り詰めていた息を吐いた。


「被害状況は5件の家屋損壊と、子供が逃げる際に転んで負った切り傷のみ。最小限の被害、とは言えるだろうな」
 キメラを退治し、本部に帰った傭兵達を待っていたのは、渋い顔をした依頼人だった。UPCの軍人である依頼人は、申し訳なさそうな顔をしている傭兵達に、あからさまな溜息を吐く。
「まあ、里の者たちも無事だったことだし、成功報酬は払おう。だが、暗号を解読できなかったことは、依頼としては失敗に当たる。そのことは覚えておけ」
 そう言って去っていく依頼人に、傭兵達も溜息を吐く。
「うぅ〜っ、何で‥‥何で暗号なんですかー?」
「くそー! クリュプトン・アントスめ! 次こそは犯人はお前だ! ってカッコよく決めてやる!」
「え!? 次もあるんですか‥‥?」
 シエラが肩を落とし、風巻が意気込むように叫べば、リゼットが困ったように眉を寄せた。それに、佐伯とティーダも肩を竦める。
「一体、何者なんやろな、そいつ」
「さあな。まあ、またキメラを送り込まれても、倒せばいいだけだ」
 そう返して、ティーダが去って行くのに、他の傭兵達もそれぞれ本部を後にして行った。


 その頃。
「さーってと。次はもう少し簡単にした方がいいかな?」
 ある場所で、黒いフードローブの男性が、楽しそうに暗号を考えていたことなど、誰も知らない。