●リプレイ本文
「いらっしゃいませー!」
がやがやと賑やかな店内に、リリィ(
ga0486)の可愛らしい声が通る。店の制服が着れて上機嫌なリリィの細腕には、大量の使い終わった食器の積まれたトレイがあった。見る限りでも相当な重さがあるそれを、リリィは何の苦も見せず運んで行く。
「オーダー入りまーす!」
調理場に忙しなく声をかけたのは藍乃 澪(
ga0653)だ。返事をする劉・藍にメモを渡し、代わりに出来上がったメニューをトレイを運んで行く。途中、自分を知っているらしい男性客の声ににこやかに微笑を返して応対していた。
「桃花ちゃん、追加のパンお願い」
「はいよー。こっちは出来上がったでー。うん、いい色やー」
調理場を手伝う郭桃花(
ga3104)は、焼きたてのパンを見下ろして満足そうに頷いた。そして慣れた手つきで素早く皿に盛り付けていく。
「それじゃあ、私もホールに出て来るから、ちょっとの間よろしくね」
「まかせときー」
そう言って、本日のオススメメニューが盛り付けられた三枚の皿を器用に片腕に載せ、別の手にミルクティーのポットを持った藍は、郭の返事ににっこりと笑みを見せて調理場を出た。
「お待ちどうさま。自家製パンとミルクティーね」
料理を持って来た藍は、店の隅に位置する席で静かに待っていた海森 水城(
ga0255)の前に皿を置き、カップにミルクティーを注いだ。藍をうっすらと見上げ、小さく頭を下げる海森に藍がにっこりと微笑んで別の席へ足を向ける。
海森はパンを手に掴むと、一切れ口に入れた。味わうように細かく咀嚼し、ミルクティーを飲む。じんわりと身体を包むような暖かな甘さに海森はうっそりと表情を緩めた。
ただし、その変化は乏しく、傍から見た限りでは全くの無表情であったが。
食事が終わって勘定を支払う海森の皿を見て、満足そうに笑う藍。
皿にはパン屑ひとつ残っていなかった。
「こんにちわ〜。えーっと、2人座れる席はありませんかー?」
やって来たのは姫藤・椿(
ga0372)だ。その背中に隠れるように、姫藤・蒲公英(
ga0300)も店に入って来る。
「いらっしゃーい。ちょっと待っててねー。澪ちゃーん、おねがーい」
「はーい! お席こちらへどうぞー」
呼ばれた藍乃がやって来て、2人に席を案内する。席に座った椿は、早速2人分の記念メニューを選ぶと、オーダーを待つ藍乃を振り返った。
「あのー、小さい子にも食べることが出来て、オススメの料理というの、ありませんか?」
「小さい子、ですか? そうですねー‥‥この飲茶セットなんてどうですか? 量も多くないですし、癖のあるものは入ってないので、食べ易いかと思いますよ」
「じゃあ、それもお願いしますっ!」
オーダーを頼み、藍乃が調理場へと向かうのを見送ると、椿はおもむろにモバイル端末を広げ、何かの書類と見比べ始めた蒲公英に話しかけた。
「ここのお店の制服、カッコいいねー。大人の女性にぴったりって感じ。ね、蒲公英さん」
「‥‥はい‥‥ここの係数が‥‥そうすると‥‥」
楽しそうに話す椿に、端末に集中する蒲公英は空返事を返すばかりだが、椿は一向に気にした様子もなく、きょろきょろと興味深そうに店内を見渡していた。
藍乃が椿達に席を案内するのをチラリと確認した藍は、蓮沼千影(
ga4090)の座る席へ向かった。
「お待ちどうさま」と料理を差し出す藍に、蓮沼が身を乗り出す。
「待ってました! んー、美味そうな匂いだな。いただきます!」
パンとミルクティーの香りを胸いっぱいに嗅いで、蓮沼は口元に笑みを浮かべると、パンにがぶりと齧り付いた。口の中に広がる美味しさに、蓮沼が目を見開いて「うめぇ!」と漏らす。
「おかわりもできますから、たくさん食べていって下さいね」
「もちろん!」
幸せそうにパンを頬張る蓮沼に、藍はにっこりと微笑んで頭を下げると、次のテーブルへと身体を反した。
「オープンおめでとう御座います。これ、良かったら使って下さい。私の自作のフォーマットなんですけど、帳簿作るときにお役に立てるかと思います」
「あら、ありがとう。使わせてもらうわね」
言って、藍にデータの入った袋を渡したのは、田沼 音羽(
ga3085)だ。藍がそれに礼を言って受け取ると、田沼はテーブルの上に置かれたミルクティーを手に取った。甘い香りを存分に楽しんでから、口をつける。
「んー♪」
染み渡る甘さに、田沼が頬を染めて嬉しそうに唸り、身体を震わせた。椅子の下で小さく足を動かす田沼に、藍が優しい微笑を浮かべる。
忙しなく動く藍やアルバイト達を、カウンターからぼんやりと見ていたのは篠崎 美影(
ga2512)だった。手元にあるミルクティーをすすりつつ、羨ましげに「いいなー」と呟く。
「やっぱり、あの制服可愛いなー。いいなー、着たかったなー」
「あら、そんなにこの制服が気に入ったの?」
ぶつぶつと呟く篠崎に近づいてきたのは、料理を運び終えて戻って来た藍だった。慌ててだらけていた身体を戻す篠崎に、藍がクスクスと笑う。
「うふふ、そんなに気に入ってくれると、こっちも嬉しいわ。どう? 店が落ち着くまで待っててくれたら、制服貸してあげるけど」
「ホントですか!? 待ちます待ちます! やった!」
藍の言葉に、篠崎が喜々として飛びつく。
「おかわりは?」と聞く藍に、篠崎は楽しそうに空になったティーカップを渡した。
カシャーンッという音と共に、慌てたような悲鳴がテーブル席から聞こえて来た。それに近くにいたリリィが真っ先に駆け寄る。
「わ、わ、わ、か、カップ倒しちゃった、あ、端末にお茶が‥‥」
「蒲公英さん、落ち着いて!」
おたおたとする蒲公英を落ち着かせようと、椿が蒲公英の肩を掴んだ。その横から、布巾を持って来たリリィが素早く端末に零れたミルクティーを拭き、端末を確かめると、その画面は死んだように真っ黒だった。
「ありゃりゃ」
「ああああ‥‥」
リリィに困ったような顔で差し出された端末を、蒲公英が肩を落として受け取る。と、周りの視線がこちらに向いていることに気付いて、蒲公英の顔がボッと赤く染まった。
「大丈夫? 怪我はない?」
「あ、大丈夫です。すみません、クロス汚しちゃって‥‥」
「いいのよ。クロスは汚れるものなんだから。でもこれじゃあお食事できないから、別の席に案内させて貰っていいかしら? 大丈夫、ここは後で新しいクロスを持ってくるから」
言って、別席に案内する藍に椿がついて行けば、まだ真っ赤な顔の蒲公英が俯き加減でそろそろと続く。そして、別席に落ち着くと、蒲公英はショートしてしまった端末を仕舞い、黙々とパンを食べ始めた。
こそこそと店に入って来て、目立たない席に座ったのは響月 鈴華(
ga0507)だった。トレンチコートにスカーフを着込み、サングラスをしている姿は、茶餐廳の中で酷く浮いている。応対したリリィは、思わず片眉を上げて首を傾げた。
「あ、チャーハンお願いします。‥‥中華はチャーハンを食べれば、善し悪しが判るからね‥‥」
ポツリと呟かれた言葉はリリィには届かなかったが、リリィは怪しげな客に首を傾げつつ調理場へとオーダーを持って行く。
「チャーハン一つ入りましたー」
「はーい。あ、桃花ちゃん、休憩行って来ていいわよ」
「ほな、先に休憩行かせて貰うわ」
慣れているとはいえ、郭は朝から鍋を振りっぱなしである。
兵舎で中華料理店を構える郭に取って、劉茶餐廳を手伝える事になったのはラッキーであった。
他の店で鍋を振うのは、料理人にとって学ぶ所が多い。挙げ句にお給料を貰って、リサーチまで出来るのだから一石二鳥である。
郭が手伝った印象では、劉茶餐廳はいいライバル店になるだろう。
(「ま、それでもあたしの店の方が勝ちやけど」)
例えライバル店の手伝いでも料理に手を抜くのは、郭の好みではない。
「さあってもう一踏ん張りやね」
うーん、と伸びをすると料理場に戻っていった。
オーダーの合間に交代で休憩を取っていくアルバイト達。
「はぁ〜お腹すいたぁ‥‥」
一番最後に休憩に入ったリリィは、待っていましたとばかりにぱくりとパンを齧る。
「うーん、やっぱりおいしい♪ 常連になっちゃおうかなー」
疲れた体にミルクティーの優しい甘さが染みる。
「美味しいパンとミルクティーで優雅に過ごす‥‥」
うっとりとしたようにリリィが言う。
店内を見回せば、胡麻団子とマーラーカオを持って来た藍に点心ではないお薦めの食事がないかと尋ね、手帳に何かを書き留めている蓮沼の様子が目に止まる。
(「手伝っている店がこうやって賑わっているのは、感慨深いものがありますねー」)
どうやら店もピークを過ぎたようで一段落である。
ちらほら支払いを済ませ、帰る客が増えている。
「蒲公英さん、いいお食事できる所を知ってよかったね〜。美味しいし、サービスいいしっ、制服も素敵だし、また来ようね」
頷く蒲公英と手を繋いで帰る椿。
こうしてラスト・ホープにまた新しい名店が1つ増えたのであった──。