●リプレイ本文
朝も開けきらないうちから、舗装のされていない道をガラガラと荷車が進んでいく。高く詰まれた荷物には黒いシートが被されていて、一見して中身は判らない。その荷車を引いている、今回の護衛の依頼人である男性は、キョロキョロと忙しなく辺りを見回していた。不安そうなその様子に、アグレアーブル(
ga0095)が振り返る。
「心配しないで。私達が守ります」
「はあ‥‥あ、ありがとう御座います‥‥」
「安心しな。しっかり護衛してやるって。怖いだろうが‥‥村の皆の期待に応えてやらないとな」
言いながら、荷車を押して進むのを手伝っているのはゼラス(
ga2924)だ。にーっとおどけたように笑う目が、どこか懐かしむような優しい光を帯びていて、男性は少し安堵したように微笑む。
「それにしても、まる一日もかかる距離を歩いてまで調達に行かなきゃならないなんて、大変ですねぇー」
「昔はこうじゃなかったんです。少し前まで、月に一度は馴染みの商人がやって来てくれたんですが‥‥」
ハルカ(
ga0640)に答え難そうに言葉を濁す男性に、シャロン・シフェンティ(
ga3064)が喉で笑って肩を揺らした。
「まあ、自分の命を惜しめば、赤の他人である村の為に危険を冒そうとは思いませんね」
その言葉に、ゼラスと共に荷車を押している真田 一(
ga0039)が片眉を上げてシャロンを睨むと、ゼラスが肩を竦める。
「‥‥辿り着けないと‥‥悲しむ‥‥届かないと‥‥残念‥‥絶対‥‥守る‥‥」
シャロンの言葉に不安そうな顔をした男性の肩に、クロード(
ga0179)が軽く触れた。男性が力ない笑みを向ける。
「そういえばさ、あんたの村って何か特産品みたいなのあるか? 土産にでもさ、何か買っていこうかと思ってんだが」
「そうそう! 村で一番美味しいものって何ですか?」
「え、あ、そうですね‥‥特産品って程じゃないんですが、キムチは美味いですよ。長年、試行錯誤して作ってますから、他のより一味違うと思います」
「へぇ、それは食べてみたいな」
「この通り辺鄙な村ですから。保存食料の研究には熱心なんです」
「いいですねぇ。研究熱心なのは素晴らしいことです」
ゼラスとハルカに男性が答えれば、真田もその話に乗ってきた。シャロンもククッと肩を揺らして笑い、それを見てクロードがうっすらと微笑む。まばらに木が生えているだけの殺風景な道に、賑やかな笑い声が渡る。
「何や、後ろは賑やかやねぇ」
斥候として、荷車より先を歩いているクレイフェル(
ga0435)は、肩越しに軽く後ろを振り返った。それに、須賀 鐶(
ga1371)がフッと笑う。
「まあ、騒ごうが静かであろうが、襲われるときは襲われるし、襲われないときは襲われませんからね。何事もなければそれが一番なんですが」
そうして2人が周囲を気にしながら歩いていると、クレイフェルが遠くの木々の間に動くものを見つけた。その一般の人間では有り得ない素早い動きに、須賀を呼ぶ。遠目からこちらの様子を見ている姿は、まさしく猿であった。
「どうする? 追い払うか?」
「距離が少し遠い。あちらも様子見という感じでしょう。後ろに連絡していて貰えますか?」
須賀に「了解」と返して、クレイフェルが無線を取り出す。須賀の見ている先で、猿が素早い動きで遠くへ去っていく。
クレイフェルが無線を終えると、後ろで騒いでいた荷車周辺が、話し声はそのままに、静かな緊張感を持ち始めた。
陽は高くなり、道も半分辺りまでやってきた。ここまで来ると、後ろにあった街もすっかり見えなくなる。
風が動く気配がして、真田は刀に手をかけた。荷車の上に影が重なる。突然遮られた太陽に、男性が驚いて振り向いたのと、真田が抜刀するのは同時だった。荷車が横を通るのを見計らって木の上から飛び降りた猿キメラ、オンコットが、真田の刀によって斬り飛ばされる。
肩口を斬られたオンコットは、獣のような悲鳴を上げて荷車の上から落ちた。ゼラスが追い討ちをかけようとファングを振り上げるのに、オンコットは機敏な動きで身体を反すと、そのまま逃走する。
「ふむ。敵わないと見るや、即座に逃走する。実に獣らしい判断ですね」
「このまま戻って来ないといいんですが」
感心したように頷くシャロンに、アグレアーブルが構えたナイフを戻しながら溜息を吐く。
「ここらにいるのは一匹だけだと思うか?」
「いえ、オンコットが猿を素体にしたキメラであるとするならば、一匹だけと言うのは不自然ですね。どこかにボスがいるかもしれません」
ゼラスの問いに、シャロンが顎に手を当てて考える。
「じゃあ、沢山いるって事?」
「それもないでしょう。ここらには大量のキメラが隠れられる場所はなさそうですし。いても5匹前後。まあ、私の考えとしては2匹ないし3匹辺りが妥当かと」
ハルカの疑問に、シャロンが首を振って自らの推測を口にした。それに真田も納得するように頷く。
「まあ、敵が何匹いようと、俺達は護衛を全うするだけだ」
「そうだね。絶対に守ってあげるからね!」
ぐっと拳を作るハルカと、力強い笑みを浮かべるクロードに、男性が深々と頭を下げた。それを横目に見ながら、アグレアーブルは斥候の2人と無線連絡を取っていた。
陽が落ちると、辺りはすっかり暗闇に包まれてしまう。外灯などある訳もない闇の道で、アグレアーブルはライトを手に周囲を警戒していた。荷車にはランプを吊るす棒がついていて、淡く揺れる光が足元を照らしている。
大分重い荷車だが、ゼラスと真田は苦も見せずにそれを押し続けていた。男性からつい先程、「2人が手伝って下さるお蔭で、いつもより足が速いです」とお礼を言われ、2人は心なしか嬉しそうである。そんな2人にハルカとクロードが顔を見合わせ、クスリと笑った。シャロンは彼らに構わず、何事かぶつぶつと呟いては、楽しそうに肩を揺らしている。
アグレアーブルの視線の向こうには、斥候の2人が持つ光が見えていた。と、その光が大きくぶれる。アグレアーブルがハッとするのと同時に、無線が通信を訴えた。
「荷物やのうて、こっちから先に来よった!」
「俺達が仲間だと判ったんでしょうね。このまま分断させる気だ」
「頭の良いやっちゃ!」
振り下ろされる腕を避けると、バコンッと鈍い音がした。土か石か、オンコットの怪力によって抉られたのだろう。無線で敵襲の知らせをしたクレイフェルが、チッと舌打ちをして通信を切る。迫るオンコットに持っていた松明を突き出すと、オンコットが嫌がるように顔を背けた。その隙に、クレイフェルがオンコットの身体を思い切り蹴り飛ばす。
それを追う様に、ファングを構えた須賀が飛び出した。オンコットへの威圧と、須賀の支援の為に、クレイフェルが松明とライトをオンコットへ向ける。
照らされる光の下で、オンコットの動きを観察する。どうやら肩を怪我しているようで、それを庇うように動いていた。そういえば昼頃に荷車の方で一匹追い返したと言っていたから、おそらくこのキメラなのだろうと推測する。
「と、なると」
「向こうにボスが行きますね」
覚醒して口調の変わったクレイフェルが、松明をキメラに投げつけた。慌ててオンコットが松明を弾くが、その一瞬にクレイフェルがオンコットの怪我をしているであろう肩を狙ってファングを振り下ろした。それを庇えずに片腕を落とされたオンコットは隙だらけで、月明かりだけでも充分姿を追うことが出来る。クレイフェルの逆側から迫った須賀のファングが、オンコットの身体を引き裂いた。
ドサリと重い音を立てて倒れたオンコットの身体を、松明の光がチロチロと炙っていた。
同時刻、荷車の方にも2匹のオンコットが襲い掛かっていた。どちらも同じような体格をしているが、片方が動きが速い。おそらく、そちらがボスだろう。
一番初めに動いたのはアグレアーブルだ。ナイフを抜き、オンコットを迎撃する。風を切って振り下ろされる腕を避け、ナイフで斬りつけるが、素早い身のこなしのオンコットに深手は与えられない。
荷物を奪おうと荷車に乗り上がったボスを殴り落としたのはゼラスだ。真っ赤に滲む髪を振り乱し、キメラに笑いかける。
「行くぜ、キメラ野郎! 盛大に俺と踊りな!」
両手にファングを装備したゼラスが、ボスに飛び掛る。ガバリと身を起こしたボスは、その腕をがしりと掴んで押し返そうとした。2人の力が拮抗し、膠着する。
「とりゃあ!」
どちらも身動きが出来ない状況で、ボスの無防備な頭を蹴り飛ばしたのはハルカだった。斜め頭上からの飛び蹴りに、ボスが堪らずに地面に倒れる。それに追い討ちをかけるように、ゼラスがファングを繰り出した。咄嗟に身を捻るボスだが、片目を抉られて悲鳴を上げる。
その声に反応したのは、もう一匹のオンコットだ。ボスを助けようと身を翻したところに、シャロンが眼鏡を光らせてスブロスを投げつけた。スブロスがオンコットの目の前に落ちるのと同時に、超機械による電磁波で引火させると、オンコットの前に火の壁が現われる。
火に阻まれて動きの止まったオンコットに、頭を抱えて震える男性を背中に庇ったクロードが抜刀した蛍火を翻した。淡い光がオンコットの両目を切り裂く。
悲鳴を上げるオンコットに、アグレアーブルが迫った。心臓部に深々とナイフを突き立てると、オンコットはビクリと身体を震わせ、そのままゆっくりと崩れ落ちて行く。
自分の子分がやられたのを知ったのか、抉られた片目を押さえたボスが腕を思い切り振り上げた。真田がそれを刀で受け流して斬り付けようとするのに、ボスは機敏な動きで避け、荷車から距離を取った。瞬く間に闇に消えるボスに、ハルカが「逃げた!」と叫ぶ。
「大丈夫か!?」
駆け寄ってきたのはクレイフェルと須賀だ。アグレアーブルが即座に辺りをライトで照らす。が、オンコットの姿は見えない。
「どうやら、逃げたようですね。あの深手だと、とりあえず今夜はもう襲っては来ないでしょう」
シャロンの言葉に、クロードが頷いて蛍火を鞘に収める。それに続いて、他の傭兵達も己の武器を仕舞った。
「もう大丈夫ですよー」
「立てるかい?」
ハルカとゼラスに肩を持たれ、男性がよろよろと立ち上がる。今にも泣きそうなその様子に、真田が安心させるように背中を叩いた。
村はもうすぐそこだった。
「粗末なもんですが」
「ううん、凄い美味しいよ!」
ニッコニコと出された料理を頬張るハルカは、男性にグッと親指を突き出した。目の前には村人が作った料理が所狭しと並べられている。豪華なものではないが、それでも素朴な味はとても美味なものだった。
「ああ、言ってた通りだな。このキムチ美味い」
「ふむ。良い研究成果ですね」
キムチを摘む真田に、シャロンが頷く。それにゼラスがひょいっと首を伸ばした。
「なあ、このキムチちょっと貰ってっていいかい? 土産にしたいんだが」
「あ、俺の分もええか?」
「どうぞどうぞ。いくらでも包んで差し上げますよ」
便乗するクレイフェルにも、男性は上機嫌で答える。その様子に、須賀が嬉しそうに微笑んだ。
「無事に守りきれて良かった、良かった。食は尊いものですからね」
「‥‥皆‥‥嬉しそう‥‥」
クロードも、喜びに笑顔満面の村人達を見渡し、ホウッと溜息を吐く。
「逃げたオンコットの方は、早急に探し出して退治してくれるように本部に打診して置きます」
アグレアーブルの言葉に、村人達が深々と頭を下げた。それにアグレアーブルが笑みを反せば、宴会と化している中に手招きされる。
小さな村に、賑やかな笑い声がいつまでも響いていた。
■依頼人の護衛
■任務完了!