●リプレイ本文
「よぉいしょっと!」
可愛らしい掛け声を上げ、畑へ鍬を振り下ろしたのはリリィ(
ga0486)だった。ふぃー、と空を見上げて汗を拭う様は可愛らしい女の子そのもので、一緒に畑仕事をしていた鷹司 小雛(
ga1008)はそれを微笑ましそうに振り返る。
「いい天気ですね。まさに畑仕事日和ですわ」
「そうですねー。頑張っていい畑を作りましょうねっ!」
にこにこと笑って、2人は鍬を土に振り下ろす。と、リリィの鍬が何やら鈍い音を立て、何かにぶつかったらしい振動をリリィの腕に伝えてきた。確かめれば、土の中には大きな石が埋まっている。
「ちっ‥‥またか。こりゃ骨が折れそうだぜ。まあ、バトルアクス振り回すよりかは体力的にマシか‥‥」
「どうかしましたー?」
「いいえー。ちょっと石が埋まってたの、見つけただけですぅー」
独り言のときとは大分違う口調で、リリィは可愛らしく答えると、鍬を地面に置いた。リリィの、埋まっている石を見下ろす目が赤く染まり、その細い腕がガッシと石を掴む。
「オラァ!!」
リリィの気合と共に、ボゴォ! と音がして、石が土の中から引っ張り出された。リリィの両腕で掲げられている石に鷹司が気付くと、傍らにあった刀を手に取る。
「お手伝い致します」
「おう! 頼むぜ!」
言って、リリィが石を空高く投げると、その石へアッパーを繰り出した。石がリリィの拳によって、数個に砕ける。そこに刀を構えた鷹司が飛び込み、岩を細かく切り刻んだ。小石と化した石が、下で待っていたリリィの持っている布袋に、トサトサと落ちていく。
「こうして置いた方が、捨てるときに楽ですわよね」
にっこりと笑いながら、鷹司が刀を鞘に収めた。
「冷蔵庫はここでいいんですか?」
「あ、その冷蔵庫はこっちに置いてくれるかしら。もう一つの方はそこでいいから」
「はい、判りました」
調理場で、通常なら成人男性二人掛かりで持ち上げる大きさの冷蔵庫を、蒼羅 玲(
ga1092)は1人で持ち上げ、足元に注意しながら歩いていった。少しだけ歩き方が心許ないのは冷蔵庫が重いからではなく、単に身長が低い為に冷蔵庫を持ち上げてしまうと前が見えないからだった。
「これで大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。玲ちゃんは腕痛くない?」
「このくらい、平気ですよ」
心配そうな顔をする劉・藍に、蒼羅がにっこりと笑って次の冷蔵庫へ手を掛ける。それに藍が「さすが能力者ねぇ」と感心したように呟いた。と、そこに伊佐美 希明(
ga0214)がひょっこりと顔を出す。
「藍ー、今大丈夫? 制服出来たんだけど」
「あら、本当? 見せて見せてー」
「凄いですね。もう出来たんですか?」
「ベースはほぼ出来上がってたしね」
そう言って、伊佐美が誇らしげに広げたのは、黒い生地で作られたチャイナドレスだった。半袖のセミロングタイプで、通常のチャイナドレスよりもスリットが大きく取られ、動きやすさが増しているものだ。それにシンプルな白いチャイナパンツを合わせるらしい。
「まあ、素敵!」
「伊佐美さんって、お裁縫上手なんですね」
「昔っからやってたしね。とりあえずちょっと着てみてくれない? サイズ合ってるか、確かめたいしさ」
チャイナドレスを藍の身体に合わせる伊佐美に、蒼羅が藍を見上げる。
「それじゃあ、藍さんが戻ってくるまでに、ここの掃除を終わらせておきますね。あとはこの冷蔵庫をそこに置くだけですよね?」
「うん、お願いね。戻ってきたら、食器とかも入れちゃいましょう」
藍と伊佐美が調理場を出て行く。それを見送り、蒼羅は瞳の色を黒から朱色へと変えると、ひょいっと冷蔵庫を持ち上げた。
店の外で、釘を金槌で打つ音が響いていた。
「すまない。そこにある釘を取ってくれないか」
「ああ、これか?」
建宮 潤信(
ga0981)が指を指すのに、威龍(
ga3859)が答えて釘を渡した。2人が作っているのは店内に置くカウンターだ。作りかけて転がっていたものが、だんだんと形になっていく。
「こんなものか。あとはヤスリをかけてペンキ塗りだな。俺はこっちからやって行くから、お前は反対側から頼む」
「判った。こっち側は念入りにやらないとな。客側だし」
言いながら、2人が出来上がったカウンターにヤスリを掛けていく。と、そこに足の折れ曲がってしまっている椅子を持って、田沼 音羽(
ga3085)が近づいてきた。
「すいませーん。足に丁度いい長さの木材ありません? これ、完全に折れちゃってるから、全部変えた方がいいかと思って」
「そうだな。こっちはもう木材は使わないから、好きなのを持っていけばいい」
建宮の言葉に、田沼が礼を言って木材を物色する。それに、威龍が1つの木材を手に取り、田沼へと差し出す。
「これなんかどうだ? 少し大きいが、加工するには丁度いいだろ」
「あ、そうですね。じゃあ、これ貰って行きます」
威龍から木材を受け取り、田沼が道具を置いてある場所まで戻って行く。
「よし。これで最後だし、さっさと仕上げちゃおうっと」
田沼が腕を捲くり直して、木材を手にする。回りには補強済みのテーブルセットが並べられていた。年季の入ったテーブルセットの壊れた部分を切り落として新しい木材で補修してあるため、明らかに色が違う部分があるのだが、ペンキで塗りつぶしてしまえば問題はない。
田沼が折れた椅子の足を外して、丁度いい大きさにした木材を釘で固定する。そうして椅子がきちんと立ったのを見届けると、今度はペンキを持って来て、地面に敷いたビニールの上に置いた。
「テーブルもカウンターと同じく、全部茶色でいいんだよね」
鼻歌を歌いながら、田沼がテーブルセットに茶色のペンキを塗っていく。とりあえず半分の5席分のペンキ塗りを終えると、ビニール上でテーブル達を置くスペースがなくなって来た。しょうがないと溜息を吐いて、田沼は店の中に入って行く。
「とりあえず乾くまで別のことしてようっと。何か手伝うことありますかー?」
「丁度よかった。今から壁紙を貼るんで、是非手伝って下さーい」
田沼の言葉に答えたのは、天・明星(
ga2984)だった。手に淡いクリーム色の壁紙を持って、壁に向かっている。それに田沼が駆け寄って、作業を手伝う。
「あ、龍が描いてある。気付かなかった」
「シンプルでいいですよね。僕も最初気付かなかったんですけど、これなら雰囲気壊さなくていいかなって」
天の持っていた壁紙には、淡いクリーム色を地色に、濃白で龍が描かれていた。あまり目立たない色合わせではあるが、清潔感を残しつつ、中華っぽい雰囲気を出すにはぴったりだと思われた。
「テーブルセットの修理は終わったんですか?」
「修理は終わりました。今ペンキ塗ってて、乾かしてる途中なんです」
話しながら、2人は順調に壁紙を貼って行く。そうして、全体に貼り終えたとき、田沼は「んーっ」と背伸びをして、玄関を振り返った。
「もう乾いたかな?」
「今日は天気がいいから、すぐに乾きますよ」
外に出て行く田沼を見送って、天は店内の掃除をする為に、箒とちりとりにモップと、道具を用意し始めた。
「あら。カウンターは出来上がったんですか?」
「ペンキを乾かし中なんだ。それで、暇になったから手伝いに来たんだが」
店の裏の畑に現われたのは、建宮だった。それに石を掘り起こしていたリリィと、雑草を摘んでいた鷹司がにっこりと微笑む。
「それは助かります。こちらは石に雑草に木の根と、結構な荒地で作業がなかなか進まなくて」
「そうなんですぅー。畑仕事って体力というより、精神的に辛い作業なのねー」
鍬を杖に顎を置くリリィに、鷹司が苦笑して摘んだ雑草をゴミ袋に入れていく。それに頷いて、建宮は腕まくりをしながら畑へと足を踏み入れた。
「よう。手伝いに来たぜ」
調理場にやって来たのは威龍だ。鍋を運んでいる途中だった蒼羅と、食器を箱から出していた藍が振り返る。
「それじゃあ、棚に食器を入れるの手伝って貰おうかしら」
藍の言葉に、威龍が水場で手を洗ってから食器を持つ。その自然な様子に、藍が嬉しそうににっこりと微笑んだ。
「丁寧に手洗いをするのね。威龍くんは料理とかする方?」
「実家が中華料理屋なんだ。だから手洗いにはうるさくってな」
「そうなんですか。私も料理は得意なんですけど、和風ばかり作ってて‥‥」
食器や道具類を棚に入れながら、3人は料理談義に花を咲かせる。そこに、田沼と天が顔を出した。
「テーブルセット出来上がりましたー。カウンターも、もう乾いてると思いますよ」
「店内もある程度の掃除も終わりましたので、カウンターとか中に入れれますけど」
「有難う。じゃあ、入れちゃいましょうか」
外に出ると、カウンターのペンキを見ている建宮がいた。威龍が近づけば、満足そうに頷く。建宮と威龍が2人でカウンターを運び、藍の指示に従って床に動かないように固定していく。そこに、テーブルセットを運んできた田沼と天が声をかけた。
「テーブルはどんな風に置きましょうか」
「そうねー。なるべく間隔は広いほうがいいわね」
「そうだな。この場所だと、恐らく軍人や傭兵が来る方が多いだろうし。身体の大きい者達ばかりで通り道が狭くなるのは不便だろうしな」
藍と威龍の案を元に、テーブルセットが配置されていく。
2階の居住スペースでは、伊佐美がテーブルクロスを縫っていた。鼻歌を歌いながら、上機嫌で針を進めていく。
「んー! 何か学園祭前日って感じ! ‥‥ん?」
針仕事がひと段落して、伊佐美は凝った肩を解すように伸びをした。その際、ふと見えた窓の外に、気になるものを見つけて身を乗り出す。それは、じりじりと近づいて畑の様子を伺っている、キメララットの姿だった。
「キメララット!」
咄嗟に、伊佐美は携帯していたアーミーナイフをキメララットに投げつける。ザクッと己の足元に刺さったナイフに、キメララットが身体を固まらせた。その音とキメララットの気配に、畑仕事をしていた2人が気付く。
一仕事終えたとばかりに満足気にテーブルクロスへ視線を戻した伊佐美の耳に、窓の外から「オラオラオラァ!」という声が聞こえた。
「大分お店らしくなってきましたね」
「あとは看板だけですね」
カウンターもつけ終え、テーブルセットも配置した店内は、もう充分お店であった。それを見回して、天と蒼羅が微笑む。
「出来たよー! テーブルクロス!」
二階から降りてきた伊佐美が、真っ白のテーブルクロスを運んできた。それをテーブルに掛けると、店内が更に明るくなり、皆の頬が満足そうに緩む。
「ペンキ乾くまで暇だったんで、こんなのも作ってみたんですけど。ランプシェードなんです。飾りになればと思って」
「まあ、有難う! じゃあ、カウンター脇のランプにでも使わせてもらおうかしら」
言って、田沼が出してきたランプシェードは、油紙とタコ糸で作ったものだった。それを受け取って、藍が嬉しそうに笑う。
「畑の方はまだ終わってないのか?」
「大分進んだが、まだ3分の2と言ったところだな」
「それじゃあ、私達もお手伝いに行きましょうか」
威龍の言葉に、建宮が返すと、田沼が提案する。それに威龍と建宮が続いて、畑へと向かっていく。
「じゃあ、残った皆で、私のお手伝いしてくれる?」
店内に残った伊佐美、蒼羅、天を、藍が調理場へと手招きした。
畑仕事が全て終わった頃、日は既に傾いていた。
建物が赤く夕日に染まる中で、皆が揃って円を描いている。その中心にあるのは、『劉茶餐廳』と描かれた楕円形の看板だった。
「こんなもんか」
「わー、出来上がりましたね!」
建宮が誇らしげに看板を掲げるのに、天が嬉しそうに拍手する。
「あとはこれを屋根に取り付けるだけですね」
鷹司の言葉に、建宮と威龍が看板を持って梯子を上っていく。そして、ゆっくりと慎重に、屋根に看板が取り付けられるのを、下で待つ皆はまるで祈るような気分で見ていた。看板を持つ2人の手が離れていく。
「何だか、感慨深いものがありますね‥‥」
「そうですね‥‥」
「皆で作ったお店だもん」
感動したように呟く蒼羅に、田沼が同意すれば、リリィが嬉しそうに笑う。
「皆、今日は本当に有難う! 皆のお蔭でこんなに立派な建物と畑が出来たわ。感謝してもしきれないくらい!」
嬉しそうに礼を言う藍に、集まった傭兵達が満足そうに微笑んだ。
「皆疲れてお腹減ったでしょ? 今日のお礼にご馳走を用意してあるから、沢山食べていって」
「あたし達も手伝ったんだよ!」
「へぇ、そりゃあ楽しみだな」
藍と伊佐美の言葉に、威龍がニッと笑う。それに藍が店のドアを開けると、ふんわりと美味しそうな匂いが漂ってきた。それにどこからか腹の虫が鳴くのが聞こえてくる。
どっと笑いが起こり、皆が店の中へと消えていく。最後の1人が、ゆっくりとドアを閉めていく。
真新しい『劉茶餐廳』の文字が、夕日に照らされていた。