●リプレイ本文
●第一試合
刃を地でこすり、九条・命(
ga0148)は軽い屈伸運動で脚の筋を伸ばした。
対するは御山・アキラ(
ga0532)。シールドに脚部爪という九条に対し、御山の得物はイアリス一本。
「やはり、こういう命をやり取りしない試合というのは良いな」
「そうだな‥‥私も参考にさせてもらう。依頼で、能力者と戦う事もあったのでな」
それぞれ、試合開始に備えて覚醒し、開始の合図を待つ。
御山の外見に大きな差は無い。ひときわ無表情になったぐらいで、対する九条は、手の甲には金狼が浮かび、黒い頭髪が金色に染まる。
『はじめっ!』
合図とともに、両者はほぼ同時に飛び出した。
「一気に行くぜ!」
頭から突っ込むような勢いで、九条は突進する。
彼の武器は、その足に備え付けられた砂錐の爪。足りぬ手数は、シールドと素手で補う。御山の視界を隠すように掲げられたシールド。一瞬の躊躇を狙い、彼は右手を繰り出した。シールドの陰から繰り出された掌を、御山はバックステップで回避する。
「クッ‥‥」
一方の彼女も、九条から距離をとるや否やイアリスを振るい、彼の脚部を狙う。
蹴り上げられた砂錐の爪とイアリスが正面からぶつかりあい、火花を散らした。
(「脚部狙い!?」)
(「‥‥脚部武装、か」)
双方共に、少なからず驚きを見せた。
御山としては、グラップラーの速度を殺す為に脚部を狙った。しかし、対する九条はその足に専用武装を装備し、その扱いにも慣れている。
受け止められてしまう以上、その俊敏性を殺す事こそ成功したものの、それによってダメージを与え得るまでとはいえない。
かと言って、九条が一方的に有利とも言えなかった。脚部に攻撃が集中していて盾を活かし辛く、デッドウェイトと化しつつあるからだ。脚部への対応を迫られれば、自然と、徒手空拳によるラッシュも減ってしまう。
「‥‥ならっ!」
殴りつけるかのようにシールドを突き出す九条。
その予想以上に伸びた攻撃に、つい、御山はイアリスを振るった。金属音を響かせ、宙に舞うシールド。九条は既にシールドを投棄し、バックへと回り込まんとしていた。
「――させん」
抑揚の無い声が、耳を突いた。
ハッとして九条は飛びのく。彼のいた空間をイアリスが貫き、ぴたりと動きを止めていた。
おそらくは、首狙い。
動きが止まったのは寸止めの為だろう。
避けた――しかし、その安堵も束の間。彼女は流を止めず、更なる一歩を踏み込んで、指を立て、腕を振るったのだ。
「ンなろっ!」
上体を逸らす九条。
指の狙いは眼だったろう。もちろん、その攻撃は途中でぴたりと止まる。彼が避けずとも当たらなかったが、仮に本気で狙っていたとしても、この動きであれば、紙一重で避けていた筈だ。そして彼は上体を逸らした勢いのままに後方へ傾き、両の手を付いてくるりと一回転した。
大きく床から跳ね、距離をとる九条。
御山も、崩れた体制を整えるため、両足を地に着け、しっかりとイアリスを構え直す。
「‥‥!」
その彼女が見たのは、着地すると同時に地を蹴る九条の姿だった。
「なっ‥‥!?」
地を駆け迫る彼の走りが、急にぐんと伸びる。瞬天速だ。
その急激な加速に、彼女は目測を誤った。
迎撃体勢が乱れた一瞬に九条は飛び込み、柔軟に身体を捻って軸足で回転、瞬即撃を発動して強烈な回し蹴りを御山に叩きつける。これぞ彼の切り札、『狼襲』だ。
御山の左肩に響く、みしりとした鈍い痛み。
だが、致命打とまではいかない。彼女は痛みを無視して足を蹴り上げると、九条は両腕を構え、バックステップで蹴りを受け流した。
『そこまでっ!』
その直後、ホイッスルの音がバトルルームに鳴り響いた。
どちらも致命傷ではなかった筈で、何事だろうと二人は首を傾げる。
『駄目だって。スキルは一度って言ったろ!』
暫しの間。
「‥‥あぁ!」
思い出したように、九条は手を叩く。先ほど、『狼襲』の一連の動作の中で、彼は瞬天速と瞬即撃、二種類のスキルを用いていた。完全に、ルールにあるスキルの活用制限に違反していた。
覚醒を解除し、ぺこりと頭を下げる九条。
「悪かったな、ついうっかり‥‥」
「いや、良いんだ。しかし、私もまだ修行が足りないな」
改めて二人は礼をし、バトルルームを後にした。
●第二試合
九条と御山に続き、天・明星(
ga2984)と瞳 豹雅(
ga4592)の二人がバトルルームに足を踏み入れる。明星は迷彩服の上に、サンタの上着を羽織っての登場だ。
「いしし」
何とはなしにギャップを感じさせるその格好に、豹雅はついつい笑みを漏らす。
明星からは解らなかったかもしれないが、彼女は、可愛い子が相手でどことはなしに嬉しそうだった。表情も崩れ、模擬戦の開始を――別の意味で――楽しみにしている。
対する明星と言えば、そんな豹雅の邪心はつゆ知らず、心底真面目にこの模擬戦に挑んでいた。
「よし‥‥っ!」
武器を熊手にする等のハンデは必要と思って準備したものの、例え女の人が相手であっても全力で、それも正々堂々と戦わねばならぬ。彼は師匠である父からそう教わって育ってきたし、何より彼自身、悔いの無い戦いが好きだ。
準備を終え、明星はきちんと頭を下げる。
「宜しくお願いします」
「ん、宜しくお願いします」
明星の挨拶を待って、豹雅も頭を下げた。
覚醒した彼女は菖蒲を引き抜き、半回転させて逆手に握り締める。
「‥‥覚醒しなくて良いんですか?」
明星が問いかける。彼は両腕を青白く光らせ、肌を小麦色に変えている。瞳の色まで切り替わっているとあって、変化は見た目にも顕著だ。
「あぁ、私は常時覚醒みたいなものですから、このままなんです」
覚醒しても何ら変化の無いタイプというのもいるが、彼女の場合少し違う。初めての覚醒後、彼女の容姿は変化したまま元に戻らなくなってしまったのだ。
『はじめっ!』
先に動いたのは、明星だった。
劉の合図と共に駆け出し、彼は熊手を突き出す。一気に接近した彼は、その熊手でもって豹雅へ攻撃を仕掛けるが、豹雅もグラップラー。これを避け、カウンターに菖蒲を振るう。
しかし、菖蒲が振るわれる頃には、明星の姿は無い。
彼は思い切り地を蹴って後方に跳び、彼女の射程圏外へと離脱していた。
そしてそのまま、再度地を踏みしめ、豹雅の懐目掛けて飛び込んでいく。
「‥‥早い!」
思わず唸る豹雅。互いに決定打を与えられぬまま、緊張感ある回避合戦が続く。明星はヒット&ウェイでの攻撃を展開し、対する豹雅は彼の隙を窺っている。お互い、スキルを温存したままであり、強攻には打って出ない。
その均衡を、豹雅が崩した。
きっかけは些細な、明星の一撃だった。
目測を誤り、明星が甘い攻撃を繰り出す。その攻撃を余裕を持って避けた豹雅が、利き足を地に叩きつけた。
踏み込んだ一歩の勢いに乗せ、大外回りに菖蒲を振るう。
(避けきれないっ!?)
体勢が悪く、避けるに難しいと判断した彼は、咄嗟に熊手を構える。
熊手にも多少の防御性能はある。これで攻撃を受け止めんと菖蒲を眼で追えば、その剣筋が不規則に動いた。
瞬天速だ。
そのままの姿勢で、豹雅は跳んでいた。
流し斬りにも似た動きにより、刃は熊手に食い込み、滑っていく。
「――まだッ」
豹雅の攻撃はまだ止まない。彼女は、この一連の動きで一気に蹴りをつけんとした。軽やかに反転し、明星の首を狙う。締め技に持ち込めれば分があると判断したからだ。
だが、彼女の伸ばした腕は、虚しく宙を掴んだ。
(女の人とはいえ、侮れませんね‥‥)
明星の判断は咄嗟のものだった。
反応しきれないと見るが早いか、彼は疾風脚により、自身の速度を速めた。素早い動きに対応しきれない豹雅を前に、彼は腰を落とし、深く沈みこむ。そしてそのまま、掌を突き出した。
「‥‥ぐっ」
重い一撃に、豹雅の膝が揺れる。
「これが、僕の渾身の一撃です!」
荒い息を整えながら、明星が腕を引く。熊手の爪を立てていたならば、豹雅の腹は裂かれていたろう。だがこれは試合。致命傷を避けられるよう、掌を用いての打撃にとどめたのだ。
「いったたた‥‥自分もまだまだみたいね」
「あ‥‥だ、大丈夫ですか?」
崩れる豹雅に、明星は慌てて駆け寄る。
『それまで!』
劉の声が、バトルルームに響いた。
●第三試合
「お疲れ様」
明星と豹雅の二人は、御山の言葉に出迎えられた。
彼女は自分の試合が終わった後も、こうして熱心に模擬戦を観戦している。二組の試合が終わった以上、残りは一組。アグレアーブル(
ga0095)とベーオウルフ(
ga3640)の組み合わせだ。
「よろしくお願い、します」
小さく頭を下げ、武器を構えるアグレアーブル。
模擬戦参加の目的は、対人戦の感覚を掴む為だ。
彼女は、ベオと自身の少なくない能力差を生める為、スキルや装備に自ら制限を加え、可能な限り対等な条件で戦えるようにと配慮していた。武器も使い慣れていない、あまり鍛えていないものであるし、スキルも使わないと決めている。
だからといって、ベオも気楽に構えられる訳ではない。
(「相手は格上。さて、どう戦うか?」)
格下の自分が格上の相手と戦うのだ。弱者が強者と戦って勝つ方法は、古今東西奇策を弄するしかない‥‥彼はそう考えていた。であれば、守りは捨てる。全力で攻勢に出る。これしかない。
「‥‥よし」
アグレアーブルを睨み据える。
覚醒により、彼の周囲には燐光が浮かび上がる。そして足元には、黒いオーラがとぐろを巻き始めた。
『はじめっ!』
今までと同じように、劉が開始の合図を下す。
先手を取ったのはベオだった。
蛍火を鞘に収めて利き手を添え、腰を落とし、滑るように地を跳ぶ。瞬天速だ。
居合い切りのような姿勢を見せる彼の動きを見て、アグレアーブルはナイフを構える。居合い切りであれば、その剣筋は流れるような動きとなる。軌道を逸らせれば、回避もたやすい。
しかし――
(「掛かった」)
彼の蛍火は、沈黙したままだった。
居合い切りのような姿勢で飛び出した彼は居合い切りと見せかけつつも、そのまま彼女の下半身を取らんとタックルを仕掛けたのだ。
「あ‥‥」
地を蹴るアグレアーブル。
ギリギリで避けられるかに見えたものの、彼女は足首を手に掛けられ、避けきれずに横転する。狙うは関節技。そのまま締めの体勢に持ち込もうと、ベオは、器用に腕を走らせる。だが、先の奇襲で隙を突かれたと言えど、アグレアーブルの方が一枚上手だった。
関節技を狙って飛び掛った一瞬の力の緩みを感じ取り、間一髪のところで離脱する。
――失敗した。
だが、ベオに悔いる時間は無い。
彼は腕で地を突き、アグレアーブルに続いて起き上がる。可能であれば、流を止めずに接近戦へと持ち込みたかったからだ。
ベオの誤算は、ここにあった。
「‥‥」
腰を遥かに超える長髪を揺らし、アグレアーブルの眼が鋭く輝く。
接近戦は、アグレアーブル自身が望む戦闘だった。
彼女は、ベオの仕掛けた乾坤一擲の寝技をかわした。スキルを使えぬという心理的負担もあったが、それも、彼が試合開始と同時にスキルを用いてしまった事で解消している。
詰め寄るアグレアーブルの顔面目掛け、ベオは拳を振るう。狙いは顔面、せめて、視界を奪えれば――彼の拳は、捉えられなかった。
一直線に突き進む拳は宙を貫いただけで、腕が伸びきった時、その場にアグレアーブルの姿は無かったのである。
「しまっ‥‥!」
夜会服が翻る。
小さく鋭い、空気を切り裂く音。
ベオは、己の首に冷たい感触を認めた。ナイフの刃だった。
「‥‥」
「‥‥」
一瞬の出来事。素早い動きに振るわれた赤髪が、一拍遅れてふわりと地に垂れる。
両者言葉を発さず、数秒して、ベオが肩の力を抜いた。
「俺の負けだ」
眼を伏せ、ゆっくりと離れる。
「いい経験になった。ありがとう」
策が通じなかったのは残念だが、勝負は勝負。彼は潔く敗北を認め、姿勢を整えた。
対するアグレアーブルもナイフの刃を傾け、小さく息を吐いてスッと刃を引いた。彼女もまた背を伸ばし、対戦相手のベオに向かって小さく一礼する。
「お疲れ様、です」
淡々としつつも礼儀正しく、彼女は腰を折る。
彼女が頭を垂れると同時に、膝の辺りまで伸びきった頭髪が、再び地に垂れた。
(代筆:御神楽)