●リプレイ本文
「どうぞ、召し上がれ」
「いただきまーす!」
にっこりと微笑む劉・藍(gz0008)に、ぱんっと両手を合わせて箸を持ったのは愛紗・ブランネル(
ga1001)だ。一番手前にある料理から順に、少量を取り皿へ取っていく。その中の一つ、山芋の包み蒸しを一口食べ、幸せそうに頬を緩めた。
「んー、おいしー!」
「うめぇー!」
「‥‥凄い勢いだな‥‥まあ、俺はのんびり食べるとするか‥‥」
愛紗の隣では、魔神・瑛(
ga8407)が桃花粥をかきこみ、アボガドの海鮮サラダを皿に取っては、胡麻スープを啜っている。ガツガツと勢い良く食べる魔神の姿を、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が呆然としたような顔で見て、木の実と黄粉のスープをゆっくりと口に含んだ。ほんのりと香るクルミの甘さと黄粉の香りに、ホアキンは満足気に頷く。
「ふむ‥‥」
一口一口を探るように噛み締めつつ、ピーマンとちりめんじゃこの炒め物を摘んでいたUNKNOWN(
ga4276)は、ぼそりと呟いて、手元に置いてあったぐい呑みで酒を呷った。
「美味い料理があると、酒も更に美味くなるな」
「そうじゃのう、フォッフォッフォ。こりゃ酒が進むワイ」
言って、霧雨仙人(
ga8696)が大根餅を頬張り、日本酒で流し込む。ぶはーっと吐く息は既に酒臭く、頬には上機嫌そうな赤色が差していた。
そんな霧雨仙人を心配そうに見つめていた風間由姫(
ga4628)は、カウンター越しに藍に肩を叩かれ、ハッとして振り返った。
「由姫ちゃん、何か持って来てくれたの?」
「あ、はい! 美容に良いということで、コラーゲンがたっぷりの鶏の手羽先のスープを作って来たんですけど‥‥えっと、私も料理が好きなので、その‥‥こういうのもどうかなって‥‥」
「まあ、美味しそうな匂い。味見していい?」
「は、はいっ! お願いします!」
タッパーを遠慮がちに差し出す風間に、藍がにこにことスプーンを持つ。一口含む様子をジーッと見つめる風間に、藍がにっこりと笑った。
「うん。美味しい。いい味付けね」
「あ、有難う御座います!」
藍の言葉に風間の表情がパァッと明るくなる。
「んー、料理出来る女の子っていいよねー。ねー?」
「そうですね」
嬉しそうな風間にニコニコと微笑むのはマリオン・コーダンテ(
ga8411)だ。風間に「食べたいものあったら取ってあげるよっ」と振り返り、風間の指し示した海老と玉ねぎの粥をよそっている。その横では、深音・フラクタル(
ga8458)がマイペースな様子で百合粥と緑茶の佃煮を皿へ取り分けていた。充分な量を取って箸を持ち、「では、いただきます」と頭を下げる。
「あったしは、ど・れ・に・し・よ・お・か・な〜♪ どれも美味しそうで迷っちゃうわね」
ルンルンと料理を選ぶマリオンが白魚の卵炒めに箸を伸ばす。と、その横から魔神の手が伸びて、卵炒めをごっそり取っていった。もぐもぐと動く口の中を酒で流し込む魔神を、マリオンが半目で見る。
「あんた‥‥そんなに料理とお酒を胃袋にいれて良く大丈夫だね。驚いたわ‥‥」
「ん? 俺ぁ、胃袋には自信あるからな!」
豪快に笑う魔神に、マリオンが呆れたような顔をし、それを見ていた深音も感心したように、といっても見た目は無表情であったが、溜息を吐いた。
「あたしはこのスタイルを維持するのに努力してるってのに‥‥」
ボソリと呟くマリオンに、風間が慌てて「マリオンさん、綺麗ですもんね!」と声をかけ、気を反らせる。
「しかし、なかなかにいい腕じゃワイ。ちと粥の種類が多めじゃがの」
「まあ、美容と健康にいい料理、だからな。爺さんはツマミが欲しいだけだろ?」
「何を言う。わしにとっちゃあ、粥もツマミじゃ」
言いながら酒を呑む霧雨仙人に、UNKNOWNが肩を竦めて料理に箸を伸ばした。満足気に息を吐く霧雨仙人は、一通り料理を見て、亀ゼリーに目を止める。
「む? これが亀ゼリーか? 海亀のスープは飲んだことあるんじゃが、これも亀を使っておるのか?」
「ええ、クサガメという亀のお腹の甲羅を煮詰めたエキスを使ってるんです」
「へぇー、だから亀ゼリーなんだねっ!」
「クサガメって‥‥何だか臭そうな名前ね‥‥」
藍の答えにほうほうと頷きながら、上機嫌に亀ゼリーを皿によそう霧雨仙人に、愛紗が納得したように笑えば、マリオンも興味深そうに亀ゼリーの入ったボールを覗き込む。
「ジャムもありますけど、どれをかけます?」
「ん? わしは酒をかければ、どんなもんでも食えるぞ」
様々な種類のジャムを勧める藍に、霧雨仙人はそう言って亀ゼリーに酒をかけると、がっぱりと口を大きく開けてゼリーを流し込んだ。ぎゅむぎゅむと咀嚼して、
「うむっ!」と頷く。
「ちと苦いが、それもまた酒に良しじゃっ!」
「えええー、ほんとー?」
霧雨仙人の言葉にマリオンが疑わしげな目を向ける。それに風間が恐る恐る手を伸ばし、亀ゼリーを皿に盛った。
「私も、まずは何もかけずに挑戦してみます!」
「無理はしない方がいいぞ‥‥?」
意気込む風間に、ホアキンが不安そうに制止をかけるが、風間はえいっ! とばかりにジャムも何もかけていない亀ゼリーを口に含んだ。
「‥‥どうだ?」
スプーンを口に咥えたまま固まってしまった風間を、UNKNOWNが覗き込む。
「りょ、良薬、口に苦し‥‥ですね」
「‥‥無理はしない方がいいぞ」
同じ言葉を二度言ったホアキンに、風間が力無い笑みを向けた。そこに、すいっと深音の手が伸びる。手に持った皿には、イチゴのジャムがかかった亀ゼリーが入っていた。
「イチゴジャムをかけると美味しいですよ」
マイペースにそう言った深音に、全員が亀ゼリーと藍の持つジャムを見比べ、一斉にジャムを選び始めた。
「そういえば」
皆の胃袋が心地よく膨れ、深音などは食後のお茶を楽しんでいた頃、皿を空にする勢いで未だ食べ続けていた魔神が、ふと思い出したように箸を止めた。
「医食同源ってのは、日本と中国じゃあ、意味が違うんだろ? 日本だと『食生活を通して、健康を増進する』って感じだが、中国じゃあ『体で不調の箇所があったら、その箇所を使った食材を食べれば治る』って意味なんだと」
「どゆこと?」
アプリコットのジャムを沢山かけた亀ゼリーを食べながら、愛紗が魔神を見上げると、魔神は得意げに答える。
「つまり、腸の調子が悪ければ、何かの動物の腸を食べて。頭が痛くなったら、脳を喰らって治すってことだ。中華料理でたまに変な食材を使うのは、こういう一面があるんだとよ」
魔神の言葉に愛紗が「ヘェーッ」と感心する声を上げる傍で、『脳を食べる』という発言にマリオンがちょっと嫌そうな顔をして、リンゴジャムをかけた亀ゼリーを見下ろした。途端、赤と緑の色合いがグロテスクに見えてくる。
「あら、よくご存知ね」
「まあ、俺も元上司から聞いた話なんだがな」
藍に微笑まれ、魔神がちょっと照れくさそうに笑う。
「はっ! じゃあ、もしかしてこの料理の中にも、脳とかそういう材料が‥‥?」
気付いたように声を上げたのはマリオンだった。隣で風間がギョッとして、マンゴージャムをかけた亀ゼリーを含んだ口の動きを止める。その様子に、藍は安心させるように笑った。
「うふふ、大丈夫よ。そういうのは値段も高いし、癖も強いから使ってないわ。無理に本格的にしようとすると、食べ慣れない人には辛い料理になっちゃうもの」
「そうだよね。良かったー」
藍の言葉に、マリオンがほっと安堵の溜息を吐き、風間も安心したように亀ゼリーを飲み込んだ。
「作戦時は、食材や味などに気をかけてはいられませんけどね」
「まあ、そういう状況ではな。だが、出来れば脳は避けて通りたいな」
「わしは酒さえあれば何でも食えるがの」
「爺さんは特殊だ」
淡々と話す深音に、オレンジのジャムがかかった亀ゼリーを食べるホアキンが苦笑すれば、フォッフォッフォと笑う霧雨仙人の杯に酒を注ぎつつ、UNKNOWNが返した。その様子にクスクスと笑って、藍がカウンターに両肘をつく。
「珍しい食材は入れてなかったけど、嫌いなものはなかった?」
「いいえ。どれも美味しかったですよ」
「何もつけてない亀ゼリーは‥‥ちょっと苦手でしたけど‥‥」
にっこりと微笑んで返す深音に、風間も苦笑しつつ答えを返した。それを微笑みつつ見て、ホアキンがふと愛紗の方を見る。
「‥‥どうした?」
菊茶ゼリーとピータンの前菜が乗った皿をジーッと見つめている愛紗にホアキンが首を傾げた。それに気付いた魔神が、愛紗と料理を交互に見て、気付いたように両手を打った。
「何だ? 嫌いなもんでもあんのか?」
「‥‥ぴ、ピータン‥‥」
魔神の問いに愛紗がボソリと答えれば、皆の目が皿に集中した。4等分されたピータンが、トマトに寄り添って食べられるのを待っている。
「トマトと一緒に食っちまえばいいだろ」
言って、魔神がひょいひょいっとピータンとトマトを箸で取り、愛紗の口元まで運んできた。愛紗はそれに一瞬身を引きかけたが、意を決したように口を大きく開けた。ぽいっと放り込まれたピータンを咀嚼する愛紗を、皆がじーっと見つめる。
ごくんっと喉を鳴らしてピータンを飲み込めば、誰ともなく拍手が沸いた。
「ううう‥‥」
「どうだ?」
聞いてくる魔神に愛紗はへの字眉毛で答え、UNKNOWNを振り返る。食後の新聞を広げ、何とも言えない微妙な顔で見守っていたUNKNOWNは愛紗と目が合うと、さり気無く目線を新聞に隠した。
「さてっと。料理は全部食い終わったわけだが」
「‥‥よく入ったな‥‥しかもゼリーまで‥‥」
UNKNOWNが呟きつつ見下ろしたのは、すっかり空になってしまった皿の数々だった。ものの一時間程前には大量にあったはずのそれは、全て‥‥いや、半分程が魔神の、もう半分が皆の胃の中に収まった。ホアキンが不思議そうに魔神の腹を凝視し、マリオンが嫉妬混じりにその腹に拳を入れる。
「皆が好きだと思ったもの、3つ教えてくれる?」
メモを準備した藍の言葉に、愛紗がすちゃっと髭つきの眼鏡を装着した。
「なんだ、それは」
「ひょーろんかのつもりー」
呆れたように問うUNKNOWNに愛紗は楽しそうに答え、藍に振り返る。
「愛紗はねー。山芋の包み蒸しが一番好き! あとは、大根餅と、アプリコットジャムの亀ゼリー!」
「私も大根餅が美味しかったです。あとは百合粥と胡麻スープですかね‥‥」
愛紗に続いて風間が答えると、マリオンが「あたしはね」と手を上げた。
「白魚の卵炒めが一番好きかな。あ、リンゴジャムの亀ゼリーは美味しかったよ! あとは山芋の包み蒸し!」
「私も、白魚の卵炒めが一番ですね。あと、大根餅は私も好きです。アボガドの海鮮サラダも美味しかったですね」
ちょっと考える仕草の後で答えた深音の言葉に、魔神が続く。
「俺はアボガドの海鮮サラダが一番美味かったな。その次に菊茶ゼリーとピータンの前菜に胡麻スープ!」
ピータンという言葉にちょっと眉を寄せた愛紗に苦笑し、ホアキンが口を開いた。
「どれもこれも美味しかったから、大分迷ったが‥‥個人的には海老と玉ねぎの粥が好きだったな。あとは俺もアボガドの海鮮サラダは美味しいと思った。木の実と黄粉のスープも良かったな」
「わしはちりめんじゃこの炒め物と緑茶の佃煮が、酒のツマミに最適じゃったの。あとは胡麻スープじゃな。酒を呑んだ後の水分と塩分補給に丁度良い」
「全部酒基準だな、爺さん」
フォッフォッフォと笑って話す霧雨仙人にツッコミを入れて、UNKNOWNが藍を見る。
「俺としては、どれも美味くて順位はつけられなかったな。いっそのこと、全部の料理を小出しにして、ランチセットにして欲しいと思うよ」
UNKNOWNの意見に、藍が成程と頷き、メモを見た。数を数えて、よしっと呟く。
「人気だったのは、大根餅にアボガドの海鮮サラダと、胡麻スープが3票ずつね。次が白魚の卵炒めに山芋の包み蒸しと亀ゼリー。うん、これを参考に、ちょっと考えてみるわね。皆、今日はありがとう」
「いえいえ。こちらこそ、美味しい料理を食べさせて貰って有難う御座いました」
「オススメメニュー、楽しみにしてますね」
にっこりと笑う藍に、ホアキンと深音が返す。それに皆も上機嫌な笑みを返し、それぞれ満腹になったお腹を擦りながら茶餐廳を後にした。
「さて、と」
皆が帰った後。静けさの広がる店内で、藍がメモを見下ろし、満足気に頷く。
翌日。新しく書き換えられたメニュー欄には、『今月のオススメ』という文字と、『ランチセット(ライス・白魚の卵炒め・アボガドの海鮮サラダ・山芋の包み蒸し・胡麻スープ・亀ゼリー)』と書かれていた。
そしてその頃。
「肌にハリと艶が戻ってきおった! 200年は若返った気がするぞい。ここまで生きて来て健康も何もなかろうと思っておったが‥‥なかなかやるのう、あの店主」
と、霧雨仙人が鏡を覗き込みながらペタペタと自身の顔を触っていたことは、本人しか知らない。