タイトル:ケット・シーとお花見マスター:中畑みとも

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/04/19 15:44

●オープニング本文


 ひらひらと、桜の花びらが舞う、とある公園。
 そこでは、沢山の人たちが思い思いの花見を楽しんでいた。
 一人のんびりと酒を飲む者。仲間と一緒に弁当を摘む者。出ている屋台を物色している者。
 春真っ盛りといった光景は、見ているだけでも心躍るものだ。

 そんな人間達を、桜の枝の間からじーっと見つめる、緑色の目が2つ。
 人間の笑い声が聞こえるたび、頭の上にある長く尖った耳がピクリと動き、美味しそうな屋台の香りを運ぶ風を黒い鼻で吸い込んでは、しなやかな長い尻尾をゆるりと揺らす。
 人間と同じような靴を履き、マントを羽織ったそれは、子供ほどの大きさの黒猫、ケット・シーを模して作られたキメラだった。
 ケット・シーは警戒しているのか、人間からは見えないように枝の中に隠れ、じーっと花見の様子を見ている。


「次はー、俺! 歌いやす!」
 丁度、ケット・シーが隠れている木の根元で、一人の男性が立ち上がった。頭にはネクタイを鉢巻のように巻いており、頬が真っ赤に染まっている。いきなり立ち上がったせいでヨロヨロとよろめく姿は、明らかに酔っている状態だ。
 やんややんやと囃し立てる仲間たちに大袈裟に頭を下げて、男性はハンディカラオケを手に持ち、上機嫌に歌い出す。
「さあ〜くぅら〜ああ、まあああうううう〜」
「ぎにゃっ!!」
 始まった酷い歌声に、ケット・シーが堪らず耳を押さえた。盛大に音程の外れた歌に、周りの仲間たちが「ぎゃははは、やめろ、へたくそー!」と言いながら下品に笑うのも相まって、ケット・シーは非常に不愉快だった。堪えきれず、喉の奥から唸り声が出てくる。
「はるぅううのぉおお〜」
 そんなケット・シーの様子にも気付かず、男性は陶酔した様子で拳を握り締めた。と、同時にひゅっと風が鳴り、
 ハンディカラオケが真っ二つになった。

「お?」
 気持ちよく歌っていたところを突然止められた男性の目の前に、物凄い不機嫌な形相の黒猫が立っていた。

●参加者一覧

青山 凍綺(ga3259
24歳・♀・FT
佐倉祥月(ga6384
22歳・♀・SN
ミンティア・タブレット(ga6672
18歳・♀・ER
クロスフィールド(ga7029
31歳・♂・SN
不二宮 トヲル(ga8050
15歳・♀・GP
シャルロ・ブランシュ(ga8671
21歳・♀・EL

●リプレイ本文

 花見会場の中を、一陣の風が駆け抜ける。
 ある者はその風の姿を見とめて驚き、ある者は鋭利な爪を見て悲鳴を上げた。
 風は驚く声に目を細め、悲鳴に不愉快そうに唸る。
 風‥‥ケット・シーは音も無く、素早い身のこなしで桜の木に登った。先ほど受けた不愉快な音が、まだ耳の中で反響しているようで、尻尾がぶわりと膨れ上がる。
 それを丹念に舐め、自分を落ち着かせようとしたとき、ケット・シーの耳がピクリと動き、喉の奥から不機嫌そうな唸り声が漏れ出した。

 ヒィィィンッという、鳥肌の立つような甲高い音が響いて、青山凍綺(ga3259)は思わず耳を塞いだ。
「それ、私たちに対しても攻撃力あるんですが‥‥」
「ごめんなさい。我慢して」
 2つのマイクを近づけてハウリングを起こしているミンティア・タブレット(ga6672)は、青山の言葉に淡々と答える。
「おっはなっみ、おっはなっみ、おっはなっみだぁー! いえーい!」
「おー‥‥おはなみーぃぃ! い、いえーい!」
 近くにあったベンチをハリセンで叩きつつ、体育座りでメガホンを片手に騒いでいるのは不二宮 トヲル(ga8050)だ。その横ではカラオケのマイクを握り締めて、少し恥ずかしそうに声を出しているシャルロ・ブランシュ(ga8671)がいる。
「あ、フ二ちゃん、これもその辺に並べておいて。でもあなたが飲んじゃ駄目よ」
「イエッサー!」
 地面に敷いたレジャーシートの上で、のんびりと花見の用意をしていた佐倉祥月(ga6384)に甘酒を渡され、不二宮がメガホン付きで返事を返す。青山は佐倉の準備の手伝いをしつつも、時折耳に刺さるハウリングに肩をビクつかせ、シャルロは自棄になったのか頬を赤く染めつつも歌を熱唱し始めた。
「これで出てこなかったらお笑いよね‥‥」
「おーい。動き始めたみたいだぜ」
 ふうっと佐倉が溜息を吐いたとき、トランシーバーから周囲を警戒していたクロスフィールド(ga7029)の声が聞こえて、騒いでいたメンバーに緊張が走った。


「さて。仕事なんてさっさと終わらせて、花見でもしようじゃないか」
 公園の通路に添えられた低木の茂みに隠れ、クロスフィールドはアサルトライフルを構える。視界の端に映る桜の木の枝が、風で揺れたのでは有り得ない不自然な動きをしたのに気付き、銃口を向けた。
 音の一つも立てることなく、桜の木から降りて来たのは一匹のケット・シーだった。ケット・シーが猫の習性を持っているとしたならば、バタバタと早く大きく揺らされる尻尾は不機嫌のサインだ。
 ケット・シーがピンッと立てた耳で周囲を探り、自らの不愉快の原因を探す。と、目がスッと細まり、ケット・シーは軽やかに地面を蹴った。一直線に会場の外れへと向かって行く。
「よし、行ったぞ。こっちで退路を断つ」
「了解、こちらも配置に着きました」
 トランシーバーから答える声は佐倉だ。それに頷き、クロスフィールドが茂みに潜みつつ移動を開始する。

「おおっ!! 来た来た! 大騒ぎおびき出し作戦、大成功!」
「では、わたくしはケット・シーの退路を断つわね」
 桜の木の揺れに、ケット・シーが近づいてきたことに気付いた不二宮が飛び出す。足にかけていた上着が落ち、靴に装着された刹那の爪が鈍く光った。それに続き、シャルロも走り出す。
 自分に向かってきたのが判ったのか、ケット・シーは桜の木から飛び降り、不二宮に爪を伸ばす。不二宮はそれを蹴りで弾き飛ばし、くるりと体を回転させながらしゃがみ込んで、刹那の爪でケット・シーの足を狙う。
 ケット・シーは不二宮の爪を一瞬早く飛んで避けると、背中を丸くして全身の毛を逆立て、尻尾を山形に持ち上げた。ケット・シーの背後に回ったシャルロと、攻撃を仕掛けてきた不二宮に向かって瞳孔は丸くし、鼻に皺を寄せて「ファーッ!」と威嚇して来る。
 その様子に思わず「にゃんこだー‥‥」とにやけた顔で呟いてしまい、不二宮は慌てて思考を切り替えた。
「逃げる前に捕獲します!」
 蛍火を抜いた青山の髪が、黒から銀へと変わっていく。そのまま銀の軌跡を描きつつ、青山は刃をケット・シーに向ける。翻る刃をケット・シーが避け続けている間に、隠密潜行で近づいて来ていたクロスフィールドが射程距離へ入った。
 青山の蛍火を、猫らしい柔らかな体で避けたケット・シーが、素早い動きで爪を翳す。それを青山は刀の鍔で受け、押し返そうとした。
 力比べになれば不利と判断したのか、ケット・シーが再び飛び退って距離を取ろうとする。その足元に、鋭覚狙撃による佐倉の弾丸が撃ち込まれた。退路を邪魔され、ケット・シーの緑色の目がギリッと佐倉を見る。
 迫る青山の蛍火を避け、ケット・シーが邪魔をした佐倉へ狙いを定めた。猫のように四つ足で駆けるケット・シーは、あっという間に佐倉へ迫る。
「危ない!」
「祥月さん!」
 ミンティアが佐倉の肩を掴み、後ろへ引き摺り倒す。直後、佐倉とケット・シーの間に瞬天速で入り込んだ不二宮が、アーミーナイフでケット・シーの爪を受けようとした。しかし、鋭い爪はナイフだけでは防ぎ切れず、不二宮の肩を爪が切り付ける。
「いっ‥‥!」
「フニちゃん!」
 不二宮が痛みに顔を顰めるのと同時に、隠密潜行をしていたクロスフィールドが、先手必勝と立ち上がり、ケット・シーへ影撃ちを撃ち込んだ。足に打ち込まれた弾丸に、ケット・シーが「ギニャッ!」と声を上げて体勢を崩す。
 その隙に、不二宮が疾風脚を使い、最大限のスピードでケット・シーに急所突きを放った。蹴り飛ばされたケット・シーは、地面にゴロゴロと転がる。
「傷は軽いですね。すぐに治します」
 不二宮にミンティアが近づいて練成治療を行った。ナイフ越しだったため傷は浅く、傷は見る間に治って行く。
「毒などはなさそうですが、肩に違和感はありませんか?」
「うん、大丈夫。何ともないよ」
 ミンティアに答える不二宮に、佐倉がホッと息を吐いた。その向こうで、シャルロと青山が持って来た捕獲用の檻に、クロスフィールドが目を回しているケット・シーを入れていた。


「本部への報告は終えてます。すぐにキメラの引き取りに来るそうです」
「そうか。そんなら、待ってる間にちょっと飲んでるかな」
 ミンティアの言葉に頷き、クロスフィールドがミンティアの持って来た甘酒に手を伸ばす。
「ケット・シーさん、牛乳好き? 牛乳飲む?」
「あんまり近づくと、危ないですよ?」
 檻の中で警戒するケット・シーに、いそいそと牛乳を差し出したのは不二宮だ。それに青山が一応警告をするも、不二宮は「大丈夫、大丈夫」と笑って返す。
「ほらー、美味しいよー?」
 にこにこと笑って、不二宮が檻の中に牛乳の入った皿を入れた。ケット・シーはピクリと耳を動かし、思案するように尻尾を揺らす。ジーッと見つめてくる不二宮と、差し出された牛乳を交互に見て、ケット・シーが恐る恐る牛乳に顔を近づけた。スンスンと鼻を鳴らして、ぺろりと牛乳を舐める。
「あ、舐めた」
「ほげぇっ可愛いいぃぃー!」
 覗きこむシャルロの後ろで、不二宮がジタバタと悶えた。そんな不二宮に少しビクつきつつも、ケット・シーはぺろりと牛乳を舐め終え、まるで猫のように毛繕いを始める。
「ふぎゃあぁあたまらんー!」
「もう、フニちゃんったら、バタバタしないの!」
 レジャーシートの上でゴロゴロと回る不二宮の足を、佐倉が呆れた顔で叩く。それに頭を下げつつ、不二宮が起き上がるが、ケット・シーを見るとヘラリと顔が緩んでしまう。
「お前もなぁ、一緒に騒ぎたいなら、それなりに方法ってもんがあるだろうが。全く、愛嬌があるのは見た目だけか? それともバグアってのはそんなことも教えてくれないのか?」
「バグアは教えないと思いますよ‥‥」
 甘酒を片手に、ケット・シーに説教を始めたクロスフィールドに、花見の弁当を広げ始めた青山が困ったように返す。
「ああ、そうでした。花見用の弁当は経費では落ちないようですので、後で一人1000ずつ徴収しますので、宜しくお願いします。それと、菓子折りも持ってきましたので、どうぞ」
「わーい、ありがとー」
 ミンティアの差し出した菓子折りに、手を伸ばす不二宮に笑いつつ、佐倉が林檎ジュースをコップに注いだ。
「わたくしはワインを持って来たの」
「わ、美味しそう。私も飲んで良いですか?」
 シャルロの取り出したワインに、青山が目を輝かせる。
 ケット・シーを傍らに置いての花見だが、会場の中心からだいぶ離れた場所でシートを広げているため、周囲には傭兵たちしかいない。その上、警察に協力を要請しているため、周辺は立ち入り禁止になっている。でなければ任務が終わったとは言え、こうしてのんびりとキメラと一緒に花見など出来はしない。
「人間もね、うるさいだけじゃないお花見も出来るのよ」
 世間話をしつつ、ゆったりと花見をする仲間を見て、佐倉はケット・シーにウィンクする。それに、ケット・シーはピクリと耳を動かし、眠るように体を丸めた。