●リプレイ本文
●さあ、準備を始めようか
「‥‥似合ってると思う‥‥よ?」
その台詞に、表情が固まる。
殺気を感じたイスル・イェーガー(
gb0925)は、そそくさと退散していく。情報収集など、やることはあるのだ。そういうことにしておいた。
「まあ、キメラの目的はさておき、被害は迅速に食い止めないといけませんし」
「‥‥笑うなよ」
じろりと睨むカルマ・シュタット(
ga6302)の顔は、アイラインを際だたせた華美なものだ。それを見上げつつ、いやいやと首を振る文月(
gb2039)。しかし、その口元がやや上がっているのは、仕方ないことだろう。
「どう? 張り切ってみたのだけど」
「‥‥全く、度し難いな」
憮然とした顔の御影・朔夜(
ga0240)の顔を鏡で映し、緋室 神音(
ga3576)はニヤリと笑う。そういう彼女もまた、囮の一人であり、フェイスマスクを被った上に、美麗な化粧を施していた。
「化粧、ねえ」
皆の騒乱を少し離れた場所で見ながら、早坂冬馬(
gb2313)はひとりごちる。傷つけられた女性たちも、化粧で多い隠せるのだろうか。その辛さを想像して、思わず、ごめんなさい、と口の中で呟いてしまう。
「さて、これで完了ですかね」
「ん? いいえ」
え? と目を丸くした文月の前に、色とりどりの衣装をを抱えたイスルが、とたとたと駆けてくる。
「それは、何だ?」
更に表情を固める囮役男たちの前で、神音は、にんまりと微笑んだ。
「顔だけ化粧していたとしても、姿が男では違和感があるでしょう?」
それは確かに。確かにそうだが。しかし。
「文月さん、ちょっと離れていて下さいね」
「あ、はい。わかりました、早坂さん」
「緋室さんも」
「はいはい」
女性陣を退散させて。残された化粧男二人は、しばし、沈黙した後。
「……仕方ないか」
「ああ」
衣装の山に手を掛け、選ぶ、探す。やがれ、出来上がった二人の姿は――。
●そして彼らは街に消える
「‥‥こんな所か」
ひらりと一周。黒いワンピースにスカートを身にまとった朔夜の姿は、どこからどう見ても女性だった。
羽織ったコートの中に武器を隠し、化粧の奥で、油断無く周囲を観察する。今の所、キメラが現れる気配はない。
ポニーテールを翻し。朔夜は、無線機に、紅色の唇を当てる。
「文月、そちらはどうだ」
『大丈夫です。いつでも側に行けますよ!』
そう言う声の後ろで、バイクの排気音がする。信号機に気をつけつつ、駆けつける位置に待機しているということだ。
視線を転じれば。群衆の合間から、冬馬の姿がちらりと見える。30メートルほどの間を取りつつ、囮よりも化粧の来い一般人にも、さりげなく気を配っているという。
二人の援護を受けて、後は、囮の役を果たすのみ。くわえタバコに火をつけて、朔夜は、より人通りの少ない場所へと歩き出した。
●街の片隅に闇は踊る
その頃。浴衣に下駄を身につけたカルマは、一人で歩きつつ、さりげなく、無線機を口元に当てていた。
「敵の現れる気配は、まだ」
『了解だよ』
背後では、低い背を生かして隠れながら、イスルが付いてきているはずだ。懐の小太刀の感触を感じつつ、周囲へ視線を送る。
と。その隣に、化粧で作った笑顔を浮かべつつ、神音がそっと近づいた。
「はい。水分は取らないとね」
「ああ。しかし、こんなので本当に来るのか?」
缶コーヒーを開けつつ、カルマが口の端を上げる。いつの間にか、彼らの周囲には人の気配が消え、ただ、繁華街の裏の、すえた臭いが鼻についていた。
「来るんでしょうよ。ヤツラは」
神音が気だるげに呟いた瞬間、ふと、背後でカタリと物音がした。
思わず、神音は振り返った瞬間――。
――キィィィィィィィィィィィィィィェァッ!
●そして蜥蜴は現れる
『緋室さん!』
「現れたな‥‥ッ」
無線機をしまい込み、朔夜は周囲を確認する。人通りはまばらとはいえ、一般人が居るのは確か。冬馬の隣を通り過ぎた水商売風の女が、視線に気づき、こちらへ振り向いた。その顔は、素顔が伺いしれぬほど、濃い化粧に包まれており――。
「冬馬!」
その叫びと、地を滑っていた黒い影が空中に飛び出すのは、ほぼ同じだった。ぽかんと口を開ける女性の前に、赤く大きな口が迫り――。
寸前。女性の前に立ちはだかった冬馬の腕に、キメラががぶりと噛みついた。
「く‥‥」
びたんびたんと暴れるキメラの胴を、冬馬の手がしっかりと掴む。痛みをこらえて引き離し、キメラを、人通りのない道に放り投げる。
バランスを崩したまま、宙を舞うキメラ。その身体が、横合いから突き出された腕に吹き飛ばされた。
「たァッ!」
リンドヴルムを装着した文月の一撃に、キメラの身体が折れ曲がる。それでもなお、じたばたと動き回るキメラの前に、朔夜が立った。
「原型を留めぬほどに銃弾を浴びせてやろうか?」
――キェャッ!
その声は断末魔にも似て。それを聞いた朔夜は、薄く目を細め、口を真一文字に結ぶ。
素早い動き。腰溜に構えたシエルクラインが、無数の火花を散らす。
――キャキャキャキャキャキャ!!
悲鳴が消えて、数秒後。そこに残っていたのは、粉々になった肉片だった。
●不埒な蜥蜴に断罪を
払いのけたキメラに、神音は、薄く切り裂かれたフェイスマスクを投げつける。
「酌量の余地はないわね‥‥」
その言葉と共に。カルマが地を滑り、手にした刃を、キメラへと振り下ろす。
短い悲鳴と共に、キメラの尾が切断される。逃げだそうとするキメラの前に、イスルが立ちふさがった。
『‥‥女の人の顔は大事だって父さんが言ってた‥‥だからお前らは悪い奴だ』
瞬間。拳銃が火を噴き、銃弾の雨が、キメラの肉体に潜り込む。
ずたずたの肉体になってなお、キメラはまだ、無様に逃げようとしていた。その姿を、神音が、静かに追いかける。
「アイテール‥‥限定解除、戦闘モードに移行」
刀の柄に手をかけ、ぽつり呟く。
「女の顔に傷を付けた罪、万死に値する」
直後。抜き手も見せない抜刀が、キメラの頭部をすっぱりと切断した。
ようやく動きを止めるキメラ。それを見て、カルマがほっと息を付き。
「やれやれ、これで終わり――」
台詞が終わらない内に。電光石火のごとく振り抜かれた短剣が、飛びかかってきたキメラを切り飛ばし、半ばまで裂いた状態で、地に転がした。
「‥‥なんとなく、悲しい勝利だな」
イスルがキメラにとどめを刺すのを見ながら、カルマはぽつり、低く呟いた。
●事は終わるも謎は解けず
「で、このキメラは一体何がしたかったんでしょうね‥‥」
文月の素朴な問いに、答えられる人は居なかった。
高速移動艇の中。それぞれの後始末を行いつつ、彼らの顔は、一様に沈みがちだった。
「バグアの狙いはわかりませんから。すみません」
腕の傷を治療し終わった冬馬は、そう、細々とした声で呟いた。キメラがバグアによって作られた以上、そこには何らかの意図が存在するはず。しかし、その意図を理解したとき、人は人で居られるのだろうか。
「どちらにしても、僕らは、倒すだけだよ」
幼い顔立ちに大人びた表情を浮かべたイスルは、銃の整備を終え、その表面を撫でる。黒い銃身に移るのは、暗く鈍った自分の顔。
「まだまだ、戦いは続きますね‥‥そういえば、緋室さんたちは?」
文月がそう呟くのと、部屋のドアが開くのは、ほぼ同時だった。
「こんなものでどうかしら」
自慢げな緋室の後ろから出てきたカルマと朔夜を見て――その場にいた三人は、顔を赤らめた後、大声で笑い転げたのだった。