タイトル:午前三時のソイネーヌマスター:凪魚友帆

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/13 10:09

●オープニング本文


 それは、水音と共に現れる。
「うー、寒っ‥‥」
 厚手の布団にくるまって。少女は、ぼんやりと目をつむる。
 昨日は夜遅くまでカラオケして、喉も頭もカラカラだ。変な噂を聞いたせいで、なかなか眠れないのだけど。
「ソイネーヌ、ねえ」
 ううん、と顔をしかめ。少女は、もう何度目かわからない寝返りをうつ。
 少女が先ほどから気にしているもの。それは、噂というか怪談というか、ともあれ不思議な話だった。
 午前三時に眠れずにいると、どこからともなくソイネーヌがやってきて、一緒に添い寝してくれるという。そのまま静かに眠れればいいが、ソイネーヌの前で大声を出してしまうと、永遠の眠りに連れ去られてしまうという。
 そして。ソイネーヌの噂を聞いた者の元に、ソイネーヌは現れるという。
「まさか、ね」
 ため息ひとつ。ふと時計に目をやって。
 秒針が、午前三時を刻み過ぎた。
「‥‥」
 噂なんて気にせずに、眠ってしまおう、そう思って。
 ふと。背中に当たる、冷たい感触。
 振り返る前に、やけに湿っぽい手のようなものが、少女の寝間着の上を這う。目を見開いて震える少女の身体を、冷たい身体が、そっと抱きしめる。
「あ‥‥あ‥‥」
 喋ってもダメ。そう思う心に相反して、少女は、ぎこちない動きで振り返る。
 そこにあるのは、三つの穴の空いた顔。
「ッ――」
 半透明の青い顔。口の位置にある大きな穴が、ぐにょり、と笑って。
「――きゃあああああああああああ!」
 その声が、合図となった。
 弾力を保っていたその身体が、一瞬、流体のものへと変わる。あっという間に少女を包み込んだソイネーヌは、再び、半個体の姿へと形を整えるのだった。
 そして。彼女はベッドを降りる。
 丸い半球状になった下半身。その体内に白目を剥いた少女を納め、ソイネーヌは、静かに部屋を去るのだった。


 キメラによる連続誘拐事件の発生に、UPCは能力者たちの派遣を決定した。
 鍵となるのは、被害者がケータイに残した、「ソイネーヌ」のメモ。
 決戦は午前三時。真夜中に行われるのであった。

●参加者一覧

相沢 仁奈(ga0099
18歳・♀・PN
ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
三島玲奈(ga3848
17歳・♀・SN
瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG
ルイス・ウェイン(ga6973
18歳・♂・PN
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
イスル・イェーガー(gb0925
21歳・♂・JG
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA

●リプレイ本文

●辿巡
「‥‥まず、だ。このソイネーヌって名前‥‥どこの誰がいいだしたんだ?」
 しごくまっとうな疑問を呈し。ルイス・ウェイン(ga6973)は、街の灯に目を細める。
 急に寒さの厳しくなった街では、顔をしかめた人々が、急き立てられるように行き交っていた。もっとも、これもまた、平和の一シーンなのかもしれないが。
「この街を守るため、か」
 その言葉は、正確ではない。彼らが守っているのは、国、いや、さらに広く、大事なもの。
 ――世界だ。
「俺も頑張らないとなあ」
 ぼそり呟き頭を掻いて。ルイスは、雑踏の中に消えていくのだった。
 それと同じ頃。人もまばらなカフェテラスで、束になった資料を斜め読みする瓜生 巴(ga5119)の姿があった。
「ん‥‥」
 やけに枚数と文字数を稼いだ資料が示していたのは、要するに「わからない」ということだ。敵は現場に有用な証拠を残さず、また、無駄な動きもしない。それが動く条件は、「噂を知っている」「眠れない」という、単純かつ幅広いものだ。
「そんなマニアックな。眠れないなんて条件は、リアルタイムで監視する必要がありそう‥‥」
 誰かがキメラを操っているか、あるいは、そういう得意な条件をつけたキメラを作る暇人がいたのか。バグアというのは、それほどまでに座興が好きなのだろうか。
 まとまらない考えに頭を抱えつつ。巴は、資料の中から何かを読み取ろうと、じっと耐えていた。
 そんな姿から随分離れ。繁華街に、角材を担いだ三島玲奈(ga3848)の姿があった。
「この街で夜盗が蔓延ってるそうやな。頑丈な錠前、一本いっとく?」
 個人的には、営業を装った情報収集のつもりである。なのに、人の波が引いていくのはなぜだろうか。
「ノリが悪いなこの街は。だからソイネーヌなんて冗談に引っかかる」
 ぶつぶつと呟きつつ、玲奈は歩き出す。大工としての彼女の知見を生かす仕事が、まだ残っているのだ。
 そんな能力者たちを、鳳覚羅(gb3095)は一人、殺風景な部屋で待っていた。
「‥‥長引けば、やっかいなことになりそうです」
 ふうとため息。しかめ面に浮かぶのは、被害者の動向。
 噂話を知った人間に、無条件に現れるソイネーヌ。もしもチェーンメールが爆発的に広がれば、ネズミ算などという規模ではない。
 そうなる前に。ソイネーヌを根こそぎ倒し、禍根を断たねばなるまい。
 そのために。先だって入手しておいた街の詳細地図を見る。恐らく、ソイネーヌは下水道を移動手段に使っている。ならば、どこかに、その根があるはずだ。
 じっと地図を睨み、その路を探る。その背後では、街を照らす太陽が、次第に傾いていくのだった。

●待侘
「餌となったか、はたまたヨリシロかね‥‥」
 眼鏡の奥の眼を細め。ドクター・ウェスト(ga0241)は、窓の外で沈む夕日を見つめていた。彼が形見のように身につけている十字架は、今は無い。
「今回は、ことさら遠慮はしないでおこうねえ」
 誰にともなく呟く姿。それを、イスル・イェーガー(gb0925)は、ぼんやりと見つめていた。
「‥‥ねむい」
 元より、今回の作戦に参加する能力者たちは、普段と真逆の睡眠サイクルを作っている。それに加えて。ソイネーヌの噂が気になるイスルは、ろくに眠れていないのだ。
 支え代わりのライフルを抱いて。しばし休憩と、イスルは目を瞑るのだった。
 そんな姿を背に。淡々と、濃い珈琲を淹れる夜十字・信人(ga8235)の姿があった。
「‥‥ふん。怪談じみた話だ」
 午前三時のソイネーヌ。噂話として広げるには、格好のネタなのではないだろうか。まだ見ぬ敵はそれを見越していたのか、それとも、偶然の産物だ。
「確かに最近冷え込むからな、添い寝の季節ではある‥‥しかし、相手がキメラではな‥‥」
 いつ食われるか分からない相手と添い寝するなど、普通の感覚で出来るわけはない。
 ただ。それができる人間も、居ないわけでもなく。
 信人が見つめる先。監視カメラに写るのは、一人の少女の姿。
「気持ちよう寝かしてくれるんやったら、ウチはキメラと添い寝ちゅうんも悪くないねんけどねー」
 そうのんきに呟いて。相沢 仁奈(ga0099)は、ダブルサイズのベッドにごろんと寝転ぶ。
「被害が出とる以上は‥‥まあ頑張ってこかー」
 そういう仁奈の役割は、紛れもない囮である。ソイネーヌを招き入れ、その支配下に置かれることも心得た上で、相手の居城を突き止める。
 わりと危険な任務なのだが。仁奈の顔に緊張の色がないのは、信頼できる仲間が、ちゃんと見張ってくれているからである。
「さてと。後は待つだけやね」
 両腕を枕に。仁奈は天井の染みの数を数えつつ、その時を待つのだった。

●推測
「噂の出所は、大体絞れた」
 ルイスはそう呟いて、街の地図の上、繁華街の一部に丸印を付ける。
「この一帯で、ソイネーヌの噂を流している人物が居たらしい。変装していたらしく、詳しい姿はわからなかったけど。恐らく」
 その何者かが、裏で糸を引いているのだろう。ルイスの目は、そう語っている。
「俺が導き出した地下経路の統合点もそこにあります。ここには小さな地下街があって、敵の拠点は、その中の一つでしょう」
 覚羅の分析が正しければ、これまでソイネーヌの被害にあった人々も、そこで一時保管されているはずだ。もしかすれば、取り返しがつかなくなる前に、何とかなるかもしれない。
「どうする。こちらを先に叩くか」
「いや。正確な居住がわからない以上、下手に動くのはまずいです」
 ううむ、と悩む男子勢から少し離れ。玲奈は、囮役の巴が居るであろう部屋の一角を、しずかに眺めていた。
「どんなやつが来るんだろうね」
 これまでの情報化から、相手は導管を通して現れることが判明している。ならば、外から見ただけでは、敵の襲来には気づけないのではないか。
「ん。もうそろそろ‥‥」
 ちらり見る時計が。今、ぴったりと午前三時を示す。
 しばしの沈黙。立ち上がった玲奈に、ルイスと覚羅は気づかなかった。

●侵入
 自分がまどろんでいたことに気づき、信人はぶんと首を振った。
「彼女は俺の大切な友人だ‥‥監視といえど、油断などせん。一瞬たりともな‥‥」
 そう言い聞かせ、信人は監視カメラの画面を覗く。その向こうには、下着姿で寝転びつつ、暇そうにしている仁奈の姿がある。
「‥‥」
 この記録映像、どうにかして拝借できないか。内心でそんなことを考えつつ、じっと画面に見入る信人である。
 既に午前三時が経過したことは、窓の外を見たまま動かないドクターが教えてくれた。彼の瞳の輝きが、負の方向に増しているのに気づいたのは、自分だけではあるまい。
 それにしても、背後が静かすぎる。よもや寝てはいないかと、振り返る――直前。
「ん‥‥?」
 気のせいか。画面の上端から、何かがしたたり落ちたように見えた。目を瞬かせつつ、よくよく見てみれば。
「――来た。ソイネーヌが来たぞ!」
 その一言で。背後の仲間たちが、一斉に動き出した。
「相手の姿を見せてくれたまえ。捕まっても大丈夫か分析する故に」
 そう言って画面を凝視したドクターの目に、天井からぼとぼとと落ちる、透明な泥のようなナニカが見えた。もちろん、キメラに違いない。
「‥‥んぅ‥‥んんぅ‥‥〜っ‥‥」
 そんな声を上げながら、イスルもまた目を覚ました。低血圧らしいぼうっとした瞳が、画面を見て一気に醒める。
「夜十字さん」
「わかっている」
 今から友が襲われようとしているのに、心穏やかなわけではない。しかし、今回の作戦は、襲われてからが勝負なのだ。
「‥‥これは狩‥‥。獲物の特製を知り、理解‥‥あせったら負ける‥‥」
 イスルの呟きを支えに。三人は、仁奈の様子をじっと見定めるのだった。

●添寝
 そして。
「来た‥‥」
 声を押し殺し。仁奈は、動揺をひた隠す。
 流体が落ちる地点が、次第に、仁奈のそばに近づいてくる。ややあって。意識して動きを止める仁奈の側に、ぐにょり、と流体が着地し。
「ん‥‥っ」
 そわそわと触れる、冷たい弾力。それは仁奈の身体にゆっくりと覆い被さっていき。
「あん……誰やアンター!」
 叫んだ仁奈が見たものは、暗がりに蠢く人型だった。
 驚く間もなく。仁奈の足から胸までが、一気に飲み込まれる。完全に飲まれる寸前、大きく息を吸い込むのが、せめてもの抵抗だった。
 全身を冷たい液体に覆われて。自由を奪われた仁奈は、人型が動くのに合わせ、むりやりに歩かされるのだった。

●追跡
 そして同じころ。
「うぅわ!今夜の責め具はお前かッ」
 そういって身構える玲奈の前で。巴を取り込んだ流体の人型が、ゆっくり歩き出す。
「く‥‥ッ」
 思わず手を出しかけた玲奈を、取り込まれた巴の視線が遮る。我に返って道を空けた玲奈の側を、人型はゆっくり通り過ぎていく。
「三島!」
「あれがソイネーヌ‥‥」
 覚羅とルイスが見つめる先。人型は、のったりのったりと階段を下りると、町の裏通りへと静かに消えていこうとする。
「別の噂も立ちそうです」
「都市伝説ハンターといきやすかね」
「瓜生さん、大丈夫だろうか‥‥」
 口々に呟くのは、ひとえに瓜生の身を心配してのことだ。早く目的地へたどり着くことを願いつつ、ソイネーヌの後を追う。
 やけに間延びした水音を響かせつつ、ソイネーヌは裏道を歩んでいく。その後ろを、三人の能力者は、黙ってついていくのだった。
 それから十数分。
 ルイスと覚羅が推測した地点の近く、ソイネーヌは、ビルの一角に開いた扉の中に消えていく。扉が閉まる様子がないのを確認して、玲奈たちも、その先へと進んでいく。
 扉の向こうは階段になっており、真っ暗なそこを、慎重に降りていく。ややあってたどり着いたフロアは、やけに冷たい空気が流れていた。
「ここは、何‥‥」
「これ、スイッチかな」
「あ、こら、勝手に押すと」
 玲奈が止める間に。フロアの電気が瞬き、明るさを取り戻す。
 広々としたフロアにあったもの。それは、整然と並んだソイネーヌの群れだった。
「ここは保管庫ですか」
「巴は‥‥ああ、おいたわしや」
「早く助けないと!」
 陳列されたソイネーヌの中から、巴を内包したものを見つけだす。剣で傷つけると、すぐに取り出すことはできたのだが。
「意識が無いね」
「三島さん、いま助け」
 我を忘れたルイスが、巴を掴んだ瞬間
 するっ。
 がしっ。
 ぼきばき。
「うっ‥‥俺も、これまでか」
 間接を決められ、倒れ伏すルイス。その隣で、巴がぱっちりと目を覚ました。
「どうしたんですルイスさん、ボロボロですよ」
「あんたがやったんやー!」
 玲奈のツッコミに、きょとんとする巴。やがて、自分が助かったのに気づいたのか、ほっと息を付くのだった。
「後は、UPCに救援要請をして」
 覚羅が通信機に手を伸ばそうとした時。フロアの向こうで、大きな音が響くのだった。

●破壊
「やめろ。やめろォォォォォ!」
 絶叫を響かせる男の前。人型が、ゼリーのように弾ける。
「悪趣味な人形遊びだ」
 低く呟き、信人は愛用の機械剣を振り下ろす。輝くレーザーブレードの刃が、また一体、ソイネーヌを打ち砕く。
「ああ、あ、ああッ」
 頭を抱える男から、少し離れた所。息を整える仁奈のそばに、イスルがタオルを差し出した。
「お疲れさまです」
「わりと気持ちよかったけどね」
 のほほんと笑う仁奈に苦笑しつつ。イスルの手にしたライフルがくるりと翻り、こちらに近づくソイネーヌの胸を粉砕する。
「敵としては楽ですね」
「多分、スライムか何かの変種やない?」
 だとすれば。真に脅威だったのは、それを与えられ、自在に使いこなした洗脳者の妄念であったのか。
 このフロアで『陳列』されていた行方不明者たちも、次々と解放されている。もっとも、助けられた人間は、全体の何割程度なのか。
 事の元凶の前に、白衣が翻る。
「絶望したかね」
「ひッ」
 怖気を上げる男の前で。ドクターの目が強く輝く。
「バグアのヨリシロとなった人間は、絶望することすら途絶えてしまったのだよ」
 声は穏やかに。しかし、手にしたエネルギーガンの銃口は、男へとぴったりと向けられて。
「殺めはしない。その代わり、絶望してもらうがね」
 悲鳴を飲み込む雷音は、フロアの中に無情の叫びを響かせるのだった。

●顛末
「これで、噂は噂のまま、か」
 黒髪をかきあげ頬杖をついて。巴は、ケータイをぽちぽちといじっていた。
 犠牲者のケアやフロアの処分も済み。最期に残ったのは、なんとも珍妙な都市伝説のみ。
 それもまた、時と共に忘れ去られてゆくのだろう。その時、この事件は本当に終わるのだ。
 そんなことを思いつつ。巴は、都市伝説の載ったBBSへの接続を切り。
「‥‥もうちょっと読んどこうかな」
 ――人というものは、謎に焦がれるものであった。