タイトル:龍顎の壷マスター:凪魚友帆

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/30 20:45

●オープニング本文


 その値、優に百万を越え。
「ご主人様。届きまして御座います」
 時代錯誤な挨拶をしたのは、白髪を綺麗に撫でつけ、黒いスーツをまとった老執事。
 そして。でっぷりと太った彼の主人は、その姿に目もくれず、目の前の『それ』に見とれていた。
 ビロードの布の上。そこに立つのは、古ぼけた壷。
 かつては美しかったであろう装飾は、今や垢と錆で黒く煤け、両側の取っ手は、片方が途中で折れていた。注ぎ口にも見える切り込みは、単なる縁の欠けである。
 しかし。常の者ならゴミ同然の品も、見る者が見れば、札束を積んで求めるほどの逸品となるのだ。
「この時代の年輪。わびさびの妙。やはり、これは良いものだ‥‥ッ」
 壷を見つめる男の顔は、今にもよだれを垂らさんばかり。この壷を手に入れるために、どれだけ苦労したかが忍ばれる。
 もっとも。それもそのはず。この壷は、普通には手に入らないのだから。
「ご主人様、そろそろ。あまり見られておりますと、壷の呪いが」
「――なにィ?」
 鬼のごとき低い声。老執事の顔に、困惑の色がうっすら浮かぶ。
 以前の主人ならば、声を荒げることなどなく、親代わりと慕う老執事の言葉を、素直に聞き入れただろう。しかし、今の彼は、壷に魅せられるあまり、我を失っている。
「ご主人様」
「うるさい黙れ!」
 しかし。と、喉から出掛かった言葉を、老執事は飲み込んだ。
 壷の呪い云々は、あくまで噂でしかない。この壷の持ち主が、肉体の一部を失った変死体で見つかるという話は、とうてい有り得るものではないだろう。実際に、この壷の所持者がすべて亡くなっているという事実のみは、動かしがたいものではあるが。
 黙り込んだ老執事に、男が軽く手を振る。そんなずさんな合図など、今まで一度もした事がなかったのに。
「外に守衛を待機させております。何かあればいつでも」
 不安を抱えつつ、老執事は部屋から出る。ぽっかりと空いた背後の空間に、男が気を払うことはなかった。
「ああ、スバラシイ」
 舌をもつれさせながら、男が壷へと手を伸ばす。
 指先で触れた感触は、粉っぽく、とても良品とは思えない。しかし男は、恍惚とした表情を浮かべ、壷を何度もなで回した。
「ああ、いい、イイ‥‥」
 さわるだけでは飽きたらず、壷を真上からのぞき込み、愉悦に浸る男。黒く沈んだ壷の中は、男にとって、宝箱の中身のように思えた。
「く、くくく、ククク」
 壷の中をよく見ようと、男はずいと、顔を近づけ。

 ――ぐちゃり。

 最後の最後まで、男は歓喜の笑顔を浮かべていた。
 顔の半分を失った男の遺体が、床にごろりと転がる。その上を、龍の頭に翼を生やした異形の生き物が、血を滴らせながら舞っていた。
「ご主人様? ‥‥ご主人様!」
 ノックの音に、怪物はひょいと宙返りすると、壷の中に飲み込まれる。
 老執事がドアを開けた時。そこには、血塗れの男と、赤く輝く壷のみがあった。
「ご主人様‥‥」
 沈痛な表情は、すぐに押し殺す。最悪の事態が起きた以上、これ以上の悲劇は防がねばなるまい。
「UPCに連絡を。ご主人様をお運びした後、この部屋は封印する」
 部下へと的確な連絡をとばしつつ。老紳士は、目尻を軽くぬぐうのだった。

 そして。あなたは、謎の壷と、その中に潜む何かを破壊するため、UPCから、広大な屋敷の一部屋へと派遣されたのだった。

●参加者一覧

木花咲耶(ga5139
24歳・♀・FT
アズメリア・カンス(ga8233
24歳・♀・AA
斑鳩・八雲(ga8672
19歳・♂・AA
紫檀卯月(gb0890
20歳・♂・SN
ドリル(gb2538
23歳・♀・DG
夜月夢幻(gb2705
20歳・♂・DG

●リプレイ本文

●広大
 孤独の感じるほどの大広間に、リンドヴルムの排気音が響く。
「調整は完了、と」
 騒音対策などはるか彼方。相棒のエンジンを切って。ドリル(gb2538)は、傍らの工具箱の蓋を閉じる。幼い頃に得た技とはいえ、娘子にこのような名前を付ける親なのだ、これくらい出来なくては話にならない。
「すみませんね。なにぶん、外と内で同じチューンにしておくわけには」
「承知しております。当方としても、そこまで気を遣って下さるのは嬉しい限りでございます」
 そう言って笑うのは。細い身体をぴしりと伸ばした、黒服の老紳士。
「こちらこそ。そういえば、他の方の姿が見えませんが」
「主の居ない屋敷に、従者は必要ありません」
 ユーモアのつもりなのか、白髭をたくわえた口で微笑む老執事。その時代錯誤さに、ドリルは思わず苦笑して。
 城門のような扉が開く音に、二人は視線をそちらに向けた。
「これは‥‥さすが」
 目を丸くする女性の背は、老執事よりも高い。薄紫の直衣を身にまとった木花咲耶(ga5139)は、しずしずと、装飾の施されたタイルの床に足を進める。
「これだけ広いと、維持も大変でしょう」
「掃除は完璧にしております。主に不都合を見せるわけいはいきませんので」
 そう言う老執事の足下で、うっすらと綿埃が舞う。もはや、その余裕も無くなったのだろう。咲耶の目に、憂いの色が浮かぶ。
 こつり、と足音がしたのは、その直後だった。
「いや、申し訳ない。少し遅れてしまいました」
 あまり申し訳なさそうな、にんまりとした笑顔を浮かべ。斑鳩・八雲(ga8672)は、屋敷の中に足を踏み入れる。
 一礼する執事に軽く手を振って。八雲は、ふとあごに手を当てる。
「壺の中の化生、とはまた‥‥バグアも風流を気取っているのでしょうか」
「さあ。わたくしには、敵の思惑については‥‥」
 首を振る執事を見つめる八雲。その目に、一瞬だけ鋭い光が宿り。
「敵。ええ。敵ですね。敵はさっさと倒してしまいましょう」
「はい。他の皆様は、既に部屋でお待ちでございます」
 老執事が見上げる先。階段の上に、一つの部屋があった。

●牢獄
 封印された部屋に、三人の人影。
「体の一部を失ったって事は、食べられた可能性もあるわね‥‥」
 低く呟くアズメリア・カンス(ga8233)が見やる先。そこに、古びた一つの壺があった。
 今回の事件の現況は、この、どう見てもゴミいしか見えない壺らしい。美術品にそれほど興味のないアズメリアにとっては、この壺に、文字通りに命を賭ける人々の頭の中が、不思議でならないのだった。
 嘆息するアズメリアの隣では。赤い瞳の青年が、天井を見上げて苦笑していた。
「これは、どこを撃ってもかなりの値になりますね」
 ハンドガンをくるくると回しつつ。紫壇卯月(gb0890)は、壁、床と視線をすべらせ、やれやれと首を振る。屋敷の主に許可を取りたいところだが、彼は今、どこか遠く、天の果てへと旅行に行っている。
 そんな彼の隣で。銀髪の青年が、壺に視線を注いでいた。
「呪いの壺ですか‥‥幾多の命を奪ったのでしょうね‥‥」
 夜月夢幻(gb2705)はそう呟きながら、そろそろと壺に近づく。見れば見るほどみすぼらしい壺に、どこか漂う神秘的な雰囲気。彼はそれに、少しずつ魅了されていって。
 瞬間。夢幻の視界に火花が散った。
「あだっ」
「気をつけて。魅入られたら、がぶり、ですよ」
 とはいえ殴ることはないじゃないか。そう思いつつも、先輩である卯月には逆らえない夢幻であった。
 門扉が開く音がしたのは、ちょうど、その時だった。
「皆様。お連れの方が参りました」
 老執事に続くように、室内に現れる三人の能力者。皆が揃ったことを確認して、老執事は部屋の扉を閉め、鍵をかける。
「この部屋は、自由にして下さって構いません」
 そう呟き、部屋の隅に陣取る老執事。彼にしても、事の結末を見届けたいのだろう。
 役者は集った。後は、主演の登場を待つのみである。

●飛翔
「それでは」
 目線で礼をした咲耶は、手にしていた長く太い鞘から、巨大な刃を抜き出す。
「お気をつけ下さいませ」
 皆が身構える中。咲耶は、刀の刃先を、壺の中へ静かに差し入れ。
 瞬間。壺の口が、刃を軸に激しく回転した。
「くっ」
 思わず、咲耶が刀を引いた瞬間。
 ――キキッ!
 壺から飛び出してきたのは、羽根をはやした龍の首。怖気のする叫び声を上げながら、大口を開け、咲耶へと飛びかかる。
 しかし。それを予測できない咲耶ではない。
「それくらいの攻撃なら、大したことございませんわ」
 無理に避けることはなく。手にした盾で、龍顔のキメラを受け流す。
 勢いをそらされたキメラは、そのまま天井へ飛び出すと、次の獲物を求めて飛び回る。
 その姿に照準を合わせ、卯月と夢幻が、ハンドガンの銃口を向ける。
「夢幻。コンビネーションでいくぞ」
「はい!」
 小気味よく返事して。夢幻がハンドガンの引き金を引いた。
「我が一撃は――雨の如く!」
 その台詞通り。視界を覆う勢いで放たれた弾丸が、キメラの肉体に傷跡を空けていく。
 逃げ惑っていたキメラだったが、そもそも、逃げる場所などここには無いのだ。無数の銃弾を肉体に穿たれ、次第に、高度を落としていく。
「あと一息」
「はいっ」
 次第に弾丸を集中させ。目も耳も鼻もつぶされ、ただの肉塊と化したキメラは、とうとう、床にぼとりと落ち。
「‥‥終わりましたか」
 咲耶の声に、キメラが刃向かう様子はない。ほっと息をついた卯月と夢幻は、ハンドガンをホルダーにしまう。
「結局、ボクらの出番はなかったね」
「倒せるならそれにこしたことはない」
「いやいや、これからまた何かあるかも」
 そう言う八雲の顔は、ほっとした笑顔で。その視線の端に、立ち尽くしたままの老執事が見えた。
「ご安心を。もう、キメラは現れません」
「‥‥あ、ありがとうございます」
 能力者たちの勢いに圧倒されているのか、老執事は、憔悴した顔でうなずきを返す。
「これで、主も安心して神の御許へ居られるでしょう‥‥」
 そう呟きながら。老執事は、そろりそろりとこちらへと近寄る。
 その様子のおかしさに、皆が気づく前に。
「だから――この壺は、私のものだ!」
 老執事は、壺を抱えて怒声を張り上げるのだった。

●沈静
「まさか」
「魅入られてしまったようですね‥‥」
 そう呟く八雲の隣を、アズメリアが駆け抜ける。
 老執事へ肉薄し、壺を奪おうと手を伸ばす。その腕が、老執事の手に捕まれる。
「ッ!」
 瞬間、アズメリアの身体がぐるりと回転する。そのまま落ちるところを、身体をひねって足から着地。しかし、そこから攻めることができない。
「武術の心得あり、ですか」
「なんという執事」
 視線を合わせて苦笑するドリルと八雲。どうにかしようとドリルが身構える時、アズメリアの視線に気づく。
「‥‥よし」
 彼女の言わんとすることを理解して。ドリルは、ぐっと腰を落とし。
「ははははは!」
 そう笑う老執事にしがみつくアズメリア。その細い目が光る。
「ッ!」
 素早く体をかわし、老執事をドリルの方へと突き飛ばす。たたらをふんだ老執事の前で、ドリルがぐっと身体に力を込めた。
「うおおおおおおお!」
 おおよそ女子として似つかわしくない声と共に。突進したドリルが老執事を押し倒し、そのままフォールする。女子プロレスで鍛えた肉体は、そう簡単には外れない。
 動きを封じされた老執事の手。そこに握られた壺を、側から伸びた手が奪い取る。
「なるほど、よくよく見ればいい壺かもしれませんね」
「斑鳩さん!」
「はは、いやいや。冗談です」
 にやりと笑ってみせ。八雲は壺を床に置き、腰の刀を抜き放つ。
「人を惑わす不埒な壺は、こうしてしまいましょう」
 笑みを含んだ声と共に、振り下ろされる刀。
 断末魔の音は、あっけないほど軽かった。
「あ‥‥」
 ドリルの下で、そんな声が聞こえる。暴れていた老執事の身体から、力が抜ける。
 これで、本当の終わり。それを実感して、能力者たちはほっと一息をつくのだった。

●悔悟
「本当に、申し訳ありません」
 そう呟く老執事の顔に、壺に魅了された跡はない。ただ、消えない憔悴の色のみが、濃く残っているのみだった。
「お気を落とさずに。バグアの力は、あまりにも強いのですから‥‥」
 優しく声をかける咲耶に、老執事は小さく礼をする。しかし、主を失い、自らも壺に魅了され、自信も希望も失っていることは、誰の目にも明らかだった。
 依頼は達成したというのに、皆の間に漂う重い雰囲気。その中で一人、八雲は笑顔だった。
「大丈夫ですよ」
「え?」
 振り向く老執事に、八雲は確かにうなづいてみせ。
「見たところ、あなたは能力者に比類しうる力を持っている。もしエミタに適正があれば、キメラに十分に対抗できるはずです」
「それは。わたくしに、バグアと闘えと」
 はい、とほほえむ八雲に、仲間たちも視線を交わす。
 その様子を見ていた老執事は、しばし、迷うような色を瞳に浮かべると。
「‥‥分かりました。まずは検査だけでも」
 そう呟く老執事の顔に、再び、生気が戻ろうとしていた。
「執事ですかあ、大変そうな仕事ですね」
「いえいえ。貴方様方に比べれば」
 次第に打ち解ける能力者たち。その姿を、割れた壷の破片が、茫洋と見つめていた。