●リプレイ本文
●歩く博士
かつん、こつんと。
「さて何が出るかな〜」
踊るような声音で呟き。ドクター・ウェスト(
ga0241)は、愛用の白衣をひるがえし、まるで我が家の庭を眺めるように、うきうきと歩んでいる。
もっとも。ドクターが踏みしめているのは、薄汚れ、反り返ったリノリウムの床なのだが。
「何か必ず出ると分かっているのだ、怯えていても仕方ないだろう〜」
カラカラと楽しそうに笑い、ドクターは眼鏡をずり上げて。
瞬間。遠く響く金属音に、びくりと身体を震わせた。
「い、意志を強く持ったとしても、生物の本能として恐怖感を抱くのは致し方ないがね〜」
いいわけがましく呟いてみても、それを聞く者は側には居ない。
ふむ、と呟き。ひょいと通信機を出したドクターは、甲高い声でがなり立てる。
「けひゃひゃ、我が輩がドクター・ウェストだ〜」
もちろん、これも意味があってのことなのだ。ドクターの孤独感を紛らわせるという意味も含め。
「こちらはなかなか良い眺めだよ。ああ、そこの割れた窓なんて、いかにも何かが飛び出して来そうなウワア!」
驚く姿はおどけたもので。通話相手の慌てる顔を想像しながら、通信機を耳に当て。
「うむ? よく聞こえないが」
そこから先は、喋れなかった。
「ぬ!?」
相手が出てきたのは窓ではなく、天井に空いた換気扇の残骸の中からだった。鞭のようにしなる生物の尾が、ドクターの細い首に巻き付き、今にも括り殺さんと、ギリギリ音を立てて締め付ける。
これはもしやまずい状況では。柄にもなくそんな事を考えた時、白い光が、暗い室内を一瞬にして染め上げた。
「‥‥ドクター、リトルリザード。笑顔だ」
飄々と言ってのけるのは、咥えタバコをくゆらせる、白黒色の紳士だった。
「すでに逃げておる。しかももう撮影済みである」
「たまには仕掛けられる側も良いだろう?」
余裕の笑みで、UNKNOWN(
ga4276)は使い捨てカメラをコートにしまうと、尻尾が逃げていった先をじっと見つめる。気配がないところを見ると、別の場所に移動してしまったらしい。
「まあいい。貴重な犠牲のお陰で、相手の素性は確認できた」
「我が輩、目が悪いので、戦闘で色々と誤射するかもしれないが、気にしないでくれたまえ」
もちろん。とニヒルな笑みを浮かべてみせるUNKNOWNの背後で、黒髪を後ろで束ねた少女が、わたわたと駆け寄ってきた。
「ドクターさん、大丈夫ですか!」
「おかげさまでね」
大人二人の間に漂う空気に顔を引きつらせつつ、平坂 桃香(
ga1831)は、ドクターが落とした通信機を拾い上げる。幸い、機能に障害は無いようだ。
「でも、向こうも、ドクターが囮だと気づいてしまったでしょうか」
「我が輩の研究では、リトルリザードに高度な知性は確認されていない。そもそも、相手はこちらの顔を見ていないであるからな」
なるほど、と呟き。桃香は、囮の証である通信機を、ドクターにきっちり返すのだった。
「やれやれ。さて、向こうの班はどうなっているかな」
ドクターが見つめる先。崩れ落ちた床の下に、階下の様子が垣間見えた。
●闊歩
荒れ果てた病室を横切るのは、ピンク色のナースだった。
「廃病院に幽霊が出るみたいな噂が立っても、責任は取れないわ」
くすりと微笑み。艶やかな長髪をアップにまとめた緋室 神音(
ga3576)は、かかとの高いブーツをコツコツと慣らしつつ、ほこりっぽい病院を優雅に進む。
「廃墟マニアの気持ちが、少しわかるかも」
冗談口調で呟きつつ。彼女の目は少しも笑っていない。
油断無く周囲を見渡し、耳をそばだて。どこから来たるかわからない敵を、一秒でも早く見つけようとする。
彼女の耳が物音を捕らえたのは、休憩室にさしかかった頃だった。
「上?」
見上げる先。むき出しになった配管に、かすかな振動を見取る。注意をそちらに向け、月読の刃を、鞘から引き出そうと。
動く直前。床が爆ぜた。
「なッ」
一瞬の隙が反応を鈍らせる。ツタのようにわき出した一本の尾は、神音の上半身にしゅるりと巻き付くと、恐ろしい力で引きずり込もうとする。
「く。そういうのは‥‥趣味じゃない!」
膝をつきつつ。かろうじてこらえる神音の側に、黒い影が舞い降りる。
「力は入りますか」
蒼白の顔に薄い笑みを浮かべ、アルヴァイム(
ga5051)は尾の根を両手でがっちりと掴む。彼のやらんとすることを察して、神音も、渾身の力で膝を起こす。
「くッ」
「くう‥‥」
二人の力と尾の力が釣り合い、我慢比べに入ろうという頃。廊下の影から現れたのは、拳銃を横に構えた一人の少年。
「俺も活躍して目立ってやるぜ! まずは芋掘りからだな!」
歓声と共に。煉威(
ga7589)の手から放たれた弾丸が、床の残骸を削る。障害物を失い、均整を保っていた尾の力が、がくりと落ちた。
「今です。せいの‥‥!」
「くぅッ!」
一息にこめられた力で。床の中に隠れていたものが、ずるりと引き出された。
――ギイ!
そんな声を上げるのは、暗闇に馴染んだ一匹の蜥蜴。
やけに平べったい体つき。目は退化し、代わりに耳は蝙蝠のように大きく。牙の並んだ口は、地獄への裂け目にも見える。
ギリギリと歯を鳴らし。地上に引きずり出されたリトルリザードは、神音から尾をふりほどくと、さっと飛び退き、こちらを威嚇し始めた。
「やっと出てきたな!」
「これからが勝負ですね」
愛用の銃を構える青年と少年の間で。神音もまた、月読の白刃を抜き放つのだった。
●追撃
それと同じ頃。駆け足で走るUNKNOWNと桃香の姿があった。
「モグラ探しとは大変なものだ。農家の方々には頭が下がる」
「そんなレベルじゃないですよ。あ、そっち!」
桃香が指さす先。崩れた壁の隙間から覗いた緑色の肌に、UNKNOWNが手にしたスコーピオンの弾丸がたたき込まれる。赤い肉を露出させつつ、壁の中のキメラは、再び表から姿を消す。
「あっちです!」
「やれやれ、これではキリがない」
はやる桃香の後ろで、UNKNOWNがコートの埃をはらう。もっとも、彼らとて、ただ敵を追いかけ回しているわけではない。
「UNKNOWNさん、まだですかっ?」
「もうすぐだ。プレゼントも待っている」
作戦前、廃病院の見取り図と各所の写真を頭にたたき込んだ彼の脳裏には、逃げ続けるキメラがどこへたどり着くか、ありありと見えているのだ。
そして。もう何度目かわからない角を曲がった時。視界が、上下に拡大した。
「到着だ。地獄の大穴に」
UNKNOWNがそう言って笑う先。フロアの一面が崩れ落ち、はるか下には、破片にまみれた水槽がたゆたっている。
「落ちたな」
その言葉通り。床の隙間から飛び出したリトルリザードは、水槽の中に沈没し、苦しそうにもがいていた。
「後は良いだろう。桃香、一階の援護に回れ」
「わかりました」
去っていく足音を背中で受けつつ、彼はスコーピオンの弾倉を込め直す。
見下ろす先。リトルリザードは、水槽から脱出しようと、破片のひとつによじ登っていた。そこに狙いを定め、銃口が火花を噴く。
再び水面にたたきつけられたリトルリザード。その小さな瞳が、湖面の向こうで揺らぐ、一つの人影を捉えた。
「また会ったのであるよ」
クククと笑い。仁王立ちしたドクターは、抱えたエネルギーガンの銃口を、水槽の中心へと向けるのだった。
「この我が輩がたやすい相手ではないことを思い知るがいい〜」
台詞の最期は、強烈な沸騰音にかき消される。
一瞬にして姿を消した水槽の中。リトルリザードの肉体は、すでに生物としての役割を終えていた。
「まあ、思い知ったときには君は標本だがね〜」
ふふんと得意げに笑い、ドクターは、カメラを構えたUNKNOWNに、ピースサインを作ってみせるのだった。
●迎撃
遠く雷鳴が聞こえる頃。一階の戦場も、終盤戦に入ろうとしていた。
「散れぇい!」
煉威の握る拳銃から、無数の弾丸がばらまかれる。網のような弾丸に飲まれ、リトルリザードの身体に、いくつもの弾痕が穿たれる。
動きを鈍らせた蜥蜴は、それでも反抗しようと、自在に動く尾をくねらせ。
直後。尾の中程に、鋭いヒールが突き刺さった。
「アイテール‥‥限定解除、戦闘モードに移行‥‥」
泡を食うキメラを見下ろして。神音は、刃を翻し。
「夢幻の如く、血桜と散れ‥‥剣技・桜花幻影(ミラージュブレイド)」
閃光に似た斬撃。それは、リトルリザードの首を、いとも簡単に切断する。
大きな痙攣も、やがて収まり。ふうと息を付いた神音に、煉威が手を振った。
「やったっすね! これで全員」
その瞬間に窓を割り。牙の並んだ大口が、いまにも煉威に食らいつこうと。
「ッらあ!」
横合いからの斬撃。桃香の手から延びる白く美しい爪が、リトルリザードを大きく弾き飛ばした。
それが地面へ落下する直前。アルヴァイムの持つ大きな拳銃から、三発の弾丸が放たれる。
――ギャ!
喉、胸、腹の急所を貫かれ。リトルリザードは、ようやく息の根を止めるのであった。
「全く、油断なりませんね」
「ま、マジっすね」
顔を青ざめさせた煉威の顔を見て、神音に桃香、アルヴァイムでさえ、思わず笑みを浮かべてしまう。
「おお、ここにいたであるか〜」
「さあ、後で試写会をしなければな」
近寄るドクターとUNKNOWNに手を挙げ。もう、何かが飛び出してくることはなく。
廃墟の静けさは、能力者たちによって、再び取り戻されたのだった。