タイトル:HIRUマスター:凪魚友帆

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/18 10:53

●オープニング本文


 それは、単なる偶然。

「たく。大雨で道路寸断なんて、ついてないよな」
 畳に脚を投げ出して、男は憎々しげに呟く。その背後で、浴衣の女が、給水機から水をくんでいた。
「こんなシケた旅館に缶詰なんてよ、くそ」
 娯楽といえば卓球くらい。露天風呂は使えない。制限された一夜。ならばせえめて、女を誘ってあわよくば。そんな、当初の目的が鎌首をもたげ始める。
「なあ、ちょっとこっち来いよ」
 振り返った男。しかし、女は向こうを向いたまま、コップに注いだ水を、のどを鳴らして飲み干していた。
「おい、聞いてるのか」
 仕方なく立ち上がり、男は女に近づく。その間にも、女は空のコップに水をつぎ、再び、一息に飲み干す。その次も、またその次も、次も、次も次も次も次も次も。
「おい」
 男の手が、コップを持った女の手首を掴む。
「ィ」
 動きを止めた女が、ゆっくりと振り返る。その顔には生気がなく、まるで死人のように青白かった。男が触れる女の手も、氷のように冷たく。
「お前」
「ォど、ァわィた」
 不明瞭な声。青を通り越して黒く濁った唇が、ゆっくりと開かれ
 ――ねちゃ。
「ひ」
「ォどォォォ、ァッァッアわィィイたァァァ」
 顎がはずれるほどの大口。女の舌の根に張り付いた『それ』が、軟体の身体を、男の喉に瞬時に伸ばす。
「ひっ」
 恐怖のあまり動けない男。その顔から、みるみる内に血の気が引いていく。それに反比例するように、女の口内の『それ』は、赤々と艶めき、太さを増していく。
 やがて。死人のような姿で倒れ伏す男を見下ろし、女は、ひきつった笑みを浮かべていた。
「ヒ、ヒィィ、ヒィ」
 口から『それ』をだらりと垂らし、女は、ゆらゆらと、部屋の外へと向かっていく。
 まるで舌のように、しかし、明らかに違う。その生物は――異形のヒル。
 逃げ場を閉ざされた旅館内。これから、悲劇の幕が上がる。


 そして。それを止められるのは。
 キメラ発見の報を受け、旅館を訪れていた、あなたたち能力者だけなのだ。

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
綾野 断真(ga6621
25歳・♂・SN
アズメリア・カンス(ga8233
24歳・♀・AA
優(ga8480
23歳・♀・DF
リヴァル・クロウ(gb2337
26歳・♂・GD

●リプレイ本文

●混乱
「キメラが出たぞ!」
 その一言で。旅館は、上へ下への大騒ぎとなった。
 逃げまどう客。しかし、外の大雨は、彼らの退路を断っていた。
 それでもなお、危険を省みず逃げようとする一団。その前に、一人の青年が立ちふさがった。
「ここから先へは危険だ」
「危険たっておめえ、ここに居たら、キメラに全員食われちまうぞ!」
「大丈夫」
 大きく頷き。青年は、身分証を差し出す。
「UPCの新条 拓那(ga1294)だ」
「UPCって、あの。つまりあんた」
「ああ。能力者が来たからには、もう安心だぜ」
 頼もしく指を立てる姿をまじまじと見て。一団の数人が、ふらふらとへたり込んだ。
 その側へとそっと寄る、可憐な印象の少女。
「大丈夫ですから。さあ、こちらへ」
 倒れそうな一般人の肩を支え。石動 小夜子(ga0121)は、大広間の方へと向かう。
 そこには、拓那と協力して集めた、旅館の客や従業員たちが居た。皆、一様に不安げな表情を浮かべる中、拓那が、一段高い場所に立つ。
「少し不安で窮屈な思いをさせてしまいますが、ご容赦下さい」
 常にはつかわぬ丁寧口調で、なるべく不安を押さえ。
「すぐ俺たちが何とかしますから! 俺たちは」
 次の瞬間。拓那の姿は、群衆のまっただ中に居た。
「能力者です。もう安心ですよ?」
 力を見せつけられ、声も出ない民衆を見回して。拓那は、うん、と頷いてみせる。
 拓那の演説により、大きく爆発が起こることはないだろうが。しかし、不安にかられた人々の間で、思わず泣き出してしまう人も居る。
 家族連れで来たらしい、幼い少女が、顔を真っ赤にして泣いている。その前に現れた小夜子は、ためらいなく、少女を抱きしめた。
「安心して下さい。ね?」
 巫女として働いたことのある小夜子の、心からのなぐさめ。泣き声が次第に小さくなり。やがて。顔を上げた少女は、小夜子に向かって小さく微笑んで見せた。
「そう、その調子です。今、仲間たちがキメラを退治していますからね」
 そう呟きながら。信頼する仲間の身に、どんなことが起こるのか。不安を表に出さぬよう、笑顔を作る小夜子だった。
「水や食料は、旅館の方で調達してもらいました!」
 そう叫んでまわった後。拓那は、板長にそっと近づく。
「指定の物は、仲間たちに渡してくれたか」
「ああ。しかし、あんなもので大丈夫なのか?」
「大丈夫にするのが俺たちの仕事だ! 大事な食材、無駄にはしない」
 しかと頷き。拓那は、取り出した通信機のチューニングを合わせる。
「こちら新条。客の避難は完了。そちらは?」

●怪女
「こちら捜索班アルファ。『下準備』を進行中」
 短いやりとりを終え。リヴァル・クロウ(gb2337)は、調理場に積まれた食材の山を見つめる。
「腹が減るな、これは」
「仕方ないでしょう。はい、豚肉追加です」
 せつない表情を見せるリヴァルに対して。綾野 断真(ga6621)は、冷静沈着な表情を崩さなかった。
 大きな鍋から、ほどよく暖まった肉を取り出し、調理場の一角に盛り付ける、他にも、肉や内蔵など、キメラが寄ってきそうな食材を用意していた。
「相手はヒルとか。そろそろこういう類の生き物は遠慮したいのだがね」
「確かに」
 それが、人に寄生し、血を啜るヒルならなおさらだ。だからこそ、被害者として目撃されている女性を、早く救わなくてはならない。
「とはいえ。本当に近づいて来るかな」
「やるだけやりましょう。はい、どうぞ」
 渡されたのは、酢飯を冷やすのに使うウチワ。一瞬、やるせない気持ちが浮かんでくるものの、これも仕事と、肉塊を扇ぎ始めるリヴァルだった。
 しばしそうしていただろうか。物音は、戸口のほうで起こった。
「ん?」
「私が見に行きます。もしもの時は」
 そう言い残し、断真は、戸口をゆっくりと開ける。
 その先には、誰の姿もない。ゆっくりと用心しつつ、断真は、一歩、二歩、と、歩みを進める。
 その背後で、開けられていた戸が、きしみを上げて閉まっていく。扉の影には、何も居ないが。
 扉そのものに、張り付いた女が居た。
「み、ずぅうぅぅうぅぅうううう!」
「なッ」
 とっさにつきだした銃口。しかし、撃つわけにはいかない。
 大口を開けた女の舌に、張り付く巨大なヒル。その異様さに、真断の心に隙が出来た。
「ぅぁう!」
 突然の突進。支えきれず、押し倒されてしまう。
 目の前で蠢くヒルを、小銃のバレルでなんとかしのぐ。逃げることも、闘うこともできない時間が、どれほど続いただろうか。
「離れてもらおうか!」
 突如。女の身体が、断真から一気に引きはがされる。
 その後ろでは、女性の腕を固めたリヴァルが、断真に向け、必死の視線を送っていた。
「ラジャー‥‥ッ」
 調理場へとって返して持ってきたのは、酢や塩といった刺激物。それをバケツにつっこみ、女へと向ける。
「すみません」
 苦渋の台詞に飛沫が混ざる。顔面に酢水を浴びた女は、ぼろぼろと涙をこぼしつつ、あえぎ声を上げる。
 その口の中で。収縮するヒルの身体が、接点を失った。
「落ちました!」
「逃がしはせん、よっ!」
 女の手を離した一瞬後。リヴァルの手に握られた刀が、地面に落ちたヒルを串刺しにする。
 うねうねとくねりながら逃げようとするヒル。それに、断真が銃口を突きつける。
 射撃音は三回。それで、静かになった。
「終わったな」
「はい。急いでこの方を治療しなければ」
 女の介抱に廻る断真の側で。リヴァルは、通信機のスイッチを入れた。
「こちら捜索班アルファ。ヒルを駆除、および寄生者を救助」

●残党
「了解しました」
 そう返答する優(ga8480)の顔には、安堵の色が広がっていた。
 温泉の中の探索中。優は、先を往く仲間に手を挙げて見せる。
「ヒル、退治されたそうです!」
「ん‥‥」
 振り返ったアズメリア・カンス(ga8233)の顔に、目立った表情はない。ただ、片手に握った月読を、お手玉するようにひょいと逆手に持ち替えた。
「私たちも、救護へと戻りましょう」
「そうね。ひとまずの危機は去ったのだから‥‥」
 優の後を付いていこうとしつつ。ふと、アズメリアの耳に、水音が聞こえた。
 ここは風呂場なのだから。しかし、その音には、湯のものではない、粘着質な音が混ざっていた。
「まさか」
 目を細め、静かに探す。逆手の刀を順手に持ち替えつつ。ふと、頭上に気配を感じ。
 視線を上げたとたん。額に、粘液の感触があった。
「ッ!」
 よける間もなく、降ってくる白い肉塊。それは、アズメリアの口めがけ、すっぽりと収まろうと。
「危ない!」
 寸前。飛び込んだ優と一緒に、したたかに床のタイルに腰を打ち付けた。
「く‥‥」
 いや。むしろ、それくらいで済んだことを感謝せねばなるまい。目標へ到達できなかったヒルは、なおも、アズメリアを狙って、うねる身体を伸縮させる。これに寄生されていれば、どうなっていたか。
「優。斬るよ」
「つつつ‥‥は、はい!」
 揃いの月詠を構え。二人はヒルと対峙する。
 相手の動きは、とろいようで素早い。その動きの波を、じっくりと見極め。
「ッ!」
 呼気を押さえ、アズメリアの刃が、ヒルの尾を切り裂く。
 吹き出る粘液。しかし、彼女たちはひるまない。
「終わりです‥‥!」
 動きをにぶらせたヒルへ、優が何度も刃を振り下ろす。ずたずたに引き裂かれた肉体は、やがて、動くのを止めてしまうのだった。
「大丈夫、もう死んだ」
「ッ‥‥ふう」
 ほっと一息。ふと見つめる先には、外を一望できる、ガラス張りの窓があった。
 薄明かりの中。海中から、太陽が昇る。
「わあ」
 そう思わず声を上げ。意外にも、ユニゾンになる。
 一拍置いて。不機嫌な顔を作ってみせるアズメリアに、優はこっそり、笑みを浮かべるのだった。