●リプレイ本文
●混乱
「キメラが出たぞ!」
その一言で。旅館は、上へ下への大騒ぎとなった。
逃げまどう客。しかし、外の大雨は、彼らの退路を断っていた。
それでもなお、危険を省みず逃げようとする一団。その前に、一人の青年が立ちふさがった。
「ここから先へは危険だ」
「危険たっておめえ、ここに居たら、キメラに全員食われちまうぞ!」
「大丈夫」
大きく頷き。青年は、身分証を差し出す。
「UPCの新条 拓那(
ga1294)だ」
「UPCって、あの。つまりあんた」
「ああ。能力者が来たからには、もう安心だぜ」
頼もしく指を立てる姿をまじまじと見て。一団の数人が、ふらふらとへたり込んだ。
その側へとそっと寄る、可憐な印象の少女。
「大丈夫ですから。さあ、こちらへ」
倒れそうな一般人の肩を支え。石動 小夜子(
ga0121)は、大広間の方へと向かう。
そこには、拓那と協力して集めた、旅館の客や従業員たちが居た。皆、一様に不安げな表情を浮かべる中、拓那が、一段高い場所に立つ。
「少し不安で窮屈な思いをさせてしまいますが、ご容赦下さい」
常にはつかわぬ丁寧口調で、なるべく不安を押さえ。
「すぐ俺たちが何とかしますから! 俺たちは」
次の瞬間。拓那の姿は、群衆のまっただ中に居た。
「能力者です。もう安心ですよ?」
力を見せつけられ、声も出ない民衆を見回して。拓那は、うん、と頷いてみせる。
拓那の演説により、大きく爆発が起こることはないだろうが。しかし、不安にかられた人々の間で、思わず泣き出してしまう人も居る。
家族連れで来たらしい、幼い少女が、顔を真っ赤にして泣いている。その前に現れた小夜子は、ためらいなく、少女を抱きしめた。
「安心して下さい。ね?」
巫女として働いたことのある小夜子の、心からのなぐさめ。泣き声が次第に小さくなり。やがて。顔を上げた少女は、小夜子に向かって小さく微笑んで見せた。
「そう、その調子です。今、仲間たちがキメラを退治していますからね」
そう呟きながら。信頼する仲間の身に、どんなことが起こるのか。不安を表に出さぬよう、笑顔を作る小夜子だった。
「水や食料は、旅館の方で調達してもらいました!」
そう叫んでまわった後。拓那は、板長にそっと近づく。
「指定の物は、仲間たちに渡してくれたか」
「ああ。しかし、あんなもので大丈夫なのか?」
「大丈夫にするのが俺たちの仕事だ! 大事な食材、無駄にはしない」
しかと頷き。拓那は、取り出した通信機のチューニングを合わせる。
「こちら新条。客の避難は完了。そちらは?」
●怪女
「こちら捜索班アルファ。『下準備』を進行中」
短いやりとりを終え。リヴァル・クロウ(
gb2337)は、調理場に積まれた食材の山を見つめる。
「腹が減るな、これは」
「仕方ないでしょう。はい、豚肉追加です」
せつない表情を見せるリヴァルに対して。綾野 断真(
ga6621)は、冷静沈着な表情を崩さなかった。
大きな鍋から、ほどよく暖まった肉を取り出し、調理場の一角に盛り付ける、他にも、肉や内蔵など、キメラが寄ってきそうな食材を用意していた。
「相手はヒルとか。そろそろこういう類の生き物は遠慮したいのだがね」
「確かに」
それが、人に寄生し、血を啜るヒルならなおさらだ。だからこそ、被害者として目撃されている女性を、早く救わなくてはならない。
「とはいえ。本当に近づいて来るかな」
「やるだけやりましょう。はい、どうぞ」
渡されたのは、酢飯を冷やすのに使うウチワ。一瞬、やるせない気持ちが浮かんでくるものの、これも仕事と、肉塊を扇ぎ始めるリヴァルだった。
しばしそうしていただろうか。物音は、戸口のほうで起こった。
「ん?」
「私が見に行きます。もしもの時は」
そう言い残し、断真は、戸口をゆっくりと開ける。
その先には、誰の姿もない。ゆっくりと用心しつつ、断真は、一歩、二歩、と、歩みを進める。
その背後で、開けられていた戸が、きしみを上げて閉まっていく。扉の影には、何も居ないが。
扉そのものに、張り付いた女が居た。
「み、ずぅうぅぅうぅぅうううう!」
「なッ」
とっさにつきだした銃口。しかし、撃つわけにはいかない。
大口を開けた女の舌に、張り付く巨大なヒル。その異様さに、真断の心に隙が出来た。
「ぅぁう!」
突然の突進。支えきれず、押し倒されてしまう。
目の前で蠢くヒルを、小銃のバレルでなんとかしのぐ。逃げることも、闘うこともできない時間が、どれほど続いただろうか。
「離れてもらおうか!」
突如。女の身体が、断真から一気に引きはがされる。
その後ろでは、女性の腕を固めたリヴァルが、断真に向け、必死の視線を送っていた。
「ラジャー‥‥ッ」
調理場へとって返して持ってきたのは、酢や塩といった刺激物。それをバケツにつっこみ、女へと向ける。
「すみません」
苦渋の台詞に飛沫が混ざる。顔面に酢水を浴びた女は、ぼろぼろと涙をこぼしつつ、あえぎ声を上げる。
その口の中で。収縮するヒルの身体が、接点を失った。
「落ちました!」
「逃がしはせん、よっ!」
女の手を離した一瞬後。リヴァルの手に握られた刀が、地面に落ちたヒルを串刺しにする。
うねうねとくねりながら逃げようとするヒル。それに、断真が銃口を突きつける。
射撃音は三回。それで、静かになった。
「終わったな」
「はい。急いでこの方を治療しなければ」
女の介抱に廻る断真の側で。リヴァルは、通信機のスイッチを入れた。
「こちら捜索班アルファ。ヒルを駆除、および寄生者を救助」
●残党
「了解しました」
そう返答する優(
ga8480)の顔には、安堵の色が広がっていた。
温泉の中の探索中。優は、先を往く仲間に手を挙げて見せる。
「ヒル、退治されたそうです!」
「ん‥‥」
振り返ったアズメリア・カンス(
ga8233)の顔に、目立った表情はない。ただ、片手に握った月読を、お手玉するようにひょいと逆手に持ち替えた。
「私たちも、救護へと戻りましょう」
「そうね。ひとまずの危機は去ったのだから‥‥」
優の後を付いていこうとしつつ。ふと、アズメリアの耳に、水音が聞こえた。
ここは風呂場なのだから。しかし、その音には、湯のものではない、粘着質な音が混ざっていた。
「まさか」
目を細め、静かに探す。逆手の刀を順手に持ち替えつつ。ふと、頭上に気配を感じ。
視線を上げたとたん。額に、粘液の感触があった。
「ッ!」
よける間もなく、降ってくる白い肉塊。それは、アズメリアの口めがけ、すっぽりと収まろうと。
「危ない!」
寸前。飛び込んだ優と一緒に、したたかに床のタイルに腰を打ち付けた。
「く‥‥」
いや。むしろ、それくらいで済んだことを感謝せねばなるまい。目標へ到達できなかったヒルは、なおも、アズメリアを狙って、うねる身体を伸縮させる。これに寄生されていれば、どうなっていたか。
「優。斬るよ」
「つつつ‥‥は、はい!」
揃いの月詠を構え。二人はヒルと対峙する。
相手の動きは、とろいようで素早い。その動きの波を、じっくりと見極め。
「ッ!」
呼気を押さえ、アズメリアの刃が、ヒルの尾を切り裂く。
吹き出る粘液。しかし、彼女たちはひるまない。
「終わりです‥‥!」
動きをにぶらせたヒルへ、優が何度も刃を振り下ろす。ずたずたに引き裂かれた肉体は、やがて、動くのを止めてしまうのだった。
「大丈夫、もう死んだ」
「ッ‥‥ふう」
ほっと一息。ふと見つめる先には、外を一望できる、ガラス張りの窓があった。
薄明かりの中。海中から、太陽が昇る。
「わあ」
そう思わず声を上げ。意外にも、ユニゾンになる。
一拍置いて。不機嫌な顔を作ってみせるアズメリアに、優はこっそり、笑みを浮かべるのだった。