タイトル:種を植える蟻マスター:凪魚友帆

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/18 10:49

●オープニング本文


「アリの中には、巣穴で餌となるキノコを育てるものがいると聞きます」
 だから、ではないだろうが。傭兵たちに伝えられた任務は、一風変わったものだった。
「スライムを繁殖させるするキメラアントを、始末して欲しいのです」
 話によれば。最近、街の食料店の倉庫で、突発的にスライムが繁殖し、倉庫の食料を全滅させるという事件が頻発しているらしい。しかし、現場の近くでは、スライムの目撃談は上がっていない。
「その代わり。現場近くを移動する、『大きな虫の脚』を見たという話がありまして」
 脚の大きさから、相手はキメラアントだと推測できる。しかし、肝心のキメラアント本体の姿は、闇に紛れたように判明していなかった。
「恐らくは。隠密に長けたキメラアントが、スライムの『種』を、食料庫へと運んでいると思われます」
 食。それはは人にとって、とても大切なものだ。それを侵すキメラは、即座に退治せねばなるまい。
「とはいえ、相手の姿が見えないのでは、探しようがなく。ただ、今までの被害現場の位置取りから、次の襲撃先の予想を、三店舗に絞りました」
 ひとつは、商店街の豆腐店。ふたつは、大型のスーパー。三つ目は、裏通りの中華料理屋。そのどこが次の目標になるか、そこまでは判別つかないというが。
「それぞれの店の間は200メートルほど。手分けして監視し、キメラアントを見つけだし‥‥」
 しばしの沈黙の後。
「できることならば、キメラアントがどこでスライムを調達しているかも分かればよいのですが。そのためには、あえて被害を受けた後、キメラアントを尾行する必要があります」
 UPCとしては、一般人の被害を容認は出来ない。しかし、さらなる被害につながる恐れがあるのなら‥‥。
「結論は、実働部隊に任せます。我々の考えつかない、新たな手が出る場合もありますし。いずれにしても、UPCで出来る範囲の協力はします」
 店を取るか、スライムの根源を取るか。あるいは、どちらともを取るか。傭兵たちが考えた作戦とは‥‥。

●参加者一覧

稲葉 徹二(ga0163
17歳・♂・FT
ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
南雲 莞爾(ga4272
18歳・♂・GP
カルマ・シュタット(ga6302
24歳・♂・AA
アズメリア・カンス(ga8233
24歳・♀・AA
優(ga8480
23歳・♀・DF

●リプレイ本文

●夜の豆腐屋
 心は冷静、然し身体は迅速を心掛け。
「とはいえ。闇夜の探索は疲れる」
 ふうとため息を付き。南雲 莞爾(ga4272)は、大きな調理台に背を預ける。
 営業後の豆腐店。調理場の一角には、豆腐の材料である大豆が、壁のようにつまれていた。いつもの姿ではない。これを狙うために現れるものを、おびき出すための餌だ。
「果たして、来て下さるでしょうか」
 心配そうに目を伏せ。優(ga8480)は、月詠の鞘を強く握りしめる。緊張しているのは、今回の作戦が、相手を倒すために行うものではないからだ。程々に、敵を逃がし、その奥にある大きな驚異を、排除せねばならない。
 水滴の落ちる音だけが響く中。莞爾は、通信機のスイッチを入れた。
「こちら豆腐班。未だ目標は現れない」
 一拍置いて。通信先の何者かが、音が漏れるほどの笑い声を上げたのだった。

●闇のスーパー
「けひゃひゃ、了解なのだよー」
 その声は、がらんと広いスーパーに、ぐわんぐわんと反響する。
「ドクター、声が」
「なあに。この程度で逃げるキメラではなかろう」
 クククと笑うドクター・ウェスト(ga0241)に、やれやれと首を振るカルマ・シュタット(ga6302)。二人の姿は、スーパーのバックヤード、緑色の床の上にあった。
「下手をすれば徹夜になるか」
「若いんだからなんともないだろう?」
 そういうドクターは、カルマよりもずっと若々しいオーラを発している。キメラより前に、ドクターの扱いに気をつけねばと思いつつ、カルマは朱鳳の鞘で肩を叩く。
 目標となるキメラの姿は、三○センチ程度。どこから入って来るにせよ、物音を立てないはずはない。問題は、気配がないとしか思えないほどに、キメラの詳細情報が無いことだ。
「どう思います、ドクター」
「キメラは不思議な生き物だからねえ」
 気の抜けた返事。思わず苦笑したカルマは、手にした通信機をチューニングする。
「こちらスーパー班。いまだ敵は現れていません」
 返事は、無い。
 それどころか。通信の切断を表すビープ音が、カルマの耳に、空しく響くのだった。

●夜の中華料理屋
 電源を落とした通信機をしまって、アズメリア・カンス(ga8233)は低く身を屈める。
 黒く染まった中華料理店。その食料庫を眺められる厨房の一角に、彼女と、稲葉 徹二(ga0163)は居た。
 二人がじっと見つめる先。そこに『影』があった。詳しい姿は、暗視スコープを通してさえ見渡せない。ただ、三つの楕円を繋げたような姿。それに、蠢く長い脚が、『それ』が今回の目標だと示していた。
「人様の飯に種植え付けて根こそぎたァ、阿漕な真似しやがる」
「静かに」
 おっと、と口を押さえた徹二をよそに、アズメリアはクルメタルPー38の銃口を上げる。そこに込められているのは、殺傷するためとは別の弾丸。静かに狙いをつけ、息を殺す。
「‥‥ッ」
 炸薬音。血の代わりに飛び散ったのは、うっすらと光るインクだった。
「命中」
「後は任せてくだせェ」
 一瞬うなずき合い。アズメリアは、驚いて逃げ出したキメラを追い、残された徹二は、わずかにこじあけられた食料庫に駆け寄った。
「こいつか」
 食料庫の壁にへばりついている、黄土色の粘着体。その上に蛍火の刀身を添え、徹二は薄く目を細める。
「ッ!」
 瞬間。滑らかにすべる刀身が、スライムの種を、壁から綺麗に剥がし落とす。
 店内に静けさが戻る中。徹二は腰の通信機をたたき起こし、大声を張り上げた。

●追跡
『スライムの種排除完了。ただちに隠密蟻の追跡であります!』
「了解」
 短く返答し。莞爾は、即座に立ち上がり、外を目指す。
「中華料理屋からのルートですか」
「追っ手を増やさなければ、見失う可能性がある」
 莞爾の台詞にうなずいて。優もまた、走る速度を上げていった。
 やがて、中華料理屋の前に辿り着く二人。そこには、じっと立ったままの、カルマとドクターの姿があった。
「カルマさん、ドクター。追跡は?」
「なに、彼女に任せておけば大丈夫。下手に追っ手を増やすと、逆に追跡が困難になる」
 ドクターがそう説明している時。ここより少し離れた路上に、アズメリアの姿があった。
「逃がさない」
 目印は付けた。だがそれは、とてもか細く、ともすれば見失ってしまうようなものだ。だから、絶対に目を離さない。
 追跡を続ける彼女の姿は、待機班にはわからない。思わず、ため息をついてしまうカルマ。
「無事にたどり着けるでしょうか」
「ま、大丈夫じゃないかなー」
 軽い声。思わず振り向いた先。
「ダメでも、我輩が補佐すればいいのさ」
 真剣な顔で呟く、ドクターの眼鏡が光る。
「スライムの後始末って、あれで良かったでありますか」
 そう呟き、中華料理店から、刀を握った徹二が出てくる頃。ドクターの持つ通信機が、小さく音を立てた。
「もしもし。うむうむ」
 皆の注目を集める中。ドクターは、にやりと笑い、ピースサインを出して見せた。

●遭遇
 そこは、街外れにひっそりと建つ、廃業した喫茶店だった。
 割れた窓ガラスを踏みつけ。それは、カウンターの奥へと歩みを進める。
 強靱な顎で、そこにある半固形物の塊を掴み。カウンターを乗り越え、外へと。
「そこまで」
 闇夜を照らす、月詠の刃。
 アズメリアを見上げ。群青色をした蟻は、ねばつく牙を、ねちゃりと広げる。
 店内が照らし出されたのは、その時だった。
「これで、逃げも隠れもできないでしょう」
 店のドアを開け放ち。懐中電灯を構えたカルマの隣で、エネルギーガンを構えるドクター。
「裏口も押さえさせてもらいやしたぜ」
 そう言って、調理場の方から現れる徹二。その後ろには、莞爾と優の姿もある。
 完全に囲まれたと気づき、動きを止める蟻。その小さな頭で、何を思いついたのか。
 ――ギッ!
 鳴き声のような音を立てた瞬間。カウンターの奥にいた『それ』が、ぬるりと姿を現した。
 嫌悪感を催す、黄土色の肉体。いや、それを生命と呼ぶべきなのだろうか。
「これが本体ですか」
「カルマ君、アズメリア君。蟻の方は頼んだよ」
 エネルギーガンの銃口が、スライムの方へと向けられる。
 光線の奔流。それが飛来した瞬間、戦いは始まった。
「フッ」
 軽く息をつきつつ、蟻へと迫るアズメリア。身軽なフットワークで、月詠の刃を蟻の頭に振り下ろす。
 ――ギギッ!
 蟻の頭部を抉る刃は、しかし、蟻の牙にがっちりと押さえ込まれてしまった。自身の肉体の数倍の重さを持ち上げるという力が、アズメリアの腕にのしかかる。
「そうはさせません!」
 横合いから飛び出してきたカルマの手には、朱鳳が握られていた。胴体の継ぎ目に向かって、それをざくりと突き入れる。
 ――ギッ!
 痛みのあまり、蟻の顎が開いた。自由になったアズメリアは、改めて、蟻の頭部に狙いを定め。
「ハッ!」
 一撃。鋭い刃が、蟻の頭部を串刺しにする。
「こちらは大丈夫。向こうは」
 カルマが目を向けた先。そこに、煌めく刃があった。
「ッらあ!」
 覚醒の効果で気迫を得た徹二の蛍火が、光輝く刃を、スライムへとたたき込む。
 波が引くように攻撃から逃げるスライムは、次の瞬間、揺り戻しのように粘液を突き出してくる。
「させません」
 防御態勢を取る徹二の前に、立ちはだかる優。月詠を巧みに使い、粘液を切り払う。感情を宿さない冷たい瞳が、スライムをじっと見つめていた。
 そして。その背後で、薔薇の刻印の入った銃を構える者が一人。
「退け‥‥ッ」
 とっさに両脇に避けた二人の間を、疾風が通り抜ける。
 ほぼ零距離で、突きつけられる銃口。引き金が、強く引かれる。
 刹那。スライムの身体が、粉々に砕け散った。
「排除、完了」
 そう呟く莞爾の前で、細かい欠片になったまま、うねうねと蠢くスライム。
 その一片に、光の筋が照射された。
「後始末は我輩に任せたまえ」
 スライムの欠片をひとつひとつ潰しながら、何事かをメモしていくドクター。彼には彼の、研究目的があるのだ。
 やがて、全ての欠片が除去される頃。割れた窓から、うっすらと朝日が差し込む。
 頭を串刺しにされ、息絶えた蟻も。日差しの中では、ただの大きな虫に過ぎなかった。
 夜は明け。そして。また、日常が始まる。