●リプレイ本文
「――緊急任務だとか言われたから来てみたものの」
移動する巡洋艦内。改めて詳しい状況を聞いて、時枝・悠(
ga8810)は不服そうに口をへの字に曲げていた。
(何かこう、アレだ。拘束時間が長く敵の多い護衛任務とか、面倒な事この上ないよな本当)
ダルい眠い帰って寝たい。失敗した、と、正直な気持ち彼女はそう思っていた。
といって今更働かないわけにもいくまい。兵装のテストだと思って、なんとかモチベーションを維持するか‥‥と、悠がそんなことを考えている傍で、シンディ・ユーキリス(
gc0229)は思案顔を浮かべていた。
(謎の遠距離砲撃‥‥か。一体、なんだろ‥‥? シェイドのレーザーみたいなのだったら、大変だけど‥‥どうも、そういう手合いじゃなさそうだし‥‥?)
巡洋艦を大破に至らしめた初撃の詳細は、いまだ不明のままである。
姿を現さない謎の攻撃手は、初撃で今回の役目を終え撤退したということだろうか? だが‥‥。
「ユウトも、なんだか変だ変だって言いながら落ち着かないし‥‥ちょっと、気を付けた方が、よさそうだね‥‥?」
想いの後半は、無意識に呟きとなって声に出ていた。現時点での報告にある彼の言葉。無視させてはいけないと、彼女だからこそ強く感じていたのだろう。これまでシンディはお調子者の彼と何度か共にふざけてきたが‥‥だからこそ、今回のこれは冗談ではないだろうという確信があった。
シンディの呟きを拾って、村雨 紫狼(
gc7632)が同意するように頷いた。
「俺も剣士のはしくれ、そいつのいう「違和感」ってのがけっこうバカにできねーのは経験してるからな〜」
ソレは第六感というか、天啓のような閃きなのか。
戦いの場において、そういうものは確かにあると、紫狼は言う。
「数値じゃ計れない未来予知、刃の切り結びじゃ俺もたまに「見える」んだよ」
そう言って、といいつつ今日は格闘仕様のメカではないのだがと、最後は冗談めかしていたが。
反論を唱える者はいなかった。皆何かを感じている。この戦場に。
だがそれが一体何なのか、はっきりした形を捉えている者はまだいなかった。
●
迫るHWを、兵士のKVが迎撃している。
特に敵の層が厚い一翼に、傭兵たちの5機のKVが機体を向ける。
群れるHW達に挨拶代わりにミサイルの嵐が襲いかかる。吸い込まれるようにHW達に突き刺さっていくソレは火薬ではなくエネルギーを爆発させ、漆黒の宇宙空間に煌めきを遺していく。
横面からまともに食らった一体は開幕、その身を半分以上ごっそりとえぐり取られ、残り半分を爆散させていった。
放ったのは、頑強さを信じ、傭兵たちの機体の中から先陣を切って前に出ている悠機。デアボリカという名のアンジェリカである。アンジェリカ‥‥の、はずだ。その外見は、どう見てもディアブロなのだが。
いや、外見のことを言うのならばツッコまなければならない機体があった。
「行くぜガンマリュウ! チェエエンジ、ガンッドォラゴオオン!!」
叫ぶのは、悠機に続く形で中衛に陣取る紫狼である。
登録された愛称は魔装龍騎ガンドラゴン。機体はニェーバなのだが、人型をとると目鼻立ちまでデザインされている。まさにアニメから抜け出してきたような姿だった
「蒼き翼に正義をこめて、轟‥‥」
「反撃くるよっ! 気をつけてっ!」
だがしかし、決め台詞とポーズを取ろうとした動きは、後方の夢守 ルキア(
gb9436)からの警告と、直後のHWの攻撃に中断を余儀なくされる。
‥‥すでに戦闘が始まっている宙域である。口上を述べるだけならばともかく、KVでポーズまで取ろうというのはさすがに無駄が過ぎた。現実の敵は待ってはくれない。まして、AIで動いている敵とくれば。
「何をやっているのだね〜」
隣に並ぶドクター・ウェスト(
ga0241)の機体、天がカバーするようにミサイルポッドで弾幕を張る。悠機がすでに激しいダメージを与えた後とくれば、じわじわと削り取るようなそれにも大きな意味がある。ミサイルポッドを大量に準備し、弾数に注意しながらローテーション。常に安定して弾幕を準備できるウェスト機の備えは、今回の状況において極めて有効だった。派手な戦果はないが安定感が大分違う。
紫狼も暫くぶつぶつと不満を訴えてはいたが、己の役割を放棄するほど未熟ではない。弾幕による足止めならばニェーバの得意とするところである。
‥‥だが、相手HWも、黙って足止めされて削り取られてくれるかと言えばそうもいかない。この状況に対し、そのようにAIが組まれているのだろう、弾幕に対し直列の隊形を取ると、前の機体を盾にした後衛機が弾幕の薄くなった隙うかがって傭兵たちを乗り越えようとする。
一気に抜けようと飛び出してきた一体を、シンディ機、クルーエルの『Blaster』から放たれたDRAKE STORMが迎撃、撃墜した。
「ターゲットに追いつくことに主眼を置く‥‥ってカタログスペックは、伊達じゃないわ‥‥しっかりと味わいなさい?」
HWにDRAKE STORMが次々と取りついていく。青白い雷光がHWのあちこちから次々と上がり、ダメージを与え失速させる。
前を行く悠機が先制し敵に深手を与え、ウェスト機と紫狼機が弾幕で敵全体の動きを鈍らせる。それでも抜けてくる敵に備えて、シンディ機が一歩後ろで控え、そしてその全体の動きをルキアの幻龍、デュスノミアが各機とデータリンクして管制を務めていた。
急ごしらえで集められた、状況に対してけっして数の多くない傭兵機たちは、しかしうまい具合に役割分担され健闘していた。パターンが分かれば、AIの狙いと動きは単純だ。
『母艦みたいなモノは、見当たらない? 後、有人機みたいに、滑らかな動きのHWトカ』
状況に余裕があるのを見てとって、ルキアは、優人と交信した。
『んー‥‥有人機っぽい動きは、ないと思うなあ。AIならではの特攻だと思うよ。バグアの皆さんが世を儚んでなければ。そっちは変な動きある?』
『ん‥‥ナイね‥‥』
優人の見解は、正直ルキアも同感だった。数に任せて、執拗なまでに救助ポッドを狙おうとするHW達。その動きはまさに命令どおり動かされているという感じで、意思や躊躇いというものを感じさせなかった。結果、最初の戦術を何度も繰り返しては前衛は削り落とされ、後衛は追撃を受けて叩き落とされている。それは、この場の兵というよりは、命令者の執念を感じさせた。
『やたら敵が多いけど、これだけの数を動員して潰さなきゃならん程ヤバい物を運んでたのか?』
口を挟んできたのは悠だ。
『いや、月面に向けての普通の物資輸送って聞いてるけど。んー、‥‥ちょい待って確認してみる』
命が惜しければ真実を言え、それによって守り方も敵の動きの意味も変わってくる、そうした脅しとなだめすかしも含めてクルーに状況を確認するが、結果はノー。ただ食料や建材等、常に必要になるがありふれた物資、それも到達しなければ大きな痛手を受けるというほどのものでもないという。嘘をついている様子じゃないと、優人は返した。
短いやり取りの後すぐに敵の増援が現れる。
傭兵たちのフォーメーションは変わらない。
先頭を突っ切ってくる敵HWに、悠機のマジックヒューズが精密に叩き込まれる。横を抜けてくる敵を、ウェスト機のミサイルポッドが広く足止めし、紫狼機のリーヴィエニが更に削り取り両腕の二丁ライフルで追撃。それでも接近する敵は、シンディ機がきっちりと落とす。だが‥‥。
『ふむ、コレだけ多くのHWが、いったいドコから来るのかね〜』
撃墜の後、またも奥から敵影と軍が警告を発した時。ウェストがふと漏らしていた。
『違和感、か――‥‥』
それを受けてか、悠が続いて発した声は、これまでとは少し違う色を帯びていた。
『何か気付いたのかっ!?』
『てーか面倒な状況の割に報酬少なくね?』
『って、そこかーーーーいっ!!』
悠のボケ(いや、心情としては結構本気だったのかもしれないが)に、紫狼がツッコミを飛ばす。
『コホン。気を取り直して‥‥。‥‥。ルキア君、HWが来る方向にBFか何か、確認できるかね〜』
ウェストの、ルキアへの呼び掛けは一瞬、躊躇いがあった。
『勿論、探してるケド。見つけたら、軍に連絡だよ? 先に教えてもイイけど、一人で飛び出して行かナイよね?』
返答に、ぐぅ、と一度喉の奥が唸るのを感じた。これだから躊躇ってしまったのだ。
しばし暴走を止めに来たり釘を刺しに来る彼女には、どうにも若干苦手意識がある。通信機の向こうで彼女がどんな表情をしているか、容易に想像が出来てしまうほどに繰り返してきたやりとり。
『だ、大丈夫、わかっているよ〜‥‥はあ』
忸怩たる思いはあるが、今は大物を相手にするには装備が心もとないのも事実だ。溜息をつきながら、ウェストは答える。
ルキアは更に軍やポッドのクルーとのやり取りを増やす。勿論傭兵機の管制も手を抜くわけにはいかない。忙しい処理にはなるが、やる必要と能力はあった。
『囮の可能性トカは? 崑崙と連絡取れる?』
流れてきたやり取りに、シンディと紫狼が思わず耳を立てる。彼らはまずその可能性を考えた。今回の襲撃は何らかの囮作戦ではないかと。執拗に人命を狙うのは、そうするのが最も人類を足止め出来るからと考えれば自然ではある。
『んー、偵察、向けてみるトカ、出来ないかな』
彼方から現れるHW。単独での宇宙航空が可能とはいえ、これだけの数を効率よく運ぶとなればどこかしらに中継地点は必要なはずだ。宇宙ステーションが見つけていないとなれば、むしろそれらから隠れるように存在するだろうか。
『うぅん‥‥確かにそれも必要かもだけど、‥‥うー‥‥少なくともこっちはちょっと、すぐ離れるわけにはいかない』
少し間を置いて優人から帰ってきた返事は歯切れが悪かった。自由な動きが取れない兵士としてのままならなさ‥‥だけだろうか? なんとなくそこに、「そこじゃないんだけど」とでも言いたげな空気を感じないでもなかった。
一体彼は、どこに、何を感じているのだろうか。
考えていてもらちが明かない。じっとしていたら決定的な「何か」を取りこぼしてしまうような、そんな気持ち悪さがある。
なんにせよ、今すぐ離れて偵察が出来るとすれば、ある程度の自由裁量が認められる傭兵機のみである。
ルキアはしばし思案する。隠れ潜む新手がいたとして、幻龍の白金蜃気楼で目くらましをすれば姿を確認次第戻ってくることはできるか。この場の戦線の維持は‥‥この状況なら、暫くは期待できる。
『さすがに単機はヤだし誰かついてきてほしいけど』
『分かった‥‥私も行く‥‥』
ルキアの呼び掛けにシンディが応える。
『ふむ〜では道を開く意味でも一度蹴散らす必要があるかね〜』
ウェストが声をかけるとともに、ミサイルポッドを立て続けに放つ。
「ん。一旦蹴散らせばいいのか?」
悠が面倒臭そうに呟いて、再びラヴィーネを撒き散らす。
『オッケーだ! 数が減ってもポッドに手出しできると思うなよ! 行くぜガンドラゴン!』
悠と対照的に紫狼は熱く叫んでいた。
傭兵たちの集中攻撃が、虚空に次々と赤い光を生んでいく。爆薬の、エネルギーの炸裂が、宙に舞っていき、その度に傷つくHWが、爆発してこれまた派手に散っていく。
やがて彼らの前からのみごっそりとHWがいなくなっていた。シンディ機が庇うようにしながら、ルキア機がそこを通りぬけていく。記録用に偵察カメラを起動して、HWの墓場と化した道を――
――‥‥!?
違和感。
ルキアが何かを感じ取ったのはその時だった。
それは確かに。「何か変だ」、という感触だった。
そして‥‥その違和感は――【ここにある】、と。
それは、ほんのちょっとした見落としなのだ。
レーダーに映る敵の動きに妙なものは無い。
契機に反応するエネルギーに異常な反応は無い。
だから‥‥モニターでよく、近くの景色を見てみればよかったのだ。
「‥‥残骸が、ない?」
ポツリとルキアが呟いていた。蹴散らした多数のHW、そのほとんどは被弾と自爆によって大破していたが、それにしたって残骸らしきものが全く見当たらない。
ルキアがようやくそれに思い当たった瞬間、それは起きた。
「うおぉ!?」
紫狼が思わず声を上げる。牽制のためにはなったリーヴィニエ、それが敵に着弾すると、脆い土壁にでも打ちこんだかのようにめり込み、次々に大きな穴をあける。そして次の瞬間、目の前のHWはパァンとはじけ飛んで跡形もなく崩れ消え去っていく。
『な、なんだこれ!? お、俺は今何をしたんだ!? はっ! まさか、俺の熱い魂に答えてガンドラゴンが真の力に目覚めたのかーーーー!?』
混乱しているのか余裕があるのか分からない叫びに。
『そんなわけがあるか』
先ほどとは逆に、悠が冷めきった声でツッコミを入れていた。
彼女の前のHWも、紫狼の目の前のものと同じように崩壊を始めていた。いや、二人の前だけではない。このタイミングで、宙域に居るHWたちが、次々と自壊していく。
『これ‥‥は‥‥再生HWなのかね〜‥‥?』
跡形もなく溶けて崩れ去っていく様を見て、ウェストが呆然と呟く。
『どういうこと‥‥? ブライトンは、HWをいちいち再生した‥‥?』
続く声はシンディ。そんなことをするほど兵力が足りないのか、それともこの「再生」能力は、よほど容易で持てあましているものなのか?
‥‥いや、そういうわけではあるまい。
『完全に、一斉に崩壊シタよね。‥‥まるで、【皆でまとめて一つ】ミタイにさ』
観測していたルキアが、ポツリと言った。ならばこれはまとめて再生された存在たちだったのか。
倒したHWの中に中核がいた‥‥というのは楽観視だろう。
『これだけの戦力を捨て石に出来るだけの部隊が、纏めて再生されたってことか?』
迂闊に口に出来ない予測は、悠が口にした。違和感の、直接的な正体とは違うが、皆の、「何かを別の場所に差し向けるための囮」という考えは、間違いではなかったかもしれない。これらがいきなり壊れ始めたのは、【中核】と離れすぎたからだと考えたほうが自然ではないかと。
『各ステーションや崑崙にも連絡して、警戒を続けてもらうしかないな』
だが、今はもはや、それくらいしか出来ることはない。
●
総戦力不明と言われていた今回の戦いはこうして、予想よりはるかに速く、あっけない形で終結した。被救助者たちは無事だ。
ルキアが、カメラで記録していた情報を軍に提供する。何か特徴が分析できれば、敵の正体が早めに割り出せるかもしれない。
「『再生』したといえば聞こえはいいかもしれないが、アレはキメラを作るように『作った』だけだろう〜」
今は手出しできぬ敵の予感に、ウェストがギリ、と歯を軋ませた。
――本番の戦いはきっと、間もなく訪れるだろう。