タイトル:【埼玉】悪意の連鎖マスター:凪池 シリル

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/08/09 20:41

●オープニング本文


 東京が解放されてそろそろ一年。依然、関東各地では小競り合いが続く中、埼玉の戦況もまた硬直していた。
 主戦場は宇宙へと移り、地上バグアの勢力は徐々に削られている。
 だが、宇宙へと主力を取られているのはUPC軍としても同様であり、敵本拠地へと踏み込む決定的な契機と戦力を得られずにいた。
 そうした状況の中で、業を煮やしたのは――バグアが、先だった。
「私に愉しみを与えるための家畜に過ぎない存在が‥‥随分調子に乗り始めているようですね」
 人類の文明と文化を弄び冒涜する。心地よい悲劇と怨嗟の養殖場。埼玉とはそういう場所であるよう、彼は部下たちに指示した。彼自身も、大宮にて、人類文明の象徴をこの地にすむ者自身の手によってバグアのものへと作り変えさせるという行為によってそれを堪能していた。
 人類は少しずつ絶望を積み重ねて、やがてそれすらも感じなくなる――その、はずであったのに。
 ここしばらく、逆らうものが増えてきた。鬱陶しい、希望というものを目に灯すものが。
「ならば今一度‥‥あなたたちなど所詮、こちらの戯れで生かされているにすぎないと言うことを、思い知らせる必要がありますね‥‥」

 そうして。戦力の増強と見せしめを兼ねて、住民を少しずつキメラや強化人間と変えるよう、埼玉では密かに指示が進められていたのだ‥‥――



「ふむ。さて、どうしましょうか?」
 こしがや能楽堂に寝そべるヨリシロは、通達を受けてただ、はて、とのんびり小首を傾げた。
 この地で、この場所で得た遊びの「駒」を一つ放出して以来、彼は暫く、ただ暇を持て余すかのように緩い支配を続けるだけの日々だった。
「真面目に働くのは嫌いなのですよねえ私。とはいえそろそろ、動いてもいい頃ですか」
 桧舞台でごろりと寝がえりを打つ。
 ぱちりと扇子を鳴らす。
「さて、どうしましょうか?」
 確認するようにもう一度言って、しばし思案。
「あえてシンプルにやってみましょうか。シンプルに」
 ――何せ人間というものは、こちらが考えもしない反応というものを良く見せてくれますからねえ?
 ころころと、薄笑いと共に、ヨリシロは行動を開始した。

 翌日。越谷市に告知が為された。
「新たに我らの戦力となるものを、あなた方から選びたいと思います。有能なものが効率よく集められるよう、自薦、他薦を問わず協力していただけると有難く思います」
 その意味を、住民たちはすぐに理解させられた。
 数日に一度、バグアの「使者」がある家を訪れる。「あなたが選ばれました」といって、家人を一人連れさりに。
 逆らえば死。居留守をつかったり該当者が逃亡していれば一家惨殺。逃げた本人も無残な姿で発見される。
 住民たちは、隠れることもかなわず家の中にこもり、ただ「我が家には来るな」と祈るしか出来なかった。
 ――いや。



「敵本拠地に攻め入り、越谷を奪還します」
 調査のため踏み込み、状況を知ったUPC軍が動く。その後方には、保護された住民の中から数名が身を縮めて座っている。
 やがてUPC軍から作戦の概要が説明され、行動開始の為に動きはじめた、その時。
「息子が‥‥連れ去られたんです‥‥」
 声をひそめるようにして、一人の男性が、傭兵たちに声をかける。
 分かっています、必ず探し出します、と、誰かが答えたところで、男は静かに首を横に振った。
「何故‥‥息子が選ばれたんでしょうか‥‥?」
 その目は助けを求めすがるもの、だけではない。もっと強く、昏い光。
「確かに‥‥真面目で、成績も秀才とは言ってもいいだろう、自慢の息子だった! だけど、一家つつましく暮らしていた私たちの元に、何故‥‥!」
 ギリ、と、歯を食いしばる小さな音がした。
「バグアは確かに、こう告知した。自薦、『他薦』を問わず、と! ならばそういうことなのか‥‥と」
 そうして、荒げて大きくなりそうな声を制するように、男は一度呼吸を整えて、傭兵たちに言った。
「報酬をお支払いすれば、傭兵の皆さんは頼みを聞いてくださいますか? 敵本拠地に攻め入るなら、調査は可能ではないでしょうか。一体、なぜ、バグアが息子を選んだ、のか‥‥」
 もしそれが。
 住民の誰かが己の身を守るために、息子を『売った』ということならば。
 犯人の名を、調べてきてくれませんかと、男は言った。

 瞳に宿る光の名は、憎悪。
 ――バグアの放つ悪意の鎖が、人に、連なっていく。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
ヤナギ・エリューナク(gb5107
24歳・♂・PN
望月 美汐(gb6693
23歳・♀・HD
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER
トゥリム(gc6022
13歳・♀・JG
音桐 奏(gc6293
26歳・♂・JG
エレナ・ミッシェル(gc7490
12歳・♀・JG

●リプレイ本文

 ――犯人探しは気分が悪いけど、他薦は多分勘違いか仕方なかったと思う。
 春夏秋冬 立花(gc3009)は信じている。
 他薦したものがいたとして、力なきもののやむを得ない選択であったのだろうと。
 悪意でもって他人を売る人間などいないだろうと。

「息子さんを売った人なんて、居ないんじゃないでしょうか。近所の人を信じて下さいよ」
 トゥリム(gc6022)はそう言いながら、己の気持ちに諦めが混じっていることに気が付いている。
 きっと聞き入れられはしないだろう、と。駄目もとで告げた言葉だった。
 疑心暗鬼の現実は厳しい。それでも、彼女は事実を知るべく準備をしていた。

(いやな目ですね‥‥反吐が出そうです)
 望月 美汐(gb6693)は吐き捨てる。
 自分達だけはお綺麗なつもりなんでしょうか?
 自分達だけは誰にも憎まれていないと思っているのでしょうか?
 子供が憎まれるわけがナイ? だってワタシタチガコンナニモアイシテイルンダカラ?
 引きずり出される過去を、彼女は首を振って振り払う。

 ――メンドくせェ。
 ヤナギ・エリューナク(gb5107)は溜息をつく。
 越谷の開放に‥‥疑心暗鬼になっている親の対処。前者はともかく後者は厄介だ。
 軍に伝える、そのまま伝える、いろんな意見があるだろう。
(ただ、俺なら‥‥そうだな)
 真実であった場合どうするのか。彼はやれやれといいながら、その時の答えは、決めているようだ。

「けっひゃっひゃっ、我が輩はドクター・ウェストだ〜」
 ドクター・ウェスト(ga0241)は嗤う。いつものように。いつもの狂気の瞳を湛えて。
 如何なる依頼であろうが、彼の目的は変わらない。憎しみをもってバグアを討つ、ただそれだけ。
 ‥‥どのような形であろうがバグアに味方するものがいたのならば、彼にとってはそれもバグアなのだから。

 ――悪意の連鎖は止まらない、ですか。これが人の答えなのでしょうか
 音桐 奏(gc6293)は静かに想う。
 もし裏切り者の情報を得たら軍に渡そう、と、彼は他の傭兵たちにも告げていた。
 だが、それで納得しないものがいるならば‥‥説得は難しいだろう。
 ならば彼は彼なりに、最善を尽くす。そしてその結果がどうなるか‥‥目をそらさずに見届けようと。覚悟だけは、決めていた。

(追加報酬もらえたらおいしいね♪ 実際のとこどうなんだろー。他薦した人っているのかな?)
 エレナ・ミッシェル(gc7490)は分かりやすい。彼女が真相の行方を気にする理由は、それが金になるか否か、それだけだ。
(傭兵だって仕事なんだよ?サービス残業なんてごめんだもん)
 追加報酬があるなら情報収集は行う。彼女にとってはそれだけのこと。あれこれと考える面々を見て、肩をすくめた。分かりやすい目的をもつ彼女は、分かりやすく、それ以上のことをするつもりもない。

 様々な者がここに集った。
 それぞれに結末を予想し、あるいは願望して。
 それぞれの想うままに行動を開始した。
 果たして、真実は――



「さあ、バグアはすべて滅んでもらおうか〜!」
 ウェストが武器を構える。ヤナギがその死角をフォローする様に立ち、二人が先頭になり突入。すぐ後をエレナ、更にその後少しおいて、美汐、奏でが続く。
 すぐさま通路の奥から数匹のキメラが飛び出してくる。一体の雷獣を中心に子鬼が数匹。
 固まってやってきた彼らは、しかし半数が近寄ることすら出来なかった。
 ウェストのエネルギーガンが立て続けに光を放つ。やけくそに乱射しているみたいな速度なのにそれは一発一発間違いなく敵に向けて撃ち込まれていた。能力者の中でも類を見ない行動速度。確実に動かなくなったと見做すまで容赦なく攻撃を叩き込む。その足元からは、無数の覚醒紋章。『憎悪の曼珠沙華(リコリス)』が、花開く。
 ウェストの銃撃に、雷獣が本能的危機感から閃光を放つ。眩く白く塗りつぶされる視界に、一行の動きが止まる。動けたのはサングラスをかけ咄嗟に目を伏せたヤナギだけだった。迫る小鬼に合わせるように前に出る。一撃をエーデルワイスで受けと、再度爪を掲げるキメラ。だがヤナギのほうが圧倒的に早い。互いのニ撃目は合わさることなくヤナギのものだけがキメラの腹に突き刺さる。慌てて退くキメラ。
「ビビッてンじゃねーよっ」
 ハッ、と、ヤナギの口元に邪悪な笑みが浮かぶ。引いた際に生まれた隙。踏み込んでガラティーンを振るう。円月の軌跡。小鬼の喉下から血しぶきが溢れた。
 エレナは閃光の後眩む目を庇うように片手を掲げていた。警戒していなかったため目くらまし自体はまともに受けてしまったことになる。気配でキメラの接近を感じ取り、片方の銃で牽制しつつ防御するが、初手は相手に取られた。
 近接に持ち込まれた形だが、その事には焦りはないようだ。もとよりそのつもりだったらしい。曰く、「どんな間合いからでも100%の威力で攻撃できるとこが銃の利点」だと。至近で放たれた銃弾がキメラの肩に当たり、のけぞる。追加で、強弾撃を乗せた一発。死にかけのキメラは死に物狂いでエレナに掴みかかり、爪を腕に引っ掛けるようにしてしがみついてくる。――次の瞬間、派手に爆ぜた。
「――っ!」
 まともに爆発に巻き込まれたエレナは一度ウェストが治療した。
 だが所詮はキメラ。油断さえしなければ今集まる面子の実力からいえば敵ではなかった。ほどなく、それぞれの攻撃で順次沈んでいく。
 美汐と奏は暫く、後方から援護を入れつつ、自身の力は温存するように進むだけでよかった。



 先に踏み込んだものたちの戦闘音が大きくなるのを確認して、立花とトゥリムも行動を開始した。
 彼女たちは静かに施設内に忍び込む。立花がバイブレーションセンサーを起動。周囲の存在の分布を確認する。人が多く集まるところが、目的の、集められた人々が閉じ込められる場所だと立花は目星をつけようとしたが、振動で感じる限り、あまりはっきりとは分からない。じっとしているせいなのか、思ったよりも少ないのか。ともかく怪しいのは‥‥。
「‥‥地下室がある」
 立花は、声をひそめてそう言った。ただ、地下室の入り口は、バイブレーションセンサーでは探れない。
 トゥリムが頷く。立花が全体の様子を図るならば、トゥリムは付近の警戒をしながら進んでいた。探査の目を使って油断なく周囲に目を光らせる。
「‥‥こっちです」
 道中、巡回するキメラの気配に気付くとトゥリムは立花を物陰に引き込み、息をひそめる。やり過ごすには幸運の力も借りた。知能の低い獣は、気付かず二人の側を通り過ぎていく。
 極力戦闘はせずに時間のロスを避けながら、二人は探索を続けることに成功していた。
 やがて、地下室への侵入口を発見する。慎重に降りていく、その先にあったのは収容所のような、鍵のかかる個室の並びだった。‥‥だが、手前の方の部屋はすでに無造作にあけ放たれ、何もいない。
「すでに、どこかに運び込まれた‥‥?」
 トゥリムが呟く。
 ここに強化人間の調整施設があるわけではないのか。様子からそれがうかがえる。一部はすでに別の施設へ運ばれてしまったようだ。
「奥の方に気配はあったよ。何としても助けないと」
 立花が言って、奥へと急ぐ。
「あなた、たちは‥‥?」
 格子の向こう、か細く問いかける声。何人かが肩を縮めて、身を寄せ合ってそこに居た。
 安堵の中、立花とトゥリムは男に聞いた特徴の顔を探して、そして。



 再び、拠点を制圧すべく戦い続ける一行。
 二、三度も戦えば、キメラの特徴も概ね把握できる。
「‥‥お前かっ!」
 自爆の呼び動作を見せた小鬼に、ヤナギが瞬天速で迫る。そのまま能力を発動させる前に、真燕貫突。ずぶりとガラティーンが貫通し絶命する。
 別の一体は、美汐が、竜の咆哮を乗せた銃弾で弾き飛ばし、彼方で爆発させた。
「おやおや。これはこれは随分と賑やかですねえ」
 ふらりと一人のヨリシロが姿を現す。歩く動作はどこか優雅で無駄がない。
「今日は気分が優れません‥‥手早く降伏していただけません? 身一つで逃げるのでしたら追いはいたしませんよ?」
 ようやく来たか、とばかりに声をかけた美汐に、ヨリシロは軽く首をかしげ。
「そうですか。御気分がすぐれない。興味深いですねえ、もう少し詳しく教えていただけませんか?」
 嫌みでなく、本当に興味で。ヨリシロは苛立ちに触れてくる。それが、余計に美汐のカンに触る。
「逃げないのでしたら――色々ぶちまけて死んでくださいな」
 美汐は一気に距離を詰め、望天甲での蹴り技主体で攻め込みにいく。
「質問が一つ。貴方は先日『秘曲』を餌にとある兄妹を利用しませんでしたか?」
 そこに、奏の射撃と、問いかけが加わる。ヨリシロは「あぁ」と感慨深そうに声を零して、綺麗な笑みを浮かべて答えた。
「あれは実に興味深い結果でしたねえ。あんなことで、人は人を殺せるのですか」
 美汐の攻撃を杖で受けつつ答えるヨリシロに。
「よかった。これで私は貴方に殺意を向けられる」
 奏は静かな声で。だが確かな殺気を込めて、答える。
「お知り合いでしたか?」
「いいえ。それに、私はあの兄妹の為とは言いません。私は私の為に、私の殺意を以て貴方に挑む。ただそれだけの話です」
 それきり奏は黙りこみ、攻撃に集中する。先手必勝を発動、常に先んじて動いての牽制射撃。そこに美汐のコンパクトな蹴りを重ねられ、動きを封じられる。
「私も聞きたいことあるんだけど、いいー?」
 奏の会話が終わったとみて、エレナが、さしたる感情もなしに割り込んだ。
 そして、彼女だからこそ気軽に問いかけた。あの男の疑問の、答えを。
 ‥‥。
 ヨリシロが考える間の空白は、短かった。
「ああ‥‥あれのことですか。ええ、ええ、あれは一際特徴的な申し出でしたからねえ、思い出せましたよ」
 何気ない言葉に、一部の者たちに緊張が走った。
 そして。

「‥‥なんだって」

 それは、誰の呟きだったか。



 交戦からほどなくして。能楽堂から、一台のHWが飛び去っていく。キメラがあらかた片付けられた後はヨリシロは真面目に戦う気もなく、傭兵たちもこの場で止めを刺すべく追い込む者はいなかった。あとはUPCに連絡を入れ、どこへ逃げ去ったのか確認してもらうだけである。
 ――UPCの依頼と、しては。

 傭兵たちは今、男の前に居る。
 ヤナギは複雑な表情をしていた。‥‥誰かに推薦されてのことであれば、胸にしまっておこうと彼は決めていた。それが、復讐の連鎖を断つのに必要なことだろうと。だが、この結果は‥‥。
 立花、トゥリム、奏も同様に考え込んでいる。
 美汐はどこかつまらなそうにしている。エレナは、ちょっと、考え込んでいた。
 真っ先に動いたのはウェストである。彼が決めていた事のみが、この結果においてすぐに答えを出せるものだったから。
「君の息子を売った犯人はね〜」

 結果が『他薦』でなかった場合、そのまま伝えると。
 だから。

「君の息子、自身だよ〜」

 それが、ヨリシロの答え。ウェストが吸いだした徴兵情報もそれを裏付けており、立花とトゥリムは、本人からそれを聞いた。
「恐怖に、耐えきれなかったそうです」
 続けて、立花が説明する。
「自分が、大切な人が、連れ去られる恐怖に耐え続けるのが嫌になったそうです。それで‥‥いっそ連れ去られてしまえばおびえる日々は終わると」
 おびえながら、カーテンの隙間から外を見ていたら、『使者』が恋人の家に向かっている気がした。それで耐えかねて、反射的に「僕を連れて行け」と連絡を入れてしまったのだと。
「馬鹿な‥‥何て愚かなことを‥‥」
「本当に全く、馬鹿なことです。『自分さえ犠牲になればなんとかなる』なんて、世の中そう単純じゃないのに」
 トゥリムはポツリと零す。思わず言ってしまった言葉、それは今回の「息子」それだけに言いたい言葉じゃないからだろう。何気なく視線を流した相手には、届いただろうか。
「我が輩に言わせれば、バグアに身を売ろうとした段階で敵と見做してもいいのだけどね〜」
 助けたのは、まだ地球の生物だったからと、ウェストの言葉。
 トゥリムはまた溜息をつく。彼女から見てウェストの横柄な態度は、恨み言を一身に受ける為にわざとしているように思えるからだ。‥‥なんとかできないだろうか。
「ところで、はい」
 そこにふと、何かに気付いたエレナが割り込んだ。彼女は言うと同時に、掌を上に向けて、男に差し出している。
「‥‥?」
「報酬だよ。依頼は『息子が連れ去られた真相を知りたい』いや、『息子を売った犯人を知りたい』でもいっか? だったよね。で、今教えたでしょ? はい、だから報酬」
 あっけらかんと彼女は言った。
 しばしの間。男が、他の傭兵が何か言う前に、側にずっと控えていた女性が動く。
 女性は、財布からあるだけの金額をエレナに渡す。少なくはあったが、文句を言って他の傭兵を敵に回すよりはここで納得しておくか。エレナは判断する。
「おい‥‥」
「‥‥授業料と思いましょう、あなた。私たちは今回のことをよく考えなければいけないわ。あの子も‥‥交えて」
 女性の言葉に、男はがくりと肩を落とした。
「そう‥‥そうかも、な」
 男はゆらゆらと傭兵たちに向き直る。そして、改めて今回手間をかけた点、それから我が子を救ってくれたことに礼を述べるのだった。
 もし男が予想した通りの未来であったら、悪意の連鎖を止めようと考えていた傭兵たち。予測とは違ったが、その心意気は伝わった。男は、自らの愚かさに気付いたのだ。
 虚脱した、その様子。殺気までも抜け切ったそれはまさに――『憑きものが落ちた』というべき状態だった。
(くだらない)
 美汐は夫妻の様子に冷めた視線を向ける。馬鹿らしい。今更それで『いいお話でした』みたいに済ませるつもり? 結局自分の息子のことすら分かってなくて、当たり散らして他人のせいにしようとしていたことを忘れるな。所詮お前らはそんな生き物だ。所詮、親なんて‥‥。
「それにしてもお人好しな人多いなぁ、依頼以外のことなんてほっとけばいいのに」
 美汐が我に返ったのは、エレナの言葉でだった。ああ、そうだ。今更どうでもいいのだ。あの家族がこれから破綻しようが、それとも、‥‥幸せに、なろうが。
 美汐には、何処までも関係がない話なのだ。



 かくして捕えられていた人々は一部だが開放され、越谷を支配していたバグアは何処かへと逃れた。埼玉県の攻略地図は、また少し色を変えることになる。
 いまだ不明の人々と、能楽堂に残された戦いの爪痕を思うと、人々の表情はまだ冴えないものであったが。
 立ち去る傭兵たちの表情もまた、様々なものだった。ヤナギがそっと、ギターソロを爪弾く。
 能楽堂へと響くギターの音色。それは妙な取り合わせではあった。だが、噛み合わぬ者同士寄り添うのもまた地球という場所なのだ。