●リプレイ本文
「孫小隊としての現在の実力把握の為の演習か。確かにそれは大切ね。喜んで協力させて貰うわ」
「そーいえば、孫小隊の皆と共闘は何度もしてるけど、模擬戦ってのは今までありそうでなかったよね。手強い相手だけど、気合入れて行きますかっ!」
それぞれ、小鳥遊神楽(
ga3319)と、美崎 瑠璃(
gb0339)。
任務の説明が終わり、作戦会議を開始するべく集まった傭兵たちの間で会話が交わされる。
「月面戦況が落ち着いた処で、改めて演習を行うのは良い考えだね」
錦織・長郎(
ga8268)は、そう言って、ルールがまとめられた紙に視線を落とす。そこには、内部構造こそ書かれていないが今回使用する施設の概略図もある。‥‥が、それだけではなく彼は、今の『崑崙』、全体へと思考を向けている。
これまでの襲撃に対する、細かい対処の漏れの見直し。拡充したが故の足りない場所。これからの防衛の為に見極めるべきことは多い。念入りに分析し後にあとに繋げられるものとしたいところだ。
「くっくっくっ‥‥こういうものは『祭』の影響より省みて。より良い状況向上にに務めるのが常だね」
肩をすくめ、頭の中で作戦を練り始める。
その一方で、夏 炎西(
ga4178)は、
「謝副長の口上がなかったら、本当に基地に何か問題が起きたのかと思うところでした‥‥」
ひそりと、そんな天然っぷりを発揮していた。
驚きでちょっとぼうっとしてしまった頭を、空気を入れ替えるように軽く振る。
「少尉がそれだけ真剣だということですよね。私も全力で訓練参加‥‥否、任務遂行、致します」
そう言って、彼もきり、と表情を引き締める。
炎西の横で、クラフト・J・アルビス(
gc7360)も気合を入れるように腕を軽く回す。
「さて、少尉をこてんぱんにしてやるぜー」
勿論本気で言っているわけではないのだが。だがしかし訓練でも、むしろ訓練ほど全力で当たれと彼は指導されてきた。その教えを授けたのは――
「親父のいいつけを守って、死なない程度に、全力で、はっ倒す!」
それは彼にとって、決して褪せない存在、言葉。こてんぱんは冗談でも、手加減する気は全くないようだ。
それぞれに気合十分な彼らではあったが、相談全体の空気としては和やかなものだった。作戦の打ち合わせと称しつつ、時折雑談も混ざっている。
「ようやく昇進か‥‥思えば色々あったものだ」
小耳にはさんだ話題に、思わずポツリと零したのはヘイル(
gc4085)だ。
何気ない言葉に、ミリハナク(
gc4008)がピクリと顔を上げる。
「ああ、そう言えばそんな話がありましたわね。忘れるところでしたわ」
そう言って彼女は卓を離れいずこかへと歩きはじめる。
傭兵たちが相談している間、軍側はどうしていたかと言うと、彼らは今更打ち合わせることなどないのだろう。傭兵たちの準備が終わるまで待機していた。孫少尉も、傭兵たちの会話を聞かないようにしつつ、様子だけは分かるような位置でタイミングを計っている。その、孫少尉にミリハナクは近づいていくと、優雅に一礼。
「中尉に昇進ですってね? おめでとうございます」
そう言ってから胸を張る彼女の装いにはUPC傭兵中尉階級章が掲げられている。‥‥明らかに先に昇進したことを見せびらかしに来る態度であった。
「ご活躍は伺っております。ミリハナク傭兵中尉」
孫少尉は苦笑して、それでも現状では階級が上のものとして敬礼を返した。実際問題、階級章を捧げられた実力と実績は本物なのだから、敬意を表する理由は足る。小隊におけるアタッカーとして。あるいは、名のある敵に対する決戦火力として、彼女の評価は高い。それでも、「依頼では連携があまりうまく言ってませんが」と彼女は己への不満も言うが。
「今日はよろしくお願いいたします」
改めて、孫少尉が頭を下げる。だが彼女は、どうなるかしらね、とそれだけ言って、傭兵たちの元へと戻っていく。ほんの少し唇を尖らせたその態度には、ほんの僅か、不服を訴えるような何かがあった。
ただ、孫少尉はその時彼女の態度には気付かなかった。彼女が傭兵たちの元へと戻り始めたと同時に、己自身の問題への思考を再開させていたからだ。
‥‥そう、そのことについては、ミリハナクが孫少尉の元へ近づいたというのは、一つのきっかけにはなっていた。
「悩み事ですか?」
聞こえた声に、孫少尉ははっと顔を上げる。居たのはクラーク・エアハルト(
ga4961)だった。それほど馴染みのない顔に、孫少尉は僅かに逡巡する。だが、客観的な意見を聞くには却っていいかと思い、正直に全てを話していた。
「‥‥ふむ、道は二つと」
噛み砕くように呟いたクラークの言葉。
「自分は軍に入った時に目標がありました。祖父の様に空挺に入り、そして特殊部隊を目指すと」
迷う孫少尉の為に彼が選んだ言葉は――
「能力者適正の為、除隊となりましたがね」
かつて、己がつきつけられた選択肢と、己がとった選択についてだった。
そして、彼が選んだ道、その結果は。
「今の自分も悪くありません。結婚もしましたしね? ‥‥でも夢も、追いかけたかった」
僅かにどこかを見上げるようにして、吐き出された言葉。そこには、何とも言えない深さがあった。
吐露された想いは、後悔、と呼ぶものともまた違うのだろう。今の彼が手にするものもまた、彼にとってかけがえのないもので。後悔と言ってしまうにはそれらに失礼だと孫少尉は思う。‥‥だがきっと、それでも考えてしまうのだ。成り得たかもしれない、もう一人の自分を。
肯定も否定もきっと、彼には必要ない。ただそこには‥‥姿勢を正すべき深さがある。
――目指したモノは、なんでした?
真っ直ぐ向けられる、目線だけで問われるそれに、少尉は息を飲む。違うのだ、自分は徴兵されただけで、何かを目指して軍に入ったわけではないのだ‥‥なんて言葉は、一瞬で淡く溶け去る。そうではない。そんなことに意味は無い。かつてはそうであっても、今の自分には目指すものがある‥‥はずだ。
「多少、自分の我が儘を通す位が良いですよ? 恋人さんも、きっとついて来てくれますよ」
「うぇ、あっ‥‥!?」
そこまで考えたところで不意を討つ言葉に、おかしなところから声が出た、反射的にとある方向へと流れた視線に、クラークがクスリと笑う。
「それでは、孫少尉。次は演習で」
そうして、答えは聞かずにクラークは去った。‥‥きっとこれも、慌てて出すなと言うことなのだろう。立ち去る背中に向けて孫少尉は声に出さずに感謝の意を送った。
クラークが去ってから暫く間をおいて、春夏秋冬 立花(
gc3009)もまた孫少尉の様子を気にして彼の元へとやってきていた。問いかける立花に、クラークの時と同様、短く状況を説明する。
「なるほど。ですが、孫さんって他人なんてどうでもいいとか、やることやらないとか、大多数や薄っぺらい正論で少数派を潰すようなことしない人ですよね?」
――‥‥。
事もなげに言う立花に対し、孫少尉の反応は微妙な空隙だった。
「なら、深刻にならないでいいんじゃないんですか? 後悔が付きまとわない選択なんてないんですから」
気付いているのかいないのか、立花はそのまま続ける。
「じゃあ、行ってきますね。実は私。自他共に認める平和主義で博愛主義ですが、誰かが死んだり大きく不幸にならない勝負事は大好きなのだ! と――」
「――待ってください」
言うだけ言って身を翻そうとした立花の背中に、孫少尉は静かに声をかける。どこか突き刺すような響きがあった。
とうっ、と勢い良く立ち去るつもりだった立花は、その勢いを削がれて微妙な顔で振り返る。
そんな立花を見て、孫少尉はかなり迷う様子で‥‥しかし、小さく首を振ってからその口を開く。
「‥‥大局の為に少数派の意見を顧みることはできない、という結論を、その結論を下してきた方たちを、私は『薄っぺらい』と断じることは出来ません。薄情であろうがあくまでそれを『正論』と呼ぶならば、そうなるだけの現実がある」
ここまで言って、孫少尉は一度、深く息を吐いた。
「私は‥‥本気でやればそれだけで最上の結果が得られると、いつでもそう確信できるほど傲慢にはなれません。ましてや、立場あるものの判断は、部下や本来守るべき者たちを強制的に巻き込むのですから。いち早く『現実』を取ったものを『薄っぺらい』と言うのならば、結局私だって同じことをしてきました」
言い返そうとする立花を孫少尉は手で制した。
「貴女が、誰の言動に対しどんな感想を抱こうとも、それは自由です。私も、これで貴女に軽蔑されようとも構いません。ただそれでも――私に対する認識に誤りがあるならば、正しておかなければならないと思った。それだけです」
自分にあまり過剰な期待を抱かないでほしい。肝心な場面で自分を当てにすると痛い目を見ることになるだろうから、と。どこか辛そうな笑みを浮かべて、少尉は立花に警告した。
「‥‥先ほどの様子からすると、もう傭兵たちの皆さんは準備はよろしいのでしょうか」
そうして孫少尉は、これ以上の議論を避けるために。無理矢理話を変え、傭兵たちの元へと向かっていく。
そろそろ始めてもいいですか、という孫少尉の言葉に、傭兵たちは顔を見合わせて、やがてまあいいかという結論に達したのか、ばらばらとゲームを開始するための準備を開始した。
ミリハナクがやはり、どこか気に入らないように眉をひそめて‥‥しかしその後、誰にも気づかれぬように薄く笑みを浮かべていた。
●
合図の発光弾が打ち上げられる。
突入のおり、炎西はエミタに幸運の加護を求める。煙幕や催涙弾が来たときに多少効果を和らげてくれれば‥‥などとも期待したが、その祈りには訓練の成功と、それから孫少尉の目的の達成を願う想いも混ざっていた。
同時に、バイブレーションセンサーを起動。相手の動向を把握する。こちらの進入路に対し建物の奥左右二か所より複数の人間の動く気配。‥‥一般兵も混じるせいか人数はそこそこか。正確な数までは把握できない。左右に分かれて待機していたということは、出てきた位置はおそらく司令室ではない? だが主要な場所は奥の方にある可能性が高いか。短い時間で分析と考察を終えると、突入を開始した味方に伝える。
あらかじめ用意された二か所の入り口。傭兵たちは素直に二手に分かれそこから攻略を開始した。孫少尉は監視カメラや斥候としておいた兵から相手の初動を確認すると、迎撃の兵を動かす。次々もたらされる情報の中、脳内に描くマップで傭兵と軍、それぞれのチームの点が近付いて行く。
先に動けるのは‥‥やはり、監視カメラにより先手で状況を把握できる軍側。
曲がり角を抜けた先、左側から突入した傭兵たちの眼前が白く染まる。煙幕で霞んだ視界の向こうに僅かな光。直後‥‥弾幕が侵入者に襲いかかる。‥‥が。
「敵、前進してきてますっ!」
バイブレーションセンサーで煙幕内の様子を探っていた兵が叫ぶと同時に、靄の向こうから盾を掲げ突進するミリハナクが現れる。前に出る兵士、後方に控える要員、ざっとその存在を確かめてから、小銃で敵前衛を牽制する。
接敵はせずに銃での牽制を続けるミリハナクを、邪魔しないように、ヘイルが壁を蹴り斜め上からミリハナクを飛び越えるようにて前に出る。先頭に居る兵士が、着地の瞬間を狙って剣を振るう‥‥が、それは空を切った。足が地に触れた瞬間、間髪いれずヘイルは再び宙へと舞う。同時に後方へと視線を送る。
目線を感じた長郎が、兵士に向かって拳銃を立て続けに放つ。咄嗟に自身の身体を庇いつつたたらを踏む兵士。そこへ向けて強襲をかけるヘイル――が、そのヘイルに、横から強烈な拳の一撃が襲い掛かる! 今度は傭兵側がたたらを踏まされる番だった。
「‥‥と、成程、バグアとは違うんだったな‥‥」
感心交じりに呟きを洩らす。
少し崩したくらいでは即座にフォローが入る。一人の虚を突けたところで好機とはならないのだ。連携を、止めなければ。
その、新手の能力者兵士の元へ、ドゥ・ヤフーリヴァ(
gc4751)が割り込む。
真正面から打ち合う前に。機械剣を、大仰な動作で掲げた。同時に全身の血が沸き立つのを感じる。
軍。
この世界の守護者。
その相手をするということは、この世界の実力を見定めることに等しい。
(この世界に来る前は演習でもなくそういう事してくたばり、そうしてこの世界に来たというのに‥‥何て皮肉な)
穏やかに目を細め笑う、彼の思考は常人がきけば何を言っているか分からないと思うだろうか。だが彼は、至って本気のように見えた。
「さあ‥‥この世界の守護者さん方。今一度世界に反逆しようという僕を止めて下さいますか?」
告げた次の瞬間、彼の手から機械剣が消え、そこにSMGが握られていた。跳躍と共に、敵全体に向け制圧射撃が放たれる!
右から突入した人員も交戦を開始していた。
「やぁっ!」
「ハイッ!」
互いの刃の輝きが残像を遺して通り過ぎる。炎西と、相手する兵士はフェンサーだろうか? 互いに動きのベースは中国拳法なのだろう。似通った動き。それゆえに相手の練度や本気を実感しやすい。攻撃を打ち合わせるその度に自然と互いに敬意が生まれ、そして、瞳に本気の色を深めて行く。
炎西と共に前に出るのはクラフト。
「よっ‥‥っと」
後方からの神楽からの射撃も意識しながら、騙し打ち的な三次元移動を試みる。低重力での身体の動かし方も、だいぶ慣れてきた。
奇襲を狙ってみた結果は、ヘイルと同様だった。個人主義のバグア相手と違い、目の前の相手だけを騙せても決定的なチャンスは作れない。何より、見ている『目』が多い。一般兵の射撃は、ダメージにはならなくとも、ほんのわずかの意識も奪われない、というわけにはいかなかった。そして味方にとっては、それは合図になる。
クラフトが隙をついて一撃を与えた兵士は、中衛に控えていた別の能力者と動きを合わせて位置を移動していた。
「なるほどねー‥‥」
一気にラッシュに持ち込む機会が作れない。止めを刺すのは難しそうだと、クラフトは思った。厄介さに舌打ちしつつも、その目は興味の色で輝き続けている。勝敗そのものより、軍の、孫少尉の立ち回りが見たいという気持ちが強いようだ。
ところで、一般兵による援護と妨害、については、左側から突入したA班よりこちら、右側から来たB班に対して明らかな差が出ていた。原因はクラークの存在である。大口径ガトリング砲、訓練用に調整されていると頭では分かっていてもその重量は一際威圧感を放つ。そしてその砲身は、時折、妨害してくる一般兵を狙うチャンスをうかがっていた。
実のところ一般兵の対処はそう難しくない。バグアとの戦場において彼らは自分たちが吹けば飛ぶような存在であることをよく理解している。彼らが手出しをするのは、それが可能な状況が作られる、あるいはそうせざるを得ない状況に追い込まれるか、であり、いつでもそちらを狙えるとプレッシャーをかけてやれば彼らは比較的安全な場所からほとんど動けない。
彼らは己たちに忍び寄る死の気配に敏感だ。そうでなければとっくに死んでいる。
だがしかし、だからこそ、前に出る能力者兵士たちは。能力者でないものが共に戦場に出ている、その事実を背負う者たちである。自分たちがやらなければ、という覚悟は、固い。
再び掲げられたクラークのガトリング砲、矢鱈めったらに銃弾を吐きだすそれの間隙を縫って、狙い澄ました狙撃が叩き込まれる。弾幕に対抗する、鋭い一発。スナイパー‥‥いや、イェーガーか?
「いい一撃――それに気迫ですね」
これが、数々の激戦を生き延びてきた兵士たち。本物だ。技術も、精神も。
ならば。
クラークにも、本気で応えるだけの矜持がある。さあ次はどこを狙うのが効果的だろうか?
「さあ、蹂躙しましょうか?」
――ガトリング砲が、今度は能力者たちへと向けられた。
立花は二か所での交戦が始まって間もなく、単独で行動を開始した。
派手に音を立てる戦場に対比して、息をひそめるように、人目を気にしながら進んでいく。目的のものはすぐに見つかった。空気を循環させるためのダクト。宇宙施設ということで広めに作られているそれは、人一人くらいなら通れそうである。
そこまでなら目の付けどころは悪くなかったかもしれないが‥‥しかし、監視カメラが配置されていて、しかも相手は今を緊急事態として認識している。そして物陰などほとんどない通路という状況において、監視の目をくぐり切るのは無理があった。思い切って敵が来る前に手早く侵入するには、格子や換気扇をどうにかするツールの準備が足りない。いざダクトに手をかけようとすると監視カメラの挙動に躊躇う。気配を感じ場所を移動する。チャンスをつかめないまま、彼女はしばらくそんなことを繰り返していた。
基地内が時折、小さな振動を伝えてくる。隔壁が動作しているのだ。動きを制限し、あるいは分断にかかる。右翼では、中央に向かう道を塞いだ一枚を炎西が。左翼では、交戦中に背後で閉じた隔壁を、奇襲に使われては嫌らしいと瑠璃が即座に破壊を宣言する。
そうこうする中で、また別の「壁」を破壊する戦いが開始されていた。
「他はいざ知らず、ここは自分の領域だ。軍相手とはいえ、やらせて貰いましょうか」
秋月 祐介(
ga6378)が、手近な監視カメラに接続する端末を確保すると、自身のウェアラブルPCを接続する。コントロールに接続‥‥当然、見知らぬ端末のログインは弾かれる。電脳の壁を破る戦いが始まった。
これらの動きを勿論軍が黙って見ているわけがない。端末を乗っ取る祐介の姿は丸見えであったし、集中している間は見動きは取れない。とすれば兵士たちは当然物理的にその行為をやめさせようとする。祐介はあえて突入する味方と共に行動をしていた。交戦個所からやや距離を取り、前衛に壁になってもらって作業を続ける。それでも強引に突破しようとする兵には‥‥ミリハナクが立ちふさがる。銃機関砲の弾幕。兵士はなんとか切れ目を計り潜り抜けようとするも、一撃も貰わないというのは不可能な状況だ。そしてその一撃が、あまりにも重い。一回突撃させた兵士のダメージを認めると、現状での撃破は困難と孫少尉は判断する。
激突する電脳戦。祐介の端末情報を特定し弾こうとする動きに対し祐介もまためまぐるしく対応する。掌握しようとするのはカメラと隔壁のコントロール。だが、技術は祐介の方が上でも、ウェアラブルPCと軍の中枢システムのコンピュータでは機械の処理速度に差がある。攻防は一進一退。ぎりぎりの渡り合いが続く――その、果てに。
祐介の端末に、複数に区切られたウィンドウが映る。監視カメラの映像情報。しかし隔壁のコントロールは完全にシャットアウトされ、びくともしなくなった。
「一勝一敗か‥‥一人の力ではこんなものか」
ならばせめてカメラに映る情報から内部構造を把握しようとする。が、すぐに画面はブラックアウトした。次いでポップアップしたウィンドウが、接続先が見つからないことを告げる。
「情報を与え切る前にシステムの電源を落としたか‥‥決断が早いな」
前を見やれば、兵士たちの宇宙服、ヘルメットの向こうでの情報ほやり取りが忙しくなっているのが分かる。電源を落とさせただけでも意味は大きいか。もっとも、向こうここまでくればも目視と口頭での情報共有で行ける自信があってのことだろう。
こちらも‥‥数秒でも得られた情報からでも、出来ることはあるはずだ。祐介は記憶と思考を目まぐるしく動かし始める。この戦いの勝敗、それはむしろ、ここから決まる。
――なおこのタイミングで、孫少尉は立花の追撃を指示した。単独で動く目的は不明であったが、これまでの相手全体の動きから伏兵や囮の可能性は低いと判断、監視カメラがない状況での放置は危険と見做してのことだった。最後の発見状況から、足の速いものに付近の捜索を指示、移動スキルをもたない彼女が逃げ切る事はできなかった。失敗時に合流する為の打ち合わせもなかったため援護も得られず、彼女が最初の脱落者となる。
傭兵と兵士たちは相変わらず、最初に交戦した場所からの攻防を続けている。やはり個々の能力は傭兵たちの能力の方が高い、だが連携については兵士たちの方が上。
傭兵たちはもちろん、互いのフォローに気を使いあっている。だがあらかじめ打ち合わせあっての事ではなく、あくまで相手の動きや攻防の結果を見てからのものだった。見て、理解して、それから動く。そのラグは時折、一手遅れを生む。
大きく崩されることは無い。左翼では、瑠璃が時折回復に混ぜて放っていた超機械の一撃、狭い通路を意識しての、相手の動きを妨害する事を考えた攻撃が相手のコンビネーションラッシュを食い止めている。伏兵や側面からの奇襲は、長郎が探査の眼も使って常時意識しているためきっちり事前に発見、ヘイルの一発目は不発にしてフェイントを交えた時間差閃光手榴弾が功を奏し、撃退に成功している。
だが、傭兵側からも一気に突破を計ることもでずにいた。結局のところ、本命の攻撃が個人技になってしまっているのだ。何を狙ってどこを攻撃するのか、全体的な指針がないため、上手く移動して総ダメージをコントロールする兵士たちのローテーションを防ぎきれない。ドゥが歯ぎしりした。
「‥‥まずいわね」
右側では、援護射撃の合間を縫って、神楽が呟く。
「思った以上に、やりますね」
クラークが呟き返したのに、神楽は頷くと同時にそれだけではない、と表情で示す。
「粘りあいになっているけど、これはどちらかというと相手が得意とする状況ね」
長く、そして深く付き合いのある神楽だから良く分かる。劣勢での防衛線、それは孫小隊が最もよく体験してきた状況ではないか。
つい、思い出してしまう。北京解放戦の時の山西省での戦い。あの時は孫小隊はまだ動きがぎこちなくて、こうした粘りの戦い方を教えたのはほかでもない、傭兵たち自身だ。共に戦う間、彼らの後ろを護り、その背を見ながら‥‥彼らが教えた闘いを、洗練させてきたのか。何とも言えない想いが込み上がりそうになるが、今は振り払う。
「‥‥このままの戦いをつづけたら、先に音を上げるのはこっちかもね」
「なら、思いきって仕掛けますか。‥‥こちらには回復役がいないし、確かにじり貧の戦いは不向きです」
事実だった。自力回復をもつ炎西はともかく、クラフトの体力は少しずつだが削られていく一方である。
クラークと神楽が後方で声を合わせ、クラフトの前の敵に一斉射撃。クラフトがそこに向けて、真燕貫突の一撃を入れる。一気に体力をもぎ取られた兵を、傍に居た兵が強引に割り込んで庇い、炎西に追撃を受ける。ほぼ同じタイミングで笛が鳴り響いた。再び撃ちこまれる煙幕、後方からの制圧射撃。目前から消えた気配に傭兵たちが煙幕を抜け出ると、兵士たちは撤退を始めていた。クラフトなら追いつけるが、孤立を恐れて踏み出せない。隔壁が閉じられ兵士たちが逃げた先が分からなくなる。
やがて左側でも同様に、兵士の退却が始まっていた。ヘイルの防御力に二人の回復役。ドゥの陽動に攻撃を阻まれ、現戦力での削りあいでは勝ち目がないと判断してだろう。
孫少尉は兵士の立て直しと相手戦力に対する再編成を計り、傭兵たちは司令室の発見を急ぐ。
ヘイルとクラフトはそれぞれの位置から、隔壁の状況と監視カメラの位置による「進ませたくない方向」の推察を試みる。炎西が初期に使ったバイブレーションセンサー、祐介が得た情報を総合し、正解の道を探っていく。
やがて左右、息を合わせ同時に最奥の角を曲がると、複数の狙撃兵たちが待ち構えていた。姿を現した傭兵たちに猛烈な弾丸を浴びせかける、勿論曲がる際に警戒していた者は得物を利用して上手く身体を庇っている。だが、今回は牽制ではない、前衛に向けての本気の集中砲火だった。少なくない数のダメージが突き刺さったのが伝わってくる。‥‥回復手段のなかったクラフトが、ここで慌てて瞬天足で後方へ下がり、足並みが乱れた。狙撃兵たちは傭兵たちの健在を確認すると、身を翻し奥の一室へとなだれ込んでいく。駆け込んだ部屋の扉、その周囲の様子は、祐介が乗っ取ったモニター、その中央にあった景色と合致した。左右の前衛が合流し、制圧の為に踏み込んでいく――瞬間、正面と左右から5人の兵士が一斉に襲い掛かる!
‥‥廊下に並べる人数はせいぜい二人、このため傭兵側と兵士側は連携に限界があった。だが室内に踏み込む瞬間だけは、先に居た者が広いスペースを確保することが出来る。同時に転がるようにして廊下に出た孫少尉が、左側後衛に向け制圧射撃。回復役の動きを抑え込み、前に出た者の撃破を狙う。
「は、は‥‥!」
囲まれ、集中攻撃を受けるその状況にデジャヴを覚えて、ドゥから思わず笑いがこぼれた。己を排除しようとする世界の守護者たち。いいだろうやってみるがいい――低重力の地を蹴り目の前の兵士を踏み台にしようとする。
「にゅ、にゅいっ‥‥!」
ドゥが部屋中央に着地すると同時に、奇妙な、慌てた声が聞こえるとともに、奥からの超機械の攻撃がドゥの眼前で弾ける。‥‥彼女が徐隊員か。狙っていた相手だが、最奥に居たとは。思わず閃光と思考に一瞬気を取られ、兵士を乗り越えての奇襲は失敗する。
状況はまだ兵士有利だった。先手を取られ、傭兵たちはまだ足並みをそろえきっていない。
「あらあら」
劣勢の状況に、ここでミリハナクが薄く笑みを浮かべ前に出る。最終局面に来て傭兵側が劣勢となったことに彼女は焦りを覚えていなかった。余裕ではない。彼女は開始段階から、負けるのもありだと思っていた。明らかに傭兵側は相談が足りない。ならば向こうに自信をつけさせる結果となるのも丁度いいかと思ったのだ。勿論、それを口や態度に出したりはしないが。それに‥‥別に、手加減する気もない。敗戦の屈辱という味も美味しく頂けるが、それは、そこまでに相手をいかに苦しめてから、だ。
乱戦に、高火力を誇るクラークとミリハナクが参戦。ここからの状況は泥沼だった。兵士たちが次々に姿を消していく中、傭兵側も回復の手が回りきらずクラフト、ドゥ、炎西が脱落する。
――室内に残る兵士が、孫少尉を含め残り三人となったところで、少尉が突撃、と、共に閃光手榴弾。
長郎が警告を発しヘイルが、ミリハナクが身構える。瞼の奥が光で塗りつぶされた、その後に。
『‥‥退却します。そちらの勝ちです‥‥参りました』
晴れた視界の先は、緊急脱出路が開き敵兵の姿がなくなった室内。そして、通信によるゲームセットの宣言だった。
●
ということで、結果は傭兵たちの勝利に終わった。が。
ミリハナクは唇を尖らせていた。
ドゥはなんだか釈然としない顔をしている。
他、傭兵たちの中には、勝利を告げられながらも何か、漠然としたしこりを感じたままでいた。
「これは‥‥成程、我々の勝利とは言い難いかもしれないね。くっくっく‥‥」
はっきりと事実を突きつけたのは、いち早く今回の戦いの分析にかかった長郎だ。一番分かりやすいデータを皆に知らしめる。
死傷者数。傭兵側は少なくとも四名。ダメージの度合いからすると、動けなくなっていてもおかしくないと判断される者もいる。逆に‥‥小隊側は0だった。ドゥには言われる前からそうだろうという予感はあったようだ。確実に止めを刺すつもりで戦闘していたのに‥‥キルマークが上げられなかったのだから。
兵士側は、劣勢となった段階で一般兵と負傷の度合いが大きいものを順次撤退させていた。
翻って傭兵側。体力を管理し、どのくらいで治療者に声を上げるか。後退するか、撤退を考えるのか。そこを意識していたものは‥‥いなかった。
微妙な空気漂うなか、兵士たちが戻ってくる。孫少尉は傭兵たちに改めて、もう一度深々と頭を下げる。
炎西がまず、一歩前に出てまた、丁寧な礼を返した。
「こちらも大変勉強になりました。それから‥‥」
炎西は、この戦いの中漠然とした不安を抱えていた。例えて言うならば、命綱が足りないような、そんな感覚。それが、孫小隊が一緒でないからなのだろうということは何となく理解していたが‥‥。
「改めて、その理由が分かった気が、します」
彼はそう言って、孫少尉の手腕を褒める。
「いえ。‥‥こちらの作戦も、褒められたばかりではない、ですよ」
実際、犠牲を覚悟した上ならば押しきれたかもしれない状況で、司令部の放棄が許されうるか? といえば、‥‥これもまた、シミュレーター戦故の傲慢なのだろう、と孫少尉はいう。監視カメラの件といい、早期に決断が出来たそこに「どうせ偽の司令部だから」という気持ちがなかったとは言い難い、と。そして、乱戦を続けていたらやはり、どうせ負けていただろうと。
ただ、小隊を褒められたそのことで、孫少尉は再び、己が抱えるもう一つの課題を思い出していた。指揮官か、副官か。この結果は、どう受け取ればいいのだろう。
「‥‥あれ? なんかどーかした?」
リタイアを悔しがっていたクラフトが、ここで表情を変えて孫少尉へと近づいていく。
「ああもう、そんなに顔に出てますか? もう‥‥」
もう今日幾度か繰り返した問答に、己の悩みの深さを思い知って、孫少尉はここで、もうめんどくさいとばかりに皆の前で全てをぶちまけた。
「んー、昇進しないっていう手はないんだよね?」
試しにと、クラフトが問いかける。
「知り合いが昇進で忙しくなって家族に会う時間がより減ったとかぼやいてたから」
「ふむ。隊長に関してはその懸念は無用というか無駄な気がします。この人の忙しさは決して階級が問題ではないでしょう。そこはすでに手遅れと考えていいかと」
副隊長のまぜっかえしに、クラフトが「あー‥‥」と声を漏らす。
「えーっと、それなら身の危険の少ないほうがいいんじゃないかなー」
それは暗に副官を進めているのだろう。しかし、そんな簡単に決めていいのだろうか。
「うーん‥‥身の安全って言うと、あたしは副官の方が逆に心配かも‥‥」
ここで瑠璃が口を挟む。
「‥‥責任も増すだろうし、過労死より心労で死んじゃうよーな気がしてならないんだよねぇ。割とマジで」
恐る恐る言った言葉に、結構長い間沈黙がおりた。
「あの‥‥誰も否定して下さらないんですか‥‥?」
孫少尉が本気で困った顔で一同を見渡す‥‥いや、厳密に言うと神楽の方は微妙に怖くて見られない感じになっていたが。
「え? 私だからこそ副官推しですわ。今まではお疲れとからかうだけでしたけど、そろそろ本当に過労死した姿が見たいわ」
ミリハナクに至っては、ニコニコ笑顔でそう言ってきた。
「基地司令になったら今までできなかったこともできるようになるかもだけど、今までできてたこともできなくなるわけで‥‥」
瑠璃がなんか、慌ててフォローする感じでそんなことを言ってきたが、肝心の部分のフォローには全くなっていない。
「‥‥いや、だがやはり、俺は個人的に、少尉には司令を目指して欲しいが」
ややあって、ヘイルがそう口を開いた。
「俺達ではそこには辿り着けないし、してはならないからな。だが、少尉の様に俺達を知る人間がそこにいてくれれば俺達の意を汲めることもあるだろうし、逆にそちらの意図を俺達が実現できるかもしれない」
そう言ってヘイルは、手元に視線を落とした。今回のシミュレーター装置。そこに記される、己の残体力。
「それに、少尉が育て共に歩んだ部隊も前線にはいる。過保護も結構だが。信頼し、任すに十分な筈だろう。自分とそれについてきた彼等は自信に値すると思うが」
ヘイルの言葉にはつくづく実感が込められていた。
防御力が高いためなんとか耐えきったが、最後のは危ないところまで追い詰められていた。
‥‥その成果は、決して少尉の作戦だけでなし得たものではない。むしろ、途中まで奇策による効果はほとんどなかったのだから、今回の粘りはほとんど兵士の地力によるところが大きいのだ。
部下たちが信ずるに値することについては、孫少尉も疑っていない。終了後の時間経過を見て、思った以上に持ちこたえたものだと思ったものだ。
「僕としてはね。君がエリートコースだと見込んでいるので」
月面の出世でコネになれば良いね、と、長郎がそう続ける。
‥‥己に来ている話はあくまで漸くの一階級昇進と、司令副官だけで、司令だのエリートコースだのと言われると、恐縮するのだが。だが、からかっているのではなく至って真面目に言われているようで。
「まあ、僕らの出発までまだ時間があるしね。埋もれていた書類整理などあれば手伝うね」
長郎はすでに今回の演習の行動分析用資料を纏めにかかっていた。元内閣情報調査室所属の面目躍如といったところか。その速度と出来上がりの精度に、孫少尉としては「‥‥助かります」としか言えなかった。
祐介が話しかけてきたのは、そうした書類整理や演習場の撤収作業などが始まり、個人の時間が出来た頃。二人で話せるタイミングを見計らっての時だ。
「副官と精鋭部隊ですか‥‥自分なら前者を選ぶでしょうな。最終的に手を伸ばせる範囲が随分変わりますからね」
そうして切り出された会話の。
「あぁ‥‥以前の回答、実に納得のいくものでしたよ」
本題はどちらかと言えばこちらかもしれない。以前、崑崙でいた話の続き。
「あの答えで‥‥ですか?」
具体性も何もない、ただ願望でしかない話だった。だけど‥‥。
「その目的の為に最善手を選ぶしかないのでしょうな‥‥」
続く祐介の言葉に、孫少尉は静かに、しっかりと頷いていた。
「とはいえ、それが最高の結果を産むとは限らぬのが、世の皮肉ですかね」
そうして、また続けられた言葉に、互いに苦笑するしかなかった。あがいて‥‥それでも、苦い結果しか残されなかった現実も、お互い、体験している。
「それでも、手を伸ばさずにはいられない、目標です‥‥」
ただの願望。だけど切実な。最善を求めてあがき続ける、その力になりうるだけの。
「できるなら伍子胥・韓信ではなく、范蠡・陳平の様にいきたいものですな‥‥」
祐介の眼は窓の外、遥か先を見ている。いや、見ている先は物理的な距離ではないのだろう。
こちらに分かりやすいようにと、中国武将で例えられた存在の意味。戦後になってその能力や急な出世を恐れられ、あるいは疎まれ、粛清、誅殺されたものは歴史上幾らも前例がある。そして、そうした歴史があるだけに、機敏に情勢を察し引き際を見誤らなかった者、あるいはそれ以上の知略をもって生き延びた者もまた、存在する。
戦争が終わったらどうなるのか?
漠然とその不安を抱える傭兵は、ちらほらと存在するようだ。
「‥‥」
「それと、貴方の場合は傭兵をどう動かすか、多分その辺がキモかも知れませんな」
少尉がまた何か考え始めたところで、祐介は、話を少尉の昇格話へと戻した。
「願わくば、ぶつかりたくは無いものですな」
「そうですね‥‥私も、それは願うところです」
これまでの会話を経て、祐介は孫少尉を組みうる相手と見てくれたということなのだろう。
頷いて、孫少尉はこれまでの助言に感謝した。
そして。
「‥‥助言は出来るけど、最終的に決めるのは陽星さんであるべきだと思う。だから、しっかり考えて悔いのない答えを出してね」
陽星としては一番意向が気になる神楽は、ただそっと、そう、告げに来た。
「今まで何の為に戦ってきたのか、それをきちんと思い返す事が大切だと思う。それが陽星さんにとっての立脚点だと思うし」
今までの戦いで積み上げてきたもの、それを生かすにはどうしたらいいのか、それを考えて欲しい、と、具体的にどうしてほしいではなく、考え方だけを神楽はアドバイスする。
「どちらの道を選ぼうが、あたしは可能な限り手助けしたいと思っているわ」
最後にそう言った神楽を‥‥陽星は、抱き寄せる。腕の中の存在は、一度体を強張らせて‥‥それから、身体を預けてくる。
「本当に、そんなこと言っていいんですか? ‥‥神楽さん。これからも、私の支えになっていただけるでしょうか。辛い時に寄りかかってもいいでしょうか。そして‥‥貴女の為に無理をし過ぎても行けない、と、そう考えても、いいんでしょうか」
腕の中の確かな存在。この人に見限られない限り、己はまだ大丈夫。陽星は、そう自分に言い聞かせ、信じる。
「そうして、私も貴女の支えになりたい。貴女の安らぎの為に少しでも貢献できる存在で、在りたいです」
祈るように、そっと陽星は神楽の額に、かすめるように唇を寄せて、言った。
――答えは、定まった。
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「‥‥司令副官のお話を、お受けしたいと思います」
そうして後日。孫 陽星に正式に中尉の辞令が交付された。