●リプレイ本文
「キメラの引き付けを行いますわ。奇抜な策をしますがそっちには迷惑をかけないので、それぞれの仕事をしてくださいな」
ミリハナク(
gc4008)からの通達に、孫少尉としては、不安を覚えなかったか、と言えば多分、嘘になる。現場での裁量権が多い傭兵とはいえ、軍と共同作戦の時にあまり勝手に動かれても困る。特に彼女が「奇抜な策」と言うと、実際何度か驚かされた覚えもあるだけに。
それでも釘をさす気になれなかったのは、こうして申告するようになったこと自体、彼女もこれまでのことを自覚してのことだろうと思ったのもあるが、それ以上に、今の彼女の持つ雰囲気がただ冗談を行おうとしているものとは違っている気がしたからだ。
踵を返し持ち場に向かうミリハナクとは、また別の片隅で。
「少尉には俺と同じになったりして欲しくないかなー」
クラフト・J・アルビス(
gc7360)が、ひっそりとそんな言葉を零していた。
「俺は踏ん張ってれば、そう思うことなくて済むんだよね?」
表情も。声も、穏やかに。
いつも通り‥‥出来てるだろうか? 分からない。それでもいつも通りのつもりで彼はふるまう。怒りを、決して表に出さないように。
(こんな呑めない条件のルール意味ないじゃない)
赤崎羽矢子(
gb2140)は、静かに今の状況と相手の思惑を思考する。
(人型キメラや目標の選択に作為があるし、その「主」って奴、こちらが苦しむの見て笑ってるんだ。‥‥その上頭も切れる。時間稼いでポッドを探すことまで読んで、別の策を仕込んでるかもね)
そうして彼女は、孫少尉にスパイの可能性を進言する。
「気を悪くするだろうけど、目標が少尉の故郷とか出来すぎじゃない? 可能性は低くても、不審な動きをする者が居ないか気を付けてて貰えないかな」
羽矢子の言葉に、孫少尉はしばらく沈黙していた。崑崙の成立や、バグアの月面進行のタイミングを考えれば、すでにスパイが入りこんでいると言う可能性はあまりにも低いように思える。可能性がないとは言い切れないが、過度の警戒は却って判断を誤らせる。少尉としては、この場は「ご忠告感謝します‥‥留意します」と言うにとどまった。
緊張が伝わってくる。この状況を生み出したものへの、怒りが生み出す緊張。
‥‥その怒りが、抑え込まれた緊張。
向かってくる敵に、全力で怒りをぶつけるわけにはいかない。
勝ってはいけない。
負けることもできない戦いに、これから彼らは挑みにいく。
同刻。宙域でも、捜索のKVが活動を開始していた。
「‥‥やる事が汚いのよ‥‥!」
感情をあらわにするのは氷室美優(
gc8537)。噛みしめた唇から、キリ、と小さく歯ぎしりの音が漏れた。
「あの強化人間‥‥あぁ、もう」
通達を思い出してコックピットに頭を伏せそうになる。‥‥彼はただ、利用されただけの人間なのだろう。こういうのが、人類とバグアの戦争というものなのか。分かっていて‥‥それでも、敵である彼をも救いたいと思う自分は甘いのだろうか、と自答する。
「‥‥ごめんね、タギリヒメ。あんたの初陣がこんなんで」
買ったばかりのドレイクに迷いを抱える己を、詫びて、そして彼女は操縦桿を握り直す。
「でもね、この戦いは‥‥」
とても、大切な戦いだから、と。
「何といいますか‥‥趣味が悪いとしか言えませんね、これを行っているバグアの嗜好は」
ヨハン・クルーゲ(
gc3635)はもはや、険悪を通り越してあきれ気味になっていた。
レインウォーカー(
gc2524)と音桐 奏(
gc6293)は、一度、互いのモニタで互いの機体の姿を確かめて。
『行くぞ、音桐。茶番をさっさと終わらせる』
『ええ、そうですね。興味深くはありますがこの状況、早く終わらせましょう』
短い交信。それから二人は、月面に居る仲間にも一言通信を入れると、並び飛び立っていく。
光の尾を引いて飛び立っていくKVたち。
だが広大な宇宙でその姿は、小さい。
「一刻も早く見つかりますよーに‥‥」
ロック・ヘイウッド(
gb9469)が、最後尾で、飛び立つKVたちを見送りながら、ひっそりとエミタに幸運を願う。
●
月面では戦いが開始していた。
向かい来る軍勢に、孫少尉が一斉射撃を命じると同時に、小鳥遊神楽(
ga3319)も弾幕射撃を開始する。
「‥‥勝ってはいけない、か。これは難儀ね」
低い位置を狙った弾丸がキメラ‥‥少女の姿をしたその足を傷つけていく。やや速度をゆるめながらも少年少女たちは構わず前進する。神楽の言葉の通り、これは難儀な戦いだった。始めは、どの程度の攻撃をすればいいのかまったくつかめない。
兵士の弾丸が、一度、足元でなくキメラの腹に命中する。少女の姿をしたそれが軽く体を折り、こぽ、と口元から少量の血を吐きだし‥‥笑顔のまま顔を上げる。「う‥‥」と、兵士が二重の意味で呻きを漏らし、思わず射撃の手を緩める。疎になった箇所に、神楽は無言で、すかさずフォローの射撃を入れる。が。
「‥‥このキメラの製作者、絶対友達になりたくないタイプだね」
ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)のぼやきに、神楽も完全に同意する。
「キメラとは分かっていても、この状態だと神経がすり減るわ。それもバグアの狙いの一つなんでしょうけどね」
射撃の手を緩めずに、神楽が返す。ユーリはまず、探査の目で周囲の動向をうかがっていた。夏 炎西(
ga4178)のバイブレーションセンサーとも合わせて、基地へと直接回り込む敵がいないか探っていたが、今のところその気配はないようだ。となれば今は‥‥正面切って踏んばるしか、ない。
足止めされた敵陣に向かって、傭兵たちが斬り込んでいく。
『信ずるべきは同志也! 我々は絶対にバグアに負けん!』
出撃と同時に、炎西は無線に乗せて叫んだ。己だけでなく、共に戦う仲間、基地で待つ人々、そして何より、目の前にいる強化人間に聞かせるための言葉だったが‥‥バグアスーツにぴったりと覆われた相手の様子はうかがい知ることはできない。ただ、炎西の言葉を合図とするかのように、相手も月面を蹴り、距離を詰めてくる。
ヘイル(
gc4085)が盾を掲げてそこに立ちはだかった。掲げた盾を、強化人間は強引に刀を叩きつける。衝撃に、足を踏ん張り、耐える、そこにキメラが割り込もうとする。
Loland=Urga(
ga4688)がすかさず、キメラに対して一撃を叩き込み、孤立分断を計る敵の動きを阻む。ちらりと視線を送った先。強化人間。打ち倒すのに躊躇はしないが、情勢は理解している。今は耐える時。Lolandは主にキメラを相手どることにする。少年少女が伸ばしてくる手をするりとかわしながら反撃を入れる。そのまま身軽さを利用して、戦場を撹乱することに専念する。
クラフトもまたキメラ対応。
「こうゆう時こそ冷静に‥‥いつもどおりに‥‥」
呟きながら、蹴りあげる。少女の腹に叩き込まれたそれは、ダメージを与えるよりも吹っ飛ばすことを意識した攻撃だが、反動は生々しく返ってくる。実際の少女のそれとは違うはずだと分かっているが、割り切るのは難しい。現実の少女を全力で蹴った経験のある能力者などそういるはずもないのだから。
「帰れー! そして、戻ってきたらもう一回帰れー!」
それでも己を奮い立たせながら、クラフトはキメラを押し返し続ける。それは、低重力という環境をうまく利用した立ち回りではあった。
その傍で、前に出て戦う兵士の一人が、苛立ちの声を上げる。躊躇いがちに突き出した大剣を少年は抱きかかえて、みしみしと音をたてながら、身体を血に染め上げながら前進してくる。咄嗟に剣を離せずに硬直した兵士の手首を、少年の姿をしたナニカがにこやかに握り締める。
「が、あっ‥‥くそがっ! やってられねえよ!」
半ば恐慌気味に叫んで兵士は大剣を持つ手に力を込めて無理矢理少年を振い落す。負傷した兵士に、ユーリが駆け寄って治療を施す。
「陽星は今まで『やると言った事は絶対やる』人なんだし、今回だって大丈夫。俺たちはそれまでキメラを一体も奥へ通さない様に踏ん張るだけだよ」
ついでに、さりげなく声をかけておく。
兵士は一度、ユーリの言葉に露骨に顔をゆがめた。
「‥‥付き合い多いアンタとはいえ傭兵に隊長のこと言われたんじゃかなわねえ」
と。士気を取り戻して再び最前線に戻る兵士に、ユーリは己の言葉の選択が正しかったことと、彼らもちゃんと頼りになることを確信する。
そして、戦場の片隅でミリハナクは。
「寂しかったのね。ハグしてあげますから安心なさい」
‥‥キメラに向かって、そんなことを言い出していた。少年少女は笑いながら――しかしその目に意思の光は全くない――ミリハナクへと殺到していく。右腕に。左足に。胴体に。少年少女たちはしなやかな腕をからませる。場所が場所なら、さながら小学校のような幸せな絵図だろうか。だがここは月面、漆黒の空と白い大地の広がるまごうことなき宇宙空間。宇宙服姿のミリハナクと生身の少年少女たち。すぐ隣を見れば戦場という背景にそれは滑稽を通り越して醜悪ですらあった。そして、手足に絡みつく少女たちの腕は今、尋常でない膂力でミリハナクを締めあげている。ミリハナクはそれに、並みの傭兵を凌駕する防御力で耐えていた。
少年少女たちを見下ろしながら、彼女は想像する。これほど精密な人間の姿を作るにはきっと『素材』が必要だったろうと。
「これがゲームね。‥‥今は付き合いますが、いずれ後悔させてあげますわ‥‥」
押し殺すような声と共に、彼女の足元から爆発的な力が膨れ上がる。踏み込んだ望天吼から放たれる十字撃。キメラたちはからませた手足を千切れさせて吹き飛んでいく。軽く腕を振ると、残されたキメラの指が力なく。ゆっくりと地面に落ちた。そうしてミリハナクのパイロットスーツは、血濡れた、この場に相応しいものへと変わっていく。
ヘイルと強化人間の戦いは続いていた。彼の攻撃は緩い。盾での突撃や槍の石突での足払いといった、体勢を崩すことを目論んだ攻撃が主体。しかし、手数が少ない上に狙いの分かりやすい攻撃は徐々に読まれていく。何度目か、盾を突きだしたその時、盾を持つ方向とは逆側に回り込まれ、刀の一撃がヘイルのわき腹に決まる。
「やぁあああっ!」
その時、横手から鋭い声が上がった。羽矢子の一撃。裂帛の気合と共に突き出されたリューココリネの一撃は、挙動の大きさから見切られて避けられる――が、これはむしろ、時間稼ぎを目的とする羽矢子としては目論見通りではあった。彼女は、普通に強化人間に対し攻撃を加えている。が、動きは意識して抑えていた。ちらりと周囲を見やる。ヘイルが受けた一撃は夢守 ルキア(
gb9436)が回復していた。
ルキアとユーリの回復、前線の抑えと、射撃で突出を阻む人員。キメラたちは上手く抑え込めている。強化人間は‥‥自分とヘイル、二人で、倒すことならできる、と羽矢子は相手の実力を読んでいた。だがやはり、必死だ。こちらが倒すまい、と加減した動きを見せれば遠慮なくそこを突いてくる。どれほど加減して、どれほど本気で当たるか――正直、綱渡りだ。
やはり、何か状況を打開する手段が、必要だった。
●
宇宙の動きは、しばらくは静かなものだった。戦いはまだ始まっていない。
――いや、ある意味過酷な戦いは開始している。
散らばって捜索する各KVのモニタ上で、星が流れていく。何もない空間でも、速度は体感できる。どれほど進んだだろうか? ディスプレイに、はじき出された捜索範囲と己が探索した個所を映しだせば‥‥「まだ、たったこれだけなのか」と思い知らされる。
ならばこれだけの捜索にどれだけかけた? これも確認してみれば、体感時間ほど長くは無い。数分。だがその数分は、月面で仲間が激闘を繰り広げている数分と考えれば、短くもない。
(どうして‥‥あのキメラが‥‥。がんばったのに‥‥終わったはずなのに‥‥っ)
入間 来栖(
gc8854)は震える手で操縦桿を握り直す。かつてどこかの宇宙で、彼女は今月面に展開するキメラと戦った。心を握りつぶしに来る戦いを制して、仲間を守った‥‥はずだった。
(はやく‥‥はやく見つけないとっ‥‥)
焦る心に、宇宙はただ無言で。ただその広さでもって圧力をかけてくる。
『ちょっと出過ぎだよ』
焦燥を募らせる来栖の元に通信が入る。ソーニャ(
gb5824)からのものだ。
『は、はいっ!』
来栖は慌てて味方機との位置を確認し直す。味方と離れすぎないようにと意識はしていたのだが、油断すると恐怖と怒りに思考を持っていかれそうになる。
対照的に、そんな来栖を留めたソーニャの声は至って平静なものだった。
(なんで少女の姿なんだろうね)
女子供の姿だと殺意が鈍るだろうか。彼女からしてみればそんなことは別にない。殺意は意思だ。
(殺す決めたらまったく関係ないけどなぁ)
そんな風に思いながら、彼女は宇宙を進む。彼女がこの戦いに参加したのは義憤でも何でもなく、単に、ここ最近月面での仕事が続いていた縁があって、だ。特に、作ったばかりの風呂を壊されたらたまらない。
(しかし陽星さん、公私共に不幸としか言い様がないわね)
そんな風にとりとめのないことを考えながら、宇宙を進んで地図を塗りつぶしていく。
やがて動きがあったのは‥‥――
『こちら天王寺機です。レーダーに敵影捕捉。種別‥‥』
通信があったのは天王寺・桐(
gc3625)のディアブロから。モニタカメラの望遠を上げて敵影を確認。HW二機、近づきながらプロトン砲に光をともしている!
桐は即時ブーストを発動、上昇した機体の居た個所にプロトン砲の光が過ぎていく。アサルトライフルを準備しながら接近を待つ桐。ただのHWに後れを取る機体ではないが、2体で連携してかかられたらさばききれるかは不安がある機動力だ。無理な応戦はせず、援軍を待つ。
ヨハン機のドレイクが、プレスリーの射程を活かし牽制しながら援護に入る。流石の知覚特化機レーザーライフルの一撃は強烈にHWに突き刺さった。ふらついたのを見て桐機もヨハン機との連携を意識しながら接近。弱ったHWにアサルトライフルの攻撃を重ね更にダメージを蓄積する。
桐の機体を皮切りに、ぽつぽつと宇宙空間で戦端が開かれ始めた。
「騎士道とかそういうのではありませんが、個人的にこういった人の命を使ったゲームというのは不愉快ですね」
ブラウ・バーンスタイン(
gc3043)のドレイクからレーザーガトリングが放たれ、HWの接近を足止めする。
来栖のラスヴィエートとソーニャのロビンが急接近、距離を詰めての狙撃でまずは一機撃破する。
パラパラともたらされる交戦報告に、百地・悠季(
ga8270)のピュアホワイトが処理能力をフル稼働させ、敵発見の報に対し順次戦力の割り振りを誘導する。
『敵戦力全体の動向を回してもらえるか』
ある程度の戦況を見て、悠季にそう呼びかけたのは狭間 久志(
ga9021)。クローカ・ルイシコフ(
gc7747)も、ほぼ同時にそれに同調する。彼らは敵戦力こそをポッド探査の切り口の主体に考えていた。味方機の分布に対する敵機のエンカウント位置。新参の敵の向かってくる方向。そこから‥‥敵拠点の位置を割り出そうとする。
わり出された方向は‥‥久志機の方が近いか。
『‥‥仕掛けに行く』
告げて久志はハヤブサのブーストを起動。全速力を乗せて、ひとまずの目標地点へと突入していく。速く。とにかく速く。月面で粘る仲間の為に。
モニタの端に光がともる。理解するより先に本能で機体を傾かせる。急旋回にかかる慣性に身体が引っ張られる、その横をレーザー光が通過していく。再びモニタを見やり捉えた敵影は‥‥!
『タロスか! ‥‥いや、それだけじゃない、HWが3‥‥4‥‥更に来る!』
鋭く叫ぶ久志の声に、動ける味方機が即座に反応する。さすがに久志もここは一度引かざるを得ない。
順次仲間が合流するまでは、十二分に鍛えた機動力を生かし、距離を置いての回避。
その間、消耗した機体はロック機の補給を受けながら――「補給用の艦来るから西王母邪魔、イラネ」と言われて涙目になることもちょっぴり心配していたのだが、補給艦と前線の中間に位置どった補給線は継続戦闘・探査能力にきちんと役に立っていた――久志機が向かった地点へと向かう。
HWとKVの弾幕による牽制のしあい。そしてタロスへは宗太郎=シルエイト(
ga4261)のフィーニクスが銃を乱射しながら突撃していく。タロスも迎撃のために加速して突撃、構えたランスが宗太郎機を捉え、貫く‥‥!
が、モニタに写されたその光景は、次の瞬間霧散する。レーダーに確かに存在した宗太郎が次に現れたのは――タロスの横!
白桜舞の剣閃瞬き、タロスの腰に叩き込まれる。再び距離を詰めた久志機が、シルバーブレッドを繰り出しそれに合わせる。
『HW対応班注意して。一体、違うのが混ざってる』
ここで管制に集中する悠季から警告が上がる。示されたポイントに、レインウォーカー機のペインブラッドが機関砲をばらまきながら接近。体当たりするようにウィングエッジをぶつけにいくと、赤い光が激しく宇宙空間に瞬く。
「本星型かぁ。先に始末させてもらうよぉ」
ブラックハーツ起動、真雷光破の準備に入るレイン機の前で、本星型HWも主砲をレインウォーカー機に向ける。だがそこで、本星型HWを横手から光条が襲った。
『貸し一つですよ、レイン』
涼しげな声は奏機のフィーニクスから。不意をうったつもりの一撃も流石の本星型と言うべきか、咄嗟に反応されるが、一瞬意識が逸れたのはこのタイミングでは決定的。
『すぐに返してやるさぁ、すぐにねぇ』
レインウォーカー機と本星型HW、二機が激しい光に包まれる。白い光――それに抗う、赤い光。
味方機が護衛を抑える中、クローカ機のラスヴィエートが敵の合間を縫って進んでいく。スコープシステムを探索に転用し、モニタの映像の違和感を探す。
『あれ‥‥か? 位置を転送する。分析頼む』
『‥‥ビンゴ、かしらねえ。こちらも映像捉えた‥‥事前に見せてもらったもので間違いない!』
思わず声を大きくして告げてから、悠季機も戦域に突入してGP−09ミサイルを連発、周域戦力を蹴散らしにかかる。
『OK‥‥皆、いい? エヴァから仕掛ける!』
もう我慢も限界だ、とばかりに声を張り上げたのはエヴァ・アグレル(
gc7155)。彼女もまた、この状況を作り上げ、安全な場所で眺めてるだけの卑怯者に心から憤りを覚えていた。こんなつまらない相手に‥‥傷つけられている人たちがいる。
短いながらも孫少尉たちと過ごして、それが楽しいと思えていた彼女にとってはなおも、怒りは深く。
「初陣よ、Nyx。あなたのいい子な所、見せてよね」
呟く。自分と同じく未熟な相棒に。同時に、合体させたフィーニクス・レイにエネルギーの明かりが灯る。
ぶっ壊してやりたい。
主とやらの計画を。
その象徴であるキメラポッドを、エヴァ機の、宗太郎機のプロトディメントレーザーが、間の護衛機もろとも、撃ち抜く!
●
「‥‥まだ、避難解除はされないのか‥‥?」
崑崙内部。避難する民の中から、ポツリとそんな言葉が漏れはじめる。超特急でこしらえられたシェルターは無機質で寒々しい。
(問題は、皆さんがどれぐらい活動をして‥‥そして私が、崑崙内部の慰安を務められるかでしょうか)
時間と共に増していく焦燥の気配。天堂 亜由子(
gc8936)は深呼吸をして、己の為すべきことを考える。
今自分がすべきことを、悔いなく全力でやりとおすために。そのために、彼女は今ここにいる。
彼女はゆっくりと説く。全てが終わった後、いわゆる戦闘が終わってからは皆のような、民がいなければ国は衰退していくと。信じること、祈ること、誠実であること、それらの大切さを、一生懸命伝えていく。
だが。
「そんなことは今どうでもいいんだ! 戦況は!? 今崑崙は、中国はどうなってるんだ! いつまでこんなところに籠ってればいいんだ!?」
一人が、亜由子に詰め寄る。今欲しいものはそんな綺麗事じゃないんだと。未来の前に、今何がどうなっているのかと。
「それは‥‥多くの力ある方々が、今この地に来ています」
「それで、勝ちそうなのか!? 無事なのか!?」
「大丈夫です。まだ皆さん、持ち堪えてくれています」
「だから! 勝てるのか!? 故郷は救えるかって聞いてるんだ!」
今の不安を取り除く、直接的な材料は今、齎されていない。
そこへ、けが人のための処置室の準備を終えた神翠 ルコク(
gb9335)が、避難する者たちの元へと戻ってくる。
「あんたは‥‥何してたんだ?」
震える声で。半ばあきれた様子で。誰かが問う。あんただって同郷の人間だろう。不安じゃないのか、戦いにいかないのか、と。
「僕は、仲間が強い事を知っています。だから今は崑崙を守り、仲間の怪我に備えるべきです」
涼やかな声で、ルコクは答えた。特に、今月で戦うルキアは小隊員の仲間だ。一緒に戦ってきた、だから信じられると。
「能力者じゃない皆さんにも、出来ることがあります」
家である崑崙を、自分達を守る事で傷ついた皆さんの心を支える事になると。
外の皆は、とても、身体だけでなく心にも過酷な戦いをしているから、と。
じっとしているのが辛いなら、応急処置や手当の方法を教えると。
「清尓相信我」
僕を信じてください。故郷の言葉で、真摯に語り掛けられ、詰問の言葉を止める。
ルコクも、亜由子も。特に打ち合わせたわけでもなく、しかし「仲間を信じる」その一点だけは曇りなく、ぶれがなかった。
ゆっくりとそれは、降り積もる綿毛のように柔らかに、振り上げようとする拳を押しとどめる。
たった二人で意思を浸透させるには時間がかかるだろう。それでも。少しの時間をここに作ってくれる。
●
再び、月面での戦い。
「ルールは『きみを倒すな』『月面のポッドを壊すな』『圧倒的有利に立つな』この三つ、きみと交渉や会話するなってルールはないよね?」
強化人間と交戦を続けつつ、ルキアは無線で呼びかける。
「‥‥下らん。初対面の人間の戯言で翻意する程度の覚悟ならば、ここに立つ前に折れている」
くぐもった否定の言葉が、それでも戻ってくる。
「これから命の張り合いをするんだ、お互い名前ぐらい知っておこうか。俺は傭兵のヘイルだ」
「‥‥俺は、殺すべき相手の名前を知りたいなど、思わん!」
続くヘイルの言葉も、強化人間は、繰り出された攻撃ごと弾き飛ばす。
「貴様の戦い方は、気に食わん。俺に同情して倒さぬ気でいるか? ‥‥戯言だ。どちらかを選ばねばどちらも逃す。‥‥俺は月面基地でなく故郷を選んだ。分かれとは言わん、だが貴様も俺に刃を向けるならば覚悟を決めろ!」
すでに『そちら』も選んでいるのだと、強化人間はいう。このまま戦い続ければ、いつかはどちらかの刃がどちらかを倒すだろうと。ならば半端なまねをするなと。
「バグアがポッドを投下しないなんて保証ないじゃない!」
羽矢子がそう言って、再び切りつける。
「どうせポッドは一つではあるまい! それに発見され次第、破壊される前に落とすつもりではないのか!」
炎西も同時に叫んだ。
「それも分かっている‥‥だが‥‥ならば貴様らは割り切れるのか!? どうせ落とされるにきまっているのだから、諦めて従うのはやめよう、と。それで相手に堂々と投下する理由を与えて、それで己を許せるか!?」
悲痛な叫びだった。
ルキアは、無駄と悟りつつ幾つか問いを重ねる。崑崙に内通者はいるか、宇宙ポッドの位置はどこかなどと。結果は、完全に無視。彼はきっと本気で、何も知らない。混乱で動きを読みやすくなればと思ったが、それも望みは薄そうだ。
やがては、皆小細工は無駄と悟って、軍とローテーションをしながらの、時間稼ぎの戦いを重ねていく。
その、さなか。
「がっ‥‥はぁっ!?」
突如、皆の前で強化人間が苦悶の声を上げる。
「なん‥‥だ、これは。何故っ‥‥どういうつもりだ、バグアァア!!」
叫び、のた打ち回りだす強化人間。傍で戦っていたものが分かるのは、ただ、強化人間のバグアスーツが、異常な脈動を開始したことぐらい。‥‥そして、声音からそれが、強化人間の生命を脅かしていること。
『徐さん!』
咄嗟に、孫少尉が叫ぶ。
『宇宙を捜索している者からの報告はどうなっていますか!?』
後方待機の部下に向けて、情報の分析を指示し、そして。
『にゅ、にゅいっ‥‥あの、先ほど、ポッド発見の報はあって‥‥だけど、破壊に成功したとの連絡は、まだ‥‥』
告げられた返答。一同の脳裏に、いやな冷たさが走る。
何故、今、このタイミングで?
一体何が起きて、バグアは何を考えている?
傭兵たちの中で、誰もこの事態を想像したものは、いない。
バグアスーツの内部で、大きく腹をえぐられる強化人間が、叫びを上げる。
「‥‥キ、メラ、ポッドは‥‥俺の故郷は、どうなったぁあ――!」
「う、ふ、ふふふふぅ‥‥?」
宇宙空間と、月面。戦いの様子と、キメラポッドの状態。唯一全てを把握する彼女は一人、哂う。
彼女はルールを守っていた。
それに則れば、この勝負はポッドを発見した月面基地の面々の勝利となるのだろう。
そしてそれならば、あの強化人間は『敗者』なのだ。
「だから貴方は、ここで死ななくちゃいけないのぉ」
ポッドが誰のせいでどうなるのか知る前に。
裏切られたと絶望しながら。
何のためにと苦悩しながら。
誰のせいにもできずに己が所業を悔みながら、死ぬべきなのだ。
「いい顔でぇ、ゆっくり死んでねぇ? そのためにぃ」
●
同時に。ポッドに取り付けられた装置が、突如駆動音を上げる。装置に取り付けれたAIが、HW達を盾にするようにして移動を始める。
傭兵たちがポッドの攻撃を開始してからまだそれほど経っていない。エヴァを始め、フィーニクスを操るものは咄嗟に計器を見た。
‥‥プロトディメントディメントレーザーなら、今見えているサイズの敵程度なら間に何が挟まろうが纏めて薙ぎ払える。だが‥‥一発撃ったら、30秒の冷却時間がいる。
冷却残り時間‥‥およそ6秒。
まさに『一刻を』争う今、もどかしいほどの時間。1/100秒のカウントダウンが、やけにゆっくりに感じられる。
『あたしが囮になる、その隙にポッドを』
美優機がここで急発進をかける。アリスシステム、ハイモビリティブースト、双方を起動し、HWの砲撃をかいくぐり真っ直ぐにポッドを目指していく。‥‥だが、進むほどに密度を増していく熱戦はやがて彼女のドレイクを捉える。だが隙の出来た敵隊列を、ブラウの、桐の、来栖の射撃が更にこじ開ける。
久志機が、K−02ミサイルをばらまいてから発進。
「僕が‥‥ハヤブサだ!」
ここが勝負どころと翼面超伝導も活用し、誰よりも滑らかに宙面を滑りポッドへと近づいていく。
ヨハン機もハイモビリティブースト起動。
「地上には向かわせませんよ! HMB起動、銀の弾丸の如く撃ち貫けぇ!」
プレスリーを構え、仲間がこじ開けた射線の隙間を探し当てる。
そして。
宙域に立つ全員の前で、ポッドが。装置から分離していくのが、やけにゆっくりと、全員の目に映る。
光景に、クローカは回想する。自身が宇宙に執着するきっかけとなったその任務――低軌道より墜落するKVを破壊した時のこと。掌から命がこぼれおちる感触。そう、まるで今落下していくポッドのように――
「もう何も落とさせやしない、あの時そう誓ったんだよっ!」
吠える。そして‥‥落ちて【来る】、ポッドを【見上げる】――ポッドの装置が移動を開始したその瞬間、クローカは地上に向けて移動を開始していた――
ここで、フィーニクスのカウントが0を刻む!
「Nyx!あなたの力を見せてあげなさい! ダブルバスターキャノンッ!!」
エヴァが再び叫ぶ。
『同時攻撃で殲滅します、レイン』
『了解だ、音桐』
レインウォーカーと奏ではすでに打ち合わせ済み、間の敵ごと薙ぎ払う準備を済ませている。
思い思いの、それぞれの位置からの攻撃が、虚空へ投げ出されたポッドに向かって伸びていく。
それは、宇宙空間からしたら余りに小さな点で。
「嗤え」
道化の呟きは、祈りにも、似て。
●
『にゅ、い‥‥連絡、入りました‥‥報告、しますです』
再度口を開いた徐隊員の声は震えている。急ぎ伝えねばならない事実に、舌をもつれさせる。
『宇宙のポッドは、接続された装置により移動の後、射出。その後‥‥――宇宙の別同隊によって、破壊が、確認! ひ、引き続き別のポッドがないか捜索中ですが、敵群は撤退の動きを見せてる、です!』
――感銘に‥‥ふける、時間は無い。まだ、月面では「えげつないキメラ」との戦いが続いているのだから。だけど。だけどせめて。
『だってさ! おい、聞こえたか!? キメラポッドは破壊された!』
‥‥強化人間に駆け寄って、錬成治療をかけ続けたユーリが。
『分かる!? あんたの故郷、今はまだ無事だよ! しっかりして!』
同時に駆け寄った羽矢子が、呼びかける。バグアの卑劣な手により絶命しかかった強化人間。だが、諦めずに救おうとしたユーリと、そして、始めから捕縛を目論み、強化人間のスーツの無線なりなんなりの外部装置の破壊を視野に入れていた羽矢子の狙いが。
‥‥それは、半ば偶然でもあったのだが。
『あ‥‥あ‥‥』
それでも、この場は強化人間の命を、つなぎとめている。
『反攻開始、で、いいな』
そうして、状況を見やったLolandが確認する。どうにせよ、もはやバグアの「ゲーム」は終わった。これ以上耐えることに、意味はない。
「‥‥散々やりたい放題されたお返しはさせて貰うわ」
神楽は静かな怒りを込めて言う。
『孫少尉!』
同時に、基地から通信が入る。
『もう我らも出撃して構わんのか!? そろそろ我慢の限界でな!』
ラインガーダー隊の士官をはじめとする、固唾をのんでこの状況を見守っていた崑崙の者たちから。
『あまり、基地が手薄にならない程度にお願いします』
答える孫少尉の声は、少し柔らかくなっていた。
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帰還した傭兵たちは、ルコク達の働きかけもあって、労いを超えた歓待を受ける。
「では、お先に機能確認に行ってきまーす」
そんなことをいって真っ先に風呂に向かおうとするソーニャの言葉すら、「おうお疲れ! 入ってこい入ってこい!」と笑って急ぎ準備が整えられる。
内容が内容だけに、作戦時間は長めに計算されていた。すぐに帰還しなくても許される状況。ささやかな――今の崑崙のスペックを考えると、謙遜でなく本気でささやかになってしまうが――礼をさせてくれと、崑崙の民は傭兵たちを迎え入れる。
帰りは、疲れた心と身体を休めてからとなりそうだ。
「‥‥お疲れ様ね。ともかく今日は少しでも身体を休めてね。無理しすぎて身体を壊したら、元も子もないんだから」
ひっそりと、神楽は孫少尉へと慰労の言葉を投げかける。
「――‥‥そうですね」
少し間をおいて、孫少尉は答えた。
「そうですね。確かに‥‥疲れました。今日は‥‥休みたいです」
珍しい、素直な言葉。
その声は、ただの疲労だけではない、憂いを遺していて。
「――‥‥あんたも、宴会に、参加してきたらどうだ、嬢ちゃん」
穏やかな、だが苦しげな声は、収容された強化人間のもの。羽矢子は、内通者による襲撃を警戒すると言って、その傍いにいた。
「‥‥俺が知る限り、ここにはそんな者はいないし、俺は‥‥残念ながら大したことは、知らん」
そうして、強化人間はもう一度羽矢子に告げる。俺に構うことなどない、と。‥‥それは、強化人間となった己がたどる命運を覚悟した言葉だった。
羽矢子は一度口を開きかけて、やめる。強化人間が治療された例もある、だがそれはまだ、決して多く認められるものではない。迂闊なことは言えない。
「――‥‥満足してるよ。俺は。満足してる‥‥。ははっ。見事に両方救ってくれたじゃないか。この奇跡が見られただけで‥‥俺は、果報者だ」
目を閉じる。収容される際、炎西がかけた、「貴殿と少尉の故郷は守られました。ご安心を」という、敬意をこめた言葉。過ぎた言葉だ。
「‥‥なあ、皆の所に行かなくていいのかい、嬢ちゃん」
「‥‥嬢ちゃんじゃ、ない」
羽矢子はまず、プイ、とそう言って。
「ここに居るよ」
それから、そう答えた。
「あたしは――今は、ここに居る」
人は完璧にはなれなくて。
世界は完全にはならなくて。
勝利とは、なんなのだろう。きっとその意味は、重みは、人によって変わる。
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「馬鹿じゃないの」
そうして、全ての楽しみを奪われたバグアは、醜悪に顔をゆがめて忌々しげに呟いていた。
ポッドを破壊しにいくのはともかく、何故敵が勝手に自滅したのを救おうとするのか。
彼女の感覚からすれば、理解できない。
「――まあ、いいわ」
なんにせよ、退屈していた宇宙空間において、「遊べる」材料があると分かったのだから。
今は浮かれればいい。その方がむしろ、踏みにじりがいがある。
‥‥元々彼女は、強硬派といえどゲバゥへの忠誠は薄い。
好き勝手に弄び、飽きれば殺すという行為にもっとも文句が出辛いのがゲバゥだったと言うだけだ。
協力する義理はそれほどなく‥‥そして、彼女の執着は、月面基地へと更に向けられていく。
バグアの悪意はまだ、ちっとも終わっていない。
今は多分――勝ったと言えるときでは、ない。
だから今は、次の戦いに備えて――
傭兵たちは、崑崙で戦いの疲れをいやした後、帰途についたのだった。