●リプレイ本文
「‥‥月の裏側の、敵施設‥‥。どういう目的で、作ったのかは知らないけど‥‥何もないって考える方が、不自然だよね‥‥」
作戦概要を眺めながら、シンディ・ユーキリス(
gc0229)がポツリと漏らす。
「少なくとも”人類さんいらっしゃい”な交流施設じゃないよねぇ」
氷室美優(
gc8537)が、つられるように冗談半分でそう言った。
「なんや、きな臭そうなものみたいやね。敵さんの意図がどの辺にあるか分からへんけど、ここは何としても壊さなあきまへんな」
月見里 由香里(
gc6651)もそこで、話に加わってくる。
きな臭い、の言葉に、シンディが思案するようにかすかに俯いた。
「月を地球に落とす、か」
シンディの脳裏に浮かんでいた言葉を口にしたのは白鐘剣一郎(
ga0184)だった。
もしそんな話が真実であり、そのために今から向かう施設が重要な意味をもつのであれば。
「G5弾頭が使えない以上、私たちで何とかしなきゃ‥‥」
シンディの言葉に、一同はしっかりと頷いた。
「ならば五光石の名が伊達ではないことを体現してみせよう」
「うちも気張らさせてもらいます」
剣一郎の言葉、その意図をしっかりと理解して、由香里が応えた。
その名をもってしてG5弾頭が積まれていないと言うことは、元々この艦は、出撃させるKV、彼らこそが必中・必殺となる必要があるのだ。
――と、深刻な話をしている、その裏で。
「ふふっ、私とぎゃおちゃんの美貌に見蕩れなさい」
ミリハナク(
gc4008)が、挑みかかるように艦長の前で胸を張っていた。
言ってみれば軍の将校に対し無礼な態度を取っているという状況なのだが、当の艦長の反応はと言えば、興味深そうに、ミリハナクのUPCパイロットスーツ姿――ハードシェルスーツや最近発売の宇宙服の類ではない。身体のラインがしっかり出てしまうと女性兵士に不評のUPCパイロットスーツ姿である――を上から下にじっくりと、検分するように視線を這わせていく。
「ふぅん?」
やがて艦長が零した言葉はそれだけだった。引き締まった体躯を見ればミリハナクの自信がハッタリや自惚れだけではないと言うことは分かるのだろう。
だがそれだけでは満足とはいかない。
「見る価値があるかどうかは、口だけじゃない働きを見せてからね」
クスリと、愉しそうに口角を上げた艦長に、ミリハナクも、「当然。見てなさい」とばかりに不敵に笑う。
「‥‥おっきいけど私だって負けないですー」
その横で、何の戦いなのか、アクア・J・アルビス(
gc7588)も、何故か一緒になってはりあっていた。
「‥‥艦長は変わった人じゃないとなれないのでしょうか‥‥」
そんなやり取りも眺めつつ、BEATRICE(
gc6758)がこっそりと呟く。果たして軍人たちとしては彼女の意見にどう思うか。変人艦長は慣れっこなのか、それともこの艦長は特殊な存在と考えているか。何気なく視線を巡らせた先で。
「帰ってくるまで頑張ってね、五光石と、その他」
「その他? その他というのはつまり」
「‥‥俺たちだろ。紛れもなく。厳密にいえば俺たちも含む、か」
聞こえてきたのは美優と優人、リトルフォックス隊の面々のそんな会話だった。
「Diamantstaubの人もがんばっているようですから‥‥早めな攻略を目指したいですね‥‥」
BEATRICEは苦笑して肩をすくめた。
だが、任務に対して妥協は無い‥‥はずだ。
作戦区域に近づいていく。軍人が、傭兵が、各々の役目を果たすべく持ち場へと付いていく。
(五光石を自負する位だし、トウ蝉玉さんは何としても作戦を成功させようとするよね)
御名方 理奈(
gc8915)は顔つきを変えた軍人らを見て、自らを鼓舞する。
きっと彼らはどんなに危険にさらされても囮を続けるはずだと。
「‥‥大急ぎで敵の動力ぶっ壊そう!」
そうして、持ち前の元気の良さで声を張り上げて、気合いを入れると、場にいる何名かに自然に笑みが生まれた。
●
‥‥まずすべきは、目標施設『5月』の正確な場所の探知。話によればステルスされているとのことだが‥‥。
『ありましたわ』
幻龍、禄存を駆る由香里が探索を始めて間もなく、あっさりと通知した。
『早っ!? や、早いことに文句は無いですけどー』
と、アクアが拍子抜け気味に呟いたほどである。
あまり大したステルスでもなさそう、とも聞いていたが、逆にダミーを疑いたくなるほどのあっけなさ。だが疑心暗鬼に足止めされている場合でもない。
応えたのは剣一郎。彼のシュテルン・G、流星皇が加速をかけて由香里機が指し示す地点へと向かう。そして‥‥敵影の接近を、レーダーが告げる。
『こちらでも捉えた。ここからは時間との勝負だ。行くぞ!』
確信に近い想いを得て剣一郎は一行へと号令をかける。少し後方についてきていたシンディ機、クルーエルのPM−J9 S・Y 『Blaster』とアクア機のハヤテMrs.jesterがそれぞれ、敵の待つ地表へと向かう。
先陣を切る剣一郎が標的としたのは敵エースにして指揮官と思しきカスタムタロス。ラース・ブリュ―ナクを構える剣一郎機に対しタロスも反応、咄嗟に盾を掲げるが、PRMシステムにおしみなく最大錬力を注ぎ込んで精度を増した一撃は敵の予想をはるかに超えて鋭かった。防御を許さず、距離も何ら問題とせずに電磁加速砲の重たい一撃がタロスの腹を直撃し、揺るがす。
――が。
『白鐘はんっ! 敵ゴーレムより迎撃っ! 左右より来はりますっ!』
施設発見と共に管制に入った由香里より鋭い声が飛ぶ。剣一郎は急ぎ操縦桿を引きその場を離れる、直後二条の光がX字を描いて剣一郎機がいた空間を薙いでいった。
敵もむざむざエース機をやらせる気はしないだろう。カバーに入るゴーレムの姿が見え始める。
BEATRICE機、ロングボウIIのミサイルキャリアが複合式ミサイル誘導システムIIを起動。眼前のモニターがタロスとゴーレムの合計五体、それぞれにロックをかける。K−02ミサイルがばらまかれそれぞれの標的に突き立っていく。タロスにこそ完全に命中はしなかったが、少なくとも足並みを乱すという効果はきっちりと発揮した。
『私が相手するですよー』
距離のあいた敵群に対し、アクア機がゴーレムの一体に向かってBCハルバードを掲げ突撃。アサルト・アクセレータを起動しての一撃がゴーレムの肩を捉える。ゴーレムも即座にサーベルを掲げ反撃。由香里機の蓮華の結界輪からの援護の元、一撃を加えたアクア機はそのまま離脱しつつ回避、横薙ぎに斬りつけてきたゴーレムのサーベルは空を切る。しかしゴーレムもまた強化慣性制御を発動、追いすがる。一対一、一進一退の攻防。
別な一体に向かって行くのは美優機のリヴァティー。愛称をイチキシマヒメが低空からゴーレムを襲撃、出鼻にラヴィーナをお見舞いする。動きまわりながら撃ちだされるロケット弾は、不意を突く効果もあったが狙いが甘くなることも否めなかった。距離を置いての攻撃に相手は反応し、全弾命中とはいかない。
だが美優機はそのまま、応射のフェザー砲をかわしながら、初撃の失敗は構わずにアサルトライフルやロケットランチャーで攻撃を続ける。
「鬼さんこちら‥‥っと」
呟きながらの、その攻撃の狙いは、ダメージよりもひとまずは低空へと誘いだすことにあるのだろう。だがゴーレムは地上から、距離を置いての牽制を続ける。
美優機の攻撃は強化慣性制御を用いればなんとか対処できるものだったこともあるだろう。だがそれ以上にカスタムタロスの状態があった。初撃で少なくないダメージを負ったそれは、依然剣一郎機一体に抑えられている状況、それもゴーレムのフォローがなければすぐにでも落ちるような状態なのだ。
「そっちがその気なら‥‥圧倒する」
ならばゴーレムをこちらで落とす。美優機はアグレッシブ・ファングを起動、決着を狙う。
月面に降りていたシンディ機は中距離から全体に対し射撃援護要員として立ち回っていた。美優機が動きを変えたのを見てフォローに入る。レーザーガトリングを軸に弾幕展開、逃げ場を狭めたところに美優機の全力のロケットランチャーが叩き込まれる。
(こいつは‥‥これでいける‥‥かな‥‥)
目の前の相手に大きなダメージが入り、シンディは視線を再び全体へと巡らせる。
剣一郎機が正面を抑えるタロスに対し、理奈のリヴァティであるマンサ・ムーサが死角をつけないか、動きまわりながらアサルトライフルで行動阻害を目論む。
が、傭兵たちの動きはゴーレムへの抑えが足りなかった。直衛を狙う傭兵たちの大半が、タロスに意識を取られ過ぎて、敵の密集、連携を許すことになる。
距離を取り、敵側面、背面、天頂、天底方向など様々な方向からタロスを狙う理奈機だが、側にいるゴーレムが彼女の機体をロック。反撃してくる。理奈機、ブースト起動。距離を置いていたのと、由香里機の支援もあって致命的な砲撃は喰らわないが、タロスへの効果的な一撃も中々放つことができない。
BEATRICEは低空から、回りながらガトリング砲で攻撃、十字砲火が出来る位置取りを狙いつつ援護射撃‥‥。
するふりをしつつ、『5月』の直接爆撃を狙ったりもしていたが、タイミングがつかめない。
『後方より新手の敵影、きます! 6体‥‥HW2機にCW4機!』
その時、由香里が新たに鋭い声を上げた。
敵群はまだ、傭兵たちと五光石、どちらが施設破壊の本命なのか見定めかねているのだろう、それでも劣勢に、敵が第一波の増援を送り込んできたようだ。
‥‥正念場だ。ここで対処を間違えれば戦況は泥沼化する。もはや時間をかけてはいられない。
知覚主体の味方機が複数いることを考えれば、CWは優先して落とさねばならなかった。BEATRICEのマルチロックミサイルが再び猛威を振るう。4体のCW、1体のHWがその餌食となる。
かろうじて生き延びたCWに向かって、由香里機の護衛についていたミリハナクの竜牙弐型から機関砲が掃射され、削り落としていった。
「‥‥虎の子だったけど、道を切り開くことが先‥‥かな‥‥」
シンディ機が荷電粒子砲「レミエル」を構える。本当は施設の破壊に、せめてタロスの攻撃に用いたかったが、状況的に敵勢力を減らすことが優先と判断する。SESエンハンサーを起動、必殺の一撃が、美優機と共に弱らせたゴーレムを撃ち抜き、沈める!
「よし!」
モニタの反応に美優は満足げな声を上げると、引き続きゴーレムとの戦闘を続けるアクア機の元へ。
シンディは、タロスと戦闘を続ける剣一郎と理奈の援護射撃を開始する。
シンディと理奈、二機の働きによりゴーレムの動きが阻害され、タロスとの距離がこじ開けられる。
バルカンをばらまきつつ剣一郎機が詰め寄る。
『く‥‥これほどのっ‥‥! やはり貴様らが本命か! ならばこそここは通さん!』
庇うように剣を掲げ後退するタロス。援軍が来るまでは粘る心積もりなのだろうが。
『こっちだっているんだからね!』
理奈機がここで本気を見せる。アグレッシブ・ファングとブレス・ノウ、両スキルを起動。レミエルの一撃を叩きつける!
威力は十分とは言えなかったが一瞬、姿勢を崩す。
慌てて立て直そうとしたバグアが次の瞬間、見たものは。
モニタの中央にまっすぐ引かれた、一条の光。
剣一郎機が掲げる機剣「オートクレール」、その剣閃。
理解した瞬間。それはもう、剣一郎機の太刀筋がタロスの脳天から股下までを通過した後のことだった。
●
『‥‥月見里さん‥‥指示と誘導を‥‥お願いできますか』
BEATRICEが由香里に通信を入れる。ゴーレムはまだ残っていたが時間の問題だろう。ならばいよいよ。
『了解。爆撃ポイント転送します。皆! いかい一撃いくさかい、後退しておくれやす!』
声と共にそれぞれのモニタにゴーレムの位置と射線、撤退ルートが示される。
『了解、離脱する。爆発に巻き込まれないようにな!』
剣一郎が応えて射撃、全機、ゴーレムより距離を取り始める。
「わざわざこんな重いもん積んできたんだから!」
美優機が最後に、駄賃だとばかりに施設に向かってラヴィーナを放つ。シンディや理奈も、せっかくだとばかりにあまったレミエルの一発を。
そして、タイミングを計りBEATRICE機から放たれたのは、超大型対艦誘導弾「燭陰」。
「効果があるかは分かりませんが‥‥気は心ですから‥‥」
対艦誘導弾には宇宙色迷彩塗装が施されていた。果たしてそれがゴーレムや迎撃設備に対して意味があったのか。言えるのは、ロングボウから放たれた巨大な弾頭は過たず由香里機が指し示したポイントに着弾、金属片を撒き散らし目標施設を蹂躙、揺るがしたという結果のみだ。
風通しの良くなった施設に、ここまで我慢していたミリハナク機がその牙をむける。
BEATRICEが残り少ないK−02ミサイルを放ち駄目押しでゴーレムを抑えつける中、ミリハナク機は月面へと降り立ち。
「同じ宝貝でしたら、私が目指すのは金蛟剪ですわ。すべて灰燼と帰しなさいな」
撤退してくる味方機の頭を飛び越え、M−181大型榴弾砲が。
しかる後に上昇し飛行形態に変形、超大型対艦誘導弾「燭陰」が。
宣言の通り、施設を食い千切るようにもぎ取っていく。
「任務完了。長居は無用だね」
美優の言葉。確かに施設の機能を破壊するという役割はもはや十分に果たしただろう。これ以上この場所にとどまる理由も、追いすがるゴーレムややっと姿を見せ始めた増援戦力をいちいち相手にする理由もない。
五光石に作戦完了の連絡を入れ、傭兵たちは順次撤退していく。
「今度来るときは完全に制圧して、ちょっともらってくですー」
アクアだけは少し未練があるようだったが、状況はきちんとわきまえているようだった。
またの機会があれば、その時までの野望ということにしてもらおう。
●
「作戦を成功させましたわよ。褒め称えなさい」
帰還したミリハナクが、やはり堂々と艦長の前に立ちはだかって告げる。
「そぅね。まあ中々良くやったみたいだけど。だけど生憎、ただ任務を成功させるだけの傭兵ならいくらでも見てきたわ。あたしを射止めるにはまだ足りないかしら」
艦長の答えはそっけない。
傭兵たちは無事任務を果たした。そこは間違いないだろう。
だが手際が完璧だったか? と言えば確かに、課題もあった。
上からの物言いに、火花が見えそうなほどに、きつい視線をぶつけあうミリハナクと艦長。
だがその実、口元に浮かぶ笑みは二人とも、心底楽しそうだったりも‥‥した。
「あんま機嫌損ねないでほしいなー‥‥なんかこっちにとばっちりきそうな、気も」
ひそりと呟いた優人の感想に気がついたのは、
(ああ‥‥やっぱりこき使われたみたい‥‥だね)
何となく予感していた、シンディ一人、だったようだ。