●リプレイ本文
「んーむ。壮行会ってことであたしもご一緒させてもらったわけだけど、まさかその裏では責任払いの罠が仕掛けられているとは‥‥っ! 謀ったな孫少尉! 訴訟も辞さないってヤツだねこれは‥‥!」
孫少尉の発言に、美崎 瑠璃(
gb0339)が憤りの声を上げる。
「謀ったな少尉。いつか激辛宇宙食とか差し入れて悶絶させてやるから覚えていろよ」
ヘイル(
gc4085)は、聞こえるか聞こえないかほどの声でポツリと復讐の宣言をしていた。
「なんという逆かぐや姫‥‥いえいえ何でも。誘惑に負けてこっそり高い物頼んでしまったからには、頑張って働きます、はい」
夏 炎西(
ga4178)は、先の宴会を思い出して思うところがあったのか、少し申し訳なさそうに呟いて銃に貫通弾を込め直していた。
「ま、負けられない理由が増えたな‥‥あれだけ飲み食いした代金なんて考えたくもない」
これは那月 ケイ(
gc4469)。どうやら彼も遠慮なく食べまくった口らしい。
「とりあえず、俺も言っとこう。謀ったな! 少尉!」
クラフト・J・アルビス(
gc7360)はまあ‥‥よく分からずノリで言ってる可能性が高い。まあなんにせよ、非難する傭兵達の言葉を、目を閉じて聞き流す――振りして、ちょっと後ろめたさを感じてたが頑張って黙殺してた――孫少尉だが。
「皆の宴会代位なら俺の方で出しましょうか‥‥?」
終夜・無月(
ga3084)が、いかにも高額が入っている感じのカードを出しつつ言うと、そこで反応した。微かな苦笑。
「いえ、それはいいですよ。‥‥皆さんも、謀ったなんて人聞きの悪い。予定通り任務を果たせば、それで済むことです」
無月から、一同へと視線を流しながら、孫少尉は言う。
「‥‥せっかく陽星さんがご馳走してくれたのを今更なしにする訳にもいかないしね。きちんと自らに課せられた任務は果たす事にしましょう」
小鳥遊神楽(
ga3319)が答えて笑った。実のところ、皆が孫少尉に返す視線に、非難の色はない。むしろ力強い笑み。
「と、冗談はここまでにして。何が出てくるか分からない出たとこ勝負だけど‥‥こーなったら腹括ってやってやろーじゃないのっ!」
瑠璃の声に、傭兵のみならず部下の兵士たちも一緒に声を上げた。
孫少尉の言葉に本気で怒っている者などいない。もとより全員――きっちり任務を果たすつもりしか、ないのだと。
(何だか良いな‥‥)
そんな、傭兵たちと孫少尉、兵士たちのやり取りを見て、鐘依 透(
ga6282)は自然と笑みがこぼれていた。
この危地にあっても、冗談染みた事で騒げる連帯感。
(これが仲間っていうのかな‥‥)
無意識に、拳を握っていた。誰にも死んでほしくない。心から、思った。
「遂に月面着陸〜♪ カグヤ姫や月のウサギの歓迎はどこかしら〜」
その時、透と同じく宴会とは無関係だったミリハナク(
gc4008)は、着陸を待ちわびるようにそんなことを呟いていた。
「歓迎してくれるのはきっとキメラですよ‥‥」
念のために、という感じで声をかけた透に、ミリハナクは現実に引き戻されたのを拗ねるように「ええそうですわね」と言って。
「せっかく作ったウサギ保護基地を守るためにもがんばりますわよ、うん」
続けて、そう答えた。
本当に分かっているのか。不安を覚えないでもないが透はこれ以上はあえて突っ込もうとはしなかった。
敵地を潜り抜ける輸送艦の中での、馬鹿騒ぎ。
図太いようでいて、実のところ、話していないと、不安だったのかもしれない。
速度より安全性を配慮して進められた輸送艦は、ダメージは少なかったが、中に居る者たちには到達するまでに長い時間を感じさせた。‥‥今、月面がどうなっているのか、詳しい状況が分からないと言うことが、そうさせた。
だがその時間も永遠ではない。他の部隊の働きによりとうとう、輸送艦は月面へと降り立つ。
●
かくして輸送艦から降り立った一行。
「神秘のムーンパワー補充〜♪」
一歩目を踏みしめ、ミリハナクが冗談交じりに言ったそれは、少し早口にならざるをえなかった。
やはり降下は時間がかかっていたのだろう。視界の端に、すでにキメラが接近し始めている!
「副長!」
孫少尉が号令をかけると、謝副長が部隊の一部を率いて基地内部へと走っていく。内部人員を配置するとともに、そのまま敷地内の防衛線となるのだろう。
傭兵たちはひとまず、迫り来るキメラの対処へ。
とりあえず見えているのは雑多な小〜中型のキメラ郡か。
「デカブツ来ないことを祈って! レッツゴー!」
クラフトが手近な敵めがけてキアルクローで一撃。のちに離脱。
同じように無月が切り込んでいく。鍛え抜かれた身体能力から放たれる神速の剣閃、常に足を動かし標的とならぬようかく乱するその動き‥‥は、しかし、不慣れな環境でいきなりやるのは、難しかった。
地上とは違う重力、慣性。高速で動けばその分違いが顕著になる。低重力を想定していなかったわけではない。が、想定しただけで、すぐに頭に描いたとおりの動きが出来るわけではない。
炎西は、普段よりも腰を落とし前に体重をかけながら超機械を構える。地上とどれほど反動に差があるかを警戒しながら、撃つ。
透は、キメラ集団の攻撃を、はじめはあえて強めのステップで避けた。距離をとり確実に回避しつつ、徐々に力加減を掴んでいく方針の様だ。
未知の環境においては、実際に体験を積みながら、感覚を修正していく必要がある。工夫と試行錯誤を重ねるものから、動きを良いものにしていく。
それでも傭兵達の実力からすれば、今の所厄介な相手はいない。敵は‥‥単純に、数。
ヘイルが兵士に呼びかけると、ラインガーダーが拡散モードで弾幕を張る。その動きに、兵士と行動を共にする神楽が制圧射撃を合わせる。意図的に疎と密を作った銃撃が、敵の流れを誘導する。
流れてきたキメラの列に対し、ケイが率先して前に出る。片手剣を振るい、基地に近づこうとするものからなぎ払っていく。
それでも、数の多いキメラたちを完璧に捌ききるとは行かなかった。傭兵達の攻撃をすり抜け、あるいは別のキメラの陰になっていたキメラが、反撃の牙を、体当たりをぶつけてくる。一発一発は軽い手傷程度のものだが、積み重なれば無視もしていられない。瑠璃が中心となって回復しつつ、自身も合間を縫って攻撃に参加する。
ミリハナクは一般兵より前の位置でアンチマテリアルライフルを設置、突出してきた敵を狙撃していた。反動は、脚甲の爪でしっかりと大地を噛んで抑える。
着実な成果を出しながらも、ミリハナクの目は厳しい。彼女が想定しているのは、もっと手ごたえのある敵。
あくまで‥‥想定。『待ち構えていた』だけであり『待っていた』――わけではない。
だから「彼女の期待に答えて」というのは語弊があるだろう。
が。結論から言えば、ミリハナクが狙いに定めていた、それは、とうとう現れた。
突然の、キメラの大攻勢。
それだけでは説明がつかない地響き。
巨大な質量と速度。破壊の行進。それが――2体。
「――大物が来るか。ここからが正念場だ。基地に接近させるな、ここで仕留めるぞ!」
ヘイルが叫ぶ。
全員の表情が引き締まる。
まさに正念場‥‥単純に、一気に敵が増えた、難敵が現れた、というだけではない。それは、『前を押さえている部隊に何かがあった』ということを否応なしに想像させるからだ。
それらの想像を振り切って、今は目の前の敵に集中する。
瑠璃が、改めて練成強化を全員にかけて回る。
「大きいのから喰いますわ。他は任せましたわ」
ぺろりと舌なめずりするようにミリハナクが言って、突進する二体、うちどちらかといえば元気なほうへ向けて、アンチマテリアルライフルの照準を定め、撃つ!
キメラに叩き込まれた銃弾に込められた破壊力が、地面を破裂させ噴き上げる。軽くキメラの体が浮き、もたついた所に、クラフトが回り込む。
「節約なんてしてらんないよね! っと」
瞬速撃と真燕貫突。これまでセーブしてきた鬱憤を晴らすかのように、全力で叩き込む。
炎西が、クラフトがダメージを浸透させた位置に重ねるように、スキルを乗せての射撃。
更にミリハナクの無慈悲な弾丸がそこにダメ押しをする。
もう一体のデストロイマーチには、神楽が足元を狙って速度低減を狙う。孫少尉も小隊に号令をかけ、彼女の射撃に合わせて弾幕を叩きつけると、僅かにキメラの足を浮かせることに成功する。
速度を緩めたデストロイマーチに、無月の強烈な一撃が決まる。
だがそこで、纏まって動く小隊に向けて、一体の中型キメラが飛翔する。トンボをグロテスクにしたような外見を持つそれが、身体を震わせ、背の羽根のような器官を怪しく輝かせ――。
「させるかぁああ!」
その瞬間、ケイが吼えた。たたきつけた気迫が、キメラを振り向かせる。見せた隙を、ヘイルが見逃さない。貫通弾を込めた小銃で、羽根の根元辺りを撃つ。機動力を削ぐことを狙った攻撃だが‥‥ここは、地上の常識に邪魔されたのだろう。トンボのような外見とはいえ、厳密にはトンボではなく。羽根はあくまで武器。宇宙用の推進器官は別にあるため、目論見どおりには行かなかった。
だが、威力の高い一撃は怯ませる役には立つ。オニヤンマの意識は完全にケイとヘイルの二人に向けられる。
羽根を回転させながらの急降下を、ケイの盾が受け止める。嫌な音と、手ごたえ。それでもケイの防御力を持って、弾ききるが、
「他には回せないな、こいつは‥‥」
呟いて、剣を羽根の付け根に叩きつける。
ヘイルも、デストロイマーチの手が足りているのを見ると、今目の前のキメラこそ優先対処すべき存在と見做し周囲に視線をめぐらせる。
透はその時、月面基地の内部へと駆け出していた。厄介な敵が現れたことにより、普通のキメラに対処する余裕が減っている。そして‥‥幾つかのキメラが敷地へと侵入していた。
中は副隊長が護っているはずだ。透はその援護に向かう。
(――そろそろ、いける、か?)
迅雷を発動させ、駆け抜ける。低重力での急発進は危険もあるが‥‥これまで慣らしてきた感覚を元に、動きを制御する。ちょうど目の前にいた一体に攻撃をたたきつけながら、停止。
周りを見れば、幾つかの小型キメラが、基地の壁に体当たりを開始していた。兵士達に目を向ける。表情に焦りが見えた。
(‥‥基地を完璧に守り通すのは、もう無理だ。それなら‥‥)
一瞬迷った末の透の選択は、兵士を護りながら順次周囲のキメラを減らしていく、というもの。
小型キメラの体当たりならば、基地の壁はしばらく持ちこたえてくれるはず‥‥そこは祈るしか、なかった。
傭兵達の要請を受けて、ラインガーダーのマルチビームランチャーがデストロイマーチを撃つ。
一瞬足が止まったそこに、それぞれが必殺の一撃を放つ。
「先人の苦労を無駄にはさせん‥‥!」
炎西が決意を込める。
「届け! そして、落ちろデカイの!」
クラフトが、必死の敵の足を止めようと喰らいつく。
「対物銃を甘く見ないでね」
ミリハナクの一撃は相変らず痛烈だった。結局は単純な力押しであると彼女は自嘲気味に自覚していて。‥‥だが、それが結局、エースアサルトの持ち味を最も生かす戦い方では、あった。
反対側のデストロイ・マーチには、無月が両断剣・断を叩き込んでいる。動きに慣れさえすれば、彼の持つ破壊力はやはり、桁が違っていた。
デストロイ・マーチはしかし、己の存在命題にかけて、ただひたすら真っ直ぐ進む。
月面基地の壁。
その前に控える、兵士達の列。
そこへ向けて、なんら意思を持たず、ただ破壊を果たすためだけに進む。
この場にいる全ての人員が、他のキメラたちが己を攻撃することに構わず、全力で破壊の行進へと攻撃を叩きつけて――
惨劇を生むことなく。巨体の動きを、止めた。
デストロイマーチは何とか止めたが、キメラたちの攻撃はまだ続いている。
強敵を止めた一行は再び士気を高めていた。
兵士たちが足止めする。傭兵たちが一撃を放つ。
単純な敵は兵士たちが隙のない一斉射撃で対応し、複雑な機動を取る敵は傭兵たちが対処する。
自然とそんな流れが生まれて‥‥それでも。
対処しきれないキメラが、宇宙服の上から、牙を立て、能力者たちの身体を打ち据える。
蓄積する、ダメージと疲労。
長く続けば‥‥持たない。
そんな中。
「減ってきた‥‥か?」
ぽつりと、最初に言ったのは、誰だったか。
無我夢中で戦い続けるうちに、いつの間にか、迫り来るキメラの密度は減っていた。
傭兵達の中で最初にそれを確信したのは透。敷地内のキメラは倒すたびにその数を減らしていき、‥‥やがてゼロになる。皆が基地まで通してしまうキメラが0になったのだ。
孫少尉が、急ぎ情報の収集を命じる。そして。
「他の部隊が、敵指揮官であるティターンを退けたとの、情報です‥‥!」
確信に近い情報であると改めてから、孫少尉は告げた。
やはり、キメラが目に見えて減っているのは‥‥先発部隊がやってくれたのだ!
「皆‥‥あと一息だ! 全員で乗り切るぞ!」
ヘイルが叫ぶ。
「ですか‥‥。最後まで‥‥何が相手でも‥‥油断は禁物、です‥‥」
無月が、ここで気を引き締めるように、言った。言葉を証明するかのように、目の前のキメラを容赦なく叩き切る。
そうして。
月面基地は、壁に幾つかのヒビを作った程度で。軽い修復を行えば十分、すぐに使用可能な範囲の被害に留められたのだった。
●
戦い終わった、月面で。
「クレーターが巣穴だとしたら、大きいウサギかもしれないわね。わくわくですわ」
ミリハナクはそんなことを言って周域を探しに行こうとする。‥‥本当に、どこまで冗談で本気なのだろう。
「‥‥なんで俺が‥‥」
その近くで、クラフトが、姉に頼まれたとかでキメラの残骸を拾わされていた。
「色々な意味でよかったですね」
ケイが兵士の皆にそう言うと、兵士からは苦笑いが返って来る。
「大変だろうけど、ここはよろしく頼みます。任務を終えて戻ったら、また飯でも行きましょ!」
続く言葉には、皆、いいね、と笑っていた。激しい戦いをともに潜り抜けた充足感に包まれた今、「次はないかも」と思うものは、もう、いない。
「皆さんがいらっしゃると思うと、何だか月がとても身近に思えます。毎晩見上げますね」
炎西が、孫少尉にそう語りかける。
その言葉に。
孫少尉は顔を上げる。
「そうですね‥‥」
美しい、青い地球が、そこに浮かんでいる。
「そして我々はこれから、地球を見上げて過ごす日々に、なるんですね‥‥」
孫少尉は炎西に手を差し出す。
護ったもの。
護りたいもの。
その意思を新たにして。
残るもの、帰るものは最後にもう一度、しっかりと手を握り合って‥‥そして、ここで一度、別れる。