●リプレイ本文
「ふむ、あの会見で人間に興味を持ってブレナー博士を確保した敵陣営であるが、抑えてる間の取引により拘束場所を襲撃して人質奪取とは中々上層部も人が悪いかね」
錦織・長郎(
ga8268)は現状を鑑みてひそりと呟く。
確かにこの状況、人類の出方はあまりスマートとは言えないかもしれない。
‥‥だが、彼に言わせれば隙を見せたら突くのが戦の倣いでもあるならば、手伝って貢献するのもやぶさかではない、ということになるらしい。
「くっくっくっ‥‥孫君もリア充だねえ。やるではないかね」
最後に、長郎が冗談交じりにそう言って、孫少尉の肩をたたく、その裏で。
(孫少尉、他は完璧なのに、恋愛はなんでああまで残念なのかなぁ)
そう考えていたのはソーニャ(
gb5824)だ。
要求を拒絶したのは正しい。けど、建前を通すべきだった。彼女はそう考える。
軍は人を守る、という建前を。
不当な要求を受け入れることは、軍の敗北を意味する。
一度受け入れたら、第2、第3の要求が自分や家族に及ぶかもしれない。
それでは軍は存在できない。
――軍は全ての人を守るものと宣言すべきだった。バグアではなく、共に戦う者たちに向けて。
自分たちは、仲間とその大切なものを守るために存在するのだと。
そう宣言すべきだったと、ソーニャは思う。それでこそ士気は上がる、と。
孫少尉の言葉はそれを個人の問題にしてしまった。少尉個人の為にこの場に居るものが命をかけるような印象にしてしまったのだと。
彼女の言い分はきっと正しい。もっと上手くやる方法はあった‥‥というよりは、もっと上手くできる人員は居たのだろう。彼女は、これも少尉の善人さ故とも思っているようだが、より正確に言えば不器用さ故なのだ。結果として、この場に集まった人間は多いのか少ないのか。士気は高いのか低いのか。もはや、もしも、と比べることはかなわないが。
‥‥そしてその上で、彼女は博士を取り戻すためにこの場に参加している。
(博士の場合? ふふ〜ん。博士と少尉は全然違う)
博士の真意がどこにあるかは分からないが、この状況は博士の思惑通りなのだろう。
これはあくまでソーニャの想像だが‥‥彼女は想う。
誰も博士の代わりにはなれない。その意味で博士は軍や人類でなく独立した存在と認識される、と。
我を通す場所を自ら作り上げた、博士こそ己が為に生きているのだろう。
(熟成された揺るぎない精神。唯我独尊。惚れちゃいそう。うん、結婚したいなぁ)
だから彼女は取り返しに来た。きっと博士の思惑は達成されているだろうから。
また別の影で、レインウォーカー(
gc2524)が想う。
(やってくれたなぁ少尉。博士の護送に参加した奴の想いも覚悟も無駄にしやがった)
まさにそれは恨むべきことだろう。決意に対する手ひどい裏切り。纏まりかけていた話に対する横紙破りもいい所だ。その被害者の一人といえる彼が浮かべる表情は――
――ははっ。面白い。
だったら徹底的に無駄にしてやる。
敵を殺し、博士を取り戻し、あの日言ったさよならを嘘にしてやる。
‥‥彼は、笑っていた。
あの日とは別の決意を胸にして。
「うーちゅーうー! すごいのぉ、宇宙じゃぞ宇宙! 知らぬ間に人類は宇宙に出ておるのじゃ! ひゃっはー!」
そうしてキロ(
gc5348)が、未知の空間に、初めての体験に、あるいはそこで己がなすべきことに‥‥ただ、はしゃいだ声をあげていた。
一つの作戦に参加する傭兵たちに、様々な思惑が行き交っている。
だが‥‥この場において。ひとまずここに集まった者たちが、やるべきことは決まっている。
作戦開始。先行する部隊が開けた風穴に向けて、兵士が、傭兵が、突入していく。
●
突入した通路を進むなり、さっそくキメラによる出迎えが始まった。
真空中を漂うキメラ。宇宙用に姿勢制御の器官を持つ相手と異なり、人類たちはまず慣れない空間での動き辛さとの戦いとなった。
敵が放ってくるビームバルカンを軽く避けるだけのつもりで、思った以上に姿勢が流れ、そこに小型キメラが殺到してくる。
キロは先頭に立ちはだかり、片手にそれぞれ一本ずつ持った斧で、あるいはキメラを薙ぎ払い、あるいは斧で受け止めて、後続の仲間を守るべく動く。不慣れな無重力下では中々思うように動けず、彼女に複数の小型キメラがとりつき。そして、振りほどき切る前に、爆ぜた。それでも彼女は咄嗟に斧を掲げて威力をはじき、あるいはエミタに働きかけ防御を高めて致命傷を避ける。
小型キメラの接近を厄介と理解すると、小鳥遊神楽(
ga3319)をはじめとする、銃を手にする何名かが、牽制のための射撃を開始する。動きを制限してくるバルカンキメラに対しては、ヘイル(
gc4085)とクラフト・J・アルビス(
gc7360)が中心となり細かい攻撃を重ね、撃破を狙う。
「‥‥ふむ。知覚攻撃を行ってくるせいか、こちらの攻撃も物理の方がききやすいようではあるね」
実弾と超機械、双方を駆使して攻撃を行っていた長郎が、状況を見極めて指示を飛ばす。
所詮はキメラ。知能は無く、数と力を頼りに押してくる相手に対し、対処方法としてやるべきことはそう多く違いがあるわけではない。
「無重力か、さてどうやって床を噛むか、それが問題だが」
湊 獅子鷹(
gc0233)が呟く。刀を地面に突き立て、余計な慣性に対しブレーキをかける。相変わらず、場所に不慣れな点はあるだろうが、逆に言えばそこにさえ気をつけてしまえば決して後れをとる相手ではなかった。
夏 炎西(
ga4178)は、あらかじめ外観を観測してきたのも加え、キメラが雪崩れ込んでくる方向からプラントの位置に予測を立てて味方を先導していく。その予想は実際、正解だった。現在も稼働中であるのだから、キメラが来る方向にプラントがある。‥‥だからこそ、戦いを避けるのは難しかった。
「増えてきたな‥‥!」
やがてキメラの数が増し、攻防が激しくなる。そのことに、警戒を強めるように那月 ケイ(
gc4469)が声を出す。
それ受けて炎西がバイブレーションセンサーを発動。近づいてくる存在を捉え、全員に呼び掛ける。
ボマーキメラが連鎖して爆発を起こす。ヘイルが咄嗟に呼び掛けて、兵士と共に爆炎の向こうに弾幕を張った。
‥‥襲撃を見抜かれたことを悟った何 新蕾は、奇襲を諦め、通路から慎重に身構えて姿を現した。
そこへ。
「実際に対面するのは、初めてですな‥‥無能の何新蕾」
呼びかけたのは、秋月 祐介(
ga6378)だった。
「前回は完全にやられましたよ。目的を変更するにせよ、敵の撹乱もせずにあんなやり方をする様では、狙ってやったなら状況判断のできない無能、そうでなければただの馬鹿」
口に乗せるのは徹底的な嘲りの言葉。
「加えて敵を計略にかけるにしても、あの孫少尉相手にあんな手を選んだ挙げ句にあっさりと振られる‥‥ここまで状況が読めずに突き抜けていると逆に爽快ですな」
笑い声をあげてそこまで言ったところで新蕾は祐介に向けて踊りかかる。鋭い爪の一撃を、カバーに回っていたケイが防ぐ。
「――‥‥!」
だが、僅かに表情を変えたのはケイの方。怒りにまかせて突っかかってきたにしては、一撃が、軽い‥‥?
慌ててケイが視線を送った先には、隙をついて新蕾に躍りかかろうとしたクラフトがいた。彼が繰り出した一撃に――しかし新蕾は、見切っていたかのように反応する。
咄嗟に瞬天足で離脱するクラフト。かろうじて新蕾の爪の一撃は免れるが、だが無重力下における急な動きの反動に対し心構えが足りなかった。新蕾が指示の笛を吹くと、バランスを崩したクラフトの元へボマーキメラが殺到する!
‥‥祐介の作戦は、今回の相手にはそぐわなかった。野望を持つとはいえ、北京においてスパイとして暫くの間その正体を隠しおおせ続けたヨリシロ。本来なら、初見の相手に言葉で挑発された程度で我を失ったりはしない。そして‥‥長く人類軍の中に居たということは、ある程度人類がどのような力を持っているのか把握しているのだ。そう例えば――虚実空間。だからこそ彼女は限定突破においてその力を引き出す際、抵抗を高めるこの形態を選んだ。まさに虚実空間に、対応するために。
‥‥身構えていた相手に対し、祐介の虚実空間は残念ながら準備と作戦が及ばない。
付け加えて言うなら、祐介の言葉は今回、彼女を怒らせるものとしてはポイントがずれていた。新蕾が孫少尉に『仕掛けた』のは計略ではなかったのだから。それ以上に、ヨリシロとしての感情を調べること‥‥孫少尉の返答に対し己がどんな反応を示すかを見ることに意味があった。だから祐介のあれは新蕾としては怒るに値しない。別にあの交渉の成否自体は彼女にとって大した問題ではなかったから。
――だが新蕾にも誤算はあった。その結果の衝撃が、想像以上に己を揺さぶっていること。
孫少尉への感情が、新蕾に必ずしも、この状況において最適ではない行動を取らせる。この戦いの目的に彼女は孫少尉を絶望させ屈服させることを定めた。結果、目の前の相手をひとまず蹴散らした後、新蕾が標的に定めたのは‥‥小隊の、兵士。まずは部下。
そして、その動きを、鐘依 透(
ga6282)が読んでいる!
兵士の中心に向かって切りこんでいく新蕾の動きに対し、透が魔剣を手に横から突撃する。
人類をヨリシロとした時点で、無重力下に適応し辛いのは新蕾も同様だった。大きな動きに姿勢が流れた瞬間を狙った遥の一撃は、限定突破した新蕾を捉え、動きを止めることに成功する。
「‥‥邪魔をっ‥‥!」
「するさ。博士を助けるためにも」
単に苛立ちから零した新蕾に、透は真っ直ぐに睨みかえして答えた。今、迷いのない、強い意志を。
互いに無重力に捉われあるいは生かす。反動を逆に推進に使い、壁を蹴り立体軌道を取りながら数度の打ち合い。突破しきれないと踏んだ新蕾が、一度キメラに割り込ませて離脱を計る――だがそこに、常に行動に余裕を持たせていたケイが反応し立ちはだかった。脚を狙っての一撃は、避けられはしたものの軌道変更を余儀なくする。
防衛と警戒に専念し、離脱を警戒する。透とケイ、二人の動きは、麻痺と混乱によって場を荒らしキメラを主火力と目論んでいた相手の計略を上手く潰す形になった。
そこへ‥‥レインウォーカーが躍りかかる。新蕾の爪と、レインウォーカーの二刀小太刀が数度交差する。避けきるつもりだったが、一度彼の肩に爪が突き刺さった。
「‥‥っ!?」
同時に、視界が歪む。周りの存在が全てぼやけた影にしか見えなくなり、敵味方の区別がつかない。同時に恐慌がわき起こり、傍の存在に対する不安感が抑えきれなくなる。近寄ってくるのは敵か‥‥――? 思わず小太刀を振り回す。
視界はすぐに晴れた。ミリハナク(
gc4008)がキュアをかけてくれたのだ。だがこの場にキュアを持つものは彼女一人しかいなかった。‥‥複数の傭兵がまとめて食らえば、まずいことになる。
順次、爪への警戒と対応を行いながらの攻防は、手早くとはいかなかった。それでもレインウォーカーと透、そして回復を受け復帰したクラフトの三人による攻撃は、徐々に相手を追いつめていく。
「人の恋路を邪魔する奴は、道化に斬られて死んでしまえってねぇ」
レインウォーカーの言葉に、新蕾ははっきりと顔をゆがめた。思い切り踏み込んだ勢いのある一撃。新蕾は紙一重でそれを避けると、大きな隙を見せたレインウォーカーに向けて腕を振り下ろす‥‥その目の前で、レインウォーカーの身体が、あり得ない動きで引き戻される。よく見ればワイヤーが仕掛けられていた。バックルに内蔵されたそれを引っ張ることで軌道を変えて、そして新蕾の攻撃は大きく空振る。
好機と見て、クラフトが一撃。
「性格悪くてごめんねー?」
虚を突いた真燕貫突の一撃が‥‥クラフトに続いて、透も。そして。
「嗤え」
瞬く間に小太刀を大鎌に持ち替えたレインウォーカーの一撃が、次々に打ちこまれる。
「か‥‥は‥‥」
さすがに、このダメージは大きかったのだろう。新蕾の身体が震え、血反吐を吐く。
「‥‥こ、こんな‥‥これが‥‥!」
負ったダメージの深刻さを理解すると、新蕾は。
「こ、れが、貴方の答えなの!? このまま私が倒されてそれで終わりなの!? それでいいと思ってる!? 答えなさいっ‥‥孫 陽星ーーーー!」
――死を予感して新蕾は、向きを変えてただ泣き叫んでいた。
その意味が、理解できないまま。
何を言っているのだろう。己の望みを力ずくでかなえようとして、それを拒否した相手は戦力を準備して迎撃した。何もおかしいこと起こっていない。願いは実力でかなえるものであって、この結果はただの力不足。【バグア】としては、そう、思うのに。
自分はこの結果の何が、ここまで受け入れがたいものなのだろう。
――そして‥‥ただ理不尽なことを言われているはずの、こちらに視線を向ける相手は何故、あんなに辛そうな顔をしているのだろう?
激しい衝動。それから、それを向ける先、孫少尉のその泣きそうにも見える表情を見たときの、ほんの少しの満足。崩れ落ちながら感じるそれを、【彼女】は‥‥
‥‥彼女の表情の全てを、ソーニャがしっかりと見ていた。
目の前の相手は、ソーニャにとってとても興味深いものだったから。
(彼女、愛って言ったのよ)
エアマーニェは愛を理解できないといった。ならばバグアは、ヨリシロを得ることで愛を理解できるのか。それはソーニャがかつて、ブレナー博士にも聞いたことだった。
その問いに対する、今回の答えは。
しっかりと観察していた者がいたからこそ、ここではっきりと一つの結果を示しておこう。
【新蕾】は理解できなかった。
己の身体が抱く感情が、どうしてそうなるのか、死までの短いその瞬間までには、理解することはできなかった。
ただ‥‥それが。
彼女がやり方を間違えたのか。
人類の対応が違っていれば別の結果があったのか。
それともバグアという存在故なのか。
あるいは人類のヨリシロとしての器ゆえか。
それは‥‥現時点において結論付けることはできない。
よろよろと、孫少尉へ向けて手を伸ばす新蕾を。
死角に回り込んでいた神楽の弾丸が、何も言わずに撃ち抜いた。
●
若干時間はかけたもののヨリシロの撃破に成功した一行は、その後順調に進んでいく。
もはや探索役の目やスキルに頼らずとも、全員が行く先に不気味な鳴動を感じるようになっていた。はやる気持ちを抑えて、まずは目の前の敵を一体一体撃破。そうして‥‥その先に、稼動を続けるキメラプラント。そしてそこに立ちはだかる、一際大きなキメラが姿を現す。
先陣を切って斬りかかっていくのは獅子鷹だ。これまでの戦いで大分無重力下の動きの感覚をつかんでいる。動きに勢いがつくのを利用して、一気に接近をかける。
巳沢 涼(
gc3648)も前進、プラントを防衛するキメラに向かい、獅子鷹の動きをサポートすべく武器を構える。
獅子鷹に目配せし、涼はそちらに向かって竜の咆哮でキメラを弾き飛ばす。バランスを崩したキメラに、それでもフェザー砲の射線に乗らない位置から獅子鷹が、勢いよく斬りかかる。
攻撃は、成功した。獅子鷹の一撃は、過たずキメラの身体を深く抉る。そして直後、キメラの動きが停止した。
ぴたり、と。脱力したような姿勢で、空中に静止する。
「やった‥‥ってわけじゃ、ないよな」
流石に違和感を覚えて、獅子鷹が呟く。砲台の動きも停止しているが、生命活動が止まっているわけではないのは明らかだった。とりあえず、固まっていても仕方ないと更に追撃を加え‥‥ヒットの瞬間、キメラが反応する。反撃の放電が、獅子鷹を焼く。
涼がダメージを負った獅子鷹をカバーするように、牽制のSMGを浴びせるが、キメラは射撃にもフェザー砲で反応する。‥‥ずっと後方で、アンチマテリアルライフルによる狙撃を行っていたミリハナクも、同様に。
迂闊に手が出せないと、涼は一旦手を控える。が。
「回復すんのかよっ‥‥!」
様子見に回ったことで発覚した事実に、思わず呻く。反撃をするようになってから、これまで付けた傷が急速に回復していた。
相当に厄介な状況だった。攻撃すれば、即反応で反撃が来るため、対処が難しい。かといって攻撃を控えれば、これまで付けた傷が回復されて埒が明かない。戸惑いながら戦っていると、ふいにキメラが再び、自ら動き始めた。
だが、それに安心してまた激しい攻撃を開始すると、すぐにまた停止状態になる。
この【防御体勢】に対し、しっかりと観察するものがいなかったため、状況は混迷を極めた。攻撃しても回復され、攻略は遅々として進まない。
状況を打開したのはミリハナクの射撃――キメラそのものではなく、砲台を狙い続けた狙撃だった。
砲台を狙い撃った彼女の攻撃は、【防御姿勢】を誘発しなかった。そして、彼女の攻撃力から放たれる弾丸は、やがて砲台を完全停止に追い込んでいく。
反撃体制をとろうとも、その手段が減らされてしまえば当然、手数も減る。
やがて全ての砲台が破壊されたとき。遠距離攻撃に対しては防御体制はもはやただでくの坊と化すだけのものとなり。そこに皆が攻撃を叩き込むことでキメラは沈む。
周囲のキメラも傭兵がなぎ払ったところで、兵士の工作により、一つ目のプラントが破壊された。
――だが、ここに至るまで時間がかかりすぎていた。
●
一つ目のプラントを脱出した一行は、すぐにボマーキメラの迎撃を受けた。
これまでの戦いの積み重ねもあり、その撃退自体は難なくこなしたが‥‥プラントを停止したばかりのここに、すでに新手が姿を見せている。これが、もう一つのプラントから発生したものならば。
‥‥無数にひしめくキメラの気配を、誰もが感じ取っていた。炎西が、バイブレーションセンサーを発動させると‥‥その表情は、益々重く硬くなる。
ここまで。ヨリシロ対応にもプラント防衛キメラ対応にも時間がかかった。それまでに、もう一つのプラントは淡々とキメラを生み出し続けていたのだろう。この先、どれほどの激戦が待っていることか。
――‥‥撤退を考慮するべきか。
よぎる思考。
己の意志を通せない、やはり通すべきではないのかと、孫少尉が軽く唇を噛み締めて。
「‥‥少尉――いや、孫 陽星」
声を発したのは、ヘイルだった。
「さっきのは良い啖呵だったぞ」
槍を構えなおして、彼は通路の先を見据える。
「任せておけ。願いも決意も示したのならばあとは叶えるだけだ。微力ではあるが、俺の全力をもってそれを手伝わせてもらうぞ」
いいながらヘイルは指折り、今回の作戦を省みる。
犠牲は出さず、ヨリシロは倒し、プラントは破壊して、ブレナー博士は助け出す。これでコンプリートか、と。
そして、笑った。実に無茶振りだが――上等だ、と。
そのまま、己はまだ、このまま前に進むつもりだと、その意思を示す。
「‥‥ああ、うん。正直なのはいいことだよ」
ヘイルの言葉に思い出したのか、苦笑気味に続いたのはユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)。
「あとはそれを、言った通りにすれば完璧、と」
口調はどこか、呆れ混じりでもあったかもしれない。だけど。
「――頑張ろう、うん」
それでも、決意を秘めた最後の言葉は、しっかりと力強い言葉だった。
「そう、ですよね‥‥諦めきれないですよね‥‥」
むしろ諦めたくない、と言葉を零すのは、透。
ブレナー博士を見送ったとき、本当は認めたくなかった。だから‥‥艦内での孫少尉の選択に、透は安心していた。
そして――博士を人として取り戻す、そのことに、まだあがく余地があるのなら。
「僕もそれに尽力したい。何もせずに誰かを見殺しになんて、したくない。それが我侭だとしても」
透の言葉に、ケイが頷いて前に出る。
「俺も――助ける事は正しいのか、迷ってた」
そう言ってケイは、透から孫少尉へと視線を移す。彼もまた、艦内での孫少尉を見て――助けたいと思った自分の気持ちに、正直でいていいのかもしれないと思えたのだ。
ケイもまた盾を構えて前に進む。一行の、先頭へ。少尉の選択に救われたものもいるということを示すために。そして、皆を守るという己に課した役割を確かめるように。
「自分勝手で我が儘な少尉殿ぉ。お前の答え、笑わせてもらったよぉ」
レインウォーカーは、皮肉っぽく笑いながら嘯く。
「ボクもお前と同じように、好きにやらせてもらう。ボクはボクの為に戦い、ボクの為に生きる」
道化の言葉。心から楽しそうなそれを告げて、彼もまた戦場に向けて視線を投げかける。
「‥‥‥‥」
傭兵たちが各々に投げかける言葉に、孫少尉は暫く何も言えず、動くことも出来なかった。
いい‥‥のか? このまま、突き進んで。過酷過ぎる戦いに。己の我侭で。
「どーすんだよ隊長。俺らだけ撤退すんのか?」
せかすように口を開いたのは牛伍長。はっとして、孫少尉は改めて、一歩踏み出した者たちを見回した。‥‥きっと彼らは何を言っても、どうしても、このまま進むだろう。それは。
「‥‥そうですね。私の、せいですよね‥‥」
申し訳なさに肩をすくめる孫少尉に。神楽が、たしなめるように一度こつん、と軽く孫少尉のヘルメットを叩く。
「‥‥陽星さんがきっぱりヨリシロからの申し出を断ってくれた事、正直嬉しかったわ」
こそりと、孫少尉だけに聞こえるようにして神楽は囁いた。
「勿論、あたしを選んでくれたこともだけど、周りに流されずに自分が正しいと思ったことを貫いたこと、それに自分が幸せになっても良いと思ってくれたことが、ね」
彼女は言う。自分が犠牲になれば、なんて考え方は結局誰も幸せに出来ないと。だから。
「陽星さんには幸せになる資格は十分にあるからね」
ゆっくりと、孫少尉は神楽を――己が選んだものを、見つめなおした。
彼女の言葉に、今は。もう少しだけ、己の想いの為に尽くしてみようと、そう思えた。
孫少尉と神楽、二人の様子に。
タイミングを見て、炎西も前に出る。
「もし少尉が御自分を犠牲にする決断をなさっていたら、大切な人を持つ者の心に、すべからく傷が残った事でしょう。御英断感謝します。決して後悔させませんとも!」
一瞬、覚醒を解いて。そうして己自身、大切な人を持つ身として、炎西は孫少尉に告げた。
勿論、この場にいるすべての者が、孫少尉の言葉に共感したというわけでもない。
「ブレナー博士、会った事はないが人柄は聞いてる。あの爺ちゃんには死んで欲しくないからな、微力ながら手ぇ貸そう」
涼はそう言って戦列に加わる。
「ふむ。進むのかね〜。ならばこれはヤンシン君に伝えておこう〜」
頭を抑えながら、ドクター・ウェスト(
ga0241)がひらひらと、情報を示す。――それは、もう一つのプラントへの最短経路。一つ目のプラントのコンソールを攻性操作で掌握して得られたものだった。できれば別の敵やブレナーの位置なども探りたかったが、これまでの探索で見つかった端末からはこれが限界のようだった。
「よく分からんが、このまま皆を守り続ければよいのじゃな!」
キロが双斧を構えなおして前線に躍り出る。
「――ええ、お願いしますわ。その分私が破壊に専念できますもの」
ミリハナクがその傍に歩み寄る。ちょうど同じ斧使い。防御役と攻撃役で、中々面白い凸凹コンビかもしれない。
「ふふふ、己の為というエゴを通すのに必要なのは結果だけですわ。お互いがんばりましょうね」
そうしてミリハナクは、ついでのように孫少尉へと妖艶な笑みを向ける。
「全方位に、同じだけの警戒が必要な乱戦、か。これもまあ、無重力ならではかな」
獅子鷹が呟いて、再び無重力の感触を確かめながら歩いていく。
「‥‥そうだね。無重力、もっと慣れないとだ。ここからはそんなに遠慮も要らないだろうし」
新蕾との戦いでは反省することのほうが大きかったのだろう、クラフトが肩をすくめて歩き出す。
「‥‥確かに、ここでこのまま引き下がるのは、自分としては業腹ですな」
「ふむ? 助かるね。流石にここから先は、一人で戦況を把握するのは困難と見るね」
祐介と長郎が、顔を見合わせてそれぞれ、この先の戦いにおける互いの位置を相談しておく。
そして。
(僕? 勿論いくよ。博士にまた会うんだからね)
ソーニャも、ここで引く意思はないようだ。
結局は全員、過酷な戦いを続けることを選択した。
意思は一つでも想いは一つではない。
博士を救出したいもの、少尉に力を貸したいものだけではない。
あるいは単に戦闘を求めてかもしれない。
バグアへの憎しみをぶつけられればなんでもよかったのかもしれない。
軍へ己を売り込むためかもしれない。
そのほかにも、理由はそれぞれあるのだろう。
それでもいい。いや、それでこそ。
あるいはこの戦いに参加しないことを選んだ、その意志も含め、きっとすべてが。
――この戦いの答えを導くのに必要な方程式、なのだろう。
ここに至るまで、多くの【人】がいた。
強くて弱くて。真っ直ぐでひねくれてて。狡猾で迂闊で。我侭で献身的で。ひたむきで気まぐれで。
‥‥さあ、問いを投げかけた、バグアの女王の膝元で。
思う様、己の有り様を、叩きつけろ。
これが――人類だ。
通路の戦いは熾烈を極める。
複数名のSMGでの弾幕を、バルカンキメラが迎撃してくる隙を縫って、大量のボマーキメラが数を頼りに殺到する。
前衛は必死で耐え、耐え切れなくなる前に指示役の主導の下、控えと交代。回復手段を持つものに回復してももらいローテーションして人の壁を保ち続ける。
ある意味、チームを分けなかったからプラントを長時間稼動させて招いたこの事態。だが、二重三重の防衛線をはって突き進む戦術は、全員で固まって動いたから取れた手段だ。
「ワラワラ湧いて来やがる、早いとこプラントを潰さねぇとな」
特筆すべきは涼の活躍か。敵の主要火力がボマーキメラ、その攻撃手段が密着しての自爆という性質上、竜の咆哮と竜の翼を駆使して味方から敵を引き剥がすことに注力した彼の活躍は消耗を大分抑えてくれた。状況に対し己のスキルを上手く生かしている。時には、竜の咆哮で弾いた敵を、炎西が蹴り飛ばして逆に敵の密集する点で爆発させるという連携も見せた。
それでも‥‥やはり、カバーできる範囲は限られている。基本は、体力錬力を削り取りながらの強行軍。徐々に、消耗が激しいものが現れてくる。
「僕らは諦めが悪いんです! 何も、奪わせはしない‥‥!」
透が。
「ラムズデン・ブレナー。貴方の意志も関係なく、助け出させてもらうぞ。それがいつかの問いとそれに答えた貴方に対する俺の意志だ――!」
ヘイルが。時に声を上げて、己を、皆を、奮い立たせながら進んで‥‥。
心が折れなかったのは、ウェストが【ゴール】を発見していたことが大きかっただろう。後どれくらいなのか、終わりが見えていたからこそ。
脱落者は何名か出たものの、死者は出すことなく‥‥彼らはもう一つのプラントに、到達する。
そうして、現れたのは先ほどと同じ手合い。
ためしにと獅子鷹が切りかかり‥‥そして、その手の内が同様と確定すれば、やることはすぐに決まった。ミリハナクがやったように、砲台から潰し、防御体勢にして射撃で潰す。
あとは‥‥傷つき消耗した身体でそれが出来るかどうか。
先ほどと同様、防衛キメラには涼がサポートに回りながら獅子鷹が前衛、ミリハナクが狙撃というのが中心となって対応に当たる。
その周りで、ケイがバルカンとボマーを一部仁王咆哮でひきつけていた。
炎西を初めとして、傭兵たちが更に周りのキメラを相手取って数を減らし道を切り開き、後衛はそれをサポートし回復する。
そうして、ヘイルと孫小隊の面々が連携してプラントに近づいていき。
――やがて、ポセイドンの片隅で振動が観測される。
残るもう一つのプラントも、破壊されたのだった。
●
これですべてが終わり、ではない。
むしろ、これでやっと、「これから」を考える切符を一つ、手にしただけ。
最後に、どんな答えが出てくるのか。
崩れ落ちそうになる身体を支えながら、孫少尉は思いを馳せる。今回の戦いで、孫少尉がの言葉が適うのか。
報われるか、報われるべきかは、正直なところまだ分からない。
別の場所で、別の想いをかなえるために尽くすものもいるだろう、その者たちもまた否定されるものではないのだから。
それでも‥‥。
「任務‥‥完了です。皆さん、お疲れ様です。そして‥‥ありがとう、ございます」
今は、心地よい充足感に包まれながら。孫少尉は、状況終了を宣言して、共に戦った者たちを労ったのだった。