●リプレイ本文
「腹ワタ煮えくり返るごたんヨリシロっちゃ」
一連の話に、北柴 航三郎(
ga4410)は憤る。よほど腹に据えかねたのだろう。普段抑えている方言が完全に出ていた。
「けど落ち着かな‥‥標準語話さな説得相手に分からんっちゃけんねー‥‥」
溢れる想いを零すことで逆に心を落ち着けようとする。己のやるべきこと、そのための決意を、確かめる。
「秘曲‥‥か。音楽は人の心を動かす、とは聞くけどここまでとはなぁ」
呟くのは芹架・セロリ(
ga8801)だ。あまり共感はできない、という態度のセロリに、エイミー・H・メイヤー(
gb5994)ははっきりと首を横に振る。
「妹さんや生まれ育った場所を犠牲にしても護りたい伝統なのか? あたしは妹さんの気持ちの方がわかる」
――誰かを犠牲にする伝統なら潰えてしまえ。
最後の言葉は内心に留めて。街を守るために迷いは無いというように、切って捨てる。
「‥‥わしに言わせれば『秘曲』とやら‥‥バグアに渡った時点でもう、失われておるよ」
何故分からんかの、と、エイミーの、言葉の先も読んだ上で続けるのは秘色(
ga8202)。
「芸事は、心が伴ってこそのものじゃろうて。心で理解せぬ輩より伝えられたものが、如何して人を魅了しようか」
そう言って、やれやれと首を振る。
「兄妹で争うなんて‥‥また新しく作っていくのではだめなのかな」
次いで、エリーゼ・アレクシア(
gc8446)がポツリと言った言葉には、秘色が少し笑みを浮かべて。
「そうじゃの‥‥伝統は大事やもしれぬ。じゃが、心を伴うた者が新たに伝統を創り出す事も出来よう。わしはそう思うぞえ」
ふっと微笑み、秘色は依頼主の妹にそう伝え。だが、その表情は一瞬にして冷たく鋭いものへと変わる。
「じゃが‥‥兄が仲間の説得に応じぬ場合は躊躇なく斬る」
我欲の為に人に仇なすものは敵とみなす。
ちらりと航三郎の方にも視線をやってから、彼女は告げた。
妹はただ唇をかみしめ表情を引き締めて秘色を見返すと――小さく頷く。
「皆さん、越谷を――兄を、よろしくお願いいたします」
はっきりと、凛とした声で妹は告げた。
時間は無い。それぞれがそれぞれの決意を秘めて‥‥戦いの地へ、向かう。
●
能楽堂の門扉から、キメラが雪崩出てくる。そのまま固まって移動しようとする一団に、鋭い声がかかる。
「街は攻め込ませない! 先にこっちの相手をしてもらうぞ!」
叫ぶのは那月 ケイ(
gc4469)。声と同時に気迫を叩きつける。エミタで増幅されたそれが、一団を率いる強化人間を振り向かせる。
「随分とタイミングのいい‥‥。そうか。妹はそちらについたか」
声は、静かだった。
ケイの声と同時に、エイミーが射撃でキメラの動きをけん制、誘導する。二人の動きは、住宅街を避け手前の公園に誘導しようとするもの。それに対し。
「‥‥いいだろう。『秘曲』のため、まずは貴様らを倒せということなら――!」
ケイの挑発の効果もあったろう。だが、強化人間はあえて誘いに乗るように、傭兵たちにキメラを差し向けていく。
「『秘曲』か。それは素晴らしいモノなんだろうな」
強化人間の言葉に応えるように声を発したのは榊 兵衛(
ga0388)。
「だが、いかに素晴らしかろうと、人を感動させ、幸せに導くはずのモノを護る為に多くの人が犠牲になるというのは本末転倒が過ぎるというものだ。
――悪いが、その願いは断ち切らせて貰おうか」
この俺の槍で、な。呟くと同時に、しっかりと槍を構え直す。
交戦、開始。
強化人間はそのまま、下がるケイへと真っ直ぐに向かっていく。キメラもバラバラと行動を開始すると、エイミーがルートを逸れそうな個体に射撃を重ね、漏らさず公園の中へととどめようとする。
「‥‥早く住民の方々を安心させてあげないと、ですし‥‥一気に片付けちまわないと、でしょうか」
別方面では、セロリがキメラに打撃を与えつつ後退、同じように公園内へキメラを引きこんでいく。
航三郎が、キメラに対応する傭兵たちに片端から錬成強化をかけて回る。それが済めば‥‥今度はキメラへと、錬成弱体を。
音桐 奏(
gc6293)はまずキメラがある程度固まる位置に制圧射撃。キメラの動きを鈍らせる。
先手を制したところで、本格的に殲滅に動く。
「獣風情が‥‥簡単に抜けられると思うてか」
秘色がまず狙うのは素早そうな獣型。銃で動きを制しながら近づき、近接すると蛍火の刃をキメラの胴体に痛烈に叩き込む。反撃の雷を引いて避ける‥‥そこに、横手から子鬼の金棒が打ちすえられる。
「文字通りの餓鬼じゃの」
咄嗟に刀で受けつつ呟く。
更にもう一体のキメラが近付くとつい舌打ちが出た。秘色一人で捌き切るのが苦しくなってくると、奏も射撃を合わせることで援護。まずは傷ついた獣の撃破を狙う。
セロリの元へも、獣型と子鬼が一体ずつ向かっている。別方面から向かい来るキメラの内、まずは子鬼の方に銃撃。敵が足を止めたところで瞬天足で距離を詰め、菫で斬りかかる。
「街に被害を出さないため‥‥ここで倒れてもらいますよ。ちぇすとーっ」
金棒をはじいてから、勢いをつけて子鬼を切りつける。同時に迫りつつある獣型には、感電を警戒して銃で攻撃しつつ攻撃を避ける。
エイミーは、公園の入口に陣取ったまま静かにシエルクラインを手に待つ。
周囲からはぐれていた獣型の一体がこちらに向かうと、迎撃の構え。
「街には行かせません。ココから出られると思わないことです」
突進してくるキメラの攻撃にスウェイバックしつつ足元へと銃弾をばらまく。いくつかが前足に当たり、動きを鈍らせたところで貫通弾を装填、機を見て腹に叩き込んだ。
ちらり、と奏が視線を移した。
その先には強化人間と戦う者たち。
‥‥ただ、力で制するだけではない、心をぶつけあう戦い。
目を細めて、奏はそれを見る。色々と思うところはあった。だが、彼はまず説得は他の者に任せ、キメラへの攻撃を続ける。
「‥‥あんただって本当は、こんな事したくないんだろ?」
強化人間の太刀を受けながら、ケイが話しかける。
返事は――ただ、無言の連撃。ただ盾を掲げ攻撃を捌き続けるケイの横で、兵衛が迷いのない一撃を突き出す。
「これでも400年以上積み重ねて来た人殺しの技を継ぐ者なのでな。純粋な技だけなら、お主ら強化人間とも十分に渡り合えるつもりだ」
一撃は強化人間の左肩を捉え、血をにじませる。向き直り、兵衛へと斬りかかる強化人間。
エリーゼがそこに加勢する。疾風脚を発動、堅実に、だが倒すのではなく手足を狙って動けなくすることを狙う。
三人がかりの対処は、傭兵たちに優位に進んでいた。攻撃を重ね、強化人間の動きを削り取りながら、傭兵たちは口々に語りかける。
「‥‥先人の遺業をただ受け継ぐだけしかできないのか? 『秘曲』とやらも結局は先人の誰かが作り上げたものだ。どうして、もう一度自らの手で再現しようとは考えない!」
兵衛が。
「神髄となる解釈は、御父上が襲名披露の時に舞台の上で体現なさった筈です。
人の心を持たないバグアから『伝承』される『知識』と、在りし日の御父上が全身全霊で伝えた感動と、どちらが秘曲の神髄に近いのか。
‥‥僕は、後者であってほしいと心から思います。それを持っているのは貴方です。バグアじゃなかとです!」
航三郎が、それぞれに伝える言葉は。バグアに頼らず、秘曲をその手で再現しろというもの。しかし‥‥。
「それは‥‥違う。口伝を聞かぬ限り、私の解釈で演ずる限り‥‥それは『秘曲』ではなく『新曲』だ。それは‥‥私が得たいものではない」
手足を血で染めながら、だが強化人間の態度は揺るがない。傭兵たちの言うとおり、バグアが伝えてくるのは「言葉だけ」の『真髄』だろう。だから己が聞かなければならないのだと。恥じることのない、流派の『秘曲』を完成させるならば、それしかないのだと。
「そこまで大切な曲なら、聴いた時の気持ちも覚えてるはずだ。本当に伝えなきゃならないのは、曲その物よりそういう気持ちの方じゃないのか?」
今度は、ケイが問いかけ。その『新曲』では駄目なのかと。
「――‥‥貴様の。妹の道も、間違いとは思わんよ」
「‥‥! じゃあ‥‥!」
「だがそれでも、『秘曲』そのものを失わせてはならないという我が道も誤りとは思わぬ――‥‥どちらが正しいかではない、どちらを選ぶのかという問題よ」
やはり、強化人間はその手を止めることは無かった。
「そのような汚い手で人を感動させるものを護ろうとする時点で『秘曲』を穢しているとなぜ分からない!」
兵衛が再び叫び、槍を繰り出す。その攻撃を――強化人間は、避けず、己のわき腹を貫かせる。
「――!?」
そのまま槍の柄を握りしめ、兵衛の動きを止めると、肩口に向けて斬りおろす。肉を切らせて骨を断つ‥‥? いや、それでも、一撃のダメージは強化人間の方が大きかったろう。これはただ、覚悟を示す一撃。
「侮るな‥‥! 分かっている、我が行く道が汚泥に塗れた道行きであることは! 忘れぬさ、我が手にかける者たち、その血肉と死に様を。私は生きながらにして地獄の業火に焼かれることだろう、それでも。いやそれすらも――!」
己の心の悲鳴すらも、この道に捧ぐ。‥‥ゆらり。掲げる刃に、修羅の炎が見えた。美しい演舞を見るかのように。
「う‥‥あ‥‥」
思わず、気圧されてケイが呻く。
(――やはり、彼らの望む結果は出ませんか)
半ば予想していたかのように、奏は内心で呟いていた。‥‥他人の言葉に揺れる程度の覚悟なら、そもそも強化人間になどなるはずがないと。
「揺るがぬ信念と覚悟、記憶しました。今この瞬間から貴方は私の敵です。私の全力をもって戦い、撃ち倒します」
むしろ称賛を込めて、奏が宣言する。キメラはもはや、殲滅されようとしていた。
「‥‥だけど‥‥だけど本当にいいんですか!? 本当に、家族よりも伝統が大事なんですか!?」
諦めきれずにエリーゼが叫ぶ。さっき、妹と口にしたときに、ほんの少し翳りは、迷いは無かったかと。
「みんなが仲良くできるのがやっぱり一番なんですよ!」
悲痛な、彼女の叫び。
強化人間はそれでも止まらずに、己が装束を血に染めながら刃を振るい続ける。
「そうだ‥‥。あんたの覚悟は分かった。でも、俺だって‥‥!」
だけど、エリーゼの言葉に、ケイが盾を構え直す。
「俺だって、家族を失わせたくないっていう、譲れない想いがあるっ!」
掲げられた盾が、力任せに振るわれた太刀を弾き、強化人間の姿勢を崩す。
数箇所から銃弾が叩き込まれ、動きをさらに鈍らせていく。
キメラを撃退した仲間が続々とこちらに向かっている。
「今ならまだ遅くない、戻って来い!」
ケイの、懇願するようなそれはしかし、最後通牒。
強化人間は穏やかに笑って――そしてケイから顔を背け、兵衛へと向かう。
「‥‥あくまで戦いをやめる気はない――か」
兵衛は、正面から相打つ。
ふらついている、真っ向から向かってくる相手。もはや隙を狙う必要もなかった。
「‥‥我が榊流の先人が編み出し、俺が修行の末に再現させた秘技だ。冥土の土産にその身体に刻んでいくが良い」
榊流古槍術奥義:絶・真狼牙。
迷いのない全力の一撃が、強化人間の身体を貫く。
血溜まりに、強化人間の体が沈んでいく――。
●
「妹さんへの遺言があるなら伝えましょう。私が貴方に唯一出来る約束です」
奏が、倒れた強化人間のそばにかがみこみ、穏やかに話しかけた。
「‥‥恨む‥‥つもりは、ない‥‥。言ったとおり‥‥お前の道も‥‥間違って‥‥いない‥‥。ただ‥‥そちらが、選ばれた‥‥だけのこと‥‥」
最後の言葉。奏はそれを、一つ一つ刻むように、頷きながら記憶する。
「‥‥そしてお前の道行きもまた‥‥穏やかざるものだろう‥‥宗家にありながら‥‥『秘曲』を葬ったものとして‥‥それでも流派を名乗り続けるなら‥‥お前も自らの選択と結果に‥‥揺れることの無いよう‥‥乗り越えろ‥‥」
兄の言葉に、傭兵たちは唇を噛み締める。
最後まで。自分たちの言葉に、一切迷わず、戦い続けたのは。
妹に伝える、ためだったのか。修羅の覚悟を。
「――分かりました。貴方の言葉。貴方の在り方と共に、間違いなくお伝えしましょう」
そうして、奏はそっと、息絶えた兄の瞼を閉じさせる。
‥‥全てから開放された、穏やかな顔をしていた。
「――すみません、でした」
傭兵たち一行――特に、兄を積極的に救おうとしたケイと航三郎――は、項垂れて、事の次第を妹へと報告する。
「あ‥‥あの、‥‥でも。お兄さんは、貴女のことちゃんと‥‥最後は‥‥」
家族の絆は、失われていなかったと。せめてそれだけは伝えたくて、エリーゼは悲しみに震えながら、たどたどしく言葉を紡ぐ。
「貴女のお兄さんの遺言を預かってきました」
そうして、エリーゼの後を継ぐように、奏が改めて名乗り出て、兄の最後を、一語一句間違えることなく伝えた。
「‥‥皆さん、ありがとうございます。どうか気に病まないで下さい。私も、兄も、覚悟の上のことでした。‥‥それでも皆さんの誠意がなければ、私は兄の『真髄』を受け取ることができなかったのでしょう」
ただ強化人間として討伐されただけならばその覚悟も生き様も晒される事はなかっただろう。そのことに感謝したい、と。
「よければお二人のお名前を聞かせて頂けないでしょうか。お二人の名前を記憶したいのです」
奏の申し出に、妹は一度逡巡し――だが、しっかりと告げる。宗家の名を持つ、己と兄の名を。
「いつの日か、またお会いできる事を願っています。その時見させてくれませんか。貴女の奏でる新しい秘曲を」
再びの、奏の言葉。それは優しいようで苦難の道をそそのかす、厳しい言葉でもあった。
それに。
妹は背筋を伸ばしたまま。
「――ええ」
まっすぐと傭兵たちを見返して、言った。
「ええ。必ず。宗家の名に恥じぬ新しい曲を創りだし――いつか皆さんに披露いたしますわ」
応える妹の声は、川の流れのような、涼やかな‥‥それでいて激しさを秘める、声だった。