●リプレイ本文
‥‥ドゥルガーの巨体は、デリーに高くそびえるメトロニウムの城壁をなお超えて、圧倒的な姿を民に見せつけていた。
「ど、どうするんだ‥‥? 避難したほうがいいんじゃ‥‥」
人々は不安に囁き合う。だが、中々動きだす者はいなかった。
「避難する‥‥? どこにだ‥‥? 壁の中にいれば、安全なはずだろ!?」
このままでは危ない。だけど、壁の外は怖い。
安穏の夢を見せていた楽園の壁は今、悪夢と化した現実から人々を閉じ込めていた。
夜明け前。
目覚めの時が迫る。
夢の終わりは、どんな形になるのだろう。
――人々の想いを知ってか、知らずか。今、傭兵たちが決死の作戦に挑んでいた。
●
ドゥルガー上空。激しい攻防戦が繰り広げられる中、兵士と傭兵を乗せた輸送機は中々ドゥルガーに近づくことができなかった。護衛戦力の排除に当たった部隊は予定通り任務を完了させたが、それでも突入部隊の作戦開始には遅れが出た。大胆かつ繊細な判断が求められるこの依頼で、焦りは禁物――少なくとも、俯くことは許されなかった。
KVが落下し、大破したことで穿たれた穴。ハッチへの降下は難しいと見て、そこからの突入を決断する。
(この地で懸命に生きている人達を、虚栄の犠牲にさせて堪るか‥‥!)
遅れを取り戻すべく走り出した傭兵と兵士たち。
前後を兵士たちに守られ駆ける一行の中で、夏 炎西(
ga4178)が静かに決意を秘める。
「‥‥。こっちだ!」
炎西が上げた声に対し、孫少尉が逡巡したのは一瞬のこと。その理由もただ記憶にある設計図と照らし合わせたてというだけのことだった。炎西が示した方角の方が敵が少ないことは疑う様子は無い。これまでの戦いの実績で、彼にはそれだけの信頼があった。
そうして少しでも直接の戦闘を避けながら、機関部へと向かう扉が姿を現す。
‥‥そして兵士と傭兵たちは背中合わせになる。
傭兵たちは機関部破壊を目指し、兵士たちは邪魔をさせないよう増援を食い止める。
交わす言葉は無かった。時間がないし――必要もない。
ここからは、ただ互いを信じるしかないのだから。
●
「あーあー、やっぱそう簡単には行かねーよなここのボスだもんな」
そうして、機関部にたどりつき。待ちかまえる敵戦力に声を発したのは湊 獅子鷹(
gc0233)。
敵味方、双方の視線がかちあったところで、部屋の中央に、何かが落ちる。炎西が投げた閃光手榴弾だった。
合図を受けた味方が目と耳を庇ったのはもちろんだが、敵にとっても制圧戦において開幕の閃光手榴弾というのは容易に想定できる事だったのだろう。向こうも反応し防御する。結局これは、一度互いの動きを止めてリセットするだけに終わった。
落胆することは無く、音と光が止むと同時に傭兵たちは行動を開始する。砕牙 九郎(
ga7366)はターミネーターで弾幕を張り敵の動きを制すると、奥で盾を掲げる二体に向けて、ミリハナク(
gc4008)のソニックブームと時枝・悠(
ga8810)の銃撃が連続で叩き込まれる。双方とも並みならぬ威力を持つ攻撃だったが、盾を構える相手には真っ向すぎた。二、三度までは盾をきしませ強化人間にたたらを踏ませるが、以降は相手も力の方向を覚え上手く受け流す。直護衛とあって、敵の練度も、高い。
前に居た二体は左右に散開して傭兵たちの猛攻から逃れる。その、右に逃れた一体をラナ・ヴェクサー(
gc1748)がさらに銃弾で追いたて、そのままそいつにむけてラナと獅子鷹が向かう。左に向かう片割れの強化人間がフォローに向かおうとするのを、炎西が超機械で狙い分断していた。
そして九郎、悠、ミリハナクの三人が、奥に居る敵‥‥いまだ盾を掲げ防御専念の構えを見せる強化人間二人と、そしてそれに守られる位置で悠然と立つナラシンハと睨みあう。
「敗北者たる王よ! 張子の虎の中で癇癪を起こす孤独な王よ! 王として最後の勤めを果たして差し上げますわ。──王殺し。新たな時代の礎の為に、無様に討たれて死になさいな」
斧を掲げ挑発しナラシンハを引き出そうとするミリハナク。
「黙れ卑賤の者が! 民たちはやがて思い知る! 悪あがきせず黙ってそこでデリーが潰えるのを見ているがいい!」
だがナラシンハは奥に立ったまま手にした長剣、無駄なまでに華美な装飾が施されたそれを掲げるのみだった。護衛を排除せねば、狙うのは難しいようだ。
銃ではらちが明かないと見た悠が前に出て、九郎と一体ずつ盾持ちの強化人間を請け負う。
戦い方は二人とも似通っていた。強打でバランスを崩し、その隙に一撃を叩きこむ。ただ、互いの動きを積極的に合わせようとするものではなく、むしろ自分自身のみで作戦を完結させてしまっていた。それぞれの強化人間に対し、崩すタイミングがずれていれば、固まって防御をしている強化人間たちは互いにフォローする。攻めきれずにいるところへ、ナラシンハが、動く。悠が牽制しつつ動きへの警戒を促し、挑発の目論見が外れたミリハナクが何度かこじ開けようと試みているが‥‥連携は、相手の方が、上。傭兵たちはどこか攻めあぐねた。
それでも、悠の天地撃からの連携は、強化人間を追いつめてはいた。徐々に深手となっていく強化人間の姿に、ナラシンハの苛立ちが強まる。
「使えぬ者どもよ! ならばその忠誠を示せ!」
叫ぶとともに‥‥強化人間の動きが、変わる。
突如盾をかなぐり捨て、そして。
「くっ‥‥させるかこのっ!」
九郎は、組みつこうとするその動きに反応した。腕をつかんでくる手を、再び強化した筋力で振り払う。自爆はずっと警戒していたのだ。
悠は、一瞬反応が遅れる。それでもやはり、嫌な予感を覚えて下がろうとして――脇腹に灼熱の感触が走ったのは、強化人間が次の動きを見せる、前だった。
強化人間に対してもナラシンハに対しても警戒は怠っていなかった、それでも意識の外から貫いてきたのは‥‥【強化人間の腹から生えた刃】。
部下ではかなわぬ相手であると理解すると、強化人間ごと、ナラシンハは長剣で悠を刺したのだ。さすがにこの攻撃は誰もが予想していなかった。一瞬呆然とした隙をついて‥‥ナラシンハを中心に、衝撃が弾ける!
衝撃は刃を、強化人間の身体を更に悠に押し付け‥‥そして、ナラシンハが下がるとともに、悠と密着した状態で強化人間の身体が爆発する!
――一方で、前に出たシャムシール使いに対しラナと獅子鷹は善戦していた。
ラナが一気に強化人間の前に躍り出ると、相手が迎撃するように振り下ろしてきたシャムシールを爪ではじき、反撃。一撃加えるとともにバックステップで距離を取り、再び正面へ。そして逆に強化人間が距離を取ろうとすれば、素早く追いすがり優位な間合いを保つ。
「さて‥‥私は、着いていけるかな‥‥?」
確かめるように。そしてどこか楽しむかのように、ラナが嘯く。炎西の援護を受け、ラナと獅子鷹はほぼ二対一で強化人間を相手取る形が作れた。状況は、有利。
強化人間がラナを常に意識せざるを得ない状況から、獅子鷹が低く構えた状態から居合抜き、払うようにして脚を、腕を切りつける。機動力を頼みにする相手に、それを削ぐ作戦に出た獅子鷹の目論見は、ラナとの連携もあって上手くはまり‥‥そして、動きの鈍った相手に、ラナが正面から心臓を、獅子鷹が背後から首筋を狙って一撃を繰り出す。
挟撃によって放たれた急所攻撃に、強化人間は咄嗟に身体をひねり腕を割り込ませて庇おうとする‥‥が、深手となることを防ぐことはできなかった。ひねった胴体に、ラナの爪が深々と食い込む。
びくり、と身体を震わせたのを見て、ラナは咄嗟に銃を放ち反動で爪を引き抜き、そのまま強化人間を蹴り飛ばす。直後強化人間は四散し、軽く爆風がラナと獅子鷹を押した。
ここまで、かなりの速攻。もう一体の強化人間を炎西が一人で抑えるのは、実はかなり苦しいものであった。しかしなんとか、ロウ・ヒールで耐え続けていた。三人でかかれば、もう一人の強化人間も打ち倒すのは時間の問題‥‥。
「いい加減にしやがれ このボンクラがっ!! 護るべき民傷つけて、何が王様だ、コノヤロウ」
九郎の怒りの声と、もう一つの爆発。そしてナラシンハの哄笑が響き渡ったのは、その時だった。
ナラシンハの、あまりに外道な攻撃。それに対し九郎が怒りをあらわにすると、ナラシンハは静かに告げる。
「守るべき民? それは王を敬い、王の役に立つ者のことだ! 我が支配を拒み、我が力とならぬものを護る必要がどこにある? ‥‥何、デリーの民も、これで目を覚まし再び我が元に下るというならば慈悲は与えてやろうぞ!」
‥‥狂っているとはいえ、高貴な生まれであるナラシンハの所作はどこか優雅さを遺してはいた。笑い声も響きだけ聞けば紳士然としている。だが。
(‥‥気分が悪い)
聞こえていたラナの心の奥底に、よみがえるものがある。思い出すのは、これよりもはるかに、下卑た笑い方。なのに根底に持つ下衆さは、同質。
かつて己に妄執を植え付けた、その存在と。
この依頼を受けるに当たり、事前に調査したときから感じていたことではあった。こいつは、読むほどに、己が復讐を誓った相手に被る、と。
――久しく忘れていた昏い感情を思い出す。
銃を、爪を、胸元へ掲げ直し‥‥ひとまずラナは、もう一体残る強化人間へと目を向けた。
敵は‥‥皆殺し。
「‥‥っひ!?」
凄みを帯びたラナの様子に、強化人間が思わず一瞬、息をのむ。
そして。
「調子に乗るなよ‥‥」
静かな声が、ナラシンハの嗤いを止めていた。
非道、それゆえに強力な攻撃をまともに受けて‥‥それでも、傑出した体力と防御力を持つ悠は、それに、耐えていた。
――悠にとって、これはいつもの依頼だった。思い入れのある街じゃない。因縁のある相手でもない。‥‥普段と変わりない、仕事。
認めよう。そう思っていても、いや、そう思うがゆえにどこかに油断はあったのだろう。相手の底を見誤り、虚をつかれた。
だが、それでも。これは普段と変わりない仕事。いつだって負けられない理由があるし、いつだって背景には人の想いがある、そんな――普通の仕事。
だからいつものように全力を尽くし、いつものように‥‥結果で示せ、と。
構え直す悠。とはいえ受けたダメージは決して浅くない。暫くは、活性化にて回復に集中する必要があった。
その隙を取らせまいと、九郎が武器を菫に持ち替えナラシンハに接近する。
ミリハナクが同時に距離を詰め、二人がかりの強力無比な攻撃を、しかしナラシンハはかわし、反撃の刃を二人に食い込ませる。
そこへ炎西の声が上がった。一度距離を取り構えた一同の元で、再び閃光手榴弾が炸裂する!
「ぐ、こ、小賢しいわぁっ!」
ナラシンハなそれに対し、再び接近する気配を感じ取るとサークルブラストを放ち、迎撃、牽制する。
‥‥だが、炎西が閃光手榴弾を放てたことは、取り巻きの強化人間が全て倒された事を示していた。
「おのれ‥‥おのれ、どこまでも役に立たぬ者どもよっ!」
呻くナラシンハの声は、完全に怨嗟のものへと変わっていて。
「‥‥テメエがそれを言うにふさわしいか、見極めてやるよ」
低い声と共に、獅子鷹の一撃。間合いを測りにくくした居合抜きの一撃を、ナラシンハはかろうじてというふうに弾く。
ちっと獅子鷹は舌打ちする。防がれたことではない‥‥むしろ防いでくれることをどこかで期待はしていた。そして実際防いだわけだが‥‥しかし、今の一撃をナラシンハが『全く知らない』風であったことに獅子鷹は軽く失望を覚えた。
「俺は綺麗事を言う気はねえ。利用できるように利用する、それも確かに上としての在り方だろうよ。だがテメエは結局、使おうとすらしていねえ!」
脳裏に浮かぶのはこの戦いで散った強敵のこと。ナラシンハの直属というわけではないのだろうが‥‥だからこそ、こんな奴のために死んだのかというのが惜しくなる奴ではあった。
ならば、せめて。
(技ぁ借りるぜ伊庭)
せめてそうすることで、彼の戦いに報いる。再び居合いの為に刃を特注の鞘におさめ、獅子鷹は必殺の瞬間を待つ。
包囲を狭める傭兵たち。九郎が銃弾を放ちながら前に出る。銃弾とは別の方向に、炎西が超機械の一撃を置き、行動範囲を狭め集中を削ぐ。最低限の体力を回復し終えた悠が、そこへ猛撃を叩き込みにいく。
だがナラシンハは倒れない。九郎の攻撃に耐え、悠の連撃を凌ぐと、宝石の残光を遺しながら反撃の刃を刻んでいく。
「‥‥っ、目障り‥‥! 逝き、なさいよぉ‥‥!」
死角へと潜り込んだラナが、瞬天足で一気に間合いを詰めてからの真燕貫突で、首を狙いに行く。
「暴飲暴食っ!」
ミリハナクはただ純粋に、圧倒的な暴力、狂気も何もない純粋な破壊をそこに叩きつける。
増えゆく傭兵たちの攻撃を止めきることはもはや独りとなったヨリシロには不可能であった。
獅子鷹の、鞘で加速された居合いの一撃が、エミタの力で増幅されて全てを断ち切る意思となる。
「‥‥認‥‥めぬ‥‥私が‥‥インドを支配する、王‥‥!」
――結局、ミリハナクの言葉の通りに。
孤独の王はそうして、最後まで王の姿のまま倒れた。
王の妄執ゆえに、王の姿を捨てることができぬまま。
●
――だがその時、もはやドゥルガーはどうしようもないほどデリーへと接近していた。
傭兵たちはナラシンハを倒すことはできた。
だがそれは、序盤の遅れを取り戻せるほどの圧倒的勝利では、なかったのだ。
それでも。
「こちら突入部隊――ラストホープの傭兵たちが成し遂げました! ナラシンハは討たれ、ドゥルガーはもはやただの箱、残る敵は烏合の衆です! 繰り返します! こちらナラシンハの討伐に成功――彼らは成し遂げました!」
機関部を爆破する直前、孫少尉は傭兵たちの成果を外で戦う友軍に向けて声高に叫んでいた。
それが‥‥悪夢を払う希望の光明となると信じて。
やがて、爆発音と衝撃がドゥルガー内部に響き渡る。
機関部が停止する。だが加速した巨大な質量は簡単には止まらない。
ドゥルガーは進み続ける。デリーへと向かって。もはや祈るしかなかった。
激しい振動の中、叫ぶ心を無視するように、巨大な金属がひしゃげ引きちぎれすり潰される音が響き渡る。
衝突の衝撃はすさまじく、戦いに傷ついた身体を引き裂かんばかりにドゥルガー内部に居るものを揺さぶり続ける。
メトロニウムの壁が破壊されていく音。見えずとも容赦なく感じさせられ、心をも引き裂いて行く――。
止まれ。止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ――!
祈り続ける。デリーの為に。外で戦う仲間の為に。
夜明けの訪れ。
目覚めの刻。
したたかに打ちつけた身体を、引き裂かれそうになる心を引きずり、ドゥルガーから這い出た彼らが見た光景は‥‥――