●リプレイ本文
(そーいえば孫少尉たちは最近は中国からこっち方面に来てるんだっけ。孫少尉たちと共闘するのもちょっと久々かな)
傭兵たちの近くに控える孫小隊――そしてまた、難しい顔をしている気がする孫少尉――を見て、美崎 瑠璃(
gb0339)は内心で呟く。
「あたしたちの頑張り次第で別方面の部隊の結果を左右するわけだし、いっちょ気合入れて行きますかっ!」
拳を握って、声を張り上げる瑠璃に。
「ここを通せば別部隊が困る、ね。なら、全力で歓迎して差し上げるとしようか」
「あと少し、ってところまで来たんだ。このまま最後まできっちり行こう」
応えるように、旭(
ga6764)が、ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)が頷く。
「射点を確保したら、支援射撃開始だな」
周りをしっかりと見渡しながら言ったのは佐賀十蔵(
gb5442)。
「こちら、秋月傭兵少尉。孫少尉、当方が切り込みをかけるので後詰めをお願いします」
秋月 祐介(
ga6378)は、いつもの通り軍の作法に則って挨拶をすると、孫少尉と連携についての相談を始めていた。
「来るわね‥‥!」
やがて遠くに生まれた気配に、クレミア・ストレイカー(
gb7450)が囁く。
「おうおういっぱいいるじゃないの。じゃあまあ、お仕事開始と行きますか」
風見斗真(
gb0908)の言葉を合図にするように、傭兵たちも、交戦を開始する!
傭兵たちは菱形陣形を取り右翼・中央・左翼に展開する。
まずは中央より旭が突破を図る。単身、敵最前線に乗り込み、敵戦闘のキメラと接敵した瞬間、嵐と化す! 旭を中心に生まれた十字の衝撃が猛烈に叩く。
「こっちだこっち! こっちに攻撃してきやがれ!」
タイミングをずらして続く斗真が、横に回り込みキメラを思い切りはたいた。背中あわせに、エースアサルトが二人。破壊力は抜群。殴られる前に倒せとばかりに、手近にいるキメラをなぎ倒していく。
何も考えず無茶をするわけではない。背後にいる仲間の援護を信じてのこと。二人が切り開いた戦端に、両翼からの攻撃が加わる。
(さて。撃って撃って、撃ち捲くるぜ)
右翼からはまず十蔵。当初確保していた射撃ポイントから火力支援に徹している。その腕の中で唸りを上げるのは97式自動対物破壊小銃。前衛の側面を突こうと回り込むキメラたち、その動きを阻むよう牽制の射撃を行う。一か所にとどまることなく、敵陣の変化に合わせ有効な射撃ポイントを考えては移動していた。
十蔵が作る空隙を縫うようにして、ヤナギ・エリューナク(
gb5107)が乱戦に滑り込んでいく。瞬天足で走り抜ける影、彼が通りぬけた道から時折パパパっと発砲音が響く。通り道に居たキメラが関節を打ち抜かれ、動きを混乱させる。
左翼の起点となるのは小鳥遊神楽(
ga3319)。制圧射撃にてキメラの足並みを乱し、群れから離れた一匹を更に狙い続けて分断。敵の層を薄く広げていく。狙うは各個撃破。とはいえ、敵の分布を広げることは、当然手の届かない敵を作ることでも、ある。
「‥‥あたし達だけではこれだけの敵に万全に対処できないからね」
もとよりそんなことは承知だと神楽は覚醒で金色になった瞳を輝かせ不敵に笑う。
「あたし達の手の届かないところはフォロー、お願い!」
振り向きすらせず、神楽は背後に展開する軍――孫小隊に向かって告げた。後方へ流した敵が傭兵たちの側面や背後を突くことが無いよう、彼らが背後を固める形となっていた。今のところは、連携の元うまく機能している。
クラフト・J・アルビス(
gc7360)は左翼の前衛役として配置されている。彼は前に出ることはせず、右翼へと取りつこうとするキメラの対応をしている。
クラフトの護衛を受けながら、クレミアも左翼より射撃。ひとまずは前衛へと援護射撃を送り続けている。
右翼のリュドレイク(
ga8720)は逆に、味方の方へと意識を向けての支援射撃。優勢な状況だからこそ、狙撃や奇襲への警戒を強めなければならない。そして、自分が敵ならばこの状況で狙うべきは――指揮者や回復役。
「!! あっちの部隊が非常事態みたい!」
リュドレイクの視線の先で、瑠璃が救援の声を拾ったのだろう、声を上げる。彼女のフォローについている夏 炎西(
ga4178)が、瑠璃を狙撃から守るような位置でバイブレーションセンサーを起動させる。
(友軍を挟撃に晒さない為に‥‥突破などさせない!)
熱く静かな決意の元、炎西は振動越しに伝わる情報を分析する。
こちらの陣を崩して突破を狙うなら、前線で直接指揮を取っている小隊長を狙撃したり、一撃離脱で混乱させてくるか。
(彼らの標的となりうる存在を捕えられて、かつ、こちらから見えにくい位置にいる‥‥)
あたりをつけて、キメラの動きとは異なる振動を探し求める。
「‥‥そこかっ!」
叫び指し示すと同時に、キメラの背を蹴って躍り出てくる影。そのまま前線に居る一部隊に切り込みに、
「させるもんですかっ!」
待ちかまえていたクレミアが、炎西の声に反応して射撃を叩き込み、一度その足を止めさせることに成功する。
姿を晒した強化人間に、届く位置にいる能力者が順次射撃を加えていき、再び強化人間がその身を潜ませる前に、斗真が肉薄することに成功する。
強化人間も即座に反応し手にした曲刀を打ちおろしてきた。斗真はそれを剣で受ける。
「おっと、いい一撃だね。だが、甘い!」
そのまま斗真は強引に剣を押し込み、鍔迫り合いへと持ち込んでいく。反発は軽かった。力では負けると察した相手は、身を引き間合いを離そうとする。斬り合いとなり‥‥反撃ももちろん受けた。だが斗真には、味方の援護がある。
傭兵たちの配置。強力な前衛に、支援と監視を行うものを中央。両翼に弾幕と、その護衛となる前衛。有事には動けるものが即応し、その間のキメラ対応は孫小隊が受け持ち、強敵を探り当て撃破する。敵遊撃の強化人間と、バグアの狙撃兵をそれぞれ倒した時、この布陣が決して間違いでないということは証明されたと言えるだろう。
――だがそれでも油断ならないのがバグアとの戦闘だった。少々の優勢など、強力な個体の出現で、これまであっさり覆されてきたのだから。
炎西のバイブレーションセンサーに反応。
地面から伝わる駆け足。
キメラのものではない。
バグア兵のものとも言い難い。
あまりに、軽い。そう、例えば、子供――。
ザフィエルを構え、その方向に向けて立て続けに放ったのはほとんど反射的だった。超機械のエネルギーはただ射線上に居たキメラを叩きふらつかせる。だがそれでその位置のキメラの行進が詰まったところで、金褐色が生まれた隙間にちらりと見える。
「‥‥あっ! あいつ、酒泉のマスドライバー基地にいた奴‥‥!」
炎西の動きと共に視線を動かした瑠璃が、声を上げる。
リュドレイクがそれに反応し、SMGの狙いをそちらに向ける。
「正念場、ですね。今度こそ決着付けましょう」
呟くと同時に跳躍してきた死せる黄金‥‥クレミアが、十蔵が、ユーリが、神楽が、一斉に射撃を向けその突進を阻もうとする。ほとんどが足元を狙っての猛烈な弾幕の嵐。モールドレは顔をしかめた。厄介と感じたわけでもない。ただ、邪魔だなあと言わんばかりに。
それでも稼いだ時間は貴重だった。一気に軍を切り崩そうとしたモールドレの進路に、ヤナギが立ちはだかる。戦闘のさなか、近接戦闘用に武器を持ち変えている。モールドレはまた、ただ邪魔なものをどけよう、くらいの顔で手にした大刀を振り上げ、ヤナギはその一撃をガラティーンで受け流そうと‥‥
「ぐ、おぉっ!?」
その速さと重さが想像以上だった。まるで砲弾を零距離で受けてしまったかのような衝撃。ヤナギはなんとか受けてはいたが綺麗に衝撃を流し切ることは出来なかった。全身に軋み。だが彼はそれでも、受けた勢いに無理矢理体を乗せて回り込み、円の動きの乗せて機械剣をモールドレに向けて薙ぎ払う。
「これで何度目だっけ? まぁ‥‥いつも通り、僕らと遊んで行ってもらおうか」
そこに旭がたどり着く。モールドレの大刀に向けて、彼の聖剣を打ちおろす。
旭のことは覚えがあるのだろう。モールドレに変化が現れた。
二人がかみ合わせた刃と刃がきしみ合う不協和音の響きが強くなっていく。モールドレの両腕が徐々に黒く高質化していく。
鍔迫り合いから、刃の力点をずらし、モールドレが再び刃を翻す。重さを増した一撃は旭の重装甲を浸透してダメージを与えてくる。
旭も負けじと刃を振るう。
キメラなら一撃で沈んでもおかしくない旭の攻撃だがやはりFFに阻まれてほとんどダメージになっていない。それでも威力は障壁となってモールドレの動きを一瞬止める。
「‥‥っ!?」
「今よ‥‥!」
そこへ、クレミアのペイント弾が命中した。左がべっとりと塗料に染まる、反射的に片眼を閉じたのを見て旭は勢いをつけて斬りかかった。布斬逆刃をそこに乗せる。
同時にヤナギが背後から奇襲をかけていた。背中に痛烈な突撃。更に踏み込み、衝撃を二度重ねる。
「一撃離脱が得意なのは手前ェだけじゃねーってな」
そして、反撃を避けるように、振り向く暇すら与えず瞬天足で離脱。
強烈な挟撃に、強化FFの向こうでモールドレが軽く震える。はじめての、強化FF越しにも手ごたえを感じる一撃だった。
「‥‥へえ」
痛みを感じないモールドレが小さく感嘆の声を漏らす。だがその声にはまだ余裕がある。
「‥‥でも、このままやればそっちが先に潰れるよ、ね?」
事実だった。今のモールドレの立て続けの攻撃を続けられれば、旭の防御力でも回復が間に合わない。
そして――不敵にモールドレが視線を送る先には、祐介。虚実空間を放った後の。
前回、通じなかったそれは、今回も通じていない‥‥。
それでモールドレは、兵士を狙うよりこのまま傭兵を潰し切る方が有効と判断したのだろう、再び旭と、ヤナギと打ちあいをはじめる。打ちのめされ、切り裂かれながら、仲間の援護を受けて二人は必死でくらいつき、そして。
‥‥突如、FFの輝きが衰えヤナギの剣が背後からモールドレに肩に突き立った。
「‥‥へ?」
違和感にモールドレが間の抜けた声を出す。
「お前は目の前のものしか見ない。となれば狙い撃ちさ‥‥そんな心は」
答えたのは、祐介。再びの虚実空間を発動させて。ただし‥‥今度は、電波増強で超機械の出力を増幅した上で。
「‥‥う、うおぉおお!」
強化FFを、限定突破を解除されたことを理解したモールドレが、渾身の力でヤナギを吹き飛ばし、機動性で旭を振りほどき祐介の元へと向かう。
背中を見せたモールドレに、旭が、ヤナギが攻撃を加えるが止めるには至らない。距離を詰めてくるモールドレから、傍に居るユーリが反応し祐介をかばった。が‥‥。
「ゴメン、教授‥‥これそんなに長くは立ってられない‥‥」
一撃で苦悶の声を上げさせられて、ユーリは呻く。内心で冷や汗をかきながら、祐介も盾を構え、
モールドレが、
祐介に向かって、凶刃を振り上げて、
こぷりと、モールドレの口から血があふれる。
またもモールドレは、何が起きたのか理解する必要があった。キョトンとした表情で己の身を検めると、わき腹にキアルクローが浅く食い込んでいる。
クラフトの一撃だった。これまで、決して無理をせず味方の攻撃に紛れながら、必殺の瞬間を狙い続けてきたクラフトの。怒りに我を忘れ、完全に祐介に意識が向かった瞬間を狙い澄ませての、真燕貫突を乗せての一撃。
――その一撃がそこまで強烈だったわけではない。これはあくまで、それまでのダメージの累積。それが、クラフトの浸透する一撃を受けて、ここで表面化したという、それだけ。
だから。
「モールドレ! 今度こそ俺を見な!」
振り向かせたのはむしろ、その言葉だったのかもしれない。モールドレはどこかゆっくりとした動作で、クラフトをしっかりと見つめ返した。
――今度こそ食らいついて離さない。
そんな意思を湛えて、真っ直ぐ己を見つめる瞳。
そして。
ドレアドルの次に初めて、本気で己の名を呼ぶ声。
そうしてクラフトは、今度こそその執念でモールドレに一撃を刻みつけた。
「あ、あはハハハはははハぁ‥‥!」
壊れた笑いがモールドレから上がる。狂気にまみれながらしかしそれは充足の笑いでもあった。これで、いい。やはり己はここに居て良かったのだと。
(戦う意味‥‥戦うことの中でしか、見付けられねェことなのかも、な)
どこか滑稽で哀れさを誘うモールドレを、しっかりと見つめながらヤナギは内心で呟いていた。
同情はしない。まだここは戦場だ。侮ることは、しない。
構え直すヤナギの前で、モールドレが変化していく。解除したはずの漆黒化が再び現れ、腕ではなく全身へと広がり、異形化していく。
「僕が目の前しか見ていない!? 分かっていないのはお前の方だ‥‥! 僕は終わっていない! お前らが僕を倒したことが刻まれている限り‥‥」
モールドレはユーリを吹き飛ばし、祐介の腹に大刀の刃を突き立て、翻す刃と柄で旭とヤナギの鎧をひしゃげさせる。止めようもない暴力とその速度。
「僕を倒したお前らの技術を、誰かがヨリシロとして取り込めば僕はまたバグアの流れに還る、それだけだ‥‥! 覚えておけ、お前らの勝利こそ、僕らの糧だ! ドレアドル様への供物だ!」
限界突破。目の前の存在たちが、己を倒した存在として捧げうると判断したが故の。
死人を出さないには、誰かが殺される前に倒す――それしかないと、傭兵たちは各々の武器を振るい、叩きつける。
無数の攻撃を受けながら、モールドレは逃げるクラフトにすがりついて、拳を叩きつけて。
「だから‥‥お前は、ドレアドル様に連なるものに殺されろ――‥‥あはハハはっ!?」
モールドレは告げて‥‥そしてやがて、崩れ落ちていった。
努力を認めた、その祝福と呪いが、クラフトに刻まれる。
でもそれは、‥‥まるではじめてできた友人に、躊躇いがちに「また遊ぼうね」とでも言いたげな響きにも感じて。
「‥‥冗談じゃないよ。ドレアドルにも、どんなバグアにだって、殺されてたまるもんか」
振り切るように、クラフトは小さく呟いて‥‥崩れ落ちた。
●
「撃って撃って撃ち捲くるぜー。ウラーーーーー」
戦いは終わっていない。十蔵を始めとして、モールドレの凶手を辛くも逃れた一行はまだ残党相手に戦いを繰り広げている。
戦線離脱した傭兵は少なくなかったが、モールドレを倒したという報が兵の士気を上げ戦線の崩壊を防いだ。
戦いのさなか、混ざる強化人間やバグアの数が、減っていることに気付く。おそらくドレアドルが撤収させたのだ。
激しい戦いが、こうして収束してく。強敵相手に、傭兵たちは、今回も成し遂げた。デリーへの増援は、阻止されたのだ。