●リプレイ本文
作戦開始時刻。指揮官の号令、直後にそれは、先陣を切る兵士の雄叫びに上書きされる。
同時に、迎撃するキメラが街のあちらこちらから姿を現した。
「前線で斬り込んでいく、か。囲まれるのだけは避けたいところだな」
シクル・ハーツ(
gc1986)が呟く。最前線の兵士と共に彼女はいた。同じく敵の最前線にいるキメラを、誘い出して斬り伏せる。
シクルのやや後方から、小鳥遊神楽(
ga3319)がSMGを振るっていた。弾幕でキメラを足止めしつつ、味方の攻撃のタイミングに合わせ標的の気を逸らし、援護する。彼女がカバーする範囲は、共に作戦を請け負った傭兵たちだけでなく、兵士にも及んでいた。
「‥‥いかに作られた英雄といっても、ここで大損害を受けるような事があったらUPC軍全体の士気にも関わるしね。出来得る限りの協力はさせてもらうわ」
それは、完全に本音ではないことを神楽は認めていた。ただ単純に、小隊の皆の被害が少しでも少なく出来ればそれでいい。
と、そこで先頭をいくシクルらに向けて、紫色の光が伸びる。圧縮フェザー銃。二度、三度と繰り出された射撃を全て避ける。バグア兵と、新手のキメラが回り込んでくるのが見えた。
「援護、頼む!」
シクルが叫ぶと、正規軍がキメラの進路に先手を打って立ちふさがり前衛の横手や後ろに回り込むのを阻む。
打ち合わせ通り動いてくれたのをみとめると、シクルはバグアへと距離を詰める。他班に援護要請を出すべきか‥‥その前に、試すように彼女は一撃を繰り出した。金色の刃が翻り、バグアの胸に叩きつけられる――刃を切りかえして更にもう一撃。バグアが動きを鈍らせたのを確認すると、彼女はこのまま自分が押し切る方がいいかと判断し構え直し‥‥。
その時、建物の内部で息をひそめていた別の強化人間が動きを見せていた。増援の到着に混迷を増した最前線に、銃口が静かに差し向けられる。更に狙いをつけようと窓から顔をのぞかせた瞬間、狙い撃たれたのは強化人間の方だった。
夏 炎西(
ga4178)の働きによるものだった。彼もまた軍に随行し、周域の把握、伝達という形で戦線に貢献していた。情報の主たるものは、バイブレーションセンサーで感じ取ったものだ。
(インド、デリー‥‥)
かつての大規模作戦を思い出す。都市一つを消し飛ばした、ラインホールドの脅威。
だが同時に想う。北京での戦いのこと。長く苦しめていた脅威はしかし、皆の力で倒すことができた。
それは‥‥今感じる振動が伝えるもの。どんなに蹂躙されても、諦めることなくここまで来た人類の意思。
(自分もまた‥‥そんな意思の一つであれるよう)
意識を集中する。無数に流れ込んでくる状況。どれが敵でどれが味方だ? 注目すべきポイントはどこなのか。この規模の戦いで、振動だけでそれをつかみ取るのは容易なことではなかった。
その、炎西とは対照的な表情で、不破 イヅル(
gc8346)はキメラの群れへと切り込んでいく。
(奴らの影も形も残さない‥‥徹底的に排除してやる)
向かい来るキメラをすり抜け、ガラ空きの腹に向けて交差させた双剣の一撃。一体倒したら一息もつかず次へ向かう。時折、わずらわしげにエミタに治療を命ずると、活性化した細胞が傷口をふさいでいく。
ただ淡々と、屍を築いていく。
誰かに褒められたくて傭兵をしてるんじゃない。戦ったことに対して誰かが何を言おうと思おうと関係無い、と。
欲しいのは誰かからの賞賛でも未来などでもなく――あの日来るはずだった明日。過ぎ去ってしまった昨日。
過去は取り戻せず、未来は望めない。どうでもいい、と剣をふるい続ける彼は、しかし悲壮感も感傷も表には出さない。ただ、どこまでも暗い瞳に絶望を宿すのみだった。
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傭兵たちの一班は、直接戦闘ではなく情報収集に念を置いて行動していた。
高坂 永斗(
gc7801)は、比較的形を遺すバレーリーの町並みを興味深く見まわしている。破壊され蹂躙されるだけの瓦礫の山と化した町々は幾つも見てきた。バグアたちはこの町をどのように利用するのか。
「そうだね、とりあえず高いところでも目指してみないかい。高所の占領は有利に進むと思うよ。敵も同じ事を考えているだろうけどさ」
セラ(
gc2672)が口を開いた。永斗としては、異存はない。バグアがいたらいたで‥‥それらが利用している施設を抑えることができるならばむしろ好都合だ。
道の汚れ具合、擦り減り方などをルートを探りながら彼らは進む。やがて目をつけたのは一つのホテル。
「妙に綺麗な施設だな‥‥あからさま過ぎるにも程があるだろ」
他の建物と異なりはっきりと手入れされている痕跡を残すそれに、永斗がぼやく。
「あからさま過ぎて罠を懸念するがね。どうするんだい?」
こうなると読み合いだ。秋月 祐介(
ga6378)も加わり僅かな時間で考える。建物や道路の具合。戦力の分布。指揮官の性格。目星をつけた建物は罠か? 拠点か? それらを短くまとめて、突入の判断を下す。
「んじゃ、ちょっとだけ遊んでいこうねー」
クラフト・J・アルビス(
gc7360)が軽い調子で宣言して乗りこんでいく。
蹴破るように乗り込んだ扉の先。敵はすでに展開を完了していた。クラフトは迷うことなく、中心に居た強化人間に向かって突撃する。
キアルクローの一撃を、強化人間の腕が受け止める。そのまま振り落とすように強化人間が腕を振るい、そのまま逆の手でナイフを繰り出してくると、クラフトはそれをバックステップでバランスを取りつつ避ける。
「よく考えたらペネトレイターとしての強さ見たことないや」
数度の打ち合いの後、思わずクラフトは零していた。実感として身体が、軽い。強化人間と真っ向から勝負して、互角に動けている感触は、あった。
とはいえ、余裕はない。動き自体はクラフトのほうが勝っているのだが、避け損ねた場合の防御力の不足が課題であることも思い知らされる。ナイフの刃が己の肉に食い込む感触に、クラフトが苦悶の声を漏らす。
祐介がそこで、後方から錬成治療を飛ばす。だが回復役を放っておいてくれるほど敵も間抜けではなく、キメラが回り込んで祐介の元へ向かう。意識してそこをカバーするものがいなかったがゆえに、フォローは一手遅れた。左右からキメラに襲撃され、迎撃と自身の回復に追われる。永斗が祐介の左の一体に対し、続けざまに銃撃を叩き込むが‥‥すぐには倒せない。
一気に制圧、と行くには、このチームは決定力に欠けた。回復と防御のサポートを受けて、削り合いの末にクラフトが強化人間に王手をかける、まさにその瞬間。
「下がれっ!」
セラが叫び、盾を掲げて前に出る。クラフトは反射的に、後ろに跳んでいた。直後――強化人間の身体が爆ぜる。
盾越しに伝わる衝撃に、セラは足を踏みしめる。自爆を十分に警戒していた価値はあったのだろう。クラフトは浮いた身体を爆風で転ばされながらも、大きなダメージは受けていない様子だった。
「‥‥情報、聞きそびれたね」
クラフトがぼやく。全員、軽く首を振ってから、この場所の捜索を開始した。
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また別の班。その先頭を走るのは堺・清四郎(
gb3564)。
「目標はデリーだが今はバーレリーの攻略だ、あまり先を見据えていると目の前のことに足元掬われるぞ」
兵士にくぎを刺すように告げ、とはいえ、はやる気持ちは彼自身、理解できないわけでもない。
奪われた故郷の奪還。いつの日か彼の国、日の本もバグアを完全に駆逐するために訪れる日が来るだろう。
その時までは死ねない。散って行った仲間の為に。だからこそ。
(今はただ一振りの刀としてバグアを断つのみ!)
心の奥底で宣言するとともに鍛え抜かれた業物の刀、獅子牡丹を抜き放つ。
丁度その背を追う形で、杠葉 凛生(
gb6638)が周囲に視線を巡らせる。
彼もまた、故郷を取り戻したいという想いに己の目標を重ねていた。復讐と贖罪に苛まれ、みじめな死に場を求めた男の姿はそこにはない。バグアからこの星を取り戻すという、揺るぎない決意の元に彼は今、銃を手に取る。
迷いなく進む彼らに、キメラの群れが立ちふさがる。
「さっさと倒してインド料理食べるんだー」
タイサ=ルイエー(
gc5074)がデビルズクローを、甲殻の継ぎ目を縫うように突き立て、そのままひねり込むような一撃で止めを刺す。
「このキメラどもは食えるのか? 食えないキメラなんぞ、存在価値なんてねぇーよ」
御剣雷蔵(
gc7125)が、獣の皮膚にノコギリアックスを叩きつけると、力まかせに引いて傷口をズタズタに広げていく。
倒しても倒してもあふれ出てくるキメラたち。進めば進むほど、むしろ数を増やしていくそれに‥‥だが彼らは、むしろ己の進路が間違っていないという確信を深めていく。
「‥‥周りは俺が見ている。遠慮なく切り込め」
これほどの群れは、本陣を守る敵群だろう。正念場と見て、凛生が低く、味方たちに告げる。
まず、清四郎が動いた。敵陣の真ん中まで突撃すると、叩きつけた刃から、十字に衝撃が走りる。
「お前等 邪魔邪魔邪魔ー」
「だからっ! 喰えそうなキメラいねえのかよっ! 鎧だの虫だのっ!」
あいた風穴から雪崩れ込み、蹴散らしにかかる傭兵たち。凛生以外はスキルを惜しむ様子はないことに、若干の不安はあった。だが、編成を考えればこれで正しいのかもしれない。――回復役が、いない。短期決戦に頼らざるを得ないところは、あった。
「首を置いてけ! バグアども!」
やがて正面突破を果たした清四郎が、敵拠点に踊り込む。トラップがないことは凛生が確認済みだ。
そうして‥‥現れたのはシャムシールを持ったバグアだった。これまで積極的に攻めていた清四郎は、ここで一度相手の動きを待ち構える。そうして一撃をあえて受けてから、反撃。刃の煌めきは、一瞬の間に数度、瞬いた。一度に切り裂かれバグアが驚愕を浮かべた。
だがその背後で、タイサの腹に強化人間の拳が深々と突き刺さっていた。単独でやみくもに手を出したのは迂闊だったのだろう。凛生がタイサの援護に集中する。雷蔵はキメラの相手に集中しており、清四郎はバグアと一対一の形になる。
シャムシールの一撃が、清四郎の身体を、幾度も打ちすえる。身体の軽さでは相手に譲ることを認めて、それでも彼の誇りは揺るがなかった。
「傷の一つ一つが誰かを守った誇りなのでな」
バグアの意識が己から逸れない、逸らすわけにいかないという事実に清四郎は手ごたえを確かにしていく。やがて渾身の一撃が、バグアの命運を断ち切る――
「大将首、取ったぁ!」
清四郎が、盛大に宣言する。ただでさえ派手に立ち回っていた清四郎の動向は目立つ、ここで大きく手がらを宣伝したのは兵士たちの士気に大きく影響を与えた。
あちこちで雄叫びが上がり、キメラたちの駆逐に力がこもる。
傭兵たちはセラが確保していた拠点に一度集合、負傷が深い者を一度治療する。
だが、錬力の消耗はどうにもならなかった。ここからは派手な動きはとれず‥‥戦況は自力頼りの消耗戦へと傾いていく。
しかし、個体が減っていけば、キメラたちは統率を失っていった。しばらくすれば人類側の優勢は目に見えて明らかとなり――結果として、疲弊はしたが、大きな損失はなく、人類の勝利に終わったのだった。
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「めっさ 腹減ったよ」
軍のベースに戻るなりタイサが言った。
さすがに戦場近くでインド料理の店をのんびり探すわけにもいかず、タイサの要求は、現地の兵が補給の品からどうにか作り上げることでとりあえずかなえられた。
雷蔵は、帰り道で探してきた、どうにか食べられそうなキメラの死体を黙々と解体している。
その間、軍と言えば、改めて脅威がないかということから、戦果に負傷者にと慌ただしく確認と報告に駆けずり回り‥‥そうして孫少尉は、報告の隙間から、あるいは戦場で見た背中から、傭兵たちの、戦いに対する姿勢を、幾つか感じ取っていた。
例えば力を得たことによる、義務感。誰かの役に立ちたい、あるいは穀潰しと言われるのは嫌だから。
あるいは『場所』にかける想い。己にとって意味のある場所。あるいは地球そのもの。
あるいは――
「‥‥陽星さん?」
一段落したのを確認してだろう、そこで神楽が孫少尉の元へやってきた。彼女が戦う理由。力があったから、周りの知り合いが傷つくのに目をつむりたくなかったから、と語るのを、孫少尉は複雑な目で見ていた。
『あなたには大切な人はいないんですか? 一緒に歩みたい人はいないんですか?』
シクルの問いかけを思い出す。戦いを終えた後の孫少尉にその問いは少し、苦い。大切な人。その人のために戦ったと自分は言えるだろうか? むしろ戦場においては特別視しないように言い聞かせていた。指揮官として、戦況を見誤らぬよう。間違ったとは思わないが、それが彼女を傷つけないかという不安はあった。
神楽と、限られた時間で許される会話を終えると、入れ替わりで祐介が現れる。
拠点から得た情報から、バグアが新たにデリーに対し攻勢を仕掛ける準備があるのではないか、と懸念を伝えにきた‥‥
「と、言う建前はさておきですね」
ふっとそこで表情を緩める。むしろ彼が話しに来たのは、この間の『続き』だった。
「以前伺った答え‥‥解無しも解ですが、それは自分の針路とは違いますな」
ただ一人の、大切な者の未来のために。そう言った祐介とは、確かに今の自分は異なるか。胸に刺さる棘を更に押し込まれた心地で、孫少尉は押し黙る。
祐介は続ける。如何なる解を選ぶも自由、道が同じになるようならばいつでも言ってくれと。
「ただ、あまり遅れる様なら間に合わなくなるかもしれませんよ。何せ、自分には迷いは無いですからね」
‥‥それは、その通りだった。迷い続けている余裕はないのだろう。時間は過ぎ続け、状況は流れ続ける。先行きを見通さないまま立ちつくせば、流されるままになるだろう。その先に偶々望むものがある――というのは、あまりにも楽天的過ぎる見通しだ。
祐介が立ち去った後、違う空気を求めるように孫少尉は外に出る。
凛生が静かに、紫煙を燻らせていた。見据えるその先にあるのは‥‥己を変えてくれた、かけがえのない存在の故郷、その場所だろうか。彼もまた、己の捧げるべきものを、そのための在り方をしっかりと見つけているようだった。
「私は‥‥不器用ですよね」
横に並ぶ気にはなれなくて。背後から、情けない心地で思わず呟いて‥‥誤魔化すように。孫少尉も愛用の禁煙パイプを取り出していた。
それぞれの想いを抱え――バレーリーの戦いは終わりを告げ、しかし。
休む間もなく。
迷う間もなく。
次の戦いの予感は、忍び寄ってきていた。