タイトル:【QA】拙速か巧遅か。マスター:凪池 シリル

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 9 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/01/23 20:54

●オープニング本文


 ――一枚の紙を挟んで、軍人と科学者。

「余分が多いんじゃないか」
「これでも不足だと思っている」

 意見は真反対。

「ちんたら建設してる暇があると思うか? 途中で襲われて重要部分が破壊されました、では計画自体がおじゃんになるのがオチだ。もっと最低限の設備にとどめ、早急に兵を配備できる体制を整えるべきだ」
「我々はここをただの前線基地と言うだけの認識で設計するつもりはない。特性を考えれば、配備されるもののストレスは考慮すべきだ」
「軟弱なことを言っていられるご時世ではあるまい。貴殿らに行けと強制するつもりもない」
「そうだな。我々は強制されない。『貴方がた』で向かうのは誰だ?」
「それはまあ‥‥この場所だ。厳正に考慮を重ねた上で決定する。適度に勇敢で、柔軟性があり、それから‥‥」
「‥‥それから? 適度に消耗品と考えられる部隊か? どの道、貴方クラスの人がいきなり行くわけじゃないんだろうな」
「――それで。ご丁寧にそちらが我々の心配をしてくれのは完全に善意だけか? 軍事予算で貴様ら科学者のおもちゃ箱を作らせようという魂胆はないと言えるのか? 平時ならそれも国の発展を思えば悪くはないのだろう、だが今はそんな余裕がない‥‥好き好んで兵士を死にに行かせたがっているかのような物言いはやめてもらおう」
 そこで互いに顔を見合わせて、睨みあい――少しの後、同時に力を抜くように重い息を吐いた。

 平行線になるのはどうしようもないとお互い理解していた。『どちらも正論』なのだから。

 ――月面基地建設計画。

 それが、今ここ、太原衛星発射センターにおいて軍人と科学者が検討している事項だった。
「一つ提案がある」
 少しの沈黙の後、口を開いたのは科学者のほう。
「本格的な『アジア宇宙軍』の編成はもうしばらく先になると聞いている」
「ああそうだ。だからこそこの基地が重要な意味を持つ。完成を急がなくていい理由には――」
「そうじゃない。つまり、着工してしばらくは、その護衛の中核を担うのは『軍』ではないんじゃないかと聞きたいんだ」
「それで、何が言いたい」
「そちらの懸念は『時間をかけて、完成するまでに守りきれるのか』と言うことだろう。‥‥ならば、『実際に守りにつく者』の意見も取り入れるべきじゃないか」
「‥‥そういうことか」
 軍人はまた、深い溜息をつく。

「――あくまで参考意見としてだ」

 結局、この場で二人で議論し続けても不毛であることは向こうも理解していたのだろう。今ここでの一つの落とし所として、傭兵の意見を聴取する会を設けることが了承された。

「‥‥さて、今度は彼らはどうしてくれるかね。また、美味いコーヒーが飲めるといいんだが」
 部屋を辞して、太原衛星発射センター、宇宙開発室室長は、少し前のことを思い出すと、自然と微かな笑みを浮かべていた。

●参加者一覧

/ 小鳥遊神楽(ga3319) / アルヴァイム(ga5051) / 秋月 祐介(ga6378) / 赤崎羽矢子(gb2140) / フィソス・テギア(gb4251) / ソトース=ヨグ(gc3430) / ミリハナク(gc4008) / ヘイル(gc4085) / かいと(gc8550

●リプレイ本文

 ――ちょっと紙を取ってくれるか。ああ、そんないいものじゃなくていいんだ。一面何も書かれていなければ、仕損じたコピーの裏なんかでいいから。‥‥そうだな、まあ、一応、2、3枚。
 ん。どうもな。じゃあ、行ってくる。

●前置き

「‥‥お久しぶりね。相変わらず忙しそうだけど、皆身体とか壊していない?」
 会議室に入ってきた科学者と軍人――主にその片方、科学者のほう――を最初に出迎えたのは小鳥遊神楽(ga3319)だった。手には菓子折り。以前の様子を知っている故の陣中見舞いといったところか。
「お気遣い感謝する。相変わらずと言えば相変わらずだが‥‥まあ、前よりは大分ましだ」
 片手に菓子折りを受け取って、室長はぐるりと中を見回した。
「ふうん。ぼちぼちは、集まっているんだな」
 提案はしたものの、実際傭兵が興味を持つ話かというと不安はあった。
「月面基地‥‥人類は再びその地を踏み、根を張るのだな。ついこの間まで地上に押し込められていたかと思うと感慨深い」
 呟いたのは、フィソス・テギア(gb4251)。
「こんな事まで考えられるようになったとはな‥‥。戦争のおかげ――いや、戦争の所為、と言うべきか」
 ヘイル(gc4085)は、溜息交じりに行った。感嘆と悲嘆、どちらも含んだ様な吐息だった。
「ホントに。戦争の為の施設を作るなんて素敵ですわね。微力ながらお手伝いしますわ」
 その、ヘイルの呟きを拾ったミリハナク(gc4008)は、彼の苦悩もなんのそのと、あっけらかんと言った。
 そのまま彼女は、無機質で愛想も何もない会議室の机に、まず真ん中に白い箱を置き、次に買い物袋から缶を取り出すと一同に配って回る。
 白い箱はホールのチーズケーキ。缶はミルクティーだ。そこらへんで買ってきたものだろう。手作り? 何のこと? と言わんばかりのそれは乙女らしさは皆無である。
「意見聴取会って、言い換えればお茶会ですわよね? ね!」
 彼女の振る舞いに、何人かから思わず微笑と苦笑が漏れた。
「‥‥違いない。あくまで参考意見だ。それぐらい、気軽に何でも言ってみてくれればいい」
 笑って科学者は隅の方に座って、手にした紙を卓上に広げる。ぶらぶらと鉛筆を振って待ちかまえるように傭兵たちに向けてにやりと微笑んだ。

●各項目評価

「基地の防衛能力は最低限で構わないのではないかと思う。KVやラインガーダー、戦闘艦で補えば良いだろう」
 まず、課題となっている各項目の評価。手始めに防衛力からと、フィソスから口を開く。
「そうだな‥‥最低限、とは言わないが、俺も似たような意見だ」
 ヘイルがそれに一部同意する形で続いた。ただし彼は『最低限』ではなく『それなり程度に留め』という表現をしたが。
 代わり、港湾施設を増やし、高速輸送艇での多拠点との連携や、傭兵の常駐など機動戦力を多めに配置することでその代用とする、と。
「傭兵の常駐、な。建設段階でそれをあてにするのはやや危険に思うが」
 月面基地に常駐してもらうとなると長期任務契約限定になる。宇宙という未知の場所で、どれくらいの応募が来るのか。予測が全くできない状態だ。
「人員については、艦艇も配備することだしな。それなりにはなると思うが」
 軍人が何気なくそう言ったところで、「で、あるならば、」と、アルヴァイム(ga5051)が切り出した。
 艦艇を配備する、という条件ならば基地自体の迎撃施設は監視網以外は省略出来るのではないか、と。
 ただし、勤務者の不安解消、という点では住処たる基地の頑強さは重要と考える。施設自体の頑強さは通常の基地よりも高いものにすべきであるとも添えた。
「そうよね。敵の本拠地に近いところだし、あたしは最大限戦力が必要だと思う」
 そう言って、防衛力に対し、最高の技術を求めたのは赤崎羽矢子(gb2140)だ。
 ただ、そこに神楽が疑問を挟む。
 基地自体の防御力を高めたとしても、バグア側の機動戦力の前でそれほど役に立つだろうか‥‥と。
「だから、対空装備は必要最小限度に抑えて、KVやラインガーターのような機動戦力の運用に重点を置いた設計の方がより現実的だと思うわ」
 フィソスやヘイルと同様、基地自体ではなく防衛力は他の能力に依るべきという意見のようだ。
「ただ、地上と違って逃げ場のない月面に建設する以上、基地の重要施設や待避シェルターなどの耐久力だけは優先的に強化しておく必要はあるわね」
 そしてこちらはアルヴァイムと近い意見か。
 基地自体の対空能力は並み程度に。しかし頑強さは高めに‥‥防衛力については、一旦の落とし所としては、このような形に纏まりそうか。
 次いで話題になるのは居住性。これは、皆の意見は大体一致した。
 概ね、長期滞在となること、それによる士気の低下を考慮してある程度の余裕や、ケアのための施設を、という意見が大半だった。
 ただ、
「一番のストレスは命の危険だし、防衛優先で余裕が出てからでいいんじゃないかな」
 まずは最低限+α位でいいんじゃないかな、という羽矢子の意見に、軍人は神妙に頷いていた。防衛力を通常より高めるなら、ここを抑えたいというのは納得のいく流れだ。
 ‥‥逆に、贅沢をしろ、というような意見はこの時点ではなかった。このことは全体の流れに少し影響を与えそうだ。
 さて、拡張性の話だ。
「後々のことを考え、拡張性は高くすべき、というのが私の意見だ。もしも他の機能が足りないのであれば後から増設して行けば良い」
 フィソスが、ここは最大限考慮すべき、と口火を切る。
 神楽が、フィソスよりはやや勢いは控えめながらそこに続いた。
「今後の戦局次第では基地の拡張が必要になってくると思うし、場合によっては機体開発や兵装、装備の研究などの為に新たな設備を併設する事になるかもしれない。そう考えると拡張性には大きな含みを予め持たせた方が良いと思うわ」
「うん。そういったことを踏まえてインフラに余裕を持って設計してみたらと思うかな」
 これまで、全体的な意見とは異なることが多かった羽矢子も、ここは多数派と一致をみる。と、ここで羽矢子は、この会議が始まる前の雑談で何か聞いていることがあったのか、秋月 祐介(ga6378)の方をちらりと見る。個別評価に関してはこれまで口を出さなかった祐介だが、何か考えはあるようだ。だが、
「それは、一通り落ち着いてから、ゆっくりと」
 羽矢子の視線に、何か意見があるのかと促されると、この時点で出すのは適切でないと踏んだのか、祐介はそれだけを言った。

「――最終的にはカンパネラやLHに匹敵する戦略拠点に、と思っている」
 そうして、拡張性に対する話が再開すると、ヘイルがそう言った。
「そう。人類が月面で暮らせるように‥‥将来は月面都市にまで発展させることが出来れば良いな。我々は戦争のことばかり考えているが、もっと先を見据えても良いと思う」
 フィソスがそこに同意を見せた。話が随分大きく、言ってしまえば夢想じみた話になってきた。ここで軍人がふん、と鼻白んだ。
「――‥‥馬鹿馬鹿しい。傭兵が科学者以上にロマンチストだとは。貴様ら前線で何を見てるんだ?」
 何故そんな呑気なことが考えられるのだ。今現在、最前線でそんなことを考えている余裕があると思うのか?
 20年。宇宙に反攻に出るまでにこれほどの歳月がかかったのだ。敵の本拠地との戦い、それが収束するのがすぐそこの話かと思えるような言いぶりに‥‥一通り憤ってから、これが若さなのか、と軍人はやれやれと溜息をついた。
 20年も戦ってきた。20年も戦ってきたのだから――その先に続く言葉は、人によって真逆となることだろう。
「月移住計画! 並びに外宇宙侵攻の為にも、地球外に作る軍事拠点の建築データは多い方がいいですわ。いずれ人類がバグアに取って代わって宇宙支配を目論むというのは決定事項なわけですから、長い目で見て現在の最高技術でつくりましょう!」
 そんな軍人の様子など意に介した風もなく、ここでミリハナクがいい加減待ちきれないとばかりに口を開いた。
「ああっ! 別惑星への侵攻とか楽しみですわ。どんな素敵形状の宇宙人がいるのかしら」
 そして、そのまま彼女はうっとりと、宇宙での戦いに想いを馳せ一人いい空気を吸っていた。
「‥‥。期待はしていなかったがせめて真面目にっ‥‥!」
 軍人が立ち上がりかけたところで‥‥科学者が、心底満足そうな笑い声を上げた。
「今の話の何が笑えるんだ!?」
「いや。我々の目的からしたら彼女の態度は実に参考になりませんかね? 問題は完成までに守りきれるかという話だ。ならば堂々と『戦ってやるから最高のものを作れ』と言ってくれる人にも来てほしいと思ってましたよ、俺は」
 科学者はそう言って笑って、ミリハナクが持ち込んだミルクティーのプルタブを押し上げる。
 ぐっと一口飲みほして‥‥「ミルクティーよりコーヒーの方が良かったな」と笑って注文をつけたのだった。

●自由意見

 なおも釈然としない様子の軍人に、アルヴァイムは、自分は一カ所では索敵及び開発には限界があると考え、拡張性は問わないと答える。
 冷静な意見に軍人が一目置くと、アルヴァイムは続けて一風変わった提案を申し出た。
 ――三国志での【赤壁の戦い】に於いて、魏軍が取った【連環の計】は使えないか? と。
 具体的には艦艇一隻ごとをブロックとして改造、建造。それぞれ接続用のゲートと情報交換用のケーブルを結び基地として機能させるというものだ。
 それらと接続用の資機材を現地へ運ぶ事で現地での工数は相当数減らせるのではないか。
 それから、艦艇の既存ラインの活用、基地設置後の転用の容易さ。そのあたりをメリットとして挙げる。‥‥が、軍人は残念そうに首を振る。
「すでにある程度宇宙戦争が進んでいれば面白い案だったかもしれんがな‥‥軍の宇宙進出はまだこれからとなれば、宇宙用巡洋艦の建造数はまだ十分といえん。艦としての機能を潰して基地に転用できるほど、実数にも生産ラインにも余裕はない」
 まして、推力をカットして、というのであれば、初めから箱として作った方が工数としての無駄は出ない。
「艦でなくとも、1ブロックの大部分を地上で生産してから宇宙に打ち上げる‥‥というのは可能だな。何せ、我々にはマスドライバーがある」
 科学者がそこで口を挟んだ。構造を単純化してよいのであれば、艦艇でなくても似たようなことは実現できるのではないかと告げる。
 それならば、と、祐介がそこで動いた。
 彼が提示したのは、中核となる施設と、それと連携できる個別独立の施設、という最終形だ。
「中核は、現状の予算・期間から早急に作れる規模の施設を完成させ最低限の防衛力を持たせます。そして、爾後の予算・期間から次に建設する連携施設を選定し最終形を目指す」
 状況変化に応じて最終形でなくとも適当な規模で終了も可能な形にする、と。
 拡張性について話し合っていた時、羽矢子が引っかかっていたのはこの案なのだろう。祐介の言葉に彼女は、頷いて居た。そして、その案なら後からの建て増しという形でもいいから‥‥と、己の希望を述べる。
「宇宙では練力の問題がついて回るから、頻繁に補給することを踏まえてKVの離発着が安全に行えるハッチとかあればとか」

 ‥‥そこから、なんとなく自由意見の流れになっていた。
「基地そのものでの戦闘ではなく、防衛ラインを遠くに設定できるように観測機能や索敵性能を重点的にしたらどうだろうか」
 これはヘイルの意見。
「敵部隊が攻めて来ることを考え、迷路状にし、敵部隊を拡散できるようにしたらいい」
 かいと(gc8550)が述べた意見は、工法が複雑化しすぎるという点で難しそうではあった。
「施設として、お土産屋さんよろしくね。ペナントと月の石は必須! あと月のウサギを捕獲したいので、基地建築時に目撃したら巣の情報とかの記録をお願いしますわ」
 ミリハナクの意見は‥‥どこまで本気なのだろう。
「月面基地はドーム型の形状をしており内部は長期の滞在を考慮に入れた生活居住区、商業地区、スポーツジムを兼ねた施設がある。
基地外部には軍事施設、生産施設、軍港を繋げる幹線道路がある。
軍港には宇宙巡洋艦、輸送艦の発着場が複数存在する、軍事施設には迎撃用砲台、KV発進用電磁カタパルトの管制や補修を行う。 
 基地外部の施設、ドーム共にメトロニウム合金製であり複数回のプロトン砲の攻撃に耐えられる物とする。
 ドーム基地は将来性を踏まえて最初から大きいサイズで建造しておく。そうしておけば何か必要となった際にも対応する事が可能だからである」
 そうして、ソトース=ヨグ(gc3430)が滔々と、イメージを語る。
 軍人はもう、好きに言ってくれ、とあきれ果てた様子で聞いていた。
 科学者は‥‥時折くるくると鉛筆を回しながら、傭兵たちの言葉にせわしなく手を動かし続けていた。

 傭兵たちの中ではアルヴァイムが、意見の分類整理をしている。各自の提案の共通点と相違点。多数意見を中心に全体を取りまとめ、相違点に妥協点はないか、出てきた意見の中で調整を行う。
 統一性、整合性に齟齬は出ないか。参加者全員が把握できるよう、板書きで全体に開示し配慮する。
 段々と、纏まっていくのは――こんな形。

 中核となる施設は極力工法を単純にし、地上で大方を完成しマスドライバーで打ち上げるものとする。このため防衛力については、施設自体の頑強さを中心とし対空砲の配備はせいぜい並み程度に。このため、施設の利用開始と同時に艦艇とKVの配備体制は整えておくものとする。
 居住性に関しては並み程度、ただし運動能力の低下を懸念し運動施設、それから医療従事者の配備やメンタルケア、運動能力のチェックなど可能な限りの配慮を。
 インフラ能力に関してはこの時点では余力を持たせた設計に。
 中核施設が完成した段階で前線基地としての利用は一度考慮する。だが、戦況により余裕が生まれれば、艦艇、KVを防衛力の要とするその性質から、補給能力の高いKVハッチを手始めに施設の増強を図る‥‥――。

「‥‥ふむ」
「‥‥まあ」
 意外なほど、軍人と科学者、双方が真剣に考え込むほどにしっかりとした形が生まれつつあった。
 ひとまず、この場ですぐ結論を出すわけではないが、持ち帰り検討するという形にはおさまったのだった。

●愛称

 これに関しては、まず、出た意見を列挙させていただく。
「月基地か。ラストホープやゴッドホープにならってムーンホープとか?」
 これは羽矢子。
「そうですね、中国の伝承から、崑崙‥‥なんていうのは如何でしょう?」
 これは祐介の案。
「基地の愛称は【ユエリアン】、漢字で【月亮】と書きます。いかかでしょうか」
 ソトースはそう述べた。
「【ヴァルハラ】。対宇宙の重要基地であり、常に戦い続ける基地になると想定されるので、神話から引用ですわ」
 ミリハナクは‥‥やはり戦いに想いを馳せながらだろう、そう提案する。
「『繋がる希望』の意を込めて『Connected Hope』」
 ヘイルの案は、他の宇宙基地やカンパネラとの連携を意識してだろうか。
 それらの案を並べてみて‥‥どうします? と科学者は軍人に尋ねる。軍人は、そんなものどうでもよい、好きに呼ばせておけ、と、どうでもよさそうに答えた。
 まあそうだ。愛称など結局好きに呼ばれていくうちに定着するものだろう。
 さて――それだと。
「俺は‥‥【崑崙】が気に入ったかな」
 中国人だからだろうか? と科学者は笑う。が。
 だがそうしてみてみると、色々とこじつけは思い浮かんでいた。
 まず、建設予定地となる場所のクレーターの名は、『アンナプルナ』。ネパールにある山の名で、サンスクリット語で『豊穣の女神』を表す言葉だ。
 崑崙もまた、女神のすむ山。そしてその女神の名は――西王母。KVに恵みを与える山と考えるならば、かの女神が住まう山というのは中々面白い。
 そして‥‥現在、この月面基地計画の要として建造中の巡洋艦、建造前から後まで、この基地を中心として動いてもらうつもりのエクスカリバー巡洋艦、命名規則に従い、この艦に付けられる予定の武器の名が。
「‥‥まあ、微妙どころではあるのだがね。それでも偶然の一致は面白いな」
 ‥‥勿体ぶるほどのものでもないが、その名は、初任務の時にまた。

 そうして、科学者は笑って、ひらひらと手にした紙を掲げ仰ぎ見た。



 紙に大きく書かれた丸。その中心に、四角いブロックが配備され。その横に書き殴られた楕円は、一応巡洋艦のつもりだ。その周りを、出来そこないのミサイルのような物体――KVのつもりだった――が、飛びまわっている。補給ハッチのつもりのもの。大きな電波塔。迷路状に伸びた通路、たくさんの建物に商店。それらを巨大なドームで覆う‥‥つもりの、落書き。
 後から後から書き足したそれは、ひどくぐちゃぐちゃだ。
 何かしら『愉しい』ことを言われるとは期待していたが‥‥こんなにごちゃごちゃとした落書きが出来上がるとは‥‥全く、恐れ入る。
「さて、どこまで夢を見る? いつまで夢を見てられる? どこまで――現実に、見せてくれるのか。『希望』のお手並み拝見とさせてもらおうか」
 笑って室長は、また手にした紅茶缶を呷る。
「‥‥甘過ぎる。少なくとも、ケーキには、あわん‥‥」
 そして、そう言って眉をしかめた。