●リプレイ本文
「今回の作戦の隊長さんなのですね‥‥よろしくお願いします」
ブリーフィングを終えて、にこりと笑みを浮かべて挨拶をしたのは御法川 沙雪華(
gb5322)だった。
彼女は今回が初任務になる。緊張するし‥‥正直、恐怖もある。
実力不足もわきまえた上で、それでもここに来たのは、アジアの民の一員として、力になりたいという想い。
「微力ですが、自分にできることを精一杯、務めさせていただきます」
己の気持ちを改める意味でも、しっかりと頭を下げ、そうして緊張をほぐすように、彼女はそのまま孫少尉に、「隊長さんともなると、とてもお疲れなんですね‥‥」と話しかける。日本の温泉も、よろしければ紹介します、などと言っていると。
「あたしたち傭兵からは休め休めって言われて、いざ休もうって言えば言ったで部下から必要以上に驚かれる‥‥人間、日頃の行いって大事なんだねぇ‥‥」
とは、孫小隊とはそろそろおなじみになりつつある美崎 瑠璃(
gb0339)の言葉である。
「‥‥うん、少尉はこれ終わったらゆっくり休みな?」
ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)が瑠璃の言葉に、ふと我に返ったように言った。彼は今回の攻略対象、「郁金香」がチューリップという意味だ、と聞いて、そう言われると似てるような気がする、などとどこかのんきに考えていたのだが。
「‥‥うん、壊すからさ。呼び出し掛からない様に、後はちゃんとやっとくからね?」
一連の流れを見て、思わずユーリは同情するように少尉にそう念を押していた。
「さて、マスドライバー云々も大切だが‥‥。少尉を温泉に叩き込む為にも! 全員で生きて帰るとしようか」
ヘイル(
gc4085)までそんなことを言いだす。部下たちだけでなく、傭兵の一部にまでまでなんだか妙な反応を見せ始めた挙句。
「ああ、勿論少尉の奢りだろうな」
こう言われてしまうと、「ほんの冗談だったんですが‥‥」とも言いだし辛い孫少尉である。
そんな流れを見つつ。
(――孫少尉、ちょっと好きな感じかも?)
などと考えていたのは雨ヶ瀬 クレア(
gc8201)である。
本人は堅そうな割に愛されキャラっぽいのが胸をくすぐるらしい。
彼女も沙雪華と同様今回が初任務。右も左も分からない状態でのブリーフィングで、まずは雰囲気に慣れようかな、くらいに思っていたのだが‥‥しかし彼女は、思い切って孫少尉へと近づいていく。
「あの‥‥少尉、はじめましてっ! 少し、いいですか?」
緊張気味に話しかけるクレアに、孫少尉はなんでしょう、と穏やかに応じる。
「温泉でもいいですけど。一度、よかったら一緒に遊びに行きませんかっ。パーッと!」
晴れやかに言うクレアに孫少尉は困惑した。一体、どういう意味なのだろう。
孫少尉は答えを求めるように、もう一度傭兵たちを見回した。温泉。軽く言った言葉なのに、この皆さんの食いつきようは一体何なのだろう――。
「‥‥傭兵の皆さんも、余暇の必要性を感じているからなんとかしろ、ということですかね。それで‥‥若い方は、温泉では退屈から別のがいいと、そういうことでしょうか」
真面目に考えた結果がこの様だった。
まるでわかっていない様子の孫少尉に、小鳥遊神楽(
ga3319)が複雑な溜息を零していた。
●
「――少尉」
ばらばらとブリーフィングルームを去っていく中、隙を見計らって話しかけてきたのは流叶・デュノフガリオ(
gb6275)だった。
「先ず、手紙を下さった事、感謝します、が――」
手紙。となると、話題は前回の依頼の件だろう。
「作戦の責は貴方のものだろう。‥‥だが私達の心の責まで背負う事は無いんじゃないか?」
切り出すと彼女はそのまま滔々と語る。
「己の手が届くなら‥‥救いたいとは思うが、ね
‥‥全てを救えない、という事も知っている
自分勝手なものだろう?
只そこに居るから救うんだ
その先、私にはどうしようもなくても‥‥手を、伸ばせる限りは、ね
‥‥只の我欲で、一個人の感情だ
偽善、とも言うね、否定はしないよ
命を選ぶ行為に‥‥正も邪も有りはしない、それは、どちらも孕む
――と、此れは余計な言葉だろうか?
だが、誰しも己の手の平には限度が有るだろう?
私の手の平は小さく、軽く‥‥貴方の手の平は大きく、重い
‥‥御互いに届かぬ所がある
私は大勢を救えない
貴方は自由に戦えない
‥‥なら、どうするのが良いだろう?
――駒、と見てくれて構わない
届かぬ隙間へ、少し手を伸ばす為の
その代わり、その大きな手で出来る事を‥‥キミの判断でしてくれれば良い
それを委ねるに足ると、判断したのは私だ
――節穴だと、思うかね?
キミが己に自信が無い、と言うのは構わない
だが、この先まで否定してしまう事は‥‥無いんじゃないか?」
そうして、言い終えるなり彼女は身を翻して駆けていく。
「ま、ざっぱに言うと、そこまで責任感じる必要無いって事だよ♪」
ヴァレス・デュノフガリオ(
ga8280)が、後からひょっこりと顔を出して続けた。
「孫少尉は、開始前に俺達に選択肢をくれた。俺等は危険度の差を理解した上で選んだ。俺等も、危ない橋渡るよか味方の安全は考えたかった。それは人として当然だよ。それを少尉が考えてたところで、軽蔑する要素があるかな?」
二人の言葉に、孫少尉の反応は前回と同様だった。ただ、沈黙して聞いている。
「だから言ったろ? 後悔しない選択肢選ぶってよ♪ 心配なのは分かる。でも、もちっと俺等と‥‥自分を、信じていいんじゃねぇか? って、会って日が浅いヤツが何言ってんだかな♪」
覚醒し変化した口調でそう言うと、ヴァレスもまたすぐさま流叶を追おうと孫少尉から背を向ける。
去りゆく二人を目に、孫少尉は一人取り残されるようにしばらくそこにいた。
「――‥‥言うだけ言って、こちらの返事は聞かないのですか?」
呟きは、二人には届かない。彼らはそれを受け取ろうとせずに行ってしまったのだから。
向こうには言うことがあっても、こちらの言葉は必要とされていない――ならば、聞こえたとしても彼らには無意味だろうか。そんなふうにも思えた。
個人としては、彼らの気づかいが分からないわけではない。有難く思うべきだというのも。
だが‥‥軍士官として考えるならば。今の二人の言葉には、素直に頷けない。それでいいと思うのならば、前回そうしている。
‥‥想うことはたくさんある。でもそれは、激闘の前に議論すべきことではない。孫少尉は再び歩きはじめる。
その、孫少尉の横を通り過ぎかけた赤木・総一郎(
gc0803)が、追い抜きざまに振り向いて‥‥そして少し迷った後に歩調を緩め、その隣に並ぶ。
(どうにも捨て置けんな。不幸を背負い込む顔だ)
前回、己の物言いが遠因で悩みを倍加させたのではないか、と思っていたこともある。
軍人は民間人には理解され難い論理で動いているのは仕方ないこと。
しかしそれだけ人間が生きていくわけではない
「休暇か。良いな。戦線が落ち着いたらそうするべきだ。疲れがたまれば思考が鈍る。悪い事も考えやすくなる‥‥」
少し考えて、総一郎はそれだけを言った。
「そう‥‥ですね」
図星をつかれたかのように、孫少尉は少し声を詰まらせながら答えた。
「確かに‥‥。私は今、疲れている‥‥それ、だけのことなのかも、しれません‥‥」
吐き出された言葉には、どこかすがるような響きがあった。禁煙パイプを取り出して一度深く吸い込むと、孫少尉は再び顔を上げる。
「‥‥すみません。今は目の前の戦いに集中します。よろしくお願いします」
再び見えた孫少尉の表情は、司令官としての意思と責任に満ちたものだった。総一郎は余計なことは言わず、頷くことで彼の背中を押した。
●
作戦決行。
ルート確保と陽動を任とする先行組が突入していく。
先頭を行くのは夏 炎西(
ga4178)、杠葉 凛生(
gb6638)、ムーグ・リード(
gc0402)、それから総一郎。
それから、謝副長の率いる孫小隊の能力者1チームだった。
ムーグを始め、何名かの傭兵はマスドライバードームの攻略に太原の構造を参考に出来ないか、と申し出ていた。
駄目もとではあった。基地の詳細となれば軍事機密だ。詳細を教えてもらえる可能性は低い。実際、詳しくは教えられない、という返事だった。
だがそれでも申し出たことは無意味ではなかった。ならば、と孫少尉は中国兵の一部も先行させ、こちらには太原の構造を意識して捜索させる、という作戦をとったのだ。
炎西がバイブレーションセンサーを用いながら敵の接近に警戒する。現れた敵に対しムーグが初太刀となり、総一郎が最前の盾となる。
そうして仲間たちが道を切り開く中、凛生が迅速かつ丁寧に周囲を探っていく。
モーター音や振動、排気熱。
床の傷や擦り減り、壁の指紋。
フェイクの動力源を用意している可能性は? 感じるものと、敵の配置、挙動に違和感はないか。
拙速に進める中で、五感をすべて使い可能な限りに拾える情報を結びつけ正解のルートを探っていく。
(‥‥目的が明確なのは、仕事がやりやすい)
ふとした間隙に凛生の意識に滑り込んでくるものがある。
救うこと。
人の命の重さを天秤にかけること。
正解のない問い。
(それらに真正面から向き合うのは、今はしんどい‥‥)
そうして凛生は取り留めのない思考を振り払って、再び目の前のことに意識を集中する。
警報音が鳴り響く。犬型のキメラが発しているものだった。
ムーグが素早く銃を取り出して、撃ち抜く。今は捜索が課題だ。仲間を呼ばれて足止めされるわけにはいかなかった。
「‥‥必ズ‥‥コワシ、マス」
ムーグもまた、胸に秘めるのは前回の戦いのこと。ただその中で彼の内に強く在るのは、その時に戦った強化人間にされた少女のことだった。
‥‥この先に居るのは、無辜の民を無理矢理強化し、戦線に出した敵。
戦時だ。仕方ない。そう思うには余りに――あの少女は、怯えていた。
立て続けに銃を放つ。静かに放たれた弾丸が獣の身体を穿つ。肉片と火花を散らしながら機械犬が倒れる。だが警報機はすぐには止まらずに奥から新手がやってくる。
しかし、ルート確定まではまとまって行動していた先行チームに対し、多少の強化人間やキメラなどは戦力的には問題がなかった。
問題は、固まっていたことによる探索の効率性。一気に正しいルートがたどれれば良いが、間違えた場合のロスは大きい。
そこで、直接的な、目と足を使った探索以外でルート潰しに貢献したのはクレアだった。『中国軍と連携し、動向を書き込む』という形でだ。軍人の危険を減らし救助をやりやすいように、という意図であったが、二度手間を潰すという意味でもそれは重要な意味を持った。
もっとも。
『――情報感謝します。こちらは‥‥』
幾度目かの呼びかけでは孫少尉から反応があった。短く添えられた謝意の言葉に。
(よしっ! ポイントゲット?)
などと考えていた彼女だったりする。何かと事細かに中国軍の被害を減らすために工夫していた彼女であるが、
(孫少尉が良い男だっただけで、全部、打算です!)
‥‥だそうである。なんかもう、いっそ清々しいものがある。
●
やがてやや消耗しつつも先発隊はマスドライバー動力部へとつながる道を発見する。ここからは後からやってくる工作班が進みやすいように内部の敵を倒し引き付けることに任務をシフトする。左右の二手に分かれてそれぞれに陽動を開始する。
「せいぜい暴れて引き付けるか‥‥」
右を行く一班で先陣を切るのは御山・アキラ(
ga0532)。探索中はガードドッグを優先に斬撃で攻撃していたのを、今は人型キメラを主に、わざと音をたてての銃撃を中心として攻撃を組んでいる。
「あたしと遊んでいこうよっ!」
呼ばれて現れた新手に、ジェーン・ジェリア(
gc6575)が飛び出していく。合流を阻み動きを制限するように近接戦へと持ち込み、あとはただ「目の前に立ちふさがるもの全てなぎ倒す」を信条に、手に入れたばかりの業炎で暴れまわる。
‥‥だが、味方の動きと全く合わせずに一人で新手に向かっていく、というのは、知恵が回る相手が指揮する相手には無謀と言えた。直接前に立つ人型キメラが二体、加えて動きの速い一体がプレッシャーを与えてくると、とたんに立ち回りが苦しくなる。
「なんかねっ、困ったら適宜バイって言って置けばいいって教えられたの! ‥‥バイってなーに?」
ふと誰かに吹き込まれたのだろうネタを頼りに声を発して‥‥しかし、返事はない。
気がつけば、相手の作戦によって、完全に孤立させられていた。
そもそも彼女は事前の打ち合わせによって己の所属を明確にしていなかった。それが、味方が彼女の突出に気付くのを遅らせる。
「う‥‥あ‥‥」
この前負けたことの憂さ晴らし、と参加した作戦だが、憂さ晴らしどころではない。徐々にダメージが蓄積し動きは鈍っていく。
窮地を救いに来たのは、班に全体方針を指示した後は後衛にて周囲をうかがうことに集中していたゼンラー(
gb8572)だった。超機械「アスモデウス」から放たれる力がキメラを蹴散らす。ひるませたところに割り込んで無理矢理ジェーンを引きずり出す。治療は‥‥急場では間に合わぬほど深手に達しているか。
一方。
「この世の毒を少し多く飲みすぎた、臆病だった俺が死を求めているんだからな‥‥」
そういいながら戦うのは赤月 腕(
gc2839)だ。
銃で戦うアキラに変わり最前線に出ながら、避けはするが防御を完全に捨てて闘っていた。
ジェーンと同様、自ら突出しようとする相手を見逃してくれる敵ではない。同じく複数体を当てられ、避け損ね傷が深まっていく。が、何も感じない。
完全に、戦場に己の結末を求めていた。が。
「いい加減にしろ!」
鋭い声が、彼の横に割り込んでくる。斬りこんできたのは炎西だった。孤立する味方がいないよう幸運にも頼って警戒していた彼は、腕の異常性をすぐに察していた。
「死の覚悟と死の欲求は違う。帰れなかった者に失礼だ! ‥‥先に言ったな! 作戦には協力すると! ならばここは下がってもらうぞ!」
本気の怒りで炎西は腕の腕を引き下がらせようとする。
醒めた想いで、だからこそ腕は単純に認識する。横にいる相手は意地でも自分を生きて返そうとするのだろうと。多分ここで死ぬことはかなわない。それが定めなら‥‥今はそれに従うか。
沙雪華が守るジェーンのところまで下げられたところで、腕は膝を屈した。思った以上にダメージが蓄積していたらしい。
結局、運命は今回どちらに己を向かわせようというのだろう。どうでもいい。
「生きるには勇気が足らず、自殺するには覚悟が足らず‥‥と、活ける所まで逝くとしよう」
この中途半端な生のまま、生きられる限りは生き続けよう。ただそれだけを思った。
(マスドライバーか。こいつぁ放って置くには、危険すぎる代物ッスね。ま、どんな相手が来ようが、俺のやる事は変わらねぇ)
左に別れた一班で、待ってましたとばかりに暴れまわるのは六堂源治(
ga8154)である。
彼としては特にこれまで中国やマスドライバー、ドレアドルと因縁があるわけではない。友人や知り合いが参加しているため、助力の為に参じただけだ。
とはいえ単調に手を抜いて戦っているわけではない。猛撃を使用し早期撃破を目指しながら、厄介なパイソンにはソニックブームで対応したりと、多彩な攻撃で貢献、全体を引っ張っている。
「『敵』ならば倒しましょう。どんな敵が来たとしても、負けるわけにはいきません。生き残るために。これからも‥‥」
横で闘うのは立花 零次(
gc6227)。彼もまた、前の戦いを引きずる組か。だが敵指揮官は意思を持ち明確に敵意を持つ相手。手加減なしで全力で行ける。キメラをなぎ倒す源治が切り開くのを利用して、強化人間を主な敵として選んだのは、作戦もあるだろうがもしかして前回の憂さ晴らし、なのかもしれない。
前回の不満と言えばキア・ブロッサム(
gb1240)か。
彼女の意識は今、敵よりも傍で戦う総一郎にあった。
「俺はただのお人よしだ。好きに利用すれば良い」
戦いの前、総一郎はキアにそう言った。
「‥‥その必要性、感じましたら‥‥元より遠慮はしない、かな」
キアはただ醒めた想いでそう答えた。周りを利用する、されるのなど当然のことだ。言いかえれば適材適所、効率的に仕事を達成するために不得手な部分は得意なものに回す。それだけのこと。
(そんな当然のことを‥‥あえて口にしたのは何故‥‥?)
考える以上の意味がそこに含まれるなら知りたいと思う。
本当に、盾にして殺してみようか。ふと思う。それでも彼はお人よしに笑えるだろうか。
馬鹿な。この状況で無駄に戦力を減らしてどうする。
(‥‥ああ、出来ぬと分かって語ったのか)
そう思えば納得はできた。――納得させた。
己の役目は迷うことじゃない。雑念を振り払い今は身を躍らせる。
‥‥だがやはり、雑念にとらわれていただろうか? 気がつけばキアと総一郎のコンビもまた、敵によって本隊から離れた位置に引きつけられていた。
何のことはない、彼らもジェーンと同じミスをしていた。事前に己の所属班を明言していない。
結局、即断した。総一郎を盾にしながら手近な隊に合流しよう。使い潰すつもりはないが、必要になったのだから宣言通り活用させてもらうことにする。
総一郎も己の言葉を裏切らずに黙って仕事をこなす。キアは必要以上に深く考えていたようだが、総一郎があの言葉を口にしたのは「盾にすることを彼女が気にやまないように配慮」した、つもりなだけだ。そして実のところ、盾にされるのは彼にとって本心、望むところだった。
自分の守ったものの大きさで、己の価値がはかれるかもしれないと思うから。仲間を守るという使命を全うしようともそれは破滅的な考えだ。それも‥‥自覚している。そしてそれを自覚させたのはキアとの会話なのだ。
ガードドッグを引きつけたり、あえて少ない人数に見せかけたりと、各々工夫して先行班は敵を集め、撃破しようとしていた。
だが忘れていないだろうか? 敵それぞれのチームもこちら並みに知恵が回るものが指揮し、さらに全体を指揮する総司令が今回の戦いには存在するということを。
ドレアドル。軍人をヨリシロとし、バグアの中では珍しく用兵に秀でた。
ガードドッグはあくまで信号役。傭兵たちの作戦は、その信号を判断し動く個々の司令官の存在を軽視していたところがった。
序盤はともかく、次第に、露骨に囮めいた動きをするチームは看過され、ドッグたちの信号や、強化人間たちの報告から敵将はこちらの本隊がどこにあるかを見極めようとする。
ドレアドルが訝しんだのは、現状最も多人数で突き進む工作班と‥‥別の位置で、突如現れた奇妙なガードドッグの知らせ。
いつの間にこんなところに? 伏兵? 何故気付かなかった?
ともあれその集団を、無視しきることは出来なかった。それは右に向かった傭兵たちのチームの近く‥‥。
「さて、どう反応してくるかな?」
攻性操作で破損した小型超機械αを指先でくるくるとまわしながら大泰司 慈海(
ga0173)は楽しげに言った。
ガードドッグの特性を、完全に手玉に取って操った彼の功績だった。
‥‥とはいえ、右に向かった班は現在重傷者を二人抱えている。前に立ち続けるアキラと炎西を二人のERが回復し続ける、そのうしろで沙雪華がけが人を庇いながら、必死で己の出来ることを、と弓をつがえ続け
る、どうにかそれで彼らは戦線に立ち続けていた。だがそれで‥‥向かい来る敵、全てを相手し続けることは、出来ていなかった。
●
結論から言えば、先行班は善戦したが十分以上といえる敵は寄せきれなかった。
だが、その結果に、
「先行組に獲物全部食われるかと思ったが‥‥はっ、流石にそこまで緩くねぇか!」
宗太郎=シルエイト(
ga4261)は豪気な笑みで応えて見せる。
キメラと、それを指揮するバグア兵の距離を計り、飛びかかれる隙を探す。
そのチャンスを見出せたのは那月 ケイ(
gc4469)が動いた時。
「お前らの相手は俺だッ!」
咆哮して気を引きつける。もともとケイの援護は受けやすい位置にいた宗太郎だ。乱れた敵の隙間に滑り込むように敵司令官の元に向かっていく。
実際集団戦において頭を潰すというのは効果的な戦術だ。‥‥ただし、敵将の首を取りに行くだけの腕前があるのならば、と言う前提はあるが。そして宗太郎の実力は、その前提を満たしていた。両断剣・絶と豪破斬撃、遠慮のない火力を組み込んだランスチャージで一気に胸元を穿ちにいく。一撃で深手を与えることに成功し、敵の指揮が更に乱れる。
だが宗太郎の突貫がこれほど鮮やかに決まったのはケイの援護が絶妙だったところも大きい。敵の意識を引きつけると共に、制圧射撃で更に敵の間に生まれた空隙をこじ開け道を作った。
(前回のマスドライバー防衛では中国軍にはずいぶん助けてもらった。傭兵と中国軍、バラバラに動いていたら守りきれなかったかもしれない)
その想いでケイはここに来た。そして工作班に無事に目的を達成させることが、今現すことが出来る最大の感謝だと。
宗太郎とケイが司令官から引きはがしたキメラを、神楽の制圧射撃が更に分断する。
マスドライバーを目指す一行は殲滅よりも突破をもくろんで進んでいく。
突き抜ける中、中国軍の工作員は錦織・長郎(
ga8268)とマリンチェ・ピアソラ(
gc6303)が身体を張って止めていた。
二人とも探査の目を有している。工作員に近寄るキメラには素早く反応し、ビアンチェは前に出て斧で薙ぎ払い、長郎は自身障壁にてまさに壁となって食い止める。
先行した瑠璃が、パイソンキメラの出現位置をマークしていてくれていたこともあって、奇襲は避けることが出来ていた。
あとはただ着実に足を進めていくのみである。
万全にこなすため、工作班グループはヘイルの合図で消耗のチェックと治療を行っていた。
傭兵だけではない、軍も同様に行っている。孫少尉も己が指揮する兵の状態を確認するところに、天野 天魔(
gc4365)が近付いて行く。
「指揮官の役割は自分一人になるまで指揮を取る事だ。自らの命で失態の穴埋めをするよりやる事があるだろう、少尉」
司令官としては前に出がちな少尉に、突出を懸念して釘をさしておこうというのだろう。大原での件を踏まえてのこともあるのかもしれない。
「‥‥どうでしょう。そこまで兵を消耗させる指揮官なら、温存することもないと思いますが‥‥いえ、これは揚げ足取りですね」
少尉は答える。
「‥‥隊にとって、指揮官と言う駒の持つ意味は分かってます。私は私の能力を把握して最適と判断する位置で運用しています。‥‥それでも、全体を見て己と言うリソースを切るべきタイミングもある。それだけだ。無駄な捨て方はしない‥‥つもりですよ」
言葉は冷静だった。戦場において、己も含め兵の一人一人を単に『戦力』『駒』として扱う思考も彼はちゃんと持っている。一人でも多くのものを帰すためにこそ、活用できるものは最大効率で使う、そのために。
(必要ない‥‥かな)
それを見て判断するのはジョゼット・レヴィナス(
gb9207)だ。彼女もまた、孫少尉が傷つく兵士に対し苦痛の表情を見せるならばたしなめるつもりでいた。今は軍人の顔をしていないと、と。だが今見る限り少なくとも、戦場においては彼はずっと軍人の顔のままでいた。前回の依頼のように、役割に徹することが出来るだけの人ではないから、少し心配だったのだが。
視線に気付いたのか、少尉がジョゼットに視線を向ける。ジョセットはただ、マイペースににこにこと笑みを返した。‥‥空気が読めていないと思うほどのそのマイペースさは、むしろ戦場の空気に呑まれないためのものだ。危険地域に住んでいた彼女は、この雰囲気に慣れてしまっていた。
だからこそ、日常の温かみを失わないために。手を握り、彼女は傷つく者へ治療を施していく。
●
そうして‥‥いよいよ正念場。目をつけたマスドライバー動力部付近まで到達したところで。
「やらせる、かあー!」
飛び込んでくる者がいた。
大刀。金褐色の髪。少年。
彼を知るものなら、この存在を予測できないはずがなかった。ここはドレアドルの守護する場所だ。そして彼が彼に課した存在意義を思えば、出てこないはずがない。
「この前はコテンパンでしたからね〜。今度こそ一矢報いておきたいですよ〜」
八尾師 命(
gb9785)が呟く。
彼女をはじめ、幾人かの傭兵は「彼」に備えてここまで力を温存してきたのだから。
「モールドレか‥‥少し話をしたい。時間をくれないか‥‥。そちらも被害を出さず足止めが出来る。ドレアドルの利益も考えたら悪い話ではないだろう?」
秋月 祐介(
ga6378)の呼び掛けに、呼ばれたモールドレは一度首をひねった。だが。
「ドレアドル様は全員殺せって言った、それだけだよ! なら僕はそのために在る!」
すぐに答えて、奥に進もうとする一行に駆けつけようとする‥‥が。
「ハハッ、利益計算もできず戦うだけ。一見使える様に見えても考えられぬが故にドレアドルの意図も汲めぬ役立たずか」
ピクリと、祐介の言葉にモールドレが反応する。
「‥‥なんだって?」
「何度でも言ってやろう、役立たずが!」
「ふざける、な!」
目論見通りだった。ドレアドルの役に立つことを至上命題とするモールドレに祐介の挑発は明確に効果をもたらす。
「僕はちゃんとやれる! こないだの妙なのをやらせないためにも‥‥お前から殺す!」
一気に祐介まで距離を詰めて斬りかかる‥‥が。
「おっと、コイツをやりたきゃぁ、まずは俺を何とかするんだな」
荊信(
gc3542)がそこに割り込んで盾を掲げ一撃を代わりに受け止めた。
暴風のようなモールドレの破壊力に、荊信の防御力をもってしても衝撃が身体をきしませる。
だが。
「どうした役立たず? 俺を倒さなけりゃ、後ろには届かんぞ」
命の錬成治療が素早く飛ぶと、今度は絶対防御を使って防ぐ。あと数発は耐えて見せる、それが己の役割と、荊信はあえて不敵に笑って見せる。
「お前も言うかぁああああ!」
怒りに震えるモールドレに異変が生じた。両腕が黒く染まり金属のように硬質化していく。おそらくかつて別のヨリシロを保持していた記憶から力を引きずりだしているのだろう。
旭(
ga6764)が、ユーリが、鳳覚羅(
gb3095)がそれぞれ接近し斬撃を浴びせるが、強化された皮膚とFFに弾かれ有効打撃には至っていない。
だがそれに対する手も前回見出している。
(さぁ、開幕だ‥‥自分のシナリオが勝つか。奴がそれを上回るか。だが、これで目は揃った筈だ‥‥)
一気に勝負に出る。虚実空間。モールドレが施した強化を超機械の干渉で解除しようとする。
モールドレが顔をしかめ、絡みつく電波にうっとおしそうに身をよじり。
「その隙は致命的だぞっ!」
旭がここで、最大威力の攻撃を叩き込む。
――が。
その攻撃は。
強化されたFFに、阻まれた、ままだった。
モールドレの表情に冷たい笑みが浮かぶ。
「あれ‥‥? こんなものだったっけこれ」
虚実空間、失敗。
どうしようもなく祐介は理解する。前回はデータが足りなかった。だが今回は‥‥明確に、用意する札を間違えたのだ。
電波増強。前回は使用していたのだから、それを外せば効かない可能性は考慮できただろう。
だが別の備えの為に今回はあえてそれを用意せず‥‥結果、裏目。仕方がないと言えば、ない。
そしてその瞬間‥‥モールドレにとって、祐介は「脅威」ではなくなった。
意識を目の前の二人から離し、再びマスドライバーへと向かうものを追撃しようとする。
‥‥が、その時モールドレの視界で何かが弾けた。
顔に手をやると濡れた感触。だが血ではない。
クラフト・J・アルビス(
gc7360)の放つペイント弾。眼つぶしを狙って執拗に目を狙い続けたそれが命中したのだ。
もちろん、動く相手の目に当てるなど熟練のイェーガーでもない限り不可能だ。とにかく撃ちまくったうちの数発が、肩や顔で弾けたにすぎない。
‥‥だが、痛みを知らないモールドレにとって、視界で弾ける飛沫は今まで受けた攻撃と違って明確に「うっとおしい」と認識した。
前回、見向きもしなかったモールドレが、はっきりとクラフトを捉える。
やった、と思った。正直、意地を見せてやったと。
‥‥だが直後、格上の相手に手を出したそのリスクも思い知らされる。モールドレは一転、クラフトへと接近していく。そうして、「頑張って避けるつもり」なんていう意思と努力をやすやすと踏みにじって大刀が、反応できない速度で振るわれる。
あっけなく、腹を薙がれて動けなくなった。
それでも、一度モールドレの進路を変更させ、一手無駄にさせた意味は大きい。
工作員に向かうモールドレを護衛組の中で注視していたヘイルが割り込んで、不抜の黒龍を発動して耐える。ユーリと覚羅が追い付いて、再び交差して足を狙う。FFに阻まれて、中々有効となる打撃に見えないそれが‥‥続けるうちに、突如、モールドレの足に食い込んだ。
「く‥‥そ、時間、切れか!」
忌々しげに叫んでモールドレは振り返った。
もしかして? とひらめいた覚羅が、ここで必殺の技で勝負に出る。
「受けてみるかい? 俺の全力攻撃を」
剣戟と共に繰り出される、両断剣・絶。それを、モールドレは全て見切って大刀で受けた。
‥‥「受けた」のだ。無視できないと判断して。
強化FFが切れている。漆黒化した両腕はそのままだが。
「くっそぉ!」
叫んで反撃を覚羅に叩き込んでく。こいつを倒さなければ背中からやられると。だが旭が迅雷でそこに割り込んで一部標的を逸らしつつ、祐介が、命が錬成治療を飛ばしまくって維持させる。
そして。
背後で、爆音。
耳鳴りの後――静寂を感じた。敵味方問わず全員が思わず一瞬、黙ったのだ。起きた出来事が己の認識通りか確認するために。
そしてその静寂の意味は‥‥マスドライバーの駆動音も止まっているということ!
モールドレと闘い続けている間も、別の傭兵はキメラチームから工作員を守り続けていた。その工作員が、とうとう、成果を出したのだ。
「あ、あ、ああああぁあああああ!」
モールドレが絶望的な声を上げる。
もはやこれまでと、なりふり構わず暴れる構えで。漆黒化した腕が一瞬、さらに歪に歪み掛けて。
「‥‥それは、許していないぞモールドレ」
窘める声は「肉声で」届けられていた。
ドレアドル。
「あ‥‥あ‥‥あの。ドレアドル様‥‥あう‥‥」
モールドレが、本当にただ説教におびえる子供の様に縮こまる。
「‥‥外は敗北したようだ。ここでの防衛に成功しても時間の問題だった。気にするな。私の責任だ」
そうしてドレアドルが撤退を促すジェスチャーをすると、モールドレはあわてて飛びすがって行く。
ドレアドルがちらりと祐介を見て‥‥そしてモールドレに視線を合わせる。
「惑わされることはない。重要な位置を任せたのだからこの結果もやむを得ないことなのだろう」
「はい!」
温かい言葉にモールドレの声は完全に復活していた。
そして祐介はここで倒せなかった失策をまた悔むことになる。これはつまり、手を一つ潰されたのだ。多分次からはドレアドルをダシにした「役立たず」の言葉は今回ほどの効果はない。
‥‥相手も、策士か。
「‥‥マスドライバーが止められた以上もはや粘るのは得策ではないな。引かせてもらおう。‥‥そちらも死体を増やしたくなければ急ぐことだな。犬と蛇まではいちいち撤退させん」
ドレアドルの言葉に、追撃を諦めざるを得ないことは全員が悟った。
ガードドッグとパイソンキメラの特性は何のためにあるのか? 目的は殲滅以上に、「行動不能者が出た場合に撤退を考えさせる」ということにあるのだ。防衛戦、そして撤退の必要性まで考えての布陣だった。おそらくドレアドルがここに到達するまでに道中転がされた中国兵がいることだろう。先行班もすぐさま回収に動いてくれているとは思うが‥‥。
悠然と去るドレアドルとモールドレを見送りながら‥‥一同は、急ぎ走り出す。
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こうして、ドーム外の戦闘結果も受け、酒泉マスドライバー破壊計画はどうにか達成されたのだった。
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負傷者の一時的な処置も終え、どうにか一息ついたところで神楽は孫少尉に近づいていく。
「‥‥温泉に行って一休みするなら、少尉さえ良かったら、その時には是非あたし達も誘ってくれると嬉しいわね。楽しみにしているから」
疲れを紛らわせようというのか、神楽は改めて少尉にそれを言いに来た。
だが。緊張の解けた孫少尉は、難しい顔で何か考え込んでいた。
「少尉?」
「あ、ああはい。皆さんへのボーナスについては、何か検討してみることにします」
「皆さんへの、って、貴方は」
「‥‥いや、逃げたドレアドルたちの動向も調べないといけませんし、元々、この作戦が成功したということは、これから太原も本格稼働でしょう」
答える少尉の声は重たげだった。どうも、まだ課題は山積みのようだ。
ただ。
(‥‥敵を逃がしたということよりも、己の中にこそ問題が多いと気付かされた気が、する‥‥)
幾つかの傭兵との会話を経て、そう感じる孫少尉だった。
前回のことで気付かされたすれ違いと、懸念。それがますます大きくなっている。
軍人としての己の在り方が揺らがされる気持ちだった。
もっと真剣に、色々な事を考え直さないといけないだろうか、と。
‥‥心休まる時間は、もう少し先になりそうである。