●リプレイ本文
作戦開始時刻。
10名の傭兵は標的となる施設を見据えていた。‥‥肉眼で、直接。
つまりはそれが彼らの出した結論だった。
2グループに分かれ、突入。
軍含め地上と地下を別々に捜索し、早期に司令部を発見しまずは早期に制圧する、と。
●
まずは地上組。
突入してすぐ、迎撃の敵兵が現れる。奥から突撃してくる二人。
小鳥遊神楽(
ga3319)がまず制圧射撃で牽制し、味方に態勢を取らせる。同時に自分も、敵の位置に対し即座に全体をカバーできる位置に移動。
「司令部は何処だ?」
流叶・デュノフガリオ(
gb6275)が問いかける。そして。
「そっちに、もう少し詳しく聞いたほうがよさそうだ‥‥ね」
咄嗟に視線が泳いだ一名に向かい、流叶が駆ける。相手が身構え、そして次の瞬間、その身が軽く揺れる。
ヴァレス・デュノフガリオ(
ga8280)の一撃。流叶に気を取られた隙を狙い迅雷で近づいての一撃。だがそれはただ相手を動揺させただけに終わる。柄での一撃はFFに阻まれて終わった。
「強化人間、だね♪ 遠慮はいらないかな」
ヴァレスが呟く。元々確認の為の攻撃だった。
鎌の刃を返し、流叶と連携して全力での攻撃に入ろうとする。
だが。
「ヴァレス‥‥ちょっと待って」
言葉を交わしながら攻撃していた流叶が違和感に気付き、一度ヴァレスを抑える。
「どうにも‥‥気が乗らない様子に思うね。動きを見てると洗脳にも見えない‥‥となると、脅迫か?」
「違う! 私は自分で選んだ、この道を!」
流叶の問いに相手は即答する。
「‥‥降伏する気はないか。戻れないと思ってやけを起こしているなら‥‥こちらには助ける用意がある」
流叶の提案に、相手は笑い声を上げた。自嘲の笑いを。
「言っただろう‥‥私は自分で選んだ、と! 『こちら側』に来たことを間違いだと言うなら殺すがいいさ! 分かってる‥‥分かってて、こうするしかなかった!」
叫び、相手はしゃにむに腕を振り回した。
僅かな対峙で、ヴァレスと流叶の二人に敵わないことは分かっているだろうに。
――どう後悔するかなんて、変わった質問するね
孫少尉の問いに、ヴァレスは即答した。
『そりゃ当然、後悔しない方法を考えて、行動するよ♪』
と。
『無茶、理想、机上の空論。そんな評価なんてのは二の次。今自分がどうしたいか、そのためはどうすればいいか。それだけじゃないかな♪』
いとも簡単に。
『今後を見据えるなら、救った方が良い‥‥と思います』
流叶は少し慎重に、夫の後を続けた。
『足りないなら、貸しますよ? いや、って言っても押し売りますが、ね』
肩をすくめて、言う。
『――戦友に力を貸す事に、同胞を助ける為に‥‥一々理由が要りますか?』
と。
ならば二人はこの相手はどうするだろう。目の前の敵は倒すべき相手か助けるべき相手か。後悔しない方法とは何か。どう力を貸すのか。
‥‥数度の激突の末、相手は両手足を砕かれ地に倒れていた。
暫くの苦悶の後に気絶して、後に続く兵士へと引き渡される。圧倒的な実力の差があるからこそなせる業だった。
「‥‥殺すのは、後からでも出来るからね」
ポツリとヴァレスが言った。ひとまずこれが、己の為したいことの為に思いついた答え。
少ししこりが残るのはなぜだろう。答えを返した時に、孫少尉からはっきりした返事がなかったからか。
「‥‥さてそうすると、俺たちの相手はこちらですか‥‥」
立花 零次(
gc6227)がもう一人の男と対峙する。こちらに対しても、小石を投げてFFの有無は確認する。
向かい来る相手、こちらには瞳に完全に感情がなかった。拳銃で牽制しながら近づいてくる。洗脳された相手にしては、動きは洗練されていた。慣れている動作というふうに。
「中国兵の可能性がありますかね‥‥」
呟くと、相手が再び銃を構える前に超機械「扇嵐」を起動。竜巻で出鼻をくじくとともに目を眩ませて、一気に懐に飛び込んでいく。
神楽と赤木・総一郎(
gc0803)に視線で援護を求めると、総一郎は盾を掲げ前に出る。
零次が攻撃しやすいよう、同時に後ろへ攻撃を回さないよう意識して立ちまわる。
「仕事を請け負った以上、命令とあらばどのような作戦であれ全力を尽くす』」
総一郎は、まず孫少尉にそう言った。直後「‥‥いえ、これは軍人であれば当然のことですね」とは言ったが。だが、傭兵たちの言葉をずっと黙って聞いていた孫少尉は、その時初めて声を返した。『どのような作戦であれ』、ですか、と。
確信する。もう一つの選択肢も間違いではないと分かっているのだろうと。
総一郎は、孫少尉がこの選択に「迷った」ことにこそ共感していた。捕われている同胞と、今いる友軍と部下の命。どちらを選ぶのか、感情ではなく損得で人を切る。いかほどの心労だろう、と。
‥‥そして、感情優先で救助を即断する者たちは、少尉と感情的には近くとも同じ道は歩めないのでは、と。
懸念は顔に出ていただろうか。
「‥‥すぐに決められるということは、自信の表れだと思います」
暫く総一郎を見つめながら考え込んだ後、孫少尉はそう言って傭兵たちを見る。
「――私が見極めかったのは『理由』よりも『勝算』です」
そうして、低く抑えた声で彼は皆に告げた。
「貴方たちを信用します。これまでの戦いで見てきた実力で。貴方たちがこの作戦に対し反対の意思がないならば、‥‥。――リスクのある作戦をとっても『許容範囲の損失』で収めてくれると期待します」
懸念を示した己に対する、これが孫少尉の答えか、と総一郎は思った。
傭兵たちの答えを分かりやすく温かく肯定するのではなく、あくまで軍として判断し、そしてそれを晒した。
(‥‥若干、露悪趣味が過ぎた気もするが‥‥)
心の底からの言葉ではないだろう。ただそういう考え方をしなければならない立場というだけだ。誰もが、自分の好きとか嫌いとかいう感情だけで、何か選んで良いわけではない。
ただ。
理由よりも勝算。許容範囲の損失。その言葉の重さを冷たさを、他の者たちはどう受け取ったか。受け止められるか。組織と個人の考え方の差を端的に示してみせた、それは亀裂となるか架け橋となるか。賭けだろう。
援護を受けて、零次が振り抜いた一撃が強化人間の後頭部に決まり、悶絶する。ひとまず無力化に成功。だが打撃とはいえAAの全力の一撃を頭にくらって後遺症がないかは運次第か。零次が申し訳なさそうに、拘束の後に錬成治療を施すと、また一人、強化人間が保護される。
●
さて、地下組。
孫少尉の『許容範囲の損失』という言葉が一番響いているのは館山 西土朗(
gb8573)だろうか。
許容範囲とはどういうことか。見返りがあれば何人まで死んでもいい? いくらまでの補償額なら戦略上問題ない? そういうものか。
分かっている。軍としてはそういう判断をする選択を自分たちはしたのだ。好んで兵士を生贄にささげる指揮官ではないだろうと言うことも。
それでも。
かつての戦いで、軍に多大な被害をもたらした。同じ結果を繰り返すつもりはない。
軍が、少尉がどう考えていようと‥‥己にとっての『許容範囲』は、味方の死者が0であること、だ。そのために自分は今ここにいる。
「司令室は地下にあるな?」
流叶と同様、道すがら敵兵にカマをかけ、指令室の位置を絞り込みながら西土朗は地図を書きこみ、皆を誘導していく。
「こっちが司令部って看板くらい出しとてよね、本当に」
クラフト・J・アルビス(
gc7360)が横でぼやいて、少し心を和ませてくれたことに西土朗は感謝した。気負い過ぎてもうまくいかない。
そうして、彼らの前にも強化人間が現れる。出てきたのは、禿頭の大男と‥‥。
「あぁあああああぁぁっ!?」
――おびえた目で叫び声を上げて暴れまわる、少女だった。
ムーグ・リード(
gc0402)が前に出る。ただがむしゃらに手足を振り回す――しかしその破壊力は嵐のようだ――少女を押さえ、受け止める。
『‥‥救いタイ、デス‥‥私、ハ』
出発前、彼はそれだけを答えた。
シンプルに、その想いだけを。
――そう。結局のところ、ここで捕虜を、強化人間を救う理由に『救いたいから』以上のものなどそうあるものではないのだ。
その難しさを知っていてなお。
後悔など何度もしてきたからこそ。
素直なその言葉は、間違いなく訴える力があった。
低く構えた盾に、少女の拳が何度も叩きつけられる。時折腕や脚に当たり、それでもただ耐える。
「スミ、マセン‥‥少シ、辛イ思イ、サセマスガ‥‥必ズ、助ケ、マス‥‥」
動きを阻まれる少女の手足に銃弾が打ち込まれ、小さな血飛沫を上げる。
杠葉 凛生(
gb6638)の銃撃だった。
彼は迷った。この作戦に対しどちらの選択肢をとるか。
厄介ごとを持ち込んでくれる、と正直、孫少尉を恨んだくらいだ。
以前の自分なら爆撃を選んだろう、今は躊躇いを覚える。
だが、強化人間を救うとなると――少し前の依頼で、己の価値観に従った結果、死に行くものに苦痛を与えた。
エミタによる治療が認められるハードルも決して低くない。
束の間の救いを与え、結果死が待つなら、初めから救いなど無いほうが、とも思った。
「‥‥マタ、我侭、ニ、付き合ッテ、貰い、マシタ、ネ‥‥」
ムーグが僅かに視線を向け、呟く。自然と凛生の口元に笑みが浮かぶ。
決めたのはこの友人の言葉だ。揺ぎ無い彼の信念が‥‥どんな建前よりも、凛生にこちらの道を選ばせる理由となった。
だからこの作戦において彼が己に課した役目は、ひたすらに、この友人のサポート。
「‥‥煩わしい、やり方、ですね」
その少し後方でキア・ブロッサム(
gb1240)が呟く。彼女は不機嫌だった。
元々彼女は生身での作戦に否定的だった。足並みを考慮して上辺だけ賛同しただけだ。仕事はこなす、とは伝えたが、そこに救助の意思はないことは含ませた。
「‥‥兎に角迅速な制圧を‥‥ね」
キアは銃を構え狙いをつける。せっかく押さえつけてくれているのだから頭でも撃ち抜いてしまえばいい。何も見つからなかった。緊急事態だった。誤射だ。何とでも言える。
だが、剣呑な気配を察して凛生が振りかえる。その動きが伝わってか、ムーグも背中を向けたまま警戒の気を放ってくる。
‥‥邪魔されるか。つまらない。
だが実力は相手の方が上だ。
ムーグの能力は認めている。上手く盾として使ってやろうと思っていた。
そして凛生も。ムーグを矢面に立たせれば自ずと危険をこうむってくれるだろうと。
自分はこうして、楽な位置から撃っていればいい。
そのためには‥‥突入してすぐのこの状態で、狙って撃ったことがばれるのは上策ではないか。キアは己に言い聞かせる。
――言い聞かせる?
――まるで言い訳でもしてるみたいじゃないか。
軽い苛立ち。
首を振る。そう言えば敵はもう一体いたか。
「お前は強化人間? それとも一般人? もしかして中国兵かな?」
言いながらクラフトが立ち向かっていた。
「うるせえよクソガキッ! 死ねやぁ?」
禿頭の男は下卑た笑いを浮かべながらククリナイフのようなものを振り回していた。
「‥‥まあ何にせよ、敵だね。うん」
危ない、とばかりにクラフトは瞬天足で一度離脱。
どうやら暴力への快楽の為にバグアへと落ちた手合いらしい。単純に強化人間化されたことでそこそこの難敵ではあるようだ。前に出るのがクラフト一人では苦戦している。
「まったく‥‥いっそああいう‥‥分かりやすいクズなら‥‥いいのですけど、ね」
溜息を一つついて、キアはこちらに向かうことにした。
●
やがて西土朗が司令部発見の報をもたらす。
地上班がざっと脅威を確認した後、零次と軍、確保した捕虜を残して合流。
この施設の中心となる強化人間3体との戦闘となったわけだが‥‥。
実のところ、ここまで、洗脳された強化人間に対し遠慮しながらの戦いでも勝利を収めてきた傭兵たちだ。
訓練施設に取り残された、という敵戦力は、彼らにとって大したものではなかった。
司令部制圧における戦闘は、特筆すべきこともなく勝利した、とだけ記しておく。
●
戦闘により確保された強化人間、3名。
調整中と見て探索後に発見された捕虜、2名。
バグアドーム「郁金香」、およびその警備における強化人間の役割に対する情報。
以上が、施設制圧においてひとまず傭兵たちが出した成果である。
「‥‥ご苦労様だったわね。今回のことで軍と傭兵との関係が縮まってくれたのなら、あたしも参加した甲斐があったわね」
終了後、神楽は孫少尉に話しかける。
孫少尉は暫くの沈黙の後に、重たそうに口を開いた。
「‥‥はい。私は‥‥それから中国軍は、貴方たちの働きにとても感謝しています。だからこそ私は、貴方方の意思に応えられないかもしれないことが怖い」
向かい合って立つ神楽と孫少尉。だが、彼はその視線を真っ直ぐ彼女へと向けることはなかった。
「後悔するのは努力が足りないでしょうか。希望だけを見れないのは意思が弱いでしょうか。‥‥私は貴女が思うような人間ではないんです。もし貴方方が『もう一つの選択』を取っていたら‥‥私は『ですよね』と一言いって話を打ち切って‥‥そしてどこかで安堵していたでしょう。‥‥軽蔑しますか?」
神楽の顔を確かめるのが怖いと言う様子で孫少尉はそこで背を向けた。
視線の先には彼の部下たちが搬送する、保護されたものたち。
彼はこれから、彼らを、『エミタの希少性』『強化人間被害者への配慮』、そう言った秤にかけに行く。
●
後日。傭兵たちの元に中国軍から手紙が届く。礼の後書かれているのは、保護された強化人間五名、その身辺調査とひとまずの処置が決定した旨。
『貴方方には知る権利があります。貴方がたに知る義務はありません。もしご不要ならば、この手紙はここで破棄してください
(手紙の二枚目は一拍置くように白紙が挟まれている。『あなた』も、知る必要がないと思うならここで報告書を閉じるといい)
まず調整中にて保護された二名について。
一名は誘拐された中国兵と判明。治療が施され復帰の予定。
一名は逃亡した犯罪者であったため、治療予定なし、強化人間ということでその処分が話し合われている。
交戦の三名について。
一名は、娘の治療費の為に高い身体能力を自らバグアに売り込んだと判明。拘留後反逆の意思はないとみなされ留置処分。治療の目途は立っていない。
一名は誘拐された中国兵と判明。ただし洗脳後幾度か同胞への襲撃に加わっており、洗脳解除後もその記憶を有していたため本人が治療を拒否。検討はそれを持って打ち切りとなった。
一名はまた誘拐され洗脳された少女と判明。交戦もこれが初であったため、治療が決定し現在入院中。
以上、報告します。』
――後悔はないだろうか
――この後悔で、良かっただろうか