●リプレイ本文
「リトルフォックスの皆さん、はじめまして」
UPC軍の面々に、初めにそう挨拶に乗り込んだのはアクア・J・アルビス(
gc7588)だった。
初めて、にしては気安い様子。名前を聞いて、もしかして? と御武内 優人(gz0429)が誰何の視線を向けると、やはり、これまでの作戦に協力してくれた傭兵の姉だと言う。
弟以上に張り切りますよー。とぐるぐると腕を回すアクア。
少し和んだ空気に、「あ、どもども」と言った感じで続けて近づいてきたのは綾河 零音(
gb9784)だ。
「‥‥んと、ディアマントシタオピュ!」
どや、という顔で言った零音に、優人はかくりと首をかしげ、隣にいる速水 徹に声をかける。
「なんか俺ら、知らん間に結構有名になってるよ相方」
「悪目立ちと名前が売れるのは違ぇ。あと相方じゃねえ」
そこまで言ったところで、零音が口をはさむ。
「相棒も相方も意味は同じじゃん?」
「ニュアンスってのは結構重要なんだよ。‥‥あと別に相棒でもねえ」
後半の発言は、慌てて付け足した感じがあった。
「ユウトとトオル‥‥いつものやり取りが戻ってきた、ね。やっぱりあの二人は‥‥ああでないと、調子‥‥狂っちゃう」
くすりと笑いながら、シンディ・ユーキリス(
gc0229)がいう。
しかし傭兵たちも一部、表情が硬いものがいた。
「‥‥また、あの子供達が出てくるのかな?」
ポツリとファリス(
gb9339)が言うのは、これまでに戦ってきた強化人間の少女たちのことだろう。
正直、戦いたくないとファリスは思う。きっと利用されているだけだと思うから。
だが‥‥そう言って、避けられるとも思えなかった。
「それで? 結局の所どうするんだ?」
切り出したのはゲシュペンスト(
ga5579)。
(‥‥最初は新調した機体のテストだけのつもりだったんだがな‥‥)
気付けば無視できないほどには関わりを持ってしまった。
「‥‥戦わなくてはならないのなら、ファリスは頑張るの」
ファリスが返す言葉に、ゲシュペンストは何も言わなかった。それも正しいと思う。
何気なく視線を巡らせる。彼が目を止めたのは李・雪蘭(
gc7876)と視線があった時だった。
「腹は括っておけ‥‥か。人の事を言えた義理じゃなかったな」
彼女の持つ意思の光に、自嘲気味にゲシュペンストは呟いた。
助けるというなら反対はしないし協力してもいいと思う。だが、何を持って「助けた」とするのか。分からない。
「ともあれ、作戦は詰めの段階まで来ています。目の前の敵に集中しましょう」
遠倉 雨音(
gb0338)が、促すように声をかける。それには頷くしかなかった。
――出撃の時間が、来る。
●
傭兵たちの12機のKVがアデン基地上空に向かって突き進んでいく。
レーダーに敵影が写されると、距離を保ったまま一行は構える。
まずは先制攻撃‥‥と考えるのは向こうも一緒。戦いの口火を切ったのは2機のHWが最大距離から惜しみなく放ってきたプロトン砲だった。そのまま、互いに牽制の撃ち合いになる。
遠距離のそんな一撃を易々と喰らう一行ではない。
「‥‥ふぅ、とりあえず落ち着いて‥‥」
回避してから、アクアが一度コックピットで深呼吸。慎重に、発射ボタンに手をかける。
他の機体も、距離を詰めながら各々にミサイルを発射した。
『あのHW、なんか違うね。指揮官か何かかなあ』
己が放った一撃の回避軌道に注視しながら、零音が声を上げる。
『だな。正確にはあっちのチームがこいつで、そっちはアイツ』
応えたのはジャック・ジェリア(
gc0672)。ファルコンスナイプBを起動して他者より精度の高い撃ち合いをしていた彼は、動きの違うHW、すなわち有人機を正確に見極めていた。即座にHW担当チームに連携し。
「‥‥んで、俺の相手はアレかね」
見据えるのはHWたちの向こう。後方で鎮座するかのように優雅に構えるタロス。
「諸事情は何とも俺が気に入るような話じゃないしな。ここで落ちて貰うとしようか」
呟くがHWに阻まれまだ遠い。ひとまず、ジャックと零音は援護に集中し、力を温存する。
ゲシュペンスト機はこれまでの戦いで見せたように、HWの一体に対し一気に距離を詰め近接戦闘で短期決戦にかかる。
スレイヤーの空中変形。
「ワンパターンと笑わば笑え! これより強力な空中戦技を知らんのでな‥‥」
言葉の通り、何度も見せてきた戦い方には敵はいい加減合わせてきていた。標的となったHWは、察知するなり距離をとる方向に動き、一撃は浅くしか入らない。そのままHWは、回り込むような動きを取りながら射撃、その攻撃に有人機が合わせゲシュペンスト機を削ってくる。
苦戦を察知してシンディ機が援護に入る。ゲシュペンスト機を狙う二機に対しマルチロックミサイルで同時に攻撃。後はレーザーでプレッシャーをかけて足止めを図る。
ゲシュペンスト機に二体向かってきたことで、一体のHWが取り残される。連携から外れた一体にファリス機が向かう。
「‥‥ファリスは弱いの。だから、全力を尽くすの。ファリスの目の前で兄様や姉様達の誰も殺させたりしないの!」
叫び、序盤の一斉射撃で傷ついたHWに螺旋弾頭弾を惜しみなく使って攻撃を仕掛けると、一撃離脱戦法に入る。
初めに宣言した通り、ファリスの戦いに迷いはなかった。‥‥だがそれは、少女たちになんの想いも抱いていないと言うわけではない。かわいそうだ、という気持ちは持っている。
だからファリスはその想いをバグアを許せない、という方向へ向けた。
その、後ろで。
『リリアっ、ティナっ! 強化人間の体には爆弾が入ってて遠隔装置で爆破可能、知ってたか!?』
雪蘭が叫ぶ。強化人間の少女に向けて。‥‥反応は見られなかった。動揺も。少女の操るHWは、だからどうしたとばかりに戦いを続けている。
『速水母! 聞こえているなら答えてくれ、爆破装置何処だ? リリアとティナが、お前達「家族」以外の意思で爆破される可能性ある、知っていたら教えてくれ!』
リリアとティナの回線から基地内部に通じててくれ、と、雪蘭は速水 美奈子にも語りかけた。「母」ならば、子を助けるために動くだろう、と。
ややあって、雪蘭の目の前のHWから反応が返ってくる。
美奈子の、答えは。
『知らないわよ! あんたらが帰るか墜ちるかすればいい話でしょ!? 私と子供の幸せを考えるならそうして! やっと‥‥男に騙されて苦労ばっかさせられてやっとつかんだ幸せなのよ壊さないでよ! その子が、この場所が私を幸せにしてくれるはずなのに! そのための子たちなんだから! リリア、ティナ!?』
滅茶苦茶な叫び。
『うん‥‥大丈夫。私たちは母さんの為に戦うから』
少女たちは疑問を持つ様子もなく、当たり前のように淡々と答える。
『‥‥アルビスの者として、一言。それが、あなたの考える親ですか!』
たまらずアクアが叫んだ。アルビスはもう、二人しかいないから。
『人の生き方に文句はありません。‥‥でも、親のあり方になら文句はあります!』
アクアの叫びを聞きながら、だが、雪蘭は理解した。速水美奈子とはつまりただ「駄目な女」なのだ、と。
二人の少女を道具に出来るのは狡猾さでも邪悪さでもなく、ただ我儘で愚かなだけ。
己の不幸を他人のせいにし続けて、努力せずにいつか誰かが幸せにしてくれるのだと無責任に信じ続けて。だから都合のいい話に騙される。母の道など説いても理解できまい。
当てには出来ないと悟った。この程度の存在では強化人間の爆破装置のありかなど知るまい。
ならば、可能性があるのは。
タロスが動く。これまでずっと、KVが大きな動きを見せれば後方から狙ってフェザー砲で一撃を浴びせてくる。
『‥‥有人、か。あんたどこの誰さ?』
零音が試しにというふうに話し掛ける。
『まあ、父親役、かねえ? なんなら君もこっちに来るかい? 仲良くできるなら歓迎するよ』
『んー。とりあえず間に合ってるから遠慮するかな』
あっけらかんと零音は言う。
実のところ。彼女は正妻の子ではなかった故に「父親」に疎まれた過去がある。それを、「良くある話」と笑って話せる己は‥‥強いと言うより、単に脳内がすっからかんなのかも、と思う。
だから、家族というものに対する感覚は独特で。
間に合ってるという言葉は強がりじゃない。兄や姉と慕う人物は多い。
HWに向かう班には行かせないと、ブーストをかけて飛び出す彼女を、ジャック機のガトリングが援護する。
『雨音さんいきますよっ!』
機を見て、ヨグ=ニグラス(
gb1949)機が叫んで飛び出した。
『煙幕使うよっ』
仲間に伝え、タロスと己の間に煙幕を張る。視界を眩ませた瞬間を狙って、雨音機とジャック機がさらに近付いて行く。
『仕掛けます。ヨグさん、援護をお願いします』
最前列に出るのは雨音機。ヨグとロッテを組んでフォローを任せる。
スラスターライフルとツングースカで弾幕を張って動きを誘うが、しかしバグア操る精鋭機である。狙えるほど大きな隙は見せてくれない。冷静に反撃してきた。避けられる攻撃は避け、あとは耐久力と再生力に物を言わせて、引くことなく攻撃を集中してくる。
光線が雨音機の表面を焼いていく。頑丈さに不安はなかったはずだが、このままだと先に落ちるのはこちらだ、という予感が滲む。
零音機とヨグ機が必死で足止めの援護射撃をかける。だが足止めに集中するがゆえに決定打には欠けた。
ただはっきりと動きが鈍った瞬間を狙って、ジャック機が機関部に向けて一撃を放つ。どうにかそれが有効打となるのを見て、傭兵たちはそこに勝機をかける。
別の位置で、KVとHWが戦いを繰り広げている。
『暫く戦場を離れていたが、勘が鈍っていなければいいが』
時任 絃也(
ga0983)はそう言いながら、ブーストを惜しみなく使用、スナイパーライフルの射撃で追い込むように一体の無人機を分断する。
その分断された一体に向かってケイ・リヒャルト(
ga0598)の機体が向かっていった。ライフルで着実に一撃を与えていく。
もう一体と有人機は、絃也機だけで対処するのは限界がある。大神 直人(
gb1865)機がそのフォローに入り、アクアは後方でレーザーカノンで、とにかくとことんという感じで攻撃していた。
絃也機は有人のHWには直接の打撃は与えず、仲間の元へ追い込むような動きを心がけていた。
「姉妹の生死には興味はないが、助けるというのであれば、協力は惜しまん」
呟きは回線に乗せられたものではなかったが、意図に気付いたのだろう、直人が苦笑する。
「何だかんだ言いながらみんな手を貸してるんだから」
絃也だけじゃない。向こうではゲシュペンストも、コックピットに当てない攻撃を考えている。
そして呆れた声を漏らした直人もまた。助けようとする者が居るならたとえ可能性が限りなく低くとも手を貸してやりたいと思っていた。
まともに考えるならば。それは悪手といってよかった。
強化人間の少女たちを救うハードルはあまりにも高い。
ヘルメットワームを大破させずに落とさねばならないこと。
その前に、バグアによって少女たちが自爆させられる可能性が高いこと。
これだけでももう、諦めて撃墜を選んだところで「現実的な選択」と理解する者は少なくないはずだろう。
だが。
傭兵たちが有人機を気にかける様子を見せ、苦戦するからこそ。バグアは容易に少女たちを爆破できなくなっていた。
雨音機は大分追い込まれ、今はヨグ機が前に出るという状態になっているが、4機がかりの攻撃に、さすがに酔狂で少女を処刑する余裕は、心情的にはおろか爆破スイッチに手をかける隙すら許さない。
そう。
集まった傭兵全員が、少女たちの救済に前向きな作戦をとる、少なくとも積極的な撃墜を望む人間が居ないと言う、このある意味馬鹿げた選択が。
ほんの少し、希望に向けて手を伸ばす意思が。
ほんの少し、互いの意思を尊重する想いが。
そして、ほんの少しの幸運が。
少なくともこの場においては――少女たちの、あまりにか細い命運を、断ち切らずにつなげていた。
だがそれも、危ういバランスの上に成り立っている。傭兵たちの機体にも徐々に傷が刻まれていく。
ヨグ機と零音機はタロスの前に立つには若干耐久力に不安があった。
序盤、追い込まれたゲシュペンスト機は、空中変形での錬力消費もあり、有人機に対し気を使いながらの攻撃は、そろそろ苦しくなってくる。
そう、この状態でが続けば。
『UPC軍から連絡、きた』
雪蘭が、全機に告げる。
他の戦域での結果報告。増援の‥‥可能性、次第では。
雪蘭の報告に、全員、思わず固唾を飲む。
『陸、海部隊ともに増援部隊の迎撃、成功、した! 増援、ない!』
それは。あえて仲間内の通信ではなく全体に‥‥敵にも伝えられた。相手に焦りを誘うために。
「ばかなっ‥‥!」
バグアが呻くと同時に‥‥ケイ機が変形して有人HW、ティナ機に突撃、持てる能力をフル活用し、オートクレールの狙い澄ました、強力かつ慎重な一撃を与える。
ゆらり、と傾き、失速してHWが墜ちていく。
『無垢な子供の心と記憶を操って、さぞや楽しかっただろうな! 楽しみついでにここで灰になれ!』
目の前の道が開かれ、爆破の隙を与えまいと、直人が怒りの咆哮を上げながらタロスに突撃していく。
やがてリリア機も撃墜。
12機のKVに囲まれて、さすがのタロスもなすすべはなく――そして、このバグアに慈悲が与えられることはなかった。
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「これで仕舞です。この基地の命運も――愚かな『家族ごっこ』も」
ゆっくりと降下しながら、雨音が告げる。
UPC軍の空爆により、アデン基地の主要施設が焼け落とされていく。
‥‥一般人が居住していたかと思われる位置も、炎上を始めていた。速水美奈子はどうなるだろう。避難したかもしれない、命運を共にしたかもしれない。
だがそれよりも、傭兵たちとリトルフォックスチームが優先したのは墜ちたHWを追うことだった。
――少女たちは、ぼろぼろの姿で、それでも強化人間の頑強さで、生きてそこにいた。
しかし‥‥全てを失った瞳で。
「母さん‥‥母さんの返事がない‥‥」
「失敗したから? 私たち‥‥捨てられちゃった‥‥?」
虚ろな様子に、傭兵たちに後悔が滲む。
これでよかったのか、と。これが救いなのかと。
この先彼女に希望はあるのだろうか? そんなもの、どこにも見えない――
「きっと‥‥」
声を発したは徹だった。
「8年前、俺がこんな目をしてたんだろうな」
と。
そして。徹はそのまま。
重く少女たちを閉ざす、HWのコックピットに、手をかける。
‥‥かつて己が開けられなかったその扉の、代わりに。