●リプレイ本文
「優人兄様も徹兄様も今回はよろしくお願いしますの。ファリスもがんばってみんなの脚を引っ張らないようにするの」
「敵基地攻略作戦の布石、地味ながら重要な任務ですね」
説明を受け終えると、ファリス(
gb9339)はまず挨拶し、遠倉 雨音(
gb0338)は意気込みを語る。
その横で、ゲシュペンスト(
ga5579)はこっそりと呟いていた。
「小狐君達はやれるんだろうな?」
呟きを聞いて、雨音は感じていた懸念が己だけの気のせいではないことを確信した。
(‥‥今回一緒に飛ぶリトルフォックス隊‥‥でしたか。何だか隊員さんたちの間で微妙な間の悪さというか、重い空気を感じるのは私の気のせいでしょうか‥‥?)
彼らの異変は、一度あっただけのファリスや初見の雨音にすら感じ取れるものとなっている。
そうして、一度散開してKVハンガーに向かう途中。互いの距離が少し離れ始めたところで、御武内 優人(gz0429)にシンディ・ユーキリス(
gc0229)が声をかけた。
「トオルに何かあったら‥‥守ってあげて」
真っ直ぐに言ってきたシンディに、優人は珍しく自信なさげな表情を見せた。
「俺に‥‥出来るかなあ」
「何か起きたら、その時は、トオルにとってユウトが良いと思う事をすればいい。それが、親友ってものだと思うから」
尚も不安そうな優人に、シンディはそう続けて言って。
「その代わり、私もユウトの事を守る。私たちも親友だから、ね?」
優人は、いちどぱちくりとまばたきをしてシンディを見返した。
「ありがと‥‥」
そうして、まずふわりと微笑んで。
「でも女性から親友って言われちゃう男って結構微妙じゃね? 俺もしかしていい人どまりの男ですか」
直後、おどけた顔でそう言った。彼なりに、いつもの調子に戻ったところを見せてくれたのだろうと、シンディも微笑み返す。
「優人達、今回もよろしくねっと」
そこで声をかけてきたのがクラフト・J・アルビス(
gc7360)だった。
もともとクラフトは、また会った時にはいつもどおりに声をかけようと決めていた。
それが、不器用な彼が出した答え。
「アデンにこんにゃくはおいてあるかな?」
だから、冗談も口にする。
「なければ用意すればいいのです。頑張れ僕らのごーりゅーごー。時にクラフトはこんにゃく派か。貴様には餅巾着の素晴らしさを説く必要がありそうだな」
優人も極力、いつもどおりに答える。
‥‥だけど、いつもならここで突っ込みが入りそうなものなのに、言葉はなくて。
やっぱり、まだどこか間の悪さ、ぎこちなさは残っていて。
それでも何とかなるさ、なんとかしようという意思は彼らの間にあった。
「事情は人の数だけ‥‥か」
ゲシュペンストは呟いて、速水 徹に近づいていく。
軽く挨拶をして探りを入れるが、徹の口調は重たい。
「そっちが何も話さないならこっちも深入りはしない‥‥が、出るつもりなら腹は括っておいてくれ」
爆弾抱えた奴とは飛びたくないし内輪揉めのとばっちりも御免だ、と、ゲシュペンストはそれだけを言う。
「‥‥分からねえんだ」
ぽつりと、徹が零す。
ゲシュペンストは翻しかけていた身体を止めて、徹に向き直った。話さないなら深入りはしないが、話してくれるなら聞き役くらいにはなるつもりはあった。
「腹は‥‥据わって、ない。分からねえんだ。どうしたいのかも‥‥そもそも、何が、どうなってるかも」
視線を逸らして語る徹の様子には明らかに迷いがあった。ならすっ込んでいろ、と言えば大人しく引き下がったかもしれない。が。
「なるほど。だからもう少し情報を得たいと。それがお前が出撃する理由か」
返ってきたのは理解を示す言葉。
「とりあえず前回みたいな事にならなければそれでいい」
ゲシュペンストはそう言って、引き留めずに己の愛機の元へと向かった。
はっきりと、行け、とも、行くな、とも言われない。徹はすぐには動けずにいた。
そんな彼に、もう一人声をかけるものが居た。李・雪蘭(
gc7876)だ。
「私の息子、もう3年会ってない。生きてるかも分からない」
唐突に、彼女はそんな話を切り出してきた。
「‥‥だが、徹のように育っていてくれたら嬉しいと、そう思う。徹は自分の力で幸せの場を得られた、強い子だからな」
それを伝えたいだけだったのだろう、言うだけ言って、彼女もまたKVハンガーへと向かった。
●
出撃。アデン基地に向かって、まず5機のKVが飛び立っていく。
正面の対空砲を警戒して、迂回して側面から回りこもうとする。だが相手もそれは想定の上だろう。接近を感知すると、完全に側面に回りきられる前に、早めに飛び出してきてくる。
対空砲との距離は気になるが、まだそこに火がともる気配はない。傭兵たちも迎撃の構えにでた。
前回のことを踏まえてだろう、クラフトがプロトン砲への警戒を呼び掛けると、傭兵たちの機体は今度こそ足並みをそろえて敵へと向かう。
初手を制したのは終夜・無月(
ga3084)機、ミカガミの白皇 月牙極式。ブーストを起動し距離を置いてのレーザーライフルの初撃は相手の動きを確認するつもりであったが、精度の高い一撃はその必要もなくヘルメットワームに直撃していた。威力も高い。無人のワームが恐れにおののくことはないが、戦闘の一体が一気に削り取られたことはAIに混乱をきたしたようだ。敵の陣形が僅かに乱れた。
隙を逃さずゲシュペンスト機スレイヤー、ゲシュペンスト・フレスベルグと雨音の雷電、黒鋼、クラフト機のワイバーン、ハウンドが一気に距離を詰める。
雨音機はその頑丈さを生かしての至近距離でのドッグファイト。この距離で機関砲の弾幕を浴びせられれば避けるのは容易ではない。着実にヘルメットワームにいくつもの弾痕を刻んでいく。
クラフト機は動き回りながら、敵と近付いてはショットオブイリミネートで攻撃。
「こっち向いてろよ!」
この後控える後続機に敵がいかないよう、注意を引くように立ち回る。
ファリス機、サイファーEのジークルーネは、まず遠距離からの誘導弾の一撃。ひるんだところに接近しすれ違いざまにスラスターライフルの追撃を加えると、至近で戦う味方機の邪魔にならぬよう再び離脱。
全員が短期決着を意識して戦っていることもあって、開始早々、反撃も許さず1機のヘルメットワームが墜ちた。のこり7機のヘルメットワームが、遠距離はフェザー砲で、近距離は体あたりにて反撃してくる。無月機は銃口の向きや相手のパターンから狙いを先読みして回避し、雨音機は多少の被弾などものともせず装甲で弾ききる。
傭兵たちはもちろん、互いの動きには注意し連携を心がけていたが、しかしはっきりと僚機を定めてカバーしあっていたわけではない。空中戦では若干苦しいところがあり、複数の機体から狙われたゲシュペンスト機とクラフト機が少々被弾した。だが敵のダメージに比べれば問題のないレベルだ。
やってくれたなとばかりにゲシュペンストがぶつかってきた一体のヘルメットワームを睨みつける。
「同じ手が何度も通じるとは思わん‥‥」
ゲシュペンスト機は前回同様、空中変形しての人型飛行で戦っていた。被弾を許したのはそのせいもあるのだろう。前回と違って援護も少なかった。
「だが威力は実証済みだ!!」
それでもひるまずに、錬力が尽きるまでは己の戦い方を貫く。地上戦用に鍛えた強力な兵装がそのまま空中に持っていけるのは確かにこの機体ならではの強みだ。機杭の一撃がヘルメットワームにめり込む。
「究極! ゲシュペンストキィィィィック!!!!」
そこから、前回と同じレッグドリルとのコンボ。ゲシュペンストの言葉の通り手ごたえも前回と同様だった。
乱戦の中でも連携を狙っていた雨音機が、ゲシュペンスト機の激しい一撃にバランスを崩したのをチャンスと見て接近、超伝導アクチュエータを起動してたたみ掛けに入る。スラスターライフルの一撃に、また一つヘルメットワームが墜ちた。
先行班が順調にこなしているのを見て、後詰、シンディのペインブラッド改、FPP−2100S・Y 『Shine』と雪蘭の北斗、銀龍、それからリトルフォックス隊が飛び立つ。
雪蘭機が基地撮影を担当し、他機がそれを護衛する形だ。
そして、それとタイミングを合わせるかのように敵基地から追加戦力が飛び出してくる。
新手のヘルメットワーム。2機が前に出て、後ろに一機控える形の隊列で2チーム。それぞれ先行班と後詰班に向かってくる。
先行班へ向かった方、後列の敵目掛けてファリス機が誘導弾を放つ。確認の為の一撃だったが、予想が当たった。反応が明らかに通常のヘルメットワームより早い。有人機だ。
後詰組、出来れば先に対空砲を潰したいところだったがそうはさせてもらえなかった。ひとまず味方の援護を待つ方針にして、雪蘭機とリトルフォックス隊のウーフー、2機の援護を受けて中距離で牽制射撃をしながら、じりじりと対空砲の射程外へと向かっていく。
『あなた達は、信龍? 銀鈴?』
相手が有人機と、雪蘭は故郷の言葉で呼びかけた。
『‥‥またあなた? なんて言ってるか分からないわ?』
返事と共にフェザー砲の射撃が来る。前を守るリトルフォックス隊の一機が被弾するが、まだ撃墜には至らない。
『‥‥貴女たちに、聞きたいことある』
ヘルメットワームと前衛機の射撃が飛び交う中、雪蘭は改めて共用語で話しかける。
何故「母さん」はリリア達を強く止めずに戦場行かせるのか。
何故「母さん」はリリア達を大切にするのか。
‥‥何故、「母さん」には『いらない子』が存在するのか。
『だって私たちは「いい子」だもの! いい子は母さんの役に立つのよ!』
畳みかける質問に答えは一つ。迷いのない即答だった。
『聞いたわ! そいつは母さんの望みをかなえなかった「駄目な子」だって! そのくせ言うことも聞かない、「悪い子」だって! 私たちは違う! ちゃんと母さんの役に立つ! だから可愛がってもらえる。ご褒美ももらえるの!』
雪蘭は無意識に唇を噛んでいた。他にも聞きたいこと、言いたいことはあった。だが、通じない予感があった。
『‥‥本当の子供を捨てて、別の子供だけを可愛がるなんて信じたくないの。ムッターは自分の子供の味方じゃなければいけないの!』
会話は先行班にも届いていた。ファリスが悲しげに叫ぶ。だが。
『違う‥‥』
丁度大人の子供の中間の女性として、感じるものがあったのか。雨音がファリスの言葉に対して呟き返していた。
『きっと‥‥その「母さん」が、あの子たちに与えているものも‥‥愛情なんかじゃ、ない‥‥っ!』
それはただの、言うことを聞かせるための飴。
お人形遊びの、安いビー玉。
悪趣味なままごとはこの基地がお膳立てしたのか。ねっとりと影の手が伸びて、少女たちを捉えているのが見えた気がした。
『‥‥徹、また来てるの?』
その時、別の声が通信に割り込んでくる。
『いいわよ? 許してあげても。これからは言うことを聞く、「いい子」になるなら』
ぞわりとする言葉。
雨音の言葉の通り、そこに愛なんてない。
‥‥傍で冷静に聞けるものに、とっては。だけど、言われた本人にとってはどうなのか?
半ば反射的に、クラフト機が飛び出してきた。マイクロブーストをかけて、後詰班の方に接近してくる。
有人機と徹機の間に割り込もうとする進路なのはすぐに分かった。庇うために、そして‥‥行かせないために。
「くそっ‥‥」
コックピットの中、苦しげに徹は呻いた。
何なんだよ。
何で。
色々な言葉がぐるぐると頭を駆け巡る。想いが、言葉が、形にならない。
その時に聞こえてきたのは。
『なんかもう‥‥難しいこと分かんないけどさっ!』
ずっと僚機として戦ってきた、優人の声。
彼はただ、シンディの言葉を思い出して。やりたいことを、言いたいことを、叫ぶ。
『良く知りもしない癖に人の相方を駄目な子だの悪い子だの言うなよなっ!』
徹に、何か、浮かんできたのはその時。
『オメーは‥‥だから、アホかってんだっ‥‥!』
操縦桿を握り直し、叫び返す。
『何でここでまで「相方」なんだ漫才コンビじゃねーんだよっ! せめて相棒って言えってんだ台無しだろうがーーーーーっ!』
ツッコミ。
それこそ、これまでに染みついた習性で。
それと共に持ち直すと、八つ当たりのように近くの無人機に接近、一撃を浴びせる。優人が即座に反応して牽制射撃を合わせると、離脱して再び後列に戻る。
『‥‥いや、漫才コンビだろ』
ゲシュペンストが、半ば呆れ気味に呟いていた。
クラフトが、シンディが、いつもの徹が戻ってきたと確信して、笑う。
『さて‥‥それでは、仕事に戻りましょうか‥‥』
無月が皆に呼び掛けるように言うと、照準を有人機へと向ける。雨音機が無人ヘルメットワームを担当し、ファリス機がフィールドコーティングを発動させて有人機を引きつける。
味方が作った隙をついて、無月機が放った一撃は全て狙った個所に命中した。
コックピットを狙っての撃破ではなく、少しずつダメージを与えあえて撃退を狙っての攻撃。
やがてバランスを失って有人機の一つが墜ちていく。
『ティナっ!?』
後詰班の前に居たヘルメットワーム――声からして、搭乗しているのは前回と同じリリアだろう――が、失速し緊急着陸するヘルメットワームを追うように後退していく。深追いする傭兵はいなかった。
有人機が撤退すれば、手はず通りシンディ機がロケット砲にて砲台を処理、残りの仲間は無人ヘルメットワームの掃討にかかりつつ、後詰班は基地の空撮を急ぐ。
あらかたの撮影が済めば、残りの敵が出てくる前にと一行は手早く撤退を果たした。
●
「今度こそ、腹は括れたか?」
基地に戻り、ゲシュペンストが、徹に確認する。
「‥‥ああ。ひとまず当面、どうしたいかは決めた」
そこまで言って、徹は今度は視線を雪蘭へ向ける。
「‥‥あんたが、彼女たちと話してくれたおかげだ。感謝する」
雪蘭は少し複雑な表情だった。
浮き彫りになった少女たちの異常。それは雪蘭の心を痛めるものだった。
「やることが決まったなら‥‥よかったですね‥‥」
無月が口を開く。
「自分に出来る事をして出来ない事は仲間を頼る‥‥其れがチームワークです‥‥」
一人で背負いすぎることはないと釘をさすように、言った。頷く徹。
そして。
「‥‥でもにーさん、わりと一人でも余裕じゃないかなあ‥‥」
思わず呟く優人。まあ実際、今回、無月の強さはそれくらい突出していた。
「だからオメーは台無しにするなよっ!?」
スパーンと徹が優人を叩いた。
笑顔がこぼれる中で――
準備は整った。
いよいよ決戦の舞台はアデン基地、その場所。
全ての影の、元凶へ。