タイトル:【OD】母さんどうして?マスター:凪池 シリル

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/14 22:29

●オープニング本文


「かあさん、どうしてあそこで帰らなくてはならなかったの?」
「私たち、もっと戦えたのに」
 二人の少女が、問いかける。
「‥‥もちろん、あなたたちが立派な子なのは分かってるわよ?」
 かあさん、と呼ばれた女性は、とても穏やかな声で答えた。
「あなたたちがとても大切な子だからよ。だから、あんなところであなたたちに無理しないでほしいの」
 優しく、両手で二人の少女、それぞれの頭を撫でると、少女たちは笑みを浮かべる。
「‥‥またすぐに、戦いの時が来るわ。その時の為に‥‥いいえ、あなたたちは、母さんの為に、いつでも万全の状態でいて頂戴?」
「まかせて! かあさん!」
「私たち、いつでも母さんの期待に応えるからね? いい子にするからね!」
「そう‥‥とてもいい子ね。それじゃああなたたちが頑張れるように、母さんも腕をふるわなきゃ。今日のご飯は何にしましょうね?」
 わぁいと歓声を上げて、子供たちがぱたぱたと己の部屋へとかけていく。
 少女たちは疑問は抱いても不満など覚えていなかった。『かあさん』が自分たちを愛しているのは知っているから。言うことを聞いていれば、褒めてくれるのは知っていたから。
 期待にこたえようとする、聞きわけのいい良い子。
 良い子の頑張りに、褒めてご褒美を上げるお母さん。
 ああ――なんて幸せな『家族』だろうと女性は目を細める。
 例え血が繋がっていなくても、きっとこれが本当の家族――



「えー、というわけで、目標はおでんの攻略」
「‥‥アデンだからな」
 集められた傭兵たちの前で、今回の概略を説明するのは御武内 優人(gz0429)と速水 徹だ。
 アラビア半島に、新たなバグアの拠点が発見されたという。
「そうそう。うどん基地」
「遠くなってるっ! オメー絶対わざとやってるだろっ!」
「うんだから‥‥うでん? おどん。アドン!」
「‥‥今のは、わざとなのか本気なのか分からねぇええ‥‥!」
「おでんと言えばさあ。先日もう『おでん始めます』のコンビニのチラシが入っててさあ。え。九月から? このバリバリ残暑で。気が早すぎない? とか思うわけですよ」
「‥‥中東くんだりで何の話してるんだオメーは‥‥」
「いやあ、だからこそですよ。こうして翌日にはどこ居るか分からない身だからこそ、普段住んでるところの話と言うのは大事にしないとですね」
「分・か・っ・た・か・ら、いい加減さっさと本題を始めろ」
 徹に小突かれながらようやく話を始める優人。
 湾岸都市アデンに築かれていたバグア基地。UPC軍はそこに攻め込むことを決定したという。
「んで、今回はまあ、前哨戦。本隊が基地に向かって進軍すれば、当然迎撃部隊が出てくるから、それを撃退しましょうと」
 直接、基地での攻防戦ではなく、その手前での戦いになるだろうと目されている。
 敵主力はHW。だが有人機等が混ざっていれば決して侮ることはできないが。
「まあ、俺らが任されるところだし。大したことないよ。ないといいな、うん」
 そう言って優人は手をひらひらと振った。

 説明だか何だかが終わって、ばらばらと出撃準備を始める一同。
 徹も、一つ溜息をついてからブリーフィングルームを後にする。
「ん。はやみん、調子戻ってきた?」
「はやみんじゃねえよ。‥‥。なんだよ、『戻ってきた』、って」
「いや、今朝なんか調子悪そうだったから」
「‥‥‥‥‥‥。なんで、そう思う」
「や。さっきのアレ」
「それで分かるか」
「今朝、はやみんって呼んでもツッコミ返ってこなかったから」
「それだけかよっ! っていうかやっぱりツッコミ待ちでやってるのかよ!? もう返事しねえぞ絶対!」
「ん。でも調子悪かったでしょ実際。大丈夫?」
 冗談みたいな理由で、でも最後の言葉は真剣だった。かなりの確信を持って聞いているだろう問いに、徹は思わず一度押し黙る。
「‥‥‥‥別に」
 そうしてやっと返した言葉は、自分でもごまかしになっていないと思った。だが。
「ん。そか。ならよかった」
 優人は、そう言って己のKVハンガーに向かって歩きだしていた。

「‥‥別に大したことねえ。今更どうでもいいことを、今更夢に見ただけだ‥‥」
 一人残った徹は、己に言い聞かせるように呟く。


  ――かあさん、どうして?
  どうして帰ってきてくれないの。
  ‥‥お腹すいた。
  寒いよ。
  俺が、悪い子だか、ら?




「それじゃあ、行ってくるねかあさん」
「ええ、でも今回も無理はしちゃダメよ? かあさんが帰ってきなさいって言ったら、すぐに戻るのよ?」
「心配しないで! 私たちは大丈夫! 先日だって、KVを3機も落としたんだから!」
 そういって、強化人間の少女たちは無邪気に笑う。
 ‥‥仲睦まじい、母と娘。
 期待にこたえようとする、聞きわけのいい良い子。
 良い子の頑張りに、褒めてご褒美を上げるお母さん。
 幸せな風景。
 だって、そうなるように、「調整された」子たちだから。

「やっぱり女の子はいいわよね。素直で、可愛くて。‥‥男の子なんて駄目よ、生意気で乱暴なだけで」
 親バグアとなり、強化人間の子の世話役を命じられて。
 やっぱり全てを捨てて、こちら側に来てよかったんだと。
 速水美奈子は、洗脳された子供たちと同じ、光のない目で穏やかな笑みを浮かべていた。

●参加者一覧

ゲシュペンスト(ga5579
27歳・♂・PN
比良坂 和泉(ga6549
20歳・♂・GD
乾 幸香(ga8460
22歳・♀・AA
シンディ・ユーキリス(gc0229
25歳・♀・SF
殺(gc0726
26歳・♂・FC
BEATRICE(gc6758
28歳・♀・ER
クラフト・J・アルビス(gc7360
19歳・♂・PN
李・雪蘭(gc7876
37歳・♀・CA

●リプレイ本文

「おーす、優人達。今日もよろしく」
 軍人たちに最初に声をかけたのは、先日のバーベキューもあってもう顔なじみとも言ってもいいクラフト・J・アルビス(gc7360)だ。
 そして。
「ディアマントシュオタオプ!」
 優人の顔を見るなり、クラフトは言う。これもそろそろおなじみか。
 ちなみに、一瞬分からないかもしれないがよく聞くと微妙に間違えている。
 優人は、それに気付いたか、ふふんと得意げな顔をして、
「ディアマントすタオプっ!」
 表情はそのままだが、やはりちゃんと言えてない。
「シュタオプ‥‥あーいえ、俺のはもう、『グラシェール』でいいですよ」
 その『ディアマントシュタオプ』に乗るものとして、比良坂 和泉(ga6549)が口を挟みかけるが、すぐに何か諦めた顔でそう言った。
「んー? 今日はツッコミはなしー?」
 そんな、『いつもの会話』に、足りないものに気がついて、クラフトは速水 徹に目を向ける。
「‥‥。今更過ぎて、ツッコむ気にもなれねえだけだ」
 徹はそれだけ答えて、ふい、と背を向ける。
「ユウト、トオルの様子がおかしいように見えた‥‥また何か困らせるようなことでも、した?」
 徹が先に進んでいく中、優人に声をかけるのは、これまた今までも関わりのあるシンディ・ユーキリス(gc0229)だ。
「んー? 俺は後まで引きずるような困らせ方はしない。つもりだけどなあ」
「‥‥瞬間的に困らせるのも‥‥出来れば控えたほうがいいと思うけど‥‥」
「そんな。俺にノリで発言するなと申すか。4分くらいが限界だよ、そんなの」
「‥‥短っ!? ‥‥まあ、とにかくそれだと‥‥トオル、どうしたんだろう、ね?」
 シンディはそう言ってまた徹を見た。その背中に、いつもはない重たさを感じる気が、する。
「‥‥うん。やっぱ変だよね。ああ、でもあんま気にしないで。KV乗ってるうちは、俺の相方は、俺がちゃんとフォローする」
 手を頭の後ろで組み、ぶらぶらとした足取りで進みながら、優人。やっぱり軽いノリのままのようで、目と声にはきちんとした意思が宿っている。
「‥‥ん。分かった。今回もよろしく」
 シンディはひとまずそれで納得したか。最後にそれだけ言った。



 異変を見せるのは、しかしUPCの軍人だけではなかった。
「‥‥どうした。緊張しているのか?」
 ゲシュペンスト(ga5579)が声をかけるのは、今回が初出撃だという李・雪蘭(gc7876)だった。ただ、その態度に見えるのは初出撃という緊張と不安だけではないように思えた。
「すまない。私には、目的がある」
 ぶっきらぼうな口調は、単純にまだ公用語に慣れていないだけのようだ。気にせずにゲシュペンストが尋ねてきたのをいいことに、雪蘭はそのまま己がこの依頼に参加した理由を語る。
 ――今回確認された強化人間が、己の子か確かめに来たのだと。
「自分の子を捜す‥‥か。まぁ事情と目的は人の数だけあるだろうからな。命あってのモノダネって事を忘れないなら俺は反対しない」
 聞き終えたゲシュペンストの感想はそんなものだった。あくまで無理はしないで、という前提なら、好きにしろということなのだろう。「感謝する」と短く言って、
「息子の信龍と、娘の銀鈴だ」
 そう言って、写真をゲシュペンストに見せる。余裕があったら探りを淹れてみよう、と、彼は小さく答えた。
 他の傭兵達がどう思うかは分からない。あくまで任務を、己の身を第一に考え、有人機の操縦者など気にかけるべきではないというものもいるだろう。そしてそれは、正しい、とも雪蘭は分かっている。これははっきりと己の我侭で、そのために迷惑をかけていると。
 だが。
(親が自分の子供に会いたいと思って何が悪いの)
 そのために彼女は全てを捨てた。故郷を。夫を。人であることを。
(それでも私の子供達に会いたい、私の願いは、ただそれだけよっ!!)
 親バグア政権下で暮らすうちに、バグアの手によって連れ去られた子供たち。‥‥生きてどこかで出会える可能性が僅かでもあるとすれば、戦場だと。ごく微かな希望にかけて、彼女は今こうしてここにいる。



 若干の不安を抱えつつも任務は待ってくれない。やがておのおののKVがUPC軍の前線基地から飛び立ち――そして、彼方より迎撃のHWが飛来するのを捉える。
 BEATRICE(gc6758)が乗るのはいつものロングボウII、ミサイルキャリア。
「か弱いので‥‥目立つのは苦手なのですが‥‥此度は‥‥賑やかに‥‥嚆矢を放ちましょう‥‥」
 呟き、ミサイルパーティの準備に入る。まっすぐに前を見据え、敵との距離を測り――だが。
 今回彼女は、味方との連携を意識し、ロングボウの長距離誘導能力を生かす形ではなくある程度距離が詰まるまで待った。
 そして‥‥発射ボタンに手をかける前に、敵の主砲に光が点るのを見る!
 BEATRICEの攻撃にあわせるべく、他の味方が用意したミサイルはヘルメットワームのプロトン砲の射程を下回るものだった。一斉攻撃の為に距離を詰めたことで、敵に先制を許すことになり、そして先手を取るつもりだった何名かは対応に追われることになる。
 ‥‥とはいえ、通常ワームによる遠距離からの攻撃。皆何とか回避する。だが、隊列は乱された。ぎりぎりで回避したワイバーンMk. II、クラフト機ははっきりと、立て直しに時間を取られる。
 BEATRICE機のミサイルパーティに合わせての一斉攻撃、と言う目論見は崩れつつあるものの、距離を詰めきる前に一撃をくらわせたいと、ロングボウのスキルを全開放、向かい来るヘルメットワーム5機にK−02ミサイルを叩き込む。
「前哨戦とはいえ気を抜くわけにはいきませんね。確実に敵機を撃破していくことにしましょう」
 乾 幸香(ga8460)が、気を取り直すように呟く。彼女が乗る機体はイビルアイズ、邪眼を持つ魔人バロール。
 向かってくるヘルメットワームは無人機が3機編成、3チーム。
『1チームはそちらにお任せします』
『了解ー。そっちもよろしく』
 UPC軍と連絡を取り合い、敵の残り2チームは傭兵が担当。
 ゲシュペンスト、幸香、殺(gc0726)、BEATRICEのAチームと、和泉、シンディ、クラフト、雪蘭のBチームに分かれてこれに当たる。

 幸香機はまず、敵チームを射程内に入れるなりバグアロックオンキャンセラーを発動。武器に長距離バルカンを用い、削るような攻撃を加える、しかしこれは牽制の攻撃だった。
 ゲシュペンスト機、スレイヤーのゲシュペンスト・フレスベルグが前に出たがっているのが分かる。そのための援護射撃。そのゲシュペンスト機は、自身も機関砲で牽制しつつ前進、ヘルメットワームと格闘できるほどの距離に近づくと‥‥人型へと変形。
 宙空スタビライザーでの人型飛行を続けるのは急速に錬力を消耗する。目指すは短期決戦。盾を構え、一気に距離を詰めると。
「伊達や酔狂で空戦にこんな物を持ち込んだと思うなよ!」
 機杭「白龍」が、ヘルメットワームの脳天ど真ん中に打ちこまれる。BEATRICE機のミサイルでダメージを負った機体には痛烈すぎる一撃。めり、とそこから亀裂が広がっていく。
 そこへさらに。
「究極! ゲシュペンストキィィィィック!!!!」
 押し込むように、レッグドリルの一撃がお見舞いされる。機杭による穴がドリルでさらに押し広げられ、めりめりと亀裂が深まっていき‥‥あっという間に、一機のヘルメットワームが落ちる。
 それを見て、殺機、スカイセイバーの天人も動きを見せる。
「ほら、こっちだ」
 残る二体のうち、一体の気を引くように前に出て――敵の攻撃を誘うと、ひらりと回避。あいた射線に、幸香機の重機関砲の攻撃が乗せられる。前に詰めた殺の動きはこの、味方との連携を意識しての囮‥‥だけにとどまらず。
 ヘルメットワームがひるんだのを見て、さらに一歩前へ。至近にまで距離を詰めるとブースト、そのまま殺機もまた空中変形。ブーストにより、ヘルメットワームの頭上を通り過ぎるように前進しながら、足元を掬い上げるように機刀を一線。殺機の通りすぎた道を追うように、ヘルメットワーム上部に刀傷が刻まれる。続く味方の射撃で、二体目もあっという間に爆散した。チームを組んでいたHWがあっという間に残り一機になって、少し離れた距離から手を小出しにしていた有人機の動きにはっきりと戸惑いが生まれる。
 幸香機がレーダーに‥‥邪眼の範囲内にしっかりとその姿を捉えようと、機種を向ける。
 雪蘭の話を小耳にはさんでいたBEATRICEが、乗員の姿を捉えられないかとミサイル誘導システムに搭載されたカメラを確認していた。

 一方Bチーム。
「今回はキューブワームだけなんていう、不甲斐ない結果にはしない!」
 はじめての空戦の戦果はそれだけだった。思い出して、クラフトは気合いを入れ直して操縦桿を握り直す。あの時とは違う。彼も、彼の愛機ハウンドも。そのクラフト機は、雨の予報を受けて今日は灰色に塗装していたが、いざ迎えた戦闘時にはからっからに晴れていた。これは、ある意味やむを得ない。衛星がバグアに押さえられている今、天気予報の精度も落ちている。これもまたバグアへの怒りに変えて、敵へと向かう。
 同時に前に出るのは和泉機。突出しないよう互いの距離を気にしながら、自身もレーザーカノンで攻撃する。
『一機ずつ、確実に数を減らしていきましょう』
 味方機に呼びかける。BEATRICE機のマルチロックオンミサイルはこちらが担当する二体にもダメージを与えていた。そのうちの一体から集中して狙うことを提案する。異論はなかった。
 クラフト機は主にショットオブイリミネートで攻撃。マイクロブーストを用いて当てつつ、リロード時には下がる。その、下がるときには和泉機が援護して、攻撃が集中しないように割り込みをかける。
 シンディ機、ペインブラッドFPP−2100S・Y 『Shine』は、打たれ弱さを自覚してやや後ろからの射撃に徹していた。接近されたときの備えも考えてはいたが、今のところ和泉機とクラフト機が上手く押さえてくれている。前衛が上手く機能しているのを見て、シンディは後ろの気配も伺った。
 最後方には、雪蘭機、北斗の銀龍が控えている。ひとまず彼女の機体は特殊電子波長装置βによるジャミング中和での支援に徹していた。自機生存を優先した動きだ。シンディ機が前に出ないのは、この機体の援護という意味もある。
 派手さはないが堅実な陣形と戦術で、Bチームは着実にヘルメットワームたちを削り取ってはいた。

 結果として、大きく崩れてはいないものの一番遅れていたのは軍人のチームだ。とはいえ彼らも堅実に戦ってはいる。まず敵の一体を集中して落とし、二体にしてから、二機が無人ヘルメットワームに集中、残る二機は有人機の動きに注意しつつ対応する。
 もたついている分、有人機の一機が積極的にちょっかいをかけるのもここだった。
 そこに、目の前の敵の対処を終えた傭兵達の視線が集中する。
『もういいわ! 下がりなさい! 無理しちゃだめ‥‥』
 通信が割り込んできたのは、そのときだった。
『まって、母さん‥‥せめて一機くらい! わたしやれるもん!』
『だめよ! 戻りなさい! 今は無理しなくていいの、母さんを思い出して! 大切なあなたたちを失いたくないのよ!』
『‥‥母さん』
 ヘルメットワームから言葉を返すのは‥‥明らかに、少女の声。
『あなた、銀鈴!? ねぇ、銀鈴って名前に覚えはないっ!?』
 瞬間。反射的に、雪蘭は叫んでいた。
 公用語ではなく、故郷の北京語で。
『‥‥。え。何今の』
 返って来た困惑は、完全に「何を言ったのか分からない」という様子だった。意味が分からない、ではない、おそらく完全に言葉が通じていない。
 そう都合よく奇跡は起こらない。ため息がこぼれたところで。
『‥‥おい』
 友軍の別のところから、また違う反応が上がった。
『てめえっっ! 何モンだっ! 目の前のオメーじゃねえ、今後ろでしゃべった女! 名乗れっ!!!』
 明らかに冷静さを欠いた声が、なおも無人ヘルメットワームと交戦中のはずのUPC軍から上がる。
『ちょっ‥‥はやみっ‥‥』
『俺は徹だ! 速水徹! この名前に覚えはあるか‥‥おい!』
 そこまで徹が叫んだところで。

『――徹? まさか‥‥そうなの‥‥?』

 己自身の望みはかなわなかったが、それはある意味、雪蘭の心を満たす光景ではあった。
 親バグアと反バグアに分かれた親子。交わらない道を歩むはずのその、戦場での奇跡的な邂逅。
 だが。
『母さん? こいつ知ってるの? 連れてかえろっか』
 何か異変を察した少女が、母と呼ぶそれに、そう、問いかけると。
『いいえ‥‥いいの。そう。お前はまだそうなの』
 答える【母】の声は、先ほどまでとうって変わって、重く暗い。
『逆らって‥‥わたしの重荷にばかりなって‥‥悪い子。‥‥いいのよリリア。無理して連れてくる必要なんて、まったくないわ』

 ――いらない子だもの

 雪蘭だけじゃない。傭兵達の全員が、強化人間の『母』を名乗るその存在が最後に発した声に、なんとも言えない冷たさを感じて。
 思わず、声を、思考を失いかけて。
 いまだ残る無人機の存在を思い出して、真っ先に援護に駆けつけたのはシンディ機だった。
 気をとられた隙に、有人機たちは早々と撤退していく。
 無人機を全滅させるだけならこの人数だ。さしたる問題ではなかった。



 12機のKVは、それぞれに損傷を追いながらもどうにか全機、無事の帰還を果たす。
 速水徹の機体も、身についた訓練の成果だろう、自力の運転にてちゃんと戻ってきていた。
 だが降りてきた徹の表情は、やすやすと声をかけられるような状態では明らかになかった。それでも、そっと声をかける優人を、徹は明らかに意識的に無視していて。
「私の思いは愛情と違う。単なるエゴ。私の子供達は‥‥私の愛情を欲して無い可能性高い。徹は自分の母親の愛情、欲しいのか?」
 そのまま去ろうとする徹の足を止めたのは、雪蘭の言葉だった。
「『今』捨てられないモノがあるなら、それを大切にしろ」
 投げかけられた、二つの問いに。
「そんなモンっ!」
 咄嗟に出てきた言葉は、そこで止まる。ただもがき苦しむように喉を引きつらせる。続きが。「いらない」という言葉が、喉で引っかかってどうしても出てこない。

 なんで。
 なんでなのか。
 「母」と「今」。振り切れないのだとしたら、どちらなのか。
 それすら分からずに、徹の心は闇に沈んでいく。