●リプレイ本文
「さあ、うきうきワクワク楽しんじゃうわよー♪」
そういいながらホストクラブの扉をくぐったのは樹・籐子(
gc0214)であった。
彼女の目的は分かりやすく、『綺麗処可愛い処侍らしてのどんちゃん騒ぎ』である。
「ようこそ‥‥お越し頂きました‥‥」
今宵の彼女は幸運であった。この店ナンバーワンとして君臨する終夜・無月(
ga3084)がフリーだったのだから。
「今宵は持てる限りの御持て成しをさせて頂きます‥‥美しいお姉さま」
「あらお上手ー」
「本心‥‥ですよ‥‥。貴方が来店する今宵‥‥忙しい私が偶々フリーだったのは‥‥きっと神様のご褒美なのでしょうね‥‥」
すらすらと出てくるホストトーク。しかし無月は外見と軽薄な言葉だけを頼りに売り出してきた安っぽいホストとは違う。
こうしてあからさまにベッタベタな美辞麗句を並べるのも、今目の前の相手が求めているのがそれだ、と見抜いてこそだ。
彼女が、癒しを、夜の街の華やかさに求めてきたことはすぐに見抜いた。ならば精一杯、『らしく』お相手するのが最適というもの。ベタすぎて恥ずかしい、などという気持ちは彼ほどの一流には無用である。ベタがベタたりえるのは、求められてきたからである。
一瞬で相手の要求の全てを見抜く慧眼。これこそがナンバーワンホスト・無月の真髄である。
「それじゃー、お相手よろしくねー」
「はい‥‥私の事は無月と御呼び下さい‥‥」
水割りとツマミで乾杯しながら、籐子は張り切って無月と喋りはじめる。相手の趣味やなんかを根掘り葉掘り尋ねてくる藤子に、無月は時折、「え‥‥そ、そこまでは‥‥」などと躊躇いを見せつつも、「もう‥‥貴方にだけですよ‥‥」などとくすぐりながら、内緒だから、とどさくさに紛れる感じで耳元に囁きながら答えたりとサービスする。
やがて気安くなってくると藤子自身の成功談・失敗談へ。余計なことは言わず、ただ適切に相槌と同意を入れて相手の気持ちを上手く吐き出させていく無月。
だが、ホストという立場を意識しなくても、藤子の話は単純に聞いていておもしろかった。時折、本音の笑いもこぼれてしまう。
「いやねえ、うちの上司なんだけど、妙に粘っこくて」
やがて話の流れは自然に愚痴へ。
「今回も変に小娘追いかけたのだけど捕まらなくて、結局徒労なので、バーカみたい‥‥」
呟きながら、身体を傾けて無月の肩へ頭を乗せる藤子。こうした場で気後れしちゃだめだ、と遠慮ない藤子を、もちろん無月は邪険にすることなどしない。
本格的に、言葉だけじゃなくて接触がしたい、と欲した藤子は、チークダンスを要求すると、無月は立ち上がって、恭しく彼女の手をとった。
藤子は遠慮なく、ぎゅーと抱きしめた。
(直で無いにせよ。こうやって肉体の感触を味わうのもね‥‥)
満たされるのを感じていく。
どうせこの手の客も手慣れたものだろう、構いやしない。
御馳走さまよ、と藤子が呟くと、無月も平然と、こちらこそ、と答えていた。
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‥‥とまあ、そんな二人を、藤子と伴ってやってきた神翠 ルコク(
gb9335)は、はじめ落ち着かない様子で眺めていた。
目も眩むような華やかな異世界に、ふわふわとどっかいきそうになる気持ちを、「此れも、都会の生活を知る為ですね、頑張ります!」と気合いを入れ直しては戻ってくる。
「‥‥そんなに、緊張しなくても大丈夫ですよ?」
そんな彼女の相手をするのは、無月のヘルプで入ったYSだった。声を掛けられて、ルコクは姿勢を正す。
「はじめまして。僕、神翠ルコクです」
「はじめまして。私は、ここではYSと名乗ってます」
「YS君ですか、他の国の方のお名前は不思議ですね。僕の字は翠耀(ツィヤォ)です」
ルコクがそう言うと、YSは少し複雑な顔をしてから、とても奇麗な字ですね、と言った。
キンモクセイの酒はありますか、とルコクが言って、YSは穏やかにありますよ、と答えて差し出す。
「「干杯(クァンペイ)」」
タイミングも、それから、発音も、綺麗に合わせて乾杯がなされた。
「YS君みたいな、哥哥(グィーグ)がいれば、楽しそうですね。僕達は、小さな民族で、山間に暮らしてたんですよ」
彼女なりに、この場を楽しもうと努力しているのだろう。少しずつ、己のことを話し始める。
育ての親の長様と奥様、沢山の子供達と一緒に暮らしていたのだと。
過酷でも優しさにあふれた懐かしい記憶を。
「ただ、生きていたかっただけなんです。誰にも邪魔されず、ひっそりと」
バグアの支配下でも、人類の支配下でも良かった。
だけどそれを奪ったのは、親バグアの人たち。
この場に来るのがはじめてとは思えないほど、彼女はよく話した。それほどまでに、ずっと抱えていた思いなのかもしれない。ずっと吐き出したくて、その場を得られなくて彷徨っていたのか。
そうして、離し切ってから、彼女は湿っぽくなってごめんなさい、と、慌てて顔を上げた。
「僕、シャンリークィ(向日葵)と言うアイドルグループのメンバーなんです」
それから彼女は、誰かの笑顔の為の、力になりたいと、夢を語る。
「‥‥ええ、その気持ちはとてもよく分かります」
YSは言った。
「ホストクラブと言うと、疑似恋愛をしたり、女王様気分になるものだと思うかもしれませんが、私たちの願いはただ、ここで楽しく過ごしてもらうことですから」
一人一人と向き合うやり方と、多くの人を一度に幸せにできるのと。
やり方と結果は違うが、誰かの笑顔を作りたいという気持ちは、同じだと。
「ですから、ええ。先ほど私が兄だったら、といいましたが、実際、友達や、家族感覚の付き合いを求めてここに来る人も、多くいらっしゃいますよ――」
そう言って、YSは丁度、近くを通りかかったボーイの一人に声をかける。
「ルシウス君、こちらの彼女にお代わり作ってもらえるかな」
「ハーイ」
現れた少年を見て、ルコクはちょっと目を丸くする。どう見ても15歳くらいだったからだ。
「ちゃんと、働ける年齢だからダイジョーブだよ。身分証、見る?」
よく勘違いされるのだろう。慣れた様子でルシウスと呼ばれた少年は答えた。
「彼も‥‥19なのでまだ内勤ですが。すでに弟キャラとして人気ですね。可愛がってあげてください」
YSが言うと、ルコクも「宜しく、ルシウス君」と微笑んだ。
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「ねーねー。アノヒト、ドウしよ?」
ルコクが帰ってから、ルシウスがYSをちょんちょんとつつく。
ルシウスが指を指した先に居るのは、ろくにホストの相手をせず、縮こまって座る一人の女性。
長い髪に、ゆったりとした黒のワンピース。
店内でも外さない白手袋。‥‥そして顔を隠す玲ちゃんのお面。がっしりとした肩幅。
(‥‥ここまでしておいて何なんですが、素直に男のままで入店して、話聞いた方が良いような気がしてきました‥‥)
その正体は、プロの話術に意中の女性(ひと)へのアプローチを学びにきて、早くも絶賛後悔中の夏 炎西(
ga4178)であった。
「他店のライバル、とかカナ?」
「‥‥それなら、自分の指名客を伴って堂々と来ればいいんですよ」
多分害はないですよ。でもちょっと担当が困ってますね、と、YSはそちらに向かう。
「‥‥失礼します。楽しんでいらっしゃいますか?」
YSが隣に座ると、炎西はコクコクと頷いて、お構いなく、とジェスチャーで必死で示す。
「でも、随分緊張なさっているようですね。あなたのお話も聞かせていただきたいんですが‥‥?」
綺麗な笑みを浮かべながら言うYSに、まだ誤魔化すことを諦めていないのか、喉をトントンと叩き、けほけほとわざとらしく咽ながら、『ごめん 風邪で 声が 出ないの』的なことを訴えてくる。
YSは「そうですか」とだけ言って更に傍に寄る。
そうして、炎西の長い髪を一筋、指先でつまみ上げると、弄ぶようにくるくると指先に巻きつける。
‥‥間近で見て、触れてみればそれが人工毛であることは明らか過ぎた。
(ば、ばれる‥‥ばれた‥‥?)
かちーんと固まる炎西。
恐る恐るYSの表情をうかがうと、とても綺麗な笑みを浮かべていて。
「‥‥お好きなんですか? こういうの」
思い切り意地悪さを含んだ声で、そう言った。
『違いますーーーーーーー!?』
叫び出すのはどうにかこらえた炎西。
「いえ別に。ここではそういうの、差別しませんよ? ご自由に、あなたらしさをさらけ出していただければ。きちんとお相手します」
そう言って、手袋の上から手を重ねてくるYS。
頭の中で激しくレッドアラートが鳴り響くのを炎西は聞いていた。
何かやばい。
良く分からないけどやばい。
つまみだされるとかよりもはるかにやばい展開に進んでいる。
とにかく状況を変えねばとわたわたと振り回した手が、持ってきていたメモ帳に触れてテーブルから落とす。
ばさりと広がったそれには、ホストの話術が、炎西が実践するさいにどうしたいか、コメント付きでメモされていた。
「‥‥ああ、そういうことでしたか」
ちらりと内容を一瞥して、優しい声でYSが言う。
何やらおかしな誤解は解けたのかと、一瞬ほっとする炎西。
「なら、せっかくですから‥‥」
――もっと直接、女性の心が分かるようにして差し上げましょうか?
直後、耳元でささやかれる甘い‥‥悪魔のささやき。
ぷしゅう。と、処理能力の限界を超えた炎西のハードディスクが煙を上げた。
「ししししし失礼しましたっ!?」
もはやここまでと、言われるままに会計し、脱兎のごとく逃げ出していく。
「うわー。キチクー」
腹を抱えるYSに、ルシウスが言った。
「‥‥やだなあ、これで『彼女』が、本当に目覚めちゃったら、責任とってちゃんと誠実にお相手しますよ?」
商売としてですけど。YSはやっぱり、黒い笑顔で笑った。
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「‥‥たまにはこういう店も良いわね」
色々と鬱屈を抱えて気晴らし先を探していた小鳥遊神楽(
ga3319)が、この店に目を止めたのは全くの偶然だった。だが。
「‥‥あら!」
そうして彼女が店内に入るなり、すぐにYSに目を止めたのは理由があった。
「‥‥はじめまして。こんな素敵な方のお目に留まるとは、光栄です」
YSが恭しく頭を下げると、神楽は複雑な笑みを浮かべた。
「あなたによく似た顔の男性を知っているんだけど、性格は真逆みたいね」
無意識に比べるのは、彼女の鬱屈の主原因。
「‥‥へえ?」
YSは、興味深そうに話を向ける。
「あたしの知っている「彼」は朴念仁だし、気の利いた言葉一つも言えないような野暮ったい人で‥‥普通の女性だったら、見向きもしないでしょうね」
からからと、グラスを回して氷を鳴らしながら零す神楽の言葉は、すでに愚痴の色を含んでいた。
「‥‥じゃあ、何で気にしているのかって? 何でなんだろう? あたしにもよく分からないわね」
YSはただ一言、「そうですか?」と、尋ねるように言った。神楽は苦笑する。
「‥‥そうね。きっと放っておけなかったんでしょうね」
観念したように、神楽は再び口を開いた。
「あたしの親友に、どうしようもなく手の掛かる、何度言っても言うことを聞いてくれない週刊記者が居るんだけど、きっと、それときっかけは同じね。
【放っておいたら、この人は駄目になる】と思ってしまったのが、そもそものきっかけだったのかもね」
そこまで言ったところで、YSがはじめて口をはさんだ。
「‥‥女性のご友人はともかく、男に対してそういう態度で臨むのは危険ですよ?」
「‥‥え?」
「『君が居ないと駄目だ』、なんて、男が女を騙すときに一番よく言う言葉です」
「‥‥貴方が言うと、説得力あるわね」
「ええ。そうですね。でも、本気で忠告しますよ。きっと貴方にそんなふうに思わせる『彼』は、何度も貴女の期待を裏切ります。そうして、見限ろうと思うのに、『その言葉』で貴女を繋ぎとめようとして‥‥疲れ果てることになると、思いますよ」
良く、考えてみてください、とYSは言う。
彼と居て、幸せなんですか。幸せになれると、思いますか、と。
言いながらYSは、指先を絡めるように神楽の手を取る。
「迷うならば‥‥やめたほうがいいですよ? そんな男――」
忘れがたいのであれば、忘れられるまでお手伝いします。貴女となら、遊びでもかまいませんから‥‥。
そう言って、YSは真剣な目で神楽を見つめた。
包み込む大きな掌。
まっすぐに見つめてくる、真剣なまなざし。
‥‥感じるのは、物凄い違和感だった。
――そしてそれは、『彼』とは決してこんな時間は過ごせないだろうと、分かってしまっていることでも、ある。
「‥‥そう、ね」
やがてゆっくりと、神楽が再び口を開く。
「‥‥確かに私、騙されやすいのかも。気を付けるわ」
そう言って、手を振りほどく。YSはあれ、残念と肩をすくめて、だけどそれ以上は言ってこなかった。
本当に、どうして‥‥と言いながら、神楽の口から再び愚痴が零れてくる。酒の力もあって、幾らでも出てきた。YSはもう、時折相槌を打ちながらそれを聞くのみで‥‥やがて、すっきりした表情で彼女は帰って言った。
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「YS君、お疲れ様ー。オーナーがね、ボトルを入れてくれたって」
閉店後、ルシウスがYSに声をかける。
「一緒に飲もう。ドンペリのゴールド、出世払い」
あれ? とYSが首をかしげると、「今日で20歳」と言って、ああ、それで、とYSが微笑む。
「誕生日、おめでとう」
「ん、アリガト」
ちん、とグラスを合わせる。
この辺りもキナ臭くなってきたし、楽しみなんだ、とルシウスがぽそりと言った。
「生きる為に、ヒトは戦う。生き延びろと、血が言うんだ」
――戦争の資金は、軍事に偏り、ヒトのココロは削れていく
勝つタメに、生き残るタメに。
冷たい目と、口角だけ上げた微笑みでルシウスは言う。
「湿っぽくなっちゃった。ま、次にお店に来る時は商売敵、だよ。よろしくね?」
彼の誕生日と言いながら、セッティングは彼がした。YSから見ても、テーブルマナーは完璧。
「強敵、ですね。それでなくてもルシウス君には、真似しようのない武器があります」
困ったように、でも穏やかに、YSは答えた。
――そこで、夢守 ルキア(
gb9436)は目を覚ました。
「ふわぁ、夢かぁ。ドンペリよりテキーラがいいケド。誕生日、ホントに生まれた日は、夏、なのかな」
体に残る、不思議な感触。珍しく、はっきり覚えている夢。
「ルシウスって、自分で考えても捻り無いよねー」
笑い転げて、そうして彼女はホルスターの獲物を確認した。
「ホストもヤじゃないケド、私の場所は、戦場さ。――でも、私の姿は、やっぱり年、とらないんだな」
しみじみと、呟く。
夢は夢。
楽しくても、かなしくても。
あくまでこの世界で生きていくんだと、彼女は銃を握り締めて‥‥
やがて奇妙な一夜は、泡と消えていく。