タイトル:訓練希望!マスター:凪池 シリル

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/31 16:34

●オープニング本文


「にゅぃぃ〜‥‥ま、またやっちゃったです‥‥」
 久々に『発作』を起こして訓練中に逃走した徐隊員を。
「お? お前んなとこにいたのか?」
 牛伍長が発見したのは、本当にただの偶然だった。
 ひとまずどうしたものかと、立ちつくす牛伍長に、徐隊員は罪悪感からぷるぷると身を震わせる。
「あーいや。俺は確かに単純馬鹿だが、力ずくで連れ戻したりしねえからとりあえず落ち着けよ‥‥隊長も、無理矢理戻さなくていいっつってたし」
「にゅい‥‥隊長さんがですか?」
 牛伍長の言葉に、徐隊員はきょと、と首をかしげた。
「ああ。‥‥なんか、今になってそーなった理由は、何となくわかるってよ。下手なことして悪化させたくねえって言ってた」
「にゅい‥‥そんなつもりじゃないです‥‥」
 否定しながらも、隊長が言わんとしたことも分かるのだろう。徐隊員は俯いて、そして牛伍長は居心地悪そうに首を振った。
 最近、小隊内の空気が微妙だ。というか、隊長の様子がおかしい。
 そりゃあ、元々気苦労の絶えない人ではあったが、最近はいい加減痛々しい。
「あー‥‥そうだ。人目につかねえとこで丁度いいや。一つ相談乗ってもらっていいか」
「にゅい?」
「金貸してくんねえ?」
「にゅ、にゅいぃいぃいいっ!?」
「んだよその態度っ! カツアゲじゃねえよちゃんと返すってのっ!」
 あ、そうです。と、深呼吸してから慌てて呟く徐隊員。
「‥‥普段どんな目で見られてるんだ俺は‥‥」
「にゅ、にゅい、違いますよぉ‥‥予想外だったからあの‥‥。伍長が優しいのは知ってるですよ? いつも重いもの運ぶの手伝ってくれますし。にゅいっ‥‥いやだからあのその、なんで急にお金なのかな、って」
 落ち込む牛伍長にわたわたと声をかけ、思い出したように尋ねると、
「ああ、ULTに依頼出そうと思ってな」
「にゅ、にゅいっ!?」
「休みの日に、戦闘訓練つけてくれって。別におかしな話でもねえだろ」
「にゅ、で、でもそれって‥‥」
 要するに、口実を付けて会いにいく、話をしにいくということか。今、傭兵と。
「じっとしてんの性にあわねんだ。気になることには体当たりで突っ込んでく。それに普通に訓練つけてもらいてぇとも思ってるぜ? どうせ俺‥‥頭悪いからな。最終的には、俺は俺に出来そうなことで、隊長の負担減らすしかねえだろ」
 結局のところ、度胸と腕っ節。あれこれ気を回すことの手伝いよりも、自分はそこを伸ばすほうがいいのだろうと、牛伍長は自嘲のようで、どこか誇らしげにも笑った。‥‥単純でも、そこが認められたところでもあるから。
「にゅ‥‥い‥‥」
 言われて、徐隊員はしばらく迷うように、牛伍長を見つめ続ける。
「あーいや。無理はすんな。貸せるほど金ねえってんならしょうがねえんだからな? おう、返すとは言ったが正直すぐに返せる当てはねえ」
 徐隊員の瞳がどこか追いつめられるような色を帯びていくのを感じて、牛伍長はあわててパタパタと手を振りながら言った。
「にゅ‥‥お貸しすることは、出来ない、です」
「お、おう。分かった、気にするな」
「‥‥ワリカン、ですから」
「‥‥は?」

「にゅい‥‥わ、私も、一緒に、訓練してもらう、です。覚醒しても逃げないように。前線とはいかなくても、同じ戦場に立てるように、です」

●参加者一覧

ヴァレス・デュノフガリオ(ga8280
17歳・♂・PN
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
流叶・デュノフガリオ(gb6275
17歳・♀・PN
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER
沙玖(gc4538
18歳・♂・AA
イスネグ・サエレ(gc4810
20歳・♂・ER

●リプレイ本文

「おっす‥‥あ、ええと、今日は宜しくお願いします」
 牛伍長は、集まった傭兵たちに対し、初めはきちんとそう挨拶をした。
 その少し後ろで、徐隊員が、逃げ出さないようになのだろう、伍長の服の裾をぎゅ、と掴みながら立っていた。
「今日は夫婦+3匹で来たよ。宜しくね♪」
 最初にあいさつしたのは、今回の依頼主にとって見知った側の相手、ヴァレス・デュノフガリオ(ga8280)だった。
 合わせて傍らに立つ妻の流叶・デュノフガリオ(gb6275)が軽く会釈をする。そしてその二人の足元には、紹介の通り3匹の生き物がいた。黒の子猫、白の子兎、小麦色の子狐だ。
「にゅい‥‥?」
 徐隊員が、興味を引かれたようにそっと顔を出す。
 と、その隙を狙ったかのように彼女に声をかける者がいた。春夏秋冬 立花(gc3009)である。
「はじめまして。海麗さん。春夏秋冬 立花です。今回はよろしくお願いします」
 そしてそのままずい、と前に出て。
「動物が好きとのことで、こんなものを用意しました」
 差し出すのはけもみみ付き帽子とけもしっぽ風アクセサリー、種別はうしゃぎ。
「これを着ければ大丈夫!」
 自信満々に言う立花。だが徐隊員の困惑するばかりである。
「や、別にこいつコスプレ好きってわけじゃねー、と、思うし」
 見かねたように突っ込むのは牛伍長だった。
「エー! ハジメテシッタヨ」
 慌てたように言う立花だが、声からして確信班であるのはあからさまだ。
「仕方ない、これは自分で着けますか。‥‥だが! ここまでしたんだから人見知り克服しないと許さんからな!」
 そうして、いそいそと言われてもいないのにうしゃぎみみととしっぽを自分で装着する立花。
 そして後半のセリフを言いながらギロリ! という視線を徐隊員に向ける。
「冗談はさておき、始めましょうか」
 そうして、一拍置いてから、にこりと言った立花の前から‥‥徐隊員は、忽然と姿を消していた。
 あれ? と思って視線をさまよわせる立花。
 そうして、少し先に、逃げ出したのであろう徐隊員を慌てて捕まえて、なだめている流叶の姿が発見された。
 ‥‥不意打ちで睨みつけられるというのは、人見知りが強い相手にとってはあまり洒落にはならなかったようである。



 一方、牛伍長の方は、これは特に問題なく、さっそく訓練開始という流れになっていた。
「特訓かぁ‥‥最近私も遊んでばかりいるからなぁ。ここらでビシッと気合を入れようか」
 そう言って、一番手に名乗りを上げるのはイスネグ・サエレ(gc4810)である。
 こちらの訓練は、難しく考えることなく、順に一対一で戦う、という形になったようだ。
 互いに中距離を取って、一礼と共に勝負を開始する。
 と、イスネグは、瞬天足から一気に距離を詰めると、奇襲のように一撃を浴びせてきた。
「‥‥っ!」
 牛伍長の反応は間に合いきらず、胸に一撃。次いで、死角に回りこみながらの攻撃など、真正面からではなくトリッキーな動きで翻弄しようとするイスネグ。
「今のはっ! 私が実際戦ったことのある強化人間の動きですよっ!」
 一撃当てるとともにイスネグが、実戦を意識させるように言う。
 対する牛伍長の攻撃も何度かイスネグに命中していた。単純だが、速さと精度は決して悪くない。身体能力としては牛伍長の方が上なのを、イスネグが動きでカバーしている形だ。
 だが――トリッキーな動きというのは、目論見を外すと大きくバランスを崩す、という難がある。
 足の間を潜り抜け後ろを取ろうとしたイスネグだが、彼の長身でこれをやろうとするのは、自分より反応がいい相手には苦しかった。不自然に体勢を低くして動きが鈍ったイスネグに、先に反応して牛伍長はかかと落としを決める。
「あっ、つ〜〜‥‥!」
 さすがにこれはたまらなかったのか、その場に突っ伏して頭を押さえるイスネグだった。
「あ、わり‥‥やりすぎたか?」
 戸惑い声をかける牛伍長。
「いえ‥‥大丈夫です。参りました」
 どうやらイスネグの訓練は、ここまでになるようだ。



 再び、徐隊員側である。
 暫くは、逃げ出す徐隊員を三人で捕まえてはなだめ(ただし実際捕まえるのは同性である流叶か立花)を繰り返し、やがては共に軽い運動と、素振りや打ちこみなどが可能になっていく。
「‥‥と、少し、休憩にしようか」
 だが、まだ、一つ一つの動作に力み過ぎているのは明らかだった。徐隊員の状態に注意していた流叶が、少ししたところですぐに休憩を入れる。
 流叶があらかじめ多めに作っていていた色とりどりの饅頭を取り出し、ヴァレスが手慣れた様子でお茶を準備して、お茶会になる。
 その間、立花が、好きな食べ物や好きな色など、簡単な話題で警戒心を解こうとしていた。
 徐隊員は、時間をかけながら、「あ、甘いもの‥‥流叶さんの、これも、すごく‥‥」とか「薄紫‥‥とか。淡くて‥‥綺麗な色‥‥」等、頑張ってぽつぽつと答えていた。
「ほら、話せばちゃんとお友達になれるでしょう?」
 にこりと、立花が言う。徐隊員はまだどこか不安そうにうつむいていた。
「怖いかもしれないけど、だからと言って逃げ出したら、それはお友達になるチャンスをなくすことになるんだよ? それはとても淋しいことだと思うな」
 諭すように言われて、徐隊員はまた下を向いてしまう。言っていることは分かる。が、やっぱり怖いものは怖いのだ。誰もがこうして、優しく話しかけてくれるわけではない。そう、すぐに気持ちが入れ替えられるわけではないのだ。
「そういえば‥‥趣味とか有るのかい?」
 一度気分を変えさせた方がよさそうだと、流叶がそこで話題を変えた。徐隊員は再び、ゆっくりと時間をかけて、「にゅ、手芸‥‥刺繍とか、マスコット作り、とか、たまに‥‥」と、ぽつりと答える。それから、何とはなしに、他の隊員の皆は元気か、などという話になって。
「にゅい。は、はい‥‥隊長さんはちょっと、お疲れ気味ですけど‥‥」
 そうして、孫少尉のことが話題に上った時、ヴァレスと流叶の表情が僅かに曇った。
 前の依頼の時に孫少尉が見せた奇妙な態度。状況から、知らないところで『こちら側』が彼の信頼を損ねるような何かがあったのだろうと、流叶は踏んでいた。
「今支えれるのは‥‥矢張りキミ達、なのかな」
 ぽつりと、流叶が言う。
「勿論、私達も‥‥また其処に立てる様に努力はしよう」
 それからそう言うと、徐隊員は、少し考えてから、しかし小さく首を振る。
「にゅい‥‥あの。少なくとも隊長さんは、皆さんのこと信用してないわけじゃないと思うです‥‥」
 嫌って距離を置いているわけではないのだと。ただ、状況的にどうするのがいいか、難しくて悩んでいると思うのだと徐隊員は、躊躇いがちにそう説明した。
「そうか‥‥」
 流叶が、少し安堵したかのように呟く。
 と、そこで。
「あ、休憩中ですか? 私も混ぜてもらっていいですか?」
 丁度、牛伍長との訓練を終えたイスネグが、いやー参りましたよー、と、頭をさすりながらこちらにやってくる。
 ヴァレスがアイスティーをふるまうと、イスネグが笑って席に着こうとする。
「あせらずゆっくりがいいと思う」
 硬直した徐隊員に対し、穏やかに言うイスネグの言葉に、徐隊員はまた考え込み始めた。もったいないという立花の言葉。焦らなくていいというイスネグの言葉。ぐるぐるとぶつかり合って、やがて。
「ゆっくり、じゃ、駄目なんですっ!」
 そうして彼女は、不意にばっと立ち上がると、一同が止める間もなく駆けだしてしまっていた。



 牛伍長は、今度は二人目の最上 憐 (gb0002)と対戦している。
「‥‥ん。私は。逃げる。避けるので。当てに来て。鬼さん。コチラ」
 そう言う憐の言葉通り、序盤は牛伍長の攻撃を憐がひたすら避けるという方式で進んでいた。
 一方的に攻め進めながら、牛伍長の攻撃は一向に当たる気配がない。
 こちらは、明らかに速さが違いすぎた。まともにやっても無理だ、と理解すると、先ほどイスネグが見せた動きなども真似しようとしてみるが‥‥逆効果。彼の軽快さを生かした動きは、パワーファイターの牛伍長が真似しようとしたところで、上手くいくものではない。
「‥‥ん。迷いながらの。攻撃は。当たらないよ」
 焦りを見透かすように憐が言う。
 ‥‥頭では、分かっている。焦るとますます動きが悪くなるということは。それで結局、周りや隊長にフォローされて、そのことが情けなくてますます焦りを生む。分かっているのに、それでも、どうやって己を律せばいいのか、それが分からない。
「‥‥ん。どうにも。ならないなら。自分の。一番。得意な。事をすれば。良い」
 憐の言葉に、下手に動きを考えるのはやめて、いつも通りのシンプルな動きに戻す牛伍長。
 感触としては、こちらの方がましに思えた。が、やはり、当たらない。
「‥‥ん。そろそろ。私も。仕掛けるよ」
 そうして、宣言と共に‥‥憐の、足元を狙った攻撃が次々と打ちこまれていく。
 焦る。
 焦る。
 焦る――
 そのときだった。

「にゅ、にゅいっ、伍長、頑張ってくださいーーーー!」

 彼方から駆け寄ってきた徐隊員が、突如声を上げた。涙目になりながら。腹の底からの。叫ぶような声援。これまでの彼女からは想像できない、大声。
 思わず、憐も、牛伍長も、動きを止める。
 徐隊員は、そのまま真っ赤になって別の方向へ走り去っていった。それを、立花と流叶が追いかけていく。
 呆然とする二人。だが、向き合うと、牛伍長は何かに気付いたかのような目をしていた。
「悪ぃ。もうちょい、お願いできるか」
 憐が、答えようとして口を開いて。だが、先に音になったのは彼女の腹の虫だった。
「‥‥ん。お腹。すいたから。ここまで」
 次がいるからそっちに頼んで、と、ずっこける牛伍長に淡々と憐が言った。



 流叶の腕の中で、徐隊員は震えていた。何故震えているのか。恐怖や、恥ずかしさだけじゃない想いがそこにある。
 ――もっと皆の力になれたら。
 それが、彼女が人見知りを治そうと願った理由だ。ただ人と仲良くなりたいだけでなく。
「‥‥頑張ったね。勇気、振り絞ったんだろうね‥‥」
 優しく彼女の体を撫でながら、流叶が言う。
「にゅいっ‥‥でも、結局‥‥あんなことしか出来なくてっ‥‥」
「‥‥十分さ。きっと、彼の力になった。それに‥‥一歩踏み出すことが出来れば、これからもっと変わっていける」
 ――私だって変われたんだ。
 囁くように言われて、徐隊員は、緊張の糸が切れたのか、一度流叶の胸で思い切り泣いた。

「協力しながらの模擬戦、やってみない?」
 落ち着いたのを見計らって、徐隊員の想いを汲んだヴァレスが、そう提案する。形式は、ヴァレスと協力して、徐隊員が流叶にペイント弾を命中させるというもの。ヴァレスに当てないように、というのが難しいところだが。
「やって、みるですっ‥‥」
 一生懸命答えて‥‥そして。最後は見事――実は、流叶がばれないようにわざと上手くあたったのだが――彼女はペイント弾を命中させた。
 約束だよ、とヴァレスが言って、立花と同じうじゃぎのフードとしっぽを流叶に差し出す。
 仕方ないと言った調子で彼女がそれを身につけると、皆で笑っていた。



 そうして、牛伍長の方は最後には沙玖(gc4538)と対峙していた。
 沙玖は、同じ条件で堂々と戦いたいと、これまでの訓練は見ず、また一人で素振りをして同じように体力を消耗させている。
 そして。
「ククク、さぁ堕天使はどちらに微笑むのかな? 勝利の女神? そんなものはいないな」
 やや不安を覚えながら覚醒する。が、牛伍長は、そう言えばこういう奴だっけ、と、冷静な様子で受け止めていた。
 訓練開始。沙玖が抜刀しながら近づくと、切りかかる‥‥と見せかけて、脚甲「スコル」で蹴りを加える。
「がっ‥‥!?」
 一撃に、くぐもった声が牛伍長から漏れる。そのまま沙玖は続けて、狙いやすいと思った個所を集中攻撃して‥‥。
「ちょっ‥‥沙玖さんストップ、すとーーっぷ!」
 イスネグが、慌てて割り込みをかけた。
 既に牛伍長は大きなダメージを受けてふらついていた。SES兵器を使ったエースアサルトの攻撃をまともに食らえば並みの能力者はそうなる、というか普通はもっと命にかかわる。
 重傷を負う前に、錬成治療を施し続けるイスネグ。さすがに気付いて、ばつの悪い顔でSESを切ろうとする沙玖だが。
「かまわねえ! そのままもう一回だ!」
 牛伍長が叫んだ。
「こんくらい追いつめられた状態で出来なきゃ意味がねえ! フェイントならイスネグの時も見た! 速さは最上に比べりゃ全然追える! やれる!」
 とはいえ、錬成治療の世話にはなると思うが。そこだけ申し訳なさそうに、牛伍長はイスネグに視線を向ける。
 それは構わないけど‥‥と、沙玖に視線を向けるイスネグ。問題は、下手をすれば命にかかわる攻撃を彼が続けられるか、だが。
「‥‥闇の淵へ堕とされるのも覚悟の上か。いいだろう」
 牛伍長の目に、焦りや自棄ではない何かが宿っているのを見て、沙玖も覚悟を決めて再度、覚醒する。
 再び、弱いと見た個所を集中的に狙って、と見せかけて途中で狙いを変えて、と考えられた沙玖の動きに。
(俺は‥‥仲間に守られんのが、ずっと悔しいと思って、そのくせ、本当は甘えてた)
 冷静さを保ったまま、少しずつ、牛伍長が合わせていく。
(『そんでも、この人たちなら大丈夫』って、ずっとどこかで思ってたんだ。けど)
 先ほどの徐隊員の叫び。あれは無駄にしたくない。いや、他の仲間からのだって。
 甘えちゃいけない。
 だけど、無駄にしても、いけない。そのために。
 いつもよりずっと冷静に、牛伍長には周りが見えていた。
 そしてやがて、沙玖の攻撃を、真正面からがっちりと止める。
 だが受け止めてなお強烈な一撃に、これまでのダメージの累積もあって、牛伍長はそのまま後ろに倒れると‥‥。
「ん。勝てなかったけど、これで十分だ」
 満足げに、牛伍長は言った。
「‥‥ん。冷静さは。大事。無いと。カレーが。出来たのに。ご飯を。炊いていなかったとかの。事態に。巻き込まれたりする」
 自身の訓練の終わりから、この結果は見えていたのか。憐が纏めるように言う。
 その場の全員が、「その例えはどうなのか」という目で彼女を見て‥‥そしてこちらでも、皆が笑っていた。



 最後は、憐の提案で、皆で食事に行くことになった。その中には、ちゃんと徐隊員もいた。
 ――なお、お礼に奢って、という憐に、機嫌のいい牛伍長は気軽に応じたわけだがこの時彼は知らなかった。彼女が一体、どれほど食べるのか。

 全体的には満足度の高かった訓練だが、最後に泣きが入ったということで、オチとさせていただく。