●リプレイ本文
「相応の力のメンバーが、連絡すら入れられず壊滅、か」
「それから、実力者が行方不明‥‥嫌な予感がします」
「証拠はない。が、この痕跡‥‥孫少尉が気にするのも強ち考え過ぎとは思えないな」
事前に孫少尉からもたらされた情報を検証しながら、傭兵たちはそれぞれに呟く。
思い浮かぶ一つの可能性。
「有用なら、こちらの人材を取り込み利用するのがバグアの常套手段。今回が同じケースとなるかは未定だが、任務完了後にもうひと山ある想定で動くべきだな」
白鐘剣一郎(
ga0184)が、皆が中々言えないその結論を口にすると、皆重々しく頷く。
「‥‥向こうに行く前に、孫少尉に追加の情報がないか確認できないかしら」
提案したのは小鳥遊神楽(
ga3319)だ。声にしてから、心の奥で何かが小さくさざ波をたてるのを感じる。
(――‥‥声が聞きたい)
その想いがあることを、神楽は打ち消そうとは思わなかった。それでも、私情だけじゃない、少しでも情報を集め、確認することは実際、有用だとは思うのだが。神楽は顔を上げて、他の傭兵たちを見る。
「そうだな。出来れば資料ももらえたほうが、今回同行する軍への説明もしやすい」
応えたのはヘイル(
gc4085)だ。他に否定する者もおらず、すぐに太原に居る孫少尉へと連絡はつながった。
『‥‥ご用件はなんでしょうか』
応じた孫少尉の第一声はどこか堅かった。
「お久しぶりです! 今回もよろしくお願いしますよ」
それに対し、明るく挨拶するのは那月 ケイ(
gc4469)だ。
互いの間にある空気とは違うのは分かっている。それでもケイは、あえて以前と変わりない態度で接した。
ほんの一瞬、孫少尉の眉間が迷うようにひそめられた――気がした。だが直後、孫少尉からはただ「お久しぶりです」と当たり障りのない挨拶のみが返ってくる。
次いで、ヘイルがやはり挨拶の後に、不審な戦闘に関する資料と可能ならば任務地周辺の地図が借り受けられないかと申し出る。
『‥‥。資料は全て、現地の方々に説明、送付済みです。必要ならば、そちらと連携をとり、指示に従って下さい』
それが、孫少尉の答えだった。彼の立場として、現地の軍のやり方に横やりを入れたと取られるような真似は避けたいのか。
(中国市民は親バグアと反バグアに分かれ、軍部は軍部で、派閥とか学歴とかメンツとか‥‥人間ってヤツぁ、厄介なもんだ)
内心で思うのは天羽 圭吾(
gc0683)だ。
一枚岩となるには程遠い。元ジャーナリストの癖でか、そんなことを考える。
『‥‥ですので、この場で出来るのは、口頭での確認のみですが』
やや間があってから、孫少尉が再び口を開いた。
疑念を抱いた戦闘が起きた個所、前後の状況がまた説明される。それから、発見された死体の状態。
「『強大な力で』、か。パワータイプの相手は苦手なんだよな」
ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)がぼやく。
これと言って決定的な新情報が出てきたわけではない。ただそれでも、現地の相手と相談するための情報の再整理は出来たか。
「‥‥わざわざすまない。助かった」
要点をまとめながら、ヘイルが言った。
「いつかまた、お互いに笑い合えると信じる。俺は、貴方の事を尊敬できる友人だと思っている」
今度ははっきりと、孫少尉の口元が迷いに歪む。
『‥‥別に私は、大したことはしていません』
今の彼の答えは、ただ、それだけだった。
そこで、通信は打ち切られる。
「‥‥やっぱり、前と同じようには接してもらえない、か」
ケイが、少し残念そうに言った。だが、そこに覚悟していたほどの落胆はない。一見冷たい会話の中で感じたのは決して拒絶だけではなかった。
「あたし達を信用して、任せてくれた孫少尉の信頼に応える為にも成すべき事はきちんとこなさなくてはいけないわね。全力を尽くさせて貰うわ」
神楽が小さく呟いた。
●
「白鐘剣一郎だ。今回はあなた達の支援を担当する事になった。宜しく頼む」
現地の兵たちと合流すると、傭兵たちはまず丁寧に挨拶した。任務を考え、軋轢を生まないよう。かつ侮られることのないよう、必要以上に下手には出ない。
一人一人が挨拶を終えると、ヘイルが前に出て、改めて、今回自分たちが赴いた理由、行動指針を説明する。
付近での幾つかの不審情報を示し、状況的に追加戦力か罠があった可能性が非常に高い点。
そのため、自分たちは周辺の警戒を務め、キメラ戦は援護が中心になる、と説明し、理解を求める。
「いいだろう。そちらはそちらの判断で動けばいい。こちらはこちらの任務を果たす」
能力者チームのリーダーはそう答えた。
足を引っ張らないように頑張らせてもらいます、と圭吾がフォローする。物分りのいい傭兵、と思ってもらえればいいのだが。
以降は、大して会話の余地もなく出発となった。
軍人の一団を中心とし、傭兵達がその周囲を固め警戒しながら進んでいく。
夏 炎西(
ga4178)が、無事を祈りながらGooDLuckを発動させると、ヘイルもそれに続いた。
‥‥程なくしてキメラが発見される。軍のチームがそれに即応する。
聞いていたとおり、彼らの動きは悪くなかった。上手く前衛後衛に分かれ、キメラにダメージを与えつつ逃亡も抑えている。
傭兵達はもちろん、彼らの動きにも注意していないわけではなかった。剣一郎と神楽は、銃を構えて、必要とあれば加勢する構えであったが、ひとまず目の前のキメラ相手に対し、過度の手出しは不要に思えた。
そして‥‥その戦いを見守っていたものが、傭兵達のほかにも一人。
「‥‥あれ」
モールドレは、現れた人員の数の多さに困惑していた。
ここまで戦力が投入されてくるとは思っていなかったが、はてどういうことだろう。
彼が最大に迷う理由は、傭兵達の戦力が読みきれなかったことだろう。
まともに戦おうとしないあいつらは、はて強いのか。
中には、福岡空港で会った者たちもいるのだが‥‥あの時、彼の気を引いていたのは別の傭兵だった。記憶には残っていない。
「まあ‥‥いいか。なんか、キメラに変にビビってるような奴らだし。ヤッてみていいよね?」
それでも、この人数をあいてにするならキメラが残っているうちがいいだろう。モールドレは最終的にそう判断した。
――もしもキメラに対し、傭兵達がその実力の片鱗でも見せていれば、モールドレのこの選択はなかっただろう。さてそれが、幸と出るか不幸と出るか。
がさり、と上空で大きな葉擦れの音。
気づいたのは見通しの悪さを考慮して気配と音に気を使っていた炎西だった。
即座にバイブレーションセンサーを起動。
「なにかっ! 近づいてくる! 後ろだ!」
鋭い声に、殿に位置していたユーリと翡焔・東雲(
gb2615)が反応する。
ユーリが、牽制を狙ってまず拳銃で足元を狙い打つ。
翡焔も、前に出ると狙うのはまず足元だった。だが。
「――っ!」
予想よりも速く距離を詰められて、翡焔が思わず息を呑む。
足を狙う攻撃に、モールドレはまったく接近する速度を緩めることはなかった。間違いなく、銃弾を足に食い込ませて、なお。
‥‥初めて相対する彼らは理解していなかった。モールドレの異常体質について。
痛みを感じることはなく、改変された筋組織は、損傷しようともほとんどその機能を失わない。
結果、手や足を狙った攻撃というのは彼にとっては「無視しても致命傷になりにくい攻撃」という認識でしかなかった。故に速度を緩めることなく突っ込んでくる。
「くっ‥‥」
思った以上に接近を許してしまったことに歯噛みしながら、翡焔は流し切りの動きで回避を試みる。が。
「遅いよぉ?」
モールドレが大刀を振るう。柄を使って巻き込むような動きに身体をとられると、続く刃の一撃が翡焔を襲った。更にもう一撃、加えようとして。
「そう簡単にやらせてたまるか‥‥っ!」
ケイがそこに割り込んでくる。無理に受け止めた一撃は、防御力に自信のあるケイにとっても重たかった。
「‥‥福岡空港以来かしら? なるほど、事前情報もなく、あなたほどの強化人間とぶつかったら、部隊が全滅するのもおかしな事じゃないわね」
制圧射撃を加えながら神楽が話しかける。
「そんな半端なのと一緒にしないでよね‥‥僕はバグアだっ!」
再び大刀の一撃がケイに向かって振るわれる。自身に練成治療をかけることでケイは何とか持ちこたえるが、目の前で見せ付けられたその威力に、神楽は己の勘違いをこの上なく思い知らされる。
とはいえ、凹んでいる場合ではない。神楽は貫通弾も使って、下手に場所に狙いはつけずに確実なダメージを狙う。
次いで前に出た炎西も、撤退体勢が完了するまでの足止めと割り切って天剣での切り合いに徹する。
「おっとぉ!?」
モールドレが反応らしい反応を見せたのは、傭兵達の攻撃の直後にあわせて放たれた弾丸だった。目を狙った射撃は、流石にモールドレも無視せずに大刀で弾く動きを見せる。
ぐるり、とモールドレが射撃の主に視線を向ける。圭吾。
「連れ去った人間はバグアでよく働いてるかい?」
目が合ったのをこれ幸いとばかりに、圭吾はカマかけの質問を投げた。
「‥‥なんだ。やけに集まってると思ったらもうばれてるのか」
あっけなく引っかかってくれて少し拍子抜けする思いだった。気軽にもしていられないが。悪い予想が当たった。
「俺たちに構わず一度下がって!」
そんな中、ユーリは軍の撤退支援に当たっていた。ヘイルもそこに加わる。
‥‥連携を望むほど意志の疎通は出来なかったが、それでも事前に話を通していたことに意味はあった。予期せぬ乱入に、軍人達の動揺は思ったほどはない。
だが誤算もあった。モールドレの接触が、彼らが予想していたよりはるかに早かったこと。
撤退しようにも、彼らの前にはキメラがまだ残っていた。できればすぐに下がらせて仲間の支援に向かいたかったユーリだが、距離が離せず、暫く軍のサポートに専念することになる。
傷ついた翡焔に代わるように剣一郎が前に出る。
「なるほど、これは万全の態勢でも切り抜けるには厳しい相手だな」
数度切り結んで相手の実力を確かめると剣一郎は呟いた。
「殺されてやる義理も、囚われる気もない。それでも来るのならば‥‥」
軍との距離はまだ近い。このまま無理矢理突破されて連れ去られる可能性を危惧すると、出し惜しんでいる場合ではないと剣一郎は判断する。
「天都神影流『秘奥義』神鳴斬っ」
今もてる力の全てを込めた一撃。黄金の一閃が、死せる金の名を持つ敵に向かっていく。
宣言してのまっすぐすぎる一撃は、真正面で奇麗に受け止められた。フォースフィールドも強化されているのだろう、赤い輝きが眩いくらいにはじける。
「こ、れ‥‥は!」
驚愕と歓喜の入り混じった声がモールドレから漏れる。遠慮のない、全力の反撃が剣一郎に叩き込まれ。
『良いのですモールドレ。その辺にして下がりなさい』
声が割り込んできたのはそのときだった。
傭兵達は慌てて周囲を確認するが、肉声ではないことは分かる。おそらくこの周辺にはいないのだろう。
「郭源にいさまっ!? でもっ!」
モールドレが、焦る声を上げる。
『怒らないから戻ってきなさい。ここで貴方が倒れるほうが、ドレアドル様のためになりませんよ。すでにこちらの目論見は察知された様子。ならば――今後は、ばれたならばれたなりのやり方に変えましょう』
続く言葉に、それでも戸惑いを見せるモールドレに、炎西が好機と見てザフィエルによる攻撃を向ける。
「‥‥っとおしいなあ、さっきからっ!」
モールドレが苛立ちの目を向けて、しかし――
次の瞬間、周囲に閃光と騒音が巻き起こる。
剣一郎の用意した閃光手榴弾。炎西の攻撃は、もとよりこちらから意識を反らすためのものだったのだ。
一時的に視覚と聴覚に影響を受けようとも、大概の能力者を相手取れるだけの実力はモールドレにはあったが、それでも光に包まれている間は視界と注意は奪われる。
視界が晴れたころ、軍は撤退を完了し、傭兵達も退いていた。
●
モールドレの襲撃は、すぐさま中国軍に知らされることとなった。
ヨリシロの存在を予見し、軍能力者を無事撤退させた結果は、今の中国軍でも評価しないということはないだろう。
‥‥だが、それは決して朗報とはいえなかった。
的中してしまった、悪い予感。
圭吾とモールドレとの会話から、行方不明となった実力者がどうなったかは、もはや決定的といえた。
そして。
――ばれたなら、ばれたなりのやり方に変えましょう
今後も、この周域の。そして今回接触したバグアの動きには、十分な警戒が必要といえる。
本件の報告は、そう締めくくられた。