タイトル:先を見据えてマスター:凪池 シリル

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 13 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/16 18:30

●オープニング本文


 あの激しい戦闘から暫くたち、太原衛星発射センターの周辺はひとまず落ち着いていた。
 定期的な偵察飛行により大きな異変も感知されないとなれば、厳戒体制も少しずつ緩められていけば、兵士たちの動向も少しずつ通常のものに戻り。
「――そして隊長は、幸せそうに書類の山に埋もれ、と」
「‥‥別に幸せじゃありませんよ」
 基地の一角で会話をするのは孫 陽星(gz0382)少尉と、彼の小隊の副隊長である謝 雷峰である。
「だってもう好きでやってるとしか思えないじゃないですか。なんであれだけの激戦があった直後から、普段の二、三倍増しかってほどの書類に囲まれてるんですか」
「‥‥確かに前回、基地の防衛は果たしましたが、完全に安心できる状況でもないでしょう」
「‥‥。追うんですか。あのヨリシロ」
 言われて、孫少尉は答えに少し時間をおく。
 馮少佐の姿をしたヨリシロ。
 彼らの間でその呼び名は常に『あのヨリシロ』となっていた。必要な時でなければ、その姿の本来の持ち主の名で呼ぶことはない。
 それは、あの姿と中身は別物であると割り切っているともいえるし、いないともいえた。
「‥‥懸念があるんですよ」
 ゆっくりと、口を開く。
「バグアが、馮少佐を選んだのは何故なのか。単純に能力の高さを見込んでなのか、それとも、馮少佐の才能でなければ駄目だったのか」
 あのヨリシロによって攻められることによって、確かにこのセンターは一度危機に陥った。
 傭兵たちの、あらゆる面における手厚いフォローがなければ事実、堕ちていた可能性は少なからずあっただろう。しかも、相手にとっては多大でもない戦力によって、センターに大きな被害も出さず。それは確かに、あのヨリシロでなければ出来なかったことではあるのだが。
「それでも、元々攻め手を得意とする将官ではなかったでしょう。馮少佐は」
 荒っぽい口調とは裏腹に、兵力を大事にする人だ。積極的な攻めに出るときに駆りだされるタイプではない。
「もしかしてバグアが馮少佐を得ようとしたのは、攻略ではなく別の目的があったのかもしれない」
 太原衛星発射センターを落とす‥‥本気でそう見せかけることで、別の戦力を『生かす』。そのための大掛かりな陽動作戦だったという可能性もあるのではないか。
 ここに中国軍の手と目を引きつけておいて、別の場所の兵力を再編する。それこそが馮少佐の能力を発揮できる形ではないだろうか、と。
 とはいえ、現時点ではただの懸念だ。
 太原衛星発射センターが人類、バグア双方において重要施設であることに変わりはない。
 何となくの思いつきレベルで、ここを離れることは許されないだろう。手遅れにならないうちに動くためには、何らかの兆候をつかまなければならない。
 だから孫少尉は改めて中国全体の状況を確認していた。

 北京周域。
 先の大規模作戦によって奪還されたここは、逆にバグアにとって遠慮する理由がなくなったということで、細かい戦闘はむしろ増えている。民の間に再び「バグアに支配されていたころの方がよかった」という考えがまた顔を出しつつある可能性は高い。再びここの地盤を、軽くでも揺るがされるようなだけでも、派手に取り返しただけに、中国全体に与える失望は大きいだろう。

 長江流域。
 北京の解放を受け、今中国の主戦域となっているのはこの地域だ。
 強力な強化人間やヨリシロの姿も確認されているという。単純に兵力を一番必要とするのはこのあたり。少し他の場所に目を奪われた隙に、ここに兵力をかき集められて、一気に戦線を押し上げられることはあるか。

 中国西部。
 こちらは完全に占領地になり、いまだ多数のバグア基地を抱える地だ。今UPC軍として注力している中央アジアとの連携も考えられる。人類側にとっては未開の地に等しく、その動きは最もつかみにくい。可能ならば早めに手を入れていきたい場所ではある。

 他にも、あちこちで戦闘は起こっている。比較的安定した地域ではあっても、親バグア思想がどこで地下にもぐっているか分からないという性質もあり、どこも怪しいと思えば怪しいのだ。気にし出すと気になることはいくらでもある。
 ‥‥という、理屈はある。
 そこまで口にしてもう一度己に問いかける。後付けで探した理由ではないのか。
 あくまで『あのヨリシロ』にこだわってのことではないのか。個人的感情で、部隊に、軍に迷惑をかけようとしていないか。
「‥‥まあ正直、早くバグアの呪縛から解放したい、という想いはありますね」
 仇討、という想いとは異なる。ただ、その才能が軍に牙をむく形で使われている、というのは本人にはとても不本意だろうから‥‥と。
「積極的にこの手で討つことにこだわろうとは思っていませんけどね。己の力不足は分かっています。だから私は‥‥私に出来ることをします。貴方がたに言っているようにね」
 貴方には貴方の役割がある――そう言って、孫少尉はこの癖のある隊員たちを纏めてきた。そのことを、自分自身にまたしっかりと言い聞かせる。
「にゅい‥‥でも、隊長さんだけで中国全域を調べるのは、いくらなんでも無理だと思うですよ?」
 丁度そこにやってきたのは徐隊員だった。抱えた書類で、相変わらず顔の半分を隠すようにしながら――それでもだんだん、ちゃんと姿を現すことが多くなってきている。頼まれた資料を持ってきたわけだが、果たして渡していいものか、と迷うようにしっかりと抱き抱えている。
「いやまあ本気で全ての資料を精査するのは無理ですが‥‥ざっと頭に入れておくだけでもあとあと何かと結び付くかもしれませんし」
「前みてーに、傭兵に頼むとかできねーの?」
 やべーよこの量、と呟くのは、途中で出会って手伝うことにしたのだろう、徐隊員の何倍もの量の資料を抱えた牛伍長である。
 牛伍長に言われて、孫少尉は「その発想はなかった」とばかりに、ぴたりと動きを止めた。
 そう言えば、なぜ今回それ、を考えなかったのだろう。まるで意図的に避けていたかのように。そして何故今「傭兵」という単語に関して、ここまで身構えている自分がいるのか。
「ああ、いや。大規模作戦も発令したことですし、今傭兵の皆さんにそれほど余裕はないと思うのですが」
 ようやっと、ひねり出した言葉はそれこそ今後付けで思いついた感が漂っていた。
 ちょっと部下たちの目に不審が漂うのを感じる。
「あー‥‥ええと、そうですね。一応、頼むだけ頼んでみましょうか。‥‥連絡、お願いします」
 ぎこちない動きを悟られるより先に話題を終えたほうがよさそうだと、孫少尉はそう言って話を打ち切り、再び執務机の椅子に身を沈める。
 そうして。
(別に。深く意識してはいけない‥‥ですよね。あれは‥‥単に激励の意味、しかないんでしょうし‥‥)
 頬に浮かぶむず痒さを一度拭うと、意識を逸らすように孫少尉はまた書類の海に沈んでいった。

●参加者一覧

/ ドクター・ウェスト(ga0241) / 小鳥遊神楽(ga3319) / 夏 炎西(ga4178) / UNKNOWN(ga4276) / 錦織・長郎(ga8268) / ヴァレス・デュノフガリオ(ga8280) / ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) / 流叶・デュノフガリオ(gb6275) / 綾河 零音(gb9784) / ミリハナク(gc4008) / ヘイル(gc4085) / エヴァ・アグレル(gc7155) / カイネ・グレイ(gc7652

●リプレイ本文

「みぎゃっ」
 集まった傭兵たちが控える一室に現れた孫少尉を最初に出迎えたのは、竜だった。
 いや、もちろん、正確に言うならば竜のきぐるみを着た、
「ミリハナク(gc4008)さんですか?」
 前回見たから多分そうなのだろう。さして大きなリアクションもなく、孫少尉が言う。
 きぐるみの竜は、そう呼ばれたことに不満を表すように、軽く身をくねらせる。
「みぎゃっ! みぎゃみぎゃ」
 そうして、そのまま何か抗議をするようにバタバタと手を振り、鳴き声を上げた。
 ‥‥が、当然その意図は孫少尉には理解できない。
 暫くジタバタと身ぶり手ぶりを繰り返した後、伝わらないと悟ったのか、やがてきぐるみは部屋の隅へと走っていく。
 そうして、荷物から簡易組み立てシャワーキットを取り出すと、部屋の一角にカーテンブースを作り、中で何かもぞもぞとうごめいたのち‥‥やがてそこから出てきたのは、やはりミリハナクだった。
「熱いし呼吸も苦しいし動きが鈍くなる着ぐるみでの戦闘がどれだけ命懸けか、着ていない者にわかるのかしら?」
 そうして、ミリハナクが主張するのは前回の戦いにおいて己が遊びでなくどれだけ真面目にやっていたのか、ということだった。
「というわけで予備のるーきーなーが君を置いていくので‥‥後はわかりますわよね?」
 ビキニ水着だけの姿で、汗だくになって息も荒げて堂々とまくしたてるミリハナクの必死の主張は。
「いえ。分かりません。命を懸けるところが間違っているとしか。着ていると息苦しく動きも鈍るなら、こちらとしては脱いで頂いて構わないです。といいますか、着ないでくださいと思います」
 孫少尉には、伝わらなかった。
「顔も隠れるから徐隊員にもオススメですわ」
「‥‥分かりました。そちらは検討させてみます」
 だが、続く応答で、ミリハナクは少しは満足したのかいったん下がる。‥‥はたして孫少尉はどこまでまじめに答えたかは不明だが。現時点でも顔を隠しながらなら出られるのだからあるいは‥‥と少しは思ったかもしれないが、傍目には、面倒くさいから適当にあしらったようにも見えた。
「あら? どうしたの?」
 という、一連のやり取りを見ていた他の傭兵たちの中から、ふとそんな声が上がる。
 会話をしているのはエヴァ・アグレル(gc7155)とカイネ・グレイ(gc7652)。
「‥‥なんでもないです」
「そう? 急に不機嫌な顔になったように見えたのだけど」
 実際カイネは、この時何故か部屋の隅の方に視線を逸らして、まるで己を戒めるかのようにむすっとした顔をしていた。
「なんでもない。‥‥ああもう、なんでもないですってば!」
 実は、ミリハナクの姿に目のやり場に困っているわけだが、ただでさえ言いにくいそんなことを、まして自分と同い年くらいの女の子に素直に答えられるはずもない。何と言うか、実に微笑ましく青い様子のカイネであった。
「そう。ならいいわ。今回はよろしくね」
 対してエヴァは、意地っ張りな相手にも大人の包容力で対応するのがレディのたしなみ、と、ここは深く追求せずににこりと笑って打ちきることにする。
「孫少尉さんも、今回もよろしくお願いします」
 そうしてエヴァはそのまま、今回の依頼主である孫少尉にも丁寧に挨拶する。この時の彼女は、とても上機嫌に見えた。
 彼女のを皮切りに、他の傭兵たちも次々と挨拶をする。
「大丈夫、今度はちゃんとテーブル片付けて来た。2〜3日くらいなら大丈夫!」
 そう言ったのはユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)である。
 言われて、孫少尉はしばらくその意味を考えた。今度「は」。「は」というのは限定の意味を添える副助詞である。ということは、今回以外は別の結果が考えられるわけである。
「‥‥ジャム、駄目だったんですか‥‥?」
 そうして、前、似たような調査依頼を頼んだ時に彼が何を言っていたか、丁寧に記憶を掘り起こした孫少尉が、恐る恐る尋ねる。
 少し遠い目になったユーリの視線はどこか儚げだった。世の無情。一体彼が戻ってきたとき、ジャムはどのような無残な姿で発見されたのか。
「‥‥すみませんでした」
 深々と頭を下げる孫少尉に、ユーリは「ああうん‥‥いいよ」と答える。
 そんなやり取りをしていると、くっくっくと抑えた笑い声が聞こえてくる。
「孫君も相変わらず色々と気をまわしてご苦労な事だね」
 錦織・長郎(ga8268)が、ぐるりと周囲に用意された資料を見回しながら言う。
 その資料に、すでに手を付け始めている者もいた。
「『詳細不明』のコノ先が知りたいのだけどね〜‥‥」
 呟くのはドクター・ウェスト(ga0241)だ。手には先に己自身で用意していたのであろう資料がある。彼としては、バグアに関する追加の資料がないか探しに来たというのもあるだろうが。
「まあ、色々もらったりしているし、手伝おうかね〜。まったく我輩の専門は生物学系だというのに〜‥‥」
 ぶつくさといいながら、ちゃんと本来の調査を手伝う気もあるようだ。
 専門が違うとはいえ、研究者としてレジュメを纏める能力は心強いものがある。
「今回もよろしくお願いいたします。ドクター・ウェスト」
 微笑んで、孫少尉は頭を下げた。
 こんな感じで顔合わせをすませると、まずは調査方針の話し合いに入った。



「前回振り、ですね‥‥ど、どうですか、その後は‥‥?」
 まず、おずおずと孫少尉に様子を尋ねに来たのは流叶・デュノフガリオ(gb6275)だ。
 前の戦いで、発破をかけるためとはいえ年下の小娘が随分生意気な口を聞いてしまった、と、機嫌を損ねていないか懸念しているのだろう。
「おかげさまで、暫くは平和でした。皆さんのおかげです」
 穏やかに孫少尉が答えると、流叶の表情に安堵が広がっていく。
 それから、それじゃあ、と流叶は今回の依頼について、夫であるヴァレス・デュノフガリオ(ga8280)を伴って、己の考えを述べはじめた。
 曰く、前回のヨリシロの行動上、元々はそれなりの地位にいた事と、自軍の被害を嫌う事から、意思の固まった太原から一度手を引き北京の人心を乱す様な仕掛けを施す可能性を危惧している、と。
「そういうわけで、僕は北京に行って、色々と確認してこようと思う。忙しいところ申し訳ないんだけど、頼めないかな?」
 流叶がそこまで言ったところでヴァレスが申し出た。円滑に調査を進めるため、北京駐屯軍への紹介をお願いできないかと。それには、少尉はすぐに頷いてくれた。
「北京‥‥ですか」
 話に割り込んできたのは夏 炎西(ga4178)である。彼もそちらを調査したいと思っているので、自分も頼めないかということだった。炎西は、軍や戦闘の状況より市内の調査に重きを置きたいと考えていることからヴァレスと少々方向性が異なる。だがそれでも、軍や市の警備にあたっている部隊と連絡が取れればやれることは増える。
「俺も、北京は重要と考えるな」
 次いで話に入ってきたのはヘイル(gc4085)だ。ただし彼は現地へは赴かず、この場所での書類調査を希望するという。
「そうね。ブライトン博士の演説じゃないけど、希望が深まるほど、それが裏切られた時の反動は恐ろしいと思うわ。だから、まずは北京方面の安定を優先すべきと思うわね」
 言うのは小鳥遊神楽(ga3319)だ。
「調子に乗るな人類! 希望なぞ叩き潰してくれる! が、今のバグアのキャッチフレーズみたいね」
 合わせるように、エヴァがくすくすと笑いながら言った。
「‥‥では、小鳥遊さんも北京に向かわれますか?」
 孫少尉の問いに、神楽はいいえ、と肩をすくめた。ここで書類の洗い出しをするという。
「ここで、ですか‥‥。そうですか‥‥いえ、わかりました」
「‥‥。何か不服かしら?」
「あ。いえ。別にそういうわけでは、ないです」
 明らかにどこか様子がおかしい孫少尉だった。
「ふむ。北京方面に人手は足りているようかね」
 そこで、まるで助け船を出すかのように言ったのは長郎だ。
「寡聞の『少佐』はやり口からみて内部浸透を得意と感じられるので、やはり浸透し易く、離間の手を打ち易い場所を当たってみるべきだと僕も思うね」
 傭兵たちの反応に、孫少尉は一度ここで俯いて考えた。傭兵たちの反応を見るに、やはりそこ、が、一番気になる場所だろうか。
「そしてこの状況ならば、僕はもう一か所の方をあたらせてもらうのがいいかね」
 だが、長郎が調査を希望したのは別の場所だった。
「【広州沿岸地域】を探ってみたいところなのだが、可能かね」
 言われて孫少尉は一度沈黙した。それは孫少尉が例示したのにはない個所であったが、長郎がそこに目を付けた理由には心当たりがある。
「‥‥派閥の摩擦、ですか」
 友軍の悪口は言いたくないのか、はっきり「抗争」とは孫少尉は言わなかった。が、言い方はどうであれ、広州でそういうことがあることは孫少尉も小耳にはさんでいる。そしてそういう方面はどうも、孫少尉の苦手とするところなのだが。
「‥‥分かりました。連絡を取ってみましょう」
 孫少尉の言葉に、長郎は頷く。彼の方針もこれで決まったようだ。
「‥‥と、すまない。話はまだ続くんだけど‥‥いいかな」
 ここまで話が進んだところで、再び流叶が申し訳なさそうに口を開く。
 北京に興味を持つものが多かったため中断されてしまったが、彼女の話はまだ途中だったのだ。
 そうして、彼女は言う。北京への仕掛自体がブラフの可能性があると。
 北京と太原で動くヨリシロを囮に、長江以南から北上を狙ってくるというのを危惧しているという。
 そしてそれを仕掛けてくるのが。
「いまだ、仕掛けてくる気配のない‥‥ウォンを疑っている」
 最後に流叶が告げた名に、孫少尉は表情を硬くした。「机上の空論と理解したうえでの提案だ」と、流叶は補足する。その上で、この路線を疑いながら長江を調べに行きたい、と。
「‥‥ウォンの動向を探る、となると、並大抵のことでは捕まらないと思いますが‥‥」
 孫少尉の声は重い。北京解放戦の時にやった情報収集を思い出す。あれほどやって、ようやく僅かに影を捉えられた程度だ。もし流叶の推測があっていたとしても、今回の期間と資料で尻尾をつかめる可能性は低い‥‥と、孫少尉は考える。
「わあ、それはすごい。考え甲斐がありそうでわくわくするね」
 そこに口をはさんだのはカイネだった。
「じゃあ、僕が長江方面の調査をお手伝いします」
 彼がここに来たのは知識集め、もっと言うなら自分の好奇心を満たす、というのもあるが、一番は人の役に立ちたいということだ。
「じゃあ‥‥私は現地に赴いて見て回ってこようと思うから‥‥こちらでの資料のまとめ、お願いできるだろうか」
 流叶の言葉に、カイネは「‥‥ん、了解。任せてください」と答える。
 孫少尉としても、長江方面を調べてもらうことに異存はない。了承し、協力する旨を答えた。
「じゃあ、エヴァは中国西部かしら」
 周りを見て、手が着けられていないところを埋めるようにエヴァが言って、資料に手を伸ばす。
 そんな感じで、おのおの役割を決めていく。
「気づいた時には既に遅し。それは今のエヴァ達かしら、それとも未来のバグアなのかしら」
 そうしながら呟かれたエヴァの言葉に、何人かの傭兵がニッと笑って見せた。勿論、遅れをとるつもりなどない、と。
 目の前に立ちはだかる困難は多いが、皆で協力すればきっと乗り越えられる。
 戦いの予感に対する緊張はありながらも、センター内に集う皆の表情は明るく、和やかだった。

 ――はずだった。のに。



 翌朝。
「‥‥それでは皆さん、よろしくお願いします」
 各地と調整がつき、それぞれが決めた場所へと赴こうとする傭兵を見送る孫少尉の声と顔は、とても疲れきっていた。ただ交渉に苦労があったとか、昨晩無理を押して調査をしていたという感じだけではない。
 なんだろう、昨日までよりも明らかに、傭兵達に対する態度が固い気がした。
「‥‥あの、少尉。なんか知らないけど、一人で背負おうとしなさんな‥‥?」
 探るように、躊躇いがちに声をかけたのは、綾河 零音(gb9784)だ。彼女は、ミリハナク、ユーリと共に中国西部の視察に行く予定なのだが。
「ほらまーたなんか難しそーな顔してる。肩の力抜いていこー? そーじゃないと見つけられるもんも見つかんなくなるよー」
 様子のおかしい孫少尉に、あえて空気を読まないふうに、明るい声で言う。
「少尉は、少尉にとって大事なトコだけもってればいい。その他もろもろは全部私らが背負って立つ。そのために、私ら傭兵はいるんじゃないかなって思う」
 それは、零音の素直な気持ちであった。だが。
「‥‥分かっています。あなた方傭兵の能力を、軍としては頼もしいと思っていますし、これからも頼りにさせていただくのは間違いありません」
 ‥‥なんだ? これ。
 孫少尉の言葉から感じる猛烈な違和感に、初めに気がついたのは、この中で最も付き合いの長いヘイルだった。『あなた方傭兵』? 『軍として』? 何故だ。何故彼がこんな、あえて【個を殺すような】物言いをしている?
 詰問の目を、ヘイルは孫少尉へと向ける。
「綾河さんのご意見は承りました。傭兵の方からの意見は意見として参考にさせていただきます。その上で、私は軍人としての立場から。本当に、互いのためとなる在り方とは、どのようにあるべきなのか。馴れ合いの上でなく、もう一度、きちんと考えなければならないのだと思います」
 そうして、それでは依頼した作業をお願いします、これは依頼主としての発言です、と告げて。
「‥‥少尉」
 踵を返した孫少尉の背に、ヘイルが声をかける。
「先の戦いの時に言ったな。『誰かの幸せを作る為に戦う』と。‥‥その誰かの中に『孫 陽星』は入っているか?」
 こちらに対し壁を置くような孫少尉の態度に不安を覚えて、思わずヘイルは声に出していた。
「誰かの幸せを捨ててまで作られた『幸せ』など、本末転倒もいいところだぞ!」
 あからさまに無理をしている態度に、つい語気が荒くなる。
「‥‥別に。私は今まで、この身には過ぎるほど幸運だったのだと思いますよ」
 孫少尉は、ただ困ったように微かに笑って、そう答えるのみだった。
「なんなんだろ、あれ」
 零音が、本当に困りきった顔で一同を見渡す。
「間違いなく、何かありましたよね‥‥」
 炎西が、心底心配そうに呟き返す。そう、それは間違いないのだが、だが何があったのか分からない。故に、どうすればいいのかも――
「まあ、ひとまずは調査を続けるしかないのだろうね」
 言ったのは長郎だ。
 致命的な問題が生じたのであれば、この依頼自体にストップがかかっているはずだ。そうなっていない以上、言われたとおり任務をこなすのがまず我々に出来ることだろうと。
「彼が我々と距離を置こうとしているのは間違いないね。何故今になって、とそれが分からないが、だとすればとにかく、我々にこの依頼を出したことが間違いでないことは示してやらなければならないと。それが今出来る最低限のことと思うね」
 長郎の結論に、ぎこちなくだが一同は頷いて。
 ひとまず、今日やろうとしていた作業に取り掛かるのだった。



 問題が起きていたのは、その数時間前。
 まだ早朝という時刻。集まった傭兵の皆は、全員寝静まっていた。
 そう‥‥今まで姿を出さなかった、この依頼を受けていた『もう一人』も含めて。
「ここにいましたか‥‥」
 屋上で見つけた存在に向かって、孫少尉は話しかける。そこに寝転がるのは竜のきぐるみ。
 ミリハナクが着ていたのとは、別のもの――UNKNOWN(ga4276)が使っているものだ。
「‥‥お休み直後で申し訳ありませんが、起きてくださいっ!」
 孫少尉は、それに近づいて、その身体を揺さぶった。‥‥そうして、起きたような反応があるのを確かめる。
「‥‥貴方は、ここがどこだか、分かっていますか?」
 話し始めた孫少尉の声は最初、とても穏やかだった。
「【太原衛星発射センター】。元は中国陸軍・空軍管轄の下で宇宙開発が行われていた場所であり、バグアに奪われそしてバグアの技術と共に取り返した場所。軍事的にも技術的にも極めて重要な地です。‥‥当然、監視カメラはきっちりと設置してあります」
 説明しながら取り出すのは、プリントされた、監視カメラの映像だ。
「【隠密潜行】で人から気配は消せても、実際に透明人間になれるわけじゃないんですよ。きぐるみなんて目立つ格好で、映像記録からかいくぐりきれるわけがないでしょう」
 映っているのは、深夜、誰もいない部屋で、丁寧に資料整理をしている竜のきぐるみ姿。
「そこに! 【貴方が】! 【他の皆が寝静まったタイミングで】【明らかに人目を盗んで】【施錠された部屋に】【おそらく電子魔術師を用いて】侵入した姿がきっちり記録されてるんです! 貴方がどういうつもりだろうが、これは客観的な事実として【能力者の力を悪用した不法侵入】なんですよ!」
 深く息を吐きながら、孫少尉は両手で顔を覆った。
「これを見た警備担当者、中国軍に与えた不審と不安が理解できませんか? 貴方は、こちらの目をかいくぐって好き勝手にこの施設内を動けるのだ、その気になればそれをしてしまうのだと示してしまったんです。そんな人を、重要施設に居させられますか?」
 そこまで言って孫少尉は相手をギリ‥‥と睨みつけて‥‥それから、視線を伏せる。
「‥‥分かってますよ。それなりに付き合いはあるつもりですから。貴方の性格も意図も、少々であれば分かっているつもりです。害意や私欲が目的ではなく、本当に入ってはいけない場所、触れてはいけない情報はわきまえているだろうことも。これが別に私の家で、冷蔵庫の中身あさられたくらいなら、一度だけならギャグで済ませてもいいと思ってます。それくらいには信じてましたし信じさせて欲しいですよ」
 基地司令から呼び出しを受け映像を見せられた後、孫少尉は、侵入された部屋は元々この依頼用に傭兵達の使用を認めたものであり、彼らが触れていい情報しか置いていないこと、それゆえ問題ないと判断してのことだろうと釈明はした。が。
「それでも。貴方に何の嫌疑も課さないわけにはいきません。このままでは貴方を招いた私のみならず、共にきた他の傭兵の方たちにも疑いが及ぶんです」
 一歩下がって相手から離れる。真正面に立ち、まっすぐ相手へと腕を向ける。
「そのきぐるみを脱いで、きぐるみと共に、所持している品を全て引き渡してください! ――出来ないならば‥‥本当に機密情報の不正入手が目的だったとみなし、立件します!」
 まごうことなき最後通牒だった。能力者が、その能力を使って犯罪を起こし、それが公になったとなれば、エミタ剥奪は間違いない。勿論その後は投獄だ。
 対応したのが別の軍人であれば、通告なしにその結果も十分にありえたのだ。
 ‥‥だが孫少尉はそこまではしたくないと思った。これまでの彼のことと、これからの傭兵とのことがあるから。
 その上で、これからの軍と傭兵の関係を考えるなら、手を緩めていい最低限も見誤ってはいけない。軍に与えた不審を払拭すべく、二度とこんなことをさせない、見逃さないと示す意味でも、侵入と、情報記録が可能な物品は全て押収すると告げる。特注品と見られるものも数多くあったが、それもだ。
「なんで‥‥こんなことがまかり通ると思ったんでしょうか。私の目なら誤魔化せると、思いましたか‥‥? そうですね。実際、後で映像を見るまで、まったく気付きませんでしたよ。私も。誰も。――恐ろしいと、思いましたっ‥‥!」
 押収した品を、返却して問題ないものとそうでないものをより分けながら言う孫少尉の声は、震えている。

「お願いですから‥‥どうか私に、貴方を『化物』と呼ばせないで下さいっ‥‥! それは、人々が我々を見る目だ。――力に驕り、自制を怠ればその瞬間、我々は希望から化物になるんですよ! それが『能力者』なんです!」

 仕分けを終えると同時に叫ぶと、それから後は孫少尉はただ静かに告げた。
「これらの品々と、こちらのきぐるみは、調査のため、返却できません。それから、貴方は迎えが到着しだい、直ちにここを去ってもらうことになります」



 その後、孫少尉はこの件に関する処分を任せてくれた基地司令に事の次第を報告に向かう。
「‥‥この度の混乱の、最大の原因は私にあります。‥‥私は傭兵の方たちを頼っていたつもりですが、いつの間にか甘えになっていたんだと思います。妄信して管理を怠る態度が見られたのが、彼にそんな油断を生んだんでしょう。ですので‥‥どうか。処分が足りないと感じられたのであれば、その分は私に課してください。いかなる処遇も甘んじて受けます」
 己を処分して混乱や軋轢が軽減されるならば、それが一番いいと思った。
「処分――な。君を、降格か、解雇とそういうことか」
 司令は深くため息をつく。
「そうすると、君の部下たちはどうなるかな。他のものに指揮を任せて大丈夫だと、そういえる状態かね。不服から問題児に逆戻りされる懸念はもうないかね?」
 ‥‥咄嗟には、返事は出なかった。
「思ったよりもはるかに功績を上げてくれたよ。君と、君の部隊の働きは。士官学校を出ていない、という特殊な存在、それゆえに気に入らないものも多いが、それでもいい加減、中尉に昇格させなければおかしいだろう、という話が出ていた」
 溜息。向かい合う二人から同時にこぼれた。
「――謹んで辞退させていただきます」
「まあ。それが君の意向ならそのように伝えておこう」



 一方で、他の傭兵たちは精力的に情報収集に努めていた。
 炎西は、北京市内にて、日持ちする干菓子、飴、レーション、医薬品などを自力で調達できなそうな人達の所へ配り歩きながら、生活の悩みなどを聞く。
 時折、地元の店で、買占めにならない程度に補充する。その際、店の品揃えも復興のバロメーターとしてチェックすることも忘れない。
 区域による復興度合いに極端な差はないか、ヨリシロや強化人間の目撃例はないか、そうしたものを手引きする‥‥親バグア派の人間は見られないか。
 とにかく、足を使って丁寧に聞き込んでいく。
 同じく北京に向かったヴァレスは、主に軍の人間から、敵の動きに不可解な点はないか、どんな小さなことでもいいから気づいたことは教えて欲しいとお願いしていた。

 ユーリ、零音、ミリハナクは、中国西部で聞き込みと偵察を試みていた。
 付近に居るキメラの情報。敵指揮官はどんな人間か。変わったヨリシロなんかは居ないか。
 聞き込みが終わったら、可能な限り近づける範囲から、実際に敵戦力の偵察を試みる。
 記録さえしておけば、自分には分からなくても情報分析の専門家が判断してくれるだろう、というところまで、ユーリは織り込み済みだ。

 流叶は、長江流域にある中国軍基地へ赴き、聞き込みを行っていた。
 聞くべきことは他の基地と似たようなものだ。最近活発に活動している敵指揮官はいないか。戦闘状況はどうか。そしてあえて特筆するなら‥‥ウォンの目撃情報がないか。
 だが、今のところ彼女が求める情報はなかった。ただ、各地で激戦の情報が記される。

 そうして収集した情報を、別の傭兵が太原で整理した資料とつき合わせて、より確度を高いものにしていく。
 更に、直接情報に触れたものでなく、皆で話し合いながら纏め上げていく。
 時折、気づいたものが茶を振舞ったりなどして、気持ちをリラックスさせリセットした頭で望むことも忘れない。



 そんな中、神楽は、自分も情報収集をする傍ら、放って置けば寝食を忘れて仕事をしかねない孫少尉の下へ、食事や間食などを運んで、少しでも仕事から気をそらし、気持ちと身体を休める時間を作るよう務めていた。
 何度目か、彼女が孫少尉の部屋を訪れたとき、彼は机の上で静かに寝息を立てていた。
「良く射る弓は偶に弦を緩めるものと、前も言ったでしょうに‥‥」
 気絶するかのように眠りに落ちた様子だった。これでは、張り詰めすぎて切れる寸前だ。
 神楽は、暫く彼を見つめていた後、そっと指先を彼の頬に滑らせた。指先を止めた、その位置は。
「‥‥言っておくけど、例の、勝利のお呪いは軽い気持ちでしたわけじゃないからね」
 呟くも、反応はまったく返ってこない。こうしたことを聞いて狸寝入り出来るほど器用な性格ではないだろう。本気で眠っている。ため息がこぼれた。聞かれなかったことに対する、失望なのか安堵なのか、分からない。
 神楽自身、色恋沙汰は苦手だ、という自覚はあった。それでも‥‥持て余し気味のこの気持ちがなんなのか、この依頼が始まったころの彼の態度を見て、なんとなく、たどり着きつつあった一つの答えを。
 今の彼を見て、告げる気にはなれなかった。少なくとも、今言えばかなりの確率で重荷になるだろう。
 今はただ、この眠りが少しでも安らかなものになるようにと祈り、務めながら。
 胸の奥で生まれた言葉は、音になることなく掻き散らされていく。



 最終的に、今回の傭兵達の活動により見えてきたのは、以下のような状況だった。

 【北京】では、表立って見えるバグアの動きはない。
 だが、北京と、かつてバグアに守られていた「八門」の状況をあわせると。
 バグアに守られていたころ。北京開放戦とその後の処理で、多くの軍が駐留していたころ。そして今、と、徐々に状況が悪化していくことに対して、市民の不安と不満は少しずつ蓄積していっている。とはいえ中国各地が手一杯な状況を考えれば、いわば敵は「見えない不安」という、ある意味バグアという分かりやすい敵より厄介な状況だ。むしろ、こうした状態だからこそ、敵も今無理して手を出そうとしないとも考えられる。再び、人々に安心と信頼を取戻してもらうための方策は、早急に必要であると思われた。

 【長江】。こちらでは、聞いていた通りに激しい戦闘が繰り返されている。その中で、気になる状況が浮かんでいた。最近になって、大きく敗北した戦闘が複数出ていること。これまで拮抗していた戦いが多かっただけに、これはどうやら敵に新たに投入された戦力があるということではないかと推測された。機体戦ではなく、生身、地上戦だ。となると、強化人間、ヨリシロが出現しているのか。

 【中国西部】。
 こちらは、互いの基地攻略を睨んで、一進一退の攻防が繰り広げられている。勝ったり負けなりしながら、結局境界線はなかなか動いていない状況だ。そして均衡しているだけに、余裕のない中国軍は中々新しい兵力を派兵できない状態だった。こちらはその性質上、機体戦が繰り広げられることが多い。敵兵力の多くは無人ワーム部隊だという。そんな状態ゆえに、敵に有能な指揮官が現れたら厄介ではないか、と危惧されていた。

 【広州】も。軍の派閥の間で生まれた衝突。その対立を深めている流言の中に、いくつか根拠薄弱と思えるものが見受けられた。流言工作ではなかろうか、と疑うことは出来る。

 こうして具体的な形で提起された問題点は、軍によって検討され、緊急度が高いと判断された順に手が入れられていくことだろう。
 その時、今の中国軍の現状においては、そのときがくれば必ず傭兵達の手を借りることになるだろう。

 ――ただその時、軍と傭兵がどのような形で向き合うことになるか。今この時点では、分からない。