●リプレイ本文
「嫌な笑い声‥‥これならまだ、見下した笑い声の方が生きている感じがするよ」
獅堂 梓(
gc2346)が呟いた。それから、顔を孫少尉のほうへと向ける。
「孫少尉。何か気になる事が御有りなのですか? すみません。私の勘違いならよいのですけれど‥‥」
同時に、ウルリケ・鹿内(
gc0174)がそう尋ねた。
「そう‥‥ですね。私も、私の勘違いならよいと、思いますよ」
孫少尉は寂しげに微笑んで、答える。彼がこの『嗤い声』を聞いて感じたことを。
「‥‥だからと言って、皆さんに依頼すべきことは、変わりません。人類の脅威たるキメラを、退治してください。それだけです。‥‥よろしく、お願いします」
そうして、最後にそう言って、改めて一同に頭を下げたのだった。
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一行は慎重に、件の森の中を進む。
「枝、鬱陶しいですよね‥‥」
ミルファリア・クラウソナス(
gb4229)が呟く。
「囲まれたら面倒そうな場所‥‥」
続く言葉は、他の者も警戒することだったのだろう。周囲への感覚をさらに研ぎ澄ますことによって、皆はそれに応える。
まず向うのは、斥候部隊が全滅したと思しき地点。
ほどなくしてそれは見つかった。
木々に残る衝撃の跡。そして、無残に散らばる血痕が、激しい戦闘を物語る。風と森の匂いが幾分散らしているとはいえ、まだ空気は死の匂いを残している。
傭兵たちは無言で頷き合うと、それぞれに調査を開始する。
ラルス・フェルセン(
ga5133)は特に、兵士の死体の状態から攻撃手段などが予想できないか調べていた。牙や爪によるものに加えて、一部、鎧ごと叩き割られたような大きく切り裂かれた傷痕がある。
「斧のような、鈍重な刃物、ですかね〜。飛び道具は、なさそうですが〜」
警戒していないはずはないのだが、どこか間延びした声でラルスは言った。
やがて他の者も一通り見終わったのか、一度集合する。
多数の血痕、足跡が、このまま森の奥へと向かっているのは分かる。が、少し先に行くと、そこからはただ広範囲をうろついているのか、はっきりとした行先は分からない、というのが現状での結論だった。
ここからは手分けして捜索しよう。
誰ともなしにそう結論すると、一行は以下の二班に分かれることにした。
A班:幡多野 克(
ga0444)、ミルファリア、梓、ウルリケ
B班:ラルス、ロゼア・ヴァラナウト(
gb1055)、荊信(
gc3542)、ヘイル(
gc4085)
人数を分ければ、捜索の効率は上がるが、その分敵と遭遇した時の危険度は増す。
別れた後は、さらに注意を、意識を高めながら森を見まわしていく。
血痕。足跡。草や低木の枝の折れた後。野生の生物の気配は途切れていないか。
時には双眼鏡で遠くを見、時には方位磁石で現在地を確認し。
人型であることを考え、罠などの可能性も考慮。地面だけではない、木陰や樹上からの襲撃など、様々な事態を想定する。
目的なくうろついているというのならば、最終的に発見できるかは運にもよると言えるだろうか。最初に気配に気づいたのは、ラルス――GoodLucKを使用して備えていた、彼だった。
がさり、という音をとらえて振り向けば、そこにいるのは複数の、大きな剣牙をもつ虎!
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「ラルス、合図を。ロゼア、荊信、援護を頼む。‥‥仕掛けるぞ」
ヘイルが一同に呼び掛ける、直後にラルスは照明銃を打ち上げA班に連絡。
ロゼアと荊信はキメラの動きを阻もうと銃弾で牽制しようとし‥‥だが、それより一瞬早く、一体のキメラが動いた。前に出たヘイルに向かって突進し、猛烈な体当たりをかける。
「くっ‥‥」
避けきれずに衝撃を受け、ヘイルは踏鞴を踏む。
続く牙の攻撃が、再びヘイルをとらえた。
さらにぞろぞろと、銃弾をかいくぐり、あるいはその身に受けるのも構わず複数の虎たちが迫る気配がする。
「撃ちぬく!」
ロゼアは即座に意識を切り替えると、向かいくる虎のうちヘイルの死角にいる一体に射線を集中する。
瞬間的に連続で放たれた弾丸は、向かいくる虎の額、ほぼ同じ個所に一度に叩きこまれる。それもただの銃撃ではない。SESを活性化させ、強烈な威力をもって撃ち出されたもの。四発目の弾丸が言葉通り脳天を貫き、標的の虎は傭兵たちに近づけぬまま地に倒れた。
前線がヘイル一人では厳しいと判断したラルスはエネガンを放ちながら前に出る。幾筋もの光線がさらに一体の虎を倒す。
だがその時、ラルスの頭上から別の気配が生まれた。
『グォおおォっ‥‥!』
奇妙な叫びとともに繰り出された一撃を‥‥あらかじめ、重い一撃であるとその性質を見極めていたラルスは、刀で、正面からではなく威力を逸らすようにして受け流す。
そうして、その攻撃を放った相手を見て‥‥ラルスは、軽く眉をひそめた。
‥‥キメラとしての激しい動きには耐えられないのだろう、あちこちがほつれぼろぼろに傷んでいるその服装は、それでも、UPC中国軍であると、はっきりと分かるものだった。
兵士の姿をしたキメラは、再び腕を振り上げて、強烈な一撃を見舞おうとする。
それを、ラルスはまた刀でいなして。
「貴方の望んだ事かは存じませんが、その力の衝動のままに暴れなさい。私達も力でもって叩き潰すだけです」
冷静に、告げた。
「能力者の力など、AI頼りの借り物でしかありませんが‥‥それでも私の守るべき者達の為、借り物の力を揮い続けましょう」
だが、そこにまた別の虎のキメラが迫りくる。
さすがにこの前衛がこの人数で、多数のキメラに囲まれると戦況は厳しくなる。
一行はなるべく長く持ちこたえられるよう、防御重視の陣形をとるが、ラルスが、ヘイルが、さすがに苦しさを感じ始めた時‥‥一体の虎の動きが突如横手から弾かれた。見えない衝撃に叩かれたかのように。
「人型、なんて趣味が悪いわ‥‥」
声に振り向けば、大剣を振りおろした体勢のミルファリアがいた。
合図を受け急行したA班が到着したのだ。
「やらせないよ!」
次いで聞こえてきた声は梓のもの。彼女は、手にした弓で続けざまに矢を放ってキメラの動きを鈍らせる。
「それでは、舞って参ります‥‥」
その隙に前に出たウルリケは、薙刀を手に戦場を縦横無尽に舞って、敵の動きをさらに撹乱する。
克も前線にうってでると、虎キメラに向けて刀を閃かせた。
徐々に徐々に、キメラの数は減っていき‥‥気がつけば、立っている敵は兵士の姿をしているそれ、のみになっていた。
「あなたは、キメラですか? ‥‥それとも」
ウルリケは、何かを願うように呟いた。
問いに、答えはない。かわりに上がるのは、例の‥‥壊れた嗤い。そしてキメラの兵士は、また再び、力任せに手にした斧を振りおろす。
ギリギリよけたミルファリアの横で、大地に衝撃が走り地面が大きくえぐれた。
「能力者であるボクが言っても逆効果かもしれないけど‥‥そんな力で、何を目指すの?」
そんなキメラ兵士に向かって、梓ははっきりと声をかけた。
「そんな瞳をして‥‥心は晴れたなんていわないよね?」
そう言って、手元を震わせながら、一歩前に出て。
「ああいうものを真っ直ぐ見るな。ここはそういう場所で、それが一番だ。それしかねぇんだよ‥‥」
荊信がしかし、手を出してそれを制した。
「だけど‥‥」
梓はまだ割り切れないのか、唇をかみしめる。だが、それ以上言葉は出なかった。目の前の兵士の瞳に浮かぶのは、ただの、虚無。ただ一人となり、幾多の攻撃を受けても自らの不利を理解することなく暴れ続ける、狂った化け物。もはや言葉などで止められる存在ではないということは、分かりきっていた。
「ほんの少し状況が違っていれば、こうはならなかったかも知れん。だが、そうはならなかった。ならなかったんだよ‥‥だから、この話はここでお終いなんだ」
荊信はくわえた煙草をきつく噛みしめて、そう諭す。
「でも‥‥たとえ能力者じゃなくても、ボクはあなたの前に立つよ‥‥止める為に!」
荊信に。戦い続ける兵士に。梓はそう答えると、ぐっと弓を握りなおした。
『は はハ‥‥ははハハはっ‥‥ はッ!?』
だが、まるでそんな傭兵たちをあざ笑うかのようにまた兵士のキメラは哄笑を上げて‥‥それを、ヘイルの槍が中断させる。
「‥‥未練がましい。何様のつもりだ。アンタの嘆きも諦観も悲憤も、俺達の義憤も希望も幸運も、今もどこかで理不尽に死んでいる誰かにとっては赦し難い傲慢だ。‥‥アンタも兵士だったのならその位知っていろ」
ヘイルはそう吐き捨てて槍を振るう。
克もまた、兵士に接敵すると刀を振り上げた。その全身から赤いオーラが立ち上る。刀のSESが強く輝き、彼の持てるすべての力をつぎ込んだ鋭い一撃がキメラの身に吸い込まれていく。
「この一閃で全てを断ち切るまで‥‥!」
容赦のないそれは、長く苦しむことのないようにという、慈悲の一撃でもあった。肩口からばっさりと切り捨てられたキメラの体は、盛大な血しぶきを上げ、ぐらりと傾く。
ミルファリアの剣がその胸元につきたてられた。左胸を貫いた、十分に致命的と思われる一撃を、しかし、念を押すように、さらにまた力を込めて抉り込む。二撃決殺。それが、確実に相手を葬るための彼女の戦い方。
それで‥‥兵士の体はとうとう、どう、と地面に伏した。
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「何か言い残す事はあるか」
瀕死のキメラに向けて、ヘイルが言った。
返事はない。あるはずもない。そこにいるのはキメラ。ただバグアの命に従い、破壊をまき散らすだけの生物兵器。そういうもの‥‥だ。
なのに。
それ、は‥‥『彼』は、最後に残った力で腕を動かし‥‥そして、その指がかつての己の存在を示す認識票に触れる。
すがるように。悔むように。
――仲間の元へと、戻りたい。
――そう認めてくれる、場所が、あるのなら。
伝わるそれは、言葉にされたわけでは、ない。想像‥‥あるいは、願望でしか、ない。
それでも。
「‥‥確かに聞き届けた」
ヘイルは、そう言って屈みこみ、認識票を拾い上げる。
そして。
『は‥‥はははははは‥‥』
最後に『彼』が上げたのは、やはり‥‥嗤い声。
それだけが、それこそが。壊された『彼』に残された唯一の、人としての在り方、だから。
――最後のそれは、幾分、晴れやかなものに聞こえたのは、気のせいだろうか?
克の望みにより、兵士の死体は、その場に埋められることになった。
「もし‥‥生まれ変われる‥‥なら‥‥。二度と‥‥虚しさを抱く必要の‥‥ないように‥‥。
そう‥‥祈ってる‥‥」
「何があったのか、今となっては私には判りません。ただ、これだけは‥‥。大変お疲れ様でした」
克が、ウルリケが、沈んだ表情でそう言って、手を合わせる。
「死ねばそれまで‥‥それが現実さ‥‥」
荊信は呟いて、一本、火のついたタバコをその場に残した。
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「‥‥以上をもって依頼は完了だ。それと兵士1名の死亡を確認した。遺品は誰か彼の知り合いに渡してくれ。『何も無い』人間などいないのだからな」
傭兵たちは、戻って事の次第を全て報告した。
人型キメラの姿。その最後。それらまで、全てを。
聞き終えた孫少尉は。
「そうでしたか‥‥」
それだけを言った。
「そうでしたか‥‥」
渡された認識票を見つめながら、噛みしめるように、二度。
ただ、それだけを、言ったのだった。
それを見て、傭兵たちはこれ以上本件においてすべきことはないと確信する。
付近へのキメラの脅威はひとまず払われ‥‥そして、一人のさまよう兵士は帰るべき場所へと帰ったのだ。